ハリー・ポッターと野望の少女   作:ウルトラ長男

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第75話 暴帝と帝王

 爆発。

 まさにそうとしか言いようのない、悪意の発露であった。

 まるでダームストラング全てが重くなったかのように息苦しくなり、空気が歪む。

 ミラベルの周囲は景色すら歪み、威圧だけで周囲の調度品が皹割れ、あるいは砕け散った。

 まだミラベルは何もしていない。動いてすらいない。

 ただ、心に秘めたその悪意を解放しただけだ。

 にもかかわらず、既にその場の全員が気圧されていた。

 

 ――こんなものはもう、生物が出していい威圧ではない。

 

 その恐怖を振り払うようにシリウスとルーピンが真っ先に飛び出し、杖に刃を宿して斬りかかる。

 だがミラベルは己に迫る刃を人差し指と中指で挟んで止めてしまう。

 更に刃ごとシリウスを投げ飛ばし、後から来ていたルーピンへと叩き付けた。

 

「ぐっ!」

「がっ!」

 

 吹き飛んで行く二人を眺めながらワイングラスを傾け、真紅の液体を飲む。

 その余裕を突こうと次に動いたのはマッドアイとキングズリー、そしてトンクスだ。

 彼等は杖を向け、同時に麻痺呪文を叩き込む。

 並の魔法使いとは比較にもならない洗練された魔法。

 しかし、それはミラベルに届く事すらなく、眼前に出現した盾の呪文によって阻まれた。

 無言はもはや当然として、杖もなく、それどころか動きすらない。

 今やミラベルにとって魔法は呼吸も同然。指一つ動かさずとも行使出来る当然の行為に過ぎぬのだ。

 

「やああ!」

 

 ネビルが剣を振り上げるも、予備動作すらなく放たれた武装解除が剣を弾き飛ばした。

 更にミラベルの魔法は武器のみならず、ネビル本人すらも遠くへ吹き飛ばす。

 

「むん!」

 

 ダンブルドアが杖を振る。

 右手に持つ己の杖で周囲の調度品や瓦礫を浮かせてミラベルへと向け、左手に持つグリンデルバルドの杖で『変身』させた。

 ミラベルに殺到する数百の刃の檻。

 その一本一本、全てが吸血鬼の弱点とされる銀の武器だ。

 しかしミラベルが指を鳴らすとその刃の全てが反転し、外側へと向かった。

 だがダンブルドアも伊達に年季を重ねては居ない。

 すぐに次の行動に移り、刃を爆破させるべく杖を向け――停止した。

 

「Time Stay(時は止まる)」

 

 世界ごと全てを止める、理をも支配した魔法の極地。

 それによってダンブルドアも、刃も、他の全ても停止しミラベルだけの世界となった。

 続けて彼女は周囲の刃全てを魔法で瓦礫に戻し、地面に叩き落とす。

 

「そして時は動き出す」

 

 停止していた時間が解除され、再び時間が動き出した。

 ダンブルドア達から見れば何が起こったのかすら分からないだろう。

 殺到していた刃は全て消え、ミラベルは依然無傷で佇んでいるのだから。

 

「そら、今度はこちらからいくぞ」

「いかん! 全員、盾の呪文を張るのじゃ!」

 

 玉座に座ったままのミラベルの周囲に無数の光球が浮かび上がる。

 それら一発一発がそれぞれ異なる攻撃呪文だ。

 そしてその全てが高位闇祓いを鼻で笑うほどの馬鹿げた威力を与えられていた。

 炎、氷、雷、麻痺、磔、風、爆発、呪い。

 次々と容赦なく魔法が放たれ、ダンブルドア達を蹂躙する。

 全員で最大出力の防御魔法を展開しているが、それでも間に合わない。

 次々と周囲が砕け、吹き飛び、一人、また一人と地に伏してゆく。

 全てが終わった時、立っている者は一人もおらず全員が床に転がっていた。

 

「ほらどうした? まだ私は動いてすらいないぞ?」

 

 玉座に座ったまま、ワイングラスすら手放さずミラベルが嘲笑する。

 それは最早悪夢以外の何者でもなかった。

 いっそ悪夢であって欲しかった。

 それほどまでに、この怪物は強くなり過ぎたのだ。

 動きすらせず、傷の一つすら負わず、しかもこんなのが不死身で殺せないときた。

 もう何かの冗談だとしか思えない。

 

「ば、馬鹿な……」

「つ、強すぎる……」

 

 もう立ち上がる事すら出来ず、シリウスとルーピンが絶望の声をあげる。

 

「無理よこんなの……勝てるわけないじゃない……」

 

 たったこれだけの攻防であったが、それはトンクスの心をへし折るのに十分すぎた。

 涙すら浮べ、歴戦の闇祓いが弱音を吐く。

 

「ぐっ……まだまだ……」

「こんな、程度で……」

 

 マッドアイとキングズリーは流石というべきか、まだ立ち上がる気力があるらしい。

 しかし足は震え、その全身は酷く傷付いている。

 もう一度同じ攻撃が来れば今度こそ立ち上がれないだろう。

 

「このくらいで、終われない……」

 

 遠くに飛ばされていた事が幸いし、ネビルもまだ傷が浅い。

 だが浅いと言えど傷は傷。積み重なればいつか動けなくなる。

 これが人間と化物の差だ。

 ミラベルは殺さぬ限り永久に戦い続ける事が出来るのに対し、人間は傷が積もっただけでも動かなくなる。

 この不利は、彼等が人である限りどうしようもなく、泣きたくなる程に不公平な事であった。

 

 だが一人だけミラベルの攻撃を避けていた者がいた。

 かつて彼女の映し身より魔法を教わったイーディスだ。

 短距離の姿現しを用いて回避した彼女は、そのまま横合いからミラベルに飛びかかった。

 

「インヴァデレント・パトローナム!」

 

 ペガサスの守護霊を出してミラベルに突撃させるも、それはミラベルの前に現れた銀色の少女によって防がれる。

 レティス・グローステスト……かつて魔法省によって廃人にされ、ミラベルに殺され、そして魂を守護霊に定着させられた哀れな少女だ。

 憂鬱そうな顔をした幼い守護霊は、しかしその外見に反してペガサスを押し返す。

 

「それが貴様の選択か、ライナグル……。

私は、二度と顔を出すなと言ったはずなのだがな」

 

 ミラベルは手の中に緑色の輝きを生み出し、イーディスを睨む。

 躊躇はない。

 迷いもない。

 慈悲などという心はとうに捨てた。

 敵として立ち塞がるならば、例え誰が相手であろうと踏み潰し、前進するのみ。

 それが例え、一時期は友として過ごした相手であろうと……例外ではない。

 

「それは出来ないよ……私は、もう二度と貴女から逃げない」

「……そうか」

 

 二人の瞳が交差し、互いに退く意思が無い事を言葉よりも雄弁に伝える。

 ミラベルは一瞬睫毛を伏せ、しかしすぐに剣呑な輝きを瞳に宿す。

 いいだろう――立ちはだかると言うならば、もはや語るまい。

 そんなに死にたいならば、望み通りにしてやろう。

 必殺の意思を以て、とうとう緑の光をイーディスへと……かつての友へと向けた。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 緑の閃光がイーディスを撃ち、その身体を仰け反らせる。

 これで、終わりだ。

 当たれば必殺の死の呪文を受けて生きていられる生物など存在しない。

 吸血鬼である自分すら、分霊箱を使う事でようやく無効化する最強の魔法……それがアバダ・ケダブラなのだ。

 

 その確信は、しかし覆される。

 仰け反ったイーディスは決して倒れる事なく、踏み止まったのだ。

 目を見開くミラベルの前で緑の輝きは凝縮し、イーディスの前に集束されていく。

 

「馬鹿な……これは……!」

 

 そしてミラベルは見た。

 イーディスの前に、守るように立ち塞がる己の従者だった者の姿を。

 今は亡き、亜麻色の髪のメイドを。

 

「跳ね、返せええええ!」

 

 イーディスに当たったはずの死の呪文が逆流する。

 護りの魔法により愛の力が付与されたそれは、今のミラベルにとって天敵とも言うべき攻撃だ。

 かつてヴォルデモートすらがその身を滅ぼされた極光。

 それがミラベルに直撃し、その身体を吹き飛ばす。

 

「……!」

 

 玉座が砕け、身体が後方へ押し込まれる。

 だがミラベルは地面を削りながらも耐え凌ぎ、跳ね返って来た護りを両手で抑え込む。

 そして手を焼かれながらも強引に上へ弾き、逸らしてしまった。

 

「護りの魔法か……いつの間にそんなものを纏っていた?」

 

 不気味なほどに、冷静な声であった。

 予想外の事態――しかしそれが逆にミラベルから油断を消した。

 焼けた手を再生しながら、むしろ優勢だった時よりも遥かに冷静に、高速で思考を巡らせる。

 

「……いや、なるほど……あの魔法省の戦いか。

メアリーの奴め、厄介なものを残してくれる」

 

 飼い犬に手を噛まれるとはこの事か。

 今は亡き従者の姿を思い出し、その“やんちゃ”にミラベルは微笑を浮かべる。

 そして死の呪文を反射した事で多少の手応えを得たのか、強気になるイーディスを見て、ますます笑みを深くした。

 

「ミラベル、貴女の魔法は私を殺せない。

メアリーが私を護ってくれる限り、届かない。

だから――」

「――だから、ここは退いて欲しい、か?」

「っ!」

 

 全く甘い事だ、と思わず吹き出しそうになる。

 もうそんな段階などとうに通り過ぎているというのに。

 既に数多の命を奪った今、後退など出来ないというのに。

 なのに、まだ手を取り合えると思っている。

 このミラベルを、救いたいと……救えると思っている。

 何とも健気で、そして愚かしい事だ。

 

「ククククッ……そんなヴォルデモートすら殺しきれない玩具を得た程度でもう勝てる気か?

可愛いな、ライナグル。

可愛いな、メアリー。

可愛すぎて、思わず抱き締めて壊したくなる」

 

 まるで微笑ましいものを見るように、優しくすらある声でミラベルが嘲笑う。

 従者の護りやイーディスの思いあがりに、不思議と怒りは沸かなかった。

 それはあるいは、子犬が吼えているのを見て頬が緩むのと同じ感覚だったのかもしれない。

 ミラベルはイーディスに手を向け、デパルソ――対象物を遠くに追いやるアクシオの対極呪文――でイーディスを吹き飛ばす。

 彼女の華奢な身体が壁に衝突し、痛みに顔を歪めるのを見てミラベルは確信した。

 やはり、魔法そのものを防げるわけではないらしい、と。

 続けて追撃の魔法を使おうとしたところで、凄まじい威力の閃光が飛来したのを感知。

 姿現しで回避した。

 

「ふん、流石に簡単にはいかんな」

 

 魔法を撃ってきたのはダンブルドアだ。

 彼は二本の杖を振るうと、二つの魔法を同時に唱える。

 ヴァルネラ・サネントゥールとエピスキー・マキシマ。どちらも高度な技術を要する治療魔法だ。

 本来ならば一人一人にかけるはずのものを同時に多人数にかける辺り、ダンブルドアの隔絶した技量が伺えるだろう。

 

「イーディス……まだやれるかの?」

「は、はい!」

「皆も、苦しい戦いだがまだ戦えるな!?

わしとイーディスが打って出る! わしら以外はミラベルに近付くな!

遠くから魔法での援護を頼みたい!」

 

 あのミラベルとほんのわずかでも戦えるのは自分と、護りの魔法がかかっているイーディスだけだ。

 そう瞬時に判断したダンブルドアはすぐに作戦を切り替え、自分達二人で攻めて行く戦いへ思考をシフトした。

 下手にトンクスなどを接近させれば、それだけで殺されかねない。

 あの怪物と戦う以上、ほんのわずかなミスも許されないのだ。

 

「イーディス……あれは持ってきておるな?」

「……はい」

「わしが隙を作る。仕掛けるタイミングは君に全て任せよう」

 

 切り札はある。

 そしてそれを所持しているのはイーディスだ。

 だがそれをミラベルに使うには、あまりにも隙が少なすぎた。

 ならば自分が作らねばなるまい、とダンブルドアは決意する。

 例えこの老い先短い命と引き換えにしてでも、あの少女だけはここで止めなくてはならないのだ。

 

「ふん、これだけの力の差を見せられても諦めぬのは大したものだが……少しは楽しませてくれよ?

あまり退屈すぎると、うっかり殺してしまうぞ?」

 

 ミラベルはまだ心の何処かで油断している、慢心している。

 だからこそ付け入る隙がある。

 イーディスは背後から己の守護霊たるペガサスを顕現させ、ダンブルドアは瓦礫から数多もの像を作り出す。

 

 そして二人同時に、悪魔を討ち取るべく駆け出した。

 

 

*

 

 

「セクタムセンプラ!」

「エクスペリアームス!」

 

 スネイプの切断呪文とハリーの武装解除呪文が同時にヴォルデモートへ飛来する。

 だがヴォルデモートは身を翻す事で姿を消し、次の瞬間には彼等の背後に現れていた。

 放たれる、死の呪文。

 対抗呪文が一切通用しないそれに、ハリー自身が反応するよりも速く杖が黄金の炎を吐き出した。

 すると互いの呪文が相殺し合い、消し飛ぶ。

 ハリーの意思とは無関係に、杖が勝手にヴォルデモートと戦っているのだ。

 

「どういう事だ……? この杖は俺様の物ではない……なのに、何故……」

 

 ヴォルデモートが苛立ちを隠さず呟く。

 先ほどからずっとこうだ。

 本来なら自分に全く及ばないはずのハリーが、自分と互角の鬩ぎ合いを続けている。

 その理由を、最初ヴォルデモートは杖のせいだと考えた。

 だからこそ杖作りのオリバンダーを捕らえて拷問し、こうなる理由を吐かせたのだ。

 その結果、彼は言ったはずだ。『双子の杖だからこそ共鳴したのだ』と。

 では、これはなんだ?

 今使っているのは自分のものではない、ベラトリックスのものだ。

 それが何故、ハリーを殺せない?

 

 一方ハリーもわけがわからなかった。

 ヴォルデモートとの戦いが始まってからと言うもの、自分は驚くほどに善戦出来ている。

 だが決してそれは自分の力ではない。杖のおかげだ。

 杖が勝手にヴォルデモートと戦い、押し返しているのだ。

 何が起こっているのかはわからない。

 だが、いける。ハリーは強い手応えを感じていた。

 

「ステューピファイ!」

 

 ハーマイオニーが麻痺呪文を撃つ。

 年齢を考えれば十分過ぎるほどに強力な呪文だが、帝王にとってはか弱い抵抗でしかない。

 軽く杖を振るだけで消し飛ばし、お返しとばかりに死の呪文を放つ。

 ハーマイオニーが咄嗟に横に跳ぶ事でそれを避け、ヴォルデモートの後ろからスネイプが強襲した。

 

「っちい!」

 

 セクタムセンプラの呪文が頬を掠め、更に続けてハリーの呪文が飛来する。

 ヴォルデモートは再び身を翻し、少し離れた位置へと再出現する。

 

「小賢しい奴等め!」

 

 杖を薙ぐ。

 すると背後から炎柱が立ち昇り、それが蛇の姿へと変化した。

 ミラベルも好んで使用する『悪霊の火』だ。

 闇の魔法の中でもかなり高位に位置するそれは、ハリーやハーマイオニーに防げる魔法ではない。

 スネイプはすぐにその事を理解し、己もまた同じように炎を解き放った。

 炎で構成された雌鹿が蛇へと突進し、その進撃を食い止める。

 

 だが、それこそ最大の隙!

 ハリー達を守ったその一瞬で、ヴォルデモートはスネイプの背後へ転移していた!

 

「――ッ!」

「遅い!」

 

 咄嗟に防ごうとするも、それより速くヴォルデモートの杖がスネイプの腹を薙ぐ。

 すると大量の血液が吹き出し、スネイプの口から血が吐き出された。

 倒れるスネイプに眼もくれず、ヴォルデモートは続けてハーマイオニーを狙う。

 

「危ない、ハーマイオニー!」

 

 杖から放たれる悪霊の火。

 もしそれが当たればハーマイオニーの命は終わっていただろう。

 だが現実にはそうならず、死の炎は彼女まで届きはしなかった。

 

 彼女を護るように、間にハリーが割り込んだからだ。

 

「……う、そ……」

 

 目の前でゆっくりと崩れ落ちて行くハリーが、やけにスローモーションに見えた。

 ありえない。

 こんな事があっていいはずがない。

 ハーマイオニーはただ、呆然としたままそれを見続ける。

 

 

 そしてそのまま、彼等の希望であるハリー・ポッターは床に倒れ伏した。

 

 




(*´ω`*)皆様こんばんわ。
2箇所で最終戦の75話でお送りしました。
どちらもラスボスだけあって一筋縄ではいきませんが、ホグワーツ陣営も粘ります。
さて、ここからどう逆転するのか……そもそも逆転出来るのか。
また明日お会いしましょう。


ラヴォス第2形態「この星の生き物の細胞を得てパーフェクトな存在になった私に勝てるかな?(cv若元」
トレバー「な、なんてプレッシャーだ……!」
ロマンドー「こいつは強敵だ……!」
マルフォイ(お家帰りたい……)

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