静かだった。
何もかもがただ穏やかで、静寂に満ちていた。
イーディスはうつ伏せに倒れながら、その心地よさに身を委ねていた。
これが死というものだろうか?
この優しい眠りが死なのだろうか?
しかし死んだというには何かがおかしい。
自分はこうして思考しているし、確かにそこに存在しているという感覚もある。
「……ん?」
イーディスは目を開け、ゆっくりと起き上がる。
起きて、まず最初に気付いたのは自分が何も身に纏っていないという事だ。
咄嗟に手で身体を隠し、赤面するが幸いにして近くには誰もいない。
しかし誰もいないにせよ、裸というのはあまり心地よいものではなく、せめて服が欲しいと願った。
すると、まるでそれを反映するかのように、折りたたまれた制服が目の前に現れる。
「……必要の部屋?」
欲しいと思ったものが現れる。
それはまるで必要の部屋のようでもあり、しかしここがそうではないという奇妙な確信がイーディスにはあった。
服を着ながら周囲を見渡すと、そこが真っ白な世界である事に気が付いた。
何もかもが白い霧に包まれ、全容が見渡せない。
一体ここはどこなのだろう?
そう思いながらイーディスは立ち上がり、ゆっくりと歩を進める。
すると、その先に自分以外に誰かが立っている事に気が付いた。
整った顔立ちの、メイド服の少女であった。
亜麻色の髪を後ろで束ね、イーディスが見ている事に気付くと優しい微笑みを浮かべる。
初めて見る顔だ。
……いやまて、本当にそうか?
イーディスはその姿にどこか懐かしさを感じた。
彼女とは、どこかで会った気がする。
あれは……そうだ、あれはミラベルと一緒にクィディッチの試合を見に行く前の事。
彼女の家で働いていたメイドだ。
そのメイド服の少女はイーディスに歩み寄ると、微笑みながら手を差し出す。
「また、会えたわね」
イーディスは彼女を見るのは初めてだ。
しかし、不思議な確信があった。
あるいはそれは、ここが特殊な空間だからなのだろうか。
何も説明されずとも、イーディスは彼女が誰なのか分かる気がした。
「もしかして……貴女は……」
「メアリー・オーウェルと申します。可愛いお嬢さん」
イーディスの問いに、冗談めかしてメイドの少女は笑う。
ご丁寧にスカートの裾を持ち上げて一礼するサービスまで披露する事から、案外冗談などが好きな性格なのかもしれない。
イーディスの目から涙が溢れ、気付けば彼女にしがみついていた。
「……夢じゃ、ないよね? 本当に、貴女なんだよね?
会い、たかった……っ、ずっと、会って、謝りたかった……っ!」
「馬鹿ね……貴女が謝る事など何もないわ」
メアリーはイーディスの頭を撫で、落ち着かせる。
そうしてイーディスを離してから、手を差し出した。
「さあ、一緒に歩きましょう」
イーディスは涙を拭い、メアリーの手に自らの手を重ねる。
そして、少女二人は白い空間をゆっくりと歩み始めた。
おっかなびっくりで歩くイーディスと異なり、メアリーの歩みに迷いはない。
まるでここがどこなのか、知っているようにも見える。
「ね、ねえ、ミラ……じゃない、メアリー。
ここは何処なの?」
「さあ? 貴女にはどこに見えるの?」
言われて、イーディスはもう一度周りを見る。
周囲にはいくつもの建物があり、パブがあり、ハニーデュークス店らしき物も見える。
遠くにあるのは叫びの屋敷だ。
ここは……そうだ、ここは……。
「……ホグズミード村?」
「そう、貴女には“そう”見えるのね」
人の気配こそないが、そこはイーディスの知るホグズミード村であった。
そう理解すると、霧が薄れより鮮明に全体像が見渡せるようになる。
しかしいくつか印象に薄い場所などは不思議と霧が残り、見る事が出来ないままであった。
一方、かつてミラベルと共に行ったハニーデュークス店や、ワームテールと戦った叫びの屋敷などは霧が限りなく薄くなっている。
「ねえ、ここは……天国なの? それとも、地獄?」
「ふふっ……どうしてそう思うのかしら?」
「だ、だって、私、シドニーの呪文を受けて死んじゃったし……」
意識が落ちる前の出来事はイーディスもよく覚えている。
間違いなく死の魔法は自らに直撃した。
ならば自分は死んだはずだ。
いや、死んでいなければおかしいのだ。
それに……ここには死んでしまったメアリーもいる。
「さあ、どうなのかしら。もしかしたらハリー・ポッターと同じ事になったのかもしれないわ」
「え? それってどういう……」
「あの時……魔法省での戦いの時、私は貴女を守るために命を差し出した。
なら、こう考える事は出来ないかしら?
――あの瞬間、私の命を使った護りの魔法が完成していた、と」
『護りの魔法』。
その存在はハリーから聞いた事がある。
かつて彼の母が己の身を差し出す事でハリーを護り、闇の帝王を打ち倒したのだと。
それと同じ事が、もし起こっていたのだとしたら?
もし、そうならば……イーディスはまだ死んでいない事になる。
いや、しかし待て、やはりおかしい。
何故ならあの時メアリーが攻撃を受けた相手はヴォルデモートだ。シドニーではない。
その疑問が顔に出ていたのか、それともここで隠し事が出来ないのか……どちらにせよ、メアリーはイーディスの心を読んだかのように微笑む。
「貴女の疑問は分かるわ。
でも、護りの魔法は必ず命を差し出した相手にのみ効くわけじゃない。
事実、ハリー・ポッターは護りの魔法によって17年間も死喰い人が手出し出来ない状態にあったでしょ?」
護りの魔法は命を差し出した相手のみならず、その配下なども纏めて対象に入れる。
ハリー・ポッターを見ればそれは一目瞭然で、彼はずっと死喰い人に手出しされずに暮らしてきたし、それがあるからこそダンブルドアもわざわざダーズリー家などという劣悪な環境にハリーを置いたのだ。
しかしやはりイーディスは納得出来なかった。
シドニーはヴォルデモートの配下などではない。ミラベル側だ。
それが何故護りの魔法の排除対象に含まれてしまうのか分からなかった。
そんなイーディスへ、答えを教える教師のようにメアリーが語る。
「私が命を自ら差し出した相手はヴォルデモートだけじゃなかったって事。
貴女が知らないのも無理はないけど……私は、ヴォルデモートに殺されるよりも前に、ミラベル様に命を差し出していたのよ」
護りの魔法そのものが発動したのはあの神秘部の戦いだ。それは間違いない。
しかしあの時、本来ならば決して起こり得ない事が起きていた、とメアリーは話す。
「本来ならば護りの魔法で弾けるのは一人、ないしはその意思を受けた者達だけ。
それは当たり前の事だけど、護りの魔法の発動条件が『死ぬ事』だから。人間は一度死ねばそれで終わり……本来なら、何人も対象に出来るわけがない。
けれどあの方はその摂理を曲げてしまった……本来在り得ない『2度目』を私に与えてしまった……」
本来ならば決してありえない『2度の死』。
そしてそのどちらもが自ら捧げる形であった為護りの魔法の条件を満たし、我が身を盾として守ったイーディスへと与えられた。
また、要因になり得るものは他にもあったのだろう。
メアリーの血はミラベルが吸血鬼になる際に用いられたものであり、逆にメアリーの中にはミラベルの魂の一部とでも言うべきものが与えられていた。
ヴォルデモートとハリー・ポッターの関係に近い、強い結び付き。
そのメアリーが作り出した護りの魔法は、通常よりも遥かにミラベルへの反応が強いのかもしれない。
どちらにせよ、これが意味するところはつまり――。
「私……死んでない?」
イーディスはまだ、生きているという事だ。
しかしメアリーはそれを告げず、とぼけるように言う。
「それは、これから貴女が決める事よ」
メアリーが手を振る。
すると、周囲の景色が変わり、見た事もない何処かの景色となった。
マグルの通う学校のような場所だ。
そこに何人もの幼い少年少女がおり、その中に見覚えのある金髪金眼の少女がいた。
身体のいたる箇所に痛々しい傷を負い、何者も寄せ付けないような鋭さを纏ってはいるものの、それは紛れも無くミラベル・ベレスフォードであった。
「これは……?」
「私の知る過去の記憶。
私の知る、ミラベル様と貴女のお姉さんの思い出。
そして貴女が知るべき事」
メアリーはどこか遠くを見るように目を細める。
そこにある感情はイーディスには分からない。
だが、彼女が悲しんでいる事だけは分かる気がした。
「さあ、行きましょう。記憶の旅に」
*
見せられた過去の映像。それは徐々に変わり、優しくなっていくミラベルの姿だった。
メアリーの視点から見るその映像は、今のミラベルからは想像すら出来ないものだ。
最初は、今とそう大差はなかった。
今ほど滅茶苦茶ではないが既に暴帝の片鱗は見えており、他者を寄せ付けない飢えた獣のような空気を発していた。
目を覆いたくなるほどの虐待に近い……いや、最早虐待そのものとしか言えない英才教育を施され、怒りと屈辱に戦慄く彼女は、内に秘める悪意を確実に増大させていたのだ。
何者も信用せず、親兄弟すら敵、あるいは道具としか思わぬその在り方はまさしくイーディス達の知るミラベル・ベレスフォードであった。
しかし、そんなミラベルを変えた存在がいた。
誰もが距離を取るミラベルに自ら近付き、邪険に扱われてもアプローチし続ける、白銀の少女がいた。
この時既に発揮されていた他者を平伏させるミラベルの異才にも怯まず、スルスルとその心に入り込んで行く様は、イーディスからすれば信じ難いものだった。
そんな彼女にいつしかミラベルも絆され、少しずつ心の距離を狭めて行ったのだ。
『――私は、どこにも行かない。貴女の側を離れない。
これからも、ずっと一緒ですよ……ミラベル』
『……ああ……そうだな――これからも、ずっと一緒だ……レティス』
イーディスが見たそれは、今までに見た事のないミラベルの姿だった。
友と笑い合い、安心し切ったように無防備を晒す彼女の姿を、何の冗談かとすら思った。
あの誰も信じないようなミラベルが誰かの膝の上に寝転がり、安眠する様など想像すらしない光景だ。
その影響は外にも現れ、顔つきそのものが随分と優しくなり、従者などにも柔らかく接するようになった。
あるいは、このまま成長すればダンブルドアのような善き指導者としての才を開花させたのかもしれない。
今のような他者を踏み躙る事に悦びを見出す異端者ではなく、他者を助ける存在になっていたのかもしれない。
しかし、それは所詮『もしも』の話に過ぎない。
今、現実にいるミラベルは暴帝として君臨し、魔法界を脅かしているのだから。
景色が、切り変わる。
ミラベルとレティスが消え、その代わりに現れたのはベレスフォード邸の廊下だ。
そこで掃除をしているメイド……メアリーは、ドアの隙間から零れて来た会話を偶然聞いてしまった。
普段ならば主の会話を盗み聞きするなどという無礼は働かないのだが、そこにミラベルとレティスの名前が出た事で何か嫌な予感を感じたのだ。
メアリーは声を殺し、失礼と承知しつつもドアに耳を当てて中の会話を盗聴する。
『……ねえあなた、本当にやるの?』
『ああ。もうすでにアンブリッジには伝えてある』
『けど……そんな事をしてあの子は悲しまないかしら?』
『そんな事は問題ではない。今はさっさとミラベルに付き纏う蟲を払うのが先決だ』
それはミラベルの両親の会話であった。
娘に異常な愛と期待を注ぎ、結果として彼女の悪意を促進している事にも気づけぬ道化の囀りだった。
しかしその囀りは性質の悪い事に魔法界の一部を動かせるほどの権力を持ち合わせているのだ。
『あの子には王の才がある。親の贔屓目などではなく、ダンブルドアすら凌ぐ天性の統治者だ。
だが、それが今腐りつつあるのはお前も知っているだろう?』
『ええ……レティス・ヴァレンタインですね』
『そうだ。どこの馬の骨とも知れん穢れた血交じりの小娘がミラベルを誑かしている。
私達が心血注いで育て上げた最高傑作を、駄目にしている』
ミラベルはこの時、人として見れば正しい方向へと進みかけていた。
だがベレスフォードから見ればそれは正義ではなく悪なのだ。
彼等にとっての正義とは即ち、『勝者である事』。それを可能とする才能がありながら自ら破棄するなど、許される事ではない。
だからこそ、邪魔だった。
レティス・グローステストという悪魔を改心させる天使は、彼等にとって不要でしかなかったのだ。
『あんな下民はミラベルの友に相応しくない。もっと高貴な、純血で優れた者こそをあいつは侍らせるべきなのだ』
『だからといって……』
『なに、証拠は残らんよ。吸魂鬼の暴走でいくらでも処理出来る。
今頃はアンブリッジが吸魂鬼をあの小娘の家に放している頃だろうさ。
ファッジは少しは違和感を抱くだろうが、あの男はどうせ事故としか思うまい』
それを聞いた時、メアリーは掃除道具など放り出して駆け出していた。
急いでミラベルの私室まで走り、ノックすらせず部屋に飛び込む。
するとミラベルは驚いたように振りかえるが、それがメアリーだと分かるとすぐに表情を微笑みに変えた。
『どうしたメアリー? ノックもなしとは行儀の悪い。
まあ、いい。丁度お前に見せたいものがあったんだ』
そう言いながら、ミラベルは銀色のネックレスを出す。
『ほら、今度レティスの誕生日だろ? それで、あいつの誕生日プレゼントにこんなのを自作してみたんだが――』
『お嬢様! レティス様が……レティス様が……』
『…………あいつの身に、何かあったのか?』
メアリーのただならぬ様子に、ミラベルの顔色が変わる。
その時、イーディス達はミラベルが恐怖する顔を初めて見た。
メアリーの話を聞くにつれてミラベルの顔は蒼白になっていき、瞳孔が見開かれる。
そして、話を全て聞き終わる前に部屋を飛び出し、『姿くらまし』をした。
メアリーもすぐにその後を追い、姿を消す。
レティスの家の前は、鬱陶しい程の大雨であった。
メアリーは濡れるのも構わず家に走り、既に開いているドアから中に飛び込む。
そして――そこには、あってはならない光景が広がっていた。
『ミ、ラベル……様……』
『…………』
主は答えない。
ただ無言で、少女の身体を抱き締めている。
まるで少しでも温もりを離さぬように、強く、強く。
しかし少女はもう応えない。
その瞳からは生気が失われ、まるで人形のように無反応だ。
生きてはいる……だが、生きたまま死んでいる。
吸魂鬼に襲われ、魂を吸われた者の末路だ。
その隣には虚ろな眼をした男が座りこんでいるが、恐らくはレティスの父だろう。
マグルの彼では吸魂鬼などどうしようもない。何とも惨いものだ。
遅れて、そこに魔法省大臣のコーネリウス・ファッジとドローレス・アンブリッジがやって来た。
ある意味最悪のタイミングだ。
『こ、これはベレスフォード嬢! ここで一体何を……?』
驚いたようにファッジが目を見開く。
恐らく彼はこの件についてノータッチで事故としか認識していないのだろう。
だがこれが故意に行われた犯行であるのは明白で、アンブリッジに至ってはその汚らわしい笑顔を隠せていない。
マグル生まれを一人減らせた喜びでニンマリと歪んでいる。
『我々は、そのう、吸魂鬼が逃げたという報告を受けてね。
急いで駆けつけたんだが……いや、どうやら被害者が出てしまったようで真に残念だよ、うん』
『でもよかったですわ。被害がこれだけで済んで。
本当に、貴重な純血の魔法使いが誰も被害に遭わずに済んでよかったよかった』
ピクリ、とミラベルの肩が揺れる。
アンブリッジは今、どれだけ自分が地雷を踏み抜いているのかをわかっていない。
下手をすれば今すぐにこの場全てが血で染まってもおかしくない程、この女は危険な発言を繰り返しているのだ。
『あら悲しんでいるのベレスフォードのお嬢さん? いえいえいえ、そんなはずはないわ。
だって貴女は魔法界でも有数の純血の家系。しかも貴族の末裔。
そんな庶民になど心動かされるはずがありませんわ』
『…………』
『それにそんなのの代わりはいくらでもいるでしょう? もっと貴女に相応しい純血の家系とかね。
それに考えようによってはこれはいい事なのよ。だって魔法界にマグルの血が入らずに済んだんですもの。
駄目な血はね、魔法界から追い出さなきゃいけないの』
本人はきっと、優しく慰めているつもりだろう声で、ネチネチと語る。
メアリーと、それを見ているイーディス達はもうハラハラしっぱなしであった。
いつミラベルが爆発してもおかしくない。そう思ったからだ。
しかしミラベルはレティスの身体を抱いたまま立ち上がると、何事もなかったかのような顔で振り返る。
その顔はいつも通りのミラベルであった。いつも通りの……『イーディス達のよく知るミラベル』であった。
『なるほど、確かにその通りだ。ゴミは何をしようがゴミでしかない。
魔法界の未来を想うなら、どんな手を用いても排除する必要がある』
『そうよ、そう! わかってくれたのね! 嬉しいわ!』
『ああ……よおく分かったとも』
アンブリッジとファッジは気付かない。
ミラベルの言葉が、自分達にこそ向けられているという事を。
彼女が言う排除すべきゴミとは、自分達である事を。
『あ、あの? ベレスフォード嬢、その子を何処に?』
『退け』
『え? いやしかし……』
『――退け』
その瞬間、かつてない重圧が場を支配した。
メアリーも、ファッジも、アンブリッジも、見ているだけのイーディス達すら身動きが取れなくなる。
ミラベルの発する絶大な気迫に圧され、呼吸すら満足に出来ないのだ。
それを直接向けられているファッジやアンブリッジなど、最早泡すら吹いているほどだった。
床に這い蹲るゴミを一瞥もせず家を後にし、雨の中を歩く。
その後を慌ててメアリーが追いかけ、やがて二人は森の中へと足を踏み入れた。
『レティス……君を、吸魂鬼などにはさせん……。
そんな無様な姿になるくらいなら、いっそ、私の手で……』
吸魂鬼に魂を吸われた者は新たな吸魂鬼となる。
それを防ぐ為に取れる方法は一つしか存在しない。
ミラベルはレティスを抱き締めたまま杖を抜き、レティスの背に当てる。
そしてメアリーがあっ、と叫ぶ間もなく、その呪文は唱えられた。
『アバダ・ケダブラ』
緑の閃光がレティスを撃ち、かろうじて続いていただけの生命活動を停止させる。
これがミラベル・ベレスフォードが行った一番最初の殺人であった。
何故ミラベルが人を殺す時全く躊躇がないのか。それをイーディスは理解してしまった。
一番最初に、一番大事な人を殺していたからだ!
レティス以外など彼女から見れば全て塵芥……唯一の親友を殺した後で、それ以外を殺す事に躊躇いなど持つはずがない!
『案ずるなレティス……君を一人になどはしない』
物言わなくなった遺体を横たえ、その瞼を閉じさせる。
そして杖を振ると、遺体の胸から小さな光が飛び出してきた。
銀色の輝く、魂の残滓だ。
……吸魂鬼がわずかに喰い損ねた、残飯に等しい魂の残りカスだ。
ミラベルは己の守護霊を出すと、その中に魂を取り込む。
すると守護霊は姿を変え、レティスの姿そのものになった。
『これからもずっと一緒だ。二人で、この腐った魔法界を変えよう』
メアリーからはミラベルの表情は見えない。
しかし声からは喜悦と、嘆きの相反する感情が感じ取れた。
『素晴らしいだろう? ……私が全てを壊し、そして全てを作るのだ。
血とコネだけで居座る屑を皆殺しにし、君のように才能ある者が生きていける理想の魔法国家を私が築く』
くつくつと、ミラベルが嗤う。
口は三日月状に歪み、善に傾きかけていた天秤が一瞬で元に戻る。
もう彼女の悪意を止める者は誰もいない。
彼女が必要とする者は何処にもいない。
故に――改心の可能性はここに消え去った。
後に残ったのは、歯止めの効かない壊れた悪鬼だけだ。
『そうだ、それがいい……そうしよう。
薄汚い吸魂鬼も、魔法省も、純血共も。
君を否定した魔法界を。死に追いやったこの世界を!
全て私が否定し、私が壊してやるッ!
こんな世界など私は要らん!
世界が君を否定するのなら、私が世界を殺し尽くそうッ!!』
この日、魔法界は選択を間違えた。
間違えてはならぬ最悪の選択に、最悪の答えを出してしまったのだ。
故にもう止まらない。
この悪鬼を止めうる唯一の可能性は失われてしまった。彼等が壊してしまった。
ならば後は、もう破滅に突き進みしか道は残されていない。
『はははははははははは!!
アハハハハハハハハハハハハハハハ!!
アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!』
ミラベルは、嗤う。
狂ったようにゲラゲラと、人ならざる狂笑をあげる。
雨が降りしきる中、血の涙を流して笑い続ける。
『はハハははははハハハハハハハはははははははハハはははハハハハハハハハハハハはははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはハはハはハはハはハはハはハハハハハハハハハハはははハハはははハハはははハハはははハハはははハハハハハハハハハハハはははははははははははははハハハハハハハハハハハ!!!!』
――この日、魔法界史上最大最悪の悪魔が産声をあげた。
~没シーン~
イーディス「こ、ここは……うえ!? 私、裸?! なんで!?」
ダンブルドア「……」
イーディス「!?」
ダンブルドア「何と素晴らしい少女じゃ、なんと勇敢な子じゃ。さあ、共にゆこうぞ!」
メアリー「そおい!」
ダンブルドア「ふぉ!?」
メアリー「貴方原作と違って生きてるでしょ! 何でここにいるの?!」
イーディス「変態!変態!変態!」
ダンブルドア「や、やめ、ぐぼああ!?」
~没シーン2~
メアリー「貴女にはここがどこに見える?」
イーディス「……バス亭? そ、そうだ……私、帰らないと……」
メアリー「ここは『終点』よ。戻る事は……出来ない」
イーディス「!? あ、あなたは!?」
メアリー「イーディス……貴女は立派にやったのよ……私が『誇り』に思うほど立派にね」
イーディス「待って! メアリー待って!? そのシチュエーションだと私死んじゃう!? 死んじゃうから!?」
(*´ω`*) 皆様こんばんわ。メアリー再登場の72話でお送りしました。
メアリーの護りの魔法はわかりにくいですが、ミラベル一派とヴォルデモート一派の両方に対応してます。
これは術者であるメアリーが命を差し出した相手が二人いた事による本来在り得ない護りの重複状態ですね。
まあ、あくまで攻撃魔法に対する守りなので、吸血鬼パワーで石投げられたりしたらどうしようもないんですけど。
それではまた明日お会いしましょう。