「イーディス。君は知る権利があるとわしは思う」
決戦前。
校長室において、イーディスにだけ語られた事がある。
それはミラベルの事に関するシビルの予言であり、そこに記された世界の破滅の事だ。
そう……『破滅』。
ミラベルの行く末にあるのは破滅であると、運命が告げてしまっているのだ。
「ミラベルは今の所上手くやっている……多くの者を救い、世論も味方につけた。
皆の前では言わんかったが……正直、わしはこのまま降伏してもよいのではないかとすら考えておる」
現状、ミラベルの国盗りは完璧に近い形で進行していると言っていい。
自分達には解決出来なかった事も解決し、武力に物を言わせたやり方とはいえヴォルデモートからイギリスを救った功績は事実だ。
指揮官としての立場上皆の前で弱音を吐く事など出来なかったが、一度彼女に委ねてしまうのも一つの道なのではないかと、ダンブルドアの中の弱い心がそう告げる。
しかし……この予言が、ダンブルドアを踏み止まらせる。
「予言に記された天使とは、君の姉……レティス・グローステストの事じゃと思う。
つまりミラベルはもう破滅へ向かって歩んでいる事になるのじゃ」
どのような形でここから破滅するのかは分からない。
その苛烈さ故に更なる敵を求めて国民に牙を向けるのか。
弱者を切り捨てる政策を重視しすぎて、必要以上に切り捨ててしまうのか。
それとも別の要因か……。
危惧すべきは、ミラベルはその破滅しかねない危うさを秘めているという事か。
今はよくとも、この急な改革が後に影響し、世界を壊してしまう可能性は十分にある。
たかが予言と思うかもしれない。
だがその予言に今まで魔法界は踊らされ……そして最も恐ろしい事に、外れた事は一度としてないのだ。
「ちっぽけな老人と笑うかのう……?
わしはな、あの少女がいずれ全てを壊してしまいそうで恐ろしいのじゃ……」
そう疲れたように言う老人を、イーディスは笑う気にはなれなかった。
どこかで納得出来る部分があったからかもしれない。
確かに、ミラベルは生き急ぎ過ぎている。
未来を求めるあまり、足元を見ていない……そんな不安を感じてしまう。
このまま進み続けた先に、世界より先にミラベル自身が破滅してしまいそうな……そんな怖さがある。
だが、だからこそ。
そんな危うい友人だからこそ、イーディスは……。
「――ミラベル、私……私は、貴方と一緒にいたい……」
イーディス・ライナグルはその日、悪魔の手を取った。
*
数多の人外や魔法使い、マグルが行き交うダームストラング専門学校。
その城内に、彼等の主たるミラベルが帰還した。
隣には茶髪の少女を伴っており、しかし少女はどこか元気がないように見える。
それもそのはずで、とうとうハリー達を裏切ってしまった罪悪感で今にも潰れてしまいそうなのだ。
「ライナグル、貴様が来てくれた事は予想以上に私を有利にしてくれた。
まさか神秘部の『アーチ』を持ち出すとは……やはりダンブルドアだけは最後まで油断出来ないな」
イーディスが齎した情報は、ミラベルにとってこの上なく有益であった。
ハリーが最後の分霊箱である事。
ダンブルドアに不死のカラクリが既に見抜かれている事。
そして倒す為の手段として『アーチ』を持っている事。
確かにあれならば自分を殺せるだろう、とミラベルは考えた。
そしてまた、弱点がバレているならば他にも自分を殺す方法がある。
3重の不死は確かに強力だ。
だが、その全てを心臓に集めているが故の脆さもまた併せ持っていた。
もしもバジリスクの牙なりで心臓を貫かれたならば、賢者の石、分霊箱、吸血鬼の心臓の3つが同時に砕かれ、死に至るのだ。
悪霊の火などは大した問題ではない。炎が心臓に届く前に身体が再生する。
しかしバジリスクの牙などで貫かれれば、話は別だ。
「……バジリスクは、明日の戦いで使わないほうがよさそうだな。
それに、秘密の部屋を『アーチ』ごと破壊しておく必要もある、か」
ミラベルは顎に手を当て、考える。
元々考えていた戦術は、グリンデルバルドの希望を反映したものであった。
つまりホグワーツとダームストラングという学校同士を衝突させ、彼等が戦い易い状況を作り出すというものだったのだ。
だからホグワーツそのものを吹き飛ばすような事は考えておらず、やったとして精々ミサイルをブチ込む程度だ。
あの学校には科学的なものを無効化する魔法があるので、ミサイルを撃ち込んだところでただの巨大な鉄の塊をぶつけるだけである。
それでは精々城に穴を開ける程度だろう。
しかし、『アーチ』が隠れているならば話は別だ。
これは偶然に過ぎぬが、ミラベルはその『アーチ』の存在に気付いていなかったのだ。
ダンブルドアは結局鼠を用いたネットワークには気付かなかったようだが、ミラベル襲撃に対抗する為に学校を護りで覆った事により鼠が孤立してしまった。
それにより連絡が取れなくなり、ミラベルは城内の様子を掴めなくなっていたのだ。
とはいえ、ミラベル一人が入り込む程度ならば妖精の姿現しでどうにかなってしまうのが、まだまだ甘いと言わざるを得ないが。
「そういうわけだ、グリンデルバルド。悪いが計画を変えさせてもらうぞ。
明日、先制攻撃で城そのものを破壊し尽す」
グリンデルバルド、とは一体誰の事だろう、とイーディスは顔をあげる。
するとそれらしき金髪の美青年が、不満そうに口を開いた。
「それでは、私とアルバスの決着はどうなる?」
「あの爺ならば簡単には死なんだろう。城を破壊した後に探し出して、貴様が始末すればいい」
その会話を聞きながら、イーディスは胸が締め付けられる思いだった。
城を破壊する……7年間、皆と過ごしてきたあの学び舎を壊す。
今、自分はそれに加担してしまったのだ。
その決断を、自分がさせてしまった。
そんなイーディスを横目で見やり、ミラベルは小さく溜息をつく。
「疲れているようだな、ライナグル。少し休むといい」
「ううん……このままでいい」
「いいから休め」
疲れている……それは事実だろう。
身体は疲れておらずとも、心は重りがついたかのように重く、動き難い。
だが休んだ所で意味などない。
この重りはきっと、生涯取れる事がないのだから。
「……そう悲観するな。貴様の選択は間違いなどではない。
魔法界の未来を思えば、私に付く事こそが正しいのだ」
珍しく慰めの言葉をかけてくれるミラベルに、イーディスは弱弱しく笑う。
それは、酷く疲れ果てた、まるで病人のような覇気のない笑顔であった。
*
翌日。
遂に運命の日が訪れた。
魔法の力で浮遊するダームストラングはホグワーツ目掛けて直進し、イーディスは刻一刻と近付くその瞬間に心臓が締め付けられそうになる。
「ライナグル……辛いならフランスで待っていてもよかったのだぞ。
この戦いは貴様には苦しいだけだろう」
玉座に腰掛けたまま、ミラベルが珍しく気遣うように声をかけてくる。
だがイーディスは静かに首を振った。
ハリー達を裏切ったのは自分だ。自分の意思でこちら側に付いたのだ。
ならばせめて、その罪からは逃げないようにしよう。
それだけがイーディスに出来る、唯一つの覚悟であった。
ミラベルもそれを感じ、「そうか」とだけ呟く。
そして夜中の0時。
とうとうホグワーツ上空まで到着し、決戦の瞬間が訪れてしまった。
「まずは護りの魔法を破る! 総員、撃てええッ!」
ミラベルの号令に合わせ、城に待機している全ての魔法使いが一斉に魔法を唱える。
するとホグワーツを覆う、恐らくは教師全員で張っただろう護りの魔法が軋み、歪み、砕け散ってしまった。
本来の作戦ならば次にここで科学を封じる護りを破り、ミサイルを叩きこんでやるはずだった。
だがそんな生温い方法は止めだ。
イーディスから齎された情報が確かなら、あの城には自分を殺し得る道具が隠されている。
ならば……それごと、城を叩き潰す!
「終わりの時は来た。古き時代と共に滅びるがいい、ホグワーツ……そしてダンブルドアよ!」
ミラベルが城から飛び出し、満月をバックに両手を広げる。
無限と思えるほどに高まる魔力、不吉なる鳴動。
大地が悲鳴をあげ、空が歪み、黄金の輝きで満たされる。
「アクシオ!」
使う呪文は、4年生でも出来る単純な呼び寄せ呪文。
しかし呼び出されるは、人の想像を上回る宇宙からの裁きだ。
幾筋もの流星が成層圏を抜けて降り注ぎ、ホグワーツに殺到する。
いかなる護りも魔法も関係ない。
抗うなら抗ってみせろ。逃げるなら逃げ切ってみろ……出来るものならば。
その全ての抵抗を踏み潰し、粉砕し、ただ蹂躙しよう。
決戦を前に覚悟を決めていたホグワーツの勇者達。
その全員が、絶望に歪んだ顔で空を眺めていた。
そして――。
ホグワーツが、塵と還った。
もはや大勢は決した。
ミラベルの初撃でホグワーツは全壊し、砦としての機能を失ったのだ。
そうなれば後は質と量の戦いでしかなく、その両方で勝る3国連合に負ける要素はなかった。
ミラベルの指示で一斉にホルガーやイーディスを除く全戦力がホグワーツ跡地に雪崩れ込み、数少ない生存者を毒牙にかけてゆく。
イーディスは目を背けたくなる己を律し、その惨劇を見守り続けていた。
だが戦力を全て吐き出したと言う事は、城の中は無防備だと言う事だ。
それを狙ったように、ダームストラングの広間に雪崩れ込んでくる者がいた。
アミカス・カローにアレクト・カロー。
ソーフィン・ロウルにギボンといった最後の死喰い人達だ。
その姿を見て、ミラベルは喜悦に歪んだ嘲笑を浮かべる。
「はっ、最後の抵抗というわけか。惨めだな」
「黙れベレスフォード! この悪魔め!」
ミラベルの嘲りに、アレクトが怒りを露に叫ぶ。
血が滲むほどに杖を握り、その眼は血走っている。
「俺はお前が許せん! 我等の同胞をゴミのように殺したお前が許せんのだ!」
その罵りは、まるで自分が言われているようにイーディスは感じた。
しかし当の本人たるミラベルはまるで笑みを崩す事なく、それどころか愉快そうに言葉を聞き入れている。
まるで蠅の囀りのように、全く心を動かさない。
「ほう、ならばどうする? 数多の人間をゴミのように殺してきた死喰い人よ」
「黙れ!」
死喰い人の一人が怒りに任せてミラベルに杖を向ける。
そして死の呪文を唱えようとするも、その瞬間肘から先が吹き飛んだ。
恐ろしいまでの速度で放たれた切断呪文によるものだ。
「っ、ぎィあああああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげ、肘から血の噴水を撒き散らす。
それを見て、ミラベルは咎めるようにホルガーを睨んだ。
「余計な事をするな、ホルガー」
「お戯れも程々に……ここにはイーディス様もいるのです。
もし何かの間違いで流れ弾が彼女に当たったらどうするのですか」
まさに刹那の出来事であった。
死喰い人が杖を構えてから、肘が消えるまで、ほんの1秒もかからなかった。
――速い。
イーディスはその圧倒的なスピードに唖然とする。
「やれやれ、もう少し遊んでもバチは当たらんと思うのだがな」
「ご冗談を。過去、何人の闇の魔法使いがそうした慢心により敗れたとお考えですか?
勝てるうちに勝つ……獲物を前に舌なめずりは感心出来ません」
ホルガーの忠告にミラベルは苦笑を浮かべる。
全く、随分ズケズケ言ってくれるものだ。
まあ彼がそう言うならば聞き入れてやるのもいいだろう。
少しばかり呆気なさ過ぎて物足りないが、それも一興か。
「おのれ、おのれ、ベレスフォード!」
「ああ、囀るな死喰い人。そんなに怯えんでも、すぐに楽にしてやる」
ミラベルはつまらなそうに言い、腕を振るう。
するとその背後に巨大な、9つの頭を持つ炎の龍が顕現する。
黄金に燃え盛る『悪霊の炎』。
その呪われし火炎が死喰い人達に踊りかかり、逃げる暇すら与えず呑み込んだ。
悲鳴をあげる事すらさせない、まさに鎧袖一触の攻撃。
炎が消えた時、そこには黒い影だけしか残っていなかった。
「つまらんな。まるで手応えがない」
「それでいいのです。それこそ王者の戦いというものでしょう」
ミラベルは戦いというものを楽しもうとする傾向がある。
それは自らが圧倒的すぎる才能と力を持つが故に、少しでもそれを発揮する場が欲しいからだ。
しかしそれこそが唯一の弱点だ。
故にこそホルガーはミラベルが慢心しないよう注意し、彼女の悪癖が出ないよう諌言する。
「さて、確かハリー・ポッターが最後の分霊箱だったな。
奴を始末し、それからヴォルデモートを消し去れば終わりか」
ダンブルドアは……残念ながらグリンデルバルドに負けるだろう。
隕石を落とす際、一際強力な魔法障壁が学校を覆うのが見えた。
あんな事が可能なのはダンブルドアしかいない。
そして、それが意味する所は、彼は逃げずに一番前にいたと言う事だ。
ならば隕石による深手を負っている可能性が高く、その状態でグリンデルバルドに勝つのは不可能に近かった。
「お嬢様」
クィレルが姿現しで出現し、うやうやしく頭を垂れた。
彼はトロールなどを率いて前線で戦っていたはずだが、戻ってきたのを見ると、何か報告があるらしい。
ミラベルが黙って見ていると、彼は静かに言葉を発する。
「グリフィンドールの剣の破壊に成功しました。これでバジリスクを投入出来ます」
「そうか。よくやった」
「それと、最後の分霊箱の破壊も。
ハリー・ポッターに悪霊の火を当て、殺しました」
誇らしげに語るクィレルであったが、ミラベルは小さく溜息をついた。
その様子にぎょっとし、クィレルは目に見えて慌て出す。
ひょっとして、何か怒りを買ってしまったのだろうか?
そんな彼へ、ミラベルは冷たく言う。
「で? ハリー・ポッターの死亡は確認したのか?」
「へ?」
「だからポッターの死亡は確認したのかと聞いているのだ」
呆れたように言うミラベルに、クィレルは冷や汗を流す。
死亡は……確認していない。
何せ悪霊の火を当てたのだから、確認などする必要がない。あれは分霊箱すら砕く魔法だ。
確かに呪文は当たったし、吸血鬼ならではの生死に敏感な嗅覚により、命が失われたのも感じ取った。
だから確認など不要と思い、そのまま放置してしまったのだ。
「……馬鹿者……貴様が殺したのはポッターの中のヴォルデモートだ。
奴は今頃、グレンジャーに連れられて逃げているだろうよ」
額を抑えながら、ミラベルが溜息をつく。
ハリーの中にはヴォルデモートの魂がある、とイーディスから聞いた。
ならば、まず死ぬのはそちらが先だ。
火傷くらいは負っただろうが、まだ生きているだろう。
分霊箱を破壊した事は手柄だが、全くこの男は毎回肝心なところでツメが甘い。
とりあえずこれは後でお仕置きだな、と心に決める。
「も、申し訳ありません! す、すぐに追撃を……!」
「いや、構わん。どうせダンブルドアとホグワーツ亡き後で奴等に出来る事などない。
それに、少しくらい刺激を残しておくのも一興だろう」
それはミラベルにしては甘い処遇だ。
彼女はそれだけ言い、イーディスへと視線を向ける。
「それでいいな? ライナグル」
「……う、うん……」
どうせ生きていたところで出来る事など無いし、歯向かってくるならばそれもまた面白い。
それに彼等は優れた能力を持つ魔法使いだ。
ならばこのミラベルが作る新たなる世界を生きる資格がある。
それがミラベルの下した結論であった。
「後は、残る邪魔者を消し去るのみだが……どうやら、こちらから出向くまでもなさそうだ」
ミラベルが愉快そうに笑い、城の入り口を見る。
それと同時に扉が吹き飛び、そこから怒りの形相を浮べた闇の帝王が踏み込んできた。
さぞ屈辱だろう。
さぞ悔しいだろう。
折角復活したというのに、彼の作り出した暗黒は全てミラベルの黄金が吹き飛ばしてしまったのだ。
この時代にミラベルさえいなければ……ハリーさえいなければ、ダンブルドアさえいなければ。
きっと彼は世界を物に出来たはずだ。
しかしもう、その野望は叶わない。
全てを奪われた彼は今や、裸の王だ。
何一つ持ち得ぬ、敗者でしかない。
「よくぞ来た、ヴォルデモート。
しかし無謀だな? たった一人で乗り込んで来て、私に勝てると思っているのか?」
ミラベルの言葉は、挑発ではない純然たる事実だった。
ここは今や彼女の城であり、側にはホルガーやクィレルも控えている。
しかもその気になれば外の配下全てを呼び戻す事すら可能なのだ。
つまり、ヴォルデモートに勝ち目などない。
ここでの最善の選択は逃げる事だったのだ。
しかしヴォルデモートは杖を抜き、独りになって尚衰えぬ帝王の威風を以て吼える。
「舐めるな、俺様を誰だと思っている?
俺様こそはヴォルデモート卿。俺様こそが闇の帝王!
例え総てを奪われようと、俺様は帝王だ。たかだか17年程度しか生きておらぬ小娘風情が、甘く見るな!」
それは堂々とした叫びであった。
たった一人の玉座になって尚、衰えぬ強者の慢心と王者の威圧に満ちていた。
かつて魔法界最大の悪と言われたのは伊達ではない。
その思想にこそ同調出来ぬものの、ミラベルはここに来て初めてヴォルデモートに敬意を感じる事が出来た。
「よくぞ吼えた、ヴォルデモート卿。
私は今、初めて貴様に敬意を抱いているぞ。
認めよう、貴様の思想こそ下らぬ物だが、その在り様はまさしく帝王であったと」
ミラベルは玉座から立ち、宙に浮く。
ホルガーとクィレルが杖を出そうとするも、それを手で制した。
これは次代の覇者を決める為の戦いだ。手出しなどあってはならない。
何より、今はあの闇の帝王の誇りに応えたかった。
「そして感謝しよう、貴様という敵を屠れるこの幸運に」
二人がホールに立ち、互いに睨み合う。
そして何の合図もなく、淀みない一礼を見せた。
帝王は次世代の暴帝を。
暴帝は前世代の帝王を。
それぞれに認め、決して相容れぬながらも一定の敬意を示したのだ。
――そして、最初から勝敗の見えている最後の戦いが幕を開けた。
*
1998年、5月2日。
英国魔法界堕つ。
その衝撃は瞬く間に魔法界全土に広がり、そして喜びを以て迎えられた。
最後の戦いにおいてヴォルデモートはまさに帝王と呼ぶに相応しい奮迅ぶりを見せ、ミラベルに立ち向かった。
腕をもがれ、足を折られ、身体中に穴を開けられ、臓物を引きずりながらも尚前進し続けた。
だが不死の怪物を前に、不死を失った怪物で勝てるはずもない。
最後まで抗った帝王は遂に命尽き、そして悪の象徴としてその首は晒し物とされたのだ。
ミラベルは最後にヴォルデモートへの敬意を抱いたが、だからといってやる事が変わるわけではない。
彼はあくまで魔法界における悪の象徴として、悪の名を抱いて、そして自分に負けたと言う事を皆に知らしめてから退場してもらわなくてはならない。
だが、人々が石などを投げつける事が出来ぬよう護りの魔法をかけ、一通り晒した後は速やかに埋葬するなど、何処か帝王に思うものはあったのかもしれない。
ダンブルドアも、もういない。
何でもゲラート・グリンデルバルドと相打ちになっていたらしく、偉大な魔法使いの最期の意地を見せられた気分だ。
その死は大層惜しまれ、最後の敬意としてミラベルは盛大な葬儀を手配した。
……今でも、ミラベルは思わずにはいられない。
彼がもし魔法界を統治していたのならば……違った未来もあったのかもしれない、と。
自分は今でもレティスと笑い合い…………――いや、よそう。
……見苦しい、未練だ。
英国魔法界は焦土と化したが、そこに生きる民が消えたわけではない。
民さえいればいくらでも再建は出来る。
遂にイギリス魔法界を手中に収めたミラベルは、しかしその覇道を止める事はなかった。
彼女の目的は魔法界の完全統一。そしてマグルの世界をも含めた全世界の征服なのだ。
故に暴帝は止まらない。
数多の犠牲と悲劇を生み出しながら、ミラベル率いる魔法連合国は目指す未来をただ目指し続ける。
1999年、7月6日。
アメリカ魔法界掌握。
2000年、9月1日。
イタリア魔法界掌握。
2001年、4月4日。
日本魔法界、遺憾の意を表明。
2002年、11月21日。
日本以外のアジア魔法界掌握。
同年11月22日。
日本魔法界、魔法国連合に加入。
2010年、10月23日。
全世界の魔法界掌握、及び連合に加入。
全ての邪魔者を排除したミラベルに敵はなく、彼女は怒涛の勢いで世界を染め上げる。
歯向かう者は排し、賛同者を増やし、前のみを見てただ走り続ける。
そして――。
数百年の、月日が流れた。
「おはようございますお嬢様。
今日のご予定ですが、アメリカのマグル大統領との会談となっております」
ベッドから起きたミラベルを迎えたのは、凛とした顔立ちのメイドであった。
一瞬かつての従者であるメアリーの姿を重ねたが、すぐに別人である事を思い出す。
彼女は……確か何人目のメイドだったか?
……ああ、そうだ。確か5年くらい前に先代のメイドが老衰で使い物にならなくなったから新しく加えたメイドだったか。
「ああ……わかった。下がっていいぞ」
「はい」
メイドを下がらせ、ベッドから降りる。
その容姿は昔から何一つ変わらず、相変わらず美しく、そして幼いままだ。
だがこの少女こそが数百年前に魔法界を統一し、その頂点に立った魔法界皇帝、ミラベル・ベレスフォードその人である。
寝巻きから金の刺繍が入ったローブへと着替え、ふとタンスの上にある写真立てに目を向ける。
写真は2枚。
一枚は、銀の少女が手を振っている写真。
もう一枚は、静かに微笑む茶髪の少女の写真だ。
「…………」
ミラベルはその写真を見て、一瞬だけ優しい笑みを浮かべる。
ここに映った二人はもう、何処にもいない。
レティスは幼い頃に失われ、イーディスもまた随分前に逝ってしまった。
イーディス・ライナグルは最期まで永遠を望まなかった。
友を裏切ったという事実に心が耐えられなかったのか、それとも元々そういう運命だったのか……彼女はあれから年を経る度に衰弱し、32歳の若さで命を落とした。
無論救う事は可能だった。
ミラベルならば命の水を与えて延命させる事も出来たし、人の理を外れた化物にする事だって出来た。
だがイーディスはそれを望まず、人として死ぬ事を望んだのだ。
恐らくは今頃、あちらでメアリーと仲良くやっているのではないだろうか。
ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーは風の噂で結婚したという事だけ聞いたが、それ以降は分からない。
何やらレジスタンスの真似事などをやっていたようだが、まあそれなりに幸せな人生を送ったのではないだろうか。
「……それじゃあ、行って来る……レティス……イーディス……」
写真を倒し、ローブを翻す。
弱みは見せない。誰にも見せない。
忠実な臣下であろうと、弟であろうと、心の隙は晒さない。
ミラベルの顔は既にいつも通りの強気な暴帝のものとなっており、己への絶対の自信で満ち溢れている。
ドアを開けて広間に出れば、そこでは既に待っていたかのようにクィレルとホルガーがおり、膝を折る。
それに合わせて臣下達が一斉に臣下の礼を取り、ミラベルは玉座へと腰掛けた。
今や魔法界のみならず、地球全土が彼女の物だ。
マグルの首相陣は一人残さずミラベルの息がかかった者であり、数世代かけて塗り替えた結果である。
会談など形だけのものであり、今や世界は実質上、ミラベルによる独裁の形を取っていた。
勿論独りで世界全てに手が回るわけではない。
各国にはリーダーとなるべき者は配置しているし、表向きは魔法使いとマグルが共存しているように見えるだろう。
だが最終的な決定を下すのは常にミラベルであり、共栄の形を取った支配でしかなかった。
しかし人々はそれを受け入れていた。
ミラベルに従う事が『安心』だからだ。
彼女という超越者に従えば間違いはなく、自分は正しい道を歩んでいると『安心』出来る。
絶対者に全てを委ねて従う事は幸せだ。
子が父に身を委ねるように。
飼い犬が飼い主に身を任せるように。
今や人類のトップたる首脳陣は、余さず調教された狗の群れであった。
そしてミラベルはその信頼に応え続けた。
魔法界を統一した。
マグルとの和平を成立させた。
世界に魔法族というものを認識させ。
そして遂には魔法と科学によって星々を開拓し、人類を宇宙にすら進出させた。
自ら選んだ優れた人間達に各分野の発展を任せ、あるいは管理させ。
足を引っ張る者は秘密裏に消し去り。
汚職政治家などの社会の癌は死を以て粛清した。
人間は元々前に進む力を持っている。
ならば後は、それを正しい方向に導いてやれば自ずと発展するのだ。
核を始めとする、自らを滅ぼしかねない兵器は全て取り上げた。
戦争を起こしかねない国があれば上層部を皆殺しにし、時には隕石を落として滅ぼす事すらした。
世界を不安定にしかねない、かつての純血思想のような危険因子は悉く先手を打って、手段を選ばず排除した。
誰もが彼女を崇める。
誰もが彼女を崇拝する。
だが隣に立つ者はいない。
弱みを見せる事が出来る友は一人もいない。
ミラベルという存在が余りに圧倒的過ぎるが故に。
そして今も尚、留まる事のない無限の成長を続けているが故に、誰も並び立てない。
ピラミッドの頂点は常に独りだ。
そしてミラベルはそれでも尚、歩み続ける事が出来る強さを持ってしまっていた。
孤独であろうと構わず前進する、常人とはかけ離れた精神構造をしていた。
時には、潰しても潰しても沸いて出て来る愚者に失望した事もある。
いくら手を打っても次から次へと新たな問題を生み出す人類に呆れ、人類全てを消してしまおうかと魔が差した事もある。
だがそんな事をあの少女達は望まないだろう。
レティスとイーディス。今は亡きこの姉妹の存在がミラベルにとって何にも変え難い楔だ。
彼女の中で唯一残り続けている良心だ。
――全く……私を置いて先に逝くくせに、楔だけ残していきおって……。
そう思うと、何だか妙な可笑しさすら感じてしまう。
今やこの楔だけが彼女の中に残る唯一の絆だったのかもしれない。
野望は果たした。
そしてこれからも、世界は発展する。
それは間違いなく彼女の目指したものであり、思い描いた理想そのものだ。
だが――。
――心の中の少女は、今も、笑ってくれない――。
END1『黄金の暴帝』
(*´ω`*) 皆様こんばんわ。
今回はまさかのミラベル勝利エンドでお送りしました。
このエンドは言うならば「画面外の沢山の名無しのモブは幸せになったけど、ネームドキャラは誰も幸せになれないエンド」です。
勿論明日以降も野望の少女は続き、「手を取らない」ルートで進行していきますのでご安心を。
サブタイトルも明日には最終話→エンド1と修正します。
また、こっちのルートでは色々駆け足でしたが、勿論本ルートはちゃんと数話かけて書きます。
こっちはイーディスがミラベル陣営に来てしまった事でミラベルから慢心が消えてしまった事でこんな一方的展開となってしまいました。
ラスボスから慢心と油断を外してはいけません。
ミラベルが勝ったのに何故か世界が破滅しませんでしたが、これも別に私が予言を忘れたわけではありません。
それではまた明日、お会いしましょう。
……え? このルートの日本どうなったって?
ゼロとかいうのがコスモスとダイナと一緒に応援にかけつけ、セブンとサーガの親子タッグがガメラやモスラと共闘して頑張ってゴジラ達を追い払いました。
ありがとう、ゾフィー隊長!
え? ロマンドー?
どうやら初撃の隕石に下敷きにされていたようで数日後に救助されたようです。