ハリー・ポッターと野望の少女   作:ウルトラ長男

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第63話 メーヴィス・ベレスフォード

 校長室の椅子に座るメーヴィスの顔は疲れ果て、その美貌には陰りが差していた。

 無理もない事だ。

 彼女はつい数時間前に闇の陣営の襲撃を受け、住む場所を失ってしまったのだから。

 いや、何よりショックだったのは溺愛する娘の所業が原因で狙われ、そして助けにすら来てくれなかった事だろう。

 つまりは見殺し。

 娘にとって自分とはその程度の存在だったのだ。

 

「飲むといい。温まるじゃろう」

 

 そこに優しげな声がかけられ、目の前にバタービールが置かれる。

 このダンブルドアが来てくれなければ、きっと今頃メーヴィスはこの世にいなかった。

 それを思えば命の恩人であり、しかし娘の敵対者だ。

 

「貴女とその家族の今後の事じゃが……護りの魔法をかけた家をこちらで用意する事が出来る。

秘密の守人にはわしがなろう」

 

 ダンブルドアの言葉にメーヴィスは何も返せない。

 何か言わねばならないのは分かる。

 だが今は、もう何を言えばいいのかすら分からないのだ。

 そんな彼女へ、子供を落ち着かせるようにダンブルドアが語りかける。

 

「のう、ミセス・ベレスフォード……そろそろ、貴女の持つ記憶をわしに委ねては下さらんか?」

「そ、それは……」

「貴女は苦しんでおる。その苦しみをわしも分かち合いたい」

 

 メーヴィスの持つ記憶は彼女を苦しめている。

 その記憶がどんなものかは分からぬが、多くの人間と接してきたダンブルドアには、どういった種類の苦しみかが理解出来た。

 それは後悔。

 過去の罪に追い詰められた罪人の苦しみ。

 自分が常に背負っているもの……。

 打算があるのは否定しない。計算した行動である事も事実だろう。

 だが一方で、ダンブルドアは本心から彼女を救いたいとも思っていた。

 

「わたくしは……わたくしは、ただあの子の為を思って……」

「愛が届かぬ事はある」

「ああ……ダンブルドア、どうかわたくしを軽蔑なさらないで下さい……。

わたくしは、愚かだったのです……」

「無論、軽蔑などせぬ。記憶を見せてくれるならばそれは勇気ある行動じゃ」

 

 優しく、言い聞かせるようにダンブルドアは言う。

 それはメーヴィスの弱りきった心に、何よりの安心を与えてくれるものだ。

 彼女は杖を額に当て、震える手で靄のようなものを出す。

 ダンブルドアはそれを受け取ると憂いの篩へと投入した。

 

 これで分かる。ミラベルの根底にあるものが。

 

 ダンブルドアは逸る心を抑え、深呼吸をする。

 この先にあるものは彼ですら予測出来ない。

 だがこれできっと分かる……あの少女が生まれながらの悪なのか、そうでないのか。

 願わくば、ほんのわずかな光でもいいからあって欲しい。

 そんな想いを込め、ダンブルドアはメーヴィスの記憶へと埋没した。

 

 

*

 

 

 ダンブルドアが降り立ったのは、大きな屋敷の中であった。

 大きい、と言ってもベレスフォード邸ほどではない。

 しかし少なくともそこらの庶民よりはいい暮らしをしているだろうと分かる屋敷だ。

 その廊下をパタパタと、少女が走る。

 ダンブルドアはそれを見て最初、ミラベルだと思った。

 だが違う、ミラベルではない。

 よく見れば細部が違うし、それにミラベルと違い幸せに溢れていた。

 親の愛を注ぎ込まれ、何一つ不自由なく暮らしてきた少女の笑顔があった。

 

「ねえねえお母さん! ホグワーツからの手紙、もう来た?!」

「ええ来ましたよ、メーヴィス」

 

 少女……メーヴィスは喜びながら手紙を受け取り、目を輝かせる。

 外見こそミラベルと似ているが、その表情などは彼女が浮べないものだ。

 彼女は手紙を大事そうに握り、嬉しそうに言う。

 

「お母さん、私ね、レイブンクローに入るの!

凄く賢い子が入る寮なんでしょう?」

「ええ、そうですね。きっと貴女なら入れますよ」

「それでね、それでね、素敵な人を見付けて絵本みたいな恋に落ちて、それで子供が出来たらお母さんみたいな素敵なママになるの!

いっぱいいっぱい愛して、幸せな家族になるの!」

「あらあら気が早い事。メーヴィスはおませさんね」

 

 

 

 床が消え、ダンブルドアの周囲の景色が変わる。

 次に彼が立っていたのはホグワーツの大広間だった。

 そこでは多くの生徒が集まっており、一年生の組み分けを見守っている。

 メーヴィスもそんな中でドキドキと胸を高鳴らせながら自分の番を待ちわびていた。

 

 ダンブルドアも知る、今は卒業した生徒達の名前が次々と読みあげられ、それぞれの寮の椅子へと座って行く。

 その途中、メーヴィスはスリザリンに向かう途中の少年と目が合った。

 銀髪をオールバックにした、鋭い目つきの少年だ。

 不遜なまでに己への自信に漲り、全てを見下したような目の男に、何故かメーヴィスの視線は釘付けとなった。

 

「マッケンジー・メーヴィス!」

 

 名を呼ばれ、メーヴィスは椅子に座って帽子を被る。

 すると数秒は帽子が考えるように唸っただろうか。

 やがて結論が出たのか、大きな声で彼女が所属するべき寮を叫ぶ。

 

「レイブンクロー!」

 

 多くの上級生の拍手と歓声に迎えられ、メーヴィスはレイブンクローの机へと走って行く。

 その顔はこれから始まるだろう素晴らしい学園生活への期待に満ち溢れていた。

 

 

 

 次に見たのは、以前訪れた事のあるベレスフォード邸よりも真新しいリビングであった。

 立ち上がって周囲を見れば、テーブルの前の椅子には今よりも若々しいメーヴィス・ベレスフォードが座っており、その反対側には別の女性が腰かけている。

 体格は痩せ気味で、スパンコールで飾った趣味の悪い服を着た女だ。

 腕輪や指輪などといった装飾品で身を固めており、大きな眼鏡をかけたその姿はまるで煌く巨大トンボのようであった。

 

 ――シビル・トレローニー。

 ホグワーツで『占い学』を教えている教師……そしてある意味、全ての元凶とも言える人間だ。

 ハリーとヴォルデモートに関する全ての因縁は彼女の予言から始まり、そしてジェームズとリリーが殺された。

 その彼女がここにいる事にダンブルドアはやはり、という気持ちを抱いた。

 やはり――出てきたか。

 記憶を辿って行けばどこかで出て来ると一種の予感を感じていた。

 ハリーとヴォルデモートの未来を決定付けたと言っても過言ではないこの予言者が、ここまで魔法界を揺るがしているミラベルに一切関わっていないなど有り得ないのだ。

 恐らくは彼女自身も意識せず、まるで運命に導かれるように予言をするべき場所へと赴き、そして予言を託すべき相手と遭遇した時に真の予言は解き放たれる。

 ダンブルドアはトレローニーの力をそう推測していた。

 

「まあ、それじゃあホグワーツへの就職が決まったのね」

「あらそれを言うなら貴女こそ。聞いたわよ、ダームストラングですって?」

 

 二人はまるで気心の知れた友人同士のように話す。

 それもそのはずで、二人は同じ時期にホグワーツで学んだ学友同士なのだ。

 そして目指す職業が教師という点でもまた共通していた。

 結果は見事二人とも教員職に就き、こうして互いの内定を祝い合っているわけだ。

 

「それに、子供も生まれたそうじゃない。幸せそうで羨ましいわあ」

 

 トレローニーは普段は霧の向こうから聞こえてくるような、神秘的(と本人は思っている)声で話すが、今は自然体だ。

 素の自分を知る旧友の前でまでイメージを保つ必要はないという事だろう。

 普段からそうならばもっと生徒に人気が出るだろうに、などと場違いな事をダンブルドアは考えてしまう。

 だがそんな平和な一時に、突然異常が起こった。

 トレローニーが突如のけぞり、白目を向いて立ち上がったのだ。

 

「し、シビル?」

「……金星に守護された天秤の月に悪魔が生まれる。

悪魔の持つ天秤は救世にも破滅にも傾き得る」

 

 先ほどまでとは異なり、まるで男のような野太い声でトレローニーが語る。

 来たか――そう思い、ダンブルドアは神経を尖らせた。

 ここより先は一字一句とて聞き逃してはならない。

 恐らくはこれこそ、この先の魔法界を左右する言葉に違いないからだ。

 不運だったのは、これを聞いたのがメーヴィス一人だった事か。

 だから、神秘部にも一切保存されていなかった。

 

「悪魔は己の半身たる天使を得、天秤の安定を得るだろう。

悪魔から天使を奪ってはならない。

さすれば天秤は破滅へと傾き、確定した未来は覆される。

例え時計の針を戻しても、一度傾いた天秤は決して戻らない」

 

 半身たる天使――その言葉を聞き、まずダンブルドアが連想したのはいつもミラベルと共にいた生徒、イーディスだ。

 しかし予言に記されたのは恐らく彼女ではない。

 イーディスは決してミラベルから離れなかったのに、ミラベルは破滅への道を選んでしまった。

 ならば誰だ? 誰がミラベルを止めうる存在だったのだ?

 誰がいれば、彼女の才能を救世に傾ける事が出来たのだ?

 

 

 

 再び景色が変わる。

 次に着いたのはヒースコートの書斎であった。

 そこで向かい合っているのはメーヴィスと、その夫であるヒースコートだ。

 メーヴィスはどこか思い詰めたように、ヒースコートは無表情で椅子に座っている。

 彼女達が今話題に挙げているのは己の愛しい娘の事だ。

 

「ミラベルは、最近よく笑うようになったな」

「ええ。そうですわね」

 

 我が子がよく笑うようになる。

 それは普通ならばいい事なのだろう……普通の家庭ならば。

 しかしここは力こそが全ての呪われし家系ベレスフォード。

 常識は当てはまらない。

 

「マグルの小娘などに唆されおって……全く困った奴だ。

だが娘の過ちを正すのもまた親の役目……邪魔者は早急に消すしかあるまい」

 

 ヒースコートはそう言い、ワインを飲む。

 だがメーヴィスはあまり乗り気ではなさそうだった。

 

「……ねえあなた、本当にやるの?」

「ああ。もうすでにアンブリッジとファッジには伝えてある」

「けど……そんな事をしてあの子は悲しまないかしら?」

 

 幼き日に夢見た将来があった。

 愛を注いで己を育ててくれた母と同じように子供を愛し、幸せな家庭を築く夢……。

 だがそれは今や遠き日の幻に過ぎない。

 恐らくはヒースコートという男に心を寄せ、そして共に歩む事を選んだ瞬間におかしくなってしまったのだろう。

 気付けば、子供を幸せにするどころか笑顔を奪う親となってしまっている。

 それはメーヴィスの悩みであり、そして夫に強く意見出来ない己の弱さでもあった。

 

「そんな事は問題ではない。今はさっさとミラベルに付き纏う蟲を払うのが先決だ。

あの子には王の才がある。親の贔屓目などではなく、ダンブルドアすら凌ぐ天性の統治者だ。

だが、それが今腐りつつあるのはお前も知っているだろう?」

「ええ……レティス・ヴァレンタインですね」

「そうだ。どこの馬の骨とも知れん穢れた血交じりの小娘がミラベルを誑かしている。

私達が心血注いで育て上げた最高傑作を、駄目にしている」

 

 最高傑作。

 何の迷いもなくヒースコートは我が子をそう呼んだ。

 それは彼なりの最上の褒め言葉であり、常人には理解出来ない彼なりの愛の形だ。

 しかしその愛は決して我が子を幸せにはしない。

 狂った家庭で生まれ育った彼は、やはり歴代当主と同じくどこかが狂い、おかしくなっているのだ。

 

「今回の件は吸魂鬼の無断行動という事で処理される。

どうせ元々忌み嫌われている生物だ。今更マグル一人潰した所で誰も怪しまん。

こういう時、あの生き物は便利だな」

「…………」

 

 

「レティス・ヴァレンタイン・グローステスト……アレは、要らん。

例えゴーストとしてだろうとミラベルの前に顔を出す事は許さん。

……魂ごと葬ってくれるわ」

 

 

*

 

 

 記憶の旅を終えたダンブルドアは、静かにメーヴィスを見た。

 メーヴィスはその視線に怯え、美貌を歪める。

 予言は受けていた。

 あの時自分が夫を止めていればあるいは運命は変わったかもしれない。

 その自責の念はあるのだろう。彼女はまるで罪を宣告される前の罪人のように恐怖に顔を引き攣らせていた。

 しかしダンブルドアはそんな彼女へ、あくまで優しく告げる。

 

「よくぞ、打ち明けてくれた」

「ダ、ダンブルドア……先生……わ、わたくしは愚かだったのです……。

わたくしが、あの子を……あの子を、歪めて……。

だ、だからあの子はわたくしを見殺しにしようとしたのでしょう……わたくしが、かつてそうしたように……」

「もうよい。君は十分苦しんだ」

 

 愛しているからといって、必ずそれが伝わるとは限らない。

 その愛が歪んだものであるなら尚更だ。

 ダンブルドアは愛の信奉者であるが故に、この親子のすれ違いには心を痛めた。

 真に愚かなるはヒースコートか。

 あの男こそが全ての歪みの元凶だったのだ。

 

(……レティス・グローステストか)

 

 

 どうやら、その名前にこそ鍵がありそうだ。

 ならば次は彼女について調べるとしよう。

 そう決意し、ダンブルドアはそっと部屋から出て行った。

 

 




(*´ω`*)<フハハハハハ!
皆様こんばんわ。今回はメーヴィスの過去の63話でお送りしました。
事件の影にやっぱりシビル、という事でシビル先生も登場です。
まあ「シビルはミラベルの予言してないの?」とは前から言われていましたが、原作においてハリーの前で真の予言をしてしまったように全ての予言がそれを保存出来る人物の前で為されたとは限らないという事です。

レティスも「蘇生せんの?」とはよく言われていましたが、これがその答えです。
吸魂鬼は魂を吸うわけでして、魂がなきゃ蘇生も出来ませんしゴーストにもなれません。無論あの世にも逝けませんので蘇りの石を使おうが無駄です。

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