マルフォイ母子を保護してから数日後、ハリーは遂にスラグホーンの記憶を得る事に成功していた。
憂いの篩を用いる事で見たそれは、若き日のトム・リドルに分霊箱の知識を与えてしまったという、後悔の記憶であった。
しかしこれに関して言えばスラグホーンが悪いわけではない。
当時のトム・リドルは優等生そのもので、魔法を悪用するようには見えなかった。スラグホーンも騙されてしまったのだ。
そしてこの記憶を得る事でダンブルドアとハリーはヴォルデモートの不死の秘密へと辿り着く事が出来た。
不死の秘密はやはり分霊箱。それを全て破壊する事でヴォルデモートを殺す事が可能となる。
更にその数もまた記憶が教えてくれた。
若きトム・リドルは7こそが最も強力な魔法数字であると述べていた。
ならば分霊箱の数は6、本体の魂を合わせて7となる。
現在破壊が確認されている分霊箱はそのうち、3つだ。
まず、2年生の時に破壊した日記。
ダンブルドアが壊した指輪。
そしてミラベルが壊した(と思われる)金庫に隠していた分霊箱。
しかしダンブルドアが壊した指輪以外は疑問も残る。
まず日記だが、ハリーは確かにトム・リドルの幻影を剣で切り裂いた。
だが本体はあくまで日記であり、そちらが傷付かぬ限り破壊した事にはならない。
つまりハリー達の前から敗走した時、まだ日記は無事だったのだ。
だが、無事ならば何故ジニー・ウィーズリーの魂を解放したのかが分からない。
……ミラベルによって始末された、と見るのが妥当だろうか。
そしてもう一つ。先日襲撃されたマルフォイ家の金庫だが、そこに分霊箱があったというのはあくまで推測に過ぎず、実際に見たわけではない。
分霊箱が無かった可能性もあるし、ミラベルが壊し方を知らない可能性もある。
更にミラベルの目的が必ずしも分霊箱だったとも限らない。
その事を考えれば、壊されていると考えるのはいささか楽観的過ぎるだろう。
何はともあれ、やるべき事は決まった。
まずはヴォルデモートを倒す為に分霊箱を探し出して破壊する。
不死身の怪物という点で言えばミラベルも同じだが、あちらはヴォルデモートのように複数の箱を作っているわけではないだろう。
まずはヴォルデモートの分霊箱を全滅させるのが優先だ。
幸いにして分霊箱の場所はダンブルドアが目処を付けていたらしい。
早速ハリーとダンブルドアは分霊箱が隠されていると思われる洞窟へと出発した。
だが結果的にそれは無駄足となる。
何せ辿り着いたそこは、すでに破壊し尽くされ、死体の山が積み上がっているだけの跡地となっていたのだから。
「せ、先生、これは一体……」
「ミラベルじゃ。それ以外に考えられん」
ハリーの震える声にダンブルドアが呻くように答える。
ここはヴォルデモートが己の魂を護る為に用いた洞窟だ。
必然、彼の魔導の限りを尽くした罠が用意してあっただろう。
それを突破し、こうまで無残に破壊し尽す事が出来る者など限られている。
十中八九、ミラベルの仕業と見て間違いはない。
「あの恐ろしい少女はわしらよりも先にヴォルデモートを殺す方法に辿り付き、分霊箱を破壊したのじゃ」
ミラベルがヴォルデモートの分霊箱を処分しようとしている。
それは別にいい。酷い言い方かもしれないが悪党同士、潰し合うならそれに越した事はない。
しかしミラベルも、そしてヴォルデモート自身すらも、分霊箱が『7つ』ある事は知らないだろう。
最も強い魔法数字は『7』だ。だからヴォルデモートは分霊箱を6つ作ったと見て間違いはない。
そうすれば己自身の魂と合わせて魂は『7つ』となる。
だがあの無知な帝王は、赤ん坊のハリーを殺そうとした時彼に己の魂を分け与えてしまった。
言うならばハリーはヴォルデモート自身が意図せず作った最後の分霊箱だったのだ。
これぞハリーが蛇語を理解し、ヴォルデモートの意識と同調出来る原因である。
もし……もしも、ミラベルがその事に気付いてしまったら……。
あの少女はきっと何の躊躇いもなく、一切の良心の呵責もなく、ハリーを殺しに来るだろう。
ヴォルデモートが気付く事は恐らくない。
ハリーの護りの魔法を取り入れてしまったのが原因なのか、繋がっている状態が当たり前になりすぎて逆に気付けないでいる。
しかしミラベルはきっとどこかで気付くだろう。
恐らくは分霊箱を全て壊したと思い、ヴォルデモートを殺そうとして、そして最後の分霊箱がある事を悟るはずだ。
そうなればあの悪鬼は、きっとハリーに辿り付いてしまう。
「やれやれ、どうしたものかの……」
ダンブルドアは憂鬱そうに溜息を吐き、自らの長い髭を摩った。
一年の終わりがまたやってきた。
例年通りの終業式が行われ、ダンブルドアより注意を呼びかける言葉が送られたのも、これで去年、一昨年から続いて3度目だ。
活動を始めた死喰い人一派によって除々に魔法界の平和は崩れつつある。
すでに犠牲になった人間も何人かおり、ここにいる生徒の親族や親にも被害者が出ているほどだ。
魔法省は現状、スクリムジョール指揮下で奮戦してはいるが、状況は芳しくない。
これでは陥落も時間の問題だろう。
魔法界は今、最大の正念場を迎えている、とダンブルドアは考える。
グリンデルバルド、ヴォルデモート、そしてミラベル。
いずれも単独で魔法界を揺るがしかねない巨悪だ。
それが今、何の因果か同じ時代に集結してしまっている。
一方、それに対する正義の力はあまりに頼りない。
今年一年は不気味なほどに何も起こらなかったが、それが嵐の前の静けさである事は分かっている。
恐らくは来年、魔法界全体を嵐が包むだろう。
その嵐を越えて全員が生き延びる事は残念ながら不可能に近い。
きっと、夥しい数の死者を生み出すはずだ。
多くの悲劇を作り出す事だろう。
それでも、ダンブルドアは願わずにはいられない。
どうか来年も、ここにいる皆の無事な姿を見られるようにと。
*
「グリンデルバルド、貴様もなかなか面白い事を考える男だな」
ダームストラングの校内を歩きながら、愉快そうにミラベルが語る。
その隣を往くのは、かつて魔法界を恐怖で染め上げた魔法使い、グリンデルバルドだ。
このダームストラングに通う生徒の中にも彼によって親族を殺されたという者は多い。
例えばあのビクトール・クラムなどはグリンデルバルドのせいで祖父を失っている。
だというのに、校内にいる誰一人として彼を咎める者はいなかった。
「このダームストラング城そのものを改造して移動要塞にするなどと、そんな愉快で無駄極まりない発想はこの私にもなかったぞ」
グリンデルバルドが決戦を前にして行った事。
それはこのダームストラング城の大幅な改造であった。
一体どういう発想の元そういう行動に至ったのか、グリンデルバルドはこの城を空飛ぶ浮遊要塞へと変えてしまったのだ。
かつて3校対抗試合の時、ボーバトン魔法アカデミーは屋敷ほどのサイズの馬車で馳せ参じたが、あの規模を何倍にもして再現したというわけだ。
無論、いかに魔法生物と言えど巨大な城をそのまま牽引する事など出来ない。
そこで彼はこの城そのものを『浮遊呪文』と同じ効果を持つ魔法道具へと変えてしまった。
これは難しい事だが決して不可能ではない。
例えばウィーズリーの双子などは『盾の呪文』と同じ効果のある帽子などを作ったりしている。
要はその規模が大きいか小さいかの違いでしかないのだ。
この辺りは流石の大魔法使いゲラート・グリンデルバルドといったところだろう。
「しかし移動拠点が欲しいならば幽霊船で事足りるし、空飛ぶ拠点とてボーバトンと同規模の物くらいならば用意出来る。
にも関わらず、あえて城を……いや、『学校』を選択する辺り余程ダンブルドアとの決着を着けたいようだな?」
「…………」
ミラベルが言ったように、わざわざ城を改造するなどという行為は無駄でしかない。
別にこんな面倒な事をせずとも移動拠点などいくらでも用意出来るのだ。
だというのに学校に拘った理由は、ダンブルドアと同じ立場に立ちたいからだろう。
ダンブルドアと同じ『校長』という立場に就き、彼と同じように『学校』という城を持つ。
そうする事でようやく同条件だとグリンデルバルドは考えたのだ。
「しかし随分半端だな?
わざわざ生徒や教員を全員追い出して、洗脳した闇祓いや亡者で固めずともよかろう」
「よしてくれ。教育課程すら終えていない子供達など戦いでは何の役にも立たん」
「ふふ、これはお優しい事で」
ミラベルが皮肉を込めて、嘲るように言う。
だがグリンデルバルドは微笑を浮かべるだけで微動だにしない。
この少女がこうやって人をからかって遊ぶのはいつもの事だ。
「それより、君の方こそ準備は進んでいるのか?
君の予測ではそろそろヴォルデモートが魔法省を掌握するのだろう?」
「問題ない、いつでも戦争を仕掛けられるぞ。
フランスとドイツ、アイルランド3国の闇祓いが合わせて1500人。
吸血鬼が600人に、そこらの墓場から蘇らせたグールがざっと1000匹。
それと賢者の石の力で作ったゴーレムが数百体、マグルの兵士も1000人ほど拝借している。
後はドラゴンが60匹と、量産バジリスクが10匹……ああ、クィレルの奴がどこからか連れてきたトロールが300匹いたな。
後はいちいち数えるのも面倒くさい魔法生物やら亜人やら色々だ」
「凄まじい戦力だ。ぞっとするよ」
「これでも少ない方さ。少なくとも万人単位が当たり前のマグルの戦争と比べれば、こんなの小国同士の小競り合いだよ」
魔法族は当然の事ながらマグルと比べて人口で大きく劣る。
その総数は定かではないが、世界中の魔法使い全てを合わせても億には届かないだろう。
多くて精々千万といったところか。
地球の総人口から考えれば実に数千人に一人いるかどうか程度の割合だ。
「そういえばこの国にも数百の吸魂鬼がいたと思うが、あれは使わないのか?」
「ん? ああ、アレは皆殺しにしたよ。私の作る国にあんなゴミは要らん」
「……戦力としてはそれなりに使えると思うのだが?」
「2度言わせるな。ゴミに用はない」
有無を言わさぬ強い口調にグリンデルバルドは口を紡ぐ。
どうやらミラベルは吸魂鬼を毛嫌いしているらしい。
戦力になるどうこうの話ではなく、その存在そのものを憎んでいるように見えた。
ならば、これ以上つついて不興を買うのは得策ではないだろう。
その時、ミラベルの配下である吸血鬼の一人が慌てたようにこちらに走り寄ってくるのが見えた。
「ミ、ミラベル様!」
「何だ? 騒々しい」
「も、申し上げます! 本日午前2時、イギリスのベレスフォード邸をヴォルデモートが強襲!
ベレスフォード邸を破壊した模様! 幸いメーヴィス夫人とご兄弟の方々はダンブルドアに保護されていたようで無事のようです!」
その報告に、グリンデルバルドは顔を険しいものにする。
これは予想して然るべき出来事であった。
あれだけ派手に動き、分霊箱を壊して回ればヴォルデモートが報復に出るのは必然の事だ。
そしてその報復対象に家族が選ばれるのもまた見え透いた未来であった。
しかしミラベルは己に忠実なホルガーとシドニーこそ自分と共にイギリスを離れさせたが、母であるメーヴィスと他の兄弟全員を実家に残したままにしていた。
去年一年実家に残していたのは分かる。影武者の方にダンブルドアとヴォルデモートを集中させておくために不自然な移動を控えたのだろう。
いくら影武者がイギリスにいても、その親がいなくなれば明らかに不自然だからだ。
しかしもう影武者はいない。正体を明かしたならば、それこそすぐにでも家族を避難させるべきであったのだ。
そんなグリンデルバルドの咎めるような視線を受けながら、ミラベルは表情一つ変えずに、「そうか」とだけ呟いた。
「で、それだけか?」
「……え?」
「それだけかと聞いているのだ」
まるで興味が無さそうに。まるで見知らぬ何処かの誰かの殺人事件でも聞かされたかのような、あまりにも無関心極まる態度でミラベルは聞く。
強がりだとか、わざとそう振舞っているとかではない。
彼女はあろう事か心底、己の実の家族が襲われた事を『それだけ』と考えているのだ。
そこには愛情も、生まれ育った家が壊された事に対する怒りも嘆きもない。
ただ、残酷なまでの無関心さだけがあった。
「は、はい! 報告は以上です!」
「ならばいい。引き続き情報の収集に専念してくれ」
「はっ!」
伝令を下がらせ、ミラベルはグリンデルバルドを見る。
すると、何やら不機嫌そうな複雑な表情が目に映った。
「何だ? 随分と機嫌が悪そうだな?」
「……そうでもない」
「ふむ。貴様は私の家族と会った事はないはずだが……何か問題でもあったか?」
この期に及んでミラベルが心配したのは、グリンデルバルドの計画に何か問題が生じたのではないか、という事であった。
メーヴィス・ベレスフォードは元ダームストラングの教頭で、使おうと思えばそこそこ役立つ駒になる。
もしグリンデルバルドが何かに使おうとしていたのなら、それは問題だ。
そんな致命的にズレた、人ならざる思考をする少女を前にグリンデルバルドは首を振る。
「いや……何でもないよ、ベレスフォード」
「そうか? まあ貴様がそう言うならこれ以上追求はせぬが」
グリンデルバルドは己の前を歩く少女の背を見ながら、その空虚さにゾッとした。
この少女には人の心がない。
あのヴォルデモートですら己の母には愛を感じているというのに、ミラベルにはそれすら無い。
何も愛さず、何も想わない。
そんな者に、本当に理想の魔法国家など作れるのだろうか?
グリンデルバルドはそんな思考を打ち切り、小さく首を振った。
┌(┌^o^)┐ 皆様こんばんわ。
ラストバトルも間近に迫ってきた62話でお送りしました。
賢者の石で造ったものをホムンクルスからゴーレムに変更しました。
こっちの方が魔法っぽいですね。
またバジリスク100匹は流石に多すぎたので10匹に変更です。
次回はメーヴィスさんとダンブルドアの会話で、謎のプリンス編終了となります。
プリンス編はかなり短めでしたが、まあそもそも物語の中心になるはずのプリンスがダンブルドアを殺す必要がありませんでしたので。
その分最終章は少し長めとなっております。
それではまた明日お会いしましょう。