皆さんこんばんわ。最近イラストを沢山もらってハイテンションのウルトラ長男です。
今回は今まで小出しにしてきたミラベルの過去回となります。
また約1名盛大なキャラ崩壊を起こしていますのでご注意下さい。
――夢を、見る。二度とは戻らぬ、あの日の優しい思い出を。
ミラベル・ベレスフォードは孤立していた。
それは周囲の環境のせいもあっただろうし、彼女がマグルの環境に慣れないのもあっただろう。
だが何よりも彼女自身のプライドの高さ、そして頑なに自ら以外を見下す狭量さにこそ原因はあった。
魔法使いは、11歳から魔法学校へと進学する。
そこで初めて自分が魔法使いである事を知る者もいれば、あらかじめ知っている者もいる。
だが彼らに通じて言えるのは、11歳になるまでは魔法世界への門を潜る事が出来ない、という事だ。
ではそれまで、どこで勉学を学ぶのか?
それは大きく分けて2種類……マグルの学校に通うか、それとも自宅学習か、だ。
ミラベルは純血の一族としては珍しく前者のケースであった。
当時、まだ幼い童女であったミラベルは常に生傷の絶えない娘だった。
それはまだ才能を開花させておらず、しかし次期後継ぎとして期待される程度には才能を示していた、屈辱の時期。当時のミラベルは両親から虐待されていた。
これに関してベレスフォード夫妻は揃って虐待を否定するだろうが、やっている事は虐待以外の何者でもなかった。
気絶するまで魔法を撃ち込まれた回数は数知れず、もう両手の指では間に合わない。
痛みに伏せている所を踏み躙られ、腹を蹴飛ばされた回数も数知れず。鞭で叩かれ、浴槽に頭を沈められ、焼けた鉄を押し付けられた事すらあった。
唯一の兄であるサイモン・ベレスフォードも救いの手を差し伸べる事はなく、それどころか嬉々としてこの『英才教育』に加担した。
サイモンにとって己の立場を脅かすミラベルは邪魔者でしかなかったのだ。
プライドの高さ故、泣いて許しを乞うような真似こそしなかったが、それでも苦しさと惨めさに一人涙した事すらある。
家の中に、ミラベルの味方はいなかった。
そして家の外にも、味方はいなかった。
常に傷の絶えない不気味な少女に、誰もが近づく事を拒んだ。
いや、あるいは何人かは興味本位で近付き話しかけた事もあっただろう。
教師なども最初のうちは同情心から親身になっただろう。
だがミラベルはそれらを跳ね除けた。
哀れまれるのは、何よりの屈辱だ。許し難い恥辱だ。
既にこの時確立されつつあった彼女の凝り固まった自尊心が他者を受け入れる事をよしとせず、全てを拒絶したのだ。
他者など要らぬ、哀れみなど要らぬ、自分は一人でいい。
そうして近付く者全てに噛み付き、いつしか誰も近くに寄ろうとはしなくなった。
……たった、一人を除いて。
「おはようございます、ミラベルさん」
「…………また貴様か」
食堂で不味い昼食を取っているミラベルの隣に、銀髪の少女が当然のように座る。
ミラベル同様腰まで伸ばしたストレートの髪は幻想的に輝き、整った顔が形作る笑顔は不思議と人を安心させた。
……『レティス・ヴァレンタイン・グローステスト』。
ミラベルの同級生であり、そして初めて会った日から何故か懲りずに話しかけてくる存在だ。
そしてミラベルにとって最も理解し難い存在でもあった。
初めて出会った時、笑顔で話しかけてきた彼女をミラベルは冷たくあしらった。
次に会った時、変わらず話しかけてきた少女にわずかながら驚きつつも、冷たくあしらった。
その次に会った時、相変わらず笑顔で近付いてきた彼女に少し腹を立て、更に冷たくあしらった。
その次に会った時、そのまた次に会った時、更に次に会った時……。
何度追い返しても、罵ろうとも、それでも彼女は気にしていないかのようにミラベルに声をかけてきた。
意味がわからなかった。こいつには自分の言葉が通じていないのだろうか、とすら考えた。
これまでの短い人生において、純粋に『好意』を向けてくる相手というのをミラベルは知らなかったのだ。
勿論好意というのが何なのかは『前世の遺産』のおかげで知っている。
だがアレは自分ではない。見知らぬ他人だ。
ミラベルという少女に純粋な好意を向ける人間など、今まで一人だっていなかった。
両親からかけられる過度の『期待』、兄から向けられる『嫉妬』、教師達から向けられる『同情』に同級生達から向けられる『嫌悪』。
それが彼女を取り巻く感情であり、元々歪んでいた彼女を更に歪めてきたものだったのだ。
「わからんな……何故私に声をかける。貴様などに用はないと、もう何度も言ったぞ」
「そうですね。でも、私も何度も言いました。私にはあるんです、と」
「…………」
ミラベルは無言でスプーンを置き、水を飲む。
自分の国の事であるが、酷い味の料理だ。海外から馬鹿にされるのも頷ける。
だがミラベルはそれを然程気にする事はなかった。
食事など所詮は栄養を摂取する為だけの行為。味だの何だのに大した価値はない。
胃に入れてしまえば全て同じなのだ。
「……言ってみろ」
「え?」
「用とやらを聞いてやる。そして、それに満足したら私の前から消えてくれ」
いい加減、この白銀の少女に纏わり付かれるのも面倒だ。
そう思いミラベルは今まで一度として聞いてやらなかった『用』とやらを聞いてやる事にした。
それさえ済めばこいつは自分から離れていくだろう。そう考えての事だ。
「え? いいんですか? やった、言い続けてみるものですね!」
「……今、貴様は『消えろ』と暴言を吐かれたはずなのだが……何をそんなに喜ぶのかわからんな」
不可解だった。ただひたすらに理解の外にあった。
こいつはきっと、自分とは根本的に異なる価値観の生き物なのだろうと、そう考えて彼女の『用』を聞く。
「さっさと言え。何もないなら行くぞ」
「あっ、待ってください! それじゃえっと、えとその、あーっと……ちょ、ちょっと待ってください」
「…………おい」
「何です? 今必死に考えてるんですから!」
「……貴様ひょっとして何も考えていなかったのか?」
こいつは馬鹿なのだろうか? それとも自分を虚仮にしているのだろうか?
そう考え、怒気を滲ませてミラベルが聞く。
すると少女はばつの悪そうな顔をして顔を背けた。
「だって、用があるって言わないと会話が続かなかったんですもん……ミラベルさん、すぐどっか行っちゃうし」
「……もはや何も言えんな」
「ああっ!? ちょ、行かないで下さい!」
呆れて席を立とうとしたミラベルの腕を少女が掴む。
だがこれ以上、この不愉快な女に付き合ってやる気はミラベルになかった。
「離せ。殺すぞ」
邪魔だ、という意思を込めて睨みを利かせればその瞬間ミラベルの全身から得体の知れない空気が放たれ、食堂全体を圧迫した。
これこそがミラベルの生まれ持った特異な才能、暴君として生まれ付いたが故に持つ、他者を威圧し平伏させる王者の如き威風。
自分に並ぶ者などいなくていい、一人でいい。
全ての存在はこの私の下であればいい、という彼女の歪みそのものを体現したかのような異才。
その空気に宛てられて食堂中の生徒が凍り付き、気の弱い生徒などは卒倒すらした。
こうなったミラベルにはもう、誰も話しかけられない。
同級生や上級生はおろか、教師ですらもただ呑まれるのみだ。
だがレティスは全く気にしなかった。
「待ってください、今思い付きました! だから行かないで!」
「…………」
何故こいつにだけは効かない?
いぶかしむミラベルへ、少女はこれは名案だ、とでも言わんばかりに得意顔で言い放った。
「私と友達になりましょう」
……数秒、思考を放棄した。
この少女は馬鹿なのだろうか? というか馬鹿なのだろう。馬鹿以外の何者でもない。
ここまで冷たくされて、暴言を吐かれた後に友達になりたい、などと正気を疑う発言だ。
断るのは簡単だ。
一言、こう告げてやればいい。『調子に乗るな馬鹿が』。
そして手を払い退けてここを立ち去れば、流石にもう追ってはこないだろう。
ミラベルは迷う事なくそれを実行に移そうと口を開きかけ、しかし少女の顔を見て言葉を噤んだ。
笑顔である。超笑顔である。
まるで断られる事など微塵も考えていないような、キラキラと輝く目でこちらを見上げている。
この邪気が一切ない純粋すぎる笑顔には、邪気の塊であるミラベルといえどたじろぐ物があったのだろう。
小さく呻き、顔を引き攣らせて吐きかけた言葉を飲み込む。
ミラベルの中の残酷な心が呟く。何をしている、さっさと言ってしまえ、と。
この笑顔をぶち壊して立ち去ればいい。今までもずっとやって来た事だ。
普段ならば迷わず従うはずのその指示に、しかしこの時ばかりは答えられなかった。
数秒、思考した後にボソボソと小さな声で言う。
「……勝手にしろ」
別に友達が欲しいわけではない。
しかしこれでとりあえずこいつの用は聞いたわけだから、もう纏わり付かれる理由は消えたはずだ。
後はすぐに、友達とやらにも飽きてどこかに行くはずだ。
そう考えながら今度こそ離れようとするも腕はガッシリ掴まれたままで身動きが取れなかった。
「それって、肯定ですよね?! いいって事ですよね!
というかもう、そう受け取っちゃいますよ!」
「あ、ああ……」
何がそんなに嬉しいのかミラベルの手を両手で掴み、少女が心底嬉しそうに言う。
そしてブンブンと腕を振り、喜びを身体全体で表現した。
「じゃあこれから私達は友達です! よろしくね、ミラベルさん!
あ、もうさん付けとか他人行儀は止めた方がいいでしょうか?」
「…………」
やはりこいつは理解の外にある生き物だ。
そう思い、ミラベルは生まれて初めての『友達』を呆れたように見下ろした。
*
「ですからね、私としてはやっぱりまず改善されるべきは料理の不味さだと思うんです。
イタリアとか、フランスとか日本とかを見ればいかに我が国が酷いかわかるでしょう。
オートミールなんて嘔吐ミールとか言われてるんですよ? これは酷い!」
「……どうでもいいな。栄養を摂取する行為に味など大した意味はあるまい」
「わかってない! ミラベルは全然わかってないです!」
彼女と出会ってから半年後。
気付けばほぼ毎日一緒にいるようになっていた。
彼女は自分と違い社交性もあり、友達も多いはずなのにそれでも飽きる事なくやって来る。
今日は祖国の料理がいかに酷いかについて熱弁を繰り広げていた。
「そんなミラベルにこれ! 海外の料理を参考に作ってきました!」
「ほう、貴様料理も出来たのか」
相変わらずテンションの高いレティスが出したのはランチボックス……つまり弁当だ。
彼女はそこから箱を取り出すと、自分で作ってきたらしい料理をミラベルの前に並べる。
なるほど、言うだけあって見た目は悪くない。
ズイ、とスプーンを押し付けられ期待の篭った目で見られる。どうやら食べろという事らしい。
溜息を一つ零し、目の前に出された食事を口に運ぶ。
するとどうだろう。口の中に今まで感じた事がないような幸福感が広がり、舌を刺激した。
「……!?」
海外の料理は、知っている“つもり”だった。
知識の中にも様々な料理があり、自分はそれを理解しているとばかり思っていた。
だが実際に食べるのと知っているだけではまるで別物!
ミラベルはこの時、自分が『食』というものを欠片も理解していなかった事を思い知らされた。
「どうです? 美味しいでしょう?」
「…………」
「美味しいでしょう?」
「……………………ああ」
素直に認めるのも癪だが、どうせこいつにはバレている。
気を取り直して黙々と口に運び、彼女お手製だという弁当を味わった。
隣でレティスがニコニコと笑顔を浮かべているが気付かない振りをする。
癪だ。本当に調子を狂わされる相手だ。
このミラベルとあろうものが何と情けない。
だが不思議と、嫌な気分はしなかった。
こいつになら、こんな姿を見られるのも……まあ、悪くはないか、と思えたのだ。
*
「なあレティス……何故お前は私と友達になろうなどと思ったのだ?」
「ん~……? 何ででしょうねえ」
数人しかいない部室で、各国の料理が描かれたパンフレットを前に、ミラベルが言う。
何故こんな事をしているのかと言えばレティスが立ち上げた『美食同好会』なる部の部員にいつの間にかされていたからだ。
勿論事後承諾である。気付いたら部員リストに入れられていた。解せぬ。
まあミラベルとしてもレティスの影響でかなり料理に興味が出てきたところだ。
どうせ他に入る部もないし、これも一興と思えた。
「何となく気になったから、じゃ駄目ですか?」
「駄目だな」
パンフレットに映った中華料理の数々を見ながらミラベルがぶっきらぼうに言う。
するとレティスはバツが悪そうに頬をかき、それから観念したように告白した。
「ミラベルが、妹と被って見えたんです」
「……私に似ているのか?」
「いえ、これっぽちも」
似ていないのに被るとはこれ如何に。
そう呆れたように自分を見るミラベルに気付いたのか、レティスは苦笑しながら弁明する。
「年の離れてない妹で……あの子はちゃんと新しい場所でやっていけてるのかなあ、ていつも考えてるんです。
だからでしょうか? いつも一人でいたミラベルが、何となくあの子と重なって見えて……」
「……別居でもしているのか?」
「ええ……ずっと前にお父さんとお母さんが喧嘩で離婚しちゃって……。
私のミドルネームのヴァレンタインってお母さんの家名から取ったみたいなんです」
普通ならばそれは、ただの心配性な姉で終わるだろう。
しかしミラベルにはその“独りになりそうな新しい場所”に覚えがあった。
彼女は紙をテーブルに置き、冷たい声で切り出す。
「それは、魔法使いの世界か?」
「! え……何でそれを」
「私の母がお前の母を知っていた。純血主義の家で育った混血の魔女で、マグルと結婚するも上手く行かず破局……どこかいい家を探してくれと泣きつかれたらしい。6年くらい前の事だそうだ」
「あー……ってことはもしかしてミラベルって魔法使い?」
「ああ。正確には女の魔法使いは魔女と呼ぶがな」
ミラベルのカミングアウトにレティスは驚きを露にし、彼女を凝視する。
この様子だとどうやら本当に知らなかったらしい。
レティスは頬をかき、苦笑を浮かべて話す。
「まあ、それなら言っちゃいますけど……確かに私のお母さんは不思議な事が出来たらしいです。
といっても私が3歳の時に離婚しちゃったから、私自身半信半疑だったんですけど」
「なるほどな」
「といっても実感はないんですよね。私は魔法なんて使えませんし、お父さんも普通のどこにでもいる会社員でしたから」
あはは、と笑いながらレティスが言う。
確かにそんな状況では『魔法使いの血が流れてる』とか言われても信じる事など出来ないだろう。
だがレティスがマグルではない、というのはミラベルにとって喜ばしい事実であった。
「……私達魔法族は、11歳になったら魔法学校へと通う事になっている。
恐らく、お前の所にも手紙が届くはずだ」
「え?」
「その……お前さえよければ、だが……私と共に行かないか?
お前ならきっと優秀な魔女になれる。
それに……もしかしたら、妹とやらにも会えるかもしれん」
言い終えて、ミラベルは盗み見るようにレティスを見る。
らしくない。
このミラベルともあろうものが、『断られたらどうしよう』などと考えている。
拒絶される事を恐れている。
こんな感情、自分は今まで知らなかった。
「ミラベル!」
「っ!」
「嬉しいです、ミラベルから誘ってくれるなんて!
勿論行きますよ! 魔法とか凄い格好いいじゃないですか!」
ミラベルの恐れは余計な心配だった。
レティスは心底嬉しそうにミラベルの手を取り、ブンブンと振りまくる。
思えばいつも行動を起こすのはレティスからでミラベルは常に受身であった。
言葉や態度には出さなかったが、きっとレティスも不安を感じていたのだろう。
それを考えると今更過ぎる事だが申し訳なくなってくる。
「あ、でも大丈夫でしょうか……私、イオナズンとか使えませんよ。
面接で使えと言われてもMP切れですとしか……」
「安心しろ、そんなの誰も使えん」
魔法学校など、自分の知識と技量を上げるためだけの場所と考えていた。
野望の為の踏み台程度にしか考えていなかった。
だが、この少女と一緒なら……。
レティスと一緒なら、そんな『下らない物』を抜きにして楽しめる。そう、思える程にはミラベルはこの少女の事を好きになっていた。
……全く……本当に、らしくない。
*
「ククク……どいつもこいつも、私が才能を発揮し始めるや、掌を返して擦り寄ってきおって。
あのカルカロフの姿を君にも見せてやりたかったぞ、レティス」
「もう、駄目ですよミラベル。そんな事言っちゃ。
そんなんじゃホグワーツで友達出来ないですよ?」
「いいさ、別に。私には君さえ居てくれればそれでいい」
レティスの家の中、ソファにくつろぎながらミラベルはレティスと話していた。
いや、正確にはソファでくつろいでいるのではない。
ソファに座っているレティスの膝の上に頭を預けてくつろいでいるのだ。
所謂『膝枕』であった。
そんな無防備を晒して何をしているのかと言えば、レティスに耳掃除をしてもらっているのだ。
「しかし、これで君の観察眼が証明されたわけだ」
「……?」
「去年の質問の続きだよ。『何故私に近付いてきたか』。
今にして思えば、最初からやけに私に対して友好的だった。
本当は私がベレスフォードの次期後継ぎと知って近づいて来た、と言えばあの不自然なまでの好意も納得出来る」
ククク、と怪しい笑みを零し、ミラベルは続ける。
「いや、それとも邪魔なベレスフォードを消しに来たか? 父は敵も多いからな。
ならばそれは大成功だ。私はこうして杖すら持たず無防備を晒し、されるがままだ。
今ならこの首、容易く獲れるぞ?」
そう言いながら、襟を掴んで首筋と鎖骨を露にする。
これは普段の彼女を知っている者ならば信じ難い光景だ。
彼女は他人の前では……いや、両親の前ですらこんな無防備は晒さない。
だがそれを見てレティスは顔を歪め、ただ悲しそうな表情だけを浮かべた。
「……ミラベル……怒りますよ?」
「…………」
その言葉を聞いてミラベルも貼り付けた笑みを消し、目を閉じる。
それから数秒が経っただろうか。
小さく、しかし懺悔するように言葉を吐き出した。
「……すまない……君にそんな顔をさせたいわけではなかった。
……酷い事を言った……どうか、許して欲しい」
掌で瞼を覆い隠し、小さく息を吐く。
わかっている、この少女はそんな事の為に近付いてきたのではない。
それがわかっているからこうして無防備を晒しているのだ。
「……不安なのだ……私は、誰かと共にいる事が、こんなにも心安らぐのだという事を知らなかった」
ポツリポツリ、と。
弱弱しく告白するその言葉を聞いて、それをミラベルの言葉だとすぐに理解出来る者は果たして何人いるだろうか。
常に自分への自信に溢れ、尊大が服を着て歩いているような少女とは思えぬほどに、その声はか弱く、まるで迷子の子供のようであった。
「だから、怖い。この温もりを手放してしまった時、私は私のままで在れるのか。
強い私のままでいる事が出来るのか……それを考えると、たまらなく恐ろしい」
手をどけ、上にあるレティスの顔を見る。
ミラベルの金の瞳と、レティスの青い瞳が交差し、見詰め合う。
「それならいっそ、他の有象無象共と同じように心の距離が開いていた方が、安心出来る。
……私は、君と出会って弱くなってしまった。
一度この温かさを知ってしまっては、もう手放す事も出来ない」
「ミラベル」
レティスはミラベルの金の髪に触れ、あやすように撫でる。
ミラベルはそれに抵抗しない。
心地よさそうに目を細め、されるがままになっている。
「それは、弱さじゃないです。きっと強さなんだと、私は思います」
「……強さ、だと?」
「うん、人と共に在れる強さ。ミラベルはそれを得る事が出来たんです。
だからそれは弱さなんかじゃない」
ミラベルは再び目を閉じ、自分を撫でるレティスの手に自らの手を重ねる。
もう、手放せない。この温もりを手放したくなど、ない。
「そうか……」
「信じられません?」
「いや、信じよう。他でもない君の言葉だ。
きっと……本当にそうなのだろうな」
今、ミラベルの顔にあるのは苦笑でもなければ嘲笑でもない。
冷笑でも狂笑でもなく、ただ純粋に心安らいだ者が見せる満ち足りた笑みだ。
この少女が言うならば信じられる。誰かと共に歩くのも、きっと悪い事ではないのだと。
「なあ、レティス」
「なんです?」
「……私は、こんな性格だ。素直になれず、酷い事を言ってしまう、最低の女だ。
もしかしたら、君に辛い思いをさせるかもしれない。
……それでも、こんな私と一緒にいてくれるか?」
レティスはああ言ったが、ミラベルが弱くなっているというのは覆しようのない事実である。
そもそも、生まれ持った属性が違うのだ。
ミラベル・ベレスフォードは生まれながらの、どうしようもない『悪』である。
自分こそを至上と考え、他者を傷付ける事に躊躇いを感じず、人の痛みを省みない。
それどころか心の奥底には、他人を痛めつける事こそを悦びとする狂った本性まで隠されている。
周りが何を言おうが、本人がどう有ろうが彼女は間違いなく『悪』として生まれ付いてしまった存在なのだ。
故に悪事を行う時、悪意を巻き散らす時にこそ彼女はその力を最大限に発揮し、何よりも強くなる。
獅子が決して猫にはなれないように。今のミラベルは獰猛な獅子が猫のフリをしているだけに過ぎない。
「何を当たり前の事を。私はミラベルの親友ですよ」
「そうか……そうだな……有難う」
だが今のミラベルは真逆だ。
温もりに溺れ、腑抜け、緩やかに変わりつつある。
生まれ持った天性の、暴君としての才を徐々に腐らせつつある。
だがそれもいいとミラベルは考えていた。
飼いならされてキャットフードを貪る獅子がいても、それはそれでいいと……そう思った。
「……ねえ、ミラベル……」
「……何だ?」
髪を撫でるレティスの手が心地いい。
これこそが自分の『幸福』なのだと、そう自信を持って言える。
神などというものがいるとして、それが自分の声など聞くかどうかはわからないが、もし聞こえるのなら感謝の言葉を届けたい。
有難う、と。
レティスと巡り合せてくれて有難う、と。そう告げたい。
「――私は、どこにも行かない。貴女の側を離れない。
これからも、ずっと一緒ですよ……ミラベル」
「……ああ……そうだな」
心地よい睡魔に襲われ、まどろみに身を任せる。
このまま弱くなり、腐っていくのも悪くない。
この少女と共に在れるなら、己の本性を生涯隠し通し、牙と爪も全て捨てよう。
優秀さがどうだとか、優れた者が支配する世界だとか、そんな野望も要らない。
彼女さえいればいい。この優しい時間がずっと続くのなら、他の何も自分には要らない。
どうか。
どうか、『今』が永遠に続きますように……。
このまま、時が止まりますように……。
「――これからも、ずっと一緒だ……レティス」
世界で最も信頼する少女の膝の上で。
安らぎに満ちた顔を浮かべ、ミラベルは眠りに堕ちていった。
イーディス「誰これ!?」
マルフォイ「誰フォイこいつ!?」
ハリー「偽者だ!」
ハー子「きっと真似妖怪よ!」
ロン「T-1000の変装も有り得る」
ダンブルドア「世界にはそっくりな人間が3人いるという……」
マーカス「名前まで同じとか……どれだけ低い確率なんだ」
RX「ゴルゴムの仕業に違いない! おのれクライシス!」
ケンシロウ「お前のようなミラベルがいるか」
ミラベル「よかろう、殺してやる(ビキビキ」
∩(・ω・)∩<イノチハナゲステルモノ
誰だお前は!? な感じで、今回はミラベルの過去話でした。
多分今までで一番綺麗なミラベルなんじゃないでしょうか。
ミラベルの好感度をMAXにするとこうなるようです。これではもはや暴帝ではなく暴帝(笑)です。
え? イーディス?
ああ、もう無理です。いくつか好感度フラグ逃してますし。
残念ながらミラベルが本編でこのデレデレモードを見せる事はないでしょう。
ちなみにレティスのモデルはサモンナイト3のアティてんてーだったりするのはここだけの秘密。