頭が痛い   作:orphan

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 色々と納得いかない部分が在ったので17話を削除して書き直した物を投稿しました。もう片一方のSSと調子が違うのでリハビリ的に短いですが。


第17話

 夜半、図書館島のある湖の畔に放り出された魔法教師達は一人残らずその場を微動だにすることが出来なかった。動きたくないとそう思う以前の問題。誰一人として直前まで自分が演じた惨劇、それを受け止めることが出来なかったからだった。

 

 それは事の被害者である黒金哲ですら気にも留めない、彼等に責任あっての事態ではなかった。当初学園長号令の下、麻帆良学園に現れた青年黒金哲を見極める為に図書館島大地下に集合した彼等は、そこでただの一人も抵抗を試みる事なく何者かによる支配下に置かれ、そして無辜の民である黒金哲を執拗なまでに殺害し尽くした。

 

 結果として黒金哲が超常の再生能力を所持していたために死亡には至らなかったものの、彼等の手に残る手応えは間違いなく人殺しのそれだった。魔法使い同士の戦闘に見られる障壁もなく、あっさりと攻撃を受け入れる黒金の体はやはり一般人の如き脆さでもって彼等の手によって崩壊したのだ。肉を裂く刃の感触、骨を砕いた脚の感触、そして温かく柔らかい臓物を掻き分けながら体を貫通した腕の感触。そういったものが拭い切れない汚れのように、今も自らの体に残るのを誰もが知覚していた。

 

 魔法使いは正義の味方である。そんな夢物語でこの世の中を渡っていけるものばかりではない。しかし、この学園に集う魔法教師達の中には、残酷な世界を知って尚理想に燃えるものも居た。そうした本来守るべきものを傷つけた感覚というのは、彼等にとって耐え難い苦痛となる。

 

 それもただ傷つけたのではなく、同時に心に浮かんだ感情が歓喜のそれだった事が一層の衝撃となって彼等を傷めつけた。

 

 誰もが自らに恐怖した。その力を身につけた理由も、その努力も、そしてそれによって得てきた結果すら彼等にとっての意味合いを変えそうになった。

 

 己の腕で守ってきた日常、勝ち得た平穏に見出してきた幸福。それが途端になんの意味もない空虚なものに思えるほどの喜びが在ったことを誰も否定することが出来なかったからだ。

 

 だから、ほんの僅かな間を置いてそれを含めても彼等の人生で最も衝撃的な出来事が重なったのは却って幸運だったと言えるだろう。

 

 図書館島の、周辺の湖ごとの消失。まことしやかに学生達の間で囁かれる幻の地底図書室が露出し、地上からの観察が可能になることなどこの麻帆良の歴史においても一度たりと想像すらされた事がないに違いない。

 

 莫大な質量と最早文化それ自体と呼べるほどの資料それらがなんの前触れもなく、その影さえ残さず消失したのだ。

 

 集められた魔法教師達は金縛りが解けたように、いや必死になって心の中から目を逸らしながら直面した事態に驚き、そして呆然とせざるを得なかった。

 

 それは近衛近右衛門ですら例外でなく、口を開けたのはエヴァンジェリン唯一人だった。

 

「まさか、これほどとは。……なるほど、本当に嘘など1つも無かったということか」

 

 誰に向けた言葉でもない。それは自分の納得が偶々口を突いて出ただけの一言。だが、事情を知らぬ者達の前にぶら下げるには食欲をそそる餌として十分過ぎた。

 

「何か、知っておるのか? エヴァ」

 

 近右衛門の口が古びた蝶番のようにぎこちなく動いた。エヴァンジェリンとて哲との面識がなければ、あるいはあの得体の知れない女との邂逅がなければ同様に混乱の坩堝に落ちていただろうことは想像に難くない。しかし、それでも近右衛門がそのような状態に追い込まれた事には意外性と面白さを感じた。

 

 が、エヴァンジェリンの心の内とは対照的に場の雰囲気は俄に剣呑としたものに変貌を遂げようとしていた。

 

 前代未聞の事態に対するものか、それとも己の所業に対するものか。どちらにせよ過度のストレスに対する防衛反応だ。おまけに集団心理まで働いてしまえば今宵この学園の上層部は行き着くところまで行き着いてしまいかねない。悪を自称するエヴァンジェリンにとっては、それも1つの娯楽と見ることも出来たが生憎とそんな気分ではない。

 

「貴様らのさっきの行動にも今の事態にも心当たりは有る。だが、私にも詳しい事は分からん。黒金の口から直接聞くのが良かろう」

 

 そんな呑気としか思えない発言。当然の如く魔法教師達は一瞬にして怒りと不安がないまぜになったものを爆発させた。

 

「ふざけているのかエヴァンジェリン! 貴様、さてはさっきのアイツを利用してこの学園を破壊するつもりか」

 

「所詮化物か。15年の歳月で更生するはずもない。お前など殺しておくべきだったのだ」

 

 悪の魔法使い闇の福音としてその名を知られるエヴァンジェリンに隔意を抱くものは少なくない。組織のトップである近右衛門とNo.2であり、かつて大戦において赤き翼として活躍したタカミチの擁護によってそれらは押さえつけられていたものの、こうなってしまえばそれを隠す必要もないものと思えた。この事態に平静を保てるものなどそれが予想できた敵だけだと考えられたからだ。

 

 但し、今回ばかりはその思考に彼等の願望が含まれていることは否定できまい。

 

 願望と感情の捌け口が一致した時、人は普段考えもしない短絡さで愚行を行ってしまえる。そして、それが許される状況と許されない状況が有ることを近右衛門は知っていた。

 

「静まれええい!!」

 

 近右衛門が反射的に臨戦態勢に入ろうとしていた数人の魔法教師どころか、その場に居合わせた魔法教師全員が見を震わせるほどの大音声とプレッシャーを放つ。

 

 そのプレッシャーが紛うことなき殺気であると理解して、エヴァンジェリンを除いたその場の全員が一瞬にして近右衛門の威圧に飲まれた。

 

 そしてエヴァンジェリンは油断なく身構えた。近右衛門の形相が余りにも鬼気迫るものだった為だ。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。関東魔法協会会長近衛近右衛門として、同時に主の知己である近衛近右衛門として問おう」

 

 見開かれ血走った瞳でエヴァンジェリンを見つめた近右衛門の顔には普段の好々爺然とした柔和な雰囲気も、冗談を愛する余裕も見られない。ただ微かに痙攣する米神が近右衛門の精神状態が極めて追い詰められている事を示していた。

 

「お前と黒金哲は麻帆良学園に仇なすか否かを」

 

 あるいはここで15年という歳月を過ごす前のエヴァンジェリンならば、これを挑発と受け取り喜んで敵対の意思を伝えたかもしれない。彼女は気高き悪の魔法使いだったから。だが、今の彼女はそうではない。

 

 己の気の向くままに命を賭けた戦いに没頭することを今更否定はしない。ただ、そう。気分が乗らない。端的に表現すればそんな言葉になるだろう。今の彼女にとっては殺し合いよりも大切な物がある。自由だ。

 

 接角15年ぶりに、そしてもしかしたら数百年ぶりに手に入れた自由と平穏を自ら捨てるにはつまらない機会だった。

 

「いーや。そんなつもりは毛頭ないさ。それにあいつにだってそんな物はあるまい」

 

 エヴァンジェリンの態度はお世辞にも誠実なものではないが、元よりそのような態度を示した所で信用されるような経歴でもなければ人格でもない。今までは近右衛門の庇護下にあった故に立場として近右衛門は対等以上の存在だったが、今はもう何の気兼ねもいらなくなった。徒におもねるほど安いプライドを持った覚えもない。

 

 だからこその不敵な態度。エヴァンジェリンは内心で前言を撤回した。なるようになるのであればそれはそれで良いかもしれないと。

 

「これは単なる反射だろう。炎に指を突っ込んだら誰だって熱くって指を引っ込めるだろう? 今回のはたまたまその肘がぶつかった。その程度の話さ」

 

 傍から見ても異常な光景だったが、先程の惨劇はしかし黒金哲を殺害せしめるには不十分なものだった。生きたまま甚振られれば苦痛にのたうち回るのも当然と言えた。

 

 一同の脳裏に忌避すべき映像が浮かび上がる。甚だ受け入れがたいそのイメージに反射的に話題を逸らす言葉が口を突く。

 

「そんな、……、そんな」

 

 そんなふざけた事が有り得るか。全く被害が釣り合っていないではないか。そう口にしかけた。しかし、恐怖と自責の念、そして何より誇りがその言葉を飲み込ませた。

 

「では、これは誰にとっても予想外の事態だったと、そう言うのだな?」

 

「ああ、……いや、こうなる事を望んだ奴なら居るかもしれない。だが、そいつの事は黒金しか知らん」

 

 近右衛門の目が鋭く光った。が、言葉を発したのはエヴァンジェリンが先だった。

 

「それを聞き出すにせよ。まずは急いでその殺気を消すんだな」

 

 その言葉に再び幾人かが沸き立ちそうになるが、それよりも早く図書館島が存在していた広い空間が白い光を発した。

 

 今度は一体何が起こるというのか。その場に居た全ての者が固唾を呑んで見守る中、光が消えてその中から巨大な構造物が姿を現した。

 

 それは紛れも無く消失した図書館島そのものだった。それどころか同時に消失した湖まで復元しているではないか。

 

 再現された魔法という常識においてもなお奇跡としか言いようのない事態に、誰もが驚き、恐れ慄いた。

 

 こんなものが例えば何かの意思の下行われたとして自分達にどんな抗いようが有るというのか。まるで象に対する蟻のように踏み躙られるしかないのではないかと。

 

 ああ、しかしエヴァンジェリンには、彼女の胸にだけはそれは訪れなかった。何せ、これを起こした張本人。どうしようもなく間抜けな黒金哲の顔が頭を過ぎったから。

 

 そのエヴァンジェリンの思考、それにつられるようにして何も無かった空間から哲の姿も現れる。

 

 今にも消え入りそうな申し訳無さそうな表情を極度の緊張で引き攣らせ、歯の根も合わぬほど震えながら立っているその姿は、やはり恐怖よりも先に情けさなを感じさせる。

 

 そして同時に僅かばかりの頭痛を感じることをエヴァンジェリンは否定できない。

 

 自らの封印が解けるというビッグニュースを吹き飛ばす、世界そのものを揺るがす騒動。その予感を感じずにはいられなかった。




やっぱりこっちは書きにくい。やっぱり設定がぶち上げすぎてて展開を思いつき辛いからかな。

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