バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
終戦後の少し時間をおいてからBクラスで僕らは戦後対談を始めた。
「最下級のFクラスに負けた気分はどんなもんだ? え? Bクラス代表さんよ」
「………………」
これ見よがしに挑発する雄二に根本君が無言で睨む。
明らかに憎しみ全開の怖い目だけど、正面に立つ雄二はまったく響いていない。
むしろ心地よさげな調子で勝者な笑みを浮かべていた。これじゃどっちが悪役かわからないな。
「じゃあさっそく戦後対談といこうじゃないか」
「……ふん。何が対談、だ。勝ったクラスは負けたクラスの設備を奪う。それだけだろ。荷物の移動でもなんでも好きにしろよ」
「本来ならそうなんだけどな。条件次第で設備の交換を免除してやってもいい」
「……何?」
根本君の目の色が少し変わる。
雄二の発言に周囲の皆もざわざわと騒ぎはじめた。
「落ち着けみんな。俺達の目標をはAクラスだ。Bクラスはあくまで到達点に過ぎない。そうだろう?」
「条件とはなんだ坂本」
「そう急くな。ではまず一つ目。これから一日、遅くても二日中にCクラスがBクラスに宣戦布告をするだろう。それに勝ってこい。これが第一の条件だ」
「なんだとっ!?」
驚く根本君。そしてBクラスの面々にもあちこちに動揺の空気が蔓延していく。
「どうして友香──っ……Cクラスが俺達を狙うんだ!? 普通は試召戦争で勝ったFクラスだろう!?」
「さあ、それは本人の口から聞いてくれ。とにかくCクラスを倒すんだ。この戦いは和平条約により終結という形にすれば試召戦争のルールには抵触しない」
「……もう一つは?」
「Cクラスを倒した後、Aクラスに試召戦争の準備があると宣言してこい。宣戦布告するな。それだと本当に戦いになっちまうからな。それを守れば設備の交換は免除しよう」
「それは……いや、しかし。もしもCクラスが宣戦布告をしてこなかったらどうする?」
「する。必ずCクラスはお前らに試召戦争を申し込む。これはもう確定路線だ。恋人の小山を蹴り落とすのは忍びないだろうが、これもクラスメイトと自分の権力回復の為と思って腹を括るんだな」
「………………くっ」
根本君は飽きらめたように無言で項垂れた。
周囲にBクラスの皆が揃っている状況で『恋人を優先して設備をFクラスと交換する』だなんて口が裂けても言えない。そんなことをすれば袋叩きに合うのが目に見えている。
これが原因で二人の間に亀裂が入るかもしれないが、根本君も今まで相当悪い事をしてきたので自業自得と割り切ってもらおう。
根本君の無言を肯定と受け取り、雄二はクラスの皆に声を掛けた。
「よし、それじゃ引き上げるぞ。今日はもう帰って最後のAクラス戦まで英気を養ってくれ」
解散の号令でFクラスの面々は散るようにBクラスから出て行く。
Fクラスがいなくなったことで少し広くなったBクラスから最後に僕達も教室を後にした。
放課後の時間になった新校舎の廊下を歩きながら、僕はさっきの会話で気になったことを隣を歩く雄二に質問してみた。
「雄二、Aクラスを挑発するのはともかくなんでCクラスまで倒す必要があるの? Cクラスと交渉した時に僕らとは試召戦争をしない代わりにBクラスの設備を渡す予定だったんじゃあ」
「条件を間違えているぞ明久。俺はBクラスの設備を渡すなんて一言も言っていない。ただちょっと弱らせるから攻めるチャンスだと促しただけだ。その役目はすでに終わった。これからCクラスがBクラスに勝てるかどうかは小山の手腕次第だ」
「ならあんな条件を言ったのは何でさ」
「Cクラス代表の小山は短気で挑発に乗りやすいが馬鹿じゃない。仮に俺達がこれからAクラスに勝ち設備を手に入れたとしてもそこをCクラスがピンポイントで狙って俺達に宣戦布告をしてくる可能性は高い。Aクラス戦後の宣戦布告は不可侵条約の対象外だからな。そういう不安な目は潰しておいたほうがいいだろう?」
「あぁ。なるほど……」
言わんとするところは理解できたけどそれって完全にCクラスを騙してるよね……。さすがにちょっと気の毒に感じる。
相変わらず血も涙もない詐欺師みたいなヤツだ。
でもその雄二の知略のおかげで僕達はここまで勝ち上がって来れたんだから、文句を言える筋合いもなかった。
「坂本君って悪の大王みたいね……」
いつのまにか隣を歩いていた優子さんが呆れた様子で言う。
とても褒め言葉とは言えないが雄二はどこか誇らしげだった。
「なんとでも言ってくれ。これが俺流の戦略だ。俺達みたいな弱小クラスが上の連中と張り合おうってんだからどこかでイカサマでもなんでもして開いた隙間の帳尻を合わせなきゃいけないんだ」
「雄二の場合結果が伴ってくるから、尚更何も言えないよね。さすが元神童」
「……だが搦め手が通用するのもここまでだ。次のAクラス相手に回りくどい策を練っても確実に真正面から崩される。ここからクラスとしても力より個々の実力の底上げをしていかないとな」
「底上げって、まさか今から勉強するの……?」
僕はついげんなりしてしまう。
それは、ちょっと……なんか疲れるから嫌だなぁ……。
「馬鹿言うな。CクラスとBクラスの試召戦争で少し間が空くといってもたった一日二日で劇的に成績があがるか。そんなことする必要はない。そもそも俺達がAクラスレベルに合わせてやる必要がどこにある? んな煩雑なことよりもっと確実で安全な方法がある」
「安全? どうするつもりなの坂本君?」
「何、俺達がAクラスに追いつけないなら、…………逆にあいつらの方からFクラスのレベルに合わせてもらえばいい」
「???」
何を言っているのかよく理解できない。
雄二の方もあまり詳しく話す気はないのかFクラスの教室に着くとさっさと一人で自分の席まで行ってしまった。
まあ今更雄二の力を値踏みする気はない。DクラスとBクラスを打倒した実績は信頼に値するには十分だ
「お、戻ってきおったな」
「…………今日はおつかれさま」
そんなことを考えていると先に教室に戻っていた秀吉とムッツリーニが雄二と入れ替わる形で僕らの前にやってきた。
「秀吉、ムッツリーニ! おつかれ! ついにBクラスも倒せたねっ」
「そうじゃな。Fクラスのワシらがまさかここまで勝ち続けられるとはちょっと感動ものじゃのう」
「…………確かに、すごい成果。自分でも信じられない」
「もう、今から喜んでどうするのよ。アタシ達はまだこれからAクラスとも戦わなきゃいけないんだからまだ感動するのは早いわよ」
「…………木下優子は空気が読めない(ボソ)」
「ぁん? なんか言った土屋君?」
「ま、まあまあ! Bクラスに勝てただけでも奇跡のようなものなのじゃから姉上もそう気負わなくとも良いではないか」
「秀吉の言うとおりだよ。みんなに勝利を祝うのに回数制限なんてないんだから今はBクラスに勝てたことを素直に喜ぼう。ね?」
「……まあ、べ……別にいいけど」
照れくさそうに顔を逸らして呟く優子さん。ホントは一緒に祝いたいのに強がっている感じがひしひしと伝わってくる。素直じゃないなぁ。そんなところも可愛いんだけど。
「しかし、これで残るは最後の砦Aクラスじゃな。これに勝てばついにワシらはこのボロい教室からおさらばできるのじゃ」
教室を見回しながら秀吉は感慨深そうな調子で言った。
「…………システムデスク、プラズマ液晶、ジュース飲み放題。天国ような日々はもうすぐ」
「……なんかこのままAクラスの設備に変わってもただ騒ぎまくる光景しか想像できないわ。学校は勉強するところだっていう大前提を完全に忘れてるわね」
「………………はは、そうだね」
溜め息交じりに紡がれた優子さんの台詞に僕は勝利の余韻で暖まっていた体の体温が急激に下がった感じがした。
これまで意識的に考える事を避けていた問題がついに現実で直面しようしていた。
この先、もし僕らがAクラスに試召戦争を挑み、勝ったとする。
そうすればAクラスの設備は実質的に僕達Fクラスのものになり、最低でもこれより半年は安寧な学園生活を送ることができる。
だけど、それはFクラスの事情。
ただいい設備で遊んで暮らしたいというFクラスと共に優子さんがAクラスの教室を手に入れても、その中にいるのは馬鹿だらけのFクラスだ。
つまり、彼女にとってはただ勉強する教室が移動しただけで、本質的な部分は
試召戦争で負ければ当然設備は今のまま。……いや、もしかしたらさらにランクダウンするかもしれない。
そう、このままじゃAクラスに勝っても負けても優子さんを取り巻く環境は一つも変化しない。
僕が試召戦争をしようと思ったきっかけは優子さんにAクラスの設備でのびのびと勉強してほしかったからだ。
その為にはただ設備を手に入れるのではなく、優子さんをAクラスという枠組みに入れる且つ設備も手に入れなければならない。
まるで子どもの我儘のような要求だが、それが優子さんにとって一番であるのなら僕はそれを叶えたいと思ってる。
…………そして、その為の用意もすでにある。
「? 吉井君? どうかしたの?」
考えに没頭していた僕に優子さんは首を傾げて声を掛けてきた。
僕は不意打ちを受けたように肩を震わせてつい声が上がってしまった。
「あ!? な……なんでもないなんでもない! ちょっとぼーっとしてた」
「疲れてるんじゃない? 今日は特に体力も使っただろうし早めに帰って休みなさいよ」
「そうだね。そうするよ。……けど、その前に話しておかなきゃいけないことがあるんだ。みんなに」
「どうしたのじゃ改まって」
「…………試召戦争に関することか?」
「一応……」
緊張して言葉が尻すぼみになる。
これから言う事は、最悪僕がFクラスで孤立する原因にもなりかねない爆弾級のものだ。
いきなり全クラスメイトの前でなんて雄二のように鋼のメンタルでもないととても言えないから、先の友達にみんなに話しておきたい。
帰り支度をしていた雄二も呼んでから、僕は体に活を入れて渇く喉に唾で潤し覚悟を決めて口を開いた。
「実は、この試召戦争に関することで僕は学園長とある約束をしたんだ」
数日前の話。
まだDクラスとの試召戦争の前に優子さんをAクラスに入れてくれるよう学園長に懇願した。
最初は相手にされなかったが、粘った末条件付きで要求を聞き入れてくれることができた。
優子さんをAクラスに入れる条件。
それは第一に、FクラスがAクラスとの試召戦争で勝利すること。
そして、優子さん自身が召喚獣勝負で学年主席、もしくは次席に勝つこと。
この二つができればもう一度優子さんにもう一度振り分け試験をしてもいいと学園長の口から直接言い渡された。
このAクラスという枠組みには当然教室も入っている。
なので、Fクラスが勝っても設備の入れ替えはできない。Aクラスの教室に入ることできるのは優子さん一人だけということになる。
僕達にとってはハイリスクノーリターン。苦労して勝ったのに自分達に返るものは何もないのだから、当然クラスメイトからの非難は避けられない。
だから、この直前まで誰にも話すことができなかった。
「「「………………」」」
僕の説明を聴いた皆は一様に無言だった。
その中、ただ一人顎に指を当てて考え込んでいる雄二が確認するように告げた。
「……ちょっとヤバイな、こんなことクラスの連中に知れたら間違いなく暴動が起きる。試召戦争はおろかクラスの秩序を保つことすら困難になるぞ」
「ゴメン雄二。でも僕はどうしてもそうしたいんだ。この所為でたとえクラス中から非難されようともやり遂げたい。……駄目、かな?」
「本気か?」
「勿論」
刺すような視線と共に向けられた言葉に僕は目を逸らさず即答した。
「明久の覚悟はよくわかったが。こればかりは俺だけの意見で押し通すのは難しい。何せクラス全体に関わることだからな」
「やっぱり大変だよね」
「当たり前だ。──それを踏まえて話したんだろ」
「うん」
困難なのは学園長と取引をした時から分かっていたことだ。今更そんなことで折れるほど浅い決意じゃない。いざとなればクラス全員と喧嘩する腹づもりもある。それぐらいマジだ。
「……設備は惜しいが。ワシは、正直言って振り分け試験で姉上が倒れてFクラスなってしまったことを気に病んでおった。じゃからもし明久の提案が実現できるならワシは明久の友として、姉上の家族として明久を支持したいのじゃ」
「秀吉……」
「…………友達とこれからも一緒のクラスでいられるなら俺はどこでもいい」
「俺は設備なんかには興味はねぇ。ほしいのはAクラスに勝ったという確実な『実績』だからな。明久がした交換条件と俺個人には特に問題はない」
「雄二、ムッツリーニ、みんな……。ありがとう」
僕は感動して思わず目から涙が出そうになった。
こんなに自分勝手な望みに、不満の一つも言わず賛成してくれる友達を持てて僕は心から幸せ者だと思った。
感謝しきれないほどの嬉しさが体の中で爆発的に膨れ上がる。
顔がニヤけないよう頬の筋肉に力を込めるのが大変だ。みんなの為にも、絶対に成功させたい。
再び和気藹々としそうな雰囲気の時、雄二は顔をある人の方へ向けた。
「お前は何か言う事はないのか、木下優子」
四人の視線が優子さんに集まる。
「……別に。吉井君がそうしたいんならいいんじゃない?」
ある意味この話の中心人物であるはずなのに優子さんの話し言葉はまるで他人事のようだった。
「ずいぶん軽いな。それだけか?」
「吉井君の目的は前にも聞いてたし、今更アタシが何を言っても吉井君が考えを変えることはないって分かってるもの。なら言うだけ無駄でしょ」
ふんっと鼻を鳴らす優子さん。見るからに怒っている様子だがその顔は不機嫌というより何か拗ねているような感じだった。
まあ、優子さんがなんと言おうとやると言ってしまったのは自分だし、元より感謝など求めていないんだからこの返答は当然だ。
「そうだな。こうなった明久は頑固だからな。俺達が何を言ったって無意味だ」
「失礼な。そこまで猪突猛進じゃないよ僕は」
「じゃあ俺達が断るって言ったら素直に諦めたのか?」
「………………」
雄二の台詞に思わず黙り込む。
「だろ。どうせお前に『やらない』なんて選択肢が初めから頭の中に入ってないのは分かりきってる。だったら勝手にあれこれさせるより近くで監視していた方が安全だ」
「明久のことじゃからたとえワシらに拒否されても裏で学園長と結託して実行に移しそうじゃの」
「…………(こくん)、一人でもやるに違いない」
「秀吉、ムッツリーニまで……」
むぅ。実際にその通りのことをしたかもしれないのだから反論ができない。
「いや、みんながそう思ってるならそれでいいよ……」
「安心せい。そこが明久の魅力でもあるのじゃから。のう姉上」
「な、なんでそこでアタシに振るのよっ」
「いやなに、ここまで自分の為に尽くされたておるのじゃから何か思うところがあっても不思議じゃなかろうと思うての」
「それは……ないこともないけど」
ちらちらと僕の方を見ながら歯切れ悪く呟く優子さん。
うっ。そんな風に見られるとなんかこそばゆいなぁ……。理由もなく照れてしまう。
「………………」
「………………」
目を合わせたまま沈黙しあう僕ら。
な、なんだこのぬるい空気は。
体もなんだか段々と熱くなってきたし、頭もくらくらしてきた。
この程度で動悸が早まるなんて。僕はまだ未熟者だ。
「あー、悪いがいちゃつくのは俺達のいないところで頼む。胃がムカムカしそうだからな」
「…………激しく同意」
「なっ、誰がいちゃつくってのよ! 変な勘違いしないで!」
「そ、そうだよ雄二! 僕は別にそんなやましいことなんて!」
急に何を言い出すんだコイツは! 僕は動揺なんてしていないぞっ!
この心臓の高鳴りはただの武者震いだ。そうに違いない。
「今更何を取り繕ってるんだ。さっきの試召戦争の話で明久がどれだけ木下のことを大事に思ってるかは十分に伝わったんだからもうそんな瑣末なことで恥ずかしがる必要はないだろうに」
取り付く僕達に雄二はからかうというより呆れた風に口を開いた。
あれ、そういう意味だったのか。それならまあ──。
「ちょっと! 何言ってるのよ坂本君!」
「そうだよ雄二。そんなの当たり前じゃないか」
「「「────えっ?」」」
僕以外の全員の声が重なった。
そして一様に驚いた顔をして僕を見る。え、僕何か変なこと言った?
「?? どうしたのみんな。僕おかしなこと言った?」
「い、いや。そうではないのじゃが。明久よ、お主も存外大胆じゃな……」
「煽っておいてなんだが、まさかそんな返しがくるとは思わなかった。明久、お前意外とやるな」
「…………予想外」
「は?」
なんか会話の流れがおかしい。みんなの意識と僕の意識が乖離しているみたいに感じる。
「よ、吉井君、今のってどういう意味……なの?」
優子さんは何故か今までにないほど顔を真っ赤にしてそう尋ねてきた。
「えと──意味と言われても」
なぜだろう。他意はないはずなのに言葉が尻すぼみになる。
まるで何かを期待しているかのような優子さんの瞳に見つめられていると、自分は何か悪いことをしているんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
「言ったままだよ。何か気に障る部分でもあった、かな?」
「っ!? そ、そういうことじゃなくて! 大体なんでそんな大切なことをこんなところで言うのよ! もっとこう雰囲気ってものがあるでしょ!」
「?? よくわからないけど。どこであろうと言う事は変わらないよ?」
「──っ!? 馬鹿馬鹿! このおお馬鹿っ! だからそういうのは二人っきりの時とかに言ってくれれば……アタシだって…………」
痴癪を起したみたいに怒ったかと思えば、今度は花も恥らう乙女のように首まで赤くして俯いた。
──どうして優子さんがこんな状態なのか分からないのは僕が男だからなのだろうか……?
「……俺達、出てった方がいいか?」
「うむ。なんだかいたたまれなくなってきたのじゃ……」
「…………息苦しい」
「え? ちょっと待ってよ。まだ話し合わないといけないことがあるんだから、まだ帰らないでよ」
「そうは言っても。お前が急に惚気だした所為でもう話し合いなんて空気じゃないだろ」
「何ふざけてるのさ雄二は。僕がいつ惚気たって?」
「…………筋金入りの鈍感」
「ここまでくるともはやわざとではないかと邪推してしまいそうじゃ。明久の鈍感っぷりは今に始まったことではないが今日に特に磨きが掛かっておるのう」
「あぁ。段々腹が立ってきたな」
「なんでさ!?」
「今まで自分の言った言葉を反芻してみろ。そして冷静に意味を考えてみろ。そこで借りてきた猫みたいに縮こまってる木下を見ながらな」
「確かにさっきから優子さんの様子は変だけど。僕は普通に思ったことを言っただけなんだけどなぁ」
「木下のことが大切だってことがか?」
「?? だってそうでしょ? これまで一緒に試召戦争を勝ち抜いてきた仲間なんだし、僕の目的は優子さんをAクラスに入れてあげることなんだから大事じゃないわけないじゃないか」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
驚いたかと思えば今度は一斉に沈黙しあう一同。さっきからなんだ。意味が分からないぞ。
「待て明久。それはつまり、今までのは単純に仲間として大事ってことか?」
「決まってるでしょ。勿論、秀吉やムッツリーニのことも大事だよ」
……まあ優子さんに対しては今はそれとは別の"好意"もあるけど、さすがにみんなの前では恥ずかしくて言えないよね。
いや、二人っきりの状況でも言える自信がない。
「あー。なんかスマン。俺としたことが明久の馬鹿っぷりを侮ってた」
「………………っ」
「お、落ち着くのじゃ姉上! このぐらいで怒っていては明久と付き合ってはおれんぞ!」
「……帰る」
「へ? 待ってよ優子さん。まだクラスの不満を抑える為の話が終わってないよ!」
「うるさい! 帰るったら帰るの!」
やけぐそ気味に顔を真っ赤にして憤慨した優子さんはそのまま鞄を持って荒々しい足どりで教室を出て行った。
あのぉ。……結局、僕には一連の行動の意味が不明なままなんですけど。
「……雄二、今のなんだったの? ひょっとして僕もの凄く嫌われちゃった……?」
「さすがにちょっと木下が気の毒になったな……」
「明久よ。姉上にはワシからよく言っておくからどうか姉上の気持ちにも気づいてあげてほしいのじゃ」
「???」
優子さんの気持ち──?
「もう気にするな。終わったことだ。まあ最低限嫌われてはいないってことだけは確かだぞ」
「え? そ、そう?」
話の流れはさっぱりだけど、優子さんに嫌われてないんだったらよかった。
「そんなことより試召戦争のことだ。明久が持ってきた条件を完遂するにはなんとかしてクラスを納得させる材料を持ってこないといけない」
雄二は話題を切り替え表情を改める。
そうだった。ちょっと雰囲気が殺伐としちゃったけど。クラスの問題にまったくいい案がないんだった。
「──んだが。俺にちょっと考えがある」
が、ここで雄二がそんなことを言い出した。
「えっ、ほんと雄二?」
「と言っても別段特別でもなんでもないが。そもそも、明久の癖に俺に黙ってあのババァ長に取引なんて生意気なんだよ」
「なっ!? なんだと! 僕だって割りと真剣に──っ!?」
「あーわかったわかった。とりあえず今から学園長室へ行くぞ」
「学園長? これからゆくのか雄二よ?」
「たりまえだ。決めたからには即行動が俺のやり方だ。ほら行くぞ」
「ちょっ、雄二! 後ろの襟首を引っ張られるとネクタイで首が……っ! ギブ! ギブ……ッ!?」
意識を失いそうな状態のまま僕は雄二に学園長室まで連行されていった。
☆
「失礼します」
ノックもしないまま雄二は学園長室に進入した。
「順番を間違えてるよクソガキ。まずはノックをしてから入りな」
室内の一段とえらそうな椅子に腰を下ろす学園長は道のゴミを見るような目で僕達を一瞥する。
生徒をクソガキ呼ばわりなんて、相変わらず腹が立つババァだ。
「火急の用件なので省かせてもらいました。気にしないでください学園長」
「それはアンタが言う台詞じゃないよ!」
「すみませぬのじゃ学園長。実は折り入って学園長とお話したいしたいことがあるのじゃがお時間はよいじゃろうか」
「……ふんっ。言ってみな」
「この明久が学園長に持ち出した試召戦争の約束の話です」
「ああ。そういえばそんなこともあったね」
学園長が僕を見ながら思い出したように言う。まさか忘れてたのか!?
「その取引の内容を、少しだけ変えさせてほしい」
「何……?」
「ど、どういうこと雄二!? 僕も聞いていないよそれは!」
「お前は黙ってろ。話がこじれる。心配しなくても別に悪いことにはしない」
「どういうことだい? 言っとくけど条件を緩和してくれなんてことなら聞く耳もたないよ」
「それはわかってる。俺が言いたいのは報酬の話だ。明久から聞いた話じゃ、俺達が試召戦争でAクラスに勝てば木下優子にもう一度振り分け試験を実施してくれる。そうだな?」
「あぁ。そうだよ」
「それだが、木下だけじゃなく