バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
『『『
前方から一斉に召喚獣を呼び出す合図が声高に響いた後、キィン!ガギンッ!と鉄と鉄が鍔迫り合う金属音が廊下を走る。
どうやら前線部隊がついにDクラス陣と戦闘を開始したみたいだ。
前線の一歩後ろ、中堅部隊に配属された僕では、最前線の状況がよく見えないが、視線の向こう側では激しい戦いが行われていることがピリピリと肌で感じ取れた。
僕の隣では同じ部隊の美波が緊張感漂う中、初めて試召戦争を目の当たりにしたことで感嘆の声で上げていた。
「ついに始まったみたいね。試召戦争が」
「そうみたいだね。なんかドキドキしてきたよ」
体の深から湧き上がるこの高揚。これが武者震いというヤツだろうか。
「アキ、ちゃんとウチらの役割は覚えてる?」
「うん。僕達中堅部隊は前線で戦ってる人達のサポートだよね」
「そうよ。前線で戦ってる人達が点数を消費して補給する間、ウチ達が交代で先行部隊と入れ替わって前線を維持しなくちゃいけないの。アキは部隊長なんだからしっかり指示だしてよね」
そうである。別に引き受けた覚えはないが、雄二が勝手に僕を中堅部隊の部隊長に任命した。
僕としては、あまり肩が重たくなることはしたくないんだけど、決まった以上はしっかり役割を果たさなければ。
自分のおかれた状況の重さを改めて認識し、気を引き締める。
『戦死者は補習だ!』
その時、渡り廊下の先にある新校舎から、聞いたことのある野太い声が響いてきた。この声──鉄人か!
『なぁっ!? 鉄人!?』
『召喚獣の点数をすべて消費した者は試召戦争終了まで補習室で特別講習を行う。さあ来い敗残兵』
『そんな!? ま、待ってくれ! 鬼の補習は嫌だぁ!』
『心配するな。補習が終わる頃には趣味は勉強、尊敬する人物は二宮金次郎という理想的な生徒に仕立て上げてやろう』
『それは補習じゃなくて強制──あ、うわぁぁぁぁぁぁっっ!!』
『……田中が連れて行かれた。鉄人の拷問なんてごめんだ。この戦争、絶対に負けられないぞ…………』
『俺達も負ければあの生徒と同じ運命を辿るのか……。くっ、俺の点数もそろそろヤバイし、ここは引き上げるべきか』
ふむ。話を聞く限りさっそくクラスメイトの一人が戦死してしまったらしい。
その影響でFクラスだけでなく、Dクラスも鉄人に恐れ戦いている。恐らくよほど酷いものを見たのだろう。
点数をすべて失った生徒の悲惨な末路を目の前で目の当たりにした前線部隊の連中の心中は図りきれない。
試召戦争で点数を失った──戦死した生徒は西村先生に補習室に連行され終結まで監禁される。試召戦争のルールの一つだ。死して屍拾うものなし。田中君、君の頑張りは決して無駄にしないよ。
亡き同胞の想いを胸に、僕はひっそりと戦場から背を向ける。
「美波、僕ちょっと急用ができたから保健室に行ってくる。後のことは任せたからね」
「こらぁっ! 部隊長が一番ビビッてどうするのよ!」
背中から美波に襟元を掴まれる。
仕方ない、僕には荷が重かったんだ!
「離して美波! 鉄人とマンツーマンで補習なんて耐えられない!」
「落ち着きなさいアキ。試召戦争はまだ始まったばかりでしょうが! ここで中堅部隊長のアンタがいなくなったら前線で戦ってる連中はどうなるのよ! あっちには木下だっているのよ!」
「──っ」
美波の台詞に体がピタリと停止する。
そうだった。今も前線で戦ってる秀吉達をサポートするのが僕達の役割。それを放棄したら先行部隊が全滅してしまう。
それはイコールFクラスの敗北と同義。目の前の恐怖に怯えてその事をすっかり忘れていた。
「ご、ごめん美波。ちょっと気が動転してたみたいだ」
「まったく、しっかりしてよね部隊長」
皮肉げにそう言って口を尖らせる美波。
僕達がそんな言い争いをしている間にも、渡り廊下の向こう側の新校舎では熾烈な戦いが繰り広げられている。
DクラスとFクラスの点数差ではすぐに押し切られると思っていたけど、予想外に踏ん張れているようだ。
旧校舎からでは新校舎の様子がイマイチ分からない。できれば現状の詳細な情報が知りたいな。
「美波。前線の様子はどうなってるの?」
「え? んーと、ここからだと見え難いわね。ちょっと待ってて、確かめてくるから」
美波は足早に渡り廊下まで様子を見に行った。
Dクラスに見つかるのを避けるためか、身を小さくして最前線の只中に飛び込む姿がここから確認できる。……なんというか、美波って偶にすごく男らしい所があるよね。勝気な性格とかボーイッシュな雰囲気とか、運動神経がよかったり、胸が小さかったり。
僕は美波が帰って来るのを首を長くして待っていると、程なくして美波が帰ってきた。
「あ、お帰り美波」
「……ただいま」
妙に不機嫌そうな声。どうしたんだろう。
「? どうしたの。もしかしてかなり押し負けてたとか?」
「そうじゃないけど、……なんかこの辺でとても失礼な事を言われた気がするのよね。アキ、何か知らない?」
「えっ!? そ、そうなんだぁ……。僕は何も聞いてないけどなぁ。はははっ」
「うーん、まあいいか」
危なかった。もし口に出していたら今頃僕は冷たい床の上に転がされていた事だろう。
まさか心の声にまで反応するなんて。美波の胸に対するコンプレックスは常人の域を超えているな……。
「それで、前線の様子はどうだった?」
急いで話題を変えるべく僕は偵察結果を伺う。
「それが──。今のところは戦力は拮抗してるのよね。寧ろこっちが押してる感じ」
美波は前線で見た状況をつらつらと説明する。
押してるってことは、今の所は前線部隊の連中はDクラスと対等以上に戦えてるってことだろう。
それは、戦況的には僕達が有利なはずだが、どうしてか美波の表情は暗い。
「他に何かあったの……?」
「んー。……ウチの気のせいかもしれないんだけど。Dクラス側はあんまり前線に力を入れていないっぽい気がするのよね。敵部隊の人数もウチらよりかなり少なかったわ」
「敵の人数が少ない? それって先行部隊が頑張って数を減らしたんじゃ」
「それならもっとこっちにも戦死者が出てるはずよ。何人かは戦死しちゃったけど想定よりは全然生き残ってるもの」
「うーん、じゃあ僕達みたいに後方に待機させているってことかな」
「そこまでは分からないわ。ただDクラスは攻めよりも守りを固めているみたい。まるで何かから身を守るみたいに」
どういうことだろう。初めての試召戦争ということでまずは様子見を決め込んでいるのだろうか。
僕達みたいに点数で負けているならともかく、全体的に戦力が勝っているDクラスが攻めを躊躇う理由はないような気がするんだけど。
妙に消極的なDクラスの動きに返って不安を覚える。
「なんだかきな臭いね。Dクラスは何を考えているんだろう」
「もしかしたら奇襲を狙ってどこかに隠れてるかもしれないわね。とにかく周囲にも注意を払った方がよさそうよ」
「そうだね」
「島田! 吉井!」
と、そこで前方から先行部隊の一人である芝崎君が息を切らして走ってきた。
「どうしたのよ。前線で何かあったの?」
「ああ。Dクラスのやつら、急に人員を増やしてきやがった。その所為で戦線が徐々に後退してきてる! なんとか生き残っちゃいるが俺達の点数も限界が近い」
「なんですって!」
Dクラスもバカじゃない。さすがに前線が押されていると知って人が増やしてきたか。
新たに戦力が投入されたとあっては消耗した先行部隊ではかなり分が悪いだろう。ここは一旦離脱して点数の補給をするべきだ。
「了解。ありがとう芝崎君」
「気にするな。とにかく先行部隊はここで後退する。すまんが点数補充の間前線を頼んだ」
「みんな! 聞いた通り前線部隊が補充試験に入るよ! 中堅部隊は前線の人間が下がると同時に全員突撃しろぉ! なんとしても最前線を守り抜くんだ!」
「「「おおおぉぉっ!!!」」」
僕の号令の下、先行部隊と入れ替わる形で僕達の戦隊がドドドドドドォと砂煙を巻くような勢いで一斉に渡り廊下に押しかけた。
みんなの後の続く形で、僕と美波も新校舎へと走り出す。
「明久!」
その途中、今まで戦っていた前線部隊の方から僕を呼ぶ声が聞こえた。これは、秀吉だ。
女の子のように可愛い顔に汗を滴らせながら、秀吉は十数人ほどの中堅部隊と入れ替わるようにこっちに向かって走ってくる。
「秀吉! よかった。まだ無事だったんだね!」
「なんとかの。じゃがワシの召喚獣の点数も風前の灯じゃ。これ以上の戦闘はとちとキツイのう」
「それじゃあ早く補充試験を受けないと」
「そうじゃな。さすがに全教科を受けている時間はなさそうじゃが、一、二科目でも受けておこう」
そう言うと、秀吉は背後に控えた先行部隊を連れて教室へ引き返していった。
最初より人数が減ったところを見ると、結構苦戦していたんだろう。
秀吉達の離脱を最後まで確認し終えると、僕も主戦場まで足を運ぶ。そこではすでに中堅部隊がDクラスと交戦を開始していた。
「アキ! 前線部隊は全員撤退した?」
廊下の端の方にいた美波が僕を見つけて駆け寄ってくる。
「うん。全員教室まで逃げ込んだよ。美波は? もうDクラスの誰かと戦った?」
「ええ、かなり苦戦したけど一人補習室に送ってやったわ」
さすが美波。点数の差をものともしないその胆力さには恐れ入る。
「ウチは理数系ならまだ点数はあるほうだからね。今の所はなんとか持ちこたえているわ。けど、あっちは化学教師の五十嵐先生と布施先生を引っ張ってきてる。それとその後ろに学年主任の高橋先生がいたわ」
「学年主任ってことは総合科目か。それだけの数の教師を配置してるってことは、Dクラスも勝負に出てるね」
きっと秀吉達が引き返してきたのはこれが原因だろう。
個人の勝負では勝ち目のない僕らにとって、戦力を分散されるのは何よりも痛い行為だ。Dクラスは方針を変えたのか立会人を増やして一気に片を付けに来ている。
「なるべく一対一で戦わないように! 周りを囲んで多数で仕留めるんだ!」
後方から今も召喚獣を呼び出して交戦している味方に指示を飛ばす。一応指揮官なんだから、それらしいことはしておかないとね。
最底辺クラスである僕達の戦力は最弱だ。基本能力で負けている以上、どう戦っても僕達はジリ貧になる。
点数で負けている僕らがDクラスの召喚獣に勝つには多対一で取り囲むのが一番効果的だ。この際一人や二人戦死になっても捨身になって相手召喚獣を討ち取るしかない。
幸いDクラスとFクラスの点数差はそこまで絶望的じゃない。うまく立ち回れば十分戦える範囲内だ。
「囲まれるな! 個人の勝負なら俺達に負けはない! Fクラスに包囲網を作らせるな!」
向こう側の指揮官の塚本君も僕に追従するように指示を送っている。
美波の話では前線部隊の数が少ないって聞いたけど、今は僕らと同等──もしくは少し少ない程度の人数に増えている。
短期戦は間違いなく不利。とすれば戦死者を増やさないためにはなるべき時間を掛けての長期戦が望ましい。ここは僕達も戦闘に加わるべきだろう。
「美波。化学の点数は何点ぐらい?」
「60点ぐらいよ。だけどさっきの戦闘で少し消費したから後40点ぐらいしかないわ」
やはりFクラス。万全の点数でも心もとないことこの上ないなぁ。
「それじゃあ布施先生と五十嵐先生は避けた方がよさそうだね。校舎の端を移動して奥にいる高橋先生のところまで行こう」
「わかったわ」
「はっ! そこにいるのは! 見つけましたよお姉さまーーーーーっっ!」
移動を開始しようとした瞬間、そんな声と共にDクラスの包囲から女生徒が一人僕達に向かって飛び出してきた。
「なっ!? 美春! ──そういえば美春もDクラスだったわね! すっかり失念してたわ」
「そうです! 美春はお姉さまが他の豚野郎にやられてないかと冷や冷やしておりました。お姉さまを倒すのはこの美春です!」
ふむ、どうやら美春という子は美波に用があるらしい。
「じゃあ美波。この場は頼んだからね」
「んなっ! ちょっと待ちなさいよアキ! ここは男としてウチを守ってくれるんじゃないの!?」
「──そうしてあげたいのは山々なんだけど」
「コロシマス。美春とお姉さまの愛を邪魔する豚野郎は捌いてミンチにしてヤリマス」
「この殺気の中飛び込む勇気は僕にはないんだ。じゃあ頑張って──!」
「こ、この裏切り者ーーー!」
美波の悲鳴を聞き流しながら僕はゆっくりと召喚範囲外である10メートル先まで下がる。ここならフィールドがないから勝負を申し込まれることはない。
「さあお姉さま! 美春と一緒に愛の逃避行と行きましょう──
「く──っ、やるしかないのね。
二人は召喚獣を呼ぶ言葉を声高に叫ぶ。
その瞬間、二人の足元から幾何学的な模様が浮かび上がる。教師の立会いの下、召喚獣のシステムが起動した証だ。
そして魔方陣の中から、それぞれの召喚獣がゆっくりと姿を現した。
美波の足元から出てきたのは軍服にサーベルという装備以外、美波にそっくりな外見の召喚獣だった。
ただしその大きさは床から肘程度のサイズで、言うなれば『デフォルメされた島田美波』という感じである。
相手も召喚獣の呼び出しを終えており、手に持った剣を構えながら腰を低くしている。今にも襲ってきそうな体勢だ。
「あんたもしつこいわね──! ウチは同性になんて興味ないって行ってるでしょっ」
「嘘です! お姉さまはいつまでも美春のお姉さまなんです!」
「ウチは普通に男が好きなの!」
「美春とお姉さまの間に豚野郎の入る隙間など1mmもありません! 美春がお姉さまの目を覚まして差し上げます!」
「──っ」
まるで肉食獣を思わせる疾走で相手召喚獣が一気に美波の召喚獣に肉薄する。
逃げ切れないと瞬時に悟り、美波が咄嗟にサーベルで振り下ろされる剣を防いだ瞬間、二体の召喚獣の間に小さな火花が散った。
「は──っ!」
そのまま美波は力任せに武器を振りかぶり相手の剣を弾き返す。さすが美波、すでにDクラスの一人を下した実力はあるな。
僅かに後退した相手の召喚獣は弾かれた剣を持ち直し体勢を整える。美波もそれに合わせて僅かに前に進んで距離感を図っていると、それぞれの召喚獣の上に点数が表示された。
Fクラス 島田美波
化学 42点
VS
化学 90点
Dクラス 清水美晴
うわっ。倍以上の点数差だ。これはかなりヤバイかも。
「行きます!」
「くぅ!」
再び相手は美波の召喚獣の前まで詰め寄り左から右へ、剣を一閃する。
さっきは力を抜いていたのか、美波の召喚獣はその勢いを殺せず吹き飛ばされてしまった。
無理もない。この点数の差は絶望的とも言えるだろう。
「さあお姉さま。これで美春の勝ちです」
倒れた召喚獣に剣を突きつけ勝利宣言を告げる。
「──っ! い、嫌よ! 補習室だけは嫌ぁ!」
亡き田中君の断末魔を思い出したのか、美波は子供のように騒ぎ出した。だがこのままだと間違いなく美波は補習室へ連行されるだろう。
……あの子に近づくのすごく怖いけど、ここで大事な戦力を失うのは痛いし──仕方ない!
「
召喚フィールドに足を踏み入れ召喚を開始する。
学ランに木刀というなんとも頼りない出で立ちの僕の召喚獣は、現れると同時に今も美波の召喚獣に剣を振り下ろそうとしている敵に突進をかました。
完全に美波しか見ていなかったのか、相手は防御の体勢もとらず攻撃を受けた。
Fクラス 吉井明久
化学 49点
VS
化学 68点
Dクラス 清水美晴
うわぁ。分かってたけど僕の化学の点数も他に負けず劣らず弱いなぁ……。
「っ!? アキ!」
「んなっ!? こ、この豚野郎……。よくも美春とお姉さまの愛の語らいを潰してくれましたね……。許しません──!」
「悪いけど、ここで美波を死なせるわけにはいかないんだ」
今後の戦いに支障をきたすしね。
「アキ……。そんなにウチのこと……」
「!? 殺します! この害虫!」
親の仇を見るような殺気を纏わせながら僕の召喚獣に剣を向けて突撃してくる──! 怖い! やっぱりこの子怖いよ!
「うわぁっと!」
振り下ろされる剣を後ろに下がってかわす。
しかし相手は止まることなく、まるで暴風みたいに剣を振り回して攻撃してくる。あれを一発でも受けたらどんな激痛が走るやら、想像もしたくないな。
こっちが攻撃する暇もないほど連続で繰り出される剣戟をこっちは紙一重で交わし続けるしかできない。くそ、なんて激しい攻撃なんだ。この子、完全に僕を殺りにきてるよ。
「この──大人しく切られなさい!」
「無茶言わないでよ!」
「大丈夫か島田、吉井! 援護するぞ──
「君は──須川君っ!」
同じ部隊の須川君が召喚獣を召喚して相手に切りかかった。
Fクラス 須川亮
化学 76点
VS
化学 39点
Dクラス 清水美晴
「く──っ。しまった。点数が」
不意打ちが効いたのか召喚獣の点数はかなり減っていた。ナイスだ須川君!
「これで終わりだよ!」
「させません!」
間髪いれずに振りかぶった木刀が剣に受け止められる。さすがに素直に倒れてはくれないか。
「豚野郎が二人になったところで美春を止められると思ったら大間違いです。地獄に落ちなさい!」
すでに瀕死だというのにこの気迫。一体何が彼女をこんなに突き動かしているんだ!
「残念だったわね美春。ウチを忘れてるわよ」
「え──?」
ザシュ、という音と共に、相手の召喚獣の胸からサーベルの刃が飛び出していた。どうやら後ろから美波がトドメを刺したらしい。
召喚獣も人と同じく弱点が存在する。腕や足を切られた程度じゃ大して点数は減らせないが、首や心臓のある胸辺りを攻撃すれば運がよければ即死させることもできる。
美波にその部分をダイレクトに攻撃され点数を失った召喚獣は霧のように霧散して消えていった。
「あ、危なかった。危うく僕達まで戦死するところだったよ。須川君ありがとう」
「助かったわ須川。さあ西村先生! この戦死者をさっさと補習室へ連行してください!」
「うむ、さあ行くぞ清水」
召喚獣勝負に敗れた生徒は補習室に連れて行かれる。これが『戦死』というヤツだ。
「み、美春は諦めませんから! 絶対にお姉さまの愛を手に入れて見せます!」
「いい加減諦めなさいよもうっ!」
なんていうか。変わった子だなぁ。
「ブタヤロウ……。いつか必ず血祭りにアゲテやりますカラ。カクゴしていなさい……」
最後に危険な捨て台詞を残して清水さんは補習室に連行されていった。
今日は夜道に気をつけたほうがいいかもしれないな…………。
「あ、アキ……」
「うん? どうしたの美波?」
「……さっきは助けてくれてありがとう…………。ウチ、すっごく嬉しかった」
すたすたと僕の前までやってきた美波は顔を赤くしてモジモジしながらお礼を言ってきた。うーん、嬉しいけどこうして改まって言われるとなんだか照れくさいな……。
「き、気にしないで。化学の点数も消費しちゃったし本陣に戻って補給試験を受けてくるといいよ」
「うん…………そうする」
「────?」
やけにしおらしい美波の態度に返って疑問を抱く。
あ、ひょっとして僕が危ない所を助けたことで変な気を抱かせちゃったのかな。天敵とはいえ美波も一人の女子。こういう色恋沙汰には滅法目ざといに違いない。
うーん、これは後々の誤解を無くすために言っておいた方がいいかな。
「あのね美波」
「な、なに……?」
「僕が美波を助けたのは試召戦争に勝つためであって、別に美波のことなんてなんとも思ってないから大丈夫だよ」
バキッ!
「って痛だぁーーーーっ! どうしてそこで僕の関節を外すのーー!?」
「あんたは毎度毎度一言多いのよぉーー!」
「(ボキボキッ)んぎゃああっ!? 僕の脊椎が人体にあるまじき方向へ曲がっていくぅっ!?」
「落ち着け島田! 吉井隊長は味方だぞ!」
「敵! やっぱりコイツはウチの敵よぉーっ!」
否定できない……っ。
「す、須川君! 美波を早く本陣に連れて行って!」
「了解」
「こらぁ待ちなさいよアキィ!」
須川君に羽交い絞めにされながら、美波は本陣であるFクラスへと戻っていく。危うく味方に殺されるところだったよ……。
「さあ、秀吉達が補給試験を終えるまで耐えるんだ! 前線を守りきれるように!」
剣戟や怒号が飛び交う戦場に負けないよう大声で呼びかける。
こっちも疲弊しているけど、向こうだってかなりダメージを与えられている。
先行部隊が回復すればまだなんとか乗り切られるレベルだ。ここからが僕達の正念場だ──!
☆
「吉井隊長! 横溝がやられた! 布施先生側は残り二人だ!」
「隊長! 五十嵐先生側が俺一人しかいない! 誰か援軍を頼む!」
「総合科目側の藤堂が戦死しそうだ! 誰か助けてやってくれ!」
が、戦況は想像以上に劣勢だった。
部隊の人数はすでに半分以下まで減らされて、残りの戦力の点数もそこを尽きかけてる。
できれば本陣の方へ援軍を求めたいけど、そうしたら
ここは僕達だけで喰い止めるしかない──!
「布施先生側は防御に専念して! 五十嵐先生側の人は総合科目と切り替えながら臨機応変に戦うんだ! 藤堂君は可愛そうだけど諦めて!」
「「「了解!」」」
戦いの喧騒の負けないよう大きな声で指示を出すと、みんな僕の言う通りの行動に移ってくれる。一応隊長として認めてくれているらしい。
「Fクラスのヤツ、明らかに時間稼ぎが目的だぞ」
「思い通りにさせるな! 力はこっちの方が有利だ! Fクラスを切り崩していけぇ!」
「くそぉ! もうもたねえ!」
「戦力が足りねえ! このままじゃ全滅だ!」
Dクラスがこちらの意図に気がつき始めた。これはますますやりづらくなる。
加えて僕達の点数ももうギリギリだ。これ以上は戦死を覚悟して持ち越えないといけない。
どんどん不利になる状況に下唇を噛んでいると、美波を本陣に連れて行った須川君が血相を変えて戻ってきた。
「吉井! Dクラスのやつら、数学の木内を連れ出したらしい!」
「なんだって!?」
数学の木内先生といえば、採点がきびしい変わりに採点の速さが群を抜いていることで有名な先生だ。
Dクラスのやつら。ついに決着に踏み込んできたか。
────雄二に託された僕達の作戦はとにかく時間を稼ぐ事。前線を長く保つこと。
だが、すでに部隊は敗戦濃厚状態だ。長くても後10分持つかどうか…………。
まったく! 雄二のヤツは何をやっているんだ! 早くしないと間に合わないよっ!
「吉井隊長! 布施先生側が後一人だ! もう後がねえ!」
『Dクラス! このまま敵部隊長の吉井を攻め落とせ!』
『西村雄一郎、戦死!』
「くそぉっ! ここまでなのか!」
生き残った味方も残り数人。やばい。このままじゃ本隊が到着する前に全滅してしまう!
「く、くっそぉぉっっ!!」
絶体絶命の窮地かと思われた、その時──、、
「
僕よりも後方から召喚獣を呼ぶ声が聞こえてきた。この声は──!
「吉井君! 無事!?」
「優子さん! 良かった! 間に合ったんだね!」
待ちに待った人。木下優子さんが渡り廊下から召喚獣を呼び出して走ってきた。
「明久! またせたな!」
その遥か後ろ、旧校舎側から聞きなれた大声が響き渡る。
声のした方に顔をやると、雄二が補充試験をしていた前線部隊も加えた本隊を引き連れてきていた。やった! 援軍だ!
「雄二っ!? 遅いよもう!」
「悪かった。だがここからもう大丈夫だ。Fクラス本隊! 中堅部隊が守ってくれた前線をここで突破する。道を阻む敵Dクラスを殲滅しろ────!!」
「「「了解!!!」」」
『くっ!? Fクラスのやつら、まだこれだけの戦力を──!』
「よそ見していていいのかしら──っ!」
戦くDクラスの一人に優子さんが召喚獣で攻撃する。
『なっ!? うわぁぁっ!?』
Fクラス 木下優子
化学 356点
VS
化学 102点
Dクラス 鈴木一郎
今まで僕達が苦戦していたDクラスの召喚獣が、優子さんの一撃で紙のように吹き飛ばされた。
……すごい。とんでもないパワーだ。そしてこの点数。これがAクラスの実力なのか!?
「点数が残り少ない人は戦線を離脱して補充試験を受けて! 本隊は半分は坂本君の護衛! まだ余裕がある人と本隊のもう半分はアタシと一緒にDクラスの戦力を一掃するわよ!」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
優子さんの指示と共に味方の部隊がこれまでにないほどの声を上げた。
まだ出てきて間もないというのに、優子さんは一瞬で状況を判断して的確な指示を送っていた。
そして他を圧倒する点数で、相手の召喚獣をゴミのように蹴散らしていく。その光景に僕は思わず圧倒されてしまった。
この人が敵でなくて本当によかったなぁ。
「Fクラス近藤! Dクラス中野に世界史での勝負を申し込む!」
『なっ!? 世界史だと! くそ! Fクラスめ、田中先生を連れていたのか──!』
「こっちにもいるぜ。俺はDクラス塚本に日本史で勝負を申し込む!」
「俺は地理だ!」
「なら俺は英語でやるぜ!」
『く──っ』
敵の部隊長である塚本君の周辺にたくさんのFクラスの本隊と教師が集まる。
部隊の点数が回復したおかげで、優子さんを筆頭に復活したFクラスの戦力は確実にDクラスの前線部隊の数を減らしていっていた。
今、確実に不利な形勢だった陣営は逆転している──!
「Dクラス塚本。討ち取ったりーーー!」
一際大きな声が上がった。今まで散々苦戦させられていたDクラスの前衛隊長をようやく倒せたらしい。
今まで温存して教師をここに来て一気に呼び出したおかげで、以前に比べかなり戦いやすくなっているようだ。
放課後という時間もあることで、下校中の生徒の人ごみに紛れ奇襲しやすかったというのもあるだろう。
「遅れるな! まだここまでは
いよいよFクラス優勢かと思われた時、新校舎の前線より向こう──Dクラスの教室の近くでそんな大声が廊下に響き渡った。
「この声──平賀君かっ」
僕は驚きながら声のした方へ振り向く。
Dクラス代表、平賀君が本隊を連れて新校舎に現れていた。前線の陣形を崩されてついに姿を現したのか。
平賀君の前には、前線に立っていた部隊の倍ほどの本隊が集まっていた。
その数────ざっと二十人以上──。
…………………………………………………………ん?
「って何あの人数────っ!?」
どういうこと!? 明らかに人員過多だと思うんだけど!? クラスの3分の2が本隊ってちょっとおかしくない!?
Fクラスも多くの本隊を連れているが、それは先行部隊も加えての人数だ。だが向こうはさらにその1.5倍ほどいる。異常とも言える光景だった。
美波が妙に敵の前線の人数が少ないって言っていたのはこういうことだったのか。でもどうして……?
「なんだありゃあ。ちょっと数多すぎねえか……?」
「Dクラスが戦力配分をミスったとか?」
「いや、いくらミスってもこの人数は変だろ。Dクラスのやつら、何考えてんだ」
「……なるほど、そういうことだったの」
驚く僕や周囲のFクラスの仲間と対照的に、優子さんは何か納得がいったような表情を浮かべていた。
「どういうこと……?」
「それは──」
「FクラスにAクラスレベルの学力を持つ木下さんがいることは、すでに把握していたんだよ。《観察処分者》クン」
優子さんに向けた僕の問いかけに、遥か遠くにいるはずのDクラス代表の平賀君が直々に答えた。
「なっ!? 知ってたって……じゃあそれを承知でDクラスは部隊を組んでたっていうの?」
「そういうことだ。新学期始まって早々ならともかく、三日も立てばいろんな噂が耳に入るんでね。例えば──振り分け試験で途中退席して0点になった生徒がいるとか」
「………………」
平賀君の台詞を聴いた優子さんが僅かに顔を曇らせる。
心配して声を掛けようかと一瞬迷ったが、断腸の思いで喉まで出掛かった言葉を飲み込み、平賀君に続きを促した。
「それじゃあ──」
「ああ。元々前線部隊は木下さんを引きずり出すための囮。Fクラスの点数程度じゃあ多人数で包囲でもしない限り、代表を討ち取る事はできないからな。だとすればFクラスは必ず高得点者である木下さんを切り札に出すであろうことも踏んでいた。だったらこっちは木下さん一人さえ封じ込めてしまえば勝利は確定する。あえて前線を薄めにして本隊の人員を増やしたのはその為だ。Aクラスレベル学力を持つ木下さんを討ち取るんだ、念には念を入れておかないと危ないだろ? 分かったかい? FクラスとDクラスじゃ、そもそも勝利条件が違うんだよ」
余裕ぶった態度で平賀君はぺらぺらと口上を並べ立てる。悔しいが、確かにその通りだ。
僕達はなんとしても道を切り開いて優子さんを敵代表の下まで送り届けなればならない。
対してDクラスは優子さんさえ無力化してしまえば後は怖いものなんてない。Fクラス程度ならば点数に物を言わせた力任せで突っ込んでいっても勝利を手に入れられる。
堅実に勝つなら、急いで王手を掛けるより、じっくりと兵隊を潰してしまえば良い。それが何より安全で確実だから。
────つまり、はじめからDクラスの標的は代表である雄二ではなく、僕達の切り札である優子さんだったんだ。
僕達の部隊が消耗して優子さんが出てくるところまで、すべて向こうの思惑通りだったってことか──!
「──っ」
まんまと敵の策に溺れたことに歯噛みしているうちに、どんどん僕達の周囲にDクラスの本隊が集まって来ていた。
相手も確実に優子さんを仕留められるよう慎重なのか。十数人という一人を相手にするのは多すぎる人数で徐々に逃げ道を塞いでいく。不味い、これだけ相手にしたら優子さんでも確実に戦死してしまう!
「十、十一、十二……、さすがにこれだけの部隊で攻められたら……。抑えることはできても、突破は難しいわね……」
周囲の状況を確認しながら、優子さんは僅かに後ずさろうとしたところで、それができないと気づき足を止めた。
背後はフィールドの召喚範囲外。ここで優子さんがフィールドを出てしまえば、敵前逃亡ということで失格。補習室送りになってしまうからだ。
本隊の後ろに控えた平賀君はすぅっと手を掲げる。
まるで──配下の兵隊に命じるかのように。
「Dクラス本隊! 全力を持って木下さんを討ち取れ──っ!」
『『『
平賀君の号令の下、Dクラス本隊は一斉に召喚を開始した!
『Fクラス!
雄二も負けじと後ろから良く通る声を張り上げて命令を下す。
「了解!
「木下さんは殺らせねえ!」
「Dクラスの思い通りになんてさせるかよぉ!」
Fクラスも召喚獣を呼び出し優子さんを攻撃しようとした召喚獣の間に入りかち合う。といえこの人数だ。向こうの方が戦力で勝っている以上、優子さんがいても不利なのは否めない。
いくらAクラスレベルの強さがあろうと、多人数を相手にしては分が悪い。
皮肉にも、さっきまで僕らがDクラスに対してやっていた作戦をそのまんまお返しされていた。
「うっ──この!」
『やぁ!』
「っ!?」
優子さんが召喚獣の持った武器で一体、敵召喚獣を葬ると同時に、背後から別の召喚獣の剣が背中に向けて剣を振り下ろす。
Fクラス 木下優子
世界史 241点
VS
世界史 84点
Dクラス 笹島圭吾
無防備な背中に攻撃な受けた所為で、優子さんの点数は著しく減っていた。
まだ召喚獣の操作に慣れていない弊害か。優子さんが同時に相手にできる数は二体が限度のようだ。
それを見計らったかのように、敵は上下左右から縦横無尽に攻撃を繰り出してくる。これでは避けるので精一杯だろう。
「優子さん──!
急いで召喚獣を呼び出し、横方向から優子さんに攻撃を加えようとしていた召喚獣を木刀で受け止めた。
「くぅ──痛ぅっ」
痛つっ、や……やっぱりまとも武器を受け止めるとかなり痛いな……。
だが泣き言を言ってる場合じゃない。ここで優子さんを戦死させてしまったらその時点で僕達の敗北は決定するんだから──!
Fクラス 吉井明久
世界史 64点
VS
世界史 45点
Dクラス 斉藤信也
相手はすでにダメージを負っていたのか。僕程度の点数でもなんとか倒すことが出来た。
『Aクラス並の学力を持っていようが所詮は一人。数で囲めば怖くはない!』
「くそ! 数が多すぎる! 援護が追いつかないぞ!」
本隊の一人が苦しげにそんな台詞を漏らす。
確かに優子さんを護衛する人数が足りてない。誰か開いている味方はいないのか──?
救いを求めて周りを見回すと、全員各科目で敵と戦っている最中で、とてもじゃないがこっちにこれる余裕のある者はいなかった。
なんとか援軍を──と思い旧校舎に佇んでいる雄二の方へ視線をやるが、雄二はふるふると首を振って答えた。
そうだった。
雄二の周りの護衛を僕達に向ければ、今よりは多少状況は改善されるだろう。だけどそうすると今度は敵部隊が雄二の方を襲う。それじゃあ本末転倒だ。
かなり苦しいけど、ここは僕達だけの力で乗り切るしかない!
「ああもうっ。やりづらいわね!」
「胸が痛いけど、これもクラスの為! 優子ちゃん、覚悟──っ!」
「っ! 美紀!?」
「やらせるか!」
「きゃあっ!?」
優子さんに迫ろうとしていた召喚獣を木刀で弾き返す。
すると、召喚獣の主らしきおさげの女の子は驚いた顔で僕を見てきた。
「あ、アキちゃ……吉井君!」
「え?」
まるで僕を知ってるかのような声調で僕の名前を口にするおさげの子。はて、名前は分からないけど、どこかであったことあったのかな?
何故か隣で複雑そうな表情を浮かべている優子さんも含めて、妙に気になった。
だけど、今は深く詮索している余裕はない!
「僕を知ってるの? でも悪いけど今は詳しく聞いている余裕はないんだ。申し訳ないけどここで戦死してもらうよ──!」
召喚獣に木刀を真っ直ぐ構えさせる。
そして陸上ランナーを思わせる疾走で敵の眼前まで迫り迷うことなく敵召喚獣の頭に木刀を振り下ろした。
Fクラス 吉井明久
世界史 64点
VS
世界史 60点
Dクラス 玉野美紀
ぼうっとしていたのか、玉野という女生徒は一切抵抗せず、まるで吸い込まれるように木刀による攻撃を受けて点数をすべて失った。
「うっ。やられました。さすがアキちゃん──吉井君」
「あの、さっきから気になってたんだけど玉野さん、どうして僕のことをアキちゃんって呼ぶの?」
「でもいいの。アキちゃんに倒されるなら本望だから」
無視された!?
「玉野さん。君が何を言ってるのか全然理解できないんだけど……」
「今はそれでもいいんです。でもいずれは、私の作った(コスプレ用の)服を着てもらうから──! それで坂本君とツーショットを撮ってね!」
「良く分からないけどなんとなく否定しておいたほうがよさそうだね!」
とんでもなく不吉な悪寒に全身が震えた。なんだろう。彼女は一体何が目的なんだ……?
結局玉野さんはそのまま鉄人に連行されていき、この真偽は分からずじまいに終わった。分からないままっていうのもなんか逆に怖くてヤダな……。
まあ今それを気にしてもしょうがない。と意識を切り替えて周囲を観察する。
『ええい、くそ! まだFクラスの包囲網を崩せないのか!』
『Fクラスの連中、点数は低い癖に妙に粘りやがる』
『まさか押し負けたりしないよね……?』
Dクラスから不安そうな声が耳に入る。ははん、さては予定通り優子さんを仕留められなくて焦ってるな。
とはいえ先に進めないのはこっちも同じ。このままじゃお互いジリ貧だ。最悪両陣営全滅という結末になりかねない。
「……吉井君、聞こえる?」
その時、今も複数の召喚獣を相手に大立ち周りを演じている優子さんが小声で囁きかけてきた。
「うん、聞こえてるよ」
「……よかった。まだ戦死はしてないわよね?」
「なんとか。これでも結構危ない綱渡り状態だけど。それで、どうしたの?」
「Dクラスも相当焦ってるみたい。平賀君についている護衛の一部が前線に入ってきたわ」
「!? それってかなりヤバいんじゃあ!」
ただでさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上の戦力増加は本格的にキツイよ!
「ええ。けど、そのおかげで平賀君自身の防備はかなり薄くなったわ」
「! で、でもこのDクラス本隊の壁を突破できないと、どっちにしろ平賀君の下には辿り着けないよ?」
「分かってる。……吉井君、お願いがあるの。──今から本隊と連携してなんとかDクラスの包囲網に穴を開けるわ。そしたら味方を数人連れて抜け穴から直接平賀君のところへ乗り込んで。今なら吉井君は注目されていないから敵の意表をついていけるわ」
「っ。それじゃあ優子さんは──!?」
「アタシはガチガチにマークされてるから無理ね。その代わりここでDクラスの本隊を押さえつける。その間に吉井君が平賀君を討ち取って」
優子さんの目の色が変わる──。防御から攻撃に
「────ここからは、落としに行くわよ」
気配が変わった。ここにきて、優子さんの召喚獣は逃げから攻めの姿勢に切り替わる。
本気だ。彼女は自分が戦死する覚悟で、僕に道を開けてくれようとしてる。
「……わかったよ。自信はないけど、やってみる!」
「頼んだからね。Fクラスの勝利の鍵は、全部貴方に掛かってるんだから」
「う、そこまで言われるとちょっと重いかも……」
とはいえここで弱気になるわけにはいかない。みんなの為に──優子さんの為にも、ここでDクラスを落とす!
「みんな!! 戦力を一箇所に集中させて、全員一斉に正面に攻撃を加えて! 多少の傷を無視してでも、Dクラスの防御網を抉じ開けるわよ!」
「「「任せろ!!」」」
優子さんの激で近くにいるFクラスの部隊が訓練された兵隊のように集まっていく。
そして、それぞれ剣や斧、棍を真っ直ぐ持ち攻撃の構えを執る。その間にも小さい攻撃を受けるが、全員が知った事かと無視しスタート前のスプリンターの様に腰を低く下ろした。我ながらすごいチームワークだ。
その様はまるで大砲のように、自らを一個の弾丸として強固な壁に亀裂を入れる為、一斉に召喚獣諸共突進した。
「「「うおおおおおおおりゃああああああああっ!!!!」」
『なっ!? なんだ!? 自分から突っ込んできやがったぞ!』
『何考えてんだコイツら! この状況で捨て身なんて、戦死が怖くないのか!?』
お生憎、いざとなれば仲間だろうが捨て駒にする。それがFクラスのモットーだ。
Fクラスの攻撃に面食らったのか、相手も状況判断ができず段々とDクラスへ向かう為の通路に隙間が出来始めていた。
このままでも突破はできるだろうけど、念のため僕も一手打っておこう。
周りが混乱している隙に、僕は壁に立て掛けてある消火器に手を伸ばし、その安全ピンを力任せに引き抜いた。
直後、プシャアアアア、という音と共に、周囲が真っ白に染まり始める。
『な、なんだこれ!? 何にも見えないぞ!』
『これ、もしかして消火器の粉か!?』
『だ、誰がこんなことを!?』
「うわっ、何をしてるんだ美波!」
保身の為の子芝居を一つ打っておく。これでみんな犯人は美波だと思うだろう。
『美波? Fクラスの島田美波か!』
『許せん!』
『なんてヤツだ! こんな酷いことをするなんて、校内のモテない女子ランキングに投票してやる!』
「え? え? なんでウチが罵倒されてるの!? アキ! あんた何言ったのよぉっ!」
……なんだか逆に寿命を縮めかねない結果を生んでしまった気がする。
美波。君の犠牲は決して無駄にはしないからね!
「今だ! 敵が混乱している隙に包囲を抜けるよ!」
真っ白な空間の中で誰にでも大声で叫ぶ。これで何人かはついてきてくれるはずだ。
『さ、させるか──!
「貴方の相手はアタシよ!」
『っっっ!?』
Fクラス 木下優子
世界史 96点
VS
世界史 98点
Dクラス 中川知美
「今よ吉井君! Dクラスを突っ切って!」
包囲の後方から僕を狙おうとしていたDクラス部隊の一人の間に優子さんが割って入ってくれた。これで僕を邪魔する者はいない!
「ありがとう優子さんっ!」
振り返らずに走る。
彼女がくれたその僅かの隙に、僕は最後の防衛網を抜け出してDクラス本隊を抜くことができた。
その先に──いた! Dクラス代表、平賀君! よし、今ならいける!
「んなっ! お前は、吉井っっっ!? どうしてお前が!」
「勝負だ平賀君! 氏家先生! Fクラス吉井明久、Dクラス代表平賀源二に日本史勝負を──」
『Dクラス前田由紀、受けます!』
『坂上郁夫! 吉井明久に召喚獣勝負を申し込む!』
「っ!? まさか、近衛部隊!? 代表の護衛か!」
突如目の前に男女の二人組みが現れ道を阻む。
くっ、本隊のほかにまだ護衛がいるなんて、なんて慎重なヤツなんだ!
「「
二体の召喚獣を前に、少し後ずさったところで、後ろから二つの召喚獣の呼び声が聞こえてきた。
Fクラス 木下秀吉
日本史 55点
VS
日本史 101点
Dクラス 前田由紀
Fクラス 土屋康太
日本史 31点
VS
日本史 99点
Dクラス 坂上郁夫
僕の前まで来た二人は、それぞれ正面にいる召喚獣を見据えて武器を構える。
「秀吉!? ムッツリーニ! 来てくれたんだね!」
「うむ。護衛はワシらが引き付けるのじゃ!」
「…………明久は先に行け!」
「二人とも……ありがとう」
僕に背中を向けたままそう言って、近衛部隊を引き受けてくれた秀吉とムッツリーニに感謝し、僕は護衛の間を走って抜けた。
召喚獣勝負を挑まれた場合にも拘らず召喚しなかった場合、戦闘放棄と見なされて補習室行きとなるが、戦いを”交代”するならばルール違反にはならずに済む。
本当、僕は良い友人を持ったよ。
『──っ、この程度の点数で、俺達に勝てると思ってるのか!』
「思っておらぬ。じゃが、別に無理してワシらにお主らを倒す理由はないのじゃ」
『何?』
「…………明久が平賀を討ち取るまでの時間稼ぎ程度なら、俺達で十分」
「そういうことじゃ。悪いが、ワシらの最後の悪あがきに付き合ってもらうぞい」
『そんな……』
すぐ後ろからそんな会話が聞こえてきた。
渡り廊下前の前線は優子さん達本陣のみんなが、代表の護衛は秀吉とムッツリーニが決死の思いで押し留めてくれている。
これでDクラス代表は丸裸も同然だ。後は、僕が平賀君を倒せば新学期初めての試召戦争は終結する──!
「ば、バカな……」
「さあ、これで君を守る壁はなくなったよ。ここで
「くっ!
呼び声に応えて、お互いの足元に幾何学的な魔方陣が現れる。その中から、召喚者をデフォルメされた召喚獣を姿を現した。
勝負科目は日本史。戦争終結間際のこの瞬間、ついに午前の猛勉強の成果を試す時が訪れた。
Fクラス 吉井明久
日本史 105点
VS
日本史 131点
Dクラス 平賀源二
召喚獣の頭上にお互いの名前と点数が表示される。
僕の点数は105点。優子さんにみっちりと鍛えてもらったおかげで、今までに比べれば格段に良い点数だ。
だが相手はDクラスの代表、早々簡単に点数では勝たせてもらないか。
「────ははっ」
僕の点数を見た平賀君が、焦りの表情から一転、頬を緩ませて余裕のある笑みを浮かべた。
「Fクラスにしては良い点数だが惜しかったな。この勝負、俺の勝ちだ!」
「…………そうだね」
「所詮はFクラス。バカの集まりだったってことだ。後はお前を倒した後に、消耗した木下さんを討ち取って代表の坂本を討てば戦争は終わりだ。いやー、惜しかったね。実に惜しかったけどこれがFクラスの限界ってことだよ」
「早すぎる勝利宣言は、逆に死亡フラグになるよ平賀君。僕はまだ負けていないし、雄二だってまだ生き残っている以上、勝負はまだわからないよ」
「ふんっ。──じゃあまずはお前から戦死させてやるよっ」
主の命令を受け、平賀君の足元に出現した召喚獣が僕の召喚獣を切り倒そうと襲い掛かってきた。
「危なっ!」
横に薙ぎ払う剣を屈んで回避する。
「えい、足払いだ!」
平賀君の召喚獣が次の攻撃態勢に入る前に、腰を低くしたままの姿勢で木刀で召喚獣の膝近くを横に一閃した。
「そして──追撃っ!」
足を崩され地面に倒れようとしている召喚獣に追い討ちを掛けるように、その後頭部に手を当てて床に叩きつける。
ゴンッ、と硬い音が倒れた召喚獣の頭に面した地面から鳴った。
「な…………えっ……?」
きょとんとした顔を浮かべる平賀君。目の前の光景に唖然としたのだろうか。
見れば、傍で戦っていた平賀君の護衛の二人も意外な物を見たような丸い目をしていた。
『ど、どうして代表の召喚獣がやられてるの……? 点数は代表の方が上の筈なのにっ!』
秀吉の相手をしていた前田さんが自分の勝負も忘れて、僕達の方へ顔を向け叫ぶように疑問を口に出していた。
「まあ、一応《観察処分者》の数少ない利点ってやつかな」
「利点……だと」
「ようするに、日々の雑用で召喚獣を使うのに慣れてるってことだよ」
今日初めて試召戦争を体験し、幾重もの戦闘を行って分かった事がある。それは召喚獣の操作が思った以上に難しいという事だ。
見た目形こそ人間と同じ召喚獣だが、その大きさや視界、足や手の長さから歩幅に至るまで細かい部分でいくつもの生身の人間との違いがある。
その召喚獣を自分の手足の如く思い通りに操作するというのは、簡単なようでかなり難しいのだ。例えるなら、4つすべてのタイヤに個別にハンドルがあるラジコンカーを操作するに等しい。
だからこそ、使い慣れていない人間の召喚獣はどうしても前後左右にしか移動できないなどの単調な動きになりがちになる。集中力が切れればまったく動かせない事もあるだろう。
その中で、僕だけは《観察処分者》として荷物持ちをしたりグラウンドの整備をする為に何度も召喚し、痛みや疲労を共有してきたおかげか、人より召喚獣を細かく動かせる。『走る』『曲がる』程度の操作では雑用なんてできないからね。
「そ、そんなくだらない理屈でっ!」
憤怒の形相で平賀君は召喚獣を立ち上がらせて剣を頭上に掲げ僕の召喚獣の頭に振り下ろそうとする。
だが、明らかに大振りな動きのおかげで、足を横に半歩移動するだけで簡単に避けられた。
空を切った剣はそのまま地面を打ち、キンッと金属音を立てる。
いくら操作性で勝っていても、点数は向こうの方が上だ。まとも打ち合えば武器ごと吹き飛ばされかねない。なので必然的に相手の攻撃は避けるか、受け流すしかない。
「そりゃ!」
攻撃を空ぶった召喚獣のわき腹に木刀を打ち込む。鎧の上からだから大したダメージにはならないだろうが、数回も続ければ確実に点数は底を尽く──っ。
Fクラス 吉井明久
日本史 105点
VS
日本史 89点
Dクラス 平賀源二
表示された点数を見ると、すでに彼我の点数差は完全に逆転していた。
「そ、そんなバカな……」
今度こそ、平賀君は渇いた声で動揺の言葉を吐いた。
「偶々ここまで来られた吉井にどうして苦戦する…………? いや待て、そもそも特別得点の高い日本史というFクラスの都合の良い科目での勝負だって考えてみればおかしい、あの状況で細かい作戦を考える時間はなかったはずだ。なのに偶然がこんなに都合よく重なるわけがない。…………まさか」
「あ、気づいた? うん。実は──優子さんに敵本隊を引き付けさせて、僕がここで平賀君と戦うのは、
「何だと──!?」
「平賀君達が前線部隊を囮にさせて優子さんを誘い出したのと同じように、僕達──というか雄二もDクラスが優子さんを狙ってくるって言うのは分かってたらしいから。ていってもさすがにあの本隊の数には驚いたけど」
開戦前最後の作戦会議の際、雄二は、確実にDクラス代表を倒す手段である優子さんを、集中して狙ってくると読んでいた。
だから、あえて試召戦争の途中の折に優子さんを戦線に出し、Dクラスのターゲットを優子さんに絞らせる。そして
読み通り、Dクラスは優子さんを討つ為に躍起になった。
僕達にとって、それこそがDクラスを無力化させる為の鳥篭であるとも知らずに。
後は優子さんに群がった召喚獣をFクラスの本隊で足止めし、その間に敵代表の下まで向かうという作戦だった。
優子さんさえ戦死させてしまえば勝てると思っているDクラスにとって、Fクラスの有象無象などほとんど問題視していない。
だからこそ、その意表を突く為に、召喚獣の扱いに慣れ、午前中みっちり勉強させられてある程度の点数を持った《観察処分者》の僕が、Dクラス代表の執行者に選ばれたというわけだ。
「木下さんが囮なんて、そこまで冒険するか普通…………?」
「それは同感。正直そんな都合よく行くのかなってずっと疑問だったんだけど、雄二って本当に頭良かったんだね。伊達に昔神童なんて呼ばれてただけのことはあるってことか」
「……じゃあ俺達はずっとお前達の掌の上で踊らされてたってことなのか…………」
「いや、Dクラス本隊に囲まれた時は本気でピンチだったよ。あの時は優子さんに気を利かせてくれなかったら僕ずっとあそこで死ぬまで戦ってたと思う」
「Fクラス風情に、そんな──っ!」
結局、平賀君は慢心していた。
Aクラス並の学力を持った優子さんを倒すことに固執するあまり、完全に
「確かに僕達はバカだよ。勉強はできないし人に誇れるものも何一つ持ってない問題児の集団だよ。────だけど、それでも譲れないものがあるんだ」
召喚獣に木刀を水平に構えさせる。
「そして、これが
そして、敵の首に木刀を振りかぶった。
自分の策がすべて読まれていたことに呆然自失としていたのか、平賀君は防御の構えを取ることなく、木刀の一撃を受け点数をすべて失った。
0点になった召喚獣は、自分が倒されたことすら気づいていないかのように、両手に剣を持ったまま消え去る。
こうして戦いは決着し、初の試召戦争はFクラスの勝利で幕を閉じた。
長い。長いです。試召戦争は一話で締めようとしたら約4話分もの分量になってしまいました……。
一応チェックはしたんだけど、これは誤字脱字が多そうだなぁ。