バカとテストと召喚獣IF 優子ちゃんinFクラス物語 作:鳳小鳥
「……づかれた~」
バタン、と卓袱台の上に突っ伏す僕。
朝のHRから昼休みまでの計四時間、ずっと日本史の教科書の暗記作業に明け暮れた僕の頭は完全にパンク状態だった。
うう、頭が痛い。これ以上は一語も覚えられないよ……。
「これぐらいでへばるなんて、情けないわね」
僕の対面、卓袱台の向こう側で今までずっと僕の勉強を見てくれた優子さんは頬杖をつきながら悪態を吐いていた。
「たかが教科書の丸暗記じゃない。公式覚えて計算するわけでもないのに何でそんなに疲れるのかしら」
「……いや、普通教科書の丸暗記なんてしないと思う。しかもこんな時期に」
まだ季節は新春芽吹く四月の頭。新学期が訪れて三日しか経っていないのに一科目の教科書を全網羅するなんて夢にも思わないだろう。
それをさも当然のように言う優子さんは、やっぱり優等生なんだと改めて思い知った。この辺って、やっぱり育ちの差なのかなぁ……。
当然ながら、教科書の内容は半分も覚えていない。ていうか無理! 不可能だって! 常識的に考えて数時間で百ページ以上ある内容なんて覚えられないよ!
「僕の記憶領域のプールはすでに容量オーバーだよ……。これなんて一夜漬け大作戦?」
「急場だから仕方ないじゃない。まあさっきの模擬テストの時で一応
「ほんとに! よかった……。それならこの頭痛を我慢した甲斐があるよ」
「テストが終わるまで油断しちゃ駄目よ。どれだけ努力しても結果に反映されなきゃ意味がないんだから」
怒られてしまった。真面目だな優子さんは。
「……そうだね。気をつけるよ。これだけ頑張ったんだからちゃんと結果を残したいしね」
「当然、このアタシがマンツーマンで監督したんだから、これで目標に届かなかったら承知しないからね」
「も、もし百点未満だったら……?」
「あはは、その時はその頭を開いて教科書を直接脳みそにねじ込んであげるわ」
笑顔で言うのはやめてほしい。新聞みたいに手で丸めた教科書が割と本気で怖いです優子さん。
「絶対点数取るよ! 約束する!」
「ん、よろしい」
満足げな顔で丸めた教科書を解く優子さん。こ、これは全力で取り掛からないと命に関わるぞ僕!
お昼休みで徐々に周りが騒がしくなったところで、優子さんは教科書とノート、さっきまで使っていたプリント類をまとめ始めた。
「個人的にはまだまだ教えたりないけど、もうお昼だしそろそろ終わりにしましょう。根詰めすぎても良くないから」
「ん、了解。勉強付き合ってくれてありがとう優子さん。おかげですごい捗ったよ」
「アタシはクラスメイトとして協力しただけだから、お礼を言われるほどのことじゃないわ。人に教えることだって立派な勉強だしね」
気負う素振りもなくきっぱりと言う。きっと本心からそう思ってるんだろうなぁ。
気にした様子のない優子さんとは逆に、僕は昨日の彼氏の件がちりちりと脳裏を掠めるが、優子さん的に勉強を教えるのはノーカンなんだろうか。
それとも彼女が鈍感なだけ……?
「どうしたの真剣な顔して。ご飯食べないの?」
「あ、いや……」
悩む僕を尻目に優子さんはいそいそとお弁当を広げ始める。
うーん……、彼氏からすればどんな理由であれ彼女が他の男性と仲良くするのは気に入らないだろうし、この事で変な騒動を起こすのは避けたい。
男の味方をするようで不本意だけど、ここは一つ優子さんの為を思って釘を刺しておこうか。
「あの、優子さん。勉強を教えてくれたのはすごくありがたいんだけど、今後はあんまりこういうことをしないほうが良いと思うな」
「え、どうして?」
「どうしてって……そりゃあ、」
『彼氏がいるんだから僕と一緒にいたら変に勘ぐられちゃうよ?』と言おうとしたのに、何故か肝心な部分がどうしても口に出せなかった。
なんだろう。ここはきちんと言わなきゃいけないのに、言わなくていいような……言いたくないような。
水と油みたいに、絶対に混ざらない二つの想いが僕の頭の中で渦を巻く。いけない。ここで迷ったらますます言い辛くなる。
「──!」
ええい! 拘泥するな吉井明久! 辛いの最初だけ。ここは清水の舞台から飛び降りるように一気に言ってしまえ!
「僕とdattg一緒det彼氏がgetfdgb!!!」
「ごめんなさい。できれば英語か日本語で言ってくれないかしら」
しまった。勢い余って噛み噛みになってしまった。
よーし、もう一度。
「僕と一緒にいる彼氏が変態だよ!」
ダッ!(廊下に向かってダッシュ)
「あ! ちょっと吉井君!? どこ行くのよっ!」
僕のバカァ! 緊張してるからって何言ってるんだ僕は! 混乱して自分でも何言ってるかわからないよ!
「あ痛っ!」
教室の扉を開けたところで誰かいたのか勢い良く鼻をぶつけた。
相手は相当ガタイがいいのか、ぶつかった僕の方が後ろに倒れる。
「くっ、誰だ──っ」
「あん? 明久、何してるんだお前」
「あれ、雄二……? じゃあ僕がぶつかったのは」
「俺だ。まったく、教室に入ろうとしたらいきなり飛び出してきたから驚いたぞ」
「何じゃ。随分焦っていたようじゃがどこかに行くつもりだったのかの?」
「秀吉まで、二人ともどこに行ってたの?」
「
ビニール袋を胸の前に掲げる雄二。ふむ、昼食か。
「へぇ、そうなんだ。ところで僕の分は?」
「はぁ? アホか。何で俺がお前の分の昼食を買わなきゃならん」
「そんな! ひどいよ雄二! 僕の家庭環境を知っているのにパンの一つも恵んでくれないなんて!」
「お前の家庭環境のどこに同情の余地がある」
まったく、冷たい友人を持ったもんだ。
「もうっ。いきなり走り出して、なんなのよ一体」
背後で不満声を上げながら優子さんが追いついてきた。
「おう木下。明久の調教は順調か?」
「雄二、そこは普通教育じゃないの?」
「似たようなもんだろ」
意味は似てるけどその言い方はひどい誤解を招くからやめてほしい。
「あら、坂本君に秀吉じゃない。────はっ! もしかして坂本君が近づいてきたことを敏感に気づいて急いで迎えに行ったってこと!? ま、まさか二人は本当に──」
「おい明久。なんか全身から鳥肌が立ったんだが」
「奇遇だね雄二。僕もだよ」
「お前木下に何吹き込みやがった。なんかアイツの脳内で激しく気持ち悪い妄想が繰り広げられている気がするんだが」
「ぼ、僕は何もしてないよ」
「だ、大丈夫よ。坂本君が変態だってことはよく分かったから」
「全然分かってねえぞ! 何だその認識は!」
くっ。さっそくFクラスの悪影響が。優子さんがこれ以上毒されないように一刻も早くAクラスに勝たないと!
「いや、これは単に姉上の趣味の──」
「秀吉、サッカーをしましょう。アタシがプレイヤーでアンタはボールね」
「──なんでもないのじゃ」
おかしいな。今、優子さんの方から殺気を感じたような。
──と、そんな僕達を尻目に雄二は顎に手を当てて考え事をしていた。
そして僕に視線を向けておもむろに、
「明久。パンを分けてやろうか?」
「え"!?」
掌を返したような雄二の言葉。さっきは罵倒した癖に、一体どういうつもりだろう。
「勿論条件付きだがな」
「……だよね。そうだと思った。雄二が何の見返りもなく人にご飯を分けてくれるわけないし。それで、僕に何をさせたいの?」
「そう硬くなるな。簡単なことだ。今からDクラスに宣戦布告に行ってきてほしい」
「宣戦布告──ってまだしてなかったの?」
「ああ。向こう側に作戦を考えさせる時間を少しでも無くしたかったからな」
なるほど。実の姑息な雄二らしいやり方だ。
「それで、やるのか?」
「……やりたいのは山々だけど、下位勢力の宣戦布告の使者って大抵ひどい目にあうよね?」
「おいおい、お前はいつの時代の話をしてるんだ。日本史の勉強に集中しすぎて記憶が過去に逆行してるのか。この現代日本でひどいことなんてされるわけがないだろう。寧ろ歓迎して迎えてくれるはずだ」
「そう思うなら雄二がいけばいいんじゃあ」
「俺はFクラスをまとめる作業で忙しいんだ。それで、やるのか、やらないのか?」
「痛いのは嫌なんだけどなぁ」
「大丈夫だ。俺を信じろ。大事な戦力をこんなところで騙したりしない。それに、試召戦争はお前の希望でもあるんだろ」
その一言が胸に来た。そう、優子さんをAクラスにするためにも、絶対に試召戦争で勝ち上がらないといけないんだ。それをこんな前座で立ち止まっているわけには行かない。
「──っ! これも僕のカロリーの為! わかった! やるよ!」
「よく言ってくれた。それじゃ頼んだぞ。お前はFクラス全員の意思を背負っているんだ。堂々と宣言してこい」
そうだ。これは僕一人の戦いじゃない。クラスが一丸となって戦う戦争なんだ。
ここで僕が下手に出たら確実に舐められる。そうならないよう胸を張って手袋を投げつけなければ。
「それじゃ、行ってくるよ!」
友人の見送りを背に、僕は勇猛果敢と教室を飛び出した。
「坂本君、人を誘導するの上手いわね。それとも吉井君がバカなだけかしら」
「多分両方じゃろう」
「……はぁ、せっかく作ったのに」
「んむ? それはお弁当かの? ひょっとしてワシの分か?」
「アタシのに決まってるでしょ。どうしてアタシがアンタの分のお弁当を作らないといけないのよ」
「少しは弟に対する愛情がほしいのじゃ」
☆
「騙されたよっ!?」
満身創痍になりながら教室に転がり込む。
し、死ぬかと思った。Dクラスの連中、思い切り首を締め上げてきたよ!
「やっぱりな」
パンを口に入れながら平然と言う雄二。ブチ殺すぞコラ。
「やっぱりってなんだよ! 宣戦布告の使者は結局ひどい目に合うんじゃないか!」
「安心しろ。すべて作戦通りだ」
「ちょっとは悪びれろよ!」
コイツは僕のことを一体なんだと思っているんだ。
「はぁ……。──ともかく、ちゃんと宣戦布告はしてきたんだから、報酬のパンがほしいんだけど」
「おう。ほらよ」
→ハンバーガー(上だけ、具なし)。
喧嘩売ってるのかオイ。
「ちょっと雄二。これ中身は?」
「気にするな。ちゃんと俺が食べてやった」
「なんでさ! これじゃハンバーガーじゃなくてただのバンズだよ! これじゃいくらなんて物足りなさ過ぎる!」
「人が用意した報酬にケチをつけるなんて我儘なヤツだな」
「どう見てもただの食い残しじゃないか!」
立派に活躍した部下を労わないなんて指揮官失格じゃないの!?
こうなったら今からでも購買に買いに行かせるか。
「言っとくがもう昼休みも終わるから今から購買に行っても何もないぞ」
「最後の希望がぁーー!?」
くそ! それならせめてこのバンズをちびちびと味わって食べてやる!
「吉井君、大丈夫?」
そうしていると、優子さんが怪訝そうな顔をしながらやってきた。
ボロボロになった制服の有様の僕を見て心配してくれたのだろう。
「うん、大丈夫だよ。ほとんどかすり傷だから」
「アキ、本当に無事なの?」
美波まで来てくれた。なんて優しい二人なんだろう。
「全然平気だよ。心配してくれてありがとう」
「良かった。ウチの殴れる場所はまだ残ってるみたいね」
「あーもう駄目! 全身痛くて動けない!」
島田美波。なんて恐ろしい女なんだ。
「美波、吉井君は怪我してるんだからあんまり苛めちゃ駄目よ」
そこで優子さんが美波を注意する。
「そ、そうね。ゴメン」
さすがに同姓の優子さんに怒られるのは気まずいのか、美波は素直に謝った。
優子さん、なんて頼りになるんだろう。
「ありがとう優子さん。おかげで助かったよ」
「……あんなこと言われたら、ね」
「? あんなこと?」
「っ! こ、これぐらいなんでもないわよ! それより次はテストなんだからしっかり準備しなさいよ」
あーそうだった。
午後は丸々テストだから早く準備しないと。はぁ、あんな昼食じゃ力出ないよ……。
☆
遡る事、10分前────。
「坂本君、少し良いかしら?」
「うん? なんだ木下」
「……大した用じゃないんだけど、坂本君、さっき吉井君に『試召戦争はお前の希望』って言ってたわよね」
「あー、そうだな。それがどうしたんだ?」
「別に。ただ……ひょっとして貴方達ってずっと前から試召戦争をやるつもりだったんじゃないかって思っただけ」
「なるほど、そういうことか。少なくても俺はそのつもりだったな。その為にこの学校に入学したと言っても良い」
「そうなの。…………じゃあ、吉井君は?」
「アイツの口から試召戦争をしようって言い出したのは、新学期の初日だったな。丁度お前が自己紹介してた時だ。詳しい目的は聞いてないが、召喚獣を出すのが嫌なあいつが自分から試召戦争をしたいって言ったんだ。あいつなりに何かどうしても譲れないものでもできたんじゃないか。何かとはあえて言わないが」
「………………」
「俺からはこれ以上は言えん。後は勝手に察してくれ。まあ多分、お前の考えてる事は間違いじゃないと思うぞ」
「──本当に、坂本君って詐欺師よね」
「人を騙せなきゃ、人の上には立てねえよ──」