真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART7 MALE CHECK(後編)

 

一時間後 筑土町 そば屋伊坂屋店内

 

「……それで、本当に大丈夫?」

「少なくても、人間の時の彼は理性的な人間のようだ」

「いささか激昂しやすいがな」

「そうなの?」

 

 遅めの昼食のそばを食べながら、リサが小さな声で克哉に問い掛ける。

 薬味を入れずに盛りそばをすする克哉の指摘に、克哉が使わなかった分までの薬味までツユに入れていたライドウが補足する。

 ピクシーは完全にヒートの視界から隠れるように克哉の影で黒蜜をかけた蕎麦がきをつまみつつ、こそこそとヒートを見ていた。

 

「お前か、暴走したオレと互角に戦ったという奴は」

「ああ」

「アートマもなしに変身するらしいな」

「DEVA SYSTEMの力を使ってだし、長時間は持たない。何よりそれを使うと装置その物がショートする事が多い」

「なるほど、チューニングの必要はないが、使い勝手が悪いってわけか」

 

 他の三人とは違うテーブルで、七味をしこたま入れている達哉と、見様見真似で初めて持つハシを使ってなんとかそばを食っているヒートがどこか険悪な雰囲気で向かい合ってそばを啜り合う。

 

「なんか、絡んでるね……」

「ある意味、似た者どうしだからな」

「まあ……性格は似てるかもしれん」

「え~、そう?」

「達哉は悪魔食べないし~」

 

 異常なまでの速さでそばを啜り終えたライドウが、そば湯に手を伸ばしながら炎の性を持つ二人を見る。

 

「さて、これからどうする?」

「海軍省には知人がいる。しかも情報部の人間だ。忠告をしつつ、異常はないか問い合わせてみよう」

「常人に分かるレベルの異常ならばいいが……」

「頼んで中見せてもらう、ってのはどう?」

「軍事施設だ、それは不可能だと思うよ」

「そちらは仲魔に探らせよう。それと出来れば交代で見張りに立つべきかと思う」

「大丈夫か? 軍事施設に不用意に長居すればこちらが怪しまれる事になる」

「晴海の貿易商にツテがある。そこを間借りしよう」

「すまないな、何かと世話になって……」

「帝都の守護はオレの役目だ、無論そちらの力も借りる」

「そうか……では行動開始としよう」

「その前に、あれどうやって止めよう?」

 

 何故かお互いにらみ合うような体勢で、いつの間にか大食い対決状態になって空の蒸籠(せいろ)を重ねていく達哉とヒートに克哉はため息まじりで制止に入った。

 

 

 

2時間後 晴海町 原田商会

 

「じゃあここをお使い下さい。こちらでも何か妙な事がなかったか水夫達に聞いてみます」

「あまり深入りしないでほしい。安全は保障できない」

「いえいえ、ライドウさんにはお世話になりましたので、そのお礼とも言えませんが……」

 

 どう見ても日本人には見えないリサやヒートを連れ、大荷物を持って訪れたライドウに嫌な顔一つせずに中年の手代が二階の一室に一行を案内する。

 

「随分と顔が広いな」

「帝都守護をしてると、自然とこうなった」

「それで、あそこを狙いそうな奴を見つけりゃいいんだな」

 

 マントの下からグレネードランチャーを取り出し、窓際を陣取って整備を始めたヒートに克哉が顔をしかめる。

 

「まだ可能性の段階だ。確立は低くないと思うが……」

「でも実際起きたとしてもどうするの? この人暴れさせたら目立つなんて物じゃないよ………」

「その時はオレが言いくるめておく。前に大きな事件が起きたから、むしろその程度じゃ目立たないだろう」

「アレの事か」

 

 達哉が別の窓から見える、とてつもなく巨大な人型の建造物を指差す。

 

「来る時も気になっていたが、アレは一体?」

「……超力超神だ。かつてこの国の絶対守護を望んだ男の英知の結晶を歪めて作られた産物だ」

「動くのか?」

「いや、もう動かない」

「つまり一度動いたのか………」

「時代感無視してるね~」

 

 興味深げにただのオブジェと化した超力超神の残骸を見つめていたリサが、ふと何かを思い立ったかのように室外へと出ようとする。

 

「どうかしたか?」

「いや、ちょっと……」

「ああ、トイレか」

 

 思わず口を滑らせた克哉を睨みながら、リサが階下へと降りていく。

 足音が聞こえなくなった所で、ライドウが黙々とグレネードランチャーの整備をしているヒートへと歩み寄ると声をかける。

 

「一つ聞いておきたい」

「なんだ」

「お前は異界で悪魔を襲っていたのを空腹のためと言った。本来、法身変化には莫大なマグネタイトが必要だ。長い修練の果てにではなく、その力を身につけたお前には、なんらかの方法でマグネタイトを補充する必要がある」

「素直に聞けよ。何を食って変身するんだってな」

「確かに。達哉もDEVA SYSTEM起動後は極端に疲労するが、彼にはそれが無かったな」

 

 克哉も疑問に思ってヒートを見ると、ヒートは整備の手を休めて口の端を吊り上げる。

 

「マントのあんたは気付いてんだろ、アートマを持つ奴が何を求めるか」

「……マグネタイトはこの世界を構成する生命に必ず含まれている。故に異界の住人たる悪魔をこの世界に呼び出すにはマグネタイトが必須だ。だが、古来より異界の住人を呼び出すのに用いられ、マグネタイトをもっとも多く持つ存在は」

「そうさ、この力を持ったオレ達は、喰らいわなければ生きていけない化け物さ」

「喰らい合う、だと………」

「まさか………」

 

 ヒートの口から告げられた事実に、周防兄弟が愕然とし、ライドウも僅かに視線をそらす。それを見た達哉が、ライドウに問い質す。

 

「君は、気付いてたのか?」

「その力がもたらす〈飢え〉とは何か、少し考えれば自然とそれに思い当たった。力と引き換えに人を喰らう悪魔は古今東西、山といる」

「さっきたらふく喰ったようだからな。しばらくは大丈夫だと思うぜ」

「……もし君が何の罪も無い人間を襲うようなら、僕達は君を認める事は出来ない」

「好きにしな。最初からそれが条件のはずだ」

 

 またグレネードランチャーの整備に取り掛かるヒートに、三人は無言でそれを見守るしかなかった。

 

 

 

「ふう……」

 

 洗った手をハンカチで拭きながら、リサはトイレから外へと出る。

 

「ホントに大丈夫なのかな? せめて藤堂班長がいたらな~」

 

 ブツブツと文句を言いながら部屋へと戻ろうとした時、小さな鈴の音が足元から響いた。

 

「ん?」

 

 何気に足元を見たリサは、そこに一匹の黒猫がいる事に気付いた。

 

「あれ、君ここの子かな?」

 

 しゃがみこんだリサが、その猫に手を伸ばすと、小さく鳴いた猫がこちらへと振り向く。右耳だけが白い黒猫の瞳が、吸い込まれそうな銀色な事に気付いたリサが首を傾げる。

 

「猫の目でシルバーってあったっけ?」

 

 喉元を撫でてやると、気持ち良さそうに眼を細めた黒猫が、急に踵を返すと、首だけ振り向いてまた小さく鳴く。

 

「何かあるの?」

 

 まるで自分を呼んでるような仕草に、リサが黒猫の後を追うと、黒猫はそのまま倉庫の方へと向かう。

 

「あっ、そっちはダメ!」

 

 XX―1を置かせてもらっている倉庫へと入っていく黒猫を追ってリサは中へと飛び込む。

 その時、黒猫はXX―1を覆っている布の上に乗り、のんきに鳴いていた。

 

「もう、危ないって」

 

 手を伸ばして黒猫を降ろそうとした時、当然大きな爆発音が外から響いた。

 

「何っ!?」

 

 

 

「何だ!?」

「随分と早かったな」

 

 窓から見える海軍省から、突如として爆発音と共に黒煙が立ち昇る。

 

「テロか、それともこちら側の事件か………」

「行きゃあ分かるだろ」

「待て、まず状況の確認が先だ。ただ事じゃ ないのは確かだが、まだこちら側の事件かどうかも分からん」

「そんな事言ってやがると、手遅れになるぜ」

 

 ライドウが率先して海軍省へと向かうべく部屋を出ようとした時、扉が外から勢い良く開け放たれた。そこから血相を変えた水夫が震える声を上げる。

 

「て、てえへんだ! 海軍省を機械の化け物が襲ってやがる!」

「それは四角い箱に手足が付いたような奴か?」

「そ、そうそれ! それがわんさと来てるんでさ!」

 

 慌てた様子の水夫の話に、部屋にいた全員が部屋から飛び出した。

 

「まさかこんな昼間から堂々と海軍省を襲うとは……」

「達哉はシルバーマン君とXX―1を起動させてから来るんだ!」

「了解!」

「そいつらをぶち壊せばいいんだな」

 

 ライドウ、克哉、ヒートの三人が先行する中、達哉がXX―1を置いている倉庫へと向かう。

 

「情人! 起動準備できてるよ!」

「早いな、すぐ来たのか?」

「あ、いやこの子が」

 

《rosa》機を起動させながら、リサが先程まで黒猫がいた場所を見た。

 だがそこにはすでに黒猫の姿は無かった。

 

「アレ?」

「急ぐぞ。大量に来てるらしい」

(ハイ)!」

 

 起動シーケンスを終えた二機のXX―1が倉庫から飛び出していく。

 水夫や通行人達が仰天する中、一匹の黒猫だけが二機の向かう先を静かに見つめていた。

 

 

 

同時刻 晴海町外国人墓地

 

「始まったようで~スね」

 

 居並ぶ墓の中から、遠くに見える黒煙を見ながらラスプーチンが呟く。

 

「あなたは行かないのでスか?」

 

 ラスプーチンが声をかけると、その背後の墓石に一羽のカラスが停まる。不思議な事に、そのカラスの瞳は深い緑色をしていた。

 

「目付け役のいるひよっ子ではあるまい。ここでどう動くか見せてもらおうではないか」

 

 普通の人間にはただ鳴いただけに聞こえるカラスの鳴き声が、紛れもなく人間の言葉となってラスプーチンの耳に響いた。

 

「いよいよ本格的に動き出しおった。さてどうする? 十四代目」

 

 

 

 海軍省前は、すでに戦場と化していた。

 

「撃て撃て! 奴らをこれ以上近付けさせるな!」

 

 将校の命令の元、一兵卒がライフルを構えて銃弾を放つ。

 しかしその銃弾は押し寄せる異形のX―1の装甲の前にたやすく弾かれるだけだった。

 

「手投げ弾を持って来い!」

「応援だ! 呼べる限りの人員を…」

 

 命令は異形のX―1が放った81mm迫撃砲弾で命令していた将校ごと中断させられる。

 

「くそ! 撃ちまくれ!」

「砲だ、砲を回せ!」

「もっと弾丸を…」

 

 残った一兵卒の元へと異形のX―1の一団が迫る。

 

「う、うわああぁぁ」

「喰らえ!」

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット』

 

 そこにヒートの放ったグレネード弾とヒューペリオンの放った光り輝く弾丸が命中、異形のX―1を横へと吹き飛ばす。

 

「あんた等は?」

「オレ達が相手している間に一度引いて陣形を立て直せ」

「ライドウ、ライドウか!」

 

 戦列に参加してきた一行の中に、ライドウの姿を認めた一兵卒達が喜色を浮かべる。

 

「ライドウに任せて省内に陣を!」

「周辺の民間人を避難誘導!」

「土嚢だ、土嚢を持って来い!」

 

 兵達が戦闘を任せてその場を去る中、三人は異形のX―1へと対峙する。

 

「これだけの数をどこから………」

「中身はあんのか?」

「人じゃないがな」

「食いでがないな」

 

 そう言いながらヒートはグレネードランチャーを下げると右腕を持ち上げる。

 そこに刻まれたファイアボールのアートマが輝くと、彼の体をインド神話の炎の神、アグニへと変えていく。

 

「出し惜しみしていられる状況じゃないか……」

「そうだな」

 

 ライドウも一斉に管を取り出すと、外法属 リリス、蛮力属 ショウテン、技芸属 クダン、雷電属 トール、北欧神話で火の国に住む巨人族とされる紅蓮属 ムスッペル、日本神話で山神の始祖とされる銀氷属 オオヤマツミ、天使九階級で中級第三位に位置する能天使、疾風属 パワーが同時に召喚される。

 

「行け」

『オオッ!』

 

 召喚された仲魔達がライドウの号令の元、いっせいに襲い掛かる。

 リリスが体に巻きつけた大蛇を解き放って異形のX―1の腕に絡めた所にショウテンが戦鎚を叩き込み、クダンが回復魔法を次々と放つ中トールがハンマーを片手に突撃をかける。

 

『アギダイン!』

『マハ・ブフダイン!』

「オオォォ!」

 

ムスッペルの火炎魔法とオオヤマツミの氷結魔法が炸裂する中、パワーが手にしたクロススピアで動きが止まった異形のX―1を貫いていく。

 

「さすがにやるものだ」

「多数召喚は使役が難しい、滅多に使わん」

 

 前に八雲がCOMPの悪魔召喚プログラムはサマナーの負担を軽減する機能も有る、と言っていた事を思い出しながら、克哉はアルカナカードをかざす。

 

「ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

『メギドラオン!』

「ふっ!」

 

 三連射された光の弾丸とピクシーが放った凝縮された魔力の弾丸が命中して歪んだ装甲に、ライドウが鋭い刺突を繰り出し、コクピットを貫く。

 

「ミチイィィ!」

 

 奇妙な声と共にハッチが跳ね上がり、そこから赤いやや尖った風船のような体に、白い面のような顔と小さな手足が付いた奇妙な物が飛び出してくる。

 

「何これ!?」

「ヒルコか……人間の負の感情が凝結した物だ」

「つまり、穢れと似たような物か」

「兄さん!」

「もう始まってるよ! じゃあこっちも!」

「ああ!」

 

 駆けつけてきた《rosa》機の連撃と《Rot》機のヒートブレードを同時に喰らった異形のX―1からも同じ物が飛び出してきた事に、ライドウが眉を潜める。

 

(まさか、今までの実験はこのために?)

「どけろ、巻き込むぞ!『マハラギダイン!』」

 

 ヒートの放った強烈な火炎魔法が異形のX―1をまとめて飲み込み、装甲を焼いていく。

 

「魔法も使えるのか!」

「腹が減り過ぎて切れてなけりゃな」

 

 まだ炎が消えきらない内にヒートは手近の異形のX―1に飛び掛り、その装甲を長い爪で強引に引き剥がし、その中のヒルコへと牙を突き立て、食い千切る。

 

唔可似(ンホーイ)!?」

「ちっ、まじい……」

 

 瞬く間にヒルコを食い尽くしたヒートが、パイロットの居なくなったX―1の残骸を殴って弾き飛ばす。

 

「実際に見るとかなりキツいな……」

「その分、彼の力は強力だ」

「また飢えさせるのは危険だ。速効で片をつける」

「いけるか達哉?」

「一回が限度だと思う、が!」

 

 達哉が《Rot》機のDEVA SYSYTEM 2nd Verを起動。

 やや不安定な虚像を結びつつ、その姿がアポロへと変化する。

 

「一気に!」

「OK!」

「行くぞ!」

『ヒートクラッシュ!』

 

 アポロ、ピクシー、ヒューペリオンの魔力が同調し、一つにまとまって天空からの灼熱の波動として異形のX―1に降り注ぐ。

 

「なるほど、魔力の同調による合体技か」

「リンケージ使えんなら早く使いな」

 

 周辺に肌に痛いほどの熱気が漂う中、ライドウとヒートが合体魔法の威力に感心するが、その熱気の向こうに動く影を見つけると即座に臨戦体勢を取る。

 

「ホォオー!」

「ガアアァ!」

「行くぞ!」

 

 装甲が焼け、動きが鈍った異形のX―1に《rosa》機、ヒート、ライドウとその仲魔達が襲い掛かり、次々と相手を破壊していく。

 

「さすがに頑丈か、達哉もう一度…」

 

 克哉が再度合体魔法を発動させるべく声をかけようとした時、突然彼らの背後から爆発音が響いた。

 

「これはっ!」

「見て! 建物が!」

 

 振り向いた全員が、海軍省の建物の一部から煙が吹き上がり、壁が吹き飛んでいるのを目の当たりにする。

 

「まさかロケット砲!?」

「違う、これは内部からだ! いっぱい食わされた!」

「こちらは陽動か……」

 

 すでに〈敵〉が内部に侵入していたらしい事に気付いた皆が歯噛みするが、そこにまだ動く異形のX―1が迫ってくる。

 

「まずい、早く向かわねば!」

「ここはオレとリサでなんとかする。兄さんは向こうへ!」

「ならば向かう前に減らしておこう。トール!」

「承知!」

 

 トールの全魔力が、ライドウの手にした霊刀《陰陽葛葉》に注ぎ込まれ、それを手にしたライドウがトールの肩を借りて高々と舞い上がる。

 

「震天大雷」

 

 ぼそりと呟いたライドウが、一気に落下しながら膨大な魔力を帯びた刃を地面へと突き立てる。

 刃に込められた魔力はその場からドーム状の衝撃波となって広がっていき、その範囲に入った物を残さず飲み込み、破砕していく。

 衝撃が吹き抜けた後、ほとんどの異形のX―1がただのスクラップとなって転がっていた。

 

「行こう。トールとリリス以外は残りを片付けておけ」

「さすがだな」

「すご~い♪」

「あんたもあるなら早く使え」

 

 仲魔に指示を出しつつ、愛刀を鞘へと収めながら爆破された場所へと向かうライドウに、克哉とピクシー、ヒートが続く。

 

「リサ、手早く片付けるぞ」

「あの人、キョウジさんより強くない?」

 

 何かこの中で一番自分が弱い気がしつつ、リサは《rosa》機を残った敵へと向けた。

 

 

 

 右往左往する軍人達の中を走り抜け、三人+悪魔三体は爆破された個所へと向かう。

 

「負傷者を運び出せ!」

「憲兵隊は向こうだ!」

「出入り口を封鎖しろ! 犯人を絶対に生かして出すな!」

「なんだあれは!?」

 

 指揮系統が混乱し、ライドウ達の姿を認めた兵士が、アグニの姿となっているヒートを見て思わず銃口を向けたが、再度の爆発が建物内に轟く。

 

「敵は向こうだ!」

「だがそいつは…」

「彼は味方だ」

 

 三度目の爆発も続けて起こり、兵士もそちらの方を向くと、黙ってそちらへと向かう。

 

「いたぞ!」

「撃て! 撃てぇ!」

 

 爆風が吹き抜け、ホコリが舞う中で爆破された個所から出てきた人影に無数の銃弾が放たれる。

 その時、ライドウ、克哉、ヒートは強大な力を感じ取る。

 

「待て! そいつは!」

 

 克哉の制止の声が響く中、放たれた銃弾は人影の手前の虚空で急停止する。

 

「ば、馬鹿な!?」

「ひ、怯むな!」

「分をわきまえた方がいい」

 

 不遜な声が響くと、虚空に停止していた弾丸が全て床へと落ちて金属音を立てる。

 

「ニャルラトホテプ」『不滅の黒!』

「うわあぁぁ!」

「ぎゃあああ!」

 

 突如として周辺を黒霧が覆い、それに巻き込まれた兵士が絶叫を上げてその場に倒れていく。

 

「これは」

「ペルソナって奴だな」

「この技、見覚えがある……!」

 

 見覚えのある信じられない物を見た事に動揺しながら、克哉が先んじて黒霧を一気に突っ切り、その向こうにいる相手に銃口を向ける。

 

「ふふ、覚えのある反応があるかと思えば……」

「やはり、貴様か。神取 鷹久!」

 

 銃口を突きつけている相手、頬に傷跡のある不遜な態度の男、かつてセベクスキャンダルを起こした張本人であり、その後の新世塾のクーデーター事件にも関与し、そして死んだはずの男、神取 鷹久に克哉は更に銃口を近付ける。

 

「なぜここにいる! また黄泉帰って悪事を働こうというのか!」

「そういう事になるのだろうな」

 

 間近に銃口があるにも関わらず、焦り一つ見せない神取に克哉は逆に焦りを感じる。

 

「ここで何をしていた! 僕達がこの世界に飛ばされたのと何か関係があるのか!」

「偶然と言うべきか、必然と言うべきか。さてどちらがいい?」

「ふざけるな! 後ろを見るんだ!」

 

 そう言う克哉の背後には、陰陽葛葉を構えて仲魔を従えるライドウと、両手の爪を伸ばしていつでも飛びかかれるようにしているヒートの姿が有った。

 

「お前にもう逃げ場は無い! 現逮だっ!」

「なるほど、そっちの書生はこの帝都のガーディアン、そっちの彼はアスラAIか」

「貴様、なぜそれを知ってる!」

 

 アスラAIの単語に、ヒートが過剰反応する。

 

「貴様、ひょっとしてセラの居場所を知っているのか!」

「セラ、確かテクノシャーマンの少女だったな。彼女はこの世界にはいないようだ、あの力には興味があったが……」

「どういう事だ神取! 彼は僕らの時代よりも未来の存在だ! なぜ未来の情報をお前が……」

「さあ?」

「じゃあ、喋りたくさせてやる!」

 

 ヒートが一気に前へと出ながら、鋭利な爪の生えた豪腕を振り下ろそうとする。

 だがそれは神取の手前で透明な何かに突き当たり、阻まれる。

 

「なんだこれは!」

 

 透明な何かに突き刺さった爪の周囲に不自然なノイズが走り、そこに海軍省を襲撃していた物と同型の異形のX―1が突如として現れる。

 

「これは、隠行か!」

「違う、光学迷彩だとっ!」

「馬鹿な、僕達の時代では実験段階だ!」

「紹介しておこう、特殊環境戦闘用人型戦車《X―3》だ」

「やはり、これは貴様が!」

 

 神取の前に護衛として立ちはだかるX―3が、左手のM249MINIMI機関銃をこちらへと向ける。

 

「まずいっ!」

 

 克哉の声と同時に、全員がそれぞれの方向に跳ぶ。

 そこへ放たれた5.56mmNATO弾が吹き荒れ、狭い通路内で逃げ損ねたトールが瞬く間に蜂の巣にされ、片膝をついた。

 

「ぐぅ………」

「戻れ!」

 

 限界と見たライドウが素早く管の中へとトールを戻す。

 

「あの威力、対悪魔用弾か………」

「関係ねぇ!」

 

 壁を三角跳びで半ば粉砕しながらヒートが神取を狙うが、そこへX―3が手にした剣、封魔の力を持ったムラマサコピーを突き出してくる。

 

「こんなもん…」

「いかん、触るな!」

 

 克哉の忠告も届かず、ヒートが無造作にムラマサコピーを払いのけようとして、その腕を切り裂かれる。

 即座に力が発動し、ヒートのカラダがアグニから人間の物へと戻っていく。

 

「ちっ……!」

「危ない!」

 

 至近距離でM249MINIMIがヒートへと向けられようとするが、そこにライドウが投げた刀が突き刺さり、最初の一発だけで動作不良を起こす。

 

「一気に行く! ヒューペリオン!」

 

 好機とみた克哉がありったけの力を己がペルソナへと送り込み、ヒューペリオンの両手に無数の光の弾丸が生み出されていく。

 

Crime And Punishment!(罪と罰!)

 

 解き放たれた光の弾丸が、X―3の装甲を穿ち、ひしゃげ、吹き飛ばしていく。

 

「喰らいな!」

 

 吹き飛ばされた装甲の下に、ヒルコの姿を認めたヒートがグレネード弾を発射、一撃でヒルコは爆散し、X―3が力を失って擱座する。

 

「なるほど、これは今ここで戦うのは危険だな……」

「待て神取! お前は今度はなにをしようと言うのだ!」

 

 克哉の問いに答えず、神取の姿が突然ぼやけたかと思うと、突然閃光に包まれる。

 

「これはあの時と同じ……」

 

 克哉は思わず銃口を下げて両目をかばい、閃光が途切れた後には神取の姿はどこにも無かった。

 

「逃げられたか……」

「どこに行った! あいつは確かに何かを知っている!」

「あの光、僕らがこの世界に飛ばされた時と同じだ。恐らく別の世界に移動したんだ」

「くそっ!」

 

 ヒートが腹立ちまぎれに壁を殴りつけて粉砕させる。

 

「だれ、か………」

 

 そこで聞こえてきたか細い声に、全員が反応する。

 神取が爆破したと思われる室内に、倒れている人影があるのに気付いたライドウがそちらへと駆け寄るとその人影を起こす。

 

「定吉じゃないか、しっかりしろ」

「ら、ライドウか……」

 

 その人影、左頬にホクロのある兵士が自分の知った人物だという事に気付いたライドウが傷の具合を確かめようとして、その手を止められる。

 

「た、頼むライドウ、奴を追ってくれ……」

「何があった?」

「いきなりだ……あ、あいつが機密資料室に現れ、あれを、超力兵団計画資料を根こそぎ奪われた…………あれは、世に出てはならない……」

「分かった、オレに任せろ。もうしゃべるな」

「もう、お前だけが頼り……」

 

 そこまで行って、定吉の目が閉じる。

 

「定吉、おい!」

「まだ息はある。だがひどい怪我だ………自分の責務をまっとうしようとしたんだな。ピクシー、回復を」

「は~い『ディアラハン!』」

 

 ピクシーが定吉に回復魔法をかけると、その口から穏やかな呼吸が漏れる。

 

「神取を追わなくては……」

「だが、どうやって追う?」

「手はある、まだ間に合うかもしれん。異界から生霊送りの秘術で時空を繋ぐアカラナ回廊へと行けば…」

「じゃあ早くしろ! 逃げられるぞ!」

「兄さん!」

「克哉さ~ん!」

 

 そこに、戦闘を終えて変身を解いた《Rot》機と《rosa》機、ライドウの仲魔達が来るのを見た三人は、神取を追うべくその場を走り出した。

 

 

一時間後 異界筑土町 丑込め返り橋

 

「ホントにそんな棒切れで追えんのか?」

「この天津金木(あまつかなき)こそ生霊送りの秘術の要だ。前に一度やった事がある」

「すまない、色々と世話になったが、お礼も出来ずに去る羽目になってしまった………」

 

 いぶかしむヒートを抑え、克哉がライドウに頭を下げる。

 

「そいつは来ないのか?」

「彼はこの帝都の守護役だ。離れる訳にはいくまい。いやむしろこちらが今回の事件を持ち込んだのかもしれない………神取がいなくなった以上、僕らが消えればこの世界への影響は消失するはずだ。後始末をしている暇が無いのが残念な事だが………」

「気にするな、それより始めるぞ。雑念を払い、精神を集中させろ」

「こ、こうかな?」

 

 皆が眼を閉じ、精神を集中させた所で、ライドウも眼を閉じ天津金木を手に詠唱を始める。

「トホカミ ヱミタマ トホカミ ヱミタマ アリハヤ アソバストマウサメ アサクラニ…」

 

 朗々たる詠唱が続く中、返り橋にある異界の狭間が徐々に開き、空間に不可思議な穴が開いていく。

 穴はゆっくりと四人を包んでいき、やがてその姿は完全に飲み込まれる。

 

「ネノクニ ソコノクニニ ハラヘヤレ ハラヘヤレ!」

 

 穴が完全に安定した所で詠唱が終わり、ライドウが眼を見開く。

 まだそこにある穴を見ていたライドウだったが、ふとその足元を一匹の猫が通り過ぎる。

 

「まさか、ゴウト?」

 

 猫なぞ現れるはずのない場所に現れた黒猫にかつての目付け役を思い出したライドウだったが、その猫の右耳が白いのと目が銀色だという事に気付いてそれを否定。

 その猫は一声鳴くと、異界の狭間の穴へと飛び込んでいく。

 

「!? 待て…」

 

 猫の予想外の行動にライドウは猫を止めようとするが、すでにその姿は完全に消えていた。

 

「………」

 

 しばし無言で考えていたライドウだったが、やがて意を決して自分もその穴へと飛び込む。

 穴が小さくなっていく中、静寂になった異界に別の人影が現れる。

 

「行ってしまいま~シたか」

「元はこちらの事件だ。尻拭いを他人に任せるわけにもいくまい」

 

 その人影、ラスプーチンは肩に止まっている緑の瞳をしたカラスがの言葉に耳を傾けつつ、消えていく穴を見ていた。

 

「お主はいかんのか?」

「私にはユウジョレディ達のボディガードがありマ~す。ま、ついでにライドウさんがいない間帝都のレディ達も守っテおきましょう」

「なら頼むぞ、どうやら傍観しておれる状況でもなくなったようだ」

 

 緑の瞳のカラスはラスプーチンの肩から羽ばたくと、消え去る瞬間の穴へと飛び込み、直後に穴は完全に消えていった。

 

「了解で~す、初代ライドウさん」

 

 

 

「これが時空の狭間か」

 

 全てが不安定で、己自身も不確定になりそうになる空間内で四人はガラスのような透明な通路の真中に立っていた。

 

「なんか前にも見た事あるね」

「ああ、八又ノ大蛇の体内に入った時か」

 

 克哉の懐から周囲を見回したピクシーが呟く中、四人はある重要な事を思案する。

 

「で、どっちに行けばいいんだ?」

「さあな」

「ちょっと情人!?」

「そこの君達、何やってるんだい?」

 

 空間の一部、透明な人影のような物が話し掛けてきた事に四人は思わずたじろぐ。

 

「なんだよその重武装、しかも生身? ダメだよここには不用意な物は自分の肉体でも持ち込まないのが常識だろ?」

「ああ、そうかラスプーチン氏が言っていた精神体コピーの時間旅行者か」

「おいお前、ここを頬に傷の有るいけすかない奴が通らなかったか」

「いや、知らないな~。君達以外に最近ここを生身で通った人はいないよ?」

「むう、直接他の世界に飛んだのかもしれないな………」

「じゃあどうすんだよ! あてもなく探すってのか?」

 

 ヒートが激昂する中、小さな鈴の音と鳴き声が響く。

 

「あれ、君………」

 

 そこに晴海で見た猫がいるのに気付いたリサが首を傾げる。

 

「猫? なんでここに……ハクション!」

 

 一撃で猫アレルギーの症状を出してクシャミをする克哉が慌ててハンカチを取り出して鼻と口を覆う。

 黒猫はそのまま回廊を歩いていき、ある程度の距離を取ると振り返って鳴く。

 

「付いてきてって言ってるんじゃない?」

「猫がか?」

「あの子、晴海でも見た……ひょっとして襲撃を教えてくれてたのかもしれない」

「……似てる、オレ達のトライブに来てた猫と」

「まさか、あれも時間旅行者だと?」

「迷子になるよりはいいよ、行ってみよ」

 

 ピクシーとリサの《rosa》機が猫の跡を追い、他の者達もその後に続く。

 程なくして、黒猫はある扉のような物の向こうへと消えていった。

 

「あ、待って~」

「勝手に行っちゃ…」

 

 ピクシーとリサがその扉のような物に飛びこみ、そこに人影があるの気付いて足を止める。

 

「やあ、よく来たね」

「あなた誰?」

 

 他の者達もぞろぞろと来た所で、そこにいる人物は微笑。

 それは、赤いスーツに身を包み、車椅子に乗った白髪で眼鏡を掛けた男性だった。

 

「あの、あなたは一体?」

「初めまして、私の名はSTEVEN。聞いた事もあるかもしれないかな」

「STEVEN……まさか悪魔召喚プログラムの製作者!?」

「ふふ、知っているなら話は早い」

 

 前にサマナー達から聞いた事のある名に、克哉が驚愕。

 

「お前か、オレ達をこの世界に引きずり込んだのは」

「いいや、違う。元々、この地点には歪みがあって、君等はそこに引っかかってこの世界に来たんだ。恐らくここを利用して時空間跳躍を幾度も行った者がいたんだろう」

「その通りだ」

 

 背後から聞こえてきた声に皆が振り向き、そこにライドウの姿を認めて驚きの表情を浮かべる。

 

「追って来たの?」

「奪還を依頼されたのはオレだ、なによりあれは帝都守護役として何者の手にも渡す訳にはいかん」

「残念だが、彼はどうやらすでに別の世界に行ってしまった後のようだよ」

 

 STEVENの声に、彼の膝に乗っていた黒猫が一声鳴いた。

 

「それ、あなたのペット?」

「いや、彼も協力者だよ。私同様、時空の狭間に存在しえる存在だ」

「ただの猫じゃない、という事か………」

「そんな事はどうでもいい、セラはどこだ!」

 

 STEVENに詰め寄るヒートに、STEVENは無言で首を横に振った。

 

「何故かは分からないが、最近時空の狭間その物が極めて不安定になっている。君等の跳躍もその影響だ。力を持った存在ほどそれに巻き込まれやすく、そしてどこかの世界に辿り着く。それがどこかまでは残念ながら私には分からない」

「何だと!」

「だが、幾つかのポイントはピックアップ出来る。可能性の問題だが、そのどこかに君の探している人はいるかもしれない」

「そいつはどこだ!」

「落ち着け。それよりも神取の足取りを」

「セラが先だ!」

「他の人達はどこ?」

「どうやったら元の世界に戻れる?」

「落ち着かんか皆の衆!」

 

 STEVENに質問を投げかけ続ける一同に、一喝の声が飛ぶ。

 そして、一羽の緑の瞳のカラスがSTEVENの車椅子のアームへと停まった。

 

「今度はカラス!?」

「しかも喋った……」

「ゴウト、業斗童子なのか!」

「久しぶりだなライドウ」

 

 それが、かつての目付け役だと気付いたライドウが、震える手を伸ばす。

 

「お主等、現状を理解してないのか? 今幾つもの世界が不安定になってきておる。お主等がこちらの世界に来たのも、その一つでしかない」

「つまり、他にも似たような事が幾つも起きている、と?」

「恐らくは………」

「君達は、これから幾つもの世界の混乱と遭遇する羽目になるだろう。その過程で、探している人達とも出会えるはずだ」

「……セラに会いたければ、似たような事件を解決していけと言う訳か」

「ああ」

「その通りじゃ」

 

 皆が顔を見合わせ、一様に頷く。

 

「分かった、協力しよう。まずこの混乱をどうにかしなければ、帰る事もできないしな」

「う~ん、あんまり休むとマネージャーに怒られる……」

「それで、まずどうすればいい?」

「一番近いポイントをサーチしよう」

「そこにワシが案内する。後は行ってのお楽しみかの」

「いいから早くしやがれ」

「せっかちな奴じゃ、嫌われるぞ」

「……もう遅いな」

 

 顔を背けるヒートに、あえて誰も問おうとしない。STEVENが車椅子に備え付けたキーボードを叩く音だけが響き、やがて小さな電子音が響いた。

 

「分かった、このポイントだ」

「では行くぞ皆の衆」

 

 羽ばたくゴウトに続いて、それぞれの思いを胸に彼らは別の世界へと向けて足を踏み出した………

 

 

 

新たな糸と糸は、新たな困難へと誘いとなって立ちはだかる。

わずかな光が照らし出すその先にあるのは、果たして…………

 


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