真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART6 MALE CHECK(前編)

 

 最初に理解したのは、自分の体が急降下していく事。

 続けて地面に叩きつけられ、大量の砂と共に砕けた部品が舞う。

 

「チェックシーケンス実行、ここは………」

 

 不安定になっていた自分のシステムをチェックしつつ、アイギスは周囲を見回す。

 最初にカメラアイに飛び込んできたのは、宙に浮かぶ巨大な光り輝く物体。

 そしてそれを中心として、周辺を囲む都市の姿だった。

 

「現在位置 不明。タルタロス同様の特殊空間と推定。擬似太陽と思われる物体を中心に、半径15kmの球体を構成……」

 

 周辺状況を確認し、起き上がろうとした所で、アイギスは自分の異変に気付いた。

 

「左脚部第二関節、右脚部第一関節損傷……自己移動不可能。左肩部損傷、左腕行動不能。右肘部にも損傷………」

 

 自分の体がボロボロなのに気付いたアイギスが愕然とする。

 

「皆さんは………」

 

 これが自分以外にも起きている可能性を考え、アイギスが仲間達の姿を探すが、誰の姿も見当たらない。

 

「通信システム……感無し。召喚システムは問題無し。ただし現状での戦闘行動はほぼ不可能……」

 

 淡々と自分の状態の確認を終えたアイギスの唇が噛み締められる。

 

「なんだぁ、こいつは?」

 

 いきなり聞こえてきたダミ声にアイギスが振り向くと、そこには赤い巨躯に牙、頭頂に一本角を持つ異形の姿があった。

 

「あ、悪魔!?」

「なんだ、悪魔が珍しいのかい?」

 

 それとは反対側、半裸の妖艶な姿に、頭部に二本角を持つ女性が、手にした双刀に舌を這わせる。

 

(召喚者との契約が無い限り、悪魔は自由意志で動くと八雲さんは言ってました。だとしたら………)

 

 赤い巨躯に一本角の妖鬼 オニが手にした巨大なナギナタを地面に突き降ろす。

 

「マネカタじゃねえみてえだが、人形でもねえ。こんな奴は見た事ねえな」

「構うもんかい。マガツヒをもらおうか!」

 

 半裸に二本角の鬼女 ヤクシニーが手にした双刀でアイギスへ襲い掛かる。

 

「迎撃…」

 

 アイギスは右手のマシンガンを向けようとするが、残弾0の表示が視界に表示される。

 

「ひゃあはっ!」

 

 奇声と共に襲いくる双刀をアイギスは地面を転がってなんとか回避するが、その顔前にナギナタの刃が突き刺さる。

 

「壊れてるかと思えば、結構生きがいいじゃねえか」

「いいマガツヒが取れそうだねえ」

「アテナ!」『ヒートウェイブ!』

 

 油断している相手に、アイギスがペルソナを発動。振るわれた灼熱の刃が二体の鬼を弾き飛ばす。

 

「なんだこれは!」

「妙な力を持ってるようだね、益々いい!」

 

 体勢を立て直したヤクシニーが大上段から双刀を一気にアテナへと向けて振り下ろす。

 今度は逆にアテナが弾き飛ばされ、その姿が僅かに霞む。

 

「くうっ………」

 

 ペルソナへのダメージがフィードバックしたアイギスの意識が乱れ、視界にノイズが走る。

 

「もらった!」

 

 オニが投じたナギナタがアイギスの右足を貫き、破片とオイルが周囲に飛び散る。

 

「ああっ!」

「すぐには殺さないよ。出す物出してもらわないとね~」

 

 ペルソナを発動しようとするアイギスの今度は右腕をヤクシニーの刀が貫く。

 

「さあ、マガツヒもらうよ」

(啓人さん!)

 

 こちらへと二本の腕が伸びてくるのに思わずアイギスが両目を閉じた瞬間、何かが空を切り裂く音が聞こえた気がした。

 

「がはあっ!」

「ぎゃあぁっ!」

 

 二つの絶叫にアイギスが眼を開くと、そこには大剣に腹を貫かれるオニと、巨大なカマに片腕を切り飛ばされたヤクシニーの姿があった。

 

「がっ、あ………」

 

 力を失って倒れるオニの隣で、ヤクシニーが血が噴き出している断面を残った手で押さえつつ、その二つの凶器が飛んできた方向を憎々しげに見た。

 

「まずい、あいつらか! ここは逃げるに限るよ!」

 

 斬り落とされた腕を拾いながら、ヤクシニーが脱兎の勢いで逃げ出す。

 アイギスが途切れかかる意識を奮い起こし、ノイズ混じりの視界でヤクシニーが見た方向を見た。

 そこには、こちらへと向かってくる赤いコートの男と、黒いメイド服の少女の姿が見えたような気がした。

 

 

「おい、これは………ロボット?」

「わた……しは、アイ…ギス。対シャドウ用……兵……」

「喋らないで下さい。もう大丈夫です」

「あな……たは……?」

「私はメアリ。あなたと同じ、造られし命を持つ者。私のソウルが、貴方を救えと言っています。安心してください」

「私と、同じ………」

 

 その時点で、アイギスの意識は強制スリープへと移行した。

 

 

「助けるって、そいつをか?」

「酷い損傷ですが、ヴィクトル様なら修理できるはずです」

「こいつも、この世界に飛ばされた口だと思うか?」

「恐らくは」

「人手はあるに限るか。オレが背負おう」

「申し訳ありません、ダンテ様」

 

 

 

同時刻 同世界

 

「あ~、八雲♪」

 

 光の玉から変じた女性が、八雲の姿を見つけるとおもむろに立ち上がって八雲の方へと寄ってくる。

 

(馬鹿な、あいつはあの時オレの目の前で……)

 

 かつて、マニトゥと共に消滅したはずの相棒の姿に、八雲の脳は混乱する一方だった。が……

 

「あ……」

「うお!?」

「ああ! だ、ダメです!」

 

 一糸纏わぬ無防備過ぎるネミッサの姿に、啓人と順平が思わず声を上げる中、狼狽しながらカチーヤが二人の前に立って視線を遮る。

 

「ねえ八雲、ここどこ?」

「……その前に隠せ」

 

 八雲がまだ混乱が修まらない中、自分のジャンパーをネミッサへと渡す。

 

「順平さん、それ貸して!」

「お、おお」

 

 順平が握っていたゆかりのスカートをカチーヤが奪うように取ると、大慌てでネミッサへと手渡した。

 

「なんかちょっとゆるいよコレ?」

「うわぁ、すごい……」

 

 女性二人の声に、健全な男子高校生の喉が思わず鳴る。

 

「あ、スカートだけだとアレですからこれも……」

「ありがと♪ ところでアンタ誰?」

 

 カチーヤの上着をスカートの上から巻きつけながら、ネミッサがカチーヤをまじまじと見る。

 

「あ、葛葉所属術者 カチーヤ・音葉です。八雲さんのアシスタントです」

「ネミッサ、悪魔だよ」

 

 頭を下げるカチーヤに、ネミッサがにこやかに笑いながらその手を握って上下に降る。

 

「ねえ八雲、あんた女の趣味変わった?」

 

 いきなりの質問に、八雲の体勢が右だけ10cmずれる。

 

「消滅したはずの奴がいきなり出てきて言う事がそれか!?」

「え~、だって~」

「とりあえず後だ。現状把握が先だ」

「そう言えばそうですね」

「あっちになんか建物あっから、あっち行ってみようぜ」

「ブティックあるかな?」

「さあな」

 

 

15分後

 

「うわ、すっげえ前衛的っつうか……」

「エスニック風?」

「でもどこかSFっぽいですね」

「知るか」

 

 間近まで見えてきた建物が、見た事もない建築様式なのに皆が驚嘆の声を上げる。

 

「これ、看板?」

「……何語だろ」

「サンスクリットだな。翻訳ツールを」

「へ~、《ムラダーラ》か~」

 

 GUMPを取り出そうとした八雲の背後から、ネミッサが平然とその看板を読み上げる。

 

「ネミッサ、お前サンスクリット読めたか?」

「え? そういえばなんでだろ? ネミッサわかんな~い」

「……新手のエスニックレストランかな」

 

 壊れかかったエレベーターらしき物を何とか操作して動かすと、一同は《ムラダーラ》内へと侵入していく。

 

「こいつはまた………」

 

 きしみ音を立てながらも辛うじて動いたエレベーターから降りた一行は、建物の中に足を踏み入れた途端に動きが止まった。

 

「ちょっ、なんだよこれ!?」

「血、だよな………」

「血痕に弾痕、こっちはナイフか? 随分と派手な出入りがあったようだな」

 

 建物の中にある、無数の戦闘の痕跡に全員の顔色が青くなる。

 

「や、やべえってこれ………軍の基地かマフィアのアジトだって」

「でも、だとしたら変ですよ」

「何が?」

「死体が、一つもない……」

 

 順平とカチーヤの疑問に、八雲より先に啓人が答える。

 

「その通りだ。これだけの戦闘の跡があんのに、死体どころか血以外の肉片一つも見当たらない」

「あれ~、なんだろ?」

 

 ネミッサが血痕の一つに顔を近づけ、匂いを嗅いでみる。

 

「? なんか変?」

「カチーヤ、それの着替えを探して着替えさせろ」

 

 無防備に尻をこちらに突き出す体勢のネミッサに、高校生二人が顔を赤くしているのを気付いた八雲が、壊れかかったドアを蹴破りつつ指示する。

 

「八雲~、それって何よ」

「文句は後で聞いてやるから」

「第一、こんなとこじゃダサいのしか無さそうじゃん」

「我慢しろって。お前がその格好じゃ犯罪だ」

「あの、こっちに何かありますから」

 

 カチーヤがネミッサを引きずって適当な室内に消えた所で、八雲が長いため息を吐いた。

 

「あいつ、全然変わってやがらねえ………」

「どういう関係の人なんです? ネミッサさんて」

「前の相棒さ。消滅したはずの……」

「さっきもそんな事言ってたよな? 消滅ってぇのは?」

「そのままの意味だ。多分もう気付いてるだろうが、あいつは悪魔、正確には電霊の一体だ」

「えぇ、あれがぁ?」

 

 八雲の言葉に、啓人と順平の脳裏にあの苦戦した電霊シャドウと、ネミッサが並んで浮かぶ。

 

「全然そう見えねぇ………」

「あいつは異端だ。そして恐らくタルタロスの真の特異点」

「あの人が?……でもなんで」

「ネミッサは、かつてオレが戦った組織が悪用しようとした大霊 マニトゥが、最後の正気で造り上げた《滅びの歌》なんだ。そしてあいつはその責務を全うし、マニトゥと共にオレの目の前で消滅した………はずなんだが」

「……元気に生きてるような」

「しかもかなりすげぇ体してた」

「……体?」

 

 順平の一言に、八雲が首を傾げる。

 

『あ、これなんかどうでしょう?』

『え~、ダサいよ。それに胸きついし~』

『……ネミッサさんが大きいんじゃ』

『あ、これなんかいいかも』

『スリット入り過ぎですって! 下着無しだと危ないです!』

『ランジェリーとかない?』

『なんか、変なのばかりですね』

 

 聞こえてきた女性二人の会話に、三人の動きが止まる。

 

「…………」

「……大きい?」

「いや、まあ確かにアレは………」

 

 何か考え込んでいる八雲を差し置き、順平と啓人は黙って頷きあうと、足音を忍ばせてネミッサ達が着替えてる部屋の方へと向かう。

 

『なにこれ~、全然可愛くないし。もう無しでもいっか』

『の、ノーブラはダメです! 危険です!』

(の、のーぶら!?)

 

 喉が再度鳴る中、更なる慎重さを持って近付く二人を追い越し、八雲が無造作に部屋の方へと近寄る。

 

(そ、そんな大胆な!)

(すげえ、なんて漢!)

 

 八雲は部屋の前に止まると、そこで壁に背を預けて声をかける。

 

「ネミッサ、お前その体どうした?」

『体?……そういえばどうしたんだろ?』

「また誰かの体に憑いてるのか?」

『そんな感じじゃないけど』

「……カチーヤ、どこかネミッサにおかしい所はないか?」

『う、ウエストはそんなに変わらないのに、上下が5cm、いやもっと負けてます………』

「……ヒトミはそこまでなかったはずだよな」

「あの、何の話を?」

 

 主旨がつかめない啓人が困惑する中、八雲がうつむきながら思案する。

 そこへ、着替えを終えたネミッサがカチーヤと共に室外へと出てきた。

 

「見てよ八雲、こんなんしかなかった」

 

 胸の谷間が露になっているチューブトップに細身のパンツ、ジャケットを羽織ったネミッサだったが、そのどれもがくすんだ灰色地で、挙句にド派手なオレンジ色のマーキングが施されていた。

 

「柄が同じのばっか。これじゃ選び様ないじゃん」

「我慢しろって。地味なのか派手なのかよう分からんな………」

 

 何気にジャケットに触った八雲が、その感触に手が止まる。

 

(こいつは、防弾繊維か? まんま戦闘用かよ……)

「せめて黒だったらな~」

 

 ネミッサがそう言いながら服に触れた瞬間、あっという間にその色が光沢のある黒へと変じていく。

 

「えっ!」

「なんだこりゃ!?」

「何をしたネミッサ!」

 

 数秒で完全に柄が変わってしまった衣服に、皆の目が大きく見開かれる。

 

「あれ? ま、いいか」

「え? え?」

 

 カチーヤが散らかされた衣服をしげしげと見てみるが、どう見てもその色は変わらない。

 

(情報の変質!? まさかここは!)

 

 八雲がHVナイフを抜くと、そばの壁を念入りに触った後、無造作に切り裂く。

 

「なにやってんの?」

 

 ネミッサが不思議そうに見る中、八雲は飛び散った破片を掴むと、その断面を見、更にその破片を口へと入れる。

 

「八雲さん、一体何を?」

 

 カチーヤも不思議そうに見る中、八雲は口内の破片を吐き出す。

 

「まずい、というか何の味もしねえ」

「シロアリじゃねぇんすから………」

 

 呆れる順平の口に、八雲は別の破片を弾いて入れる。

 

「うわっ、ぺっ」

 

 驚いて吐き出した後で、順平もその違和感に気付いた。

 

「なんだこれ……固くも柔らかくもねぇ……」

「その情報が欠けてるんだよ、これには」

「情報……て事はまさかここは!?」

「多分な」

 

 何かに気付いた啓人が叫ぶのに同意しながら、戦闘の痕跡だけが残る建物を見る。

 

「ここは、電子世界だ。しかもパラダイムXなんかとは比べ物にならない程の高度かつ高密度のな………」

「で、電子世界!? ここが!?」

「全然そう見えませんけど……」

「え、そう?」

「お前が実体化してるのが何よりの証拠だ。しかも、恐らくこの一帯だけな」

 

 ネミッサを指差しながら、八雲が脳内で現状を整理していく。

 

「向こうの砂漠と比べて妙な違和感があるとさっきから思っていたが、恐らくタルタロスの中にあったパラダイムXと同じだ。ある特殊な空間に、別の特殊空間が潜り込んでいる。なんでかは全く分からんが………」

「じゃ、じゃあここにもなんかの特異点ってのが?」

「だといいんだが」

 

 壊れかけた窓から、八雲の外、この球状の世界の中央に浮かんでいる太陽のようにも見える物を見た。

 

「あまりにもこの世界は特殊過ぎる。もう何が何やら………」

「ゆかりっちや風花、美鶴先輩は無事かな……」

「多分、大丈夫だと思う。問題はこれからどうするか」

「……ネミッサ、何か覚えてる事ないか?」

「覚えてる事?」

 

 ネミッサが首を傾げ、何かを思い出そうとする。

 

「え~と、マニトゥの所に行く前の夜、アジトに二人っきりで」

「そのずっと後の話だ! マニトゥ倒した後!」

 

 過去を暴露される前に八雲が強引に話を切り替える。

 

「よく覚えてないな~ マニトゥとネミッサが一つになって、そのまま意識が遠のいて……何か流れみたいな物を漂ってたような?」

「流れ……ですか」

「うん、それが気付いたらいきなり閉じ込められてて、力を奪われてく感じがずっとしてて、それが無くなってやっと出れたと思ったら八雲がいて」

「どうにも、訳わかんねえ………」

 

 後頭部をかきむしる順平に、全員が同意。

 だが、八雲だけはその真意を思考していた。

 

(輪廻の輪から、強引にネミッサを抽出したのか? ニュクスの滅びの因子と共鳴させて………だが、そんな事が本当にできるのか?)

 

 脳内の仮定に、自ら疑問符をつけた八雲は、空に輝く奇妙な物体へと視線を移す。

 

「一体ここは、どこなんだよ…………」

 

 

 

大正二十一年 異界 霞台

 

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

 

 光り輝く弾丸が、こちらへと向かってくる異形のX―1を貫く。

 

「セイッ!」

「はっ!」

 

 そこに達哉の《Rot》機のヒートブレードとライドウの愛刀が振るわれ、X―1を大きく切り裂く。

 

「そこだ!」

 

 切り割かれた装甲の下に蠢く物を、克哉のP229から放たれた9mmパラベラム弾が撃ち抜く。

 それは奇怪な怨嗟を上げながら霧散していき、それを見た三人は同様に顔をしかめていた。

 

「これで三体目か………」

「確かに、これは事故で飛ばされたという頻度ではないな」

 

 残骸となったX―1を見ながら、克哉とライドウが呟く。

 

「とりあえず運ぼう。リサの部品がまだ足りてない」

 

 達哉が《Rot》機であらかじめ用意しておいた軍からの払い下げのオンボロなトラックにX―1の残骸を積み込み、《Rot》機も積むと降りて布を覆い被せていく。

 

「確保した敵の部品を使わなくてはならないとはな。証拠品横領ではないだろうか………」

「仕方あるまい。不用意な所に置いておく事もできないなら、むしろ活用すべきだ」

「その通りではあるが………」

 

 克哉が運転席に乗り込み、達哉とライドウも乗り込むとライドウが印を組み、異界からトラックごと本来の霞台へと移動する。

 

「最初は銀座、次は桜田山、今度は霞台か……」

「何が狙いなんだ?」

 

 トラックを走らせながら、周防兄弟が地図に戦闘地点を記していく。

 

「推測だが、銀座のはただの起動実験だと思う」

「僕もそう思うな。だとすれば桜田山には電波塔、霞台には陸軍参謀本部。どちらのケースもこの時代の情報拠点のそばで起きている。もしこの推測が正しいのなら……」

「次に狙われるのは、晴海の海軍省か。だが、これだけの進んだ技術を持ちながら、なぜこの時代に……」

「さあ? 僕らの時代にない技術があるのかも?」

 

 克哉の言葉に、ライドウの脳裏にある事件の事が思い浮かぶ。

 

(まさか、本当の狙いは…………)

 

 

筑土町 業魔殿

 

「おお! また出たのか!」

「ああ、そちらの状況は?」

「すばらしい! この機体を造り上げた人間は私に勝るとも劣らぬ天才だ!」

 

 分解中や解析中のX―1が並ぶ中、ヴィクトルが歓喜の声を上げながら新しく運ばれたX―1の残骸に取り掛かる。

 

「《rosa》機の修理状況は?」

「あとちょっと部品足んないって。これで間に合うかな?」

 

 どこから用立ててきたのか、作業用の割烹着姿のリサが解体を手伝いつつ原型を止めている脚部とかを叩いてみる。

 

「中枢部が破損してて詳しい事は分からないが、これは操縦者の代わりにある種のエネルギー体をセットする事で起動するのだろう。余程専門的な研究を進めた結果だろうな」

「エネルギー体、例えば穢れやソウル、そしてペルソナのような?」

「うむ」

 

 克哉の問いに頷くヴィクトルに、達哉とリサの顔色が変わる。

 

係咩(ハイメ)!? そんなの研究してる人なんて、南条さんの所の研究員くらいしか……」

「いや、いた。一人だけ。ペルソナの仕組みを完全に解析し、それを応用するシステムを造り上げた人物が………」

「……だが、死んだはずだ」

 

 克哉の言わんとする人物が誰かを気付いた達哉が、その可能性を否定。

 

「もし死んでいたとしても、その知識を活用する事は可能だ。その人物の霊魂を呼び出して憑依するか、死体に憑依すればいい」

「それも難しいな。その男は強力なペルソナ使いで、海底洞窟の崩落に巻き込まれて死んだ。魂も遺体も回収は不可能に近いだろう」

「ならば、その男が生きているか、だ」

「……かもしれんな。その男は一度生き返っている。二度目があっても不思議はないだろう」

 

 克哉の脳裏に、生き恥を拒んだその男の最後の姿が思い浮かぶ。

 

(また、平和の敵となると言うのか? 彼は……)

「大変、大変だよ~!」

 

 皆が思い思いに思案にふけっている所に、情報収集兼散歩に出ていた克哉のピクシーが大慌てで飛び込んでくる。

 

「何か貴重な情報でも?」

「違う、違うの! 異界の筑土町で見た事もない悪魔が暴れてる! このままじゃこっちに出ちゃうかも!」

「何っ!」

「急ごう!《rosa》機はすぐに修理できますか!」

「部品が少し足りないだけだ。こちらから取ればすぐにでも動かせる」

「頼みます! 達哉もシルバーマン君と一緒に《rosa》機の早急修理を! ライドウ氏と僕とで行ってくる!」

「分かった。二人とも気をつけて」

「私も行く~!」

 

 業魔殿を飛び出したライドウと克哉、ピクシーの三人は丑込め返り橋まで来た所で急停止した。

 そこに、常人には見えない異界との歪みが生じ始めていた。

 

「これは………」

「かなり強力な悪魔が暴れているらしい。境が不安定になっている。だがこれならここから異界に行ける」

 

 ライドウが先頭に立ち、歪みに手を伸ばす。すると視界が歪み、一行の姿は誰にも気付かれず、その場から消えた。

 

「うっ!?」

「キャアアァ!」

 

 異界に入ると同時に見えた光景に、克哉は顔をしかめ、ピクシーは悲鳴を上げて克哉にしがみ付く。

 そこには、惨殺された悪魔の屍があちこちに散らばっていた。

 

「無差別か、しかもかなりの強さだ」

「悪魔とはいえ、こんな酷い殺され方は初めて見るな……引き裂かれるか、食い千切られるかされている」

 

 牙跡だけ残してあちこち欠けている悪魔の屍を見ていた時、どこからか咆哮が響いてきた。

 

「あっちだ!」

「油断するな、恐ろしい殺気だ」

 

 克哉が懐からP226を抜き、ライドウが管を取り出すと北欧神話の雷を呼ぶハンマーを持つ雷神、雷電属 トールを召喚して咆哮の聞こえた方へと走り出す。

 

「グアアアアァァ!」

 

 悪魔の断末魔の絶叫が響いた先へと曲がった所で、咆哮の主が現れる。

 それは、赤い巨躯を持ち、鋭利な爪の生えた豪腕と牙の生えた双頭を持つ異形の悪魔だった。

 

「見た事がないタイプだ………」

「こちらもだ」

 

 謎の悪魔は現れた二人に目もくれず、爪で突き刺して絶命させた悪魔の屍にいきなり食らいつく。

 

「なっ!?」

「悪魔が悪魔を食うか………」

「ヒイイィィ………」

 

 予想外の事態に克哉がたじろぎ、愛刀に手を伸ばしていたライドウの動きもわずかに鈍る。ピクシーに至っては悲鳴を上げて克哉の懐に隠れてしまった。

 すさまじい食欲で屍を食らい尽くした謎の悪魔は、ようやく克哉とライドウの方を向いた。

 その二つの口は鮮血に濡れ、牙に肉片らしき物がこびりついた様子はあまりにも凄惨だった。

 

「ガアアァァ!」

「来るぞ!」

 

 襲いかかってくる赤い悪魔に、克哉がP226を連射、だが放たれた弾丸は赤い悪魔の体にめり込みはしたが、相手は一切怯まず突っ込んでくる。

 

『マハ・ジオダイン!』

 

 トールの放った電撃魔法が赤い悪魔を直撃し、赤い悪魔は大きく弾き飛ばされる。

 しかしすぐさま起き上がり、豪腕に力を込めると爪が更に伸び、それを振り下ろしてくる。

 

「なんてタフさだ!」

 

 克哉、ライドウ、トールがそれぞれ別々の方向に跳び、振り下ろされた爪は地面へと突き刺さる。

 その余波だけで地面がえぐれ、土砂を周辺へと撒き散らしてクレーターを穿った。

 

「なんという怪力、だがこれ程の悪魔が無名のはずは……」

 

 ライドウは懐から一枚の小さな鏡を取り出し、印を結ぶ。

 その鏡、悪魔の能力を探る《魔眼鏡》が赤い悪魔の力を探っていく。

 

「ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

 

 克哉のペルソナが放つ三連射の光の弾丸が赤い悪魔を撃つが、赤い悪魔はそれを物ともせずに克哉へと向かって長い爪を振るってくる。

 

「くっ!」

 

 とっさに両手を交差させたヒューペリオンで克哉は爪を受け止めるが、僅かに持ったかと思うとその体がペルソナごと弾き飛ばされる。

 

「ああっ!」

「ヒイイィィ!」

 

 克哉の苦悶と共に、懐のピクシーが更なる悲鳴を上げる。

 

「つ、強い………魔神級か?」

「いや違う! そいつは法身変化だ!」

 

 魔眼鏡に映し出された情報に、信じられない表情のままライドウが叫ぶ。

 

「法身変化……まさか、あれは………」

「そうだ。恐らく、彼は人間だ……」

「ウソォ!? だって悪魔食べるような化け物だよ!?」

 

 信じられない話に、克哉とピクシーが驚愕する。

 

「いや、力の暴走か? そう言えば完全な異形と化した男と戦った事もあったな」

「しかし信じられん。法身変化は法術の奥義だ。あそこまで完全な変身を遂げられる者が力を暴走させるとは………」

「外的な要因かもしれん。だとしたら、止めなくては」

「できるのか?」

「分からない………」

 

 立ち上がりながらペルソナを発動させようとする克哉に、ライドウが己の愛刀を抜き放つ。

 

「動きを封じれば、神鎮めの秘術で修まるかもしれん」

「あれをか………だが人命優先は警察官のモットーだ」

「その中に自分も入れておく事だ。行くぞ」

 

 ライドウが瞬時に間合いを詰め、刀を袈裟懸けに振り下ろすが、赤い悪魔は片手の爪で白刃を受け止める。

 もう片方の爪がライドウの腹を狙うが、そこにヒューペリオンの放った光の弾丸が腕を直撃して軌道を逸らす。

 背後へと回ったトールがハンマーを振り下ろし、赤い悪魔の脳天を狙うが、直撃したにも関わらず、赤い悪魔は片膝すら付かなかった。

 

「ハイッ!」

 

 そこへいきなり乱入してきた《rosa》機の跳び蹴りが直撃、さすがにこれは効いたのか、赤い悪魔の体が横へと吹っ飛んでいく。

 

「お待たせ!」

「大丈夫か兄さん!」

 

《Rot》機も駆けつけ、二機のXX―1がそれぞれ構える。

 

「なにあれ? 見た事ない奴~」

「だが、強そうだ」

「達哉、シルバーマン君! 彼は人間だ!」

哎呀(アイヤー)! マジ!?」

「なんとか動きを止めるんだ!」

「……できればだな」

 

《rosa》機の跳び蹴りが直撃したはすだが、すでに赤い悪魔は跳ね起き、口から食らった悪魔の血が混じった唾液を垂れ流している。

 

「皆でボコボコにして動けなくするってのはどう?」

「体力差があり過ぎる。どう見てもこちらの疲弊が先だ」

 

 咆哮を上げる赤い悪魔にコルトライトニングを連射しつつ、ライドウはリサの案を否定。

 

「XX―1のパワーなら……」

「ダメだ! パワーもあちらが上だ!」

 

《Rot》機の振るうヒートブレードを平然と受け止め、赤い悪魔が片手で《Rot》機を弾き飛ばす。

 

「とても止められそうにないな………」

「しかし! もしかしたら彼も僕達同様、どこかから飛ばされてきたのかもしれない!」

「ならどうする? 半殺し程度ではあれは止まらない」

「くっ………」

 

 ライドウの冷静な分析に、克哉は己も内心同じ事を考えている事に気付く。

 

「いや、まだだ。まだこの手がある」

 

 達也が自分の《Rot》機の最終セーフティを解除、彼の機体にだけ内蔵されたシステムを起動させていく。

 

「そうか、相手が変身した存在なら!」

「こちらも変身する。DEVA SYSYTEM・2nd Ver START」

 

 システムの起動と同時に、《Rot》機の機体が赤い光に包まれていく。

 DEVA SYSYTEM・2nd Verがかつて特異点だった達哉と感応し、異世界の達哉の力を呼び起こす。

 次の瞬間には、《Rot》機はギリシャ神話の最高神ゼウスの息子たる太陽神・アポロへと姿を変じた。

 

「彼も法身変化ができるのか!」

「専用の装置が必要だがな」

『ギガンフィスト!』

 

 アポロへと変身した達也の拳が、赤い悪魔へと繰り出される。

 どてっ腹に強烈な拳が突き刺さり、赤い悪魔はそのまま後ろへと弾き飛ばされるが、立ったまま堪えきる。

 

「直撃だぞ!?」

「いや、効いてる!」

 

 二つの口から、獲物の物でない血が混じっている事に気付いた達哉が追撃を繰り出そうとするが、咆哮を上げながら襲ってくる相手の方が早い。

 

「ぐっ……!」

「達哉!」

情人(チンヤン)!」

 

 とっさにガードした達哉に向けて振り下ろされた巨腕が、ガードごと達哉の体を沈め、膝が崩れ落ちそうになる。

 

「援護を…」

「いや、この距離なら!『ノヴァサイザー!』」

 

 逆に相手の腕を掴んで動きを止めた達哉が、ゼロ距離で強烈な核熱魔法を発動。

 超新星のフレアに匹敵する超高温の熱波をマトモに食らった赤い悪魔だったが、それを耐えていく。

 

「まさかアレすらも……」

「いや」

 

 炎の属性を持っているのか、核熱魔法を耐えていた赤い悪魔の皮膚が徐々に熱に負けてただれ始める。

 

「ガアアァ!」

 

 赤い悪魔はいきなりその牙を達哉の首筋に食い込ませる。

 

「ぐうぅ……」

激氣(ケッヘイ)! 情人を離せ!」

 

 とうとう我慢の限界に到達したリサの《rosa》機が、旋風脚を赤い悪魔の背中へと叩き込み、更に拳の連撃を打ち込んでトドメに掌底打をぶち込む。

 

「グ、ア……」

 

 その衝撃に食い込んでいた牙は外れ、隙と見た達哉の拳が赤い悪魔へと繰り出される。

 赤い悪魔はそれを受け止め、己の拳を突き出すが達哉もそれを受け止める。

 

「クウウウ……」

「ガアアァァ……」

 

 二人の赤い魔神の力が拮抗し、力に耐え切れない足元の地面が徐々に沈んでいく。

 

「今だ! ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

「ホアチャー!」

 

 ヒューペリオンの放った光り輝く弾丸が右から、《rosa》機の真空三段蹴りが左から赤い悪魔を直撃し、さすがに左右同時は効いたのか赤い悪魔の膝が崩れる。

 

「今だ召喚士!」

 

 トールも背後から赤い悪魔を押さえ込み、もがく相手を前にしてライドウが結跏趺坐(けっかふざ=両足を腿の上に載せる座禅式の座り方)し、印を組む。

 

「タカアマノハラニ カムヅマリマス スメラガミムツ カムロギ…」

「くうぅ………」

「ガアアァァ!」

「なんて怪力だ!」

「は、早く!」

 

 ヒューペリオンと《rosa》機もそれぞれ腕を掴んで赤い悪魔を押さえ込むが、それでもなおその戒めを振り払おうと赤い悪魔が力を込めていく。

 

「カクヨサシマツリ ヨモノクニナカト オボヤマト ヒタカミノクニヲ…」

 

 ライドウの朗々たる呪文の詠唱が続く中、赤い悪魔の爪が急激に伸び、達哉の肩へと突き刺さる。

 

「た、達哉!」

「情人!」

「大丈夫だ。続けてくれ!」

 

 爪が突き刺さったまま、鮮血が流れ出していく中でも達哉は力を緩めず、赤い悪魔を襲えこんでいく。

 

「ハラヒタマ キヨメタマフコトヲ アマツカミクニツカミ ヤホヨロヅノカミタチトモニ キコシメセトマオス!」

 

 詠唱を終えたライドウが大きく拍手を打つ。

 すると、赤い悪魔の力が抜け、その体が崩れ落ちながら光の網のような物が覆い、姿が赤い髪の男へと変わっていく。

 地面へと崩れ落ちた時には、その姿は灰色のプロテクタースーツのような物をまとい、オレンジのペイントが施されたマントを羽織った男へと完全に変わっていた。

 

「ほ、ホントに人間………」

「うそ………」

 

 克哉の懐に隠れていたピクシーが恐る恐る顔を覗かせて男の方を見る。

 

「すまないが、達哉の回復を」

「あ、うん『ディアラハン!』」

 

 克哉の声にピクシーが慌ててアポロへと回復魔法を掛け、アポロの姿も元のXX―1へと戻っていく。

 

「どうにかなったか……顔見知りか?」

「いや、だがこれは……」

 

 倒れたまま失神しているらしい赤髪の男の手に、グレネードランチャーが握られているのを見た克哉が顔をしかめる。

 

「未来の人間らしいのは確かだが、術者にも見えないな」

「しかもオレのようにシステムのサポートを受けてた訳じゃない。ハーフプルートという奴か?」

「混血の事か? そうにも見えん。一体………」

「ともあれ、ここに置いておくのも危険だ。彼が目覚めた後に聞いてみよう」

「また暴れたりしない?」

「その時はまた押さえればいい」

「そう上手くいけばな」

 

 

 

「で、なんでここに来るかな?」

 

 事務所に運び込まれた赤髪の男に、鳴海が顔をしかめる。

 

「すまない、他に思いつかなかった……」

「業魔殿は今手狭だからな。達哉とリサの機体の整備もしなければならないそうだ」

 

 赤髪の男の所持していた物をテーブルに並べていきながら、克哉が謝罪し、ライドウが理由を述べる。ちなみにピクシーは怖がって業魔殿の方へと逃げていった。

 

「それで、何か分かった?」

「まずこれだな」

 

 克哉がグレネードランチャーを指差す。

 

「これ、榴弾砲かな?」

「ああ、しかも大分使い込まれている。交戦の痕跡まであるくらいだ」

「軍人、にも見えないな」

「他にも妙な物がある」

 

 男の指に嵌めていた指輪を観察していたライドウが、その中に見える物に眼を凝らす。

 

「何か精密な物が見えるが……」

「これは、まさかICチップか? IDタグのような物かもしれない。だが、こんな精度の物は僕の時代ですら存在しない」

「意味はよく分からないけど、つまりこの彼はあんた達より先の時代の人間って事?」

「恐らくは………」

 

 どう見ても只者ではない赤髪の男に、克哉が顔を曇らせる。

 用心のために彼の両手には手錠と注連縄(しめなわ)が嵌められ、克哉とライドウの二人が臨戦体勢で見張っていた。

 

「一つ気になる事がある。彼の右腕の入れ墨だ」

「ああ、この……」

 

 ライドウが赤髪の男の右の二の腕にある、牙の生えた火の玉のような紋様を指差す。

 

「それからかなり強い魔力を感じる。彼の変化の媒介ではないかと思う」

「このタトゥーが? そんな魔術があるのか?」

「海外の物で、入れ墨を媒介にして力を引き出す物はあるが、法身変化できる程の物は………」

「う………」

 

 そこで男の口から声が漏れる。

 思わず懐の銃に手を伸ばした克哉と、用心深く刀の鯉口を切るライドウ、そして素早く机の下に隠れた鳴海の前で、赤髪の男は目を覚ました。

 

「ここは……どこだ?」

「東京は筑土町、鳴海探偵事務所。オレは所長の鳴海で、そっちが助手のライドウ、そちらは警官の克哉氏」

 

 机の影から頭を少しだけ出して説明する鳴海に、男は首を傾げる。

 

「トウキョウ? タンテイジムショ? ここはカルマシティでもジャンクヤードでもないのか」

「……どうやら、君も飛ばされた口のようだな」

 

 警戒は解かないまま、克哉が赤髪の男の前へと進む。

 

「僕は警視庁特殊機動捜査部所属、周防 克哉警部補だ」

「ケイシチョウ? 聞いた事の無いトライブだな」

 

 その返答に、赤髪の男を除く三人が顔を見合わせる。

 

「お前の名前は?」

「……ヒート。トライブ・エンブリオンの元メンバーだ」

 

 男=ヒートの言葉に、三人は更に困惑を深める。

 

「トライブって、何?」

「部族、という意味のはずだが……まさかテロリストのセクト名か?」

「テロリストとは何だ。オレ達は生きるために殺しあう。それだけの存在だ」

 

 あまりに物騒すぎるヒートに、克哉もライドウもどう処置するべきか迷う。

 

「あとこれはなんのつもりだ」

「……覚えていないのか」

 

 手首に嵌る手錠と注連縄に文句を言うヒートに、ライドウは逆に質問。

 

「お前は、異形の悪魔となって異界で悪魔を食らっていた。それを我々がなんとか押さえ込んだんだ」

「……オレは、確かサーフと一緒に……」

 

 記憶の糸を探るヒートだったが、そこで探偵事務所の扉が開く。

 

「すいません、遅れました…」

「セラ!?」

 

 入ってきた伽耶に、ヒートがいきなりしがみ付く。

 

「な、なんですか!?」

「……いや、違う」

 

 伽耶の顔をまじまじと見たヒートが、無造作に手を離す。

 

「これを外せ。でなければ腕ずくで外す」

「君が第三者に危害を加えない確証がない限り、外す事はできない」

「ましてや、自分の力を制御できない者のはな」

「それは腹が減っていただけだ。アートマを使えば、えらく腹が減る」

「アートマ、その入れ墨の事か。やはりそれが君の力の源か……安定化させる方法は?」

「……セラという女の歌だ。それが喰奴(くらうど)の飢えを押さえられる唯一の方法だ」

「歌? ライドウ君の神静めのような物か?」

「恐らくはな。だが、そのセラという人物を我々は知らない」

「じゃあここはどこだっていうんだ!」

 

 手錠の嵌ったままの拳で、ヒートが来客用のテーブルを殴りつける。

 一撃でヒビが入ったテーブルの状態とヒートの怒号に伽耶が小さく悲鳴を漏らした。

 

「……君がいたのは西暦何年だ?」

「セイレキ? そう言えば、カルマ協会の連中は2025年とか言ってやがったか」

「僕らの時代から更に20年近く後か!」

「って事は、ここは君のいた時代から95年前って事になるな~」

「なにっ!? 本当かそれは!」

 

 予想外の答えに、ヒートがたじろぐ。

 

「ま、信じる信じないは勝手だけどさ。でも、ここの事情を君が全く知らないってのは当たってるだろうね。そんな中、一人でそのセラって人を探し出すのはかなり難しいだろうね~」

「……どうしろと言うんだ」

「僕達も君同様、こことは違う世界から来た。そしてなぜこの世界に来たのかの原因を探している。もしそれが分かれば、君も元の世界に帰れるかもしれない」

「……そのために手を貸せって言うのか」

「それが嫌なら、こちらを利用すればいいさ。たまたま一緒に行動してて戻れる方法を見つける、都合がいいだろ?」

「………」

 

 鳴海と克哉の説得に、ヒートがしばし考え込む。

 

「それに、ライドウ氏なら君が暴走しても戻す事ができる。もっとも押さえつけるまでに苦労したがな」

「この帝都にはオレ以外の召喚士も多い。不用意な行動は彼らを敵に回しかねない」

「どうだい? 彼らと行動を共にしてみて損はないと思うよ?」

「………いいだろう。だがセラの場所に戻る方法が見つかったらそこで抜けさせてもらう」

「構わん。恐らくその方法こそが探している特異点その物だろう」

「決まりだな」

 

 克哉が懐から手錠のカギを取り出し、ヒートの手錠を外すと、ライドウも印を結んで注連縄に当て、解除された注連縄がヒートの手首から落ちた。

 

「言っておくが、僕達はまだ君を信用した訳じゃない」

「それはこっちも同じだ」

「次に君が暴走した場合、最悪殺す可能性もある。覚えておけ」

 

 ライドウがそう言い放ちながら、事務所から外へと出て行く。

 

「はっ、分かってるじゃねえか」

 

 ヒートもその後に続き、最後に克哉が出ようとしてふと足を止める。

 

「彼が探してるセラという女性が、どこかにいたという情報があれば教えてくれ」

「了解、じゃそちらよろしく」

 

 おざなりに手を振る鳴海に頭を軽く下げると、克哉は二人の後を追っていった。

 


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