真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

57 / 63
PART57 CHAOTIC MOBA

 

珠閒瑠市 外縁部

 

「来たぞ!」

 

 こちらに向かってくる思念体の群れに、尚也は剣とアルカナカードをかざす。

 

『北東方向からも来た!』

『南方向からも』

「こいつらの目的は前回同様、マガツヒの収集だ! 市街地に近づけるな! アメン・ラー!」『集雷撃!』

 

 各所に散った仲間達からの通信を聞きつつ、尚也はペルソナを発動させる。

 

「少しは漏らしてもいいが、ここでなるべく削るんだ!」

 

 半ば叫びつつ、尚也はペルソナを発動させ、剣を振るう。

 

(こいつらは個々は大した力も無い。前と同じようにどこかに指揮官がいるはずだが、どこだ?)

 

 雲霞(うんか)が如く、という表現そのままの、攻撃を食らってはいともたやすく霧散するがすぐに新手が押し寄せてくる思念体を相手しつつ、尚也は指揮官を探す。

 

「く、アナライズの子をどちらか置いてってもらうべきだったか? だがあちらの作戦も重要だったからな………」

『藤堂さん、市街地にも散発的ですが思念体を確認』

「そちらの対処を頼む! 警察と仮面党には市民の安全確保を優先させてくれ!」

 

 市街地の遊撃に配備されていた達哉からの報告に返答しつつ、尚也は更に考える。

 

「マガツヒの収集にしては何かおかしい………今この状況で狙うとしたら………!」

 

 

 

『市街地各所にムスビ勢力と思われる思念体が多数出現。警戒レベル上昇、プラズマシールド展開を提案』

「くそ、機動班はほとんど出払ってるってのに!」

「予備の銃器を出せ! ここを占拠されたら下へのサポートが出来なくなるぞ!」

 

 レッド・スプライト号のブリッジ内でクルー達がムスビの襲撃に対処すべく慌ただしく動き回る。

 

「思念体が一部こちらに向かってきてるぞ!」

「抗戦可能戦力は!?」

「ダメだ、戦線が完全に混乱してる! すぐには来れない!」

「プラズマシールド展開! 絶対近寄らせるな!」

 

 市街各地で散発する戦闘に人員を割かれ、レッド・スプライト号の防衛に回せる人員が無いと判断したクルーはプラズマシールドを展開して防衛に専念する。

 

「下はどうなってる!?」

「向こうはこっちより酷い状態らしい。完全に混戦だ。良くも悪くも、あの巨大ロボが抑止力になってたからな………」

 

 通信班のクルーが下から送られてくる情報を整理する中、突然甲高い警報が鳴り響く。

 

「何だ今度は!」

『プラズマシールドに異常発生。プラズマシールドに一部断裂が生じている模様。原因不明』

「外部モニター出せ!」

「シュバルツバースでも破られた事ないシールドだぞ!?」

 

 アーサーからの報告にブリッジ内が騒がしくなる中、外部の状況がモニターに映し出される。

 そこには、プラズマシールドに風穴を開ける一人の男の姿が有った。

 

 

「予想以上か」

 

 全身からイオン臭と肉の焦げる匂いを漂わせ、一人の男がレッド・スプライト号の前に立った。

 その男、かつてオカルトライター 聖 丈二の体に憑依している40代目ライドウは顔をしかめる。

 

「この体もそぞろ限度か」

 

前回の負傷で失った片腕も含め、色々限界を感じながらも40代目ライドウはレッド・スプライト号へと足を向ける。

 

「いたぞ!」

「気をつけろ、只者じゃないぞ!」

 

 そこへレッド・スプライト号艦内に残っていたクルー達が手に手に銃火器を持って40代目ライドウへと相対する。

 

「思っていたよりも残っていたか、だが」

 

 40代目ライドウはどこからともなく刀を取り出し、構える。

 その隙の無い構えに、銃を構えるクルー達は思わず生唾を飲む。

 

「行くぞ」

 

 40代目ライドウは宣言と同時に、凄まじい踏み込みで一気に間合いを詰める。

 

「なっ…」

 

 銃を構えていたクルー達の半数は反応が遅れ、かろうじて残る半数はトリガーを引いたが、その時相手はその弾道上にいなかった。

 

「遅い」

 

 白刃が振るわれた瞬間、飛来した矢が40代目ライドウの腕に突き刺さり、斬撃が停止する。

 

「!?」

「やっぱり狙いはセラちゃんね」

 

 レッド・スプライト号の乗降ハッチから軍用コンパウンドボウを構えたマキが、油断なく40代目ライドウを狙う。

 

「なるほど、手練が全員出払ったわけではなかったか」

「そうね、私はドクターストップが掛かった状態だけど」

 

 突き刺さった矢とマキを交互に見ながら、40代目ライドウが何度か頷くと、突き刺さった矢を咥えて無造作に引き抜く。

 

「ひっ!」

「痛くないの? それとももう痛みとは関係の無い体になっているの?」

 

 あまりの無造作さにクルーが悲鳴を飲み込むが、マキは矢を番えたまま、40代目ライドウを見据える。

 

「最近少しばかり無茶をした。悪くない依り代だったが、そろそろ次が必要なようだ」

「どこかの所長みたいな事言うわね」

 

 とんでもない事を呟く40代目ライドウにマキは顔をしかめるが、同時にある事にも気づいていた。

 

(こいつ、強い。こっちのライドウ君に匹敵する。今の私じゃ、足止めが精一杯………)

 

 ペルソナが知らせる相手のレベルにマキは内心焦りつつも、狙いを外そうとはしない。

 

「互いに譲るつもりはない、か。カグツチにすら干渉出来る人造の巫女、使い方いかんでは守護無しに開放も可能だろう」

「あの子にこれ以上無理をさせようっていうの!? ここは絶対に通さないわ!」

 

 コンパウンドボウを引き絞るマキだったが、自分自身も未だドクターストップが掛かった状態だった影響か、不意の立ち眩みが襲う。

 

「しま…」

 

 その拍子に放たれた矢は40代目ライドウをかすめるだけに終わり、次の矢を構える暇も無く相手が一気に間合いを詰める。

 だが手にした白刃が振るわれんとした時、その胸に突如として刃が飛び出す。

 

「!?」

「いつぞやのお返しだ」

 

 予想外の事態に40代目ライドウの動きが止まり、背後を見る。

 そこにいる一体の思念体、キョウジ(故)が投じた刀が、40代目ライドウの背後から貫通し、しかもその刃には梵字のような物が浮かんでいた。

 

「この術式、お前も葛葉か!」

「葛葉 キョウジ、五代目。あんたとご同類だ」

「これは、いかん………!」

 

 刀に付与された術式が、前の襲撃の時に自らが使用した不治の呪術と同一の物だと悟った40代目ライドウは、思わず聖の体を捨て、自らも思念体となる。

 

「やはりそうするな。依り代が無ければ、本来の力は発揮出来まい。オレもそうだからな」

「まさかライドウのみならず、キョウジも我が前に立ちはだかるとは………」

 

 向かい合う二つの思念体が、双方凄まじい殺気を放ち始める。

 

「お前ら、中に引っ込んでな。こいつに新しい体を提供したくないならな。オレに提供するなら構わんが」

「! 総員船内に退避!」

「後は任せましょう! お願いします!」

 

 キョウジ(故)に促され、クルー達は大慌てで船内に飛び込み、マキが頭を下げるとハッチが閉められる。

 

「さて、どうする? お互いこのままだと千日手だが」

「だが、ここで譲るわけにはいかない。創生まで、あと少しなのだ」

「ライドウも随分変質した物だな、世界の安定を促すのが葛葉の本来の役割のはずだ」

「ふ、壊し屋のくせに葛葉四天王にまで成り上がったキョウジの言葉とは思えんな」

「ああ、そうだな………」

 

 舌戦の後、実体を持たない葛葉四天王同士が、その手に刃を携え、ぶつかった。

 

 

 

「やべえ、レッドなんとか号の所に相手のボスクラスが行ったみてえだぜ!」

「今轟所長だった人が応戦してるらしいけど、互いに体が無いから膠着状態だって」

 

 市街地を転戦していたミッシェルと淳が通信から聞こえてきた情報に顔を曇らせる。

 

「所長なら大丈夫でしょ? まあ今幽霊状態だけど」

「そうだね、下手に行ったら新しい体に…」

 

 舞耶とリサが無責任な事を言っていた途中、ふとリサの表情がこわばる。

 

「ねえ、今攻めてきてるのってムスビって連中だよね? 前にも来たし」

「見りゃ分かんだろ。他にこんな薄気味悪い連中いんのか?」

「それが何か?」

 

 リサの疑問にミッシェルと淳が逆に問い返す。

 

「そこのボスクラスってひょっとして………」

 

 リサがそう言いながら自分の肩、前回のムスビの襲撃の際に食らった呪術攻撃の跡がまだ残っている箇所を思わず触れる。

 

「それって、これをしてきた奴なんじゃ…」

 

 その一言に、今まで無言だった達哉の動きが止まる。

 

「タっちゃん?」

「達哉?」

「すまない、ここを頼む」

 

 それだけ言うと、達哉は踵を返してレッド・スプライト号の方へと向かっていく。

 

「情人!?」

「〆に行ったな、ありゃ」

「まだ根に持ってたのね………」

「どうする? ボク達も…」

「止めた方いいと思うよ」

 

 増援に行くか迷う仲間を、リサが止める。

 

「情人、前にマジギレして道路がクレーター状態に………」

「ああ、アレね」

「仮面党の連中がビビってタっちゃんに近づかなくなったってアレか………」

「下手したらまたやりそうだな………」

 

 遠ざかっていく達哉の背後に彼のペルソナ、アポロが浮かび上がり、それがすでに高熱を帯び始めている事を示す陽炎が立ち上り始めていた。

 

「それじゃあ皆、達哉君の抜けた分まで頑張るわよ!」

『お~!』

 

 真耶の号令と共に、仲間達が気合を上げると向かってくる思念体の群れへとペルソナを発動させた。

 

 

 

同時刻 タルタロス前

 

「ちったあ互いで削ってろ!」

 

 八雲が悪態と共に、M134ミニガン重機関銃のトリガーを引き続ける。

 ばら撒かれる弾丸が、押し寄せてくるシジマとヨスガの軍勢に叩き込まれるが、それでも相手は更に押し寄せてくる。

 

「弾の残数は!」

「これで最後です!」

 

 八雲の確認に、カチーヤが最後の弾丸ボックスを開けて弾帯装填を開始する。

 

「さすがにあの数はちとヤバいな………久慈川、全体的にどうなってる?」

『もう無茶苦茶! こっちの散らばってる人達が戦いながらなんとか合流し始めてるけど、苦戦してるみたい!』

「山岸、運び込まれたロボ娘達の容態は?」

『皆さん、致命的なダメージはないみたいです! アイギス達は冷却が済めば戦線復帰できそうですが、メアリさんとアリサさんは少しかかるかもしれません………』

「無理はさせるな。ここは…」

「ガアアァァ!」

「フアアアァァ!」

「オレ達とエンブリオンでしばらくしのげる。つうかR指定だから学生連中は外に出させるな」

 

 周辺で咆哮と共に喰奴達が押し寄せる悪魔達に逆に襲いかかり、斬り裂き、屠り、喰らっていく。

 

「エンブリオン、あまり前に出るな。突入班の連中が中を片付けるまでに撹乱すりゃいい」

「フウウゥ!」

「シャアアァァ!」

「………セラさんいないから、暴走してません?」

「いや、一応戦い方はまだ理性的だ。ちゃんと要所狙ってる」

「確かにまだヤバイ気はしないね~、まだ」

 

 返答の代わりに咆哮が返ってくる喰奴達にカチーヤがそこはかとなく不安を覚えるが、八雲とネミッサはまだ安全と判断、喰奴の手、というか牙が回らない所に弾幕を張る。

 

「今タルタロスを奪われたら、一気に状況がヤバくなる。くそっ、どいつもこいつも目の色変えやがって………」

 

 悪態をつく八雲だったが、そこで最後の弾帯が切れる。

 のみならず、ミニガンの銃身も連射の影響で赤熱化し、とてもこれ以上は使えそうになかった。

 

「やれやれ、どうやらオレらも突撃しなきゃならないみてえだ」

「こっちはいつでもOK!」

「大丈夫です!」

 

 ネミッサとカチーヤが自らの得物を振りかざす中、八雲もGUMPを取り出して仲魔を一斉召喚する。

 

「さてカチこむぞ!」

『おおっ!』

 

 八雲の号令と同時に、押し寄せる敵へと彼らは向かっていった。

 

 

 

「無理に討って出てはダメです! 戦線を維持、特に階段へは絶対近寄らせないように!」

「基本は悪魔と同じだ! 落ち着いて対処してほしい!」

 

 イザボーと美鶴の指揮の元、タルタロス内で人外ハンターやペルソナ使い達が押し寄せるシャドウの群れに相対していた。

 

「すごい数………!」

「落ち着いて対処すれば問題ないわ! つうか最近いっつもこんな感じ!」

 

 アサヒがスマホを手にシャドウの大群におびえるが、隣でゆかりが矢を放ちながら怒鳴る。

 

「中型以上はこちらで受け持つ!」

「ミカド国のサムライを舐めるな!」

 

 明彦とガストンが前へと出て拳と槍を縦横に振るう。

 

「すげえ、拳で殴り倒してる………」

「あれ出来んの明彦先輩だけだからな? 勘違いすんなよ?」

 

 ハレルヤが唖然とする隣で順平が召喚器片手にぼやく。

 

「下は八雲さん達が防いでいる! ここで止めないと、最悪上下で挟まれるぞ!」

「役に立つんだろうな、あの男!」

 

 啓人が剣を振るいながら叫ぶ中、ナバールが攻撃アイテムを投げながら思わず叫び返す。

 

「下を任されるくらいだから腕は確かでしょうよ。腕利きは外の大乱戦の最中だし」

「フリンが戻ってくるまでは私達がやるしかない」

 

 ノゾミとトキが己の得物を構えつつ、シャドウへと向かっていく。

 

「山岸! あとどれくらいだ!」

「上階からまた新手が来ます!」

「持つんでしょうか………」

「ワンワン!」

 

 召喚器を抜きながら美鶴が聞いてくるが、風花の返答に乾が思わず漏らすのにコロマルが励ますように吠える。

 

「なんだっていきなりこんな沸いてくんだよ!?」

「分からない。外の動きに呼応したかも」

 

 大剣を振るう順平の背後で、まだ少し顔色が悪いチドリが己のペルソナで解析を試みていた。

 

「物資に余裕は有ります! 補給が必要になる前に下がるように!」

「節約、していられるような状態でもないしな」

 

 イザボーと美鶴が長期戦も覚悟していた時、ふとアサヒが周囲を見回す。

 

「ナナシは?」

「先程までそこいらにいたぞ!?」

「まさかやられたのか!?」

 

 アサヒの一言に、ガストンと明彦を皮切りに皆が戦いながら周囲を見回すが、負傷者はいてもそれらしい影は見えない。

 

「山岸!」

「い、今探します!」

「無理、やられた。彼に憑いている者が彼の存在を隠してる」

 

 美鶴が即座に風花にアナライズさせようとするが、一歩早くチドリが何が起きたかを悟る。

 

「こんだけ押し寄せてくるのにどうやって!?」

「あ………そういえば前に八雲さんが悪魔だけならシャドウは襲ってこないって言ってたような………」

 

 ハレルヤが仲魔を駆使しながら疑問に思う中、啓人は前にタルタロスで有った事を思い出していた。

 

「まさか、ダグザ神はカグツチを開放させるつもりでは!?」

「しまった! 目を離すなと言われていたのに!」

「しかし、本当にそうか?」

 

 イザボーと美鶴が失策に気付くが、そこでトキが異論を挟む。

 

「確かに主様はダグザ神と契約している。だが、ダグザ神は主様を神殺しとするために人としての自我は保ったままだ。主様がそう安々と操られるとは思えぬ」

「そ、そういう物なの?」

「一理あるわね。ただほっておくわけにもいかないわね!」

 

 トキの説にゆかりが首をかしげるが、ノゾミもショットガンをリロードしながら頷く。

 

「どうする!? 後を追うにもこのシャドウの大群を突っ切る事になる!」

「さすがに無理だ! 防衛線を張るので精一杯なんだぞ!」

 

 明彦が殴り倒したシャドウにガストンが槍を突き刺して止めを指しつつ、二人は叫ぶ。

 

「存在を隠すっての、誰か出来る奴いるか!?」

「そんな便利なの、出来たらとっくに…」

「似たような事なら出来る」

 

 ハレルヤが思わず聞くのにゆかりが怒鳴り返すが、その途中でチドリが手を挙げる。

 

「そうか、彼女のジャミング能力なら!」

「チドリ、何人までできそうだ!?」

「移動しながらだと私と順平は必須、あとは一人がいい所」

「別の存在で覆い隠せばいいのなら、私も出来るかもしれません」

 

 啓人と美鶴がチドリに確認した所で、ノゾミに憑依しているダヌーも名乗りを上げる。

 

「こっちは何人!?」

「あなたと、もう一人と言った所でしょうか」

「じゃあ私が!」

 

 ノゾミの確認にダヌーが答えるのに、アサヒが名乗りを上げる。

 

「不破! 伊織達と上階を確認してきてくれ!」

「ノゾミさん達もお願いします! 決して無理はなさらないように!」

 

 美鶴とイザボーの指示が跳び、都合五人は頷く。

 

「メーディア」

「ではこちらに」

 

 そこでチドリがペルソナを発動、ダヌーが己の力を張り、五人を覆い隠すとウソのようにシャドウが攻撃をしかけてこなくなる。

 

「うわ、ホントだ………」

「シャドウは余程の大物で無い限り、単純な認識しか持たない」

「でもあまり派手に騒いだり動いたりすれば敵として認識されるかもしれません」

 

 アサヒが驚くのにチドリが説明するが、ダヌーの追加に皆はあわてて口を紡ぐ。

 

「急ごう」

「がってん!」

「しっ!」

 

 啓人が先を促すのに順平が気合を入れ、ノゾミが慌てて黙るように促し、皆が小走りに走り出す。

 

「上がもしそのままだったら、十分追いつけるはず………」

「だといいんだけどよ」

「そのままって?」

「ああ、言ってなかったか。タルタロスの250階はなんでかパラダイムXって電子世界になってんだ。八雲さん達はそこで戦ってたらしい」

「で、ついでにそこから上に行く方法は見つからなかった。っていうかそこに居た電霊とかいう悪魔倒した後にこの世界に飛ばされちゃって………」

 

 急ぎながら啓人と順平の小声の説明に、他の者達は少し首を傾げる。

 

「そのパラダイムとかいう所は、このタルタロスとはまた違う異界と化しているって事ね」

「らしいです」

「追いついた後、どうする?」

「向こうの出方次第かな………」

「もし攻撃してきたら…あっ!」

「おっと」

 

 そこでチドリが足をもつれさせ転倒しそうになるのを、順平が支えるとそのままおぶって走り出す。

 

「………ありがと」

「いいって事よ。無茶して倒れられたやべえし」

「………いいなあ、あれ」

「ナナシ君連れ戻したら頼んでみたら?」

 

 それを見たアサヒが思わず呟いたのに、ノゾミが苦笑し、アサヒは思わず赤面する。

 

『その角の向こう、ワープポイントです! それで上に向かってください!』

「前に一度行った事あるから、手前まで行けるはずだ」

「ダンテさんがこの間行ったはずだから、問題ないはず、多分」

「彼基準はアテに出来ないわね」

「あれは規格外」

 

 風花のナビに従いつつ、あれこれ言いながら一行はシャドウから身を隠しつつ、上階へと向かっていく。

 

『その上、相変わらずアナライズ出来ません………』

「大丈夫、一階層くらいならなんとかなる」

「行くぞ!」

 

 啓人とノゾミが先頭に立ち、目的の階へと飛び込む。

 そこには、予想以上の光景が広がっていた。

 

「来たか、ちょうどいい。手伝え」

 

 廃墟と化したパラダイムXの中、剣を手にしたナナシとその隣にダグザが立ち、周囲を無数のシャドウが取り囲んでいた。

 

「これは………!」

「ここがシャドウの発生点だ。アレを見ろ」

 

 ダグザが顎で指した先、裏通りを抜けた先の広場中央、前は電霊が巣食っていたスーパーコンピューターが有ったのと同じ場所に、今度はマネキンを組み合わせたような奇妙な物が鎮座していた。

 それの表面は廃墟と化した街同様、古びて今にも崩れそうだったが、その各所から黒い雫のような物が滴ったかと思うと、それが見る間に成長し、シャドウと化していた。

 

「何だこれ!?」

「シャドウってこうやって生まれるのか!?」

「少し違う。アレはどこかから呼び出しているだけ」

 

 啓人と順平も初めて見る光景に仰天するが、チドリは冷静にそれを見ていた。

 

「アレ自体が一種の悪魔。アレを倒せば、階下は収まる」

「それ本当!?」

「どちらにしろ、やるしかなさそうね」

 

 アサヒとノゾミも覚悟を決めて構える。

 

「ダグザ」

「分かっている。アレは極めて不安定だ、我々が手を下せばどんな反作用があるか分からん」

 

 ノゾミの後ろに現れたダヌーの言わんとする事をダグザが理解し、ナナシを促す。

 

「ナナシ! 大丈夫!?」

「ああ、すまない。ダグザ神にオレなら元凶に近づけると言われて………」

「弁解は後回し。来るわよ!」

 

その人形とも樹木とも見える奇怪な電霊、かつてはオムパロスと呼ばれた存在は、シャドウの雫を滴らせながら襲ってくる。

 

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 襲いかかってくるオムパロスに向けて啓人がペルソナを発動、斬撃がオムパロスの劣化した部位を斬り裂くが、相手は意にも介さず襲ってくる。

 

「こいつ!」

 

 ノゾミが手にしたショットガンを速射するが、同じように崩れかけた体を更に打ち砕かれながらも、オムパロスはかろうじて拳と思われるような物を無数に振るい、殴りかかってくる。

 

「下がってろチドリ! トリスメギストス!」『ギガンフィスト!』

 

 順平が背負っていたチドリを背後へと下がらせながらペルソナを発動、拳には拳で対抗するが、体の破片を撒き散らしながらもオムパロスは更に暴れ狂い、壊れた各所から更に黒い雫が滴り落ち、それがシャドウへと変貌して襲ってくる。

 

「やべえぞこれ! 次々増えてきてやがる!」

「しかもあいつ攻撃効いてるの!?」

「ダメージが無いわけじゃなさそうだけど、痛覚は無いのかもね!」

 

 順平が湧き出すシャドウ相手に喚き、アサヒが同じようにシャドウ相手に短刀を振るいながらオムパロスを見る。

 そんな中、ノゾミは愛用のショットガンに補充物資の中に有ったコロナシェルを装弾、オムパロスに速射していく。

 炸裂する閃光と灼熱がオムパロスの体を砕いていくが、ダメージを負えば追うほど、その体から滴り落ちる黒い雫が増え、それに応じてシャドウの数も増えていく。

 

「ちょ、更にやべえぞ!」

「多分、特異点という奴。半端な攻撃は特異性を高めるだけ」

「じゃあどうすればいいの!?」

 

 順平が慌てる中、チドリが冷静にオムパロスをアナライズ、アサヒもシャドウの相手に手一杯になっていく。

 

「なら、一気に攻めるまでだ!」

 

 啓人が召喚器をこめかみにあて、トリガーを三連射。

 

「待て、今の状態で…」

 

 思わず順平が制止する中、タナトス、トランペッター、セトの三体のペルソナを同時召喚、それぞれがオムパロスを取り囲む頂点となって三角形を形勢し、中央部分に現れた漆黒のホールから闇が噴き出し、オムパロスを飲み込んでいく。

 

『インフィニティ・ヴォイド!』

 

 啓人の誇る最強のミックスレイドが炸裂し、オムパロスが飲み込もうとする闇の中でもがく。

 

「くっ!」

「その体でそれ以上はダメだ!」

 

 更に召喚器のトリガーを引こうとする啓人を順平は強引に抑え、その隣をスマホを手にナナシがオムパロスに向かっていく。

 

「行けヨシツネ!」「承知!」

 

 ナナシは源平合戦に終焉をもたらした悲劇の英雄、英傑 ヨシツネを召喚し、ヨシツネは手にした刀でもがくオムパロスを次々と斬りつけていく。

 

「もっと一気に行かないと!」

「順平」「やるぞチドリ!」

 

 ノゾミがそれでもなおもがき続けるオムパロスにトドメを促す中、チドリと順平が前へと出て手をつなぎ、残った手で召喚器を構え、同時にトリガーを引いた。

 

「メーディア」「トリスメギストス!」

『ファントム オブ バーニングヒート!』

 

 二人のペルソナが同時に発動、魂を共有する二人の力がミックスされ、目まぐるしくその色合いを変える業火が放たれる。

 業火は周辺にいたシャドウ諸共オムパロスを飲み込み、焼き尽くしていく。

 

「#$&*!」

 

 オムパロスから意味不明の声とも取れない断末魔が放たれる中、色合いを変え続ける業火はオムパロスを完全に飲み込み、そして焼き尽くした。

 業火が消えると、完全に炭化したオムパロスだった物が残るが、それも崩れ、形を完全に失っていく。

 

「すご………」

「順平、いつの間にこんなの………」

「実戦で使ったの初めて」

「いや、魂共有してるっていうから二人同時に使ったらどうなるかってのは思ってたけど………」

 

 アサヒが凄まじい威力に驚き、啓人も同じように驚いていたが、当の二人は肩で息をしながら地面に座り込んでいた。

 

「おつかれ、さて残るは………」

 

 ノゾミがそんな二人に声をかける中、ナナシ、正確にはダグザへと鋭い視線を向ける。

 

「抜け駆けは無いんじゃないかしら?」

「そうです。何を考えているのです」

 

 誰何するノゾミにダヌーも同意し、ナナシは困惑した顔をするが、ダグザは憮然としていた。

 

「何、先行偵察しただけだ。それに…」

「それに?」

「先程のあやつの隙を見て探したが、ここから上に行く方法が見つからぬ」

「そう言えば………」

「階段もワープポイントも見つからない」

 

 ダグザに言われて皆が周囲を見回し、チドリもペルソナで探るが確かに上階に登るための物は何一つ見当たらない。

 

「幾ら異なる世界の物が変異したとしても、根幹的な性質は変わらぬ。我らにすら気付かぬ方法が有るはずだが………」

「だとしたら、ここを知る者が必要となるでしょう」

「ここを知ってる人って………」

『あ………』

 

 ダグザとダヌーの指摘にアサヒは首を傾げるが、啓人と順平は同時にある人物の事を思い出す。

 

「八雲さんはここの事知ってるから、何か分かるかも」

「でも、ネミッサさんが一度ダンテさんと一緒に来たけど、分からなかったって言ってなかったっけ?」

「あの人というか悪魔、結構アレな所あるからな………」

「つまり、今下で頑張ってる彼を連れてくるしかないって事ね」

 

 啓人と順平がうなだれて唸る中、ノゾミが結論づけてため息をもらす。

 

「あの、今外ってすごい混戦状態って聞いた気が………」

「多少は変化したかもしれない。ここからだと階下も外も分からないけど」

「一度戻りましょ。発生源は叩いたから、下も段々収束するはず」

 

 ノゾミに促され、皆はベースとなっている階下へと戻っていく。

彼らの姿が消えた後、地に落ち、崩れて各所がノイズ掛かっていたエアビジョンに僅かに光が灯り、そこから人影が出てくる。

 

「さて、どうなるかと思ってたけど、まさか倒してくれるとはね~」

 

 軽い口調で言うその人影は、襟元を正すと周囲を見回す。

 

「問題は、ここから上に行く方法が分からないって事か………知ってる人がいるらしいし、こいつで聞いてみるか」

 

 そう言いながら、その人影は懐から何かを取り出す。

 それは、正真正銘の警察手帳だった………

 

 

 

「一体抜けてきた!」

「迎え撃て!」

「コノハナサクヤ!」『アギダイン!』

 

 タルタロスのエントランスで、特別捜査隊のメンバー達が、乱戦の最中を抜けて向かってくる悪魔達相手に必死になって防衛戦を繰り広げる。

 

「今度は上から来てる!」

「ジライヤ!」『ガルダイン!』

 

 りせが乱戦の状況をアナライズしながら仲間達に抜けてくる敵を指摘し、仲間達はペルソナでそれを迎え撃つ。

 

「くそっ、次々来るぞ!」

「ここでこれだと、向こうはどうなってるんだろ?」

 

 陽介が思わず悪態をつくが、千恵が視線の向こう、各勢力入り乱れた大乱戦になっている箇所を見て呟く。

 

「小岩さん達、生きてますよね?」

「なんとか大丈夫みたい………イカサマばかりかと思ったら、素でも強いよ、あの人………ネミッサさんとカチーヤさんも」

 

 雪子が心配そうに乱戦の方を見つめるが、りせのアナライズはその中で平然と戦っている三人を捉えていた。

 

「というか、今あそこにいるのはどの人も桁違い、こっちじゃとても真似出来ない………」

「でしょうね。乱戦でも大丈夫な人材ばかり厳選したそうですから」

 

 他の場所でなんとか合流しつつも、乱戦に参加している者達を確認しながら、直斗も素直に実力差を認めていた。

 

「今のオレらの仕事は、ここを守り切る事っす!」

「その通りクマ!」

 

 やる気満々の完二とクマが構える背後では、撤退してきたロボ娘達が簡易メンテナスを受けている。

 

「もう少ししたら私達も戦闘に参加できます」

「あの大砲、二度と姉さんに撃たせない!」

「こっちのメイド姉妹は一度戻ってメンテした方いいんちゃう?」

「大丈夫です、少し運動能力は落ちますが………」

「分担出来た分、前よりは楽だった」

 

 まだオーバーヒート気味から回復していない五人が口々に戦列復帰を希望するが、状態を正確にアナライズしているリセは渋い顔をしていた。

 

「まだ無理だって………取り敢えず外にいる人達に任せて…」

 

 そこでいきなり、その場に居た全員の通信機器から甲高い電子音が鳴り響いた。

 

「な、何だぁ!?」

「地震速報か!?」

「違う、最緊急シグナルだと!?」

 

 エントランスに詰めてサポートしていた通信班のメンバーがそれが何か気付いて驚愕する。

 

「詳細来たよ! フトミミさんがカグツチの再黒化を予言!? 緊急退避指示!?」

「な、やべえじゃねえか!」

「全員中に引っ込め!」

「まだ外に人が!」

「カグツチに変化有り! このままだと、多分数分以内に黒くなるよ!?」

「ダメだ、間に合わん!」

 

 りせの報告に、通信班は臨時設置された緊急時用シャッターのスイッチを押し込み、タルタロスのエントランスが完全に封鎖される。

 

「待ってください! まだ外に皆さんが!」

「そうだよ、これ開けて!」

「いや、危険です! キュヴィエ症候群発症の可能性がある以上、外には出られません!」

 

 雪子と千恵がシャッターに駆け寄ろうとするのを、直斗が制止する。

 

「けど………」

『こちら八雲。そっちはちゃんと戸締まりしたか?』

 

 さすがに悠も困惑する中、そこに八雲からの通信が入る。

 

「八雲さん!? もう直カグツチが…」

『聞いてる。こっちの連中は自前でどうにか出来るから、そこにいるので生身のは全員上階に避難しろ』

 

 りせが慌てて返信するが、当の八雲の声は落ち着き払っていた。

 

「ほ、本当に大丈夫!?」

『急げ。等身大クリスタルフィギュアになりたくなかったらな』

「退避するぞ!」

「先輩、こっちのメイドはオレが! そっちお願いします!」

「私達は多分大丈夫ですが………」

「いいから!」

 

 通信班がまず機器そのままに退避を促し、完二がメアリとアリサを二人まとめて担ぎ上げ、通信班のメンバー達も手伝って全員が大急ぎで階段を登っていく。

 誰もいなくなったエントランスに残った機器は外の様子を映し出し続け、そこにゆっくりと黒く染まっていくカグツチの姿が映っていた………

 

 

 解放を巡り、争いは大きく激しく蠢く。

 その只中にある糸達のたどり着く先は、果たして………

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。