「これは………」
「そんな、まさか………」
送られてきたばかりの映像に、祐子と風花は絶句する。
前者はそのあまりの異質さに、後者はそれが見覚えの有る故の驚愕だった。
「間違いありません、タルタロスです………」
「貴方達の世界に有ったっていう塔ね、でもそれがなぜここに………」
「分かりません………」
『新たなる不確定要素と判断、危険度AAとします』
二人がいる場所、レッド・スプライト号のブリッジで二人の意見を聞いたアーサーが、出現したタルタロスを危険因子と判断した。
「本来なら、コトワリの確定と守護の出現を持って、カグツチに至る塔が出現するはずなの。けど、今の状況で守護を呼び出せている勢力は無いはず………」
「タルタロスの最上階には、全てを滅ぼすニュクスが現れると言われてるんです。私達はそれを防ぐために最上階を目指していたんですが………」
「全くの逆だな」
「確かに。創世と滅亡、対極もいい所だ」
特別にブリッジ入室が許可されたゲイルとロアルドが、二人の話を総合して全く噛み合わない事に顔をしかめる。
『偵察ミッション中の無人機を向かわせましたが、撃墜を確認。各勢力共に、タルタロスへの偵察中の模様』
「互いに牽制しあって、手を出しあぐねているようだ」
「それはこっちも同じだ。キュヴィエ症候群への対処が必要な今、余計な人員を向かわせてる余裕は無い。冥界からの帰還組は負傷者も多いそうだからな」
「周防署長もレイホゥさんもそっちにかかりきりだからね………私もこの後行かなければいけないのだけど」
「タルタロスの中が私達の知っているタルタロスと同じなのかの疑問も有ります。小岩さんは昔関わったVR空間が繋がっていたと言ってましたし………」
「更なる変貌を遂げている可能性も在り得るという事か」
「もうオレの脳味噌じゃ事態の変化を理解出来ん………どこから片付けていけばいいのやら………」
「そうですね………」
風花とロアルドが肩を落とした所で、アラームが鳴る。
『冥界から帰還部隊が到着しました』
「本当ですか!?」
『負傷者がこちらに搬送されてきます』
「分かりました!」
出迎えのために慌てて出ていく風花を見ながら、ロアルドとゲイルは考え込む。
「どうする、キュヴィエ症候群の問題がある以上、オレ達だけで偵察だけでも行うか?」
「だがセラがいない以上、暴走の可能性も高い。それに内情を知っている者を同行させるべきだが、それが出来るかの問題もある」
『タルタロス周辺で小規模な戦闘が頻発。偵察ミッションは推奨出来ません』
「戦力の立て直しと防衛線の構築を重視すべきだ」
「同意だな。下が混乱している今の内に体勢を立て直すチャンスだろう」
『こちらも同意です。受胎東京への偵察ミッションを一時中断、珠閒瑠市防衛ミッションを最優先。負傷者には医療室にてコンディション回復を提言し、ラボにて不足物資の製造を推奨』
「話が早くて助かる。キュヴィエ症候群の可能性がある以上、一般兵の偵察は危険だが、セラが歌えない以上、喰奴が出るのも難しい」
「まずは拠点防衛が第一だ。守護を呼び出すためのマガツヒを集めるべく、何らかのアクションを起こす可能性もある」
「もしくは、もう………」
「どういう事だ、これは?」
「分からない。上空の街に続けての巨大な特異点と考えるのが妥当だが………」
偵察部隊から送られてきた報告に、氷川と神取は顔をしかめる。
「カグツチの変質、そして異形の塔の出現。どうしてここまで創世が狂っていく?」
「狂っているのは創世だけではないな。全てがおかしくなっている」
「計画に支障はあるか?」
「まだ修正は可能だ。だが、やはり問題はあの塔の中だろう」
「内部に潜入した者達はいるようだが、出てきた者はまだいない。何かが起きているのは確かだ」
「どうにか内部の情報が欲しい所だが………」
「こちらの幹部クラスを向かわせた。直に情報が入ってくるはずだ」
「氷川様! スルト様がお戻りになられました!」
ちょうど見計らったかのように入った報告だったが、報告してきた悪魔が狼狽しているのに二人は同時に気付く。
「何かあったのか?」
「それが…」
「醜態をお許しください………」
「何が有った?」
シジマの中でも有数の実力を持つ北欧神話の炎の剣を持つ巨人、魔王 スルトが氷川に頭を下げる。
その全身はおびただしい傷が残され、尋常でない事が起きたのは容易に想像出来た。
「ご命令通り、あの塔を確保すべくヨスガやムスビを蹴散らし、中へと入ったのです。そこは奇怪な迷宮でしたが、ある程度先に行った所に、人間達の集団がいたのです」
「人間? あの塔に?」
「しかも悪魔使い達の集団です。突破とマガツヒ確保を行おうとしたのですが、その先頭に立った長髪の男、恐ろしく強く………」
「今までいた悪魔使いとは別の集団か?」
「聞いている悪魔使い達とは違うようです。確か、ミカド国のサムライと名乗っていたはず………」
「どうやら、他にも呼ばれた者がいたようだな」
神取が苦笑するが、氷川の表情は固くなる。
「冗談ではない、これ以上創世の狂いは許されない」
「だが、かなりの実力者なのは確かだ」
「スルトを退けるとなると、下手な者では歯が立たんか………」
「珠閒瑠にいる者達に、彼らの存在を知られるのは得策ではないな。いっそ、塔周辺その物を堅め、孤立させるという手もある」
「なるほどな。兵糧攻めという訳か………だが、逆に登る可能性は?」
「それだけの実力者が、補給の体制も無しに進軍はすまい。その間にこちらの計画を進める」
「………いいだろう。皆に伝達、派手に動いて塔を奪い合っているように見せるようにしろ、と」
「分かりました、氷川様」
配下の悪魔達に指示を出した後、氷川はしばし考える。
「状況の打開には、やはり守護を呼ぶ必要があるな」
「召喚に必要なマガツヒは相次ぐ妨害で未だ足りていない」
「冥界に落としたはずの者達が帰還したとの情報もある。やはり計画を急ぐべきか」
「他の勢力も守護を呼び出せる状態にあるかどうかが鍵だろう。ヨスガは何かに失敗してカグツチを変質させたようだが、ムスビはどうなっている?」
「アマラ回廊の奥で何かしているらしいが、マガツヒを大量入手したという情報は無い。何者かが助力しているらしいが」
「どこも相次ぐ異変と妨害でマガツヒを集められないか。だが、これの発動までの時間を稼げれば、こちらが俄然有利になる」
「カグツチへ至る塔が現われた以上、もはや猶予は無い。入念に準備をし、一気に勝負を決める」
ほくそ笑む二人の背後で謎の機械が鳴動し始めていた。
「あれが、創世に至る塔なのか?」
「オレも話に聞いてただけだ。にしても奇妙な物が出てきやがった………」
アマラ回廊の奥、マガツヒの流れからその先に出現したタルタロスを見る40代目ライドウと勇が顔をしかめる。
「周囲は上の連中を除いた、他の勢力が壮絶な争いの真っ最中か」
「こっちは押されてるな。まあ主力がこいつらじゃしょうがないが」
周囲を漂う思念体を見つつ、勇は呟く。
「それと先程、魔王 スルトが塔内から傷だらけで撤退した。アレ程の悪魔を負傷させる程の強者が塔内にいる可能性もある」
「ヨスガ、はこの間やらかしてるし、上の悪魔使いやペルソナ使いも来てる様子も無し、中に何かいやがるのか?」
「もしくは誰か、だ。どの勢力も最近焦り始めている」
「オレらもだがな。マガツヒは集める端から邪魔されるし、訳の分からない物は次々出て来る。他にマガツヒのアテは………」
「案外あるかもしれませんよ」
突然響いてきた声に、二人はそちらへと振り向く。
そこには、どこから現れたのかストレガのタカヤとジンの姿が有った。
「何だお前達………人間か?」
「こういうモンや」
勇の問に、ジンは召喚器を抜いて頭を撃ち、己のペルソナを発動させる。
「ペルソナ使いか、何の用だ」
「いえ、あの塔についての情報を差し上げようかと」
「何?」
「あれはタルタロス言うてな、ワイらの世界にあった物なんや」
「ほう………」
ストレガの説明に、40代目ライドウは関心を持つ。
「で、その情報の見返りは何が欲しいんだ? ムスビに肩入れする理由は?」
「見返り? そんな物はいりませんよ」
「ちゅうか、もうもらってるで」
「どういう意味だ?」
「我々が欲するのは滅亡と混沌。それがそろっているこの世界がこのままでいてほしいのですよ」
「正直、創世とやらには興味も無いで。だからワイらの情報で好きにすりゃいい」
「………そうか、破滅主義者か。だからこの破滅している世界の存続を望む。故にどこかに勢力が傾く事を望まないという事か」
「その通りですよ。まあ他にも色々動いている方々もいるようですが」
40代目ライドウの結論に、タカヤはほくそ笑む。
「それとオマケや。どうやらタルタロスの中に、悪魔使いの集団がおるらしいで」
「悪魔使い? 葛葉か?」
「さあ、そこまでは………だがシジマのスルトを退けたのはその者達らしいのです」
「成る程、そこまでの使い手がいるとなると、塔内に侵入しても事は安々と運ばんな」
「やはり、守護が必要だな」
「ヨスガとシジマはすでに何らかの方法でマガツヒを集める算段をしている模様ですよ?」
「ちっ、出遅れてるな」
「前と同じ手は使えないだろうしな」
「そうとも限らへんで」
「どういう事だ?」
「カグツチの変異は知っているでしょう? あれを利用するのです」
「………なるほどな」
タカヤの提案に、40代目ライドウはある事を思いついていた。
「さて、私達の助言はここまでです」
「あとは互いに勝手にやるいう事で」
「人間を嫌うのなら、ムスビに来ないか? 案外お前達向きかもしれないな」
「絶対孤独の世界、ですか。考えておきましょう」
勇からの誘いに微笑を浮かべながら、ストレガの二人はその場を去っていく。
「………どう思う?」
「言っている事は本当だろう。奴らの本当の目的は不明だが」
「状況を引っ掻き回してるだけかもな。だが、利用しない手はない、というか他にアテもねえし」
「ここの流れも始終変わって次に何が起きるか分からなくなっている。裏がありそうでも、利用するしかないのは確かだ」
「すぐにやれるか?」
「術式の準備が必要だ。恐らくシジマやヨスガも似たような事をしているかもしれんが、そちらも準備にかかるはず」
「早い者勝ち、か。誰が一抜けるかな………」
勇の呟きに応じるように、アマラ回廊を漂う思念体が、彼へと集い始めていた。
「心配かけたな、山岸」
「皆さんよく無事で………」
「まあ、何人か病院送りだけどよ………」
先頭に立つ美鶴を始め、皆が激戦を思わせるボロボロの特別課外活動部の仲間達を、風花は涙目で出迎える。
「あの、一人増えてません? その人は確か………」
「ワンワン!」
乾が順平の隣に立つチドリの姿に気付き、コロマルも同意するように吠える。
「色々あったのよ………色々」
「簡単に言えば蘇ったって奴だな。あ、あっちでシンジに会ったぞ」
「え、荒垣さんに!?」
「私のお父さんにも会ったわ………完全に幽霊だったけど」
「本当にあの世に行ってきたんですね………」
明彦やゆかりの話に、風花は唖然とする。
「会いたくない奴にも会ったがな」
「会いたくない?」
「理事長。敵になってた挙句、サイボーグゾンビになっててアイギスにボコボコにされてぶっ飛ばされてた」
「………何が有ったんです?」
「キュ~ン?」
「悪いけど、後にして。疲れてるから寝たい………」
美鶴と順平の説明に風花と乾、ついでにコロマルが首を傾げるが、ゆかりの言葉に慌てて頷く。
「そ、そうですね。皆さんすごい状態ですし」
「ボク、皆さんの着替え用意してきます」
「あとでいいぞ。さすがに今回は疲れたからな」
タフな明彦ですら疲れを見せる様子に、とんでもない激戦をしてきたらしい事を感じつつ、風花と乾は準備をしようとする。
「オレも寝る、何時にもましてひでえ戦いだったしな………」
「そうしよう、順平」
『待て』
疲れた足取りで業魔殿の部屋へと向かおうとする順平と、その後を付いていくチドリを明彦と美鶴が同時にそれぞれの肩を掴む。
「君はこっちだ。ベッドはまあもう一つくらいなんとかしよう」
「離れるなと言われたけど………」
「それは戦闘時とも聞いたぞ。つうか順平も気付け」
「す、すんません」
「何か、相変わらず変わった人ですよね………本当に同じ人が蘇ってきたんだ………」
「ワンワン!」
チドリのどこかズレた行動に乾は頬を引きつらせ、コロマルも同意するように鳴く。
「そう言えば、新たにペルソナ使いが増えたと聞いたが」
「あ、はい。私達と同じ高校生だそうです。私達から見て数年後の世界から来たらしいですけど」
美鶴の問に風花が答えるが、美鶴は今の状態を確認して頷く。
「身支度を整えてから挨拶に伺うとしよう。これから共に戦っていく事になるだろうからな」
「一応今の状況説明しましたけど、全員首かしげてました………」
「大丈夫だ、オレも理解しきれてない。挨拶ならオレも一緒に行こう」
乾がうなだれる中、明彦も美鶴にならってまず着替えに向かう。
「皆さん帰ってきたのはいいですけど、不破さんと小岩さんは入院、アイギスもラボ送り、今後どうなるんでしょう………」
「セラさんと園村さんもいつ退院出来るか分からないみたいですしね………」
仲間の無事と引き換えのダメージに、乾と風花は深刻な顔でうなだれる。
「あれ~、なに深刻な顔してんの?」
「何かありましたか?」
そこへ、ネミッサとカチーヤが姿を見せる。
「あ、ネミッサさん。小岩さんの様子は?」
「ん~、大丈夫じゃない? 腕一本焦げてあちこち骨折れてるだけだし」
「八雲さん、3日で治してくれとか無茶言ってましたけど………」
「幾らなんでもそれは………」
「ちょうどいいから、共同研究の新型万能細胞の被験体になってもらうってゾイ先生は言ってましたけど」
「ひょっとして、パラサイト・イブ二号ですか? ヴィクトルさんに頼まれてシミュレート手伝いましたけど、まだ安全性の確認が………」
こちらはこちらでそこはかとなく危険な事を聞きつつ、風花の頬が引きつる。
「それじゃ、ネミッサ達はすこし寝るね~」
「八雲さんが治るまでに、こちらも体調を整えておかないと………」
「お疲れ様です………」
あくびをしながらその場を離れるネミッサとカチーヤを見送ると、風花は表情は再度険しくなる。
「予想以上に、帰ってきた皆さんボロボロみたいですね………」
「しばらくはボク達が頑張らないと」
「ワオ~ン!」
「私、ちょっとアイギスの御見舞にいってきます。メアリさんとアリサさんも結構ダメージ負ってるって聞きましたし、何か出来る事があるかも」
「じゃあボクとコロマルはパトロールに」
「ワン!」
それぞれが出来る事を模索しつつ、行動を開始した。
「そうか、セラが………」
「ああ、お陰で喰奴達は不用意に動かせない」
署長室で戻ってくるまでの状況を聞いていたキョウジと、説明していた克哉が険しい顔をする。
「キュヴィエ症候群とやらに対抗できるのは悪魔の力を持った奴だけだったのはこの目で確認してきたからな。だが喰奴が動かせないのは痛い」
「だとしたら平気なのはダンテ氏と英草君、そしてネミッサ君だけか」
「ネミッサは一人で行動させるなって八雲から言われてるし、カチーヤが大丈夫かは確かめる訳にはいかないだろうしな。動かせるのは二人だけってのはな………」
「悪魔が大丈夫なら、仲魔達に任せるってのはどう?」
克哉と契約しているピクシーが名乗りを上げるが、二人の表情は険しいままだった。
「召喚士抜きで仲魔を行動させるのにも限度があるしな。つうか全員マグネタイト枯渇してて補充に少しかかりそうだ」
「ダメージはどこもかなり深刻か………しかも出現したタルタロス周辺は各勢力の大混戦状態らしい」
「いっそこちらの態勢が整うまで、それ続いてくれりゃありがたいんだがな~」
「幸いな事に、カグツチの黒化のタイミングはフトミミ氏が予知出来るらしい。今結界装置の復旧作業を吶喊で行っている最中でもある」
「レイホゥの奴がすげえクマしてたのはそれか………高尾先生あたり、倒れそうだったが大丈夫か?」
「あの二人の指示が無ければ、復旧も難しい。休息は入れるように言ってはあるのだが………」
「一つようやく解決したかと思えば、厄介事が更に増えてやがる………オレも倒れそうだな」
「署員達にも疲労が溜まっている。治安維持に影響が出ないギリギリのラインだ」
うなだれるキョウジに、克哉も思わず愚痴りながらうなだれる。
「しばらくは防御に徹するしかねえな。出るにはあまりに状況がヤバすぎる」
「賛成だ。幸いにレッド・スプライト号の治療システムにはまだ余裕が有るし、負傷者の復帰まで持たせるしかない」
「一応、戦力が多少ばかり増えたらしいしな」
「また学生達らしい、あまり無理はさせられない。協力はしてくれるそうだが………」
「使えりゃ何だっていい。使えればな………」
「君達か、新しく来たペルソナ使いは」
「は、はい」
「色々大変になるだろうが、よろしく頼む」
今後の準備に訪れた小次郎、アレフ、ライドウ、ダンテの四人に、悠は慌てて頭を下げる。
(な、何かすごい威圧感が………)
ペルソナ越しでなくても感じる雰囲気に、悠の頬を思わず汗が流れる。
「先輩、先輩」
「どうしたりせ」
「こ、この人達、とんでもなく強い………この間のペルソナ使いの人達もすごかったけど、下手したらそれ以上。特にそっちの銀髪の赤いコートの人なんて………」
「ほう、そうかアナライズ能力持ちか」
「感知系は貴重だ。山岸ばかりに荷重が掛かっていたからな」
ダンテとライドウが興味深そうにりせを見るが、りせはその只ならぬ力に只々驚愕していた。
「あの、ダンテさんでしたっけ? 貴方、人? 悪魔?」
「オレはオレさ」
「ここじゃもうそんな事は気にしない方がいい」
「犬やロボットまで戦列に加わっている状態だ。戦えれば誰も文句は言わない」
「え~と………」
りせの質問にダンテが超適当に答え、小次郎とアレフの注釈にりせが顔を完全に引きつらせる。
「他にも何人かいると聞いたが」
「あ、男子陣は今武器見繕ってて、女子陣は街の見学に行ってます」
「先輩、先輩、今喋ってたの………」
話しかけられた事に悠が答えるが、りせが引きつりきった顔で悠の袖を引っ張る。
「ふむ、聞こえるという事は力は十分にあるようだ」
「………すいません、カラスが喋ってるように聞こえるんですが」
ライドウの肩にいるゴウトの声に、悠も顔を引きつらせる。
「よく調べるんだな、カラスなのは側だけだ」
「あ、ホントだ………」
「そう言えば、犬のペルソナ使いもいたっけ………」
ダンテの指摘にりせは慌ててペルソナを発動させて精査、ようやく納得するが、悠は自分達の予想を圧倒的に上回る面子に完全に気圧されていた。
「現状は聞いている。戻ってきた者達にも残っていた者達にも被害が出ている以上、戦える人材は幾らでも必要だ」
「足手まといにならないよう頑張ります………」
「そんな事は考えるな、ただ己の出来る事のみに尽力すればいい」
小次郎の言葉にかろうじて頷く悠に、ライドウが忠告を残して四人が去っていく。
「………皆戻ってきたらなんて説明しよう?」
「………え~と」
悠とりせは自分達の役割をなんとなく理解しつつ、仲間への説明を悩む事となった。
「さて、まず何からかしらね」
珠閒瑠警察署(仮)の取調室で、たまきが対面に座るDr.スリルに冷た過ぎる視線を突きつけていた。
「ええい、どこもかしこもデビルサマナーだらけやないか! これなら…」
「これなら、冥界の方がよかった?」
GUMPをDr.スリルの喉元に突きつけつつ、たまきが詰め寄る。
「今まで何人か捕虜は取ったんだけど、全員死んじゃってね。ようやくマトモな情報源が来たから、色々喋ってほしいんだけど」
「誰がデビルサマナーなんぞに…」
「知ってる? この街の下には、人間を食い物にするか、リアルに食う連中がうようよしてるって」
「ぐぬ………」
薄々話は聞いていたDr.スリルは、思わず口ごもる。
「何でもいいから、知ってる事話してくれれば、それなりの待遇はしてあげる。でないと…」
「でないと、何する気や?」
「ウチの上司が新しい体を探してるの。なるべく新鮮で使えそうな死体を」
「………なんで冥界行っとらんのや、そいつ」
「冥界の門に落ちたら帰ってこれないと思ってたんだけどね………下手な悪霊よりも質悪いわよ」
「ちゅうてもな………ワイもほとんど知らんで? 向こうの研究に力貸しとっただけやさかい」
「問題はそこだ」
突然響いてきた声に、二人が驚いて振り返ると、そこにキョウジ(故)が扉も開けずに入ってきた所だった。
「所長、心臓に悪いんでそういうのはやめてほしいって………」
「デビルサマナーが何を寝言言っている。だが、ファントムソサエティは恐るべき組織だが、同時に極めて上下に厳しい組織だ。冥界で何が有って目覚めたのかは知らないが、禁術の類まで使って作戦行動を取るとなると、それを指示した者がいるはずだ」
「つまり、冥界での一連の騒ぎに、黒幕がいると?」
「恐らくな」
キョウジ(故)の出した恐るべき仮説に、たまきは絶句する。
「でも、冥界にまで指示を出せるとなると…」
「かなりどころでない高度な魔神クラス、だろう。ファントムソサエティを組織したのは異界の魔神だという話もある」
「じゃあ、そいつが?」
「今回のまでの一連の件に関わっているかもしれん」
「う~ん………」
あまりに壮大な話に、Dr.スリルも腕組みして唸る。
「そういや、フィネガンとシドがそれっぽい話をしとったような………」
「それ本当!?」
「小耳に挟んだ程度や。そもそも、ライトニング号自体をそいつの依り代にするとか言うとったような………」
「成る程、呼び出そうとした異界の魔神その物が指示した、と考えれば辻褄は合う」
「問題は、そいつがここの件にどこまで噛んでいるか、だけど………」
「それは不明だ。カグツチの変質も偶発か、人為的か、それすら分からない」
「どこも神頼みかい。少しは自分でやってみよと思わんのかいな」
「そればっかりは同意するわね。この仕事やってると、むしろ不信心になりそうだわ………」
「やはり現状では、最大のネックはカグツチだ。アレをどうにかするしかない」
「飛んで行くのは無理らしいし、タルタロスの中はシャドウでいっぱいだし、それ以前に周りは各勢力の大乱戦中ですよ………」
「どこも手を出しあぐねているか。その間に準備を進めるしかない。さしずめ、新しい体からだな」
そこでキョウジ(故)がDr.スリルの方を見る。
「………体は弱そうだが、頭は使えそうだな」
「し、知っとる事は喋ったで!?」
「そういう訳なんで」
「………ちっ」
無いはずの舌で舌打ちしつつ、キョウジ(故)が取調室から消える。
「………アンタもようあんなのの部下やっとるな」
「言わないで。実体が無いから十分じゃないけど、実力と経験は相当な物なの………」
たまきもうつむきながら思わずため息をもらす。
「それで、後知ってる事は?」
「だから、よう知らんて。ファントムの連中も必要以上関わらせんようとしとったし」
「まあ、あの連中ならそうでしょうね。さて、話を変えるけど」
「今度はなんや?」
「メティスって、貴方が造ったんだって?」
「まあな。基礎構成は幾月の奴が設計したんやが」
「今ね、アイギスちゃん含め、要修理状態の子ばかりでね。ヴィクトルさんだけじゃ手が足りないの」
「………協力せいいう事か?」
「そうしたら、それなりの待遇してあげるわ」
「デビルサマナーに協力するなぞ、願い下げにしたい所やけど、この状況じゃしゃあないか………ワイも食われたり石像になったりするんは願い下げや」
「じゃあ、お願いできる?」
「まさか、ヴィクトルと手組む羽目になるとは………」
Dr.スリルはしこたま重いため息をもらし、協力に同意した。
同時刻 タルタロス内部 132階
「一段落したか」
「何とか、ですけれど」
手にした大振りな刀を鞘へと戻しながら、伸ばした長髪を後頭部で結った男性と、切りそろえた短髪の凛とした女性が周囲を確認して一息つく。
『エネミーソナーに反応無し。敵は全滅したわ』
二人に共通した、右手に付けたガントレットに表示された女性の影が、周囲の安全を報告してくる。
「それにしても、本当にここはどこなのかしら?」
「分からない。情報を聞こうにも、喋れもしない相手ではな」
奇妙な様式の塔らしき内部で、二人が先程まで相手していた敵、エネミーソナーに反応する事から悪魔の一種とは思われるが、データライブラリに一切該当しない仮面を被った奇妙な敵に、困惑は深まるばかりだった。
二人の背後にはまるで地下街のような町並みが広がり、手に銃や剣を持った者達が緊張した面持ちで二人の戦闘を見守っていた。
「フリン。やはり、突破を考えるべきではなくて?」
「イザボー、オレも何度か考えた。だが…」
「ただいま戻りました」
長髪の男・フリンと短髪の女・イザボーが悩む中、白の帽子にゴーグルをかけた少女と、頬に緑のタトゥが入った少年がやってくる。
「二人共、どうでした?」
「やはり無理です。ナナシと外を覗いてみましたけど、相変わらず悪魔の大軍同士の戦争中です」
「塔内移動のためのターミナルらしき転移装置は問題なく動くが、塔内の上にも下にも,あの仮面を付けた敵の大軍が待ち構えている」
「そう………」
ゴーグルの少女とタトゥの少年の報告に、聞いていた二人は僅かに顔を曇らせる。
「八方塞がりね。またこの間みたいな大物が来るとも限らないし」
「やはり強行突破して活路を開くべきではないのか!?」
偵察の二人が帰ってきたのを聞いて、街の警備に当たっていたショットガンを持ってカラーサングラスを掛けた女性と、槍を持った白い装束の男が声を上げる。
「それも難しいと思うぜ。そもそもドコに行くってんだよ?」
「だが、商会ごとこの場所に現れたのは幸運かもしれないが、物資がいつまで持つかは不明だ」
さらにそこへジャンパー姿の少年と、黒尽くめの仮面を付けた少女がそれぞれ意見を述べる。
「アテが無いわけではない」
「どういう事、フリン?」
「スルトと戦った時、奴が言っていた。お前達も悪魔使いか、と」
「………あ!?」
その事を思い出したゴーグルの少女が思わず声を上げる。
「つまり、ここ以外にも悪魔使いがいる。恐らく、この建物の外に」
「じゃあ、その人達と連絡が取れれば!」
「だが、どうやってだ? ガントレットもスマホも通信が使えなくなっている。どこにいるかも分からない輩に、どうやって連絡を取る?」
「そっか、外凄い状況だったし………」
「何も外に無理に出なくてもいいんじゃない? たとえば、エントランスから狼煙みたいなの上げてみるとか」
「そっか、ここにいるって分かれば、向こうから接触してくるかも」
サングラスの女性の提案に、ジャンパーの少年が思わず手を叩く。
「商会の備品に何かあるかも! 探してみる!」
「オレも手伝う、発煙筒か何かありゃ…」
「外の悪魔達も寄ってくるかもしれんな。防衛戦の準備をしておこう」
「弾薬の再確認もね」
「この建物はかなりの高層だ。下に常時見張りをおくべきだろう」
「何故かここでは疲弊も激しいですから、短時間での交代制にしましょう」
「ここと最下層にそれぞれ拠点を設置する。敵襲の規模によっては、即座にここへ撤退するように」
矢継ぎ早にあれこれ決められていくのを、フリンが総括して指示を出す。
「信号弾ってのが有ったって! 使えるかどうか分からないけど………」
「誰か調整出来る方はいて?」
「発破なら少し組で習ったけど………」
「他には何かないのか?」
「ある程度時間が続く方がいいわね」
何とか外と連絡を取る方法を模索する者達だったが、そこでタトゥの少年のそばに奇妙な存在が現れる。
「おいナナシ、私も今外を見てきたがとんでもないな………だが、遠目にだが何か機械のような物が飛んでいたのが見えた。こちらに向ってくる前に悪魔達に落とされていたが」
その存在、緑色の寸詰まりの人っぽい形、当人曰く幽霊はタトゥの少年、ナナシにある情報を教える。
「機械? どんなの?」
「細長くて、翼はあるが羽ばたいてもいなかったような………」
「こんな感じ?」
サングラスの女性もその緑の幽霊の話を聞きつつ、その謎の機械をメモ用紙に模写していく。
「ああそうそう、後ろで何か回っていた」
「こうね」
「何を書いてるんですか?」
「こんなのが飛んでたって」
皆が何かと覗き込む中、描かれた絵を見て何人かが首を傾げるが、一人だけ違う反応をした。
「オレこれ知ってる! 確かドローンって偵察機械だ! 阿修羅会のデータに載ってた!」
「何ですって!?」
「つまり、そのドローンとやらを飛ばしている者達がいる、と?」
「悪魔が使ってるんじゃなかったらだけど………確か結構動かすのは難しかったはずだぜ」
「そのドローンというのが飛んできた瞬間、合図を送れば」
「使っている人達に気付いてもらえる」
フリンとイザボーの出した結論に、全員が頷く。
「決まりね、これから交代で外の様子を確認して、何か来たらこれ打ち上げれば」
「あまり顔を出しすぎると、外の悪魔に気づかれる」
「そっか………でも他に手もないし」
「来たら迎え撃てばいい。私はそうする」
「バリケードになりそうな物無い? 簡単に入ってこれないように塞いでおけば」
「あるのかき集めて! ナナシ、運ぶの手伝って!」
商会の中からテーブルやイスをかき集めて運び出される中、タトゥの少年のスマホが操作も無しに光っているのに、気付く者はいなかった。
(どうやら、大分予定が狂ったようだ………だが、この感覚、何かとてつもない物がここの上に存在している。これは、使えそうだ………)
スマホの中でそれは静かにほくそ笑んでいた………
傷付きながらも帰還した糸達に、僅かな休息が訪れる。
だが、新たに現われた糸の伸ばした手の先にあるのは、果たして………