真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART48 WORST IMPROVEMENT

 

 レッド・スプライト号の医務室前に、深刻な顔をした者達がたむろしていた。

 ペルソナ使いや本来立ち入りが制限されているはずの喰奴達が無言で救出された二人の治療が終わるのを待っているのを、他の乗員達は遠巻きに見ているしかなかった。

 やがて扉が開き、出てきたゾイに皆が詰め寄る。

 

「園村の様子は!?」

「セラは大丈夫なのか!」

「一度に聞くな、だが一応両方大丈夫だ。今の所はな」

「よ、よかった~………」

 

 ゾイの言葉に皆は胸を撫で下ろすが、数人はある言葉に引っかかっていた。

 

「今の所は、となると………」

「セラの方は元から虚弱だった所に、今回の負荷で状態悪化の懸念がある。麻希の方も脳神経にダメージが及んでいるかもしれん。ここの施設で出来うる限りの治療は施したが、今後の経過観察は必要だろう」

「Oh………」

「くっそ、あいつら………」

 

 先程と打って変わって落胆する者、怒りを露わにする者と様々だったが、そこで無言だったヒートが身をひるがえす。

 

「ヒート、どこに行く?」

「半端で帰ってきたから、今度こそあいつらを殲滅してくる」

「な、待てよ!」

「止めるなら、お前達も食うぞ」

 

 ゲイルの詰問にとんでもない返答をしたヒートをシエロが止めようとするが、振り返ったヒートの凄まじい形相に、見てしまった全員が凍りつく。

 だがヒートの前にサーフが立ちはだかり、また武器庫に向かおうとするヒートを止める。

 

「どけろ」

「………まだだ。まだ報復の時ではない」

「時も何も知った事じゃねえ!」

「損害を与えられたら、それ以上の損害を向こうに与える。ジャンクヤードの常識だ。だがそのためには戦力を整える必要がある」

「それまで待てってのか?」

「そうだ」

 

 寡黙なサーフにしては珍しく淡々と告げるのを、ヒートは殺気立ったまま相対するが、互いにその場から動こうとしない。

 

「お、おいやべえよこれ………」

「まさか、ここでおっぱじめるなんて事ねえよな?」

 

 マークとブラウンが睨み合う二人をどうするべきか戦々恐々とするが、予想外の所から救援が入った。

 

「そこまでだ。患者の迷惑になるからよそでやってもらおう。それとも、またこれを使うべきか?」

「………ちっ」

 

 ゾイがヒートの首元に前回使用した大型注射器を突きつけ、少しは納得したのかヒートが舌打ち一つして武器庫ではなく乗降ハッチの方へと向かっていく。

 

「さすがだな、ああいうのの扱いには慣れているようだ」

「あいつらに医務室の前で暴れられたら事だからね………」

 

 南条とゆきのが頷く中、他の者達は思わず顔を見合わせる。

 

「問題は、今後セラの歌が使えるかどうかだ」

「言っておくが、しばらくは私が許可しない。これ以上患者の負担を増やせば、取り返しがつかなくなるかもしれん」

 

 誰もが抱いていた懸念をロアルドが漏らすと、即ゾイがドクターストップを宣言する。

 

「一応、セラの歌以外にも飢えを抑える方法はある。それでどうにかしのぐしかない」

「暴れまくる喰奴を数人がかりで押さえ込んだと聞いてるが、確かにそれしかないか………」

「オレ、やれる自信ねえ………」

「大丈夫、オレら何度かやってっから」

 

 皆が唸る中、取り敢えずその場は解散となる。

 

「そういや、園村助けてくれた学生連中は?」

「業魔殿で山岸と天田から状況説明を受けてるそうだ。もっとも、理解出来るかは謎だがな」

「この状況を完全に理解出来る頭脳の持ち主はいないだろう」

「いねえだろうな~。あ、礼まだだったからオレ行ってくる」

「私もご一緒しますわ」

「お、オレもオレも」

 

 マークの問に南条とゲイルが答え、礼を言うためにマークを先頭にエリーやシエロが業魔殿へと向かっていく。

 

「さて、こちらもやらなれけばならない事が多いな」

「ああ、今後の対応も考えなくては」

「冥界に行った連中、そろそろ帰ってこないか?」

 

 南条、ゲイル、ロアルドらが対策を思考しながらその場を去る。

 最後まで残っていたサーフだったが、やがて無言で医務室を後にした。

 

 

 

「え~と、大体これが現状という事です」

「はい、全然理解出来ません」

「でしょうね………」「ワン!」

 

 風花が説明を終えた所で、バカ正直な陽介の返答に一緒に説明していた乾とついでにコロマルも同意せざるを得なかった。

 

「つまり、今ここにはオレ達みたいなペルソナ使いの他に、悪魔使いや喰奴って人達がいて、複数の勢力と戦争みたいな状態になってるって事、だよな?」

「かなり端折ってますが、合ってるでしょう」

「もう何がなんだか………」

 

 悠がなんとか話をまとめ、直斗も頷くが、千枝は頭を抱え込む。

 

「それで、皆して違う世界から来てるってのもすごい話よね」

「なんか、アニメみたい」

「オレ頭痛くなってきたんすけど………」

「確かに、見た事無いような力持ってる人達ばかりクマ」

 

 雪子とりせがむしろ嬉々とする中、完二はテーブルに突っ伏し、クマは考え込む。

 

「この、召喚器でしたか。こちらでもこんな物は使ってませんし」

「多少扱い方は違いますが、他のペルソナ使いの人達と比べて皆さんも私達もそう相違は無いと思います」

「オレはちと使いたくないな………」

「慣れるまでがちょっと大変でした………」

 

 直斗が召喚器をじっと見ながら首を傾げる中、風花が説明するがそれの使い方を聞いた陽介が自分の頭に向ける事を考えて顔をしかめ、乾も思わずうなだれる。

 

「取り敢えず、皆さん共通の目的は元の世界に戻る事。そのためにはこうなった原因を突き止めなくてはいけないんですけど、状況の変化が早くて、手がかりもさっぱりという状態でして………」

「そりゃ、あんなマジ戦争ばっかやってたらな~」

「まだマシですよ、この間はゾンビの大群と戦いましたし」

「………マジ?」

「ワン!」

「マジだそうクマ」

 

 あまりに突拍子の無い話の山盛りに、皆の顔色が変わるが、言ってる方は大真面目だった。

 

「それでそちらが、自称特別捜査隊、でしたっけ」

「ああ、雨の夜にだけ映るマヨナカテレビに映った人達が次々変死する事件を追うために、皆で作った」

 

 悠が端的に自分達、通称特捜隊を説明する。

 

「シャドウと戦ってるのはボクらと一緒ですね」

「でもそっちは世界の存亡かかってんだろ? オレらとえらい違い………」

「殺人犯を追うってのも大変な事ですよ。ましてや、そういう力を持ってるんだとしたら一際ですね」

「でも、さっきの戦い見てたら、こっちのしてた事がみみっちく思えてきた………」

「慣れた方がいいわよ、直に貴方達も巻き込まれるから」

 

 そこにレイホゥが姿を見せる。

 

「直にって………」

「もう巻き込まれてますが」

「なら、これからもっとひどくなるかもね。改めて初めまして。葛葉術者代表のレイ・レイホゥよ」

「あ、自称特別捜査隊のリーダーって事になってる鳴上 悠です」

 

 葛葉の事は聞いていた悠が自らも名乗り、レイホゥに頭を下げる。

 

「まずはお礼を言っておくわね。二人の救出に協力してくれた件、ありがとう」

「いや、何が何だかわからなかったんですけど、取り敢えずやばそうだったんで………」

「オレらも食われそうになったけどな」

「あの、一応話は聞いたんですが、敵対している人達ってあんな人、というか悪魔?ばかりなんでしょうか?」

「あそこまで好戦的なのはヨスガくらいね。他は違う意味でひどいけど」

「アサクサの時は正面戦闘がメインでしたけど、カルマ協会と組んでどう攻めてくるか読めなくなりましたし………」

「一体今どんだけ敵がいるの………?」

「多すぎて把握出来ません………」

 

 雪子の問にレイホゥと風花が答えるが、新たに生じた千枝の問には乾がうなだれながら答え、特捜隊全員の顔色が変わる。

 

「さっき連絡が有ったわ。向こうに行ってた人達、もう直帰ってこれるそうよ」

「本当ですか!?」

「皆さん無事なんですか!?」

「ワンワン!」

「負傷者はいるけど、死人は出なかったらしいわ。あと、何でか少し増えたって聞いたけど」

「増えた?」

 

 レイホゥがもたらした吉報に風花と乾、コロマルは喜色を浮かべるが、予想外の一言に首を傾げる。

 

「さっき言ってた、別の作戦に参加してるって仲間の人達ですね」

「正確には、こちらの作戦中に敵の罠にハマって、軒並み冥界に落とされてね」

「………冥界って、俗に言うあの世では?」

「それが、何人か前に行って帰ってきた人もいるとか………」

 

 直斗がレイホゥと風花の説明に、自分の中の常識が瓦解しそうになるのを感じながらも、なんとか踏み止まる。

 

「そうそう、ウチの上司がちょっと特殊でね。落っこちた時に体ダメにして次の体探してるって言ってたから、注意してね」

「………スイマセン、オレの脳味噌じゃ意味が分かりません」

「クマにも分からないクマ………」

 

 一体どんな人達が帰ってくるんだろうか?とそこはかとなく不安を感じる特捜隊のメンバー達だったが、どの道、他に行く宛も無いのであえて考えない事にする。

 

「お、いたいた」

「皆さんご無事で何よりですわ」

 

 そこへ、エミルン学園OBペルソナ使いやエンブリオンのメンバー達が顔を見せる。

 

「さっきはありがとうな。オレは稲葉 正男。マークって呼ばれてる」

「桐島 英理子。エリーと読んでください。私達もPersona使いですわ」

「エンブリオンのシエロ、セラを助けてくれてあんがと。他のメンバーは忙しくて、オレだけで悪いが」

「いえ、成り行きというかなんというか」

「ま、あんなやばそうな所で見捨てるような事出来ねえし」

 

 簡単な自己紹介をしながら手を差し出してきた相手に苦笑いしながら、特捜隊メンバーは握手する。

 

「しばらくはここでゆっくりしててくれ。無理させちまったみたいだし」

「頼りになるMemberももうじき帰ってきますし」

「やべえ、セラが寝込んでるって聞いたらアルジラ怒るだろうな………」

「本当にどんな人達が戻ってくるんですか?」

「頼りになる人達ではあるみたいっすけど………」

「まあ、会ってからのお楽しみという事で」

 

 更に疑問を深める特捜隊メンバー達だったが、どう説明するか自分達にも分からない風花がお茶を濁した………

 

 

 

 瞑想用に借りているアラヤ神社の社の中で、フトミミは瞑想から目覚める。

 

「む、またか………」

 

 フトミミは見えた予知に表情を曇らせ、社から外へと出た。

 

「フトミミさん、どうかしましたか?」

「どうにも気になる予知が見える。先程はぼんやりとしていたが、今度ははっきりと」

 

 お付きのマネカタに予知への不安を告げるが、不安はますます大きくなる一方だった。

 

「出ていった者達は戻ってきていたな?」

「はい、冥界に行った人達ももうしばらくで帰ってくるとか」

「急がせた方がいい。私は警察署に行ってくる」

「分かりました、連絡します」

 

 早足で境内から出ようとするフトミミだったが、そこでパトロール中だったたまきと出会う。

 

「あれ、フトミミさん。急いでどうかしました?」

「ちょうどいい所に。急いで各リーダー達を集めてほしい」

「! 何か危険な予知が?」

「分からない。だが、今までに無い何かが起きる」

「それは、一体………」

「カグツチが、黒く染まるのだ」

 

 

 

「何だって!?」

「それは本当か!」

 

 警察署に集まった面々の前で、フトミミが見えた予知の事を話すと、ロアルドとゲイルが即座に反応する。

 

「心当たりが?」

「こちらの太陽でも同様の事が起こった。そしてその黒い太陽の光を浴びた者は、一斉にキュヴィエ症候群を発症し、地上は死の街と化した」

「対抗出来るのは、悪魔化ウイルスを宿した喰奴だけだ」

「何ですって………!」

「他に対抗手段は!?」

「カルマ協会には、その黒い太陽の陽光の危険な部分のみを遮断出来る特殊フィルターが有ったようだが………」

「すぐに街を覆う結界を強化するわ! 下にいる人達を全員すぐ帰投させて!」

「市街に緊急通達! 用心して屋内に退避を!」

 

 レイホゥと克哉が即座に動く中、他の者達も険しい顔をしていた。

 

「あの、キュヴィエ症候群って何ですか?」

 

 一応リーダーという事で呼ばれた悠が恐る恐る手を挙げる。

 

「こちらの世界で発見された奇病だ。体が結晶化し、死に至る。当初は進行が遅かったが、太陽が黒化した後の物は、文字通り瞬く間に全身が彫像と化す」

「悪魔化ウイルスは、その対抗手段の一つとして作られた。原因は双方、人体の構成情報の変質に有ったからな」

「け、結晶化? 彫像って………」

「とにかく、すぐに業魔殿に戻って皆に外に出ないように伝えておいた方がいい。ペルソナ使いなら抵抗出来るかもしれないけど、試すのはおすすめしないし」

 

 ロアルドとゲイルの説明に唖然とする悠に、尚也が肩を叩く。

 

「あの、いつもこんな感じなんですか?」

「大体だけどね。どうやら、また状況が変わりそうだ」

「皆になんて説明すれば………」

「警戒だけしておけ。冥界に行った連中が戻ってくるまでの辛抱だ」

 

 何かとんでもない事が起こりそうな事だけ分かった悠に、同席していた達哉が無愛想にアドバイスしながら自らも警戒準備へと向かう。

 

「とんでもない所に来ちゃったかな………」

「皆そう思ってるわよ。お互い、頼れる時は頼りなさい」

 

 思わず呟いた悠だったが、今度はたまきが肩を叩きながら苦笑する。

 

「取り敢えず、業魔殿の倉庫に色々用意してるから、必要なの仲間の分も準備しておいて。何かあっても、防御に徹して他の連中来るまでしのぐように」

「はあ………」

 

 帰りたい、と心底思いつつ、悠は取り敢えず業魔殿の仲間の所に戻る事にした。

 

 

 

「さて、なんとか地獄から這い出してきたはいいが………」

「緊急帰還命令? 何が起きている?」

「分からない、ただ急いで帰還しろ、そして物陰から出るなと………」

 

 冥界からようやく受胎東京へと戻ってきた面々だったが、そこで待っていた機動班の冥界の門監視チームから告げられた緊急帰還命令に首を傾げる。

 

「物陰から出るな? なんだそりゃ?」

「そのうえ、観測班の俺達にも着用可能な者にはデモニカを着用しておけと」

「狙撃でもされるってのか?」

 

 そのやり取りを聞いていたアルジラが、自分のいた世界での事を思い出すが、見上げた空には何の変化もないカグツチがあった。

 

(考え過ぎ?)

「ま、こちらも観測の必要はもう無くなってきたな」

 

 八雲達が戻ってきた冥界の門は、彼らが戻った直後から急激的に縮小を始めていた。

 

「冥界の異常が決着したので、冥界自体が有るべき形に戻ろうとしてるのだろう」

 

 ゴウトがライドウの肩からその様子を眺めながら呟く。

 

「本当に大丈夫? また広がったりしない?」

「この規模のゲートを開くにはかなり複雑な術式が必要なプロセスです。そう何度もできないセオリー」

 

 あかりと凪が冥界の門の縁をじっと見つめるが、肉眼で見ても分かる程、ゆっくりではあるが小さくなっていく。

 

「何、その気になればまた行けるさ」

「それは死んだ時だろ。勘弁してくれ」

「戻ろうと思えば戻れる。体が無いと少し不便だがな」

「それもちょっと………」

 

 ダンテの軽口に修二が呆れた返事を返すが、キョウジ(故)のとんでもない発言にドン引きする。

 

「閉じきる前に多少亡者が出て来る可能性もあるが、どうせここではあまり変わらん」

「そう言われたら言い返せないのがなんとも」

「緊急帰還という事は、それすらどうでもいいという事か?」

 

 キョウジ(故)が更にとんでもない事を言うが、事実なので修二がうなだれるが、ゴウトは別の問題を指摘する。

 

「ま、急いで帰るに越したこたねえだろ。ところでモルヒネあるか? またうずいてきた」

「あんた、何してきたんだ………」

「いま回復させます!」

 

 左腕に巻いた包帯から体液が染み出してきてるのに舌打ちしつつ、八雲が機動班に鎮痛剤を要求した所で、カチーヤが慌てて回復魔法を掛ける。

 

「やっぱ冥界での傷は治りにくいな。不破の奴はゾンビ化してないだろうな?」

「生きてます………」

「バイタルはちゃんと確認出来てる。大丈夫だ。だが要治療者と要修理者、と言うべきか? が多い」

 

 ぐったりしている啓人を仁也がデモニカで念のためチェックして異常が無い事を確認するが、他にも似たような状態の者が何人もいた。

 

「何か、ロボ増えてないか?」

「つうかそのゴスロリ、持ってきたのか………」

「色々あってね」

「こんなに持ち込んだら、ヴィクトルがどんな顔する事だか」

「医務室送り確実の奴も何人かいるしな」

 

 冥界から帰還した者達が口々に言いながら、用意してあったAPCやバスに乗り込もうとした時だった。

 

「ん?」「あれ?」

 

 最初に気付いたのはネミッサとカチーヤだった。

 バスの搭乗口で二人そろって、上空のカグツチを見つめる。

 

「何だろ? 何か………」「何でしょうか?」

「どうした?」

 

 様子のおかしい二人に、八雲も吊られてカグツチを見上げる。

 

「確かに、何かおかしい………」

「何だぁ?」

 

 次にゴウトとダンテも違和感に気付く。

 流石に何事かと他の者達もカグツチを見上げるが、そこには煌天のカグツチが煌々と輝いている。

 異変は、急激だった。

 突然、何か凄まじい悪寒が全員の背を走り、それに応じるようにペルソナ使い達のペルソナが一斉に何かに反応、わずかに遅れて悪魔使い達のCOMPが一斉に警告音を喚き立てる。

 

「何だ!?」

「何事だ!」

「第一級警報だと!?」

 

 誰もが訳が分からない中、気付いたのはチドリだった。

 

「順平! あれ………」

「え、な………」

 

 チドリが指差した先、そこにあるカグツチを見上げ、それに気付く。

 カグツチがゆっくりと、黒ずんでいく事に。

 

「! 皆、日陰に入るんだよ! 早く!」

 

 それを知っていたアルジラが叫び、悪魔化するとその触手で車外にいた者達を強引に車内へと叩き込み始める。

 

「急げ! 何かやばい!」

「あれは、危ない………!」

 

 何かは分からないが、何かが起きると直感した者達は一斉に行動を開始、車内に飛び込み、窓を塞ぐ。

 

「デモニカを緊急遮蔽モード!」

 

 車に乗り込むのが間に合わないと悟ったデモニカ着用者達は、スーツの緊急遮蔽モードを起動。完全に外部から遮断されたデモニカがその場に停止する。

 

「チドリ! 早く!」

「待って…あっ!」

 

 順平がチドリの手を引いて車へと急ぐが、そこでチドリは足をもつらせ、転倒してしまう。

 

「伊織!」

「ダメだ出るな!」

 

 明彦が慌てて向かおうとするのを、アルジラが力づくで制す。

 

「何か分からないけど、ものすごくやばい!」

「凪! 急いで!」

「しかし、これは………!」

 

 仲魔のハイピクシーに急かされるも運悪く車両から離れていたため、間に合わない可能性を悟った凪はとっさに足を止め、その場で足元に五芒星の魔法円を描く。

 

「何して…」

「あかりさんもこちらに! 結界を張ります!」

「そんな事言っても…」

「いいから!」

「ふぎゃ!?」

 

 思わず反論しようとしたあかりだったが、そこでハイピクシーの顔面キックを食らって強引に結界内に叩き込まれる。

 

「何だ、何事だ!?」

「カグツチがおかしいです!」

「お前らも緊急遮蔽モードにしろ! 他の連中は急いで物陰に!」

 

 離れた場所にいた観測班のメンバー達は手伝いのマネカタ達を車の方へと押し出しながら、自分達はデモニカの緊急遮蔽モードを作動。

 押し出されたマネカタ達がこちらに向かってくるが、直後に漆黒に変じたカグツチから、閃光が発せられる。

 

「な、何だこれは!?」

「おい、あれ!」

 

 誰もが訳が分からない中、誰かが叫ぶ。

 

「ん、あ………」

 

 そこには、逃げそこねたマネカタの全身が瞬く間に白く変じていき、数瞬の後に白い彫像と化していた。

 

「な………」

「ウソ………」

「まさか、こいつは!」

「間違いない、キュヴィエ症候群だよ………」

「! 順平達は!?」

 

 予想外の事態に誰もが愕然とするが、そこでゆかりが順平達の方を見る。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 チドリを抱き上げようとする順平の頭上に、彼のペルソナが勝手に発動、傘となって恐ろしい閃光を防いでいた。

 

「おい、あっちも!」

「な、何なに!?」

「これは………」

 

 機動班の一人が指差した先に、凪の結界のその上にあかりのペルソナが覆いかぶさり、完全に閃光を遮っていた。

 

「驚いた………そんな方法もあったなんて………」

「だがあれでは動けない! 対策は!?」

「喰奴じゃなけりゃ、あの黒い陽光の下じゃ動けないんだよ!」

 

 ペルソナの予想外の効果にアルジラが驚くが、美鶴が何とか出来ないかと叫び、アルジラが向かおうとした時だった。

 

「なるほどな。つまり悪魔の力が有れば平気って事か」

 

 黒い陽光の下、ダンテが平然と立っており、そのまま悠々とした足取りで順平達の方へと向かう。

 

「………成る程。って事は」

 

 手を一つ叩いた修二が、恐る恐る小指を陽光の下に出し、何とも無い事を確認すると、おっかなびっくり足を踏み出すが、それでも何ともなかったので、同じく凪達の方へと向かう。

 

「そういやあの二人、両方共一応悪魔に分類されるのか」

「つまりは」

「ふぎゃ!?」

 

 キョウジが納得した所で、八雲が試しにネミッサを車外に蹴り飛ばす。

 

「何すんのよ!」

「やっぱりか」

「あの、八雲さん?」

 

 案の定平然としながら怒鳴ってくるネミッサを見て、八雲が頷くのをカチーヤが少し引きつった顔で見つめる。

 

「他に逃げ遅れた奴は!」

「いないはず!」

「珠閒瑠市に連絡! 向こうはどうなってる!?」

「遮蔽を確認! 移動は可能か!?」

 

 小次郎とアレフ、仁也がそれぞれ確認や指示を出す中、陽光が弱まってくる。

 

「おっと、日焼けの時間は終わりみたいだぜ」

「何なんだよ、さっきのは………」

 

 ダンテと修二がカグツチが先程と逆で、ゆっくりと黒から元の色へと戻っていくのを確認する。

 

「何がどうなってるんだい………」

「ヤバイ事が起きた、ってのだけは確実だな」

 

 アルジラも呆然とする中、恐る恐る外の様子を確認したキョウジが彫像と化したままのマネカタだった物を見て、険しい顔をする。

 

「急いで戻ろう。何かが起きた」

「厄介事片付けたらまた厄介事かよ………」

 

 仁也が帰還命令を出す中、八雲が思わずぼやく。

 

 

 

「何が起きたっ!?」

「あのエセ太陽が急に黒くなって、そしたら光って………」

 

 克哉は署長室で警備体制の見直しをしている最中、突如として起きたペルソナの過剰反応に嫌な予感を感じながら窓から街の様子を見る。

 

「ピクシー、急いで街の様子を見てきてくれ!」

「わかった!」

 

 市街地が騒がしい事に不安を覚えたピクシーが窓から飛び出してく中、克哉の携帯が鳴る。

 

「もしもし!」

『克哉さん! 今の!』

「何が起きた?」

 

 電話口の向こうで、慌てた声のたまきに克哉は問いただす。

 

『か、カグツチが突然黒くなったと思ったら光って、結界の強化はぎりぎり間に合ったけど、外にいたマネカタや作業員達が、一瞬で白い彫像に………!』

「それが、キュヴィエ症候群………」

『私も外にいたけど、仲魔が庇ってくれてなんとか………』

 

 喰奴達から話だけは聞いていた克哉だったが、最悪とも言える状況に愕然とする。

 

『一応カグツチは元に戻ったけど、結界の強化装置に過負荷がかかってバチバチ言ってる! 今レッド・スプライト号から人回してもらうって!』

「急いでくれ! 再度起きたら、この街は………」

 

 そこから先の言葉を、克哉は口にするのをためらった。

 なぜそうなったかは不明だが、喰奴達の世界で起きた太陽の黒化現象と同様の事がカグツチに一時的だが起きた事。

 そして、もしそれが何の防護も無しにこの街に降り注いだらどうなるかは、ロアルドから聞いていた。

 

「何という事だ………」

「周防署長! 先程の閃光で、市街地に混乱が起きています!」

「パトロールの人員を増やし、もし同様の事が起きそうになった場合は速やかに屋内に退避を。いいか、あの光に絶対当たってはいけないという事を厳命させるんだ!」

「分かりました!」

 

 飛び込んできた警官に指示を出すと、克哉は再度窓の外、受胎東京を照らし出すカグツチを睨みつける。

 

「あれをどう対処すればいいんだ………」

 

 あまりに巨大過ぎる問題に、克哉は己の手を強く握り締めた………

 

 

 

「珠閒瑠市は無事だ! 結界が間に合ったらしい。だが、結界外にいた者達に若干被害者が出たようだ………」

「よ、よかった~」

 

 移動の車内で、通信班から届いた報告にゆかりが思わず安堵の声を漏らすが、それは誰もが同じだった。

 

「またあれが起きたらさすがにやばい」

「だが、一体何が起きている? 石化ともまた違うようだが………」

「ここまで無差別で広範囲な呪詛は聞いた事も無い」

「こんなのが普通の世界で起きたら、世界が終わっちまうな」

 

 小次郎、アレフ、ライドウ、ダンテのトップクラスの実力者達も、対処法を思案するが、思い浮かばない。

 

「どうなってんだい………どうしてここでキュヴィエ症候群が………」

「と、取り敢えずペルソナ使いなら大丈夫っぽいけど………」

「これで大丈夫というには問題があるようだがな」

 

 アルジラが呆然としている中、ゆかりはペルソナで影響は防げるらしい事に安堵するが、美鶴は救助した順平とチドリが疲弊している事に不安を覚える。

 

「大丈夫か?」

「な、なんとか………」

「蘇ったばかりでちょっとつらい………」

 

 明彦が心配そうに二人の様子を見るが、冥界での影響を差し引いても、明らかに二人共過剰に疲弊しているのが誰の目にも明らかだった。

 

「私達はそれ程でもありませんが………」

「でも、疲れた………」

 

 一方、結界とペルソナの二重で防いだ凪とあかりは、他の二人程では無いが、それでも疲労の色は濃かった。

 

「結界やペルソナで防ぐ事は出来るけど、消費がかなり激しいみたいね」

「あくまで最後の手段にした方がいいわ」

「こっちもそうだな………」

「開けてくれ………」

 

 状態を確認しながら応急処置の準備を進める咲とヒロコの隣で、アンソニーが完全遮蔽モードのまま、解除できない仲間のデモニカを開放しようと悪戦苦闘していた。

 

「完全遮蔽モードはシュバルツバースですら使わなかった緊急シェルター化のモードだ。それを発動させる程とは………」

「まああんなになって死ぬよりゃマシだろ。生身のオレらだったら一発でおしまいだったがな」

「で、それとネミッサ蹴り出したのは何か関係あるのかな~?」

「あの、それくらいで………」

 

 仁也も思案し、八雲も顔をしかめる中、得物を手にしたネミッサをカチーヤがなんとかなだめていた。

 

「とにかく、悪魔化、もしくは悪魔その物の力を持たない限り、一発でアウトって事はよく分かった。これが戦闘中にでも起きたら、次の瞬間には全滅だな」

「大型悪魔でも作って、腹の中にでも逃げ込むってのは?」

「そのままになると思うぜ。消化されるまで」

 

 キョウジがまとめた所で八雲がとんでもない回避案を出すが、ダンテが苦笑しながら否定する。

 

「どちらにしろ、ここで論議しても結論は出まい。詳細を知っている者達の意見がいる」

「………一番知ってるのは、恐らくジェナ・エンジェルだけどね」

 

 ゴウトが議論を中断させた所で、アルジラが険しい顔をするが、誰もが情報不足は認める所であった。

 

「場合によっちゃ、あそこにカチコミ掛ける事になるかもな」

「マジで?」

 

 不敵にカグツチを見上げるダンテに、修二は引きつった顔をする。

 

「ま、いつかは行く羽目になるんだろうなとは思ってたが………」

「どういう事だ?」

「え~と、創世ってのはコトワリを持って守護とかいう神様呼んで、それでカグツチを開放、だったかな? そんな事を前に祐子先生から聞いたような………」

「成る程、そう言えば守護を呼ぶためにマガツヒを集めているのだったな」

 

 修二の説明にライドウとゴウトが頷く。

 

「だが、あんな状態でそれが上手くいくのか?」

「とても思わん。恐らく今頃どの派閥も慌ててるだろうな………」

 

 小次郎とアレフもカグツチを見上げながら呟く。

 

『お~い、ロボ娘達だが応急処置が限界だ。到着まで全機スリープモードにさせるぞ』

「そこまでか………」

「大丈夫なの?」

 

 別車からの連絡に、美鶴とゆかりが不安な顔をする。

 

『フレームはかなりガタついてるが、中枢部分は大丈夫のようだ。受け入れ準備させておこう』

「お願いします………」

「てめえのも必要だな」

「八雲さんもですよ!」

 

 簡易ベッドに寝かされていた啓人が弱々しい声で頼むのを八雲が横目で見ながら呟くが、それがモルヒネを注射しながらの事にカチーヤが思わず言い返す。

 

「着くまで寝る。つうかしばらく寝かせてくれ」

「ヤク切れるまで起きんな、色々面倒だ」

 

 そう言いながら車内で横になった八雲に一瞥をくれつつ、キョウジは改めて負傷者ばかりの面子を見回す。

 

「正直、すぐに次の行動は取れないな」

「他の勢力も混乱しているはずだ。その間に体制を整えるしかない」

「どちらが先か、だが」

 

 キョウジの呟きにライドウも同意するが、ゴウトの一言が最大の懸念事項だった。

 

「今見てた通り、キュヴィエ症候群は悪魔能力を持たない者にしか発症しない。最悪、すぐにどこかが攻めてくるかもな」

「コトワリを持つ勢力からすれば、せっかくのマガツヒの宝庫を失うかもしれない危機だ」

「だが、マガツヒとは人間の苦悶から生じると聞いている。むしろ、好機とみなすかもしれん」

「だとしたら………」

 

 

 

「一体何が起きた?」

「分からない。言えるのはカグツチが一時的に黒くなり、そこから発せられた光を浴びたマネカタが結晶化したという事だ」

 

 ニヒロ機構の奥、ある準備をしていた氷川と神取は、突然の事態に情報収集を配下の悪魔達にさせていた。

 

「どうやら、結晶化したのはマネカタだけで、悪魔には平気らしい。恐らくこれは、喰奴達の世界に起きたというキュヴィエ症候群だろう」

「成る程、喰奴達が己を悪魔化したのはこれに対する抵抗力のためか。だが、だとしたら上空の珠閒瑠市の者達はどうなった?」

「侵入者用の結界設備があったはずだが………」

「氷川様、上空の街を探りに行っていた者から、上の人間達は無事らしいとの報告が」

 

 配下の悪魔の報告に、氷川は少し考えてから口を開く。

 

「………そうか、フトミミの予言だな」

「この受胎東京の全てを見通す預言者か、それで対処をしていたのか?」

「在り得る。ならば、これも読まれているのかもしれんぞ」

「読んでいても、対処出来なければ問題無い」

「氷川様! 冥界に落としたはずの者達が帰還した模様!」

「ほう、どうやら予想以上にしぶといな」

「だがさすがに無傷ではないだろう。追撃を出すか?」

「いや、こちらの準備に専念したい。ヨスガとムスビは派手にやってダメージが残っている間に、我らシジマが一歩先んじる」

「成る程、一理ある」

 

 そう言いながら、二人の男はほくそ笑む。

 その二人の背後で、奇妙な機械が鳴動を開始した。

 

 

 

「何だ、今のは?」

「分からん。だがただ事ではない」

 

 アマラ回廊を流れるマガツヒの流れが、異常としか言えないレベルにまで乱れ、勇と40代目ライドウは何らかの異変を察する。

 

「どうする? 一度外の様子を調べるか?」

「いや、ここにこれ程の影響が出ているとなると、外は更に大きな影響が出ているかもしれん。しばし様子を見るべきでは」

「くそ、あの女にやられた傷もようやく癒えてきたって時に………」

 

 エンジェルに付けられた傷跡をさすりつつ、勇は悪態をつく。

 

「しかし、本当に何が起きている? ここにまでこれ程の影響が出るのは…」

 

 40代目ライドウもただならぬ事態と推測していた時、更なる異変が起きる。

 

「何だ?」

 

 荒れ狂っていたマガツヒの流れが、突然止んだかと思うと、いきなり一方向へと向い始める。

 

「これは………!」

「今度は何が起きた!」

 

 己達も引きずられそうになる急激的な変化に、勇と40代目ライドウも必死になって堪える。

 

「おおおお………」

「これは………」

「始まるのか………」

 

 アマラ回廊の住人たる思念体達が、その流れに引きずられながら、何かを呟いていく。

 

「始まる、だと? 何が………」

「恐らくは………」

 

 徐々にマガツヒの流れが弱まっていき、勇と40代目ライドウが踏ん張っていた力を抜く。

 そこへ、今度はどこから凄まじい鳴動が響き始める。

 

「次から次へと何なんだ一体!」

「何か、巨大な力を感じる。先程のは、これが出現する前兆か」

「だから一体何がだ!」

「それは………」

 

 

 

「何事だ!」

「地震!?」

「全員無事か!」

 

 帰路を急いでいた面々だったが、突如として起きた鳴動に、乗っていた車両は急ブレーキをかけてその場に停止し、中で引っ掻き回された者達は口々に叫ぶ。

 

「………来た!」

「これは………!」

 

 最初にネミッサが、続けてチドリが何かを感じる。

 そして、それは目に見える形となって現われた。

 

「ちょ、あれ見てあれ!」

「何だぁ!?」

 

 外を見たゆかりが、ある場所を指差す。

 そちらを見た修二は、この受胎東京で見た事もない、巨大な塔がカグツチへと向かって伸びていくのを目撃した。

 

「何、だと?」

「まさか………」

「どうなってんだよ………」

「そんな………事が………」

 

 それを見た美鶴、明彦、順平も絶句し、何事かと体を起こした啓人もが大きく目を見開く。

 

「あれって………」

「見覚えあるの?」

 

 それが見た事のある物だと気付いたカチーヤも唖然とし、ネミッサが首を傾げる。

 

「あれは、タルタロスだ!」

 

 それが自分達が登っていた異形の塔だと確信した美鶴の叫びが、周辺に木霊した………

 

 

 再び寄り合わさろうとする糸達の前に、最大の苦難が立ちはだかる。

 現れし滅亡へと向かいし塔の先に有るのは、果たして………

 


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