真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART43 LATE END

 

 轟音と共に冥界の空に飛んで行く何かに、対峙していた二人の意識が僅かにそれるが、一瞬で両者は再び得物を構え直す。

 

「あっちは決着ついたみてえだな」

「ふん、元からあまり期待はしてなかったが、予想以上に詰まらん最後だ」

「一応聞いとくが、地獄はあっちでいいのか?」

「確かな」

 

 ナイフを構えたままの八雲に、拳を構えるフィネガンが吐き捨てる。

 

「こちらも、そろそろケリを付けるとするか」

「そうしたいのは山々なんだがな………」

 

 フィネガンの挑発とも取れる言葉に、八雲は賛同しつつも、ちらりと横を見る。

 

「満月の女王!」

「アブソリュート・ゼロ!」

 

 強大な月の魔力と周辺を凍てつかせる絶対零度の凍気が、正面からぶつかり合う。

 ナオミの放った魔法とネミッサinカチーヤの魔法の激突は周辺を穿ち、凍結粉砕してから収まる。

 

「ふ、ふふふ………」

「はあ、はあ………」

 

 幾度と無く魔術をぶつけあった双方は、すでに魔力の限界に達していた。

 

「思ったよりも粘るわね、黒き魔女」

「そっちもね、おばさん。ネミッサさん、そろそろ………」

 

 限界に達したのか、膝をついたカチーヤの中からネミッサが飛び出し、慌てて支えてやる。

 

「どうやら、そっちの子は魔力切れのようね」

「…カチーヤちゃん」「大丈夫です」

 

 ほくそ笑むナオミに、ネミッサは心配そうに声をかけるが、カチーヤは即座に立ち上がって構える。

 だが、隠し切れない程にカチーヤの呼吸は乱れ、額には大粒の汗が浮かんでいた。

 

(ヤバい、デカイの連発し過ぎた! 魔力よりも、カチーヤちゃんの体が持たない!)

 

 ネミッサが内部で調整していたとはいえ、生身の人間が扱うには強大過ぎる魔力を連続使用せざるを得ない状態に、カチーヤは限界を迎えつつあった。

 

(まずい! どうしたら………)

 

 ネミッサは焦りながら、ちらりと視線を八雲の方に向けるが、八雲はフィネガンと死闘の真っ最中で、とてもこちらに手助け出来る状況ではなく、周囲のどこも戦闘中で、助けを求められる状態ではなかった。

 

「さて、あっちはフィネガンに譲るとして、こっちはどちらからにしましょうか」

「ふ~ん、こっちはまだ奥の手ってのが残ってるとしたら?」

 

 銃口をこちらに向けるナオミに、ネミッサはカチーヤを庇うように前へと出る。

 

「そんなのがあるなら、すぐに使う事ね。ここの住人になる前に!」

 

 ネミッサの額に狙いをつけ、ナオミはトリガーを引こうとしたが、そこにネミッサが何かを投じてくる。

 直後に投じられたそれ、特性スタングレネードが閃光を発した。

 

「くっ!」

 

 元々対アンデッド用に造られた特性スタングレネードの閃光に照らされ、ナオミは思わず両手で顔を隠す。

 

(聖別済みの閃光弾、これが奥の手?)

 

 下級のアンデッドなら簡単に浄化出来るが、魂を呪縛されているナオミには確かにダメージは与えられるが、致命傷とは到底言えないネミッサの行動に、ナオミは疑問符を浮かべる。

 閃光が晴れ、ようやく視界を取り戻したナオミだったが、そこで驚くべき光景を目にする。

 カチーヤを抱え、一目散に逃げ出しているネミッサの姿に。

 

「………………なるほど、奥の手ね」

 

 ネミッサの狙いが、逃げ出す事に有ったという事に気付いたナオミが、引きつった笑みを浮かべた。

 

「無駄な事を。まとめて吹き飛ばしてあげるわ」

 

 笑みを深く、冷徹な物へと変貌させながら、ナオミは管を掲げ、ありったけの魔力を注ぎこむ。

 

「死になさ…」

「ガオオォォ!」

 

 管を発動させようとした直前、背後から八雲のサポートに徹していたはずのケルベロスが管を奪い取り、ネミッサ達とは真逆の方向に走り出す。

 

「どこまでも無駄な事を。「満月の女王!」」

「RETURN!」

 

 構わずナオミは管を発動させるが、八雲がとっさにケルベロスをGUMPに帰還、管は何も無い所に巨大なクレーターを穿つ。

 

「甘い」

 

 八雲が僅かにGUMPを操作した隙を逃さず、フィネガンのコンビネーションパンチが八雲の右頬、鳩尾、アゴへと連続して叩きこまれ、半ば吹っ飛びながら八雲の体が地面へと倒れ伏す。

 

「がはっ………」

「相変わらず甘さを捨てきれんようだな」

 

 血反吐を吐いた八雲を睥睨しながら、フィネガンはトドメを刺すべく、銃口を八雲へと向けた。

 トリガーが引かれるよりも早く、八雲はフィネガンの顔面に向って何かを吐きつける。

 

(歯?)

 

 とっさに片手で防いだフィネガンだったが、それがやけに軽い手応えしかない事に失望する。

 

「往生際の悪い…」

 

 今度こそトドメを刺そうとした時、突然眩い光がフィネガンを照らし出す。

 

「くっ…」

 

 突然発光したのが先程八雲が吐きつけた折れた歯だとフィネガンが気付く間もなく、その一瞬を逃さず、八雲は跳ね起きてフィネガンの胸に深々とナイフを突き刺していた。

 

「忘れたのか? こっちの奥歯は昔あんたに折られてんだよ。さっきと同じコンビネーションでな」

「そうか、そうだったな………だが、この程度では」

 

 生者なら致命傷だが、すでに死者であるフィネガンはほくそ笑みながら、己の胸に突き刺さっているナイフに手をかける。

 だが、突き刺さったナイフに手をかけた瞬間、ナイフから電撃が走り、フィネガンの体が硬直する。

 

「!?」

「スタンナイフ、死人といえど肉体がある奴には効くみてえだな」

「動きを封じた所で、死者は殺せんぞ」

「そうだな」

 

 硬直状態に陥った二人だったが、それを逃さずフィネガンの仲魔の崩れ落ち弛緩した肉体を持つヒンドゥー教有数の幽鬼 ヴェータラ、中に無数の生け贄を封じた人身御供人形の悪霊 ウィッカーマン、無数の仮面を持って見る者と同じ姿を見せる外道 シャドウが八雲へと襲いかかろうとする。

 

「ちっ…!」

 

 八雲は舌打ちしながらナイフから手を放し、飛び退って攻撃をかわし、そのまま地面を転がって距離を取る。

 

「残念だったな、千載一遇のチャンスを無駄にして」

「いや、そうでもないさ」

 

 動くようになってきた体の具合を確かめたフィネガンだったが、そこで八雲がGUMPを素早く取り出すのに気付いた。

 

「残り少ない仲魔を呼び出すか。だが、遅い!」

「そうでもないさ」

 

 八雲はGUMPを展開、用意しておいたとっておきのソフトを起動させる。

 トドメを刺そうとしたフィネガンが、自分の手から響くエラー音に気付き、動きが止まる。

 

「システムエラーだと? なぜ…貴様!」

 

 そこでフィネガンは自分のメリケンサック型COMPに無線端子が付けられている事に気付いた。

 それが、先程SHOCK状態の隙に付けられたという事にも。

 

「オレの元の本業も忘れちまったようだな、フィネガン」

 

 八雲の指が高速の動きでGUMPのキーボードをタイプ、フィネガンのCOMPの中のプログラムを書き換えていく。

 フィネガンは慌てて無線端子を自分のCOMPから取り外そうとするが、なんらかの細工が施されているのか、全く外れようとしない。その間にも八雲の指はGUMPをタイピングし続ける。

 

「止めろぉ!」

「誰が」

 

 フィネガンが怒声と共に銃口を向けるが、八雲の指がエンターキーを押す方が早かった。

 八雲の顔面目掛けて放たれた銃弾は、他でもないフィネガンの仲魔達が盾になって阻まれる。

 

「まさか、召喚プログラムを!」

「書き換えんのは得意だからな」

 

 八雲が笑みを浮かべると、他でもないフィネガンの仲魔は主だったはずのフィネガンへと襲いかかる。

 

「舐めるなぁ!」

 

 フィネガンは向かってきたヴェータラを一撃で殴り飛ばし、ウィッカーマンを蹴りを叩き込んで動きを止め、シャドウに拳銃を速射して行動不能にする。

 

「デビルサマナーが、己の仲魔に遅れを取るとでも思っていたか!」

「思ってねえよ、特にお前にはな」

 

 襲いかかってきた仲魔達を一蹴したフィネガンだったが、そこで仲魔が急に大人しくなる。

 

「なるほど、やはり完全な主の書き換えは不可能か」

「書き換えはな」

 

 八雲の奥の手も大した事無かった、とフィネガンが思ったその時、その首筋に何かが食らいつく。

 

「な………」

「食い尽くせ」

「ガルルルル!」

 

 フィネガンが己の仲魔と戦っている僅かな隙に、再召喚したケルベロスがフィネガンの背後からその首筋に深々と牙を突き立てる。

 

「この程度で…!」

 

 生者ならば決着となる一撃だったが、死者であるフィネガンは突き刺さった牙に手をかけると、尋常ではない腕力でそれを引き抜こうとする。

 

「グ、グルルルル…」

「獣風情に、やられるとでも」

「思ってねえよ」

 

 ケルベロスに気を取られてる間に、八雲が一気に駆け寄り、フィネガンの顔面と心臓の真上にそれぞれ手を掛ける。

 八雲の袖口から、トラッパーガンの銃口が覗いている事にフィネガンは敗北を悟る。

 

「そんな物を今の今まで隠してたとはな」

「オレはあんたみたいに腕っ節に自信があるわけじゃないからな。いいから今度はちゃんと永眠してくれ」

「そうしよう」

 

 フィネガンが笑みを浮かべた瞬間、ケルベロスが飛び退り、八雲の袖口の銃口からゼロ距離でコロナシェルが発射、フィネガンの脳髄と心臓を吹き飛ばした。

 砕け散ったサングラスが地面にこぼれ落ち、続けて力を失ったフィネガンの体が、今度こそ本当の死体となって崩れ落ちた。

 

「あちいっ! くっそ、だから使いたくなかったんだ!」

 

 八雲は悪態をつきながら余熱の残るトラッパーガンを外して地面へと落とす。

 

「なるほどね、フィネガンが言ってた油断ならないデビルサマナーってのは貴方の事なのね」

 

 背後から響いてきたナオミの声に、八雲はドキリとしながらゆっくりと振り返る。

 

「あんたの首を持って、あの二人の後を追うのも面白そうね」

「そこまで悪趣味だって話は聞いた事ないんだが」

「生前はね」

(………やべ、逃げそこねた)

 

 ナオミのターゲットが自分に移行した事に、八雲は内心冷や汗をダダ流しにする。

 

(仲魔は半分以上やられてる、カチーヤとネミッサが逃げ出したのはいいが、オレがやられたら洒落にならねえよな)

「どうする? 貴方も逃げる? さっきと同じ手は食わないわよ」

 

 こっそりフィネガンの死体からスタンナイフを引き抜き、スタングレネードを用意していた八雲に、ナオミが釘を刺す。

 

「グルルルル………」

「やれるかケルベロス」

「ダイジョウブ、マダカジレル」

(こいつの傷も浅くない、手持ちの得物はほとんど使っちまった、相手は殺る気満々、詰んだか?)

 

 考えれば考える程八方塞がりな状況に、八雲は内心どころでなく冷や汗が出始める。

 

(魂が呪縛されてる以上、術式的に不死身。解呪か封印か術者を倒すか………どれも無理だ。誰かが術者を倒すまで、持たせられるか?)

 

 残った装備を脳内で確認しつつ、八雲は先程の攻撃でバッテリーが半分以上失われたスタンナイフを構える。

 ケルベロスも跳びかかる体勢を取り、ナオミは黒い微笑を浮かべながら管を構えた時だった。

 突然飛来した光球が、ナオミの周囲を飛び交い、管の発動を妨害する。

 

「これは、さっきの…!」

「ネミッサ!」

 

 八雲が声をかけると、光球は八雲の隣に飛来し、ネミッサの姿になった。

 

「カチーヤは?」

「向こうに隠れた。トロいけどなんとか大丈夫」

「そのまま隠しとけ」

 

 ネミッサが告げた言葉に、ある暗号が隠されている事に八雲は気付き、ナオミに気づかれないように返答する。

 

「詰まらない手ね。隠れても周囲一体、吹き飛ばせば済む事よ」

 

 ナオミが拾った管を手に、八雲達へとにじり寄る。

 

「やる事が荒過ぎる、な!」

 

 八雲が片手にスタンナイフを構えたまま、もう片方でソーコムピストルを素早く抜く。

 銃弾程度ではダメージにすらならない体のナオミは僅かに警戒したが、そこで八雲は全く予想外の事をした。

 

「!?」

 

 突然自分の顔面へと向って投げつけられた拳銃に、ナオミの動きが止まる。

 思わず手で跳ね除けようとするが、装弾済みでセーフティーが外されていたソーコムピストルは跳ね除けられたショックで暴発する。

 耳元をかすめた銃弾と至近距離の銃声に、ナオミは片手で耳を抑えこむ。

 

「この…」

 

 悪態が口を出かけた所で、自分の足元にスタングレネードが転がってきた事に、ナオミはもう片方の手で慌てて目を覆う。

 程なく閃光が辺りを覆い、そして晴れる。

 

「次から次…」

 

 最早狙いも付けずに管を発動させようとしたナオミだったが、そこで喉を何かが貫き、言葉が詰まる。

 

「悪いな、まともに戦ったらオレなんかじゃ絶対勝てねえってのは分かってるからな」

「元からまともに戦った事ないじゃん」

 

 閃光に紛れ、ナオミの左右に回った八雲とネミッサが、それぞれナオミの喉と右手をナイフとカドゥケウスで貫いていた。

 

「死人でも、開封の呪文か印が無いと発動出来ない、違うか?」

「………!」

 

 八雲の告げる言葉に、ナオミは何かを叫ぼうとするが、喉を貫いたナイフが邪魔で言葉にはならない。

 代わりに、開いていた左手でナイフの柄を八雲の手ごと掴むと、強引に引き抜き始める。

 

「ちっ…!」

「………な、めな………い……で」

 

 黒ずんだ血を吐き出しながら、ナオミが憤怒の表情で八雲の顔を睨みつける。

 

「やれケルベロス!」

「ゴガアアァァァ!」

 

 地面に伏せて前足で両目を塞いでいたケルベロスが、八雲の号令と同時に業火を吐き出し、八雲の片腕ごとナオミを業火に包む。

 

「八雲!?」

「ちぃ、この!」

 

 業火に包まれながらも、なおも手を離さないナオミに八雲はスタンナイフの残ったバッテリーをフルで放電。

 

「ぐあっ!」

 

 自らも感電しながら、強引にナオミの手を振りほどいた八雲だったが、地面にそのまま尻もちをつく。

 

「効かないと………分からないの………」

 

 業火に包まれながらも、その体が再生していくナオミが、炎越しに八雲を睨みつける。

 

「ああ、効かないだろうな。オレ達の攻撃は」

 

 重度の火傷を追った片手が力なく下がる中、八雲はなぜか笑みを浮かべた。

 

「今だ!」

「OK!」

 

 八雲の号令と同時にネミッサはカドゥケウスをナオミの腕から引き抜くと、ナオミの前の地面へと突き刺す。

 ナオミが突然の事に疑問に思うが、後ろから響いてきた音に振り向くと、そこにカチーヤの空碧双月が突き刺さっている。

 

「テンショウジョウ チショウジョウ ナイゲショウジョウ…」

 

 柏手の音と共に気配を消して近寄っていたカチーヤの詠唱が始まり、体が呪縛された事に、ナオミは驚く。

 

「貴女、隠れたはずじゃ…」

「隠すにトロイ、ハッカー流の隠語さ。クラシックな術使う奴には分からなかったろうが」

 

 八雲の言葉に、ナオミが彼の捨て身の戦い方が、全てこのための時間稼ぎだとようやく悟った。

 

「封印術、これを用意させていたの! だけど!」

 

 前後の槍を楔とした封印が完全発動する前に、ナオミはまだ再生しきっていない体を強引に動かし、抜け出そうとする。

 

「どうしてそこまでするの? 貴女はもう、生の道を終えていると言うのに」

 

 ネミッサが、先程までとは違う憐憫の目でナオミを見る。

 

「眠っていた私の魂は、強引に目覚めさせられ、呪縛され、戦わされている。ならば、せめて生前の恨みを晴らそうとする事の何が悪い!」

「そう、そうよね。ならば、せめて………」

 

 憤怒と憎悪の瞳でナオミはネミッサを睨みつけるが、ネミッサは悲しそうな瞳で頷くと、口を開く。

 その口から、歌が紡がれ始める。

 カチーヤの詠唱とネミッサの歌が合わさり、その場に奏でられていく。

 二人の合唱が響く中、封印から逃れようとしていたナオミの顔が、徐々に穏やかな物になっていく。

 

「これは………そうか、貴女は………」

「そいつはネミッサ、永劫に終焉をもたらす、滅びの歌だ」

「そう………滅びが………」

 

 ナオミの顔から、完全に険が落ちていき、やがてカチーヤとネミッサの合唱も佳境を迎える。

 

「サオシカノ ヤツノオンミミヲ フリタテテキコシメセトモウス! 封!」

 

 最後の祝詞と共に二度柏手が鳴らされ、楔となっていた二本の槍が閃光を発する。

 そして光の晴れた後には、おだやかな顔のまま彫像と化したナオミがその場に佇んでいた。

 

「うまく、行きました………」

「カチーヤちゃん!」

 

 残った力を振り絞ったカチーヤが、術が終わると同時にその場に倒れそうになり、ネミッサが慌てて駆け寄って支えてやる。

 

「は、何とかなった…ぐはっ………」

 

 八雲も安堵した所で、咳き込んだかと思うと血混じりの痰というか痰混じりの血を吐き出す。

 

「ちょ、八雲も!」

「腕一本に骨数本、内臓も少しばかりやったな………あの二人相手に、これだけで済めば上々だ…がふっ」

「わあっ! 宝玉! いやソーマ!」

「そこまでじゃねえよ、多分内臓には刺さってない」

 

 再度吐血した八雲に、ネミッサがカチーヤを肩に担ぎながら駆け寄って残った回復アイテムを引っ掻き回す。

 

「くそ、だがしばらくはまともに動けねえな………他の連中は大丈夫か?」

「いいから、二人共回復!」

「すいません、ネミッサさん………」

 

 回復アイテムを使用しながら、三人は周辺を警戒する。

 

「そろそろ、他もケリが付く所か………」

 

 

 

「なにするんや~!! この天才Dr.スリルを縛り上げよって!」

「クソ、手間取らせやがって………」

「急に動きが悪くなったな」

 

 有時用に借りていたデモニカ用サバイバルツールから取り出した特殊ロープでやけに顔面部分の中央が盛り上がった黒いデモニカの中年男性=造魔を研究していたマッドサイエンティスト・Dr.スリルをふん縛った修二だったが、小次郎は急に弱くなった量産型メティスの残骸を訝しんでいた。

 

「くそ、幾月の奴、しくじりよったな!」

「それってさっきロケットパンチで飛んでったおっさんか?」

「COMPに反応してたから、死人だな。ほっておいていいだろう。お前には聞きたい事が山程ある」

「ひっ!?」

 

 瘴気遮断用デモニカの上からだが、小次郎に白刃を突きつけられ、Dr.スリルが悲鳴を上げる。

 

「瘴気遮断用装甲のデモニカか、面白い物を着てやがんな」

「数あればこっちにも欲しいが」

「誰がやるかい! こいつ一着しかあらへんのや、ワイだけの物や」

「そうか、それならこいつに穴でも空いたら大変な事になりそうだな」

 

 小次郎の手にした白刃が、Dr.スリルのデモニカの表面をなぞるように動き、将門公の力を持つ霊刀が僅かに表面を傷つける。

 

「わ、わても詳しい事は知らんのや! ただ手伝えばデビルサマナーへの復讐になる言われてやっただけや!」

「詳しくなくていい、知ってる事を洗いざらいしゃべってもらう」

「しゃべりたくないなら別にいいぜ。三途の川のほとりに、人喰い趣味の仲間が待機してる。新鮮な手土産になるかもな」

「ひいいい~~!」

「まずは一つだけ聞く。奴らの目的は何だ?」

「こ、これで向こうに攻める準備とか言っとったで………」

「冥界からの侵略かよ、あっちはあっちで大変だぜ?」

「あ、後は神を召喚とかどうとか………機密らしゅうで、ワイにはそこら辺は一切教えへんかった」

「やはりそうか………」

「でもどこからマガツヒ集める気だ? アマラ回廊でもさらう気か?」

 

 Dr.スリルの説明に、小次郎が少し考えこむが、修二はある疑問を口にする。

 

「確かに守護を呼ぶには、マガツヒを贄に捧げる必要が有るはずだ。どうやって集める?」

「マガツヒ? そんなん知らん。けど、この中でイカれてた連中のソウルは回収したとか言うとったで」

「ソウルを回収って………」

「つまり、もう召喚準備は整っている訳か。流石に手馴れてるな」

 

 Dr.スリルのもたらしたファントムソサエティの目的に、修二は唖然とし、小次郎はある種納得していた。

 

「メティスの量産は向こうで召喚の時間を稼ぐための尖兵、非協力的な死者を魂を呪縛してまで使ってるのも同様とすれば、全てのつじつまが合う」

「冗談じゃねえ! こんな連中が何のコトワリで守護呼ぶ気だ! こっち来んな!」

「コトワリ、か………」

 

 小次郎は自分の経験から、ファントムソサエティの正確な目標を探ろうとする。

 

(コトワリ、つまりなんらかのルールを設定し、それに応じた守護と呼ばれる神を召喚し、守護の力でカグツチを開放して世界を創生する、それが受胎トウキョウの仕組みだと聞いた。だが死者にコトワリがあるのか?)

 

 何か違和感を感じた小次郎は、無造作にDr.スリルに再度白刃を向け、勢い余ってデモニカの喉元がちょっぴり斬れる。

 

「わあああ!! なんちゅう事を! 補修! 補修せなワイ死んでまう!」

「安心しろ、すぐには亡者にならん。他に何でもいい、知っている事は?」

「そ、それは………」

「やっぱり喰奴の手土産に」

「召喚プログラムや! 召喚プラグラムの自動化を手伝ったんや! これでホンマに知っとる事全部や!」

「自動化?」

 

 Dr.スリルの懇願混じりの言葉に、小次郎の脳裏にまだ悪魔使いになりたての頃の事が思い出される。

 

「まさか、奴らの狙いは………」

 

 

 

「震天大雷」

 

 ライドウは仲魔であるトールの全魔力を借り、莫大な魔力を帯びた陰陽葛葉が地面へと突き立てられる。

 開放された魔力はドーム上の衝撃波となって周辺を、そしてライドウの前にいたシドを飲み込んでいく。

 

「やったか?」

 

 後方に飛び退って衝撃波の範囲から逃れたゲイリンが、吹き飛ばされてくる土石から顔をかばいつつ、シドの方を凝視する。

 衝撃波が晴れていく中、そこに見えた影にゲイリンはためらいなく片手で銃を抜いて全弾を撃ち込む。

 やがて視界が完全に晴れると、そこには全身が衝撃波で傷つき、頭部と胸部に弾痕は有るが、それでもなおそこに立っているシドの姿が有った。

 

「フフ、さすがにききマ~した。ザンネン、倒せなかったようデスガ」

「ならば、倒せるまで何度でも放つ」

「待てライドウ、何かがおかしい」

 

 追撃をかけようとするライドウを、ゲイリンが制止する。

 

「ユー、シドと言ったか。一体、何と契約した?」

 

 全身が刻まれ、心臓と脳に弾丸を撃ち込まれ、安っぽいゾンビ映画のようになりながらも不敵な笑みを浮かべているシドに、ゲイリンはある確信を持って問う。

 

「お答えデキマせ~ん。聖職者の守秘義務デス」

「聖職者が聞いて呆れる」

 

 ライドウも、シドの死者にしても異常過ぎる耐久力と魔力は、何らかの高位の悪魔との契約による物、と確信していた。

 

「ユーがその悪魔を利用しているのか、それとも逆か」

「どちらでも構わない、こいつらが狙っているのは例え世界が違えど帝都。帝都守護役のライドウが絶対阻止する」

 

 不死身とも思えるシドに、ゲイリンとライドウ、二人の葛葉四天王がなおも戦意を衰えさせず、構える。

 

「ライドウ、サマナー達のソウルを呪縛しているのは奴で間違いないだろう」

「呪殺を得意とする一級の危険人物と聞いている。ならば、こいつを倒せば敵の戦力は半減する」

「フフ、デきますか?」

 

 葛葉四天王二人がかりの猛攻に、満身創痍のはずなのに余裕の表情を見せるシドに、二人は正攻法では埒が明かない事を悟り始めていた。

 

「ライドウ、他では決着が付き始めた。だが、こちらの被害もかなり多いぞ」

 

 上空から様子を見ていたゴウトの言葉に、ライドウの眉が僅かにはねる。

 

「おや、フィネガンサンとナオミサンが倒されるとは………少々甘くミテました」

「甘く見るな、エセ神父。葛葉四天王以外にも、優秀なサマナーや術者が大挙しているのだぞ」

 

 不敵な表情を崩さないシドに、ゴウトが強い口調で言い放つ。

 

「無論、分かってマ~ス」

(………何だ?)

 

 ゴウトのみならず、ライドウもゲイリンも戦闘当初から、シドに感じていた違和感が徐々に大きくなっていく事に不信感を募らせていた。

 

(こやつ、何かがおかしい………)

(味方が倒されていく事を、歯牙にもかけてない?)

(余裕か、それとも………)

「メギドラ!」

 

 疑問はシドの放った魔法攻撃の前に、一時中断し、三者三様に回避して距離を取ろうとするが、即座に距離を詰めたシドの強力な蹴りがゲイリンの腹に突き刺さる。

 

「ゲイリン!」

「ノープロブレムのセオリーだ」

 

 ぎりぎり肘で蹴りを防いだゲイリンだったが、弾き飛ばされた体を支えきれず、一度地面を転がって素早く立ち上がる。

 再度刀を構えようとした所で、手に力が入らず、ゲイリンは即座に両手持ちに変える。

 

(肘をやられたか………痛覚が無いというのは、負傷のレベルが分かりにくいセオリーだ)

 

 ゲイリンは先程の一撃が思った以上にダメージになっているのを確認するが、すぐに思考をシドをどうやって倒すかに切り替えた。

 

「震天大雷に耐えるとは、並々ならぬ存在と契約しているようだ」

「アンデッドとは言わんだろうが、それに極めて近いセオリーだ。ならば、相応の対処をすればいい」

 

 シドの傷がゆっくりと塞がっていく事に、葛葉四天王の二人は慌てもせずに相対する。

 

「ふふ、ゲイリンさん、強がってもソノ右腕は使い物にならないはずデ~ス。ライドウさんも息が上がってキテま~す」

 

 二人が疲弊してきているのを指摘しながら、シドは余裕の笑みを浮かべる。

 

「眠りを許されぬデッドに、存在するセンスは無い。この我のようにな」

「自ら無意味と言いますカ。面白い方ダ」

「その通りだな、ゲイリン」

 

 鋭い目つきでシドを睨みつけるゲイリンにシドは平然としているが、ゴウトもゲイリンの言葉を肯定する。

 

「ナラば、本当に無意味にしてみてくだサ~イ」

 

 シドの傷が治っていく中、ゲイリンとライドウは今までの戦闘から得た情報を脳内で整理していく。

 

(こいつがデッドなのは間違いない)

(そして何人もの死したサマナーの魂を呪縛し、操っている)

(こいつ自身もセルフ呪縛しているのか? いや術者自身にはインポッシブルだ)

(この力は契約による物、しかもかなり高位な者と)

(だとしたら………)

 

 気鋭のサマナーと熟練のサマナー、二人の思考が同じ結論に辿り着いた時、ある事にも同時に気付いた。

 震天大雷の直撃を食らい、全身に負った傷が治っていくシドだったが、一箇所だけ負傷していない箇所がある事に。

 

(胸元のみ、無傷?)

(かばったパターンか? 死者が心臓を? いや位置が高すぎるセオリー………)

(だとしたら他にあるのは…)

 

 二人のサマナーは、互いに視線を合わせると、僅かに頷き、同時に動いた。

 

「フェンリル、ファイア」

「リョウカイ、アギダイン!」

 

 まずはゲイリンの仲魔のフェンリルが、シドへと火炎魔法を放つ。

 

「潰せショウテン」

「ウオオォォ!」

 

 更に反対側から、ライドウの仲魔のショウテンが手にしたメイスをシドへと向けて振り下ろす。

 

「フッ…」

 

 シドは火炎魔法を浴びるに任せ、メイスを僅かに動いてかわすと、体をコマのように旋回させた蹴りをショウテンへと叩きつける。

 物理に強いショウテンだったが、シドは一発のみならず、旋回を続けて連続の蹴りを叩き込み続け、たまらずショウテンは後退る。

 

「その程度の悪魔デハ、私の敵ではありまセン」

「そうでもないセオリーだ」

「ああ」

 

 ゲイリンとライドウは、一連の攻撃でシドの動き、見慣れぬ格闘技の構えだと思っていたが、その実巧妙に胸元、正確には首から吊るされたロザリオをかばっている事に気付いた。

 確信を得た二人の動きは早かった。

 まずはゲイリンが無造作に己の刀をシドへと投げつける。

 

「?」

 

 鋭い投擲だったが、真正面からの攻撃にシドは不審に思いながらも飛んできた刀を避けるが、即座にゲイリンはブルージェット号から隠し持ってきていた予備の拳銃をヒップホルスターから引き抜き、速射。

 

「何を…」

 

 拳銃弾程度では意味の無い事を理解出来ないはずはないゲイリンの攻撃に、シドは違和感を覚える。

 のみならず、ゲイリンは予備拳銃の弾丸が尽きると即座にそれを投げ捨て、今度は一気に距離を詰めると、鋭い蹴りを繰り出してくる。

 

「カポエラ使いに蹴り技ナンテ…」

 

 老いた外見に似合わぬ強力な蹴りだったが、シドはこちらも蹴りでそれを受け止める。

 だがゲイリンの背後から、ライドウが白刃を突き出してくる。

 

「そちらガ本命」

 

 シドは無造作に己の腕に白刃を突き刺させ、そのまま力を込めて筋肉で刃を絡めとる。

 

「ザンネン…」

 

 息のあった二人の攻撃をしのいだと思ったシドだったが、背後から飛来した物に気付くのが一瞬遅れた。

 

「!?」

 

 二人の攻撃の隙を抜い、一瞬でシドの首からロザリオを奪ったゴウトがライドウの肩に止まる。

 

「か、返しなサイ!」

「そんなに大事か、これが」

 

 慌てるシドに、ライドウとゲイリンは狙いが間違っていなかった事を確信した。

 

「悪魔との契約には、幾つかの方法がある」

「己よりハイレベルの悪魔とコントラクトする方法もな。だがそれには、パターンを踏まねばならないセオリーだ」

「代償と、契約書」

「デッドが払えるプライスと言えば、己のソウル以外にないセオリーだ。そして、コントラクトの証が必須のセオリーでもある」

「古い術式だな、何より契約書が破棄されれば、契約は失われる」

 

 ゴウトが咥えているロザリオ、シドが壊されないように守っていたそれこそが契約書である事を、シドの狼狽が証明していた。

 

「終わりだ、エセ神父」

 

 無造作に、ゴウトはロザリオを上へと放り投げ、ライドウが素早く妖銃コルトライトニングを抜いてロザリオを撃ち抜く。

 妖気の込められた弾丸は、ロザリオをいともたやすく打ち砕いた。

 

「ア………」

 

 シドの表情が凍りついたかと思うと、突然その場に崩れ落ちる。

 そしてその体が、手足から徐々に砕け、砂のように形を失っていった。

 

「フ、フフフ………これで負けたワケではアリマセン」

「負け惜しみを…」

「モウ、誰にも止められマセン。貴方方ニモ」

「どういう事だ」

「スグに、分かります。そう、スグに………」

 

 口の端に笑みを浮かべたまま、シドの体の崩壊は進み、とうとうその全てが砂となった。

 

「これで、他のソウルも開放されるセオリーだ」

「だが、まだ何かあるぞ。あの巨大な車に仕掛けがあるのやもしれん。ライドウ、ゲイリン、急げ!」

 

 シドの最後の言葉に、ただならぬ物を感じたゴウトが二人を急かす。

 

(一体奴は、何と契約していた?)

 

 ライドウの疑問に、答えられる者は誰もいなかった。

 

 

 

「撃ちまくれ!」

「くそ、アンデッドがデモニカ着てるのはやっぱ反則だろ!」

 

 ライトニング号内部で行われる銃撃戦は、更に激化の一途を辿っていた。

 狭い通路内に資材で防壁を作り、元から防御性が高いデモニカを多少銃弾を食らっても問題ない死者達がまとう事で、異常なまでの防御力を発揮する。

 ここまで来るまでに重火器をほとんど使い果たしていた仁也率いる機動班員達は、潜行したアイギス達からもらったデータ、ラボの奥にある異常なまでに厳重な警備がされている一角を前に、完全に足を止められていた。

 

「そもそも、あの奥はラボの保管庫のはずだろ!」

「捕らえた悪魔のサンプル並んでたアレだよな………」

「だが、何かおかしい。敵はこれ以上何が何でも進ませたくないようだ」

「それは間違いない。あの奥、幾つもの生命反応と妙な反応がある」

「生命、捕らえた悪魔か、イカれてたジャック隊、もしくは両方って所か」

 

 誰もが疑問に思う中、チドリのペルソナからアナライズ結果に、更に疑問が深まる。

 

「死人がそんな物後生大事に保管してどうすんだよ! ゾンビだから食うのか!?」

「私は食べた事はないし、食べようとも思わない」

「………すまん、あんたもだったな」

 

 アンソニーが思わず悪態を付いた所で、チドリの意外な反論に思わず口を塞ぐが、しばし考えてから大人しく謝罪する。

 

「この状況、打開しなければ」

「この狭さじゃ仲魔も使えない、重火器も無い、向こうの弾切れを待つか!?」

「どう見ても向こうたんまり弾薬あるぞ!」

 

 仁也はトリガーを引きながら状況打開の方法を模索するが、どう見てもこちらが不利なのは間違いなかった。

 だがそこで、突然向こうからの銃撃が中断する。

 

「………静かになったぞ」

「突撃するか?」

「待て、何か様子がおかしい」

 

 バリケードの向こう、ファントムソサエティのアンデッドサマナー達が、何か騒ぎ始めたのは聞こえるが、内容までは分からない。

 

「! おかしい、あちこちで死者の反応が消え始めてる」

「消える? 昇天でもしてんのか?」

「多分、そうかもしれない」

 

 ペルソナで異常を感知したチドリに、機動班員達は顔を見合わせる。

 

「恐らく、術者が倒されたのだろう。魔術というのは執行する術者が倒されれば、効力を失う事が多いと聞いた事がある」

「どこで聞いたんだヒトナリ………」

「父方の先祖がそういう血筋だったらしい。だが、好機だ。突撃準備!」

 

 千載一遇のチャンスと見た仁也が、号令をかけると同時に、一度帰還させた仲魔を再召喚する。

 

「突げ…」

 

 号令を今にもかけんとした時、突然ライトニング号内部に警報が響き渡る。

 

「何だ今更!」

「待て、何かおかしいぞ」

 

 警報のみならず、異常を知らせるシグナルランプも激しく明滅し始めた事に、全員がただならぬ異常を感じ始める。

 

「構わん、突撃…」

『自爆装置が起動しました。全乗員は直ちに本艦から退避してください。自爆装置が起動しました。全乗員は直ちに本艦から退避してください』

 

 構わず、再度突撃の号令を発した仁也だったが、続けるように響いた艦内放送に、全員の動きが止まった。

 

「じじ、自爆装置だと!?」

「あいつらヤケになりやがった!」

「ヒトナリ!」

「突撃中止! すぐに退避だ!」

「くそ、死人と心中なんて冗談じゃねえぞ!」

「こなくそ!」

 

 起動班員達が急いで退避を開始する中、アンソニーがやけくそで最後の切り札として取っておいたライフルグレネードを自分のライフルの銃口に突っ込み、バリケードの方へと向けてぶっ放す。

 噴煙を上げて飛来したライフルグレネードは、運良くバリケードを飛び越え、その奥にあった保管庫の扉へと直撃した。

 

「あ、当たっちまった」

「こんな時に何を…」

「待って、あれ見て」

 

 自分でも予想外の結果にアンソニー自身が驚くが、爆炎が晴れた向こう側にある物をチドリが指差す。

 そこには、彼らがかつて見たサンプル保存用のポッドが中身入りで並んでいる。

 だがその中央、何かの大掛かりな装置のような物が設置され、制御用のコンピューターが何かのプログラムを走らせていた。

 

「あれは、一体………」

『爆発まであと五分です』

「後だヒトナリ!」

 

 ヒトナリが遠目にそれを見て訝しむが、響いてきたカウントダウンに詮索は不可能と判断して撤退を開始する。

 

「何かおかしい………幾ら死人でも、こんな事する?」

『爆発まであと四分です』

「早いぞ! もうちょっと待った!」

 

 チドリも何か違和感を感じていたが、減っていくカウントダウンに逃げ出す事を優先した。

 

「ハヌマーン、彼女を担げ! 時間が無いぞ!」

「了解した!」

「ありがとう」

「急げ急げ! 時間が無いぞ!」

『爆発まであと三分です』

 

 何かおかしい事を感じた者達は他にも何人かいたが、差し迫るカウントダウンにそれ以上探る事も出来ず、なんとか時間までにライトニング号から飛び出す。

 

「全員離れろ! 自爆するぞ!」

「あ、閉まってく」

 

 仁也が周囲に叫びながら更に離れようとするが、チドリの一言に思わず振り返る。

 チドリの言葉通り、自分達が今通ってきた通路に次々と閉鎖シャッターが降りていく事に、仁也は自分の判断が間違っていた事を悟った。

 

「しまった………これはフェイクだ!」

「自爆するのに閉鎖シャッターが降りる訳がない! 完全に騙されちまった!」

「どうする、戻るか!?」

 

 気付くと警報も止まり、誰もが騙された事に気付くが、そこで突然重い駆動音が響き始める。

 

「! 動くぞ!」

「やっぱり離れろ!」

 

 ライトニング号の艦体が鳴動を始め、ゆっくりと巨大なタイヤが動き始める。

 

「くそ、動き始めやがった!」

「どこに行こうとしているの? コレ」

「冥界から向かおうとしてるなら、受胎トウキョウ以外にないだろう」

「これが冥界から出たら、とんでもない事になる!」

「ここでも充分とんでもないんだけど………」

 

 巨体ゆえに初動は遅いが、徐々に加速していくライトニング号に起動班員達は焦りを覚える。

 

(だが、なぜここで? ライトニング号の戦力なら、最初から侵攻すればいいだけのはず………)

「おい、どうなってる!」

 

 仁也は先程見た奇妙な装置、ファントムソサエティの戦力の大半を失ってから動き出したライトニング号に違和感がどんどん大きくなっていく事を感じていたが、そこに八雲が声をかけてくる。

 

「自爆のフェイクをかまされた! 後少しだったってのに!」

「ブリッジはメアリが破壊したはずだ!」

「サブシステムが生きていたのだろう。恐らく自動操縦で動き始めた」

「無駄にハイテクにしやがって!」

「八雲さん、まだ動いたら…」

「カチーヤちゃんも!」

 

 怒鳴るアンソニーに八雲は怒鳴り返すが、冷静な仁也の指摘に更に声を荒げる。

 そこへようやく追いついてきたカチーヤとネミッサだったが、八雲の片腕がひどい火傷を負っている事、カチーヤの顔色が目に見えて悪い事に仁也の表情が曇る。

 

「すぐに手当を…」

「回復魔法で大体塞いでる。包帯あったらくれ」

「そんなレベルじゃねえだろ!」

 

 どこか他人事の八雲に、アンソニーが慌てて救急キットを取り出して応急処置を始める。

 

「内部に妙な装置が有った。何か分かるか?」

「何?」

 

 治療を受けている八雲に、仁也はデモニカに記録された映像を見せる。

 中身入りで並んでいるカプセルと、中央にある奇妙な装置に八雲は首を傾げるが、制御用コンピューターの画面に流れるプログラムに気付く。

 

「ちょっとこの画面拡大出来るか?」

「どこまで出来るかは不明だが………」

 

 仁也が指摘された部分を拡大していく。

 一部見づらいが、画面に表示されているプログラムを見ていた八雲の顔色が変わった。

 

「こいつは、悪魔召喚プログラムだ! 自動起動してやがる!」

「自動起動? 可能なのか?」

「周辺のは生け贄だ! 贄を捧げて発動する術式、執行者がプログラムってだけだ!」

「でも、このカプセルが全部生け贄だとしたら、相当な物を喚び出せるんじゃ………」

 

 記録映像を見たカチーヤも自らの術の知識と兼ね合わせても、かなり大規模な召喚術である事を指摘、状況を理解した全員の顔色が青くなっていく。

 

「となると、やはり目的は向こうでの守護の召喚?」

「コトワリとかいうの無し、しかも機械任せだぜ? どう転ぶかオレにも分からん」

『ちょっと待て!』

 

 通信で一部始終を聞いていた小次郎が、ある最悪の可能性へと辿り着いて叫ぶ。

 

『半端な術式で召喚された悪魔は、術者自身を食らう事がある! もしそれが大規模な召喚術で目的を持たないとすれば、召喚された存在は、目の前に有る者を食らう! 特に強い力を持つ者を!』

「向こうで一番強い力を持つ存在………」

『うおい! まさか………』

『こいつらの狙いは、召喚した存在、恐らくはこいつらがあがめる神に、カグツチごと受胎トウキョウを捧げるつもりだ!』

『ふ、ふざけんじゃねえええ!! 氷川の方がマシじゃねえか!』

 

 小次郎が辿り着いた結論に、修二が思わず絶叫する。

 

『ましてや、向こうにはシバルバーと大勢の市民がいる。ファントムの連中が拝んでるのは何かしらんが、生きのいいエサを放っておくわけはねえわな』

 

 同じく通信を聞いていたキョウジの言葉に、誰もが冷や汗を流し始める。

 絶望への階段へと向かって、ライトニング号は徐々にその速度を増していきつつあった………

 

 

 傷つき、膝を地に付きながらも勝利を得たはずが、更なる絶望が起き上がる。

 傷ついた体に鞭打ち、それを阻まんとする糸達に待つのは、果たして………

 


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