真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART42 OLD NEW FACE(後編)

「何勝手な事言ってんのよ!」

「わりぃ、ちょっと遅れちまった!」

「負傷者は下がらせて!」

 

 ようやく辿り着いたゆかり、順平、そして啓人が、アイギスの左右へと並んだ。

 

「なんや、あんたら? いきなり現れて」

「あんたらって、こっちのセリフだぜ。さっき空飛んできたの、あんただろ」

「彼らは特別課外活動部、私の仲間です」

「この人はラビリスさん。アイギスさんのお姉さんです」

 

 互いの事をアイギスとメアリが紹介するが、武器を幾月に向けたまま疑惑の表情を向ける。

 

「仲間? 人間達のか? アイギスこいつらは本当に大丈夫なんか?」

「ヒッドイ! このお姉さん人間不信なのアイギス!」

「当たり前や! あ、あんたあたしを起動させた研究員の娘やな。親父さんに感謝して自分の幸運にも感謝するんやな。アイギスおらんかったら助けになんぞ来てへんで」

「シスコンかよアンタ」

 

 互いに言い争いになりかけた時に、啓人が負傷していたアイギス達の真正面へと庇う様に立った。

 

「なんであっても、今のオレ達は互いに守るべき仲間だ。ラビリス、貴方も含めて」

「……ありがとうございます啓人さん」

 

 彼の言葉とアイギスの返答に、順平とゆかりは思い直したのか、同じように前へ進み出て啓人の左右に同じようにアイギス達を庇う様に並ぶ。

 

「初対面の相手に随分な信頼するんやな」

 

 それでも不信感を拭い切れないラビリスに、啓人は一瞬だけ振り返り笑みを浮かべる。

 

「貴方はアイギス達を、俺らの仲間を守ろうとした。理由はそれだけで充分です」

 

 それを受けたラビリスは完全に意表を付けかれた表情を特別課外活動部の面々にむけるが、すでにその言葉に従った二人はラビリスに暴言を吐く事をせず幾月とメティスに視線を集中させていた。

 

「あんたら………」

 

(友達に人間の仲間、アイギスあんたはウチが持てなかった物を手に入れる事できたんやな)

「信じようよ、ラビリス。ここにいる仲間達を」

 

 先程の啓人と同じように自分に笑みを向けるアリサに、ラビリスも小さく笑みを浮かべる。

 損傷している己の体に、何時の間にか力が湧いてくるのを感じていた。

 

「与太話は終わったようだね。さてどうなるかな?」

「どうもこうも、あの時私達裏切ってくれた分、お礼参りって奴させてもらうだけ!」

「そうだそうだ! 二度と化けて出れないようにしてやる!」

「………」

 

 増援が来たにも関わらず、慌てる様子もない幾月に、ゆかりと順平は息巻く中、啓人は不信感を覚えていた。

 

(メティスのオリジナルとかいうの、すでにボロボロだ………けど、まだこっちより強いのか?)

 

 片手と武器を失い、目に見えて損傷しているオリジナルメティスに、啓人は警戒しつつ、召喚器をいつでも使えるように構える。

 

「啓人さん」

 

 そこに、アイギスが小声で声を掛けてくる。

 

「確実か不明ですが、彼女を説得出来るかもしれません」

「どうやって?」

「八雲さんから教えてもらった方法があります。しかし、そのためには彼女の動きを止めなくてはいけません」

「………やってみるよ。ゆかり、順平」

「マジ?」「キツいぜそれ………」

 

 小声でその事を二人に伝えた啓人だったが、さすがに二人とも顔を険しくする。

 

「何の相談かな、作戦タイムはそこまでにっしてもらおうか」

「プシュケイ」『ギガンフィスト!』

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 幾月の声を合図にしたのか、オリジナルメティスがペルソナを発動、啓人も己のペルソナで迎え撃つ。

 

「くっ、やっぱこいつ強い………!」

「トリスメギストス」『アギダイン!』

「イシス!」『ガルダイン!』

 

 押されそうになる啓人を、順平とゆかりがそれぞれ火炎魔法と疾風魔法を放って援護、だがオリジナルメティスはそれを避けようともしない。

 放たれた双方の攻撃魔法が直撃、火炎と疾風が吹き荒れるが、オリジナルメティスは平然とその場に立ち続けていた。

 

「直撃だぜ!?」「ウソでしょ!?」

「これも死んだ後から教えてもらった手でね。いささか手間暇がかかるが、魔法耐性を付加させてみたんだ。量産型にまでは無理だったけどね」

「なら、直接攻撃だぜ!」

「このっ!」

 

 順平が両手剣を振り回し、ゆかりが胴体部を直接矢で狙撃する。

 

「オルギア発動」

 

 オリジナルメティスはオルギアモードを発動させ、体を急加速させて飛来した矢を片手で払い落とし、両手剣の斬撃を鍔元へと潜り込む事で間合いを外し、そのまま順平を体当たりで吹き飛ばした。

 

「うわっ!」

「順平!」

 

 体格差とは裏腹に、機械仕掛けの高速体当たりに順平の体がまともに吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。

 思わずゆかりが叫んだ直後、今度はオリジナルメティスはゆかりへと向ってきた。

 

「タナトス!」『メギドラ!』

 

 オリジナルメティスがゆかりに襲いかかる前に、啓人がペルソナで万能魔法を発動、オリジナルメティスは驚異的な速度で魔法の効果範囲から飛び退った。

 

「何て奴………アイギスよりはるかに強くて速い………」

「順平! 生きてる!?」

「い、痛えけどなんとか………」

 

 かなりのダメージなのに、それでもなお驚異的な戦闘力を図るオリジナルメティスに、三人は驚愕する。

 

「待ちぃや………そぞろその子、各部の過負荷が限界突破するで………」

「少しで構いません………動きを止めてください………」

 

 離れた場所で戦闘を見ていたラビリスが、オルギアの使い過ぎを指摘、メアリもそれを認識、八雲から渡されていた物を密かに準備する。

 

「ラビリスさん、これを」

「ん?」

 

 メアリから、接続用ケーブルを差し出されたラビリスが、少し迷ってからそれを受け取り、自分のメンテナンス用コネクタに接続、見るとアリサも同様の事をしていた。

 

「ウチの稼働時間は短いし、いい思い出ないんやけど、いいんか?」

「構いません。貴方は私達を仲間だと認識してくれました」

「それで充分」

(アイギス、こっちの準備は出来たで)

(分かりました、姉さん)

 

 秘匿回線で準備完了を送りつつ、傷ついた機械仕掛けの乙女達は、その時を待った。

 

(アイギス達はこちらを信用して待っている………けど、どうやって動きを止めればいい? 正面からじゃとてもダメ、増援もしばらくは無理だ………)

 

 遠くから聞こえてくる、こちらに向かおうとしている者達と量産型との戦闘音を聞きつつ、啓人は必死になって考える。

 考えをまとめる暇も無く、オリジナルメティスが片腕を振り上げて襲いかかり、啓人は剣でそれをなんとか受け止める。

 

(重い! そう何発も受け止められない!)

 

 一見細身の体から繰り出されたと思えない一撃に、剣を通して啓人の両腕から肩まで衝撃が突き抜ける。

 

(素の戦闘力だけでもアイギス以上だ! 近接戦はまずい!)

 

 繰り出される隻腕の連撃をかろうじてさばき、避けながら啓人はなんとか距離を取ろうとする。

 

「伏せて!」

 

 背後からゆかりの声が聞こえたが、上段から襲ってくるオリジナルメティスの一撃に、それは不可能だと直感。

 

(やられる!?)

 

 何度も攻撃を剣で受け止めたせいで、すでに両手がしびれてその一撃を受け止められないと直感した啓人は、それでもなんとか止めようと剣を頭上にかざした時だった。

 足がもつれ、その場で後ろに転倒、直後にゆかりが放った矢がオリジナルメティスの頭部に命中するが、仮面を弾いただけで終わる。

 それでも相手の注意は引けたらしく、オリジナルメティスは一度下がって距離を取った。

 

「大丈夫か!」

「な、なんとか………」(偶然転んでなかったら、危なかった………)

 

 順平に助け起こされ、全身から冷や汗が吹き出す中、啓人はなんとか立ち上がる。

 

「馬鹿強ぇ………新型後継機っつっても、限度があるだろうが!」

「文句はあと! また来る!」

 

 順平が悪態をつく中、オリジナルメティスの再度の攻撃に備えてゆかりは矢をつがえる。

 

(動きを止める、動きを………ん?)

 

 啓人も召喚器を構えようとした所で、ふとオリジナルメティスの腕から僅かに白煙が上がっている事に気付く。

 よくよく見れば腕だけでなく、足や体からも、僅かに煙が漂い始めていた。

 

(まるでオルギアが切れた時のアイギス………いやもっと酷い? 考えてみれば、あれだけのダメージであんなに動いたら!)

「ゆかり、順平! なるべく派手に攻撃するんだ!」

「けど、あいつに魔法は!」

「何でもいいから!」

「知らねえぞ! トリスメギストス!」『ギガンフィスト!』

「イシス!」『マハガルダイン!』

 

 順平とゆかりのペルソナの攻撃を、オリジナルメティスは逆に前へと出る事で回避する。

 

「タナトス!」『ジーザス・ペイン(神の刻印)!』

 

 啓人がありったけの力を集中させ、タナトスが無数の剣を虚空に具現化させていく。

 

「行けっ!」

「オルギア発動」

 

 無数の剣がオリジナルメティスに襲いかかり、オリジナルメティスがオルギアモードで回避しようとした瞬間、剣は突然起動を変化、地面へと次々突き刺さり、地面を粉砕していく。

 

「何を…」「あっ!」

 

 啓人の意図を測りかねた順平だったが、ゆかりはオルギアモードのパワーで逆に粉砕された地面に足を取られたオリジナルメティスの姿を捉えていた。

 

「今だ!」

「はい!」

『HUCK YOU!』

 

 啓人の号令と同時に、アイギスがメアリから差し出された用意していた物、パイルがセットされた巨大なライフルのような物を動きが止まったオリジナルメティスに突きつけ、その胴体にパイルを打ち込む。

 その奇妙な武器、八雲が前に作り上げた悪魔強制退去プログラム入力用レーザーデバイス《ストームブリンガー》を更にカスタムさせた物から伸びたコードは、それを掲げる四人の人口乙女達に接続されていた。

 

「UPDATE!」

 

 本来なら悪魔退去プログラムを入力するはずが、代わりに別のデータがオリジナルメティスへと入力されていく。

 何かが入力されたオリジナルメティスは、その場で激しく痙攣を始め、突き刺さったパイルを引き抜こうとするが、それすら出来なくなり、その全身から力が抜けて完全に擱坐した。

 

「はて、機能停止する前に自爆するようにプログラムしておいたはずなんだが………何をしたのかな?」

「彼女に、私達自身の人格データを入力しました」

「上手くいくかどうかは分かりません………けど、これで彼女は貴方の人形では無くなりました」

「ほう、そんな手がね~」

「余裕ぶっこいてるのもそこまでだぜオッサン!」

「前にやられた分、きっちり返させてもらうわよ!」

「それはどうかな?」

 

 オリジナルメティスが敗れたにも関わらず、不敵な表情を崩さない幾月に、順平とゆかりは前のお返しをするべく構えるが、幾月は懐から巨大な拳銃を抜き放つ。

 

「げっ!?」「何あれ!」

「すぐに分かるよ」

 

 二人が仰天する中、幾月はトリガーを引いた。

 巨大な拳銃から、銃弾ではなく噴煙を上げる何かが飛来し、慌てて左右に避けた順平とゆかりがいた場所に命中、爆発する。

 

「これは!」「あかん! それ銃やない! マイクロミサイルランチャーや!」

 

 飛来した物が小型のミサイルだった事に気付いたアイギスとラビリスが、同時にその正体に気付く。

 

「さて、やっぱり狙いを付けないとダメか」

「ロックされたらおしまいです!」

「姉さんこっちへ!」

 

 幾月がランチャーの銃口をこちらに向けてきたのに気付いたアリサが、メアリを抱えて逃げようとするが、トリガーが引かれる方が早かった。

 

「迎撃します!」

 

 アイギスが弾幕で迎撃を試み、かろうじて手前で発射された小型ミサイルを撃破する。

 が、その爆炎を突っ切り、二発目がメアリとアリサを狙う。

 

「間に合わへ…」

 

 撃墜不可能とラビリスが判断しかけた時、突然一本の大剣が旋風と共に飛来し、小型ミサイルを凄まじい旋風で巻き上げ、上空で爆発させる。

 

「何や今の………」

「どうやら、いい所だったみてえだな」

「全く、ずいぶんと混んでたがな」

 

 ラビリスが唖然とする中、弧を描いて戻ってきた大剣・リベリオンを受け取ったダンテが呟き、隣のキョウジも応じるようにぼやく。

 

「あんたの人形は、全部片付いたみたいだぜ。ピグマリオンコンプレックス(人形フェチ)の旦那」

「ゴスロリロボに自爆攻撃たぁ、悪趣味が過ぎるんじゃねえか? トラウマになったらどうしてくれるよ?」

 

 両者とも押し寄せる量産型メティスの攻撃をどう振り切ったのか、全身ボロボロだったが、戦意は全く衰えていない。

 

「すまない、遅れた!」

「何ださっきの爆発は!」

「オレの分は残ってんだろうな?」

 

 さらにそこへ美鶴、明彦、真次郎が駆けつける。

 こちらもひどくボロボロだったが、むしろ幾月にすさまじいまでの殺気を向けている。

 

「悪いですが、手加減は出来ませんよ」

「する必要は無い。ここまでやった分の責任は取ってもらう」

 

 啓人と美鶴が先頭になり、特別課外活動部のペルソナ使い達が幾月を取り囲む。

 

「悪趣味が過ぎるぜ、ミスター」

「全くだ。悪いが同情の余地はねえな」

 

 ダンテとキョウジが、逃げ場を塞ぐように左右へと別れて得物を構える。

 そんな状況でもなお、幾月は妙な余裕を漂わせていた。

 

「おいおっさん、状況分かってんのか?」

「もう死んでるから、おかしくなってんじゃない?」

「それは、そうかもしれないね。けど、こういう事くらいは出来るよ」

 

 順平とゆかりがいぶかしむ中、幾月はいきなりランチャーを上へと向けると、残ったミサイルを全て上空へと発射させる。

 

「何!?」

「危ない! 避けい!」

 

 明彦のみならず、誰もが思わず上を見ようとするが、そこにラビリスの声が響き渡る。

 上空へと発射された複数の小型ミサイルは、突如として反転、こちらへと向ってきた。

 

「おわああぁ!」

「アルテミシア!」『マハブフーラ!』

「避けろ!」

「くそったれ!」

 

 自分達へと向かってくる小型ミサイルに、ある者は悲鳴を上げ、ある者は迎撃を試み、ある者は回避に専念する。

 

「さあて…!?」

「てぃやっ!」

 

 そんな中、逆に幾月へと一気に近寄る事で回避した啓人が、意を決して白刃を幾月へと振り下ろす。

 肩口への直撃する斬撃に、啓人自身も決着を予感した。

 だがその斬撃は、予想外の硬い手応えに阻まれ、更に乾いた音と共に止まる。

 

「あれ………?」

 

 思わず間抜けな声を出した啓人だったが、何も持ってないはずの幾月の左手から煙のような物が上がっている事、そして自分の腹から血が滲んでいる事に気付き、ゆっくりとその場に倒れ伏す。

 

「啓人!」「不破!」「啓人さん!」

 

 小型ミサイルを何とか回避した仲間達が、口々に啓人を呼ぶ。

 だが返事は無く、啓人が倒れ伏した地面に赤い染みが広がりつつあった。

 

「てめえ………!」

 

 予想外の事にダンテが幾月を睨みつけながら、リベリオンを一気に横薙ぎする。

 その一撃を幾月は今まで見せなかった高速の動きで後ろへと下がってかわすが、余波だけで幾月の衣服が引き千切れる。

 その下から現れた金属の光沢に、誰もが絶句するしかなかった。

 

「さ、サイボーグ!?」

「幾月………貴様そこまで落ちたか!」

 

 幾月の正体に順平が思わず唖然とし、美鶴は激高した。

 今まで誰も気付いてなかったが、幾月の体が改造されている事、そして啓人に放たれたのが手にしこまれた銃だと気付いた仲間達が慌てて啓人へと駆け寄る。

 

「しっかりしろ不破!」

「ゆかり回復を!」

「は、はい!」

 

 仲間達が啓人の救援を行う中、幾月は顔に更なる笑みを浮かべる。

 

「死んでるって事は意外といい事だよ、何せ、何をしてもこれ以上死なないんだからね」

「サイボーグゾンビか、さすがに初めて見たな」

「いいサンプルがたまたま見つかったんでね。参考にさせてもらったんだよ」

「とことん悪趣味だな、あんた!」

 

 自慢気に鋼の体を見せつける幾月に、さすがに顔をしかめつつ、キョウジとダンテが左右から同時に襲いかかろうとする。

 だが幾月は避けようともせず、右手を啓人とその周辺にいるペルソナ使い達へと向け、突然手首が外れたかと思うとそこからグレネード弾が発射された。

 

「な…」

「ちいっ!」

 

 予想外の事にキョウジの手が止まり、ダンテは斬撃をそのままに剣の投射へと変更、グレネード弾をかろうじて弾くが、爆風が一部ペルソナ使い達へと振りかかる。

 

「くあっ!?」

「熱い!」

「大丈夫か!?」

 

 弾道が逸れた事とペルソナの加護で致命傷に遠いが、それでもダメージを受けたペルソナ使い達はその場に膝をつき、互いのダメージを確認する。

 

「そうだ、不破!」

「啓人さん! 啓人さん!」

「だい……丈夫………」

 

 思わず抱きしめるように啓人をかばったアイギスだったが、呟きとは裏腹に啓人の顔からは血の気が引いていた。

 

「正直、不破君が最初に引っかかってくれて助かったよ。彼のペルソナ能力はいささか厄介だったからね」

「てめえ!」

「幾月、貴様………!」

 

 そう言いながら哄笑する幾月に、その場にいる誰もが激高する。

 皆が最早多少のダメージ覚悟で、幾月に一斉攻撃をかけようかとした時だった。

 鈍い音が響き渡る。

 まるでヒューズでも飛んだような音に、僅かに皆の動きが止まり、そして思わず音源を探す。

 

「あ、アイギス?」「おい、煙出てんぞ………」

 

 その音源、アイギスの両耳部分にある冷却ファンから白煙が立ち上っていたが、それはすぐに消える。

 そっと啓人を地面へと降ろしたアイギスがゆっくりと幾月の方へと振り向く。

 その顔はまるで本当の人形のように無表情だった。

 ただ人形と違う点が一つだけあった。

 顔は完全に無表情にも関わらず、アイギスから凄まじいまでの殺気が放たれている事に。

 

「ペイシェンス・ヒューズの断線を確認。戦闘モードを自動変更、全リミッターを解除、専用武装使用を判断」

 

 淡々とまるで機会音声のように告げながら、アイギスが幾月へと対峙する。

 それを聞いていたアリサの顔色が青くなっていった。

 

「待ってアイギス! そのモードだけは発動させちゃダメ!! それはジョークのつもりで組んだモードだから!」

「!? オルギア以外にも何かあるのか?」

 

 いつもと全く様子の違うアイギスと、アリサの言葉に美鶴は疑問を感じるが、アリサはあからさまに焦っていた。

 

「それだけは、JOJOモードだけは!」

 

 必死に制止するアリサの言葉も聞こえていないのか、アイギスは幾月の前へと立つと、突然その右手がパージされる。

 

「JOJOモード起動、右腕をマシンガンアームからリボルビングナックルへとチェンジ」

 

 アイギスのメイド服のスカートが翻り、そこからリボルバー拳銃のようなシリンダーの付いた、文字通りの鉄拳が飛び出してパージされたアイギスの右手へとセットされる。

 

「はは、近接戦闘かな? だがアイギス、この体には下手な魔法攻撃も物理攻撃も効か…」

 

 幾月の言葉を最後まで聞かず、アイギスの姿が掻き消える。

 

「え…」

 

 自分の体のダメージすら度外視した、オルギアモード以上の高速で幾月の目前に瞬時で迫ったアイギスは、鉄拳を幾月へと向ける。

 

「ファイア」

 

 短い言葉と共に、シリンダーにハンマーが落とされ、内蔵された薬莢が着火、爆風が弾丸の代わりに拳を打ち出し、幾月の胴体に叩き込まれる。

 立て続けに六発、銃声のような音が響き、それと同じだけの拳が幾月へと叩き込まれた。

 

「がっ………だが、この程度」

 

 死人故に痛みは感じないが、ダメージの感触はある幾月が鉄拳をかざすアイギスを見て笑みを浮かべる。

 

「そのモードはオルギアよりも負荷がかかってないかな? 君こそ自分で自分を破壊してるじゃないか」

「これは、私の意思です。貴方は、私を生まれて初めて怒らせました。リボルビングシリンダーからガトリングシリンダーにチェンジ、保有全弾装填」

「へ?」

 

 嘲笑する幾月に、アイギスが無表情のまま返答しつつ右腕からシリンダーが排出され、代わりにスカートから長い弾帯付きのシリンダーがセットされた。

 

「ま…」

「フルファイア」

 

 相手に言葉も継がせず、雷鳴のような連射の音が周辺に轟き、それと同じ数の鉄拳が幾月へと叩き込まれていく。

 一発一発は威力こそ弱いが、マシンガンのフルオート並みの鉄拳が、最早急所も何も関係なく、幾月の体全てへと次々と叩きこまれていく。

 

「あ、アイギス?」

「おい、それはさすがに…」

「ォォォォォ………」

 

 すさまじいまでの拳の連射に、仲間達も思わず声を掛けようとした時、それが響いてきた。

 

「オオオオォォォラアアァァァ、オラオララオラオラオラオラ!!」

 

 それは、仲間も、当人自身ですら初めて聞く、アイギスの咆哮だった。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

 姉妹を、友達を、仲間を、そして何よりも大切な人を傷付けられ、あざ笑われたアイギスは、今、生まれて初めて、切れていた。

 

「な、何やあのモード!? ウチが寝てる間にどないな仕様変更があったん!?」

「モーションシミュレーションの一つとして組まれた目標再起不能用完全撲滅プログラム、通称JOJOモードです」

「シミュレートだけで、起動するはずなかったんだけど………」

「アイギスさん自身が、必要と判断したのでしょう」

「………ウチも後で入れといた方いいんやろか」

 

 豹変と言ってもいい状態のアイギスにラビリスが驚愕するが、メアリとアリサがなるべく淡々と状況を説明する。

 その間もなお、銃声と咆哮と共に、拳は叩きこまれていた。

 

「な……にお…」

 

 幾月は必死に左手の仕込み銃をアイギスに向けようとするが、その銃口に撃ち込まれた打撃があらぬ角度へと銃口を変形させ、続いて幾月が右手のグレネードを発射させようとするが外した筈の右手首を拳によって無理やり戻され、さらに連続で撃ち込まれる拳で砲口に右手首が無理やり押し込まれ完全に塞がれる。

 

「この、不良品が!!」

 

 さらにまだ見せてなかった眼球に仕込んだレーザーを準備しようとするが、顔面へと降り注ぐ拳が頭を次々とあらぬ方向へと踊らせて、狙いが定まらぬ内にエラーを起こし発射不能となる。

 

「ひ………やめ……」

 

 なおも銃声と共に拳は叩きこまれ続け、肉と金属を叩き続ける鈍い音に混じり、かすかに幾月の悲鳴のような物が聞こえた気がしたが、構わずアイギスは鉄拳を叩き込み続ける。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオオオオオオラララララララララァァァァァ!!!!」

「ふ、やれば出来るじゃねえか」

「まあ、切れたくもなるだろうが………」

 

 一片の容赦無く、幾月に鉄拳を叩き込み続けるアイギスに、ダンテは笑い、キョウジは呆れ果てる。

 

「オラオララオラオラオオォォォォラアアァァァ!!」

 

 一際大きな咆哮と共に、最後の一発が叩き込まれ、連射のし過ぎで赤熱化した右手がパージされ、地面に落ちて焦げた匂いを漂わせる。

 

「ひょんな………ほんなの………知らな………」

 

 殴られ過ぎ、もうサイボーグどころかスクラップと原型を留めない肉の塊のオブジェと化しつつあった幾月だったが、続けてアイギスの左手もパージされた事に動きが完全に凍りつく。

 

ガデスブレス(女神の吐息)、セット」

 

 再度アイギスのスカートが翻り、そこからアイギスの身の丈よりも巨大な鉄拳が飛び出して左手へとセットされた。

 

「い、今どこから出したん!?」

 

 もっともな疑問を思わず叫んだラビリスだったが、その答えを知っていそうなメアリとアリサは同時に左右の方向へと顔を背ける。

 

「脚部アンカー固定、ペルソナ発動による姿勢制御体勢、ガデスブレス点火」

 

 アイギスの両足から固定用のアンカーが地面へと撃ち込まれ、更にペルソナがその背を支えるように発動すると、巨大な鉄拳、ガデスブレスの後部にセットされているロケットエンジンに火が灯り、轟音が響く。

 

「出力上昇、40、45、50…」

 

 言葉通り、ロケットエンジンの出力が上がると同時に噴煙が勢い良く吐き出され、周囲に吹き荒ぶ。

 

「アイギスの後方から退避!」

「ロケットパンチにしてもデカすぎんじゃねえ!?」

「アイギス本気!?」

「なかなかイカすな、それ」

 

 炎と熱風、それらに煽られた砂石が舞い散り、全員が慌てて回避する。

 アイギス自身吹き飛ばされそうになるのを、アンカーとペルソナで強引に抑えこみ、更にロケットエンジンの出力が上がっていく。

 

「に、にんひょうふぜいが…」

「人形? こんなロックな人形がいるわけないだろ、ミスター?」

 

 幾月が思わず呟いた言葉を、飛び交う砂石も構わず見ていたダンテが笑って返す。

 

「80、85、90、95…」

「ひ、あ………」

 

 目に涙を溜め、幾月がボロボロの体のまま後ずさり、逃げようとするがすでにそれは遅かった。

 

「最大出力確認、私全て(全戦力)、差し上げます!」

「や…」

女神の口づけ(キス オブ ジ ガデス)!!」

 

 凄まじい噴煙と共に、巨大な鉄拳は発射され、逃げようとした幾月へ命中、そのままの状態で巨大な鉄拳は幾月を捉えたまま弧を描いて加速しながら上昇していく。

 

「いああああぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 轟音にか細い幾月の悲鳴が混じりながら、巨大な鉄拳は加速し続け、やがて幾月諸共冥界の空の向こうへと消える。

 

 幾月修司・改(故) 乙女の鉄拳制裁により、再起不能(リタイヤ)

 

「ありゃ完全に再起不能だな」

「これ以上化けて出る気もないだろ、地獄はあっちでいいのか分からんが」

 

 幾月が完全に見えなくなった事を確認したダンテとキョウジは、完全に脅威は無くなったと判断して向き直る。

 そこでは、全身から白煙を上げながら、アイギスが擱坐する所だった。

 

「やばいぜこれは………!」

「誰か冷やせ! オレの仲魔じゃ強力過ぎる!」

「アルテミシア!」『ブフーラ!』

「そっちはどうなった!」

「い、今全力で回復してる!」

「まず傷を塞げ! 血を止めてから回復させろ!」

「ダメだ、出血が止まらない!」

「ちっ、こいつは………」

 

 ゆかりが回復魔法をかけながら、明彦が持参した医療品で応急処置を試みていたが、啓人の様態は悪化する一方だった。

 ダンテの目には、啓人の弾痕に宿る瘴気が見えていた。

 

「あの野郎、魔弾なんて込めてやがったのか…どけ!」

「何を…」

「呪詛だ、まずこいつを消さないとやべえぞ」

 

 そう言いながら、ダンテはいきなりアグニの剣を抜き放ち、啓人の傷口へと当てる。

 

「ちょっ…」

「死ぬなよ」

 

 言うや否や、アグニから小さな炎がほとばしり、啓人の体が大きく跳ね上がる。

 

「何してんの!」

「呪詛を焼き払った! すぐに治せ!」

「使え!」

 

 突然の事にペルソナ使い達が驚く中、ダンテは回復を命じ、キョウジがとっておきのソーマを投げ渡す。

 

「イシス!」『ディアラハン!』

 

 ソーマが啓人へと注がれ、さらにゆかりがありったけの力で回復魔法を掛ける。

 回復魔法の光が啓人を覆い、やがて消える頃には、幾分顔色が良くなった啓人の姿があった。

 

「や、やった…………」

「これならもう大丈夫だろう、そっちは?」

「まだ冷却中だ! しっかりしろアイギス!」

「システムが幾つかダウンしとるが、メインは無事や!」

「ラビリスさん、貴方も無理に動かない方が………」

「姉さんも!」

 

 負傷者を皆が救護する中、真次郎が斧を肩に担ぎながら、今だ激戦が続いているライトニング号を見る。

 

「幾月さ…幾月の野郎を張り倒せなかった分、他の連中を張り倒してくるか」

「待てシンジ、オレも行こう」

「ゆかりと伊織は残って負傷者と安全圏まで退避だ」

「ま、待った! チドリが向こうにいる! オレも行く!」

「ちょっと! 私一人じゃ…」

「安心しな、オレが運んでやる。こいつに乗せな」

 

 皆が我も我もとライトニング号に向かおうとする中、ゆかりとダンテが残る。

 ダンテが無造作に魔具を放ると、それが巨大な魔犬・ケルベロスの姿に変化し、ゆかりは思わず仰天する。

 

「じゃあ悪いが頼むぜ、ダンテの旦那」

「おう。いいライブ見させてもらった分はきっちりお代払わせてもらうぜ」

「いやまあ、すごいの見ちゃったけど………」

 

 冷却が終わり、スリープ状態のアイギスをダンテと共にケルベロスの背に乗せつつ、ゆかりは思わず苦笑する。

 

「皆………」

「寝てろ啓人、オレらがお前の分までやってくっから」

「すまない………」

 

 同じくケルベロスの背に乗せられていく啓人が、順平の言葉に詫びを入れながら、目を閉じる。

 

「じゃあ行くか」

『おお!』

 

 キョウジが先頭に立ち、戦列に残ったペルソナ使い達は声を上げた。

 更なる戦場に向かうために。

 

 

 激闘の果てに、一つの終止符が打たれた。

 だがそれは混迷の一つが終わっただけに過ぎない。

 なおも続く激闘の果てに待つ物は、果たして………

 


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