真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART4 NET CONNECT(前編)

 

 

 

「…い、起きろ。起きろって啓人」

「ん……ぐ~……」

「放課後だぜ、おい………」

「………え?」

 

 教室の机に突っ伏していびきをかいていた所を、同級生の健二に突付かれ、啓人はようやく目を覚ます。

 

「あれ、さっきお昼を食べたばっかだったような………」

「お前、午後ぶっ通しで寝てたんだよ………寮で夜何やってんだ? 順平なんか一日寝てるし、岳羽までうたた寝だぜ?」

「いや、ここ数日ちょっとな……」

 

 八雲がタルタロスに現れてから今日で六日目になるが、その間、毎晩現れるイレギュラーに、特別課外活動部のメンバー達の疲労は溜まっていく一方だった。

 

「何やってんだか知らないけど、今晩は早めに寝た方いいぜ? 鳥海先生怒鳴ってたのに微動だにしなかったし………」

「ああ、そうだな………」

 

 啓人はのろのろと帰り支度をすると、机上をよだれの洪水にしている順平を突付く。

 

「順平、寝るなら帰ってからにしようよ………」

「ぐ~」

「お~い……」

「が~」

「起きろ順ぺ~」

「ご~」

 

 なかなか起きない順平に、健二も一緒になって声をかけ、挙句には鼻まで摘んでみるが、状況は変化しない。

 

「起きねえな………」

「どうしよう………」

 

 二人が悩んでいる所に、授業が終わるとすぐに姿を消したアイギスが教室へと入ってきた。

 だが、彼女が一歩足を踏み入れると同時に、なにかすさまじい異臭が教室内に漂う。

 

「何コレ!?」

「おわあっ!」

「臭っ!」

 

 教室内に残っていた同級生達が一斉に顔をしかめ、鼻をつまむ。

 当のアイギスはそんな事も気にせず、啓人の方へと寄って来た。

 

「お目覚めになりましたか」

「あ、アイギス………これは一体………」

「皆様お疲れのようなので、江戸川先生から薬をもらってきました」

 

 そう言いながら、アイギスは手にしていた医療用トレーの上にある小さな紙コップを差し出す。

 紙コップの中には前衛的色合いの液体のような物が満たされており、それからは〈薬〉と聞いて思いつく限りの匂いを集結させたような異臭が漂っていた。

 

「スペシャル版だそうです。効果はとびきり抜群だとか」

「…………それ、飲むのか」

 

 鼻をふさいで壁際まで退避した健二が、恐怖の表情でアイギスと啓人を見た。

 

「アイギス、気持ちはうれしいけど、さすがにこれはちょっと………」

「美鶴さんからも指示が出てます。今夜に備えて、飲む事を推奨します」

「……え~と」

「美鶴さんと明彦さんはすでに飲まれました。天田さんとコロマルさんの分も用意してあります」

 

 ミニペットボトルに満たされた怪しすぎる薬に、啓人の顔から血の気が引いていく。

 

「……分かった、飲むよ」

「一気に行くのがコツ、と明彦さんが」

「一気にだね」

 

 そう言いながら紙コップを手にした啓人が、その中身を一気に順平の口へと流し込む。

 

「!%$&?*@!」

 

 声にならない絶叫を上げながら順平が飛び起き、教室内を転げ回る。

 

「水! 水!」

 

 悶えながら教室を飛び出して水のみ場へと向かう順平を見た啓人が、唾を飲み込みながら残った二つの紙コップを見た。

 

「さあ」

「あ、そうだゆかりにも…」

 

 なんとか逃れようと啓人はゆかりの席の方を見たが、すでにゆかりはその場から逃亡した後だった。

 

「がんばれ啓人!」

「不破君がんばって!」

「ガッツだ不破!」

 

 気付くと、同級生達が生暖かいエールを送ってきている。

 逃げ場はどこにも無い事を悟った啓人だったが、その脳裏についさっき転げ回っていた順平の姿が浮かぶ。

 小刻みに震える手が紙コップに伸びた所で、ふとアイギスが窓の外の方を見ている事に気付いた。

 

「? 何かある?」

「来ます」

 

 そうアイギスが言った途端、窓の外から轟音が響いた。

 

「何だ今の!?」

「外見ろ外!」

 

 誰かが校庭の方を指差す。

 そこに、黒い影がいた。

 

「まさか、イレギュラー!?」

「そのようです」

 

 それがかなり大型のシャドウである事に気付いた啓人が、普段のクセで腰に手を伸ばした所で召喚器も武器も無い事に気付く。

 

「竜巻だ!」

「おい、校庭の連中逃げろ!」

「え………」

「皆さんには認識できてないようです」

 

 校庭で部活動をやっていた運動部達が逃げ出し、放置された備品が宙を舞うが、それを弾き飛ばしている大型シャドウの事を指摘する人間は誰もいない。

 他の人間には見えてない事に安堵したのもつかの間、啓人はどうするべきかを悩む。

 

「事態は緊急を要します。まず非常措置を取ります」

 

 アイギスがそう言って、紙コップの中身を自らの口中に入れる。

 

「アイギ…」

 

 何をしているのか問う前に、アイギスが片手で啓人の頭を掴むと、強引に自分の顔へと近付ける。

 そのまま、むりやり唇を合わせると、口内の薬を強引に啓人の口内へと流し込んだ。

 

「むが!?」

「急ぎましょう」

 

 あまりに唐突な事に、思わずその薬を全部飲み干した啓人が目を白黒させる中、アイギスは窓から外へ出ようとする。

 

「ダメだ! 人目があるし、下を見るんだ!」

「……!」

 

 飛び降りようとしたアイギスだったが、真下を校庭から避難してくる生徒がごったがえしている事に気付いてその場で反転する。

 

「仕方ありません、非常口から」

「そうしよう。けど武器が………」

「私は始終戦闘体勢です」

「………どうにかしよう」

 

 教室を飛び出しながら、みんな窓の外を見ていて誰もこちらに注目してない事に啓人は安堵した。

 

「見られてなくてよかった………」

「何がですか?」

「いや、ちょっと」

 

 首を傾げているアイギスに、啓人は苦笑しつつ外へと向かう。

 

「落ち着くんだ! 校舎の中へ!」

「怪我人は保健室へ! 保険委員誰か!」

「真田先輩! 桐条先輩!」

 

 避難誘導の指示を出している明彦と美鶴の元に、啓人とアイギスが到着する。

 

「不破か。幸か不幸か、他の者達には見えてないようだ」

「だけど、日中から現れるシャドウなんて………」

「考えるのは後回しだ、行くぞ!」

「しかし、みんなの目が……」

「止むを得まい………」

 

 校庭の方へと四人が飛び出した所で、突然周囲を膨大な砂塵が覆う。

 

「これは!?」

「痛っ!」

 

 砂塵に大量に石が混じって飛んでくるが、直撃した啓人がむしろ笑みを浮かべる。

 

「これなら、みんなに見えない」

「そうだな!」

 

 美鶴も笑みを浮かべながら、スカートの中に手を入れるとふとももに隠しておいたホルスターから召喚器を取り出す。

 

「お前も持ってきていたか」

「ああ、使うとは思ってなかったが……」

 

 明彦もズボンをまくりあげ、スネのホルスターから召喚器を取り出し、己の額に当てる。

 

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

「カエサル!」『ジオダイン』

 

 召喚器のトリガーが引かれ、召喚されたそれぞれのペルソナが攻撃魔法を放つ。

 放たれた攻撃魔法は大型シャドウに直撃するが、大型シャドウが巻き起こす竜巻は修まらない。

 

「効いてないのか!?」

「直接攻撃します!」

 

 アイギスが両手を突き出すと、内臓されたマシンガンから銃弾を撃ち出す。

 しかし数発撃っただけで、すぐに弾切れを起こした。

 

「マガジンを持ってくるべきでした………」

「いや、さすがにマズイよ」

「こちらも直接攻撃に移る!」

「おう!」

 

 美鶴が叫びながら背に手を伸ばすと、そこから一本の俸を取り出し、それを一振りする。

 すると俸内に仕込まれた刃が飛び出し、レイピアと化した。

 動揺に明彦もズボンの後ろポケットから持ち歩いているプロテインケースを取り出し、握るとそのプロテインケースから凶悪なスパイクが付いたメリケンサックが飛び出し、手早くそれを装着する。

 

「なんでそんな物を!?」

『護身用だ』

「援護します! アテナ!」『マハラクカジャ!』

 

 何かかなり物騒な事を言いながら突撃する二人に、アイギスが自らのペルソナで防護魔法を掛ける。

 

「ふっ!」

「やあぁっ!」

 

 吹き付ける突風と砂礫に晒されながらも、美鶴の突きと明彦のストレートが大型シャドウに突き刺さる。

 二人は連撃を放とうとするが、突然足元の地面が噴き出し、二人は放り出される。

 

「うっ!」

「ぐはあっ!」

「地変魔法も使える!?」

「啓人さん! オルギア発動許可を!」

「弾丸もないのにどうするんだ! 二人のサポートを!」

 

 弾き飛ばされた二人をかばうようにしながら、啓人は大型シャドウの前に立ち塞がる。

 

(落ち着け! 召喚器はあくまで補助、タカヤの奴みたいに、無くてもペルソナは使えるはずだ!)

 

 体の各所に飛んでくる石がぶつかりながらも、啓人は精神を集中し、自分の中の別の自分を呼び起こす。

 

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 呼び出されたタナトスが無数の斬撃で大型シャドウを切り刻み、大きく怯ませる。

 

「いくぜっ!」

 

 そこに、順平が手に巨大なバット―野球部の特訓用に使われ、その形状から《マグロ》と呼ばれる―を振りかざし、大型シャドウを殴りつける。

 

「はっ!」

 

 さらにその背後からゆかりが部室から持ち出してきた和弓で大型シャドウを狙うが、吹き付ける強風が狙いを逸らし、順平の頭頂をかすめる。

 

「危ねぇ!」

「ご、ごめん!」

 

 かすめた勢いで弾き飛ばされたトレードマークの帽子をなんとか掴んだ順平に、ゆかりが謝る。

 

「くそっ! 召喚器があれば!」

「精神を集中させて、己の中のペルソナを揺り起こすんだ! そうすれば…」

「そうは言っても……」

 

 順平とゆかりが啓人の指示通りにやってみるが、飛来する石が体の各所に当たり、とても精神を集中できる状態ではなかった。

 

「下がるんだ! ここは私達でどうにかする!」

「でもこいつは!」

「行きます! アテナ!」『ヒートウェイブ!』

 

 前へと進み出たアイギスの発動させたペルソナが、灼熱の刃で大型シャドウを薙ぎ払う。

 だが、大型シャドウは腕とも触手とも取れない物を地面へと突き刺すと、そこから周辺の土石を巻き上げて竜巻が吹き上がり、アイギスを吹き飛ばす。

 

「くっ!」

「アイギス!」

「なろう!」

 

 弾き飛ばされたアイギスの体を啓人が受け止め、反対側から順平が大型シャドウに殴りかかる。

 

「なんて頑丈な奴だ!」

「まさか、エレメント級!?」

「そんな訳ない! 12のアルカナ、全部倒したはず!」

 

 次々と与えられる攻撃を平然と食らいながらも、大型シャドウは地面をえぐり、竜巻を起こす。

 その時、啓人の懐で携帯電話が鳴った。

 

「これは、風花?」

 

 状況が状況だけに一瞬迷った啓人だったが、懐から携帯を取り出して着信ボタンを押した。

 電話口の向こうからは、息を切らせている風花の声が聞こえてきた。

 

『す、すいませんリーダー………召喚器無しでのサーチに手間取って……』

「何か分かったの?」

『それは本体じゃありません! 今皆さんが攻撃している部分の下、地面の中です!』

「地中!?」

『!』

 

 その言葉を聞いた明彦と美鶴が自らのペルソナで大型シャドウの足元を攻撃しようとするが、巧みに防御されて阻止される。

 

「かばっている! 間違いない!」

「でもどうやって攻撃するんスか!」

「掘り出すまで! 行くぞタナトス!!」

 

 啓人が全身全霊の力を集中させてペルソナを発動させ、タナトスが虚空に無数の剣を具現化させていく。

 

『ジーザス・ペイン(神の刻印)!』

 

 無数の剣が地面へと一斉に突き刺さり、大量のエネルギーが剣から注ぎ込まれて周辺を爆砕、地面を一気に吹き飛ばした。

 

「見えた!」

 

 その吹き飛ばされた地面の下、地上にあった部分どころか、通常のシャドウよりも随分と小型の本体が露になった所を、ゆかりの矢が撃ち抜く。

 

「今だっ! やっちまおうぜ!」

「おう!」

「分かった!」

 

 順平と明彦がシャドウ本体をタコ殴りにし、美鶴が更に斬り裂く。

 

「止めです!」『ヒートウェイブ!』

 

 駄目押しとばかりにアイギスのペルソナが灼熱の刃で薙ぎ払い、シャドウ本体を完全に消滅させた。

 すると周辺を被っていた竜巻が消え去り、美鶴と明彦は慌てて武器と召喚器を隠す。

 

「誰かまだいるの!?」

「大丈夫! 少し怪我してだけです!」

 

 こちらへと駆け寄ってくる担任教師や生徒達の姿を見ながら、啓人は胸を撫で下ろす。

 

「今回はまだここだから良かったが、もし今後も似たような事があったなら……」

 

 美鶴の呟きに、他の者達も黙って唾を飲み込むしかなかった。

 

 

 

同日 影時間

 

 包帯とバンソウコだらけの特別課外活動部の部員達がタルタロスの中へと入ると、そこにはまた寝ている八雲と、その隣で裁縫をしているジャンヌ・ダルクの姿があった。

 

「その姿、どうかなされたのですか?」

「ちょっとね。そっちこそ何かあったの?」

「召喚士殿が撃たれました」

「ええっ!?」

「防御魔法と防護服に阻まれた軽傷です」

 

 弾痕を縫い終えたジャンヌ・ダルクがそれを丁寧に折りたたむ。

 上着を脱いだ八雲は、胸に大穴が開いた防護服を着たままだった。

 

「まさか、ストレガ!?」

「恐らくは」

「野郎、今度あったら絶対ぶちのめす!」

「落ち着け順平。まずは聞きたい事が…」

「うう、そんなマダム、そんなにピンハネされたら生活が……」

 

 どこか緊迫してるその場に、違う意味で緊迫している八雲の寝言が響く。

 

「……どんな夢見てるんですかね?」

「恐らく、寝言から推察される通りかと」

「職業でやるというのも中々大変のようだな」

「う~ん」

 

 そこでようやく目を覚ました八雲が、首を振りつつその場にいる者達を見た。

 

「おう、来たかって………面子が足りねえな?」

「不破と山岸は召喚器無しでペルソナを酷使した疲労で休養中だ」

「……何があった?」

「それなんだけどよ、シャドウがいきなり真昼間に学校に現れやがったんだ……」

「なんとか皆で倒したんだけど、影時間以外にシャドウが出たなんて事、今まで一度もなかったのに……」

「夜型の引きこもりもたまには日中出たくなる事もあるさ」

「いや、そういう事じゃないと思います」

 

 天田の指摘に、他の者達も首を縦に振る。

 八雲は頭をかきながら、前に見た資料の事を思い出した。

 

「そうじゃないとしたら、この世界の変質がもうそこまで進んでいるって事だ。そこらの店で真剣だの銃火器だの売ってなかったか?」

「……あったか?」

「ねえねえ、見かけてねえ」

「そう言えば、購買に変わった商品が増えてなかったか?」

「私も見ました。救済バッジに救済パン、それに救済ノートでした」

「そんなのの入荷予定は生徒会では何も聞いてないぞ?」

「それとも、そんなのが売っているのが常識となっていたか、だな」

 

 八雲の指摘に、特別課外活動部の部員達の顔色が変わる。

 

「……これからどうなる? 対処法は?」

「〈変質〉は〈特異点〉の影響を色濃く受ける。この世界に影響を及ぼしている特異点がどんな物かは分からないが、これからシャドウの出現その物が、日常的な物に変わる可能性は高い」

「待ってくれ! もしそんな事が起きたら、オレ達だけじゃとても対処できないぞ!」

「変質を止める方法はないのですか?」

 

 アイギスの問いに、八雲はGUMPを機動させてMAPを表示させていく。

 

「寝てる間にちと仲魔達に調べさせた。このタルタロスはダンジョンの階別構造は変化し続けるが、段階構造は変化しない。だが、ある階を境に変わるようだ」

「それは何階だ?」

「250階。そこから先は悪魔だけじゃ進めないようだ」

「待ってください。確か探索が住んでたのは230階くらいじゃありませんでしたっけ?」

「そだよな? そっから先あんただけで調べたのか?」

「それなんだが………」

 

 八雲はちらりとジャンヌ・ダルクの方を見ると、ジャンヌ・ダルクも罰が悪そうにペルソナ使い達から視線を逸らす。

 

「シャドウってのは、どうやら人間にだけ興味があるらしくてな。悪魔だけだと、同類だと思うのか襲ってこないみてえなんだ」

『……………………………え?』

「間違いありません。階層の守護者らしき者も、脇を素通りできました」

 

 予想外の言葉に、特別課外活動部の部員達は皆一斉にその場に膝をついた。

 

「そんな……今までの私達の苦労って………」

「んなアホな事が………」

「そ、そうだったのか………」

「もう少し早く分かっていれば………」

「クゥ~ン……」

 

 コロマルまでもがうな垂れる中、八雲は集めたデータを集計していく。

 

「あながち、無駄でもねえな。エリア階層の往復可能なワープポイントは悪魔だけだと作動しない。やっぱ地道に倒していくしかないようだ」

「そ、そうか」

「で、今晩どうするんすか? 啓人も風花もいないんじゃ……」

「いや、この調子で変質が進めば、明日にはどうなっているか見当もつかない。進むべきだろう」

「じゃあリーダーは誰が……」

「そうだな……!?」

 

 そこで何かに気付いた美鶴が、外へと駆け出し、召喚器を額に当てる。

 

「アルテミシア!」

 

 タルタロスの外に出た所で、ペルソナを召喚した美鶴が、周囲をサーチしていく。

 

「まずい、イレギュラーだ! しかも寮の方に向かっている!」

「何だって!?」

「やべえ、今いるの寝てる啓人と風花だけだぞ!」

「救援に向かう! 誰か一緒に!」

「私が行きます!」

 

 用心して持ってきておいた自らのバイクに美鶴が跨り、その後ろにアイギスが飛び乗る。

 

「他に移動手段は?」

「影時間で動くの、美鶴先輩のバイクだけ!」

「くそっ! チャリでも持ってくるんだった!」

「オレは走って向かう! みんなは待っていてくれ!」

「……ここから寮まで、何kmありましたっけ?」

 

 走り出したバイクに続いて、明彦も自らの足で走り出す。

 残った者達は、呆然とそれを見送るしかできなかった。

 

「間に合うかな………」

「啓人の奴はそう簡単にくたばるタマじゃねえって」

「そうですよね………」

 

 タルタロスの外で呆然としていた三人だったが、コロマルは寮とは少し違う方向を見ていた。

 僅かに感じ取れる、イレギュラーとは別の存在の方向を。

 

 

 

「タナトス!」『メギドラ!』

 

 寮の前に立ちはだかりながら、啓人の召喚したペルソナが、強烈な魔力の爆発を起こして寮へと向かってきた大型のイレギュラーを迎え撃つ。

 

「まだです!」

 

 寮の玄関の影にいる風花の言葉通り、爆発の向こう側からわずかに負傷した大型イレギュラーが姿を現す。

 

「ちぃっ!」

「リーダー!」

 

 大型イレギュラーが無数の腕を振るい、啓人を殴り飛ばす。

 弾き飛ばされながらも、体勢を立て直した啓人が再度召喚器をこめかみに当てるが、そこで目まいを感じてトリガーを引き損ねる。

 

「今桐条先輩達がこっちに向かってます! それまでなんとか!」

「分かった!」

 

 長剣を振るってからくも攻撃を防ぎながら、啓人が何とか大型イレギュラーの足止めを試みる。

 だがそこで日中の無理が祟ったのか、バランスを崩して転倒してしまった。

 

「リーダー!!」

 

 ここぞと啓人に狙いをつけた大型イレギュラーが迫るのを見た風花が絶叫するが、啓人は路面を転がって攻撃をかわし続ける。

 その時、風花は何かが近付いてきてるのに気付いた。

 

「何か来ます! シャドウでも、ペルソナ使いでもない。けど強力な力を持った何かが!」

「それは!?」

 

 風花の言葉に気を取られた瞬間、大型イレギュラーの攻撃が啓人を襲う。

 

「しま…」

『アブソリュート・ゼロ!』

 

 

 

「なんだこれは………!」

 

 寮の手前まで来た美鶴が、寮の近辺に起きている異常に気がついてバイクを急停止させる。

 

「寮を中心として、この区画の気温が異常低下しています」

「こういう力を持ったシャドウか?」

「いえ、違うと思われます。シャドウとはまた違う何かが………」

 

 転倒の危険を考慮して、バイクを降りた二人があちこちで凍結が始まっている路地を駆け抜ける。

 寮の間近まで来た所で、大型イレギュラーと、誰かが戦っているのが目に飛び込んできた。

 

「イヤアァァ!」

 

 気合と共に、小柄な人影が手にした槍の穂先に三日月状の刃を付けた方天戟と呼ばれる武器を振るう。

 それは黒地のジャケットに身を包み、背中の半ばまで伸びたきれいな銀髪を持った少女だった。

 体の半ばまでもが凍りついた大型イレギュラーが、方天戟の一撃を食らいながらも反撃に移る。

 

「ブフーラ!」

 

 銀髪の少女が片手を突き出し、氷結魔法を放つ。

 すると両手のグローブに嵌められているオーブが発光し、強烈な氷結魔法が大型イレギュラーの残った部分をじわじわと氷結させていった。

 

「強い……」

「啓人さん! 風花さん! 無事ですか!」

「ああ、あの人に助けてもらった」

 

 寮の玄関に退避していた啓人が、謎の人物の戦いに目を奪われる。

 

「銀髪に、年齢詐称可能な外見。ひょっとしてあの人が………」

「後だ! イレギュラーを倒すのが先だ!」

「了解です!」

 

 彼女の特徴が八雲が話していた人物と一致する事に気付きながら、美鶴とアイギスがそれぞれのペルソナを召喚する。

 

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

「アテナ!」『デッドエンド!』

 

 美鶴のペルソナが大型イレギュラーの残った部分を完全に氷結させ、アイギスのペルソナが突撃してそれを穿つ。

 

「! あなた達ペルソナ使い!」

「ペルソナも知っている、となると…」

 

 言葉をかわす暇も無く、大型イレギュラーが氷結の戒めから逃れようと体を振るわせる。

 

「一掃する! 協力を!」

「了解です!」

「行くぞ!」

「…了解!」

 

 アテナが穿った場所を中心に、二つの白刃が舞い、銃弾が突き刺さり、方天戟が貫く。

 深々と方天戟が突き刺さった個所から大型イレギュラーの全身にヒビが走り、そして一気にその体が崩壊した。

 

「ふぅ~………」

「ありがとうございます、おかげで助かりました」

「あ、いいえ」

「ひょっとして、葛葉術師 カチーヤ・音葉さんでは?」

「! どうして私の名前を?」

 

 美鶴の問いかけに銀髪の少女、八雲のパートナーであるカチーヤ・音葉が驚きの声を上げる。

 

「小岩氏からあなたを探すように頼まれてます。来ていただけますか」

「八雲さんが!? 今どこに!」

 

 焦るカチーヤが足を一歩踏み出した所で、その足元が一瞬で氷結した。

 

「!?」

「いけない! さっきの戦闘で多少魔力を消費したけど、もう抑えきれないんです! 早く八雲さんの所へ!」

「まさか、暴走!?」

「システムの調整が出来るのは八雲さんだけなんです! 急いで!」

「分かった! アイギスは残っていてくれ! 向こうにバイクが!」

「お願いします!」

 

 美鶴の後に付いてカチーヤがバイクの方へと向かう。

 後には、盛大に凍りついた街並みだけが残った。

 

「これ、どうしましょう…………」

「さあ………」

 

 

 

「八雲さん!」

「カチーヤ!」

 

 タルタロスに飛び込んできたカチーヤに八雲が安堵の表情を浮かべたのもつかの間、彼女の周囲に冷気が漂っている事に気付いて顔色を失う。

 

「NEMISSAシステムが故障してるんです! もう抑えきれません!」

「ちいっ!」

 

 舌打ちしながら、八雲はGUMPからコードを伸ばしつつカチーヤへと駆け寄り、彼女の胸のプロテクター状になっている装置にコードを繋げた。

 

「力を貸せ! 余剰魔力をバイパスさせる!」

「分かった!」

 

 八雲がバイパス用のコードを投げ、ペルソナ使い達がそれを掴む。

 途端にすさまじい力が流れ込み、皆が歯を食いしばる。

 

「これって……」

「くうう~……」

「すごい………」

「私に多く回せ! 氷結系の力なら!」

「もう少しだ!」

 

 指先が冷気で血の気を失っていく中、八雲はGUMPのキーボードを必死に叩き、カチーヤの力をペルソナ使い達にバイパスさせていく。

 徐々に力は収まり、やがてカチーヤから漏れ出していた冷気も消える。

 

「なんとか間に合ったな………」

「八雲さん!」

 

 暴走が収まった所で、カチーヤが八雲に抱きつく。

 

「ずっと探してたんです……気付いたら誰もいなくて、連絡もつかないし………」

「オレもだ。周防とは一応連絡取れたが」

「克哉さんもここに!?」

「いや、大正二十一年だそうだ」

「……え?」

 

 涙目で抱きついていたカチーヤが、顔を上げた所でこちらを見ている視線に気付いた。

 

「あ」

「そろそろ、いいでしょうか?」

 

 赤面しつつ、カチーヤが八雲から離れる。

 

「改めて紹介しよう。オレの相棒のカチーヤ・音葉」

「初めまして。カチーヤ・音葉です」

「私達は月光館学園特別課外活動、私が部長の桐条 美鶴だ」

「私は岳羽 ゆかり」

「オレは伊織 順平」

「ボクは天田 乾って言います。こっちはコロマル」

「ワン!」

「皆さん学生なんですか。道理で若いと」

「若いって………」

「こいつはお前らより年上だぞ」

「へ?」

「あの、お幾つで?」

「二十歳ですけど」

「げ………」

「ウソ………」

 

 どう見ても中学生くらいにしか見えないカチーヤに、その場の空気が凍りつく。

 

「さて、自己紹介も済んだ所で本題だ」

「っと、そうだな」

 

 ショックを隠し切れない中、全員が円陣を組むように集まった。

 

「最早この世界の変質は抜き差しならない所まで差し迫っている。事は一刻を争う」

「確かに。彼女が来てくれなかったら、どうなっていたか………」

「じゃあ、やっぱりここは……」

「そ、オレ達のいた世界じゃない。変質を防ぐには、特異点を見つけ出すしかない」

「本当にあるんすか? 250階に………」

「分からん。だが、可能性は極めて高い。それにもう時間がない。お前らが24時間年中無休で頑張るなら話は別だが」

「………勘弁してよ」

「取れる手段はただ一つ。お前達は準備を完全に整えて再度ここに来い。オレはカチーヤのシステム調整を済ませておく。全員そろった所で、一気に目的の階を目指す」

「待ってください。全員で行ったら、外に出るイレギュラーはどうするんですか?」

「無視しろ。特異点が消去されれば、自動的に消えるはずだ」

「はずだと? 確証はないのか?」

「オレも資料見た事あるだけで、実際に経験した訳じゃないからな……」

「克哉さんか尚也さんがいてくれたら何か他に分かったかもしれませんけど………」

「藤堂の奴はまあどこかで生きてるだろ。こちらの問題が先だ」

「その方法しかなさそうだな」

「一気に20階か~きっつ~………」

「でもやるしかないですよ」

「じゃ、すぐ帰ってお風呂入って寝る事にしましょ。出来れば明日にでも来たいけどね……」

「余裕見ていいぞ。少しかかるかもしれん」

「では、また後で」

 

 特別課外活動部の面々が去り、後に警戒にあたるジャンヌ・ダルクとGUMPを操作する八雲、NEMISSAシステムの調整を受けるカチーヤだけが残った。

 

「そういや、よくここが分かったな」

「それが、気付いたらとんでもない所にいて………僅かに感じる気配を頼りになんとかここまで」

「ちなみにどこに出た?」

「………皇居に。皇居警察に追われそうになって慌てて逃げました」

「この世界にいるかどうかは知らんが、宮内庁は専属のサマナーや術者がいるからな。よく無事だった。オレはここに括られて外にも出れん」

「!? 私ならともかく、なんで八雲さんが?」

「分からん。だが、恐らくの可能性だが、ここの特異点は、オレに関係している」

「! その事、あの人達には………」

「言ってない。まだ確証もないからな」

「そう、ですか…………他の皆さん、無事ですかね………」

「殺しても死にそうにないロクデナシばかりがあそこにはいたからな。案外、別の世界で似たような事やってるんじゃねえか?」

「どこに行っても、私達のやる事って変わりませんね」

「そうだな………」

 

 そこまで言って、沈黙が訪れる。

 後には、GUMPの操作音だけが響いていた。

 


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