『ジャンプ中にアクシデント発生! 総員対ショック体勢! 総員対ショック体勢!』
艦内に響き渡る甲高い警報に、クルー全員がとっさに何かに掴まり、身を丸くする。
「何が起きた!」
「計器が踊ってる! これは一体…」
「喋るな! 舌を噛むぞ!」
誰何の声を黙らせ、全員が身構える。
やがて艦を揺さぶった振動は、軽い浮遊感へと変わっていく。
「落ちてる!?」
『艦体姿勢維持、着地まで5、4、3、2、1』
無慈悲なカウントと共に、落下の衝撃が艦を揺さぶる。
「つ、着いたのか?」
「だといいんだが………」
『ジャンプ異常の際の過負荷で動力炉、出力低下。プラズマ障壁装甲消失状態』
「何だって!? アーサー、外の様子は!」
『艦外に多数の生命反応、人間の物です。それと悪魔との類似反応も多数』
「はああ!?」
艦の管理プログラム《アーサー》からの予想外の返答に、誰かが思いっきり間の抜けた声を上げた。
『映像出ます』
「な、街?」
「そういうセクターじゃないのか?」
『現状観測では、今までのセクターとは全く違う構造です。巨大な球状空間内の、浮遊物体の上にいる模様』
「何だそりゃ!?」
「おい、ホントに人間がいるぞ!」
外部からの映像に写る、スーツ姿でしりもちをついている若い女性に、クルー達に動揺が走る。
「何かしゃべってるぞ」
「アーサー、音声は取れるか?」
『可能です』
皆の興味が集中する中、外部マイクが音声を拾った。
『ちょっとなんなのよこれ! 潰されるとこだったわよ! なんで避難場所にこんなのが降ってくんのよ! 降ってくるにしても場所考えなさい!』
『大丈夫ですか召喚士殿?』
『うわあ、すご~い』
日本語の怒声に、即座に翻訳されて内容が艦内に伝わっていく。
「…………どうなってる?」
「おい、彼女悪魔連れてるぞ」
「じゃあ悪魔使いか!?」
「建物の中にも大勢人がいる!」
「ここはシュバルツバースじゃない!?」
「外部から通信! 二つ入ってます!」
「繋げるんだ!」
混乱と同様が広がっていく中、通信班のクルーからの報告に皆が耳をそばだてる。
『こちら業魔殿、落下してきた大型艦に連絡を請う』
『こちら珠閒瑠警察! その超大型車両! 所属と目的は!』
二種類の声に、どう応えるべきか皆が顔を見合わせる中、一人のクルーが通信機を手に取った。
「こちら国連所属シュバルツバース調査隊、レッドスプライト号! 業魔殿、珠閒瑠警察双方に現状を確認したい!」
引き締まった顔つきの青年クルーの返信に、僅かな間を持って二つの答えが返ってくる。
『そちらの意思を確認次第、データを送る』
『だが、現在この街は《ムスビ》による攻撃を受けている! ムスビの目的は市民の精神エネルギー、マガツヒを狩る事だ』
『外部に謎のエネルギー反応確認、《マガツヒ》と呼ばれる物と推測されます』
「市民だって!? 民間人がいるのか!」
「じゃあここはやっぱりシュバルツバースじゃない!?」
「最終セクターに行くはずじゃなかったのか!?」
「どうなってるんだよ!?」
艦内が完全に混乱する中、向こうからの通信が続く。
『一つだけ確認したい。君達に対悪魔戦装備はあるか?』
「ある。我々はシュバルツバース内で悪魔と戦ってきた」
『………所属は国連だったな? この街の警察を代表する者として、正式に市民保護を要請したい』
『それが受け入れられるなら、すぐにこちらの持っている現状の全データを送信しよう』
「おい、どうする?」
「どうするって言っても………」
「アーサー! ミッションの判断を!」
『現在の状況は一切が不明。ただ、ここがシュバルツバースでは無い可能性は極めて高いと思われます。また、この浮遊市街に多数の人間の生命反応があるのも事実です。現状のデータ収集の交換条件として、市民保護のミッションを提案します』
「こちらレッドスプライト号、そちらの市民保護の要請を受領する。すぐに機動班を展開させる」
『急いでくれ! 市民の混乱が広がれば広がる程、向こうの思う壺だ!』
『回線をオープンに。まずは戦闘状況のデータから優先して送る』
『戦闘データ、各クルーのデモニカに送信開始』
「機動班、出撃準備!」
「アルファ部隊、ナナシマイ避難区のガードに当たれ! ブラボー部隊はカスガヤマ避難区へ! チャーリー部隊はコウナンエリアに向かえ!」
「APC回せ!」
「了解! シュバルツバースで使う事は無かったな………」
クルー達が慌しく動き回り、APC(※装甲兵員輸送車)のエンジンが回される。
「出撃!」
重い音を立てて、巨大な装甲車の後部ハッチが展開していく。
「何が出てくるのやら………」
いきなりの事に仰天していたたまきだったが、開いたハッチから見える無数の仮面のような物に思わず剣を構える。
だが程なくして、それがそういうマスクが着いたスーツのような物だと気付いた。
「何あれ………」
奇妙な戦闘スーツをまとい、アサルトライフルを持った兵士達が、機敏な動きで七姉妹学園周囲に展開し、ガードに入る。
「我々はシュバルツバース調査隊・機動班の者だ。君は悪魔使いか?」
兵士の一人がマスクを跳ね上げ、その下から覗く引き締まった青年の顔にたまきは少し警戒を解いた。
「そうよ。葛葉のデビルサマナー、里美たまき」
「自分は機動班の
「陸曹長………って自衛隊!? まあ話は後ね。来るわよ!」
「召喚開始!」
仁也がその身にまとった機能拡張型特殊強化服《DEMOUNTABLE Next Integrated Capability Armor》、通称
そのプログラムに応じ、デモニカの頭頂部センサーから光が投射されると、3D状のグリッドが宙に描かれ、やがてそれが実体化していき、サルの姿をした英雄神、インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に記述がみられる猿軍の英雄、幻魔 ハヌマーンとなった
「悪魔召喚プログラム! あんた達も持ってるの!?」
「全員持っている。君も持ってるようだが」
「ええ。後で詳しくね!」
「攻撃開始!」
こちらに向かってくる思念体に、剣を片手に仲魔を従えてたまきが突撃すると同時に仁也の号令で一斉に銃撃と仲魔達の攻撃が始まった。
「おい、何か来るぞ!」
「軍用車両!?」
仮面党が有事の撤退用に用意しておいたマイクロバスのハンドルを握っていたミッシェルが、前から来るAPCに仰天し、ハンドルを切りながら路肩に止める。
すれ違うように通り過ぎるかと思ったAPCはその場で止まると、中からデモニカをまとった機動班がぞろぞろと降りてきた。
「あれって、ひょっとして軍用アームスーツ!?」
「軍隊!? どこの!」
「あれ、国連のマークだ!」
舞耶が前に資料で見た軍用スーツに似ている事に気付き、ミッシェルと淳もそれを呆然と見つめる。
だがそこで、機動班の一人がこちらに気付くとマイクロバスの車内を除く。
「負傷者か?」
「あ、ああ。妙な力で傷が塞がんねえ!」
「そちらに救急設備は!?」
「簡易的だがある。こちらに乗せろ! すぐに母艦に運ぶ!」
「その前に轟っておっさんを呼んでくれ! 七姉妹学園にいるはずだ」
「問題ない、レッドスプライト号はナナシマイに着底した。現在戦闘中だが、これなら持つはずだ」
「じゃあ急いでそっちへ!」
舞耶が先だってセラに肩を貸し、ミッシェルがリサを、淳が達哉をAPCへと運び込む。
「オレは負傷者の護衛に当たる! そちらを頼む!」
「了解した!」
機動班メンバーが声をかけながらAPCの運転席に乗り込み、即座に発車させる。
「格納室両脇に生命維持ポッドが有る! 重傷者はその中に入れろ!」
「これか! どう開けんだ!」
「ここにOPENってあるわ!」
「説明文が全部英語だ………」
「何とかなるわ! リサちゃんを早く! そっちにはセラちゃんを!」
「入れりゃいいんだな!」
リサとセラがポッドの中に入れられ、フタが閉じられると自動で生命維持措置が執り行われていく。
「すげ、なんだこのSF」
「あんまり見ちゃダメよ?」
「急いで下さい! 多分これじゃ維持しか出来ない!」
「分かってる!……それと聞きたいんだが、君達はペルソナ使いとデータにあるが、それは一体?」
「後で説明するわよ!」
舞耶の声に応えるように、APCは更に速度を上げた。
「おい、何か来るぞ! あれは、装甲車!?」
「あの巨大車両からか!」
上空からのシエロの声に、喰奴達は一斉に振り返る。
「敵って事はないわよね?」
「知るか。敵なら食うだけだ」
「いや、警官が道を開けている。つまり味方だ」
戦闘を行いながらも、APCの動きを観察していたロアルドの推論を裏付けるように、後方で防衛線を引いていたパトカーが開けた隙間をAPCが突っ込むようにして停車、ハッチが開くとそこからデモニカをまとった機動班がぞろぞろと降りてきて銃を構える。
「そこの! 喰奴、というのか? 下がれ! 一斉攻撃の射線上になる!」
「対悪魔弾か?」
「ああ!」
ゲイルの問いかけに機動班のリーダーだった人物が応えると、喰奴達は頷き合って遅滞戦闘を行いながら機動班の射線を確保するべく、ゆっくりと下がっていく。
「戦闘用強化外骨格か、いい装備をしている」
「ジャンクヤードには無かったからな」
「我々の世界でも実用化にこぎつけたばかりだったはずだ」
「喰奴、人間から悪魔に変身?」
「本当か?」
デモニカを興味深く見つめる喰奴達だったが、デモニカに表示されるデータに機動班の者達も互いを観察する。
「来るぞ! 総員構え!」
「そうだな」
機動班の銃のセーフティーが外された所で、喰奴達の体が光ると、悪魔形態から人間形態へと戻り、機動班と並んで銃を構える。
「ホントに人間になった……」
「どうなってんだ?」
「撃て!」
疑問を差し挟む間も無く、号令が響く。
直後に無数の銃口から対悪魔弾頭が一斉に解き放たれた。
『こちら国連所属、レッドスプライト号。珠閒瑠警察からの依頼により、機動班が市民の保護に当たっています。市民の方は指示に従い、避難場所から外に出ないようにしてください』
「あいつらがそうか……」
「変な格好してるけど、すげえ………」
「見ろ、あのお化けもうこっちに来ないぞ」
レッドスプライト号から響く船外放送にあわせるように、機動班が市街の各地に展開し、警察や自警団と力を合わせて思念体を駆逐していく。
その様を避難所の窓や自宅のバリケードの隙間から見ていた市民達が、口々に囁きあう。
先程まで人々の間に立ち込めていた重い空気はいつの間にか消え始め、それに応じるように、流れていくマガツヒがその数を減らし始めていた。
「おい、どういう事だよこれは!」
「分からん………」
突如降ってきた謎の大型装甲車と、それから降りてきた武装兵士達に一気に戦況を覆され、勇は40代目ライドウに詰め寄る。
「妙な奴が来るのは最近よくある。けどそれがなんであっさり手ぇ組んでんだよ!」
「元から顔見知りか、指揮官が余程の切れ者か。一つ言えるのは、もう挽回は不可能だろうという事だ」
押し寄せていた思念体は、勢いを盛り返した相手に逆に攻め立てられ、流れていたはずのマガツヒもすでにほとんど見れない程になっていた。
「くそっ! ここで守護を呼ぶ手はずが!」
「手はまだあるはずだ。ここは退こう」
「ちっきしょう! 退け!」
悪態をつきながらの勇の号令で、思念体達が退いていく。
「あの兵士達の情報、集める必要があるな………」
「そうだな」
40代目ライドウと勇が何も無い虚空に身を投げるように降りると、両者の体はアマラ回廊へと吸い込まれるようにして消える。
気付けば、すでに珠閒瑠を襲っていた敵の姿はどこにも無くなっていた………
「敵影、確認できません」
「負傷者数名、今搬送中です」
「警戒を第二種へ移行。再度の敵襲が無ければ、市民を順次避難場所から帰宅させてくれ」
「了解」
「後を頼む。僕はあの大型装甲車の責任者と会ってくる」
てきぱきと指示を出していた克哉だったが、席を立ちながらの言葉に、その場にいた者達が動揺した。
「署長、大丈夫でしょうか?」
「彼らは市民を助けてくれた。ならばこちらも信用する」
「しかし………」
「署長、レッドスプライト号から通信。警備の者を残して一次撤退、今後の方針を話し合いたいそうです」
「すぐに行くと伝えてくれ。さて、今度はどんな相手が待っているか………」
部下に見られないようにそっと息を漏らすと、克哉は制服の襟を正して、空いているパトカーに乗り込んだ。
「止血処置! 急いで!」
「ダメです! 止まりません!」
「どうなってるの!? 止血剤は効かない、血友病でも出血性ショックでもない!」
レッドスプライト号の医療室で、医療班の女医と助手が運び込まれたリサとセラの処置を行っていたが、その異常な状態に困惑しながらも必死になって処置を続けていた。
「轟のおっさん連れてきた!」
「早くこっちへ!」
「オレに分かればいいんだがな」
ミッシェルが轟所長の巨体を引きずりながら、医療室の外で青い顔で待っていた舞耶と共に中へと駆け込む。
「あなた達! 処置中よ!」
「多分あんたじゃなくてこのおっさんじゃないとダメだ!」
「どういう事!?」
思わず声を荒げる女医だったが、轟が顔が青白くなってきているリサのそばに立ち、無造作に傷口を見る。
「うう……」
「ちょっと!」
「間違いない、これは不治の呪術だな。しかも葛葉流の術式だ」
「解けるのか!?」
「ああ」
轟はそう言いながらも、懐から脇差のような刀を取り出し、その表面を指で梵字を次々と描いていく。
「ちょっと我慢してろ」
「うあああ!?」
「何をして!?」
その脇差の刃を、轟はいきなりリサの傷口へと押し当てる。
リサが絶叫を上げ、女医が止めようとした時、持ち上げた刃に血がまとわりつくように伸び、刃の表面に指でなぞった通りの梵字が描かれていく。
「これで解呪した。次はそっちか」
「先生、出血が弱まってきてます!」
「止血処置、輸血の用意!」
大慌てリサの傷口の処置に入る中、轟は刃の血をそこいらにあった医療用ガーゼで拭うと、同様の処置をセラに行う。
「うう、う………」
セラも絶叫を上げそうになるが、それより先に失神してしまう。
「二人とも助かる?」
「さっきと違って、ちゃんと止血剤も効いている。出血は多かったが、これなら助かりそうよ」
「よ、よかった………」
「恩にきるぜ、轟の大将!」
「構わん。それにこちらも確認が取れた」
「確認?」
「間違いない、敵に葛葉の者がいる。この術式が何よりもの証拠だな」
刃に浮かんだ梵字を見ながら、轟の目が鋭くなる。
「それって、キョウジさんやたまきさんみたいのがいるって事かよ!?」
「キョウジと同レベルに近いのは確かだ。まともに戦ったら、お前らなら殺されるな」
「そんな奴が敵の一人ってわけ………」
「どいつが敵か、まだはっきり分からんがな」
ものすごい爆弾発言をしながら、轟が医療室を去っていく。
「処置完了、ポッドに移して」
「はい」
「あとは彼女達の体力次第ね」
「待って、アルテミス!」『ディアラハン!』
ポッドに入れられたリサとセラに、舞耶がペルソナで回復魔法をかけてやる。
「これは……悪魔の回復魔法と同じ物ね」
「ペルソナって言うの」
「ふむ、そっちの妙な衰弱をした男もそれのせいか? あまり艦内では使わない方がいい。艦内での悪魔召喚の類は禁止になっている」
「それって、素で悪魔の奴はどうなんだ?」
「いるのか? 仲魔以外で」
「それが、結構………」
「どういう場所だ、ここは?」
女医の率直な問いに、全員どう答えればいいか分からず、苦笑いを浮かべるだけだった。
「近くで見ると、一際大きいな…………」
「すご~い」
「ここまでデカイと呆れるしかないわね~」
「こんな所に駐車されると、授業にならないのだが」
レッドスプライト号を前にして、克哉(+ピクシー)、たまき、ハンニャ校長がそれぞれ勝手な意見を呟く。
七姉妹学園の校舎を遥かに上回る巨体が、校庭どころか学校の敷地から大幅にはみ出して鎮座する様は異様としか言いようが無かった。
それを見上げる克哉の背後に立つ影があった。
「克哉様」
「ああメアリ君か。ヴィクトル氏の代理かい?」
「はい、先程は戦闘に参加できず申し訳ありませんでした」
「まだちゃんと直ってないんだから、無茶しない方いいわよ。アイギスみたいに純戦闘用じゃないんだから」
「ハード、ソフト共に幾つか改良しました。次からは戦闘に参加させてもらいます」
「次、か。あちらの出方次第だが……」
人造メイドを従え、克哉はレッドスプライト号の開放されたハッチを潜る。
「おっと、あんた達は?」
「僕は珠閒瑠警察署長の周防 克哉、彼女は業魔殿船長の代理のメアリ君だ」
「ああ、それなら聞いてる。こっちだ。それと艦内の悪魔召喚は禁止されてるんだが」
「そうか……すまないが外で待っててくれ」
「え~………じゃあマーヤのとこにでも行ってる~」
ハッチの中で作業をしていた動力班クルーにこちらの身分を伝えると、即座にピクシーを除いた二人はブリッジへと案内される。
「初めまして。自分は機動班の多田野 仁也陸曹長であります」
「珠閒瑠警察署長の周防 克哉だ」
「業魔殿船長ヴィクトル様の代理で来ましたメアリです」
ブリッジで待っていた仁也が敬礼すると、克哉もそれに返礼して応える。
「君がこの船の指揮官か?」
「いや違います。正確には今この船には指揮官はいない」
「え? じゃあどうやって作戦指揮を?」
『それはワタシです』
ブリッジの大型ディスプレイに突然奇妙なロボットの頭部のような物が映し出される。
『ワタシはアーサー、シュバルツバース調査隊の指令コマンドとして、最適なミッションを提案してきました』
「まさか、AIが指揮官なのか!?」
『いいえ、正確には調査隊長であるゴア隊長が早期に殉職、他の船のクルーはほぼ全滅したため、私が臨時に行動プランを提案してきただけです』
「それだけでも驚くべき事だな……君達はいつから来た?」
『いつ? それは何を指しての事でしょう?』
「ああすまない、この街は今西暦で言えば2003年だ」
『それは奇妙です。我々が出発したのは、西暦2012年です』
「今、この街にはそれぞれの世界、異なる時間軸から来た者達が大勢います。問題はないはずです」
「いや、色々あるだろ………」
メアリの言葉に、ブリッジにいたクルーの一人が呟くが、メアリも克哉も気にしない。
『そちらから転送されてきたデータを解析しましたが、驚くべきデータとしか言いようがありません。ただ、状況その他を考慮した場合、状況の極端な差異を覗けば、我々も似たような状況と言えます』
「つまり、君達もあちこちを転移してきたと?」
『我々は南極に出現した謎の異空間 《シュバルツバース》の調査のために結成され、次世代装備の数々を配備して投入されました。しかし、シュバルツバース突入の際に旗艦であるこのレッドスプライト号以外の三艦は敵の攻撃を受け墜落、クルーはほぼ全滅しています。その後、我々はシュバルツバース脱出及び消滅の方法を探し、シュバルツバース内のセクターを転移しながら調査を続け、ようやく最終セクターと思われる場所に転移しようとした時、謎の時空間振動と共にここに転移してきました』
「……壮絶な話だが、確かに似ていると言えば似ている。この珠閒瑠市もそうだが、ここにいるほとんどの人間は元いた世界からいきなりここに飛ばされてきた」
「双方、状況はさして変わらず、と考えていいのか?」
「恐らくは」
仁也の問いに、克哉は首を縦に振った。
『問題点が幾つかあります。そちら側からのデータによれば、戦闘可能人員に人間でない人員が複数名確認できました。彼らの安全は保障できますか?』
「喰奴やハーフプルートの人達の事か? 完全、とは言い切れない。だが、暴走時にそれを押さえ込む方法は確立している」
『こちらのクルーにも数名、人間以外の存在へと変異した者達がいました。その者達は人とは違うアインデンティーを持って離反していきました』
「その点は問題ない。こちらにいる連中は、どいつも人間臭い、というか普通の人間と変わらないアインデイティーの持ち主ばかりだ。少し変わっている者もいるが」
『たとえば、そこにいる彼女のようにですか?』
「ああ」
「え?」
アーサーの指摘に、クルーの視線がメアリに集中する。
「ちょっと待て、まさかアンドロイド!?」
「まだ完成していないはずだ!」
デモニカの頭部ユニットを被り、センサーでチェックした者達の口から驚愕の声が漏れる。
「アンドロイドではありません。私はヴィクトル様が悪魔研究の一環として作られたテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形初期型、メアリです」
「どうやら、この世界もシュバルツバースに負けず劣らずの世界のようだ……」
仁也が呟いた時、克哉の懐で携帯電話がコール音を鳴らした。
「こちら周防。そうか、一足遅かったが……ああすぐに迎えの手配を。分かった」
電話を切った克哉は少し考え込むと、アーサーが映し出されてる画面の方を見た。
「悪い知らせだが、仲間がこの街の下で行っていた封印作戦が失敗した。双方の情報交換も兼ねて、ミーティングを行いたいのだが、ここを貸してもらえるか?」
『現状の把握は急務のミッションです。互いの情報交換ならば、ブリーフィングルームの使用を許可します』
「済まない。できればこの船からも代表を出してもらいたいのだが」
『クルーの各班の代表を出席させます。開催時刻は?』
「そうだな、一時間後で。資料を用意しておいてもらいたい。メアリ君、こちらのも用意してもらえないか? 僕は少し残務処理があるので」
「分かりました」
「片付けならこちらからも人員を割こう。アーサー、許可を」
『許可します。手の開いているクルーは市街地の整備及び現状の精密観測を』
「人手が一気に増えたな。厄介事も増えたが」
「全力を尽くす、それだけです」
そう言いながら敬礼する仁也に、克哉も苦笑しながら返礼した。
「ヤバイってから急いで帰ってきてみれば、また随分とアグレッシブな物が来たモンだ」
「これは、なんだ? 車か船か?」
「装甲車、かな? こんな大きいの見た事ないけど………」
「話ついてるから、負傷者は中の医務室来いとさ。それぞれの代表はミーティングやるから中に集合」
ボロボロになって帰ってきた封印班の面々は、突如として鎮座しているレッドスプライト号の巨体に唖然としていた。
「すまないが着替えてからだ。こんな状態で会議に出るわけにはいかん」
「一理ある。少し遅れるかもしれん」
「そちらもこちらも似たような状態か……」
美鶴とライドウが急いで業魔殿の自室へと戻る中、轟は先に中へと入っていく。
「しばらく町の警備はこれの兵隊さん達がやってくれるそうだから、こっちも少し休むわ」
「兵隊って事は、軍属なんすか?」
「国連って言ってたけどね」
たまきの説明に、八雲はしげしげとレッドスプライト号と周辺で作業していくクルーを見つめていた。
「克哉さん言ってたけど、AIがリーダー代わりって話よ」
「SFだな~、どんだけ未来から来た事やら……」
「さあてね。あんたもとっと休んどきなさい。どうせすぐこき使われるんだから」
「へ~い」
気の無い返事を返した八雲がその場からとぼとぼと離れていくが、たまきの目が無くなった所でおもむろに携帯電話を取り出す。
「パオフゥ、今手ぇ開いてるか? ちょっとやっときたい事が………」
「一応そろったか」
レッドスプライト号のブリーフィングルームに、一応身なりは整えたそれぞれの代表が席に座っていた。
克哉を議長とし、ペルソナ使いの代表として尚也、葛葉からキョウジ、レイホゥ、轟、そしてライドウとゴウト、ヴィクトルの代理のメアリ。
悪魔使い代表として小次郎とアレフ、受胎東京の代表として修二とフトミミ、課外活動部から美鶴と啓人、エンブリオ代表としてサーフとゲイル、ロアルド。
対してレッドスプライト号の資材班、観測班、通信班、インフラ班の代表、そして機動班の代表として仁也が座っており、会議用ディスプレイにはアーサーが映し出されていた。
「それでは始めよう」
『そちら側のデータはすでに総員のデモニカに送信済みなので、こちらのデータから始めます』
克哉の声と同時に、アーサーが画面に彼らの時代の地球の画像を映し出す。
それは地球の南半球を映し出した映像だったが、その中央、南極部分に巨大な黒い渦とも壁とも見える物が在った。
『ごらんの通り、我々の時代において、南極に突如としてこの未知の現象 《シュバルツバース》が出現。当初は直系1mも無い物だったのですが、これは急激的な勢いでその範囲を拡大、南極の観測基地を飲み込み、更なる拡大の一途を辿っていました。当初、国連は無人探査機を投入して調査を行っていましたが、それが限界に達し、この現象の調査・解明、そして消去法の確定のために次世代武装を施した有人調査部隊を設立、世界中から選抜されたメンバーが我々です』
「今度は南極からか………」
「道理で随分と人種が多様のはずだ」
あちこちからざわめきが漏れる中、アーサーの説明は続いた。
『当初はこのレッドスプライト号を旗艦とし、同型のライトニング級揚陸艦4艦、調査艦エルブス号、武力艦ブルージェット号とギガンティック号から構成されていました』
「あと3艦は?」
『シュバルツバース突入時に攻撃を受け、全艦が不時着、内部にいた悪魔の襲撃を受け、この艦以外のクルーはほぼ全滅、当艦の被害も大きく、調査隊全体での消耗率は八割を超えています』
「八割!?」
「どんだけ犠牲者出てんだ……」
「恐らく、あれは魔界のゲートだろう。よく生きているというべきか」
予想を超えるレッドスプライト号の状況に、ざわめきが大きくなる。
そこで、轟の手が上がる。
「一つ聞きたい、お前達が使っている悪魔召喚プログラム、どこから入手した?」
『これは、シュバルツバース突入直後、謎の存在により転送されてきた物です。今持ってその詳細は不明、ただし送ってきたと思われる謎の存在らしき者達とは接触しております。ただ、その行動原理は不明』
「者達? STEVENを名乗る車椅子の男じゃなかったか?」
「いや、三賢人とも言える存在だった。もっとも助けてるのか試しているのか不明だったが……」
小次郎の質問に、アーサーより先に仁也が答える。
「本来、悪魔召喚プログラムは誰にでも扱える物じゃない。オレ達が使ってるのと比較しとく必要があるかもな」
「データによれば、本来は悪魔使いの素質がある者だけが使えるとあるが、我々は誰もが使えている。確かに気になる所だ」
キョウジが懐のGUMPを撫でながら呟き、仁也もそれに頷く。
『話を戻します。我々は多大な犠牲を払いながら調査を続行。その結果、シュバルツバースは地球の防衛意思とも思われる物で、その中心存在 《メムアレフ》と呼ばれる存在を確認。最終セクターと思われるポイントにスキップジャンプを行っている最中、突然この場所に飛ばされたのです』
「規模は違うが、こちらと似ていると言っていいだろう」
「そうだな、ここにいるほぼ全員が自分達の世界からここに突然飛ばされている」
「違うのはライドウと我くらいか」
「……今そのカラス喋らなかったか?」
「デモニカ越しで聞こえるって事は、悪魔!?」
ゴウトの呟きに、レッドスプライト号のクルーが驚く。
「その機械越しなら聞こえるのか? 我は業斗童子、ライドウのお目付け役だ」
「ちょっと変わったオブザーバーだと思ってくれ」
『悪魔召喚プログラムの翻訳プロトコル越しならワタシにも聞こえます。問題は、あなた方は違うといいましたが、それはどういう事でしょう?』
「天津金木を用いた、生霊送りの秘術を用いた。本来は異界にさまよう者を送り届ける術だが、前に関連した事件の影響がこちらにも及んでいたため、それの対処に来た」
『単独のスキップジャンプ、それが出来ると考えていいのですか?』
「完全とは言えないが」
「色々とんでもねえ連中ばかりぜよ……」
「お互いにな」
資材班のチーフの呟きに、ライドウは少し肩をすくめる。
「じゃ、こっちの報告だな。両国の件、データ行ってるか?」
『初期ミッションプランは全員目を通しています。失敗したとの報告を受けてますが』
「その通りだ」
キョウジが肩をすくめると、作戦結果を語り始めた。
「当初、作戦は上手くいっていた。冥界の門から這い出ていた亡者達の駆逐は順調に進み、封印作業に入った時だった」
キョウジがアイギスの戦闘ログからのデータを画面に表示させる。
そこには、トマホークを振り回したり、ペルソナを発動させたりしている黒衣の少女が映し出された。
「こいつが出てきた。メティスと名乗っていた事、ロボットらしい事、そしてペルソナを使える事。それしか分からん」
「待ってくれ。ペルソナというのはロボットでも使える物なのか?」
「正確には違う」
仁也の問いに、美鶴が答える。
「我々の仲間のアイギスは、最初からペルソナ戦闘を想定して設計、製造された。彼女の動力源は我々のペルソナ発動キーと同じ《黄昏の羽根》を用いている。逆に言えば、これが無くてはただの機械だ。だが………」
美鶴に促され、キョウジが次の画像を写す。
それは、無数のメティスの画像だった。
「いきなり他にもいっぱい出てきやがった」
「どのような方法か分からんが、量産されていたようだ。計、13体。最初に出てきた者と比べ、後から出てきた者は幾分性能は低いようだが、恐ろしい程統制が取れていた」
「実際、あそこで八雲さんが撤退を指示してくれなければ、どうなってたか……」
「あいつはそういう所敏感だからな………」
「そのまま逃げてきちゃったけどね。判断は間違ってなかったと思うわ」
量産型メティスの圧倒的な戦闘力を思い出し、啓人が呟く。
キョウジもそれに賛同し、レイホゥの口から重いため息が漏れる。
「慌てて逃げてきたから後の事はよく分からんが、あのままにしとけば、冥界の門はシュバルツバースとやらと同じ状態になりかねないな」
「態勢を整えて、再封印を決行しないとね」
それぞれの話を聞いた克哉がしばし思案し、おもむろに口を開く。
「現状は理解した。問題は今後の方針だ」
『こちらは本来の目的を果たすため、シュバルツバースに戻る事が第一目標となります』
「それはこちらも同じだ。一刻も早く元の世界に戻り、ニュクスを倒さねば………」
「考えている事は皆同じだ。だが、まだその方法が分からない」
「あんたらの情報が役立つかもしれない。協力してもらえるだろうか?」
ゲイルに続いて克哉が告げた言葉に、レッドスプライト号のクルーが互いに相談し、アーサーに判断を促す。
『協力の件、幾つか条件を提示します。一つは情報の共有、もう一つは双方の設備、人員の使用許可。最後は市街地でのクルーの自由行動です』
「つまり、持ちつ持たれつって訳か」
「いいだろう。警備人員の融通と引き換えに、市街地での自由行動を許可しよう。もっとも節度は持って欲しいが」
「言ってはおくが、多少は多めに見てほしい。市街地なぞ久しぶりの連中ばかりだからな」
「あれ? さっきおたくの連中らしい外人がバーに入ってくの見たぞ?」
『シュバルツバース探索がクルーに及ぼしたストレスは多大な物です。若干の規定外行動は放免するべきと思います』
「これは本当に機械か? 随分と融通が利くが」
『ワタシは合理的に思考するだけの存在です』
「じゃ、早速だが弾丸分けてくれねえか? 下でほとんど使い切っちまった」
「おお、それならお安い御用ぜよ。必要な分リストにしておいてほしいぜよ」
「そちらの悪魔召喚プログラムを解析したい。マスタープログラムはあるか?」
「用意します」
「下の様子を再度調べに行く必要がある」
「機材と観測班を」
「あ~、後でいい。オレはちと休む」
皆がそれぞれ協力体制を整えていく中、克哉はまだ画面に映し出されたままのシュバルツバースの映像を見ていた。
「損耗率八割………もし少しでも判断を誤れば、これは僕達の運命になるのか………」
克哉の小さな呟きに、答える者はいなかった。
「Oh………」
「おいおい……」
「なるほどな」
業魔殿の研究室の一室で、主にアイギスの戦闘データを中心とした作戦失敗の概要の解析がごく数名で行われていた。
ディスプレイに次々と映し出されていくメティスとの戦闘の様子に、それぞれの口から声が漏れる。
「RobotもAegis一人ならOKかと思いますが、これは………」
「冗談にしてもタチわりいだろ?」
ペルソナ使いとして、エリーとパオフゥが意見を述べる。
「問題は、これだけの数をどうやって量産したかだ」
「だよな」
研究者としてのヴィクトルの意見に、八雲も賛同する。
「間違いないのは、こいつらがメイド イン ヘルって事だけか」
「ログにアイギスが姉と呼ばれている事、スペックが極めて似ている事の二点から、同型もしくは後継機の可能性は高い」
「But、そうEASYに造れるモノでしょうか?」
「ま、詳しい事は学生連中が目覚ましてから聞くとするか」
「あの……」
そこへ風花が顔を覗かせた事に、八雲は僅かに顔をしかめる。
「お、山岸か。休んで無くていいのか?」
「私は皆さんみたいに戦ってませんでしたから………何か他に出来る事がないかなって」
「聞いてっぞ、ヘリ落とされかけたんだろ?」
「あ、ちょっとショックでしたけど、大丈夫です」
「Unreasonablenessは禁物ですわ。休める時に休んでおかないと」
「いえ……何かしてたいんです」
八雲、パオフゥ、エリーが三人がかりでなだめるが、風花は若干戸惑いながらもその場から動こうとしなかった。
「………じゃ、ちょっと手伝ってもらうか」
「そうだな。嬢ちゃん、潜りは得意かい?」
「え?」
「市内の警戒態勢はそろそろ解いていいだろう」
『要望のあった資材、準備できました。指定のポイントにて設置を開始します』
『周防署長、非番のレッドスプライト号クルーと思われる外人が酔って暴れてますが………』
「検挙しろ、それくらいはいいな?」
『許可します。ワタシを含めたクルーの今の最優先ミッションはこの街の治安維持です』
レッドスプライト号のブリッジの設備を借りる形で、克哉とアーサーが次々と指示を出していた。
「さすがに世界中から選抜されたクルーというだけあるな。これなら予想以上に早く防衛態勢が整いそうだ」
『魔術によるフィールドの形成、こちらも参考にさせてもらいます。ですが、内部も完全に安全とは言えない状態でのフィールド形勢は早計と判断できます』
「現状で一番危険なのは、確実にこちらを狙ってくる者達だ。内外で異常が起きるよりは、どちらかに絞った方が対処もしやすい」
『認識しました。フィールド形成後、各クルーから外部、ジュタイトウキョウの偵察部隊を組織します』
「両国の再対処も進めねばならないしな……作戦を一から考え直し…」
市街が落ち着いてから再度各リーダーを集めようかと克哉が考えた時、突然甲高い警報がブリッジ内に鳴り響く。
「何事だ!?」
「ハッキングです! 何者かがレッドスプライト号のデータ通信に強制介入!」
「フィルターのレベルを上げるんだ!」
通信班のクルー達が大慌てでキーボードを叩くが、向こうの動きも迅速だった。
「外壁を突破された!」
「アーサーに直接進入をするつもりだ! なんて腕前だ!」
「電子攻撃だと!? 何者が!」
『構成プログラムへの強制進入を確認、セキュリティを最大レベルに上昇。全ファイアーウォール展開。………第一防壁突破確認、第二防壁解除率、70、80、突破確認』
「アーサーのファイアーウォールまで突破してる!?」
「く、一人じゃない! 複数が同時にハッキングしてきている!」
強固なはずのアーサーの防壁すら突破されていく中、ブリッジにいた全員の顔色が変わっていく。
『第四防壁、突破確認。セキュリティを危険値レベルに設定、防御レベルを緊急レベルに移行。以後対処のため一時全機能を停止、プログラムの保護を最優先にします。攻性防壁展開、全データリンク、一時遮断』
「おい!?」
通信班のクルーが思わず声を上げる中、レッドスプライト号の照明が一時落ち、非常電源が灯る。
だが、数分を待たずして非常電源から通常へと切り替わった。
『侵入者の撃退に成功、残存ワーム消去します』
『ちょ、ちょっと待った!』
アーサーの報告の途中で突然ノイズのように女性の声が聞こえたかと思うと、ブリッジの大型ディスプレイから光の球が飛び出し、それは床へと舞い降りると女性の形になっていく。
「危な~、なんてパワーしてんのよこいつ!」
「何だこいつ!?」
「悪魔だぞ!」
「……言いたい事はそれだけか、ネミッサ君」
ブリッジのクルー達が騒ぐ中、克哉が静かな怒りを込めながら、画面から飛び出してきた悪魔、ネミッサの事を見た。
「すまない、彼女は味方だ。一応」
「電子介入する悪魔!?」
「そんなのシュバルツバースにもいなかったぞ!」
「あ~、ハッキングしてきた相手の場所は分かるか?」
『近いです、表示します』
まだブリッジがざわめいている中、アーサーがブリッジの大型ディスプレイに、市内に残っているサーバーを幾つか経由してハッキングしてきた相手の痕跡を表示していく。
やがて、その線はある場所へと辿りついた。
「………ほう。やっぱりか」
その場所を見た克哉の額に青筋が浮かび上がった。
「くっそ、やられた! 一番金かけたマシンが………」
「こっちもだ、完全に焼かれちまった。さすが最新型」
「こっちもです。中にまでは入れませんでした」
業魔殿の電算室の中で、きな臭い匂いと舌打ちが充満していた。
「ちっ、もうちょい行けるかと思ったんだが………潜らせたネミッサは無事か? まああいつは地獄から這い出してきたから大丈夫だろうが」
「あ~あ、こりゃ使い物になんねえぞ? 代替機なんて用意してねえしな」
「でもやっぱこれってまずいんじゃ………」
高負荷で完全に壊れたPCの前でぼやく八雲とパオフゥに、風花が何か言おうとした時、荒々しく電算室のドアが開かれる。
「やっぱり貴様らか!!」
「お、周防か」
「早かったな。残念だがお宝は手に入れ損ねた…」
憤怒でペルソナ発動しかけている克哉を前に、八雲とパオフゥは平然と声をかけるが、その返答は彼らの手首に手錠がかけられる音だった。
「うぉい! 出せ周防!」
「いきなり何しやがる!」
「電子計算機損壊等業務妨害罪の現行犯だ!」
珠閒瑠警察署(仮)の仮留置所に問答無用で叩き込まれた八雲とパオフゥが、鉄格子越しに克哉に怒鳴るが、それを上回る怒号が返ってくる。
「何かネタ握ってんじゃねえかと思って探しただけだろうが!」
「それが立派な犯罪だ!」
「おい周防よ、オレらがいなかったら誰がデータ整理を……」
「アーサーが代行してくれる! 反省するまでここにいろ!」
「あの、私は……」
「この二人にそそのかされただけだろう? こんな悪い大人に付き合う必要は無い」
「女尊男卑だ!」
「お前達は腐る程前科があるだろうが!」
「ネミッサも女なのにー」
「君は直接侵入の現行犯だからな。山岸君には保護者代理として桐条君に説教してもらう」
「え?!」
「それだけかよ!」
「せっかくの協力関係を不意にする所だったんだぞ、大人しく反省してろ。反体制思考ばかりが正しいと思うな!」
ばつの悪そうな顔で克哉の隣にいる風花がオリの中の二人を見るが、克哉は優しげな顔で向こうを向かせ、吠える八雲に逆に吠える。
「ねえ~、ネミッサお腹空いた~ピザ取って~♪」
「君も一晩そこで反省していてくれ。そうしたらピザでも何でも食べてくるといい」
「ぶ~」
隣のオリに入れられたネミッサがぶーたれる中、無情に留置所の扉が閉まる音が響いた。
「ち、周防の野郎………」
「完全に怒らせちまったな。仕方ねえ、しばらく臭い飯でも食うか」
「え~。ネミッサまずいのイヤ!」
「仕方が無い、ここはそういう場所だ」
ネミッサとは反対側のオリから響いた声に、八雲がそちらを見る。
そこには、自衛官の制服姿の仁也の姿があった。
「あんたは?」
「自分はシュバルツバース調査隊機動班、多田野 仁也陸曹長であります」
「オレは小岩 八雲、葛葉の三下サマナー、あっちは元相棒のネミッサだ」
「パオフゥ、ペルソナ使いだ。今はマンサーチャーをやってる」
「話は聞いた、アーサーにハッキングをしたそうだな」
「まあな。何かやばい情報隠蔽してないかと探る気だったが、弾かれちまった。お陰でお気に入りのマシンがおシャカだ」
「で、自衛官がなんでここにいんだ?」
「いや、実は機動班の同僚が羽目を外し過ぎて、酔って暴れそうになったの止めようとしたが、そのままケンカになってしまって」
「で、そろってぶち込まれた訳か」
「グガ~」
仁也の説明を裏付けるように、彼のいる牢の奥から高いびきと酒の臭気が隣の八雲達の牢にまで漂ってきていた。
「周防ならそうするだろうな。とんだとばっちり食ったな、陸曹長さんよ」
「いや、むしろ安心した。こんな状況なのに、この街は治安が保たれている」
「周防が仕切ってる限り、絶対無法地帯にはならねえな」
「あいつ悪魔まで検挙するからな………ここにも一体いるが」
「八雲、このオリ護符がいっぱい張ってる! 出られない!」
「驚くべき状況だ。自分がいた東京では、社会不安からか猟奇殺人が頻発していた。模倣犯もいるらしく、調査は難航していて、被害者は増える一方だった………」
「そっち方面じゃ、人間の方がタチ悪いだろうしな」
「シュバルツバースの悪魔もそう言っていた。効率よく人間を殺すには、人間の真似をすればいいと」
「違えねえ」
パオフゥが押し殺した苦笑を漏らし、八雲も小さく笑う。
「あんた、東京の生まれか?」
「ああ、浅草の出だ。……ここの浅草はどうなっている?」
「……ヨスガに落とされた。オレ達はマネカタって模造人間と防衛戦を挑んだが、手が足りなくてな。やばいんで全員まとめて逃げた」
「そうか、住人が無事だったならいい」
「マネカタは浅草の泥から作られるそうだ。案外あんたの知り合いっぽいのもいるかもな」
「そうだな、後で探してみる」
そのまましばし沈黙が訪れるが、おもむろに八雲が口を開く。
「………あんたらんとこの仲間は、ほとんど死んだらしいな」
「そうだ。仲間も大勢死んだ。自分も、そして今いるクルーもその犠牲の上になんとか生き残った」
「率直な所、ここがそうなると思うか?」
「………断言はできない。だが、自分達は手探りで悪魔との戦い方を構築した。しかし、君達は誰もが対悪魔戦闘のプロだ。違うか?」
「それが仕事だからな」
「お陰でこっちもよく巻き込まれてるぜ」
「今残っているのは、全員がプロばかりだ。それなら、生存の可能性は十二分にある。そう思う」
「そうだな。さて、せっかくのオフだ。固いベッドだが休ませてもらうか」
「ネミッサこんなオフいや~!」
「あ~、さすがに疲れたぜ。しばらくは静かだといいんだがよ」
「ああ、そうだな………」
ネミッサの文句を聞き流しつつ三人の男達が呟きながら、牢獄の中で思い思いに休息を取る。
それが、僅かな休息であろう事を誰もが内心確信しながら…………
寄り添い、束ね、更に強くなっていく糸達。
しかし、向かうべき先は今だ見えない。
その先にある物は、果たして…………