真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART28 GUILD COMEBACK

 

「署長、警備状況の報告です」

「そこに置いておいてくれ」

「周防署長、市民からの要望が」

「内容いかんだが、またこちらの体制が整っていないからな」

「周防署長、自警団からの調査報告、って……」

 

 報告書を持って署長室を訪れたたまきは、そこに山と詰まれた書類と格闘する克哉の姿を見つけて唖然とする。

 

「また随分と……」

「一時的に沈静化してるとはいえ、この状況だ。警察の仕事は幾らでもある」

「克哉さん、おやつ持ってきた……ってあらまあ……」

 

 ケーキ持参で訪れた舞耶も、そのあまりの量に呆気に取られる。

 

「あ、マーヤだ~」

「ケーキ持ってきたわよ。一休みしたら?」

 

 書類整理を手伝っていたピクシー(※見えない人達には怪奇現象扱いされてたが)が舞耶の手土産に飛び寄る中、書類を見ていた克哉がそれから一時目を離す。

 

「慣れなくて大変じゃない?」

「いや、こちらの周防署長と知識や経験は共有できるからな。左程問題ではない」

「今の状況こそが問題ね」

 

 たまきは所長室の窓の外、頭上に広がる形に見える受胎東京に目を移す。

 

「下は生贄求める悪魔の巣窟、なんて言ったら市民が暴動起こすわね」

「それはなんとしても避けねばならん」

「取材してきたけど、やっぱり不安は広がってるわ。マネカタの人達の大量流入もその一環ね」

「大量移民はどうあっても問題になるからな……」

 

 書類処理の手を休め、克哉はカラーサングラスを外して少し目じりを揉む。目の周辺には薄くクマが出ていた。

 

「通常警備は制服警官でもなんとかなるが、正直現状で下からの襲撃があると持つかどうか……」

「人手が増えたのはいいけど、半分両国に行っちゃったしね~」

「腕利き送り込んだから、すぐに戻ってくるでしょ。それよりも市内の方が問題ね」

「取材してみたけど、誰も彼も不安しか出てこないわね………」

「この街がこの形になって以来、らしい。シバルバーから出てくる物資も、戦闘前提となると足りなくなるな……」

「ただしも最近そっちで忙しいって言ってたわ。医療品と弾薬、その他諸々、どう回してもらうか」

 

 警察の最高責任者と自警団のまとめ役、克哉とたまきはそれぞれに思わずため息をもらす。

 

「二人とも暗~い」

「ほらほら、ケーキでも食べて。そういえば明日から値上げとか言ってたわね」

「生活に影響が出始めているか……」

「半配給制だからね~」

 

 モンブラン65点、などと心中思いながらも克哉はケーキを咀嚼し飲み込む。

 何時間前に持ってきてもらったかも忘れて冷め切っているコーヒーをすすった所で、ふと腕時計に目を落とす。

 

「予定通りなら、封印作業が始まった所か」

「さっき通信室寄って来たけど、なんとかなりそうとか通信来てたみたい」

「あの~、ショチョウさんいますか?」

 

 再度書類に取り掛かろうとした所に、一人のマネカタが署長室に顔を覗かせる。

 

「何か用かね?」

「フトミミさんが呼んでます。敵襲の予知が見えたと」

 

 マネカタの一言に、室内にいた三人(+ピクシー)は即座に反応する。

 

「いつだ!?」

「今フトミミさんは瞑想に入ってもっと詳しい事を見ようとしています。見えたらすぐ教えたいという事なので」

「天野君、すまないが行ってくれ! こちらは警戒態勢を引き上げる!」

「OK!」

「自警団と仮面党にはこっちから知らせるわ! 残ってる連中も総動員させて!」

「あ、ちょっと待って!」

 

 三人が慌しく署長室から出て行く中、ピクシーは残ったケーキと出て行く三人を交互に見つめ、しばらく悩むとその小さな腕で抱えられるだけのケーキを抱えて克哉の後を追っていった。

 

『第一種警戒態勢発令! 繰り返す! 第一種警戒態勢発令!』

「第一種だぁ!?」「何か聞いてるか!」「署長からの命令だ!」「また悪魔か!?」

 

 署員達が慌しく動く中、待機していたエンブリオンのメンバー達が黙々と戦闘準備を整えていく。

 

「確かめたが、まだ敵襲の報告は無い。どこからの情報だ?」

「オレが聞いた話だと、フトミミの予知とか聞いたぜ?」

「あの妙な連中のリーダーだろ?」

「予知って、アテになるの?」

「フトミミはその予知でマネカタ達をまとめ上げている。かなり正確と聞いてはいるな」

 

 ゲイルの問いにシエロが答えるが、フトミミの事を直接知らないヒートとアルジラが微妙に顔をしかめる。

 だがその予知を実際見たロアルドが断言し、リーダーのサーフが頷いた所で全員が戦闘準備を終える。

 

「みんな……」

「セラ!」

「大丈夫なのか?」

「うん……それよりも、何が起きてるの?」

「フトミミが敵襲を予知したらしい。何がどこからはまだ分からないようだが」

「食える奴なら、食っちまえばいい」

「みんな無理しないでね。飢えは私が抑えるから」

「ってセラも来んの!?」

「危ないわよ!」

「いや、場合によっては激戦になる可能性もある。戦闘が激しくなれば、飢えによる暴走の可能性も上がる、セラは必要だ」

「だが、護衛が必要だな」

「それならこちらでしよう」

 

 ゲイルとロアルドの会話に、横から女性の声が割って入る。

 

「彼女は?」

「この町で仮面党と呼ばれるトライブを率いている吉栄 杏奈、レイディ・スコルピオンとも呼ばれてる」

「セラの事は聞いてる。護衛なら仮面党で受け持とう。喰奴には前線を任せたい」

「はっきり言いな。悪魔の食い合いなんて見たくないんだろ」

「ちょっとヒート!」

「否定はしない。だが、安心して任せられるというのもある。成り行きでなったとはいえ、仮面党のリーダーとして、不用意に党員を危険にさらしたくない」

「いいだろう。セラは任せる」

 

 普段無口なサーフの言葉に、他の喰奴達は黙って従う。

 

「それで、彼女の歌の有効範囲は?」

「聞こえてる範囲内なら大丈夫だ」

「敵がどこから来るか、だな」

「シエロ、一足先に外縁部の偵察を」

「OK、ブラザー!」

「こっちはいつでも行けるぜ」

「次は何が来るの……」

 

 セラの呟きに、杏奈は静かに首を振った。

 

 

 

同時刻 蓮華台 アラヤ神社

 

「あれ、天野さん?」

「藤堂さん、達哉君も。フトミミさんはまだ中?」

「ああ」

 

 フトミミの臨時の瞑想場所として使われているアラヤ神社の境内で、同じく彼を待っている尚也と達哉が舞耶を出迎える。

 

「フトミミさんの瞑想時間は不確定です」

「でも重要な事は事前に必ず分かります」

 

 神社の扉の前に立つ二人のマネカタが断言した時、扉が内側から開かれた。

 

「分かった。敵は元港があった場所から来る。無数の思念体、ムスビだ」

「港南区ね、って私のアパートがあるのに!」

「すぐに知らせるんだ、迎撃準備をしないと」

「分かってる」

 

 三人がそれぞれ携帯電話を取り出し、一斉に連絡を入れる。

 

「待て、また見えた………これは、船? 分からないが、何かが………来る」

「敵か味方か、どっちだ」

「まだ見えない……だが、敵ではないだろう」

「どういう事だろう?」

「さあ? まあその事も克哉さんに知らせとくわ」

 

 舞耶が追加情報を伝える中、アラヤ神社の参道前に一台のバスが急ブレーキで止まる。

 

「乗れ藤堂!」

「ナオりん早く!」

「タッちゃんと舞耶姉も!」

 

 ペルソナ使い達を満載したバスに、三人は慌てて乗り込んでいく。

 

「港南区だな!? 規模は!」

「無数の思念体とか言ってた」

「無数ってどれくらいだよ!?」

「思念体というなら、物理攻撃が効かないかも……」

「誰かチューインソウル分けてくれ!」

「オレも無い」

「この間ので品切れって聞いたけど……」

「マジ!?」

「Oh、CAUTIONですわ」

「なんとか手配してみよう。間に合えばいいが……」

「へ、ペルソナなんか無くても、ミッシェル様はなんとかしてみせらあ!」

「無理しちゃダメよ?」

 

 色々な不安要素を抱えつつ、バスは港南区へと向かっていった。

 

 

 

「住民の避難急げ!」

「落ち着いて避難してください! 避難先は平崎区春日山高校と蓮華台七姉妹学園です!」

「パトカーも回せるだけ回せ!」

 

 警察、仮面党、自警団などが一体となって、敵の襲来が予言された港南区の住民を避難させていく。

 

「何か見えたか!?」

「まだ見えません!」

『こっちも、なんだありゃ?』

 

 上空を飛んでたシエロが、下から上ってくる何かに気付く。

 それはどんどんこちらに向かってきており、やがてそれはオボロな人の姿を持っている無数の思念体の塊だという事が見えた。

 

『来たぞ~! 束になってる!』

「一般警官も下がれ! ペルソナ使い達はまだか!」

「今到着しました!」

「来てるぞ!」

「みんな急いで!」

 

 バスから降りたペルソナ使い達が向かう中、先陣を切って喰奴達の攻撃が始まる。

 

『マハジオンガ!』

 

 押し寄せる思念体の群れに、シエロが電撃魔法を叩きつける。

 降り注ぐ電撃に、思念体の群れが大きく揺らぐが、更なる新手が押し寄せてくる。

 

「カアアアァ!」

「ガアアアァ!」

 

 変身したサーフとヒートの口から、吹雪と業火が吐き出され、思念体を迎え撃つ。

 

「ギャアアアァァ!」「ウワアアァァ!」

 

 直撃を食らった思念体が絶叫を上げながら消失していくが、後から更に新手が湧き出していく。

 

「思念体自体は大した力は持ってないが、これ程の数を束ねれば別のようだ」

「絶対孤独を掲げる連中が群れるとは本末転倒だな」

 

 ゲイルの足先の刃とロアルドの右手の刃が一閃すると、思念体はいとも簡単に霧散するが、次々と思念体は押し寄せてくる。

 

「このぉっ!」

 

 アルジラの両手の触手が振り回され、思念体を押し留めようとするが、向こうはまるで津波のように押し寄せてくる。

 

「物理攻撃や単体攻撃じゃ押し負ける!」

「面で攻撃するんだ!」

「アメン・ラー!」「ヤマオカ!」「ティール!」「スサノオ!」「ミカエル!」「ヴェルザンディ!」「モト!」

 

 第二陣として待ち構えていた元エミルンOBペルソナ使い達が、一斉にペルソナを発動、押し寄せる思念体を迎え撃つ。

 

「攻撃を途切れさせるな!」

「簡単に言うな南条!」

「この間も似たような事やったな、オレ」

「こっちもだ。フンッ!」

 

 ブラウンとマークがぼやく中、レイジが得意の拳を繰り出すが、ほとんど手ごたえも無いままに突きぬけ、霧散した思念体の背後から別の思念体が襲ってくる。

 

「直接攻撃はあくまで緊急用で!」

「そんな事言われても!」

「No! また来ましたわ!」

 

 切れ間無く襲ってくる思念体相手に、尚也は矢継ぎ早にカードを取り出していくが、ペルソナ発動の合間にも迫ってくる思念体相手に、麻希とエリーがアーチェリーとレイピアで辛うじて防いでいる。

 

『マガツヒよこせ……』『ムスビの守護を……』『マガツヒを……』

「くそ、来んな!」

「売り込みはアポ入れてくれい!」

 

 まとわりついてくる思念体をマークとブラウンが振り払おうとするが、隙を突いてしがみ付かれた手足に激痛が走ったかと思うと、赤い光のような物が思念体に奪われていく。

 

「これがマガツヒか! 奪われるな!」

 

 南条が叫びながら剣を一閃させ、ふたりにまとわり付いていた思念体を霧散させる。

 

「わり、助かった」「……って服切れてるぞ!?」

「我慢しろ」

 

 短く呟きながら前へと出たレイジがコンビネーションパンチで思念体を霧散させ、とどめとばかりにくりだしたソバットが数体まとめて思念体を吹き飛ばす。

 

「実体が無い分、むしろ厄介だな……」

「外傷が加えられない、というのも裏を返せばじわじわと衰弱させられる事になる。聞いた話だと、マガツヒは生きた人間から取るのが一番だそうからな」

「オレ達から一番絞りってか!? ふざけてんじゃねえぜ! ティール!」『西撃破!』「SM趣味はねえんだよ! スサノオ!」『地の烈風!』

 

 尚也と南条の会話に、キレたブラウンが衝撃魔法を、マークが疾風魔法を繰り出し、思念体をまとめて吹き飛ばす。

 

「勢いが弱くなってきた! 行ける!」

「! Separateしましたわ!」

 

 思念体の攻撃が弱まったかと麻希が思った時、エリーの口から悲鳴が漏れた。

 押し寄せてきた思念体が幾つかに別れ、そのまま別方向へと散っていく。

 

「まずいぞ!」

「敵が分散した! 後方を各個撃破に当たらせてくれ!」

 

 南条がこの場を動くかどうか迷うが、尚也が素早く後方に連絡を入れ、右手に剣を、左手に無数のペルソナカードを構える。

 

「分散しきる前に倒せるだけ倒すんだ!」

『おお!』

 

 皆が一丸となり、戦闘は更に激化していった。

 

 

 

「アポロ!」『ギガンフィスト!』

「ヴィーナス!」『アクアダイン!』

 

 バイク二人乗りで港南区市街地へと向かう思念体の塊に、達哉とリサのペルソナ攻撃が炸裂する。

 

「今度はあっち行ったよ情人!」

「あっちには栄吉と淳がいる」

 

 達哉の言葉通り、向こう側へと向かっていた思念体は別方向からの攻撃で霧散していく。

 

『達哉! 敵は少数に分散して各市街地に向かっている! 蓮華台方面に向かってくれ! 三科君と橿原、いや黒須君は平坂区へ! 避難民に絶対近寄らせるな!』

『こちらパオフゥ、青葉区にも来やがった!』

『こちら天野、夢崎区に向かってるのを追ってるわ!』

 

 克哉の指示で後方待機していたペルソナ使い達が、それぞれ分かれて分裂した思念体を追っていく。

 

「……おかしい」

「情人何が?」

「弱過ぎる。だが、なぜ分かれた?」

「さあ? 馬鹿なんじゃない? あそこにもいる!」

 

 何かの意図を感じつつも、達哉はバイクを走らせて思念体へと向かっていった。

 

 

 

「来た! 行くわよ!」

『オ~!』

「生徒と市民には手出しはさせん!」

 

 七姉妹学園で、市民の警護に当たっていたたまきとその仲魔達、ハンニャ校長が向かってくる思念体へと向いて構える。

 

「相手は雑魚、他の人達も頑張ってるから、ここに来ないようにするだけでいいわ」

「あ、来た!」「フミャアア!」

 

 姿の見えた思念体へと向かってネコマタが先陣を切り、その爪で思念体を一撃で霧散させる。

 

「本気を出すまでもありませんね、召喚士殿」

「この程度ならば」

「……そうね?」

 

 ニュクスとパールヴァティの攻撃魔法が炸裂し、ネコマタとダーキニーの攻撃が次々と思念体を霧散させていく。

 

「なんと歯ごたえの無い?」

「おかしい……本気で攻めてきてないのか、本気でこれか……」

「何かありそうだ」

 

 様子を見に来た轟も、奇妙な違和感を感じていた。

 

「ここにまで来ているのか」

「心配なく。これくらいなら大丈夫です、シルバーマンさん」

 

 学園内から顔を覗かせた、リサの父親で自警団の顧問も兼ねている元アメリカ海軍特殊部隊のスティーブン・シルバーマンが上空を見る。

 

「皆が大分不安になっている。最近大規模攻撃が続き、犠牲者も多いからな」

「そうですけど、今回は…」

「きゃあぁ!」

 

 校内から響いてきた悲鳴に、たまきは思わず校内へと飛び込む。

 

「いつの間に!」

 

 どこから潜り込んだ物か、思念体が非難していた女性へと襲い掛かり、マガツヒを奪おうとしている。

 たまきは一刀の元に思念体を斬り払い、女性を救い出す。

 

「大丈夫ですか? もういませんから」

「いや……もういや………」

 

 余程ショックだったのか、女性は頭を抱えて震えている。

 どう声をかけるか悩んでいたたまきだったが、そこで教室のあちこちから聞こえてくる声に気付いた。

 

「本当に大丈夫なのか?」「ここまで来るなんて……」「見ろよ、まるで幽霊の大群だ……」「ひょっとしてこのまま……」

 

 不安の声はさざ波のように広がり、いつしか誰もが不安や恐怖を口にし始める。

 それに応じるように、小さな赤い光がそちこちから漏れ始めていた。

 

「これは、マガツヒ!? まさか、この攻撃は恐怖心をあおるために!」

 

 常人の目には見えないのか、マガツヒの赤い光が街のあちこちから現れ、やがて吸い寄せられるようにある一点へと向かっていく。

 

「やられたな。目的はこれだったか」

「所長! どうすれば!」

「マガツヒを集めてる中央、恐らくはこいつらのボスがいるはずだ」

「けど、今誰も手が開いてません!」

「それも向こうの狙い通りだろう。完全に嵌められた」

「周防署長にも知らせないと」

「すでに気付いてるだろう、あの男ならな」

 

 

 

「しまった……!」

 

 無数のマガツヒの流れていく状況に、克哉は思わず拳を握り締める。

 

「まさか、肉体を傷つける事も無くマガツヒを集めるとは………マントラ軍はおろか、氷川ですら思いつかなかった方法だ」

「直接に痛めつけない分、効率は悪いだろうが、数は多い。前にマインドコントロールで似たような手を使った相手を見たが、これは市民にある恐怖がそのままマガツヒとなって漏れ出している………止められない!」

 

 助言のために克哉のそばにいたフトミミも呆然とする中、マガツヒの光はどんどん数を増やしていく。

 

「今や、戦闘行動全てが市民の不安材料になっている………だが、戦闘を止める訳にもいかない……どうすれば………」

「せめて、何かで気を紛らわせれば……」

 

 克哉とフトミミが思案を巡らせようとした時、通信越しに静かな歌声が響き始める。

 

「これは……」

「セラの歌か。悪魔相手なら効果は絶大だったが、果たして人相手に………」

 

 

 

「セラだ!」

「歌ってる………」

「人々の恐怖を沈めようとしているのか」

「だが、効果はあるのか?」

 

 最前線で闘い続ける喰奴達の耳に響く歌声に、皆が攻撃の手を休めずにセラの方を僅かに振り向く。

 

「ここで減らせるだけ減らせ。それがオレ達に出来る唯一のミッションだ」

「分かってる! 大技行くぞ!」

『Lトリスアギオン!』

 

 サーフの言葉に答えるように、ヒートが中心となってリンケージが発動、強烈な火炎が周辺をまとめて薙ぎ払う。

 

「まだだ! もっと行くぞ!」

「分かったわ!」

「任せろ!」

「セラの努力を無駄にはしない!」

「………」

 

 喰奴達はセラの歌声を聞きながら、更なるリンケージを発動させていた。

 

 

 

「これは………」

 

 杏奈を中心としてセラを守るために布陣していた仮面党員達は、セラの口から紡がれる歌に聞き入っていた。

 

「なんて静かで澄んだ歌なんだ………」

「心が洗われる、とはこの事か」

「こっちにも来てる! 迎撃!」

「ヤイル、カメーン!」

 

 現れた思念体へと向かって、仮面党員がロッドをかざし、スペルカードをかざす。

 

(明らかに流れてくマガツヒが減ってる………すごい……)

 

 指示を出しながらも、杏奈はセラの能力に脱帽していた。

 

(けれど、減っただけだ。根本的には……)

 

 懸念をかき消すように、突然一台のバイクが爆音を轟かせて走ってきたかと思うと、後輪をスリップさせながらもセラの間近へと止まる。

 

「周防!? お前確か遊撃じゃ…」

「ありがと情人!」

 

 杏奈が驚く中、ハンドルを握っていた達哉の後ろからリサが飛び降りると、セラへと駆け寄る。

 

「どうせなら、ソロよりデュエットの方がファンは喜ぶわよ♪」

「?」

 

 歌いながらセラが首を傾げる中、リサはセラの隣に並ぶと、セラの歌声に合わせて歌い出す。

 二つの歌声が街の中へと響き、伝わっていく。

 

 

 

「こいつは……」

「セラちゃんに、リサちゃんも?」

 

 重なり合って響く二人の歌声に、パオフゥとうららは戦いながらも聞き入る。

 

「正直どれくらい、って言いてえ所だが、明らかにマガツヒの量が減ってるな」

「けど、集めてる中心を叩かないとマズイわよ!」

「んなこたぁ分かってる!」

 

 パオフゥが攻撃の合間に懐から携帯双眼鏡を取り出し、マガツヒの流れていく先を探す。

 

「見つかった?」

「ちょっと待ってろ………あれか!? シバルバーの外縁に誰かいる!」

「そんな遠くから!?」

 

 さらによく見ようと倍率を上げたパオフゥだったが、視界が突然遮られる。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちしつつ、双眼鏡を外しながら迫ってきている思念体に指弾を叩き込む。

 

「周防、敵の親玉はシバルバーの外縁にいる! 誰か回せるか!」

『外縁!? ヘリは今両国だ!』

「じゃあ業魔殿に小型リフターか何かあったはずだ! そいつを回してもらえ!」

『その必要は無い。シエロに行ってもらう』

「一人で大丈夫か?」

 

 克哉との通信に割り込んできたゲイルに、パオフゥは疑問を声を上げる。

 

『ムスビのリーダーの実力は未知数だが、マガツヒの収集に気を取られているはずだ。その隙を叩く』

『頼めるか、こちらは市街地への対処で手一杯だ!』

『聞いていたかシエロ、すぐに向かってくれ』

『OKブラザー!』

 

 高速でマガツヒの流れを追い越して向かうシエロの姿が小さく見える中、パオフゥはうららと背中合わせになって構える。

 

「こっちも空飛べるといいんだけどね~」

「じゃあ飛べるペルソナ探すこったな。行くぞ! プロメテウス!」

「アステリア!」

 

 二人のペルソナが、周辺の思念体をまとめて吹き飛ばした。

 

 

 

「気付かれたか」

「オイ、まだ足りねえぞ」

 

 シバルバー外縁部、通常なら人の立ち入る事が無い、そもそも出来ない場所に二人の人影が立っていた。

 一人は長いフードを被り、姿すら全く見えない謎の人影が、冷静にマガツヒの流入の減少を確認している。

 その隣、帽子を被った半裸の少年が、己の前に集まりつつあったマガツヒの量を確認して、フードの人影に異論を唱える。

 半裸の少年の上半身には無数の人面瘡が浮かび、それぞれが何か呪詛のような言葉を漏らし続けている。

 異形の姿を持つその少年、ムスビのコトワリを掲げた者、新田 勇が配下の思念体を更に珠閒瑠市へと差し向ける。

 

「お前の意見に乗ってやって、体もくれてやったのにこれじゃあな」

「またあの女に邪魔されるとはな。どうやら、一番の危険因子はあの歌巫女か」

「どうすんだ? こっちもまた手駒集めるには時間がかかんだぞ」

「なら、こうするまでだ」

 

 フードの男は、どこかから一本の抜き身の刀を取り出し、その刀身に指を走らせる。

 指を走らせた後に梵字が次々と浮かびあがり、薄い光を放つ。

 

「それで、どうする?」

「こうするだけだ。滅!」

 

 呪文と共に、フードの男は刀を投げる。

 まるでカタパルトで打ち出されたがごとくの高速で、刀は目標へと向かって突き進んでいった。

 

「色々と出来るな、あんた」

「元ほどじゃない。この体への憑依にはかなり無理をしたからな」

 

 いつの間にかフードが外れ、その下から薄くヒゲの生えた男、かつて東京受胎を警告したオカルトライター、聖 丈二だった者の顔が露になる。

 

「やる事はやってくれよ、40代目ライドウさんよ」

 

 

 

「ん?」

 

 セラに合わせて、歌い続けていたリサの視界に何か光る物が見える。

 歌いながらも、それに視点を合わせようとした時、それがこちらに向かってくる刃の煌きだと気付く。

 その狙いが、セラだという事にも。

 

「危ない!」

「!?」

 

 とっさにセラを押し倒しながら、リサのペルソナが発動する。

 だが、飛来した刀はペルソナを貫き、リサの肩をえぐって、セラの肩も浅く切り裂く。

 

「うあああぁぁ!」

「リサ!?」

「リサさん!?」

 

 鮮血が溢れ出し、その鮮血が下にいるセラの衣服まで赤く染めていく。

 

「う、う……」

「リサ! 大丈夫か!」

「どいて周防! アエーシェマ!」『メディラマ!』

 

 駆け寄った達哉を押しのけ、杏奈がペルソナを発動させて回復魔法をかける。

 しかし、一度は塞がりかけた傷が再度開き、重傷を負ったリサの体から出血は続いている。

 

「そんな!? どうして!?」

「これって……あの時と同じ……」

「……この刀のせいか」

 

 達哉が二人をえぐり、地面に突き立った刀を手に取ると、その刀身に浮かんでいる梵字に気付く。

 

「情人……ひょっとしてこのまま……」

「大丈夫だ。こういう事に詳しい人達がいる。絶対助かる」

「うん……」

 

 顔面が蒼白になりながらも、激痛に耐えながらリサが無理に笑みを浮かべる。

 達哉自身、確証が無い事を言いながらも、二人をえぐった刀を手にしたまま、それが飛来してきた方向を睨む。

 

「あそこか、あそこにいるんだな」

 

 ペルソナの感覚で、大体の見当をつけた所に、達哉は憤怒の視線を向ける。

 すると、その手に握られていた刀が赤熱化したかと思うと、まるで飴のように溶け落ちる。

 

「情人………」

「これは……」

 

 リサとセラが呆然と見詰める中、いつの間にか達哉の背後に彼のぺルソナ アポロが浮かび上がり、周囲に陽炎が立ち昇っていく。

 

「暑い!? いや熱いぞ!」

「なんだあのペルソナ!?」

 

 仮面党員も異常に気付く中、達哉の周囲の地面すらも赤熱化し、舗装すら融解し始める。

 

「周防………あんた……! 総員、あの二人を連れて待避! 周防が本気でキレた!」

「熱い! こっちまで燃えるぞ!」

「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

 

 杏奈も叫びながら逃げ出す中、仮面党員は血まみれの二人を抱えてそれに続く。

 すでに達哉の周囲はまるでマグマのように煮えたぎり、達哉の間近ではアスファルトまでもが蒸発を始める。

 

「よくもオレの仲間を……」

「あ、あいつあんな奴だったか!?」

「情人はホントは熱血系だよ………」

「熱血過ぎる!」

「あちちちち!」

 

 杏奈の驚愕にリサが激痛の中苦笑する。

 仮面党員が悲鳴を上げ始める中、達哉が腕を横へと伸ばし、アポロもそれに続く。

 両者の腕を繋ぐように小さなプロミネンスが走るが、赤いプロミネンスの光が更に高温化し、段々白くなっていく。

 

「アポロ!!」『サンハート・フレア!』

 

 アポロが腕を前へと突き出すと、そこから超高温の白色フレアが噴き出していく。

 その軌道上にいた思念体は、触れるどころか間近にいただけで瞬時にして消失し、そのあまりの高温に大気すら歪めて白色フレアは突き進む。

 

 

「何だあれ!?」

「誰か、恐らく達哉のペルソナ攻撃だろう」

「あ、あれが!?」

 

 エミルン学園OBペルソナ使い達が、自分達の頭上を通り過ぎる白色フレアに度肝を抜かれ、更に真下にまで吹き付けてくる熱風に仰天する。

 

 

「白色フレア!? ペルソナでそんな物を出せる奴がいたのか!」

「ちょ、こっちまで熱いわよ!?」

「いかん、シエロ避けろ!」

「あっちいいいいい!!」

 

 喰奴達も驚愕する程の力に、目標に向かっていたシエロが大慌てで逃げ出し、離れていたにも関わらずに体のあちこちから煙を上げ始めて猛加速で更に白色フレアから逃げ出していく。

 

 

「な……!」

「なんだと!?」

 

 周囲を思念体をまとめて消滅させながら迫る白色フレアに、勇と40代目ライドウは愕然とする。

 

「ヤバイ、逃げろ!」

「間に合わん! くっ!」

 

 逃げ出そうとする勇に、40代目ライドウがとっさに集まってきていたマガツヒの塊に手を伸ばし、印を結ぶ。

 

「阻め!」

 

 灼熱のフレアが二人を焦がす寸前、マガツヒが壁のように広がり、結界となって阻んだ。

 

「くっ………!」

「この、野郎!」

 

 勇も40代目ライドウの張った結界にアマラ回廊で得た己の力も注ぎ込み、結界越しにもこちらを焦がしてくるフレアを防ぎ続ける。

 凄まじい力同士のぶつかり合いは、数秒間続いたかと思うと唐突に止んだ。

 

「はあ……はあ……」

「う、く………」

 

 荒い息を吐き出しながら、二人は体のあちこちから焦げ臭い香りを立ち上らせる。

 

「まさか、あれ程の力を持った者がいるとはな……この体では無理か」

 

 40代目ライドウは依り代にしている聖の体、右手の肘近くまでが完全に炭化しているのを見て小さく呟く。

 

「クソ、せっかく集めたマガツヒが………!」

「背に腹は変えられん。もっとも存在を守るために腕一本と変えてしまったが……」

「手駒も大分やられちまった。どうする? どうすればいい?」

「………まだ手駒があるなら、襲撃を続けるべきだ。これだけ強力な攻撃、連続で出せる訳が無い。この襲撃の目的は制圧ではなく威圧、あれ程の攻撃を食らってもまだ攻めてくる物に対しての恐怖は、更に増すだろう」

「なるほどな。じゃあ、減った分取り戻させてもらうぜ!」

 

 勇が手を上へとかざすと、ムスビのコトワリを掲げる思念体達が、一斉に湧き出してくる。

 

「奪って来い、マガツヒを! ムスビのために!」

『オオオオォォォ!』

 

 

 

「はあっ………はあっ………」

 

 全身全霊を込めた攻撃に、達哉の息が完全に上がり、そしてその場に崩れ落ちる。

 

「周防!」

「誰か救出!」

「ダメだ! 近寄れねえ!」

 

 今だ余熱で陽炎が立ち昇る達哉の周囲で、仮面党員がなんとか救出を試みようとするが、足を踏み入れる事すら適わなかった。

 

「タっちゃん!」「大丈夫!?」「達哉君!」

 

 そこへ凄まじいペルソナ反応を感じて駆けつけたミッシェルと淳、舞耶が現れる。

 

「なんじゃこりゃあああ!?」

「これ、達哉が………?」

「みんな避けて! アルテミス!」『絶対零度!』

 

 丸で火山でも噴火した後のような惨状に、ミッシェルと淳が唖然とする中、舞耶がペルソナの氷結魔法で周囲を冷却していく。

 

「これでなんとか大丈夫!」

「無事かタっちゃん!」

 

 ミッシェルが冷えたばかりの路面を踏みしめて達哉へと駆け寄り、その体を起こす。

 

「ああ、大丈夫だ……」

「そんな面で言っても信じられねえよ! 肩貸すから、安全な所で休んでな!」

「それよりもこっちだ! 傷がどうやっても塞がらない!」

「ええ!?」

 

 ミッシェルが達哉を介抱する中、杏奈の叫びに淳と舞耶がリサの方へと駆け寄る。

 

「アルテミス!」『ディアラハン!』

「……ダメだ。これは、ただの傷じゃない………」

 

 流れ続ける鮮血に、淳がかつてこの世界の舞耶が死んだ時の事が頭をよぎる。

 

「その傷、何かの情報が流れこんでる……それが邪魔を………」

「あんたももう休んでな。誰か轟所長を呼んできてくれ! あの人なら何か分かるかも…」

「レイディ・スコルピオン! あれを!」

 

 セラがかろうじて呟く中、仮面党員が杏奈に悲鳴に近い声を上げる。

 その仮面党員が指差す先には、先程よりも大量にも見える思念体がこちらに向かってきていた。

 

「まだ手駒があったの!?」

「ここは私がなんとかするわ! 栄吉君と淳君は、その三人を連れて避難して!」

「それはこっちの台詞だぜ! ミッシェル様のビューティホーな戦いで何とかしてみせらあ!」

「両国に行った人達が帰ってきてれば……!」

 

 力を使い果たした達哉と重傷のリサ、ショック状態のセラの三人をどう守るべきか淳が悩んだ時だった。

 

「何か……来る」

「え?」

「おい、あれは何だ!」

 

 セラが小さく呟き、それを聞いた淳が首を傾げた時、仮面党員の一人が上空を指差しながら叫んだ。

 ちょうど街の中心部上空に当たるそこには閃光が明滅を繰り返し、何かを形作っていく。

 

「また何か来んのかよ!」

(! 船、敵ではない存在!)

 

 ミッシェルが叫ぶ中、舞耶はフトミミから聞いていた予言を思い出す。

 

「大丈夫、敵じゃないわ!」

「それ、本当?」

「来るぞ!」

 

 舞耶の言葉を杏奈が懐疑的に反応した時、とうとう閃光は一つの形を作り上げた。

 

「おい、何だあれ………」

「マジ、かよ………」

「落ちてくるぞ!」

 

 それを見た者達全員が、それを見ながらもそれが何か認識できなかった。

 どこかで見た事のある物にそれはよく似ていたいが、まるで距離感が狂うような大きさを誇っている。

 

「降りてくるぞ!」

「本当に、あれは敵じゃないのか?」

「……私も自信無くなったわ」

 

 それは、大型客船くらいはあろうかという、とんでもなく巨大な装甲車だった………

 

 

 

 傷つきながらも、友と人々を守ろうとする時、新たな糸が舞い降りる。

 それがもたらす物は、果たして………

 


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