「アステリア!」『ツィンクルネビュラ!』
うららのペルソナの放った強烈な旋風が、通路の天井を破壊し、通路を完全に塞いだ。
「ふう、こんなモンかしら?」
吹き上げる土ぼこりから遠ざかりつつ、うららが額の汗を拭う。
「発破をもうちょい回してもらえりゃ、完全に封鎖できんだがよ」
「仕方ないわよパオ、そんないっぱい持ってきてた訳じゃないって言ってたじゃん」
咥えタバコのまま、通路の封鎖状況を確認していたパオフゥがぼやくが、そんな彼の懐から電子音が鳴り響く。
そこから多機能モバイルを取り出したパオフゥが、表示されている情報を見て舌打ちした。
「3番がもう突破されやがった。人海戦術で掘り起こしやがったな」
「じゃあここもあんまり持たないわね……」
「そろそろ打って出るとするか」
「そうね」
モバイルを仕舞い込んだパオフゥが指弾用のコインを取り出し、うららが拳を打ち鳴らす。
「お待ちください、さすがにお二人では無理がございます」
「助太刀するよ」
「あら、メアリちゃんにアリサちゃん」
「あっちはいいのかい?」
「はい、あとは手順通りに」
「そのためにも、ここで踏ん張らないと!」
二人のペルソナ使いの両脇に、二人のメイド姉妹が並び立つ。
その時には、すでにふさがれた通路の向こうから悪魔が掘り進める物音が響き始めていた。
「お出迎えと行くか」
『おお~!』
女性陣が声を上げる中、僅かに開いた瓦礫の隙間へと向けてパオフゥは指弾を叩き込んだ。
「頃合、って所かしら」
「ええ、多分………」
レイホウの呟きに、風花も同意する。
皆が奮戦しているが、文字通り雪崩れ込んでくるヨスガの大群の前に防衛線が大分押し込まれてきているのが3Dディスプレイのそこかしこで表示されていた。
「急いだ方がいい。皆にも被害が出てきている。それに…」
「それに?」
フトミミがしばし迷った後、口を開く。
「何か、今までとは比べ物にならないとんでもない変化が訪れるようだ。あまりにも巨大過ぎて、私にもはっきりとは見えない。だが、この戦いですらその予兆に過ぎないらしい」
「ふう、聞かなかった事にしておきたいけど、それは無理でしょうね」
レイホウが頭を抱え込みつつ、ため息を漏らす。
そこで、ディスプレイの片隅にBEEP音と共に小さなウインドゥが赤く表示された。
「限界ね、どうやら」
「何ですこれ?」
「マグネタイトの残量警告よ、これは八雲か……」
続けてもう一つ同じウインドゥが表示された事に、レイホウが露骨に顔を曇らせる。
「小次郎まで………すぐに下がらせて。フェイズ5に移行するわ」
「は、はい!」
「正直、これは賭けね……どこまで効果があるか分からないし」
『こちら祐子、準備は完了してるわ。セラさんの方も大丈夫』
「それじゃあフェイズ5、ライブスタート!」
ミフナシロ 最深部
全てのマネカタ達の魂のよりどころとされる聖域、その最奥に祭壇のように祭られた巨石の上に、一つのステージが設置されていた。
マネカタ達によって集められたマガツヒが巨石から漏れ出て舞う中、ステージの上にセラが立った。
その傍らで、祐子がうまく行くように祈りを捧げ続ける中、セラはステージの中央で大きく息を吸い込む。
(みんなを、救うために………)
己自身も祈りを捧げながら、セラの口から歌が紡がれ始めた。
静かで、どこまでも優しい旋律を持った歌が、ステージに設置された複数のマイクを元に、アサクサの各所に設置されたエーテルハーモニクスを媒介として、街の隅々に流れていった。
「何だこりゃ………」
「歌、だ?」
当初、歌に気付いていなかったヨスガの悪魔達が、一体、また一体と歌に気付いて動きを止める。
「何してんだ!」
「いや、何か……」
だが、歌に気付いても動きを止めず、マネカタ達を狩り立てる悪魔もまた多くいた。
「始まった!」
「撤退! 急げ!」
悪魔の動きが鈍った隙に、奮戦を繰り広げていた全ての者達が、一斉にミフナシロへと向けて撤退を開始する。
「へ、さすがセラだ。すげえ効き目だぜ」
「だが、喰奴程絶対でもないようだ。幾分かの鎮静効果はあるようだが……」
数を減らしたとはいえ、こちらを追ってくる悪魔の姿を認めたシエロとロアルドが駄目押しの攻撃をぶち込みながら撤退戦を繰り広げる。
「すげえな~、あんだけの悪魔がおとなしくなってるぜ」
「ペルソナ使いなんかよりすごくない?」
「ただ、どうにも効果がランダムだな」
「そういや、さっき間違えて配線ごと攻撃したような……」
「あ、こっちもやっちゃった」
「オレはちゃんと外してたぞ」
合流したペルソナ使い達がセラの歌の効果に驚きつつ、一心にミフナシロへと向かう。
「やっぱ完全停止は無理か……」
「今ここから雪崩れ込まれる訳にもいかんだろ」
他の者達がミフナシロへと向かう中、通路の合流地点で八雲と小次郎がそれぞれの銃に残ったマガジンを叩き込む。
「全員、残弾は?」
「2.5マグって所」
「今入ってるので最後です」
「オレは2だな………」
「オレもだ。マグネタイトも切れちまったし、魔力もそんな残ってないだろしな~。どこで逃げるかがポイントか」
武装がほとんど品切れ状態の中、どう戦うかを考えていた八雲だったが、ふとそこでやけに静かな人物がいる事に気付いた。
「ネミッサ、お前は…」
八雲がネミッサに声をかけるが、ネミッサは静かにうつむいたまま動かない。
「やべ、こいつにも効いたか?」
「ネミッサさん大丈夫ですか…」
カチーヤも心配してネミッサに声をかけた所で、ネミッサの顔から雫が一粒こぼれて床へと落ちた。
「ネ、ネミッサ?」
「あれ、ネミッサ一体………」
自分の瞳から零れ落ちる涙に、ネミッサ自身が分からぬまま床に雫が次々と落ちていく。
「後だ! 来たぞ!」
「ネミッサそこをどけ!」
響いてくる足音と嬌声に、小次郎と八雲が剣と銃を構えて前へと出ようとした時だった。
通路の各所から響いてくる歌声に、別の歌声が重なる。
二つの声が重なり、新たな旋律となって通路へと響いていき、いつの間にか向かってきたはずの足音も止まっていた。
「これは………」
「ネミッサ、お前………」
涙を流しながら、ネミッサは歌っていた。
セラの歌に合わせるように、連なるように、ネミッサの口から静かな音律が奏でられる。
「悪魔達が………」
「静まっていく………」
咲とカチーヤも唖然としながら、先程までの喧騒がうそのように静まり返っている通路を見た。
『小岩さん! 何が起きてるんですか!?』
「何が起きてるって言われても、オレもなんつったらいいのか……他の通路の悪魔の様子は?」
風花の慌てた様子の通信に、八雲も初めて見るネミッサの力の前にどう説明したらいいかを悩む。
『その周辺だけですが、ほぼ完全に悪魔が沈静化してるみたいです………』
「山岸、セラとネミッサの歌を同調させて流せないか?」
『ええ!? ど、どうすればいいんですか!?』
「今気付いたんですけど、あの歌には独特の波長が出てます! これはそういう術式なんです! それに合わせれば!」
『波長に合わせればいいんだな。山岸、私も手伝おう!』
カチーヤの助言に、向こうに合流したらしい美鶴の声が応じる。
『結線はこっちでやるぜ』
『今そっちにメアリちゃんとアリサちゃんが補給持って増援に向かってるわ!』
『こっちはほぼ撤収完了、今最終防衛線を構築してるわ! キョウジはまだ帰ってこないの!?』
慌しく作戦が組み替えられる中、二人の歌が響き続ける。
やがて、二つの歌声が同調されてアサクサの全ての場所へと流されていく。
優しく、深く、透き通った二つの歌声の前に、先程まで荒れ狂っていた全ての悪魔達が、ウソのように動きを止め、静かに歌を聴いていた。
「これは………」
「すごい………」
「さて、どれくらい持つかだな」
「八雲様!」
「補給持ってきたよ!」
咲とカチーヤが、歌い続けるネミッサの方を見とれるように見つめ続ける。
だが、八雲と小次郎は厳しい目つきのままだった。
慈愛の歌が響き続ける中、メアリとアリサが持ってきた弾丸を銃に叩き込み、栄養ゼリーをすすった八雲が空容器を投げ捨てて通路の向こうを凝視する。
やがて、静かな歌の中に不協和音が混じり始める。
「お、お許しくだ、ギャアアァァ!」
「うわああぁぁ!」
通路の向こうから、動きを止めていたはずの悪魔の断末魔が響いてくる。
「これは……」
「来ます! 何かとんでもない強い存在が!」
小次郎のアームターミナルと八雲のGUMPが同時に最大危険を示すBEEP音を響かせる。
「これは、魔神級か? だが……」
「妙な反応が混じってやがるな………」
緊張の面持ちで、ネミッサを守るように二人の術者と二人の悪魔使いが前へと出て構える。
「メアリ、アリサ、お前らはネミッサを守れ。そいつこっちに気付いてないかもしれん」
「分かりました」
「何、何が来てるの!?」
「大丈夫、八雲様達を信じなさい」
あまりに強い反応に、おびえる妹を鼓舞しながらメアリが巨大な鎌を構える。
「来た!」
八雲が叫びながら銃を構える。
最初に見えたのは、体を半ば千切られて壁へと叩きつけられるオニの屍だった。
やがてゆっくりと、全身を悪魔の返り血に染めた影が姿を現す。
それは、異形の腕を持った一人の少女だった。
「そいつかしら、私の部下を骨抜きにしてくれたのは………」
「部下って事は、あんたがヨスガのリーダー、橘 千晶だな」
ネミッサを睨む千晶の前に、小次郎が一歩前に出て剣を構える。
「仕事柄人間辞めちまった奴は色々見てきたが、こいつはとびきりだな、オイ」
八雲も銃口を向ける中、千晶が異形と化している顔の下半分を歪ませて笑う。
「COMPを持ってる、という事はあなた達、悪魔使いね。けど、仲魔はどうしたのかしら? マグネタイトが無いと呼び出せないって話らしいけど」
「………誰から聞いた?」
彼女が知るはずの無い事を知っている事に、小次郎が微かに疑問を感じる。
「さあ、なぜかしらね?」
「やっぱ、そっちにもオレらと同じく、どっかから飛ばされてきた奴が協力してやがんな? 相当実戦、しかも対悪魔やデビルサマナーとの戦い方を熟知した奴が」
「ふ、ふふふふ……」
八雲が言及するが、千晶は肩を小さく震わせて笑いながら、異形の右腕を振るってそこから鮮血が飛び散る。
「あなた、自分の配下を殺しながらここまで来たの?」
「力を持たない者はヨスガに必要ないわ」
咲の問いに、千晶はさも当然のように断言しながら全身からすさまじい妖気を放っていく。
『た、大変です! さっきまで沈静化していいた悪魔達にまた活性化の動きが!』
「そりゃ煽ってる奴がすぐ目の前にいるからな」
「覚悟しなさい。泥人形ごと、あなた達も潰してあげる!!」
不吉な情報を風花から聞いた直後、千晶が異形の右腕を振りかざしてくる。
だがそこで、千晶の後ろから飛び出してきた人影が、千晶を横手の壁へと叩きつけて付けて強引に止めた。
「もう止めろ千晶!!」
「英草!?」
「修二か!」
撤退する振りをして、ずっと待ち構えていた修二が千晶をなんとか止めようと押さえ込む。
「これ以上、犠牲を出して何になるってんだよ! ヨスガも、コトワリも、どうでもいいじゃねえか! オレはもう、友達がこれ以上狂ってくのは見たくねえんだ!!」
今まで心の奥に溜まっていた感情を爆発させるように、修二は叫ぶ。
しかしその叫びを聞く千晶の目は、どこまでも冷めたままだった。
「分かったわ修二君」
「千晶………」
「あなたは、完全に私の敵になるのね。ヨスガのコトワリを阻む者に。ねえ人修羅ぁ!」
「千あ…」
かける声もむなしく、修二の体が千晶の一撃で壁へと叩きつけられ、大きく壁が穿たれ、それに鮮血が混じる。
「ぐふ……千…晶………」
口から鮮血を吐き出しながら、修二はなんとか体勢を立て直そうとする。
そこに、異形の右腕を振りかざした千晶が襲いかかろうとしていた。
だが強力な一撃は、横手から飛来した銃弾に阻まれ、白刃によって受け止められる。
「貴様ら………」
「下がれ修二、ここはオレが止める」
「小次郎……」
「友人を殺るには、半端じゃない覚悟と、絶対消えない後悔が必要だぜ」
「八雲……」
かつて、友や仲間を己の手に掛けた事のある二人の男が、己の得物を千晶へと向ける。
「待ってくれ……オレにやらせてくれ………」
「……いいのか」
「ああ、オレも甘かったみてえだ。悪魔のくせにな」
普段の陽気さも感じさせない、冷めた苦笑を浮かべながらも修二は胸を叩き、今装備していたマガタマを吐き出して別のマガタマを飲み込む。
「もお余計な事は言わねえ、勝負だ千晶!」
「まず貴方からよ修二君!」
振り下ろされた異形の右腕を、修二が頭上で両腕を交差させて受け止める。
「ううおおおぉぉぉ!」
全身の力を込めて異形の右腕を弾き返した修二が、ありったけの魔力を込めた拳を千晶の胴に連続で叩き込む。
「ぐ……その程度!」
『死亡遊戯!』
続けて魔力の剣の衝撃波で千晶を吹き飛ばした修二が、更なる追撃をかけようと拳に魔力を込めようとするが、そこに伸びてきた異形の右腕がその首をわしづかみにする。
「がっ………ぐっ………」
「捕まえたわよ修二」
首を掴まれたまま、分かれた異形の腕が鋭利な槍となって修二の全身に襲い掛かる。
「ぐはっ………!」
「あの馬鹿! 仲魔も呼ばないでやる気か!」
「修二!」
とっさに八雲と小次郎が援護に入ろうとするが、その時修二の顔に笑みが浮かんでいる事に二人は気付いた。
『破邪の……光弾!!』
「!」
お互いに離れられない距離で、修二のありったけの魔力を込めた魔力弾が炸裂する。
「ぐああぁぁ!!」
至近で直撃を食らい、千晶が吐血しながら弾き飛ばされる。
反動で拘束から逃れた修二が床へと崩れ落ち、傷口から血を垂れ流しながらもなんとか片膝をついてこらえた。
「大丈夫か!」
「へへ、この程度じゃ死ねないんでね……」
駆け寄った小次郎に、修二が苦笑しながらも立ち上がろうとする。
「動くな。咲、回復を…」
「ふ、くすす……あはははは………」
そこで、まともに攻撃を食らって破砕しかけている壁にもたれかかって座り込んでいた千晶が、笑っている事に皆が気付く。
「やるわね、修二君。でも、そろそろお終いにするわ」
そう言った千晶の右腕が、異様なまでに蠢き始める。
「! 全員防御しろ! カチーヤ!」
「はい!『フリーズ・ウォール!』」
八雲が叫び、何を言いたいのかを瞬時に理解したカチーヤが、即座に歌い続けているネミッサの前へと立ってありったけの魔力で凍気を生み出し、氷壁を築いていく。
「そんな物! 『
千晶の右腕が、幾つにも分裂して蠢く奇怪な槍と化して己の前に立つ者全てに襲い掛かる。
「げっ!」「くっ!」「ちいっ!」「きゃあ!」
皆歴戦の者達だけに、致命傷はかろうじて避けていたが、遅い来る猛烈な攻撃に負傷は免れなかった。
「まず……」
ナイフで必死に襲い来る槍を捌きながらも、八雲が視線を後ろへと向ける。
「はっ!」
「この!」
氷壁の前でメアリが大鎌を振るい、アリサがアームガンを連射して何とかカチーヤとネミッサを守ろうとするが、捌ききれなかった攻撃が次々と氷壁に食い込んでいく。
「く、ううう………」
カチーヤがなんとか氷壁を守ろうと魔力を注ぎ込むが、そこへ無数の槍が一度に襲い掛かる。
「う……」
「きゃああぁ!」
巻き込まれたメイド姉妹が弾き飛ばされ、とうとう限界に達した氷壁が砕け散った。
「あ……」
無数の槍が押し寄せてくる中、カチーヤはとっさにネミッサを守ろうとするが、二人まとめて突き飛ばされる。
「カチーヤ! ネミッサ!」
八雲が叫ぶ中、歌が途切れ、二人がおり重なって倒れる。
「やっと耳障りな歌が途切れたわね」
「千晶ぃー!」
腕を引き戻してほくそ笑む千晶に、修二が負傷も構わず突っ込んでいく。
「小次郎、そっちを頼む!」
「分かった! 咲はあちらの回復を!」
「はい!」
千晶を修二と小次郎に任せ、八雲と咲が倒れた者達のそばへと駆け寄る。
「あ痛………あれネミッサ何を? ってカチーヤちゃん大丈夫!?」
軽症だったらしいネミッサが体を起こそうとした所で、自分の上に重なっているカチーヤと、その体から流れている鮮血に気付いた。
「今回復を……」
「だ、ダメです! 離れてください!」
負傷しつつも、カチーヤが強引にネミッサから離れる。
その各所から、壊れたオーブやチップが散らばっていく。
そして、カチーヤが体を起こす時に手をついたネミッサの衣服の表面が、氷結していた。
「今のでNEMISSAシステムが完全に破壊されました! 直に私の力が暴走し始めます!」
「く、しまった………」
「どういう事?」
「カチーヤの力は強力過ぎるんだ! だからオレがリミッターをつけてたんだが、そいつが壊れちまった………」
ネミッサから離れたのもつかの間、カチーヤの触れた床、更には滴り落ちた血液の触れた場所までもが氷結を始めていく。
「今から、この力を全てあいつにぶつけます。そうすれば……」
「やめろ! 制御できる確証は無い! NEMISSAシステム無しで使えば、お前のソウルが持たない!」
「……ソウルが?」
そこでネミッサが少し考える。
向こうでは千晶相手に小次郎と修二が必死の死闘を繰り広げているのが見えていた。
「道義にこだわっている事態じゃない! 仲魔を呼び出せ!」
「そうしたいんだけどよ!」
「させないわ!」
仲魔を呼び出す隙を与えまいと、千晶の猛烈な攻撃が二人を容赦なく襲う。
「千晶様に加勢しろ!」
「もう人間もマネカタも皆殺しだ!」
更には、遠くから歌の影響から外れた悪魔達が怒号と共に押し寄せてきているのが聞こえ始めている。
「どうにか傷の回復だけでも…」
「近づいたら危険です!」
回復魔法をかけようとした咲を振り払おうとしたカチーヤだったが、振り回した拍子に周囲にダイヤモンドダストが舞う。
「ち、前よりひどいか………どうすれば……」
「あ♪ あるじゃんいい手が!」
そこでネミッサが何かをひらめいたかと思えば、いきなりその姿が小さな光の玉へと変化する。
「おいまさか!」
嫌な予感を覚えた八雲の予感通り、光の玉と化したネミッサはそのままカチーヤへとぶつかった。
一瞬眩い光がカチーヤから放たれたが、程なくして止んだ。
「え、ネミッサさん? 大丈夫カチーヤちゃん、ネミッサなら押さえ込めると思うから。でも……」
まるで独り言のように交互に違う口調でしゃべるカチーヤに、咲が目を丸くする。
「これは?」
「憑依したんだ、だが本当に大丈夫か?」
「ん~、ちょっと待って」
「時間が無いぞ」
すでに押し寄せてくる悪魔達の足音が間近煮まで響いてきている中、カチーヤの体で暴走している魔力を、ネミッサがなんとか押さえ込もうとする。
「くう~、結構やるわねカチーヤちゃん。私も協力します。よし、じゃあ二人で!」
「……昔を思い出すな」
傍目には妙な独り言にしか見えない二人の会話に、八雲はデビルサマナーになったばかりの頃の事を思い出す。
「八雲様!」
「来たよ!」
「ちっ、間に合わないか!」
通路の向こうに見える悪魔達の姿に、八雲が舌打ちしつつ銃口を向ける。
「伏せてください! いくよ!」
『アブソリュート・ゼロ・クリスタリゼーション!』
ネミッサの力を借りて凝縮させられた魔力が、万物全て、存在情報すらも氷結させる絶対零度の凍気となって放たれる。
「うわ!」
「ちぃ!」
「これは!」
「なにこれは……!」
とっさに伏せたりかわしたりした者達の衣服の一部すら凍らせながら、通路全体にすさまじい凍気が吹き荒れる。
正面から食らった千晶を平然と飲み込み、そのまま通路を氷結させながら閉ざしていく。
「ぎゃああぁぁ……」
「ひぃ……」
突然襲ってきたすさまじい凍気から逃れられなかった悪魔達を全て飲み込み、やがて凍気の嵐は消える。
後には、無数の氷柱と並んで氷像と化した千晶とヨスガの悪魔達の姿があった。
「すげえ~……」
「雑魚は片付いたようだが、こいつはまだ生きてるな………」
修二はその威力に絶句していたが、エネミーソナーの反応を確認した小次郎がまだ千晶の反応が出ている事に気付く。
「今の内に破壊しておくべきか?」
「………じゃあオレが」
「止めとけ、そう簡単に砕けるほどぬるい凍り方はしていない」
余剰魔力を全て使い果たしたのか、倒れたカチーヤの体を支えながら、八雲が千晶の方を見る。
氷像と化している千晶の目が、動いてこちらをにらみつけた事に、拳を握り締めていた修二が思わず一歩引いてしまう。
「カチーヤ様の状態は?」
「二人そろってオーバーフローでぶっ倒れてるようだ。もう戦闘は不可能だな」
「ああ! まだ敵が来るよ!?」
「この状態ならしばらくここは持つ。今の内に撤退しよう」
なんとか起き上がったメイド姉妹が心配する中、小次郎の提案に皆が一斉に頷く。
「またな、風邪引くなよ千晶!」
内心安堵している自分に気付きつつ、最後尾の修二が千晶に片手を上げるとそのまま撤退していく。
『お……のれ……人修羅……デビル……サマナー……!』
氷像の中から響いてくる千晶の怨嗟が、静寂と化した通路の中に木霊していた。
アサクサの全貌が見渡せる高台に、一つの影があった。
「陥落はもはや時間の問題か……だがやはり力のみを頼るような輩ではこの程度か」
「面白え話だな」
性別も分からないようなくぐもった呟きに、突然返すように響いてきた声に影は振り返る。
そこには、どうやってきたのか七支刀を手にしたキョウジの姿が有った。
性別どころか顔や体格すら分からないローブ姿の影は、キョウジの手にした刀の鍔元に刻まれた紋章を見つめていた。
「やはり、ここでも立ち塞がるは葛葉か………」
「やはり、だ?」
その一言に、キョウジの顔が怪訝に変わる。
「てめえ、何者だ? ずいぶんと修羅場慣れしてやがる。同業者ってのは間違いなさそうだがよ……」
「同業者か………当たらずとも遠からじか?」
影は袖のすそから、一振りの刀を取り出す。しかしそれを握る手すらローブの中に隠れていた。
影はゆっくりと刀を持ち上げると、それを頭上で構える。
その構えに見覚えがあったキョウジの顔色が変わった。
「葛葉流……てめえ葛葉の人間か!」
「ふ……そうだった時もあった」
「正体、暴かせてもらうぜ!」
キョウジがGUMPのトリガーを引き、仲魔を召喚していく。
だがそこで、ローブ姿の影は袖をひるがえして何かを投じる。
投じられた物が姿を顕現させかけていたキョウジの仲魔に突き刺さると、突然仲魔の召喚がキャンセルされてGUMPへと戻っていった。
後には、半ばから切り落とされたような刀身が数本、転がっている。
「封魔の剣か! どこでそれを!」
「答える義務は無い」
ローブ姿の影は一気に間合いを詰め寄り、白刃を振り下ろしてくる。
キョウジはとっさに七支刀でそれを受けるが、その予想以上の重さと速さに内心舌を巻いた。
「できるな」
「そっちもな。これはどうみても正規の修行を受けた奴の斬撃だ。つまり、葛葉の正当血族って事じゃねえのか?」
つばぜり合いの状態で、キョウジが顔も見えないローブ姿の影を睨みつける。
「なるほど、頭も切れるようだ。お前の名は?」
「キョウジ、葛葉キョウジだ」
「ふふ、そうかキョウジか……何代目だ?」
「!」
その一言にキョウジは刀を弾いて後ろへと下がって剣を構え直す。
「本気で何者だてめえ………普通、代数までは聞かねえ。ついでに言っとくがオレは五代目葛葉キョウジだ、一応な」
「ふふ、そうか五代目か……」
不気味すぎる相手に、キョウジが一層疑問を深くする。
「是が非でも、その顔拝ませてもらうぜ!」
キョウジが突撃しながら、袈裟斬りに白刃を振り下ろす。
ローブ姿の影はわずかに体を引いて斬撃をかわし、下段から白刃を跳ね上げる。
キョウジは七支刀を素早く捻って枝刃の一つでその攻撃を受け止め、左手を腰の後ろに回すとそこからステアーTMPサブマシンガンを抜いた。
かわしようの無い距離から、フルオートの銃撃がローブ姿の影に炸裂する。
容赦なく1マガジン全弾を叩き込んだキョウジだったが、ローブから血が吹き出す事も流れ落ちる事も無い事に気付き、空になったマガジンをイジェクトしながら後ろに跳び退った。
「人間じゃない!?」
「ふっ……」
銃撃の嵐をまともに受けたとは思えない動きで、ローブ姿の影はキョウジへと迫ってくる。
横薙ぎに振るわれる白刃に、キョウジはとっさにステアーTMPをその白刃の軌道に投げ捨て、七支刀を抜いた。
銃撃の影響か、わずかに鈍っていた斬撃はコンポジット製の銃を両断した衝撃でさらに鈍り、そこを七支刀が完全に阻んだ。
「そこだ!」
そのまま大きく歩を踏み込みながら、七支刀がローブのフードを下から両断する。
斬り裂かれたフードが左右に分かれて下がる中、そこにあった物を見たキョウジは完全に絶句した。
「実体がねえ!?」
それは、この受胎東京の各所でも見られるような、実体の無い精神体だけの存在だった。
淡い光が人型を型作っているだけの存在が、目鼻すら無い顔に同じく光だけの手を当てる。
「やはり、五代目葛葉キョウジともなれば、体無しではここまでか………」
「待て! お前は本当に何者だ!」
問うキョウジに、精神体の顔がかすかに笑うように歪む。
「我はライドウ、40代目葛葉ライドウなり」
「40代目ライドウ!? ライドウは途絶えたはず……そうか、お前は途絶えない未来から!」
「また会おう、五代目キョウジ」
「待て!」
40代目ライドウが身をひるがえすと、その姿が霞となってその場から消え失せる。
「……ったく。レイホウになんつえばいいんだよ、こりゃ」
悪態をつきつつ、キョウジは櫛を取り出して髪を撫で上げ、ヘアスタイルを整える。
「さて、取り合えず戻るとすっか。あいつらまだ死んでねえだろな?」
洒落で済まない事を呟きつつ、七支刀を担いだキョウジはアサクサへと戻るために足を早めた。