真・女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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PART12 SERCH BOOKMARK(後編)

 

「あ、ゆかりっちこれ」

「馬鹿!」

 

 順平が差し出したスカートを、平手打ちと交換でゆかりが奪い去ると、そのまま物陰へと隠れる。

 

「傷はあまり深くないですわ」

「あんだけ暴れて?」

「なんて頑丈………」

「ホントに回復してダイジョブなのこれ?」

「多分……」

 

 その向こうでサーフの傷の具合を確かめたラクシュミの言葉に女性陣が首を傾げつつ、サーフの傷を回復させていく。

 サーフの治療を任せ、男性陣は相互に情報交換をしていた。

 

「最終戦争にカテドラル?」

「なんかどこの世界も似たような事やってんな~」

「お袋さんが悪魔に殺されてサマナーになったって言うのはこっちの小次郎と同じだな」

「そうなのか?」

 

 自分の後輩と同一でありながら異なる存在の小次郎を見た八雲が、そのややこしさに頭をかいた。

 

「他は全然違うけどな……葛葉の小次郎や咲はここまで強い力持ってねえし」

「今一ピンと来ないですね」

「まだマシだぜ、オレなんか気付いたら悪魔になってたんだし」

「それはそれですげえ話だな……」

 

 小次郎や修二からそれぞれの話を聞いた八雲が今までの情報を脳内で総合させようとするが、あまりの多さに断念する。

 

「う………」

 

 そこでサーフが目を覚ました事に気付いた者達は、思わず自分の得物に手を伸ばす。

 

「……迷惑をかけた」

「お礼なら彼女に言う事ね」

 

 祐子がケルベロスの背の上でぐったりしているセラを示す。

 

「セラ!」

「お前を戻すために、衰弱してるのに無茶したらしい。治療のあてなら一応あるが、一緒に来るか?」

「………」

 

 セラの所へ駆け寄ったサーフがセラを抱き越すが、半ば失神状態のセラには反応が無い。

 八雲が先手を打って言葉をかけると、サーフは無言で頷く。

 

「じゃあ行こう。あまりゆっくりしてたら……」

 

 啓人が失言しそうになるのを、八雲が口を押さえて中断させる。

 無言で八雲が指差した先には、セラをそっとケルベロスの背に戻し、そのそばから離れようとしないサーフの姿が有った。

 そのまま皆が口を閉ざしたまま、業魔殿らしき物が見える方向へと歩き出す。

 悪魔使い、術者、ペルソナ使い、人修羅、喰奴とバラエティーに飛んだ一行を順繰りに見ていた祐子が、ふと口を開いた。

 

「おかしいわ、ここまで色々な世界からこのボルテクス界に来れるはずは………」

「確かにな。どこの世界でも、起因となる特異点はどこかにあるはず。だがそれらが一斉になんてのはどう考えてもおかしい話だな」

「なんでもいいから、早く一休みしたい………」

「そうだね………」

 

 八雲も祐子の意見に賛同するが、修羅場続きだったゆかりと風花が音を上げかけ、その後ろ、ケルベロスの上でぐったりしているセラを見て口をつぐんだ。

 

「……セラは治せるのか」

「多分な」

 

 サーフの口から漏れた言葉に、八雲が相槌を打つ。

 

「ただし、あれが本当にオレが知ってる業魔殿だったらの話だ。他にあてはない」

「大丈夫かな………」

「でも、急いだ方いいぜ」

 

 用心してサーフの両脇を固めている啓人と順平(※頬にゆかりにひっぱたかれた跡付き)も、大分衰弱しているセラを心配そうに見る。

 

「あそこだと、ちょうど秋葉原辺りね」

「またちょうどいい所に……ついでだからTOP・TWOに注文してたパーツ取ってくか」

「……店やってっかな?」

 

 祐子の説明に八雲が軽口を叩きつつ、懐のソーコムピストルの残弾を確かめたのを見た修二が首を傾げる。

 

「強盗でもすんのか?」

「いや、もしあそこがオレの知らない業魔殿だった時のためだ」

 

 八雲の言葉を聞いたサーフや小次郎も自分の銃の残弾を確かめる。

 

「悪魔相手にしてっと、あんなに物騒になんのかな?」

「さあ……」

 

 順平や啓人が多少引きながらも、とりあえずそれに習って召喚器を抜けるようにしておく。

 業魔殿の姿がはっきりと確認される所まで来て、全員がその違和感に気付いた。

 

「……なんか、すげえアグレッシブだな」

「いや、これって芸術的って奴だろ」

「多分匠のリフォームだと思う」

 

 比較的原型を留めている高層ビルに、先端の部分が突き抜けているというか、気嚢部分の前部が完全にビルと融合している業魔殿の姿に、順平と修二、啓人が場違いな感想を述べた。

 

「それにしてもこれは………」

「フィラデルディア事件にこれと似たような報告があったな。下手したら手前らの体がこうなってた訳だが」

「運が良かったというべきか?」

 

 予想外の状態に啓人が絶句する中、八雲と小次郎は更に用心しつつ、自分達のCOMPを操作しようとした時だった。

 

「八雲~、こっちのエレベーター動くよ~」

「ネミッサ! 勝手に先に行くな!」

 

 一人で先に業魔殿と融合しているビルへと入っていたネミッサが、建物の中から大声で叫ぶ。

 先程の用心も吹っ飛んだのか、全員の冷めた視線が八雲へと集中した。

 

「あれ、あんたの連れだろ」

「昔のな」

「よくあんなのと組んでたな………」

「オレも今そう思ってる」

 

 修二や小次郎の視線を痛い視線を背中に受けつつ、八雲もビルへと向かう。

 

「確かに電源が生きてるな」

「でも、ボタン押しても動かないんだけど」

「あれ、これって……」

 

 ネミッサがエレベーターの上下ボタンを連打する中、カチーヤがその隣の壁に偽装されたテンキーを見つけた。

 

「もしこれがオレらの知ってる業魔殿なら……」

 

 八雲がそのテンキーに、普段業魔殿で使ってるパスコードを打ち込む。

 するといきなりそばにあった階段が全て下へと引っ込むと、上から古めかしいゴンドラ型のエレベーターが降りてきた。

 

「こっちのはフェイクだな。こちらが本当のエレベーターだ」

「すげえ趣味………」

「あら、結構素敵じゃない」

 

 ギミックかデザインか、興味深そうに見ながら咲が乗ろうとするのを、八雲が制する。

 

「上の安全を確認するまで、不用意に行かない方がいいだろうな」

「数人で臨戦体勢で行こうって訳か」

「まあ確かにこんなのの先に何出てくっかわからねえけど………」

「仲魔は退去させとけ。この人数で乱戦になるとまずい」

「確かにな」

「じゃ、一遍引っ込んでてくれ」

 

 八雲と小次郎がCOMPを操作し、小次郎が命じて呼び出していた仲魔達がその場から消える。

 

「じゃ、行こう」

「そうだね」

 

 言い出した八雲を先頭に、小次郎、修二、サーフ、啓人がエレベーターへと乗り込む。

 

「オレ達に何かあったら一度撤退しろ」

「八雲大丈夫?」

「良かったら私も………」

 

 不安そうにしてるネミッサとカチーヤに手を振りつつ、八雲が閉ボタンを押した。

 

「上に何かフィールドみたいなのがかかってます。私でも上に何があるかわかりません……」

「行ってのお楽しみか……」

「何かあったらすぐに飛んでくぜ!」

 

 風花と順平に笑みを浮かべる啓人の前で扉が閉まり、エレベーターが上へと上がっていく。

 

「にしても、秋葉原にこんなデカいビル有ったか?」

「いや、オレの知ってる秋葉原にも無いな」

「あれ、秋葉原ダイビルですよね?」

「間違いない、ただし出来たのは2005年だ」

「は? 東京受胎は2003年だぜ?」

「つまり、これも存在するはずの無い物か……」

「………」

 

 あからさまな違和感を話し合う中、一人話に加わってなかったサーフが扉の前に立つと、その姿を古代インド神話で秩序を守る水神ヴァルナへと変化させる。

 

「さて、何が出てくるか」

 

 八雲が呟きながらソーコムピストルを抜き、小次郎が刀の鯉口を切り、修二が拳を構え、啓人が召喚器を抜いた。

 澄んだベルのような音が響き、上階へと到着したエレベーターの扉が開くと同時に、全員が一斉に飛び出した。

 

『お帰りなさいませ、ご主人様♪』

 

 次の瞬間、響いてきた声に全員の動きが止まる。

 

「………オイ」

「………これはなんだ」

「…………」

「え~と、これはどう見ても………」

 

 状況を理解できない修二、小次郎、サーフの視線が八雲へと集中する中、それが見覚えのある物に似ている事に啓人が頬を掻く。

 

「ちょっと待ってくれ、オレも今考える」

 

 八雲がソーコムピストルを仕舞いつつ、顔を片手で覆う。

 見覚えのある業魔殿のロビーにいたのは、藍色のメイド服姿の多数の女性型悪魔達だった。

 背格好の大小や姿形にあわせて多少の服装のアレンジはあるが、統一された色彩に身を包んだ悪魔たちが、入り口の両脇から見事にUの字を描くように整列している。

 よく見れば、それはどれも力の弱い妖精種などが中心となっており、皆がにこやかにこちらを見ている。なぜか手には意味も無く銀色のお盆が握られていたりもする。

 

「八雲様ではございませんか?」

 

 そこで聞き覚えのある声に八雲がそちらを振り向く。

 ロビーから上へと伸びる階段の所に、白い肌に赤い瞳を持ち、クラシックな深い藍色のヴィクトリアンメイドルックと首にエメラルドをあしらったチョーカーを付けた若いメイド姿の女性がいた。

 

「よおメアリ。しばらく来ない間に随分と様変わりしたな」

「はい、色々とございまして」

「だろうな、こっちも色々あった。所でそのチョーカーは誰からもらった物だった?」

「八雲様が、私とアリサにそれぞれプレゼントしてくれた物です。私にはこのエメラルドのを、アリサにはサファイアのを」

「……どうやら、ここはオレのいた世界の業魔殿に間違いなさそうだ」

 

 二人の会話から、完全に警戒を解いた(というかすでに抜けきっていたが)四人が得物を収め、サーフは変身を解いた。

 

「説明は後だ。ヴィクトルのおっさんはいるか? 急患がいる」

「ヴィクトル様は研究室です。至急手配致します」

「頼む、あと下にいっぱいこういう連中が来てるが、部屋はあるか?」

「大丈夫です」

「あ、誰か下の連中呼んできてくれ。オレはなんか無駄に疲れた………」

「だろうな………」

 

 がっくりと肩を落とす八雲に苦笑しつつ、修二は下に待機してるメンバーを呼びにエレベーターへと向かった。

 

 

「……ねえ、ここってメイド喫茶?」

「確かに秋葉原だけど……」

「一応、表向きは観光遊覧船だったはず………」

 

 ゆかりと風花の当然の反応に、カチーヤがどう説明すべきか悩む。

 

「治療室はどこだ」

「落ち着け、この奥だ」

 

 衰弱しているセラを抱いたサーフに八雲が応えると、メアリが階段のポールに手を伸ばし、その表面をスライドさせると、そこから現れたテンキーにパスコードを打ち込む。

 すると先程と同じように階段が次々と引っ込んでいき、やがてそれは昇りの階段から下りの階段へと変化した。

 

「どうぞこちらへ」

「すげえカラクリ………」

「いい趣味ね」

 

 唖然とする順平に妙に納得している咲が階段の先を覗いてみる中、メアリが先頭になって皆を促す。

 

「先日、第一研究室の調整器に先客が入ったので、新しく用立てた所でした」

「先客?」

「おそらく、そちらの方々のお仲間だと思います」

 

 メアリがSEESと描かれた特別課外活動部のシンボルを指差す。

 

「……って誰が!?」

「そちらにおります」

 

 メアリが示した扉に、啓人が先頭となって特別課外活動部のメンバー達が押し寄せる。

 

「先行ってるぞ」

 

 八雲が声をかけて先へと行く中、飛び込んだ室内にあった複雑に機械が繋がれた装置に、四肢を失った状態で繋がれた機械仕掛けの少女の姿を発見した。

 

「アイギス!!」

「啓人さん! それに皆さんも……無事だったんですね」

「お前が無事じゃねえだろ! どうしたんだよそれ!」

「ダイジョブなの!?」

「ひどい………」

「アイギスが探して欲しいって言ってたの、この人達?」

 

 皆が騒いだ所で、その部屋にもう一人、メアリそっくりの顔をし、首にサファイアをあしらったチョーカーを付けたメイド姿の女性がいる事に気付いた。

 

「はい、私の大事な仲間です」

「そ。それは良かったね」

「よくねえよ! アイギスがこれじゃ……」

「大丈夫、もう直パパが修復終えるから」

「! 直せるんですか?」

「私達の予備パーツが有ったからね」

「私達? 予備パーツ?」

 

 そこで風花が、そのメイドから感じていた違和感に気付く。

 

「! その人、人間じゃない………」

『え?』

「ええそうだけど」

 

 そこでそのメイドの瞳が瞬き、瞳に無数のデータが羅列していく。

 

「へえ~、ちょっと変わってるけどあんた達ペルソナ使いなんだ」

「分かるの!?」

「アリサさんとメアリさんは、私と似た存在です」

 

 アイギスの言葉を聞いたメイド、アリサが腕をまくって手首を捻ると、その腕に無数の接続端子が現れる。

 

「この人もロボット!?」

「ううん、私は錬金術師で悪魔研究家のパパ、ヴィクトルが作ったテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形、パーソナル デバイス設定式二期型 メアリ・セカンド、アリサってのはお兄ちゃんが付けてくれた名前♪」

「……テト、なんつった?」

「覚えてないわよ」

「つまり、錬金術版アイギス、ってとこみたい」

「確かに、あれだけの作れる人がいるんだったら、アイギスも修理できるかな?」

「その点は問題ないそうだ」

「ワン!」

 

 聞き覚えのある声に皆が振り向くと、そこにはメイド服姿の美鶴とコロマルの姿があった。

 

「美鶴先輩!」

「コロちゃんも!」

「無事だったんスね!」

「ああ、みんなもな」

「ワンワン!」

「でも、その格好……」

「制服がクリーニング中でな。借り物だ」

 

 美鶴の持つ雰囲気と容姿にいまいちアンバランスなメイド服に皆が苦笑する。

 律儀に頭にはホワイトブリムまで付けた美鶴だが、服のサイズが合ってないのか、固く両腕を組んだまま身じろぎもせずに、顔だけは皆につられたような苦笑を浮かべる。

 そこで、扉の向こうから覗いている小さな顔に気付いた。

 

「お、天田じゃねえか!」

「天田くんも無事だったんだ!」

「え、ええ皆さんも………」

 

 なぜか歯切れが悪く顔だけ向け、室内に入ってこようとしない乾に、啓人が不信を抱く。

 

「どうかしたの乾?」

「い、いえなんでも有りません! だからこっち来ないでください!」

「は? 天田君何か変だよ?」

「大丈夫ですから!」

「おい、まさかお前もどこか…」

 

 心配した順平が、警告を無視して扉まで近寄ると乾を引っ張った。

 

「うわぁ!」

 

 悲鳴と共に乾が室内に転がり込む。

 そこで、全員が彼が姿を見せたがらなかった理由を一瞬で悟った。

 

「天田くん、それ………」

「………」

 

 起き上がりつつ、乾が顔を真っ赤にしてうつむく。

 彼もまた、メイド服姿だった。なぜか他の物と違い、ピンクがベースで無意味に白レースの飾りが多い特殊な服だった。しかも美鶴よりもずっと似合っていた。

 

「……他に合う服がないって言われて………」

「ぶ、ぶははははは!」

「わ、笑っちゃ悪いって順平。ぷ、くくくく」

「く、くく、あははは!」

「あはははは!」

 

 順平を皮切りにして、全員が一斉に笑い出す。

 当の乾は、無言で壁際に行くと、そこで膝を抱えて押し黙ってしまった。

 

「あまり笑うな。天田がスねてるぞ」

「だって先輩………」

「とりあえず、そのホコリまみれであまりいてほしくないんだけどな~」

 

 アリサの一言に、全員の笑いが止まる。

 

「そのサイズ、空きあったかな~」

「さすがに裸という訳にもいくまいしな」

 

 アリサと美鶴の不吉な言葉に、啓人と順平の顔が凍りつく。

 

「そ、それじゃあアイギスの事タノミマス………」

「任せて♪」

「すいません、私も早く戦線に復帰します」

「イヤイイヨ、ユックリデ……」

 

 何かに恐怖しながら、片言になっている啓人と順平が、固い動きでその場を後にした。

 

 

「こちらです」

「ここ、この間まで資料室じゃなかったか?」

 

 メアリの誘導で来た扉を八雲は無造作に開ける。

 新たに設置されたらしい機材の並ぶ室内には、三人の男性の姿が有った。

 

「キョウジさん!」

「おう、八雲に小次郎か」

「サーフ! 生きていたのか……それにセラも……」

「ロアルドか」

 

 八雲が声を掛けた白のスラックススーツ姿にリーゼントの男が、気さくに声をかけてくる。

 その隣では、メガネをかけ、左腕部分をオレンジに染めたトレンチコート姿の男がサーフを見て驚く。

 

「どうやら、知人のようだな。業魔殿へヨーソロー、私がこの船の船長、ヴィクトルという者だ」

 

 室内の中央、何か装置を操作していた、赤地のマントと水夫帽に杖をついた、まるで前時代の海賊船長のような格好をしたどこか威圧感を漂わせるひげ面の壮年男性が自己紹介をする。

 

「悪いがおっさん、話は後だ。急患がいる」

「メアリから届いている。調整装置の準備が今終わるから、衣服を脱がしてそこへ入れてくれ」

 

 部屋の中央、人がすっぽり入るカプセルのような物のフタが開いていく。

 

「これで治療は可能なのか? 彼女は、その少し特殊だが………」

「本来はホムンクルス用の調整装置を改良した物だが、人間用にも使える」

「……分かった」

「ちょっと待ちなさい」

 

 ロアルドが心配そうにセラと装置を交互に見る中、セラの服に手を伸ばしたサーフの肩を祐子が掴んだ。

 

「一応、年頃の女の子でしょ」

「ヴィクトルさん以外の男性は出てってください」

「そうだな。話は外で」

 

 祐子とカチーヤ、メアリが準備を手伝う中、他の者達がぞろぞろと室外へと出て行く。

 扉が閉まった所で、八雲が歩きながら口を開いた。

 

「まさか、キョウジさんまでここに居っとわ」

「レイホウもいるぜ。正確にはレイホウと業魔殿に来てたら、業魔殿ごといきなりこの妙な世界に飛ばされちまってな」

「業魔殿が? 前後に何か妙な事は?」

「ん~、そういや動力炉が異常暴走しそうだとか言ってたような………」

「君達がこの世界に来た原因は?」

「どこから言えばいいか………」

 

 ロアルドの問いに、八雲が頭をかいた。

 

「わり、オレ一応ここの人間、ってか悪魔」

「ネミッサも気付いたらここ居た~」

 

 修二とネミッサが手を上げる中、小次郎が首を傾げて記憶を思い出す。

 

「オレと咲はカテドラルのターミナルで転移してる最中、突然誤作動が起きてここに……」

「カテドラル? 何だそりゃ」

「あ。こいつ葛葉所属じゃない世界の小次郎と咲」

「……前に周防兄弟が言ってた相似世界って奴か」

 

 キョウジが呟きつつ、スーツのポケットから櫛を取り出し、己の髪をなで上げる。

 

「そういうあんた等は?」

「……彼女だ」

 

 ロアルドがセラの運び込まれた室内をアゴで指す。

 

「セラは、神と交信するために作られた、《テクノ・シャーマン》だ」

「何だそりゃ?」

「人造の巫女か……」

 

 修二が首を傾げる中、他の者達はその言葉の意味する事を悟って顔を歪ませる。

 

「あの虚弱体質は交信能力の上昇と引き換えの物じゃないのか?」

「そうらしい。本来なら通常生活すらままならない体だそうだ」

「それでその力が暴走して、あんた等はここに吹っ飛ばされた。違うか?」

 

 八雲の仮説に、ロアルドは頷く。

 

「セラの能力は極めて高いと同時に、危険だ。一度目は神の暴走を引き起こし、我々の世界は地上に人が住めない地獄と化した」

「ちょっと待って。幾ら強い力を持つ神でも、こんなに一度に複数の世界に影響が及ぼせる?」

 

 咲の意見に、全員が顔を見合わせる。

 

「……飛ばされた途中、誰かに会わなかったか?」

「……そういや、歪みがどうこう話してた声は聞いたな」

「オレはSTEVENに力を貸してほしいと言われた気が………」

「STEVENって、あのSTEVENか?」

「多分そのSTEVENだ」

 

 八雲の問いに、キョウジと小次郎が応える。

 

「オレは、レッドマンから少しだが聞いた。この事態を起こしている〈何か〉があって、それが幾多の世界で影響を及ぼし、滅亡に向かわせると」

「その〈何か〉とは?」

「そこまでは分からないらしい。ただ、手前で確かめて決めろとさ」

「なんつう適当な………」

 

 修二が呆れた所で、アイギスの見舞いを済ませえたメンバー達と合流した。

 

「そちらはどうでした?」

「多分大丈夫だろ。ヴィクトルのおっさんなら神の領域侵すのは得意だし」

「それ、全然安心できねえ………」

「あれサーフは?」

 

 啓人と順平が苦笑いする中、ふとゆかりがサーフの姿が見えない事に気付く。

 

「あ、無口だから気付かんかった」

「彼は普段から無口だからな」

 

 後ろを振り向いた八雲とロアルドが、そこでセラの治療をしている部屋の前で、壁にもたれて座り込んでいるサーフの姿に気付く。

 

「……心配なんだな」

「ああ。エンブリオンの者にとっても彼にとっても、セラは特別な存在だ」

「あんままにしといてやれ。とりあえずお前らはシャワーでも浴びて飯食って来い」

「あ~、そういや何日浴びてなかったかな?」

「すぐ浴びて来い!」

 

 キョウジの提案に八雲がボソリととんでもない事を呟き、尻を蹴飛ばされた。

 

 

 

「空いてる部屋、好きな所使っていいって」

「マジか!? じゃあスィートってのを」

「オレもオレも!」

「気をつけろよ、ここのスィートはたまに実体の無い先客がいっから」

 

 アリサの魅力的な言葉に、順平と修二が高そうな部屋に向かうが、八雲の一言に動きが止まる。

 

「ああ、この間の自殺未遂の」

「昏睡状態で生霊になって、倒す訳にも払う訳にもいかず苦労したな、あん時は。その前は南米の呪術師が来て、妙な精霊が暴れだしたし」

「ええと、今は………」

「だ、大丈夫。だと思う……」

 

 恐る恐る手近の客室のドアにゆかりが手を伸ばし、その背後に風花が隠れる。

 

「ヒーホー、オレ達デビルバスターバスターズ!」

「ヒーホー、何か用だホ?」

 

 思い切って開けたドアの向こうに、ハロウィンで有名なかぼちゃの提灯姿をしたイングランドの鬼火の妖精 ジャックランタンと雪だるまのイングランドの冬と霜の妖精 ジャックフロストのコンビがいるのを見たゆかりが慌ててドアを閉める。

 

「今の………」

「何だあいつらも来てたのか。人畜無害な連中だから大丈夫だぞ。ちとやかましいが」

「……風花、一緒の部屋でいいよね♪」

「う、うん、そうだね♪」

「汚れた服はクリーニングするから、備え付けのカゴに出しといてね」

「いや、着替えが………」

「野郎のメイド服はちょっと……」

「オレのでよければ貸すぞ。たいした物は無いが」

「借ります! 借ります!」

「そういや、乾はどの部屋に?」

「その、美鶴先輩と同室で…」

 

 ゆかりと風花がどこか乾いた笑いを浮かべる背後で、乾のとんでもない爆弾発言に順平と啓人の顔が一瞬般若と化すが、すぐににこやかな笑顔になる。

 

「じゃあ男三人で」

「ワン!」

「あ、犬一匹追加」

「ではそちらの部屋をどうぞ」

「行こうか天田君」

 

 乾の体を羽交い絞めにして三人と一匹が部屋へと消える。

 

「それじゃあ、私の部屋が空いたから、二人も一緒でいいか?」

「あ、はい」

「よろしくお願いします」

 

 美鶴に先導されてゆかりと風花も部屋に向かう。

 

「なるべく詰めて入った方がいいな、他に増えるかもしれんし」

「言えるな~、もう何が来ても驚かねえけど……」

「あとそこ、未成年いる関係上男女同室は止めとけ」

「……そうだな」

「じゃあオレとでいいか?」

 

 咲と一緒の部屋に入ろうとしていた小次郎を八雲が呼び止め、代わりに修二が入る。

 そこで、カチーヤと祐子もやってきた。

 

「おう。セラの治療、都合がついたか?」

「なんとかなりそうだそうです」

「後は任せるしかないわ」

「じゃあ咲は先生と一緒でいいか?」

「構わないわ」

「あれ、ネミッサさんは?」

「おや?」

 

 そこで騒がしい人物がいない事に気付いた八雲が、視線をゆっくりと《CLOUD》と刻まれたプレートのかかった自分専用の研究室として借りている部屋へと向けた。

 そして、そこから物音がする事も。

 

「まさか………」

 

 嫌な予感がして八雲が足早に部屋へと向かって、専用に取り付けた電子キーのパスを入れてドアを開けた。

 種々の機械やPCとその部品が散乱する部屋で、それらに混じって脱ぎ散らかされたネミッサの衣服が有った。

 

「八雲~、シャンプーある?」

「ネミッサお前…」

 

 声がした方に振り向くと、そこには全裸のままシャワールームから出てきたネミッサの姿が有った。

 

「何勝手に人の部屋入って勝手にシャワー浴びてんだ………」

「え~、八雲のHN書いてたし、スプーキーズのパス入れたら開いたから」

「変えとくんだった………」

「あの、ネミッサさん……」

「カチーヤちゃんも一緒に浴びる? ちょっと狭いけど」

「お兄ちゃん、この人頭大丈夫?」

「言うな、こいつには常識や倫理が欠けてるからな………」

「あ、メアリ妹……アリサだっけ? ネミッサとカチーヤちゃんの分、枕二つ追加ね~」

「狭いんだから他の部屋にしろ!」

「八雲のケチ~、じゃあ隣に」

「シャワー使っていいから、着替えてからにしろ!」

 

 昔とまったく変わらないネミッサのいい加減さに、八雲は郷愁以前の徒労感を虚しく感じていた。

 

 

 

「じゃあ、真田先輩はまだ見つかってねえのか………」

「はい。態勢を整えたら、美鶴さんと捜索に出る予定だったんですけど……」

 

 服の上からシーツを被り、隙間から頭だけ出した天田の言葉に、他の二人は渋い顔をする。

 

「風花は、真田先輩の存在は感知できなかったって言ってたから、ひょっとして別の世界に……」

 

 啓人の口から出た可能性に、全員が黙り込む。

 

「まあ真田さんの事だから、一人でもそう簡単にはやられねえって思うぜ、オレは」

「ボクもそう思いたいですけど………」

「多分、大丈夫だと思う……イゴールはそう言っていた」

「イゴール? お前が前に言ってたペルソナくれたって長鼻のおっさんか」

「ああ、この世界に来る時、仲間は次の目的地に送るって」

「そんなの聞いたか天田?」

「いいえ」

「クゥーン」

 

 順平の問いに乾とコロマルが首を横に振る中、啓人が考え込む。

 

「ひょっとしたら、真田先輩には何か別の使命、というかやる事が有るのかも」

「そっか。小岩さんは他にも色んな人達が飛ばされたって言ってたし、その人達と合流してんじゃねえか?」

「それは希望的見解って言うんじゃ……」

「あんまり難しく考えない方いいと思うよ。これだけ色んな人がいれば、どうにかなると思うし」

「おめえはいつも気楽だな~」

「ワンワン!」

 

 啓人の意見に賛成したのか、コロマルが元気に鳴いた。

 

 

 

「うわ、結構立派~」

「こんなとこ使わせてもらっちゃっていいんでしょうか?」

 

 予想してたよりも高級な客室に、ゆかりと風花が思わずたじろぐ。

 

「問題ない。ヴィクトル氏にこの状況打開に協力する代わりに、ここの設備を使わせてもらう契約は取り付けてある」

「さすが美鶴先輩、手際がいいですね~」

「お互い、情報収集が急務だったし、何よりこの状況を打開するには戦力がいる。それにアイギスがあの状態でもあるしな………」

「その、アイギス本当に大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、あのメイド姉妹が積極的に面倒を見てくれている。そもそも、一番最初にここに来たのはアイギスだそうだ。二人でアイギスを直してもらえるよう、ヴィクトル氏に懇願したと聞いている」

「それって、アイギスがロボットだからですか?」

「さあな。ともあれ、早くシャワーを浴びた方がいいぞ」

「あ、そうですね。風花先にいい?」

「ええ、私はちょっと……」

 

 風花は部屋の中央に立つと、召喚器をこめかみに当てる。

 

「ユノ」『ハイ・アナライズ!』

 

 己がペルソナで業魔殿の周囲をから更に限界ギリギリまで風花はサーチしていく。

 

「……ここだと魔術的防護でサーチは鈍る。後にした方がいい」

「でも」

「明彦なら一人でも大丈夫だろう。それほどヤワな男じゃない」

 

 あえて口に出さなかった事を言われ、風花はたじろぐ。

 

「でも、真田先輩の反応だけが探しても無くって………」

「ひょっとしたら、別の世界にいるのかもしれん。まったくあいつは………」

 

 そう言う美鶴の手が、かすかに震えている。

 それを見た風花は、無理に笑みを浮かべた。

 

「そうですね、無事ですよ。きっと………」

「ああ………」

 

 

 

「くはぁ~こんなまともなベッドはどれくらいぶ…」

「オレも…」

 

 ベッドへと倒れこんだ修二の言葉が途中で途切れたのを不信に思った小次郎がそちらを見ると、こちらに背を向けた修二が、延髄部から伸びた角を押さえて悶えていた。

 

「………ぶつけたのか」

「べ、ベッドで横になるなんて久しぶりで忘れてたぜ……」

 

 涙目の修二を小次郎が呆れながら自分の装備を外していく。

 

「その体になって、どれくらいだ?」

「さあな、忘れちまった。ここじゃ時間の流れもよく分からねえし、カレンダーも時計も無いからな………」

「オレにも、悪魔の力を得た友人がいたよ」

「へ~、そいつは?」

「………CHAOSに捕われ、オレ自身の手で倒した。もう一人の友人も、LAWに捕われて………」

「……ホントどこも似たような事してんな。オレのダチも妙なコトワリに捕われておかしくなっちまった。もしかしたら、オレも……」

 

 そこで、二人の言葉が詰まる。

 

「お前には、少しだが世話になった。もしもの時は、力を貸そう」

「はっ、余計な事考えんなよ。とっとと手前の世界に帰る事考えた方いいぜ」

「今でもたまに思う。三人で闘っていた、あの時に戻れたら、と………」

「ああ、そうだな。そうだよな………」

 

 小次郎に背を向けたまま、修二が目元を拭う。

 あえてそちらを見ないようにしながら、小次郎はシャワー室へと向かった。

 

 

 

「にぎやかで、まるで修学旅行ね」

「シュウガクリョコウ?」

 

 ベッドに腰を降ろして微笑む祐子に、咲が首を傾げる。

 

「行った事ない? あなた学校は?」

「ガッコウ? ああ、昔有ったって言う教育機関の事だったかしら? 私の生まれた時代にはそんな物は……」

「あら、ごめんなさい……これでも一応教師だった物だからつい……」

「いいえ。一応教育は受けました。もっとも、メシア教の教えですけど」

 

 装備を外しながら、咲が苦笑。

 

「ねえ、あなた達のいた世界ってどんな所?」

「う~ん、人間がいて悪魔がいて、LAWとCHAOSに分かれて争って……」

「……案外、どこも変わらない物ね」

「私と小次郎で、他の可能性のために闘って、これからようやく新しい世界を切り開けると思ってたのに、なぜかいきなりここへ」

「私ももう少し信じるべきだったのね。人間の可能性を……」

「まだ遅くないですよ。信じて、闘えば」

「ええ………」

 

 力強い咲の言葉に、祐子は静かに頷いた。

 

 

 

30分後 業魔殿レストラン《Table Diabolique》

 

「ボンソワール・ムッシュウ!ボン・ソワール・マドモワゼル! 私、ここを取り仕切るシェフ・ムラマサと言います。ク・ムレブ?」

「え~と」

「ご注文は? だ」

 

 赤いコック服に身を包んだシェフが挨拶する中、シャワーを浴び、適当な着替え(女性陣はほぼメイド服)を来た一同が、パーティー用と思われる長テーブルの思い思いの席に腰掛ける。

 

「……これはこれでいい眺めだな」

「ちょっとそこ! 何携帯で写真撮ろうとしてんの! 撮影禁止よ、キ・ン・シ!」

 

 メイド姿で席につく女性陣に向けてポケットから携帯を取り出した順平に、ゆかりの怒声が飛ぶ。

 

「いーじゃんか、せめての記念に。じゃあそっちを」

「え~、ネミッサメイドじゃないよ?」

「それ以前にお前のその格好は犯罪だ」

 

 八雲の物と思われるYシャツGパン姿(しかもYシャツのボタンが二つほど外されて、三つ目もかなり危うい状態)のネミッサに構わず携帯を構えた順平に、先に来てロイヤルミルクティーを飲んでいた美鶴が、順平を一瞥する。

 

「いい加減にしておけ、処刑されたいのか貴様」

「う………」

 

 その一言で順平は怯えきった表情で携帯をポケットへといれると大人しく席に座る。

 そこにメイド服姿の悪魔たちが順にメニューと水を配っていく。

 

「うお! なんかすげえ値段のが………」

「マッカで払えっかな~」

「事態が事態ですので、御代は結構です」

「マジ!? タダ!?」

「じゃあオレ、え~とこの高いの!」

「オレ、一度キャビアっての食って見たかった!」

「ちょっとは遠慮してよ、恥ずかしい…………」

「ネミッサはグレートカリフォルニアピザ!コーラはペプシで!」

「え~とこのシチューセットで………」

「レストランで食事なんて何年ぶりか………和風ハンバーグセットを」

「同じので」

「いつもの奴のCセットで」

「ウィ」

 

 それぞれが騒がしく注文を出す中、ふとゆかりがサーフの姿が見えない事に気付く。

 

「あれ、サーフは?」

「セラの治療が終わるのを部屋の前で待ってるらしいとよ」

「よっぽど心配なんですね」

「ずっとセラって人探してたもんね…………」

「実際、ヤバい所だったぜアレはよ……」

「もし彼女が間に合わなかったら、倒すしかなかった」

 

 実際正面から闘った修二と小次郎が、ぼそりと呟く。

 

「それが喰奴と呼ばれる彼らの特性らしい。個体としての能力は極めて高いが、暴走の危険が常時付きまとう。アンビバレンツだな」

「あれ、オレ暴走なんてした事ないぜ?」

 

 美鶴の説明に、修二がアゴをかきつつそんな事をのたまう。

 

「あんだけの力を持って? キャパシテイが高いのか、それとも完全安定してるのか」

「自我も安定しているようだし。どういう事だ?」

「お待たせしました」

 

 八雲と小次郎が首を傾げた所で、料理が運ばれてくる。

 待ってましたとばかりに、飢えた面々が一斉に食事に取り掛かった。

 

「いただきます!」

「うぉー! うめー!」

「英草君、少しは落ち着いて食べたら?」

「順平も……あ、本当においしい」

「そうだねゆかりちゃん。でも本当に御代いいのかな?」

「体で払ってもらうって奴ね」

 

 背後から響いた女性の声に皆が振り向く。

 そこには、白地のパンツスーツ姿の女性の姿が有った。

 

「あ、レイホウさん」

「カチーヤと八雲も来たわね……ってあら?」

「むぐ? あらひはひぶり」

「食べながら話すのはマナー違反よ。ってあなた………」

 

 その女性、葛葉の術者筆頭にして、カチーヤの師でもあるレイ・レイホウがネミッサの姿を見つけると首を傾げる。

 

「誰?」

「オレらの上司でカチーヤの師匠」

「そこも食事しながらCOMPいじらない」

 

 食卓にまでGUMPとハンドヘルドコンピューターを持ち込んでデータ交換をしていた八雲と小次郎をレイホウが咎める。

 

「なるほど。キョウジからは聞いてたけど、確かに別人の小次郎に咲ね」

「使ってるCOMPも見た目は似ててもあちこち違います。メモリがちょっと古いな……」

「こちらじゃ希少品なんだ」

「後でオレの予備と交換しよう。プログラムも幾つか交換した方がいいだろし」

「いいのか?」

「いいも悪いも、これからの問題があるわよ」

 

 レイホウの言葉に、何人かの手が止まる。

 

「事情は後で聞くけど、多分みんな目的は同じ、〈自分の世界に帰る〉って事。違う?」

「その通りですね」

 

 スプーンを皿に戻した咲が、真剣な顔でレイホウを見た。

 

「そのために、お互い協力するって訳。誰か異論は?」

「出来る物かしら? 元の世界に戻るなんて………」

「出来る出来ない以前に、行動が必要だ。おそらく、そろそろ変質が始まる」

 

 祐子の不安そうな意見に、八雲が悪い意味で追い討ちをかける。

 

「ああ、おれはひのへはいで」

「順平、せめて飲んでからにして……」

「オレ達の世界でも、八雲さんが来てからシャドウの変質が始まった。ひょっとしたらこの世界にも……」

 

 順平の代わりに啓人が代弁する。

 それを聞いた修二と祐子が少し俯いて考える。

 

「確かに、最近妙な暴れ方する奴が出てきたって話は聞いたな」

「私もよ。それに伴い、シジマ、ヨスガ、ムスビそれぞれの動きも活発になってきてる」

「何をするにしても、協力して損は無いわ。ともかく、今は英気を養っておく事。九時間後にここで全員そろってミーティングを開くわ」

「食って一寝入りした後すね」

「そ。だからちゃんと食べて早く寝てしまいなさい。みんな疲れてるでしょうから」

「その前にお代わり!」

「オレも!」

「こっちもお願いします!」

「だから遠慮しなさいって……」

「元気があって、頼もしい限りね」

 

 レイホウが小さく笑うのを、女性陣の大半が赤面していた。

 

 

 

「は~食った食った」

「じゃあ一寝入りすっぜ。そういや最近ロクに寝てねえ………」

「そう言えばそうね……」

「ここならしばらくは安心だ。全員休息を取ってくれ」

「何かヤバい事起きたらたたき起こすかも知れないかもね」

「レイホウさん、その洒落は今はちょっと……」

 

 美鶴とレイホウに促され、皆がそれぞれの部屋へと戻っていく。

 

「あ、オレちょっとアイギスのとこ見てくる」

「おう、オレは寝る………」

 

 すでに目が閉じかけている順平と分かれ、啓人がアイギスのいる研究室へと向かう。

 

「さて、オレも一寝入り…」

 

 部屋へと向かおうとした修二が、そこで八雲がカチーヤと一緒に部屋へと入っていくのが見えた。

 

「……犯罪?」

 

 色々とイケない想像をした修二が、すでに他の人気が無い事を確認すると、足音を消して八雲の部屋へと向かう。

 

「くっ、こちらが未成年だと思って………」

 

 意味不明の事を呟きつつ、ドアに耳を押し当てるが、僅かに物音らしき物が聞こえるかどうかだった。

 

「ちょ、ちょっとだけ………」

 

 ドアの隙間から覗こうとした所で、いきなりドアが向こう側から開いた。

 

「おわ!?」

「……何してる?」

 

 室内へと倒れた修二と、中からリモコンでドアを開けつつ銃口をドアへと向けていた八雲の視線が合う。

 

「あ、こりゃまた失礼……!?」

 

 そそくさと帰ろうとした修二だったが、そこで奇妙な物を見つけて足が止まる。

 

「な、何してんだこれ………」

「余剰魔力をバイパスさせてんだよ」

 

 部屋の中央、小型のチェアに無数の機械が繋がれた奇怪な物に、カチーヤが腰掛けているのを見て修二が愕然とする。

 

「バイパスって………」

「こうしないと、カチーヤの魔力は自分自身を飲み込んでゆく。さっきのサーフとやらの暴走と似たような物だ」

「これ、八雲さんが作ってくれたんですよ」

「自分自身を、飲み込む………」

「こっちも聞きたかった。お前、その人修羅とかいう力、どうやって手に入れて、どう制御してる?」

「あ、ちょっと待った」

 

 八雲の問いに、修二がいきなり胸を叩く。

 すると胸の一部が盛り上がり、それがどんどん遡って来る。

 

「ぐ、がはっ!」

「!?」

 

 修二の口から、多足の虫に似た何かが吐き出される。

 修二はそれを手に取り、八雲へと見せた。

 

「マガタマってんだ。これがオレの力の源」

「……魔力制御用の寄生虫? こんな物は見た事が無い………」

 

 わきわきと無数の足を動かすマガタマに、八雲は恐れもせずに手を伸ばす。

 

「他にも有るのか?」

「ああ。いっぱい持ってるぜ。用途別に使い分けんだよ」

「氷結系が有ったら貸してもらえるか? 何か役に立つかもしれん」

「あの、それ私に飲み込めと?」

 

 さすがに顔を青くするカチーヤに、八雲は苦笑。

 

「さすがにそうは言わないさ。マニアック過ぎるプレイになっちまう」

「オレもちょっと………それと、あれは?」

「あとでつまみ出すの手伝ってくれ」

「ぐ~」

 

 修二が指差した先、八雲のベッドで爆睡しているネミッサに、八雲は冷たく言い放った。

 

 

 

「やあアイギス、気分は?」

「大丈夫です、啓人さん」

「問題はありません。システム系の修理は終わってます」

 

 微笑むアイギスの脇で、アリサと交代したメアリが状態のチェックを行っていた。

 

「あなたが啓人さんですか。アイギスからいつも聞かされておりました」

「あ~、どういう風に?」

「一番大切な人、と」

 

 微笑みながらのアイギスの言葉に、啓人が少し赤面する。

 

「アイギスさんがこれ程強いソウルを持っているのは、あなたのお陰なのだと思います」

「ソウル?」

「命ある物に宿る、魂の鼓動。人でない私にも、ソウルは宿っています。それが、アイギスさんのソウルと共鳴しているのです」

「え~と、よく分からないけど、似た者同士って事でいいのかな?」

「アイギスもそう思います。待っててください。すぐに私も戦線に復帰します」

「待ってるよ。でも無理はしないで。それじゃあよろしくお願いします」

「心得ております」

 

 頭を下げる啓人に、メアリも深々と頭を下げる。

 啓人の姿が部屋から消えた所で、アイギスの顔が真剣な物へとなった。

 

「例のプランは………」

「すでに全てまとめてヴィクトル様に提出、実装目前です。私達の換装ユニットも完成間近です」

「早くお願いします。私は、強くならないと………啓人さんや、私の大事な仲間のために………」

 

 

 

 幾つも糸がほつれ、絡んでいく。

 だが、それをほどく手に、しばしの静かな休息が訪れる。

 目覚めた時に待ち構えるのは、はたして………

 


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