人形使いと高校生 作:ツナマヨ
私は滅茶苦茶萌えました。
「上海はどうだったんだ?」
俺はリビングのイスに座るなり、対面に座っているアリスに質問をぶつけた。上海は自分の名前を呼ばれたのが聞こえたのか、廊下からドアを開けてリビングに入ってきて、アリスの後ろでフヨフヨ浮いている。
「そうね。結論から言うと……解らなかったわ」
聞こえてきた言葉に耳を疑った。
上海はアリスが作った人形で、常に側に置き、一番大事にしている人形だ。設計図や材料、組み込んでいる魔法陣の種類や位置、掛け合わせ方までもアリスは覚えているはずである。なのに解らないという事は、どういう事だろうか?
「ただ、何かが増えている様な気がするのよ」
聞こえた言葉にアリスを見てみると、視線を机に固定し、何かを考えている。先ほどの言葉を思いだし、視線を上海に移すと、上海は踊っていた。目にした途端、笑いの衝動が襲ってくるが、何とか耐える。
「ごほっ」
「どうしたの?」
手を降り、何でもないことをアピールすると、アリスは再び何かを考え出した。すこし噎せてしまったが、アリスをごまかせたのでよしとする。
気を抜けば笑い声を上げてしまいそうな喉は、息を細かく吐く事でどうにか耐え、痙攣をしている横隔膜は腹筋に力を入れて、痙攣を押さえ込む。下を向いている顔を上げると、少しうずくまった俺を不思議に思ったのか、首をかしげている。
待てよ、上海は人形で今は目に見えない何かが増えているという事は…………まさか!!
「ま、まあ映画か何かじゃないし、人形に霊が乗り移るなんてあるわけないよなぁ?」
「いいえ、感覚的にはそういった類に近いわ」
「……………………」
無言で上海から距離を取る。怖くなったんじゃない、弁当を洗うだけだ。
「まあ、これ以上、上海を調べるとなると、設備が整っていないといけないから、これが限界ね」
「んっ?全部調べてないのか?」
弁当箱を洗う手を止めずに尋ねる。何か別のことに集中していないと、震えそうになる。何故こっちに来たんだ、上海!!
顔のすぐ傍で、弁当を洗う俺の手を覗き込んでいる上海に、声を大にして問いたいのを我慢し洗い物を続ける。
「ええ、上海の構造は複雑で、設備の整っていないこの場所じゃあ元に戻せなくなるわ」
やっぱり上海は特別製なのだろう。アリスが上海以外の人形を、すみずみまで点検しているのは見たことあるが、上海はいつも簡単に点検するだけだった。その理由が、上海に使われている技術が凄すぎて、迂闊に手を出せなったという理由なのだから驚きである。
「へえ、やっぱり特別なんだな上海は」
頭のすぐ傍にいる上海を見てみると、小さい体で胸を張っていた。それを見ていると、先程まで恐怖ではないが、恐怖に似たような感情を、ほんの少しだけ感じていた俺が馬鹿らしくなってきた。
謝罪の意味を込めて、未だに胸を張っている上海の頭を人差し指で撫でた。
――クルクル
顔を俯かせた上海はくすぐったそうに身をよじり俺の指から離れると、どこか嬉しそうに回りだした。その愛らしさに顔がほころぶ。
「魔力のつながりが強くなっている?」
アリスが何かを言ったが、上海を愛でるのに夢中な俺は気づかなかった。アリスが何かを感じたように、自分の頭を触ったのにも。
晩御飯を食べ終えた俺は、自分の部屋で魔道書を読んでいたが気になる事が出来たので、アリスの部屋に向かっていた。
「アリスー聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫か?」
ノックをしながら声をかける。そのまま数十秒ほど待っていたが、何も返答がなかった。
「おかしいな、もう寝たのか?」
もう一度ノックをしても、何の反応もなかったので、寝ているのなら仕方がない、そう思い自分の部屋へと踵を返した。
「あら、どうしたの?」
聞こえた声に振り返るとそこにはアリスがいた。水色の寝巻きが可愛らしいアリスがいた。風呂上がりなのか上気した顔のアリスがいた。少し寝れた髪がなんとも色っぽいアリスがいた。
思わず落としそうになった、勉強用のノートを慌てて持ち直す。そうしている間にもアリスは自分の部屋の方、つまり俺がいる場所へ近づいてきている。
「あ、あれだ、魔道書を読んでいて、気になったことがあったから聞きに来たんだ」
なんとか要件を伝えたが、どもってしまった。
風呂の順番は、俺が先に入りその後にアリスが入る。アリスを呼ぶときは部屋の外から、少し大きめの声を出してアリスに呼びかけるだけで、その後は基本的に自分の部屋から出ない。寝る時間の少し前に、歯磨きをするために出るくらいだ。
今まで風呂に入った後のアリスに出くわす事はあるにはあったが、それも時間が経ってからだ。今みたいにアリスが上がってからすぐに合うことはなかった。
「そう、なら入りなさい」
そう言ってアリスは部屋の扉を開けて、入っていってしまった。
「マジですかアリスさん」
小声で呟く。
アリスは、自分がどう見られているのかという事にはあまり頓着しないようだ。街中でアリスの事を綺麗だと周りの人がざわついても、自分の事とは思わずに何食わぬ顔でスルーする光景が目に浮かぶ。
まあ、俺もアリスに手を出す気は全く無い。アリスは綺麗すぎる。美術品などと同じだ。ベタベタと触ることを良しとせず、ある程度の距離から眺めているだけで満足できる。美しいモノを壊したくない。いつもそう思っていただろ?だから緊張なんてする必要ない。
よしっ行くぞ!!
「…………」
意を決したはずの俺の体は、ドアを開け部屋に入って数歩の場所で止まってしまった。
少し湿った髪のアリスが水色の寝巻きを着て、上海を膝の上に乗せながら両手を回している状態でベッドに座っていた。
もう一度言おう。少し湿った髪のアリスが水色のn
「座らないの?」
アリスの声で我に返る。よく見るとこの前使った椅子とテーブルがベッドのすぐ側に用意されていた。
反応の鈍い足を動かして椅子に座る。その間、目はずっとアリスの方へ向いていた。
「それで、聞きたいことは何?」
アリスの下を訪れた理由を思い出し、意識を切り替える。ノートを開きそこに書かれたタイトルを読み上げた。
「魔力と霊力の違い、ついでに妖力と神力のことも知りたい」
再び出した声はいつもの調子に戻っていた。
「前にアリスは魔力は誰でも持ってるって言ったよな?」
「ええ、言ったわ」
「今日魔道書を読み進めていたら霊力という単語が出てきた。これも人間が元々持っている力らしい。それらの違いが気になってここに来た」
揚力と神力についてはある程度、想像がつく。妖力はアリスが前に話してくれた妖怪が持っている力の事だろう。神力は字の通り神様が持つ力の事だと思う。
まあ、本当に神様がいるのかは判らないが、妖怪は居るみたいだし、神様もいるのだろう。
「まずは霊力と魔力の違いについて教えるわ」
アリスの声に底に沈み込んでいた意識が引っ張り上げられる。シャーペンを持ち、メモをとる用意をすることで続きを促す。
「霊力と魔力は元は同じ物で、違うのは方向性かしら」
「方向性?」
オウム返しに聞くとアリスはそうと頷き、続きを話しだした。
「まず前提として、神様は正の存在で妖怪は負の存在だという事を覚えていて頂戴」
忘れないようにメモをとる。
「その中間に人間の存在があって、人間はどちらの存在にもなることが出来るわ。勿論、簡単になることが出来る訳じゃないけどね」
一本の線を引く。その右端に神という文字を書き、反対側に妖怪と書く。その丁度真ん中あたりに人間と書いた所で、顔を上げるとアリスが俺のノートを見ているのに気がついた。
「そうね。その絵で言うと、妖怪が使う力が妖力で、人間と妖力の間に魔力がある感じね。霊力は魔力の反対側にあるわ」
アリスが言った事を記入し、ついでに人間と書かれた箇所の線の下に0、妖怪と神と書かれた箇所の下に-1、1とそれぞれ書いた。
「神力、霊力、魔力、妖力には使い易さというものがあるわ。神となったものには神力が、妖怪になったものには妖力が使いやすくなるの。それと、妖怪に神力はまず使えないし神様に妖力は使えないわ」
「近い力は使えるのか?例えば妖怪が魔力を使うとか、神が霊力を使うとか」
「使うことはできるわ、普通はしないけれど。ちょっと見せて頂戴」
アリスがこちらに身を乗り出してきたので、慌てて体を反らす。こちらの反応を気にないまま何かを書き足している用だ。仕方がないので、いつの間にかアリスの膝の上から居なくなっていた上海を探す。部屋を見渡すまでもなく、すぐに見つける事が出来た。
上海はベッドのすぐ側にある、ランプが置かれている台の上に腰掛けていた。目が合うと手を振ってきたので振り返す。そういえば今日、帰ってきた時も俺の部屋の窓から振っていたなと思いだした。多分学校から帰ってくるときは毎日上にいるだろう。手を振り返す時には周りに気をつけようと思う。
視界の端に捉えていたアリスが離れたので、意識をそちらに戻す。ノートを見てみると、人間と書かれた箇所の上に、左右に向かって伸びる矢印とその先端に書かれた強という文字が書き足されていた。
……………………アリスの字、逆さから書いたとは思えないほど綺麗だな。
「その絵に書いたみたいに、矢印の方向に進むに連れ強くなっていくの」
「じゃあ、なんで魔法使いは魔力を使うんだ?魔法使いだって妖怪だろ?」
これもアリスから聞いたことだ。
「さっきも言った通り使いや易さよ。私たち魔法使いは妖怪の中では最も人間に近いの、それに昔から使われてきた魔法陣も魔力を使うことを前提としているわ」
「そうか」
今まで聞いたことをノートにまとめる。十分ほどかけてまとめ終え、夜も遅いので寝ることにする。
「ありがとう、それとおやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
簡単な挨拶を交わし、部屋を出た。明日は学校も休みなので、勉強も踏まえ盛大に夜更かしすることにした。
その後、深夜になってから何故か上海が俺の部屋に訪れ、俺の心臓を停止一歩手前まで陥れる事は完全に余談である。
照れた上海は可愛い(迫真)