東方血界神 ~Creatures Paradise~   作:閼伽

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朱雨という男の原典。

 誰も私を理解しない。そんな当たり前の事さえ、忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 ある、一つの命の話をしよう。

 

 それが誕生したのは、闇より生じ今もなお膨張し続ける、星の海の最果てだ。

 

 幾度もの偶然と奇跡の上に成り立っていた其処で生まれた命は、生まれた瞬間から強大だった。

 

 その命は、他のどの生命よりも体が大きかったのである。それもただ巨大なだけでなく、堅牢で強靭な肉体でもあった。

 

 巨大な体躯を持つという事は、ただそれだけで絶対的有利となる。その命の次点の巨躯を誇る生命でさえ、その命の百分の一の大きさも有していなかった。

 

 どれほど鋭い牙を持っていようとも、どんなに強い爪を持っていようとも、その命の皮膚さえも貫くことは出来ず、その命は挑んでくる全てを圧殺した。

 

 無論、全ての生命が爪と牙のみで生き抜いているわけではない。猛毒を持つ生命も存在した。だが、致死に至らしめる程の量を与える事など出来なかったのである。

 

 結果として、生物が持ちうるありとあらゆる毒を微量に摂取したその命は、生物が生成出来る全ての毒に対しての耐性を会得した。

 

 次の特徴として、その命は体内で大きな循環を起こしていた。地球の生態系が大きな循環で成り立っているように、その命もまた、体内で命の循環を起こしていたのである。

 

 それにより、その命は食事を必要としなかった。太陽光などのエネルギーさえあれば、生きる事が可能だったのだ。

 

 そして、その命は高い知能を持っていた。たった一つの命で、物質の理の解に辿り着いてしまう程に。

 

 そんな、おおよそ生命として最高峰の性能を持っていたその命がとった行動は、何もしない事だった。

 

 簡単な話である。己以外に同族がいなかったからだ。

 

 生命は、己の子孫を残す為に生きている。それは他ならぬ生命としての根幹に「己の種族を存続させる」という本能があるからだ。

 

 しかし、同族がいなければ繁殖など出来ない。雌雄同体ではないその命は、(つがい)がいなければ種を残す事など出来なかった。

 

 そして太陽光さえ浴びていれば生きていられるのなら、無理に何かをする必要はない。

 

 天敵さえいないその命は、太陽光が最も当たる場所で、ただ眠り続けた。

 

 覚醒していた時もある。しかし何かを考える事もせず、何をするでもなく過ごし、いつしかその命は、生命の根幹に刻まれた本能さえ忘れてしまった。

 

 ただ、ただ、眠り続けた。

 

 どれ程の生命も敵とせず。何かを喰らうわけでもなく。あらゆる災害を無視し続け。

 

 その命は眠り続けた。

 

 眠って眠って、眠り続けた。

 

 その命が、星の最後の生命となるまで。

 

 その命がふと、目を覚ました時。その視界に広がっていたのは、何一つ生命のない、死の世界でしかなかった。

 

 その光景を見た瞬間、その命の知能は警鐘をならした。

 

 このままでは、己は進化できないと。

 

 今更進化する必要などない。ほぼ完成された命を持っていたその命は、そんな事は分かっていた。しかし、それでも、進化を求める必要があったのだ。

 

 何故かは分からない。ただ、その命の奥底に去来した、言いようのない何かが、その命を突き動かした。

 

 その命は考える。進化とは何かと。

 

 進化とは、生命の競争の中で芽生えるモノ。

 

 今よりも、もっと効率的に生きる為の変化。

 

 その変化は、他の生命がいなければ不可能。

 

 ならば、探しに行こう。この命果てた星を離れて、この遥かな宇宙(そら)の中へ。

 

 そして、その命は旅立った。

 

 進化する為に、命が溢れる地を目指して。

 

 果てなどないと錯覚するほどの闇の中を百億もの永きに渡り彷徨(さまよ)い、その命はついに見つける。

 

 命溢れる星、生命の楽園――地球を。

 

 それが、その命の。

 

 朱雨と呼ばれる存在の、原典だった。

 

 

 

 

   आयुस्

 

 

 

 

 八意亭の一室。客人の為に用意された、広々とした一室。

 

 美しい装飾があしらわれたテーブルをはさみソファに座っている、全くの無表情で永琳を見ている朱雨と、立ち上がったまま難しい顔をして、思考に専念している永琳の間には、重苦しい沈黙が流れていた。

 

 朱雨が話した事。それはほかでもない、朱雨という生命の生誕秘話である。

 

 永琳にはその話は到底信じられるものではなかったが、それほどの存在ならば、これまで朱雨が行ってきた行為も全て可能だろう。

 

 国宝級の武装を容易く破壊出来る筈だ。朱雨の方が永く存在しているのなら、その身に宿す力も尋常ではないだろう。

 

 八戯莉に対して恐怖を抱かない筈だ。朱雨はそのつもりになれば、赤子の手をひねるように八戯莉を殺害していただろう。

 

 だが――

 

「――腑に落ちない点が、いくつかあるわね。それについて、質問させてもらってもいいかしら?」

 

 永琳はソファに座り直し、真剣な表情で朱雨を見る。そこには、目の前の疑問に遮二無二に挑む、一人の学者の姿があった。

 

「構わん。それと、逐一許可を取る必要もない」

 

 朱雨は仮面のような顔でそう言って、永琳の言葉を待つ。

 

「じゃあ、まず一つ目。貴方は、進化する為に地球にやってきたのよね。それなのに、私達を観察したいなんて言ったのはどうして?」

 

 朱雨は言っていた。「お前達を観察する為にやってきた」と。進化は競争の中でこそ生まれると考えている朱雨が、なぜ競争ではなく観察をやっているか。それが、永琳が初めに感じた疑問だった。

 

 その質問に、朱雨は何をするでもなく当たり前のように答える。

 

「単純な話だ。私に勝てる生命など、この星にも存在しなかった。競争をしようにも、何の変化もなく、私の勝利で終わってしまう。故に、別の種類の生命を見て、己の進化の鍵にしようと考え、人間の中でとりわけ妙な発展をしているお前達を観察する事にしただけだ」

 

 なるほど、と永琳は頷く。

 

 考えてみれば自然な話である。そもそも、朱雨の大きさは太陽に匹敵するのだ。地球上の生命では競争する事どころか、闘争さえも到底不可能だろう。

 

「二つ目。貴方はどうやって、その巨大な体を人間大の大きさに変化させたの?」

 

 太陽と同等の巨躯を誇る朱雨が地球上で生活するなど、まず無理だ。何せ朱雨の方が巨大なのだから、地球に近づくだけで朱雨自身の万有引力が地球を破壊してしまう。

 

 思いつく限りでは、体をそのまま圧縮する方法。本体は未だに宇宙空間に存在し、人間型の触覚を用いて地球に降り立つ方法。空間を制御する方法などが挙げられるが、どれも相応の問題がありそうだ。

 

 体をそのまま圧縮するのなら、質量はそのままなので結局は地球の中心へとめり込んでいく。宇宙空間に本体があるのなら、どうやって血液を供給しているのかが分からない。空間を制御しようにも、そもそも朱雨はそれをするための霊力や魔力が存在しないのだ。朱雨の持つ「万物に変化をもたらす力」がそれを可能とするかどうかも分からない。

 

 朱雨はふむ、と顎に手を当て、何かを思い出すように上を見上げて話す。

 

「この星には私の故郷にはないモノが存在している。物理法則を塗り変える力、概念によって存在する生命等、そういったモノだ。その中でも超越者と呼ばれる存在――神、と言ったか。その存在が担っていた事を見様見真似で行っただけだ」

 

「神が担っている事を、真似た?」

 

「ああ。永きを生きたせいか、私にはその神とやらが持っている力と同質の力が備わっていた。だから、それを用いて、私の体内を全て異界へと変貌させたんだ」

 

 (もっと)も、それでその力を全て使い切ってしまったがね、と朱雨はもとの体勢に戻る。

 

 永琳は無言のまま、額に手を当てて朱雨が話した情報を整理する。

 

 自分の体内を異界に造り変えた? それも、見様見真似でそんな大それた事を?

 

 有り得ないと断言してもいい程のふざけた話だ。だが、真実であろうとも永琳は考えていた。

 

 朱雨が言っていたように、おそらく永い時を生きた朱雨は神性を得ていたのだろう。付喪(つくも)神や国宝級の武装のように、永い間存在するという事はそれだけで力を得る。

 

 だが結局神性を得たとしても、信仰がないのなら使い切ってしまえば失ってしまう。だから朱雨はもう神力を持っていない。

 

 それに朱雨は出来て当然のように語っていたが、大陽規模の空間を造り変えるなど、最低でも天地創造の神話を持つ神でなければ不可能だ。

 

(……やっぱり、百億年の歳月の中で蓄積した神力、そして世界を創るではなく肉体を造り変える事がそれを可能にしたと考えるべきね)

 

 それならば筋が通る、と永琳は納得する。

 

 朱雨は己の体内とも言っており、異界とも言っていた。それはつまり、朱雨が異界そのものと言っても過言ではない。だから、外見と中身が一致しなくても別に構わない。

 

 もとより、異界とはこの世界とは別の次元。あるいは世界線の断層に存在する「此処(ここ)ではない何処(どこ)か」である。どれ程の広さを持っていようとも、結局のところ空間は必要ないのだ。なにせ、此処には存在しないのだから。

 

 必要なものは空間ではなく、出入口。現世と異界を分け隔てる境界。

 

 それが、今永琳の目に見えている朱雨なのだろう。朱雨の外見、すなわち外殻を境界に、異界である朱雨の体内と現世を分けているのだ。

 

 だから傷を負うというプロセスを挟まなければならない。現世(こちら)異界(あちら)を繋ぐ道を作らなければ、その中の血液を使用する事など出来ないのだから。

 

 と、そこまで考えて、永琳の中に新たな疑問符が浮かぶ。

 

「……ねえ、朱雨。貴方、さっき神の見様見真似で体内を異界に造り変えたといったわね」

 

「ああ、そうだが。それがどうかしたのか?」

 

「天地創造を行える神を認識できるのなら、どうしてそういった存在と競争をしなかったの? 彼らなら、貴方をも殺せるでしょうに」

 

 そう。神を認識できるのなら、それらと争えばいい。殺し殺される闘争の果てに、あるいは進化の道もあるのではないか。永琳はそう思ったのである。

 

 が、朱雨は即座に首を振った。

 

「確かに、神は私を殺せるだろう。だが、神や妖怪といった物理法則に囚われない生命は、私が求める進化のカタチではないのだよ。それに――精神に依存する生命と云うモノは、総じて生命として不適格だ」

 

「え? どうして?」

 

「自分で自分を殺すなどという、生命として最も忌避すべき行為を行うからだ」

 

 己に生じた疑問をすぐさま尋ねてくる永琳に、朱雨は石像のように、あるいは機械のように回答する。

 

「生命の本能は三つある。一つは、何よりも生きる事。一つは、自分の種を残す事。そして、進化する事だ。森羅万象、ほぼ全ての生命はこれに殉じていると言っていい。だが、精神に依存する生命は違う。これらの生命は、生まれた瞬間から滅びの要因を持っている。災害に襲われるでもない。天敵に滅ぼされるでもない。己で己を殺し尽くすなどという、考えられん要因をな」

 

 朱雨は語る。坦々と、淡々と。まるでそれしか出来ない、作られた人形のように。

 

「精神、いや、心を持つ生命は限りない欲望を持っている。それだけならば良い。貪欲である事は進化に繋がるからな。問題なのは、その欲望が進化以外の方向へ向けられる事だ。生命が生きる上で断じて不要な欲望を持つが故に、生きる為でもなく他の生命を惨殺し、挙句に世界を食い潰す。どんなに知能を持たない生命があろうとも、どれ程強大な命でも。決して、世界そのものを滅ぼそうとしないというのに」

 

 瞬きさえしない朱雨は、永琳の目にひどく不気味に写る。

 

「――生命に、心は不要だ。ただ、その本能に、受け継がれてきた遺伝子(れきし)に従えばいい。ただ生きて、ただ種を残せばいい。何も思わず、何も感じず、ただただ進化し続ければいい。私が目指す生命とは、そういうモノだ。決して――心に依存する生命ではない」

 

 ……永琳は、何も言う事が出来なかった。

 

 もちろん、永琳には心を持つ人間として色々と言いたい事はあった。だが何を言っても無駄だろうと、永琳は悟ったのである。

 

 もとより、朱雨は地球の存在ではない宇宙生命体。精神の道理が存在しない果てからやって来た異次元の知能生物。そんな存在に、心を理解しろと言う事自体が愚かしい。

 

 羽を持たない人間に、いくら羽の動かし方を説明しても理解できないように。

 

 知能を持たない動物に、道理を考える事を説明しても理解できないように。

 

 心を持たないモノに、心を理解する事など出来ないのだから。

 

 それは悲しい事だと、永琳は思う。

 

 心を持たないという事は、何も感じないという事だ。

 

 何かに喜ぶ事もない。何かに苦しむこともない。何かを憎む事もない。何かを愛する事もない。何かが美しいと思う事もない。何かに感動する事さえない。

 

 プログラミングされた機械のように。世界を回し続ける機構のように。生きていながら、まるで無機物のような生を彼は望んでいる。

 

 それは、ひどく悲しい事だ。

 

 でも。

 

 そんな事さえ、朱雨は感じないのでしょうね――

 

 永琳は悲痛そうに目を閉じ、悲しげに頭を振る。きっと、私のそういった行動でさえ、朱雨には理解出来ないのだろうと、考えながら。

 

 今は感傷的になっている場合ではない。そう永琳は思い、自身の内に生じた感情を打ち消そうとする。それでも、朱雨への憐れみは消える事はなかった。

 

 そんな視線を向けられても、朱雨は首を傾げるだけだったが。

 

「……これで、質問は終わりよ、朱雨。この後は貴方の血液検査や能力実験を行いたいのだけれど、貴方が私達の観察を優先したいのなら、そちらを先に行ってもいいわ」

 

 永琳はため息をついて、朱雨にそう言う。

 

 本当はまだまだ永琳の好奇心は満足していなかったが、今まで無理を言って付き合って貰っていたのだ。あまりにしつこく引き留めてしまうと、最悪ここから帰ってしまうかも知れない。

 

 それに、永琳にとって朱雨という存在はあまりに悲しすぎる。そしてそれをどうする事も出来ない自分が情けなくて、今はこれ以上一緒にいてもろくな事は出来ないと判断した。

 

 約百年を生きた永琳。学者としてはまだ発展途上だが、それでも歴来の偉人達を凌ぐ知性と天賦の才を持ち、最年少で賢者とまで呼ばれた女性。

 

 それに決してうぬぼれていた訳ではない。出来る事と出来ない事の区別もついていたし、己の限界もはっきりと認識していた。

 

 それでも、永琳には大抵の事が出来るという自負があったのだ。実際、永琳が生まれて学者としての道を歩んだ数十年で数々の理を解析し、あらゆる難病を打破してきた。

 

 それが目の前にいる朱雨ですら、救う事は出来ない。

 

 いや、その救いと思う事さえ、ただのエゴでしかないと永琳には分かってしまう。

 

 朱雨は心を拒絶している。例え朱雨の中に心があったとしても、朱雨はそれを決して認めはしないだろう。

 

 そんな存在に無理やり心を与えたところで、それを決して喜びはしない。憤怒か絶望、あるいはそれに準じる悪感情しか抱きはしないだろう。

 

 ……分かってはいる。分かっては、いるのだ。

 

 永琳はクリップボードを両腕で抱きしめて、俯いて唇を噛む。

 

 それでも、その事実を許容するには、永琳は若すぎた。

 

 数千年の寿命を持つ天照国の住人は、総じて精神の成熟が遅い。身体がとうに成長しきっても、心が幼いままという事もよくある事だ。

 

 永琳は例外的に素晴らしい速度で精神が育っていたが、それでも成熟には程遠い。

 

 己に解決できない理不尽が許せない。そんな子供のような思いを、永琳は抱えていた。

 

 先程の学者としての姿から一気に弱弱しくなった永琳を、朱雨はただ紅い瞳で見ているだけだった。永琳が抱えている苦悩など、当然のように理解せず。

 

 朱雨はただ思考し、永琳の言葉を噛み砕き、その解答を示す。

 

「……了解した、永琳。では、私はこの国の人間の観察に行ってくる。夜になれば戻ってこよう」

 

 朱雨は俯く永琳にそう言い残し、部屋を出て行った。

 

 それに返事をする事もなく、沈黙が支配する広い部屋で、ただ一人座り続ける永琳。

 

「…………ヒクッ……ッツ…………ウウ…………」

 

 その沈黙に紛れ、小さな嗚咽が、虚しく響いていた。

 

 

 

 

 八意亭を後にした朱雨は、天照国を当てもなく散策していた。永琳から聞いた「この場所で守るべき事」を思い出しながら。

 

 あまり他人をジロジロ見ない事。勝手に他人の巣に入らない事。構造物を壊したりしない事など、道徳や法律で禁止されている行為を行わない事を、朱雨は永琳に念押しされていた。

 

 だから、今日は日が暮れるまでこの国の全体像を把握する事に努める事にしたのだ。

 

 ブラブラと、朱雨は歩道を歩き続ける。擦れ違う人間の着ている物質を観察し、それがどれ程生命として役に立つか考えたり、構造物を見て技術力の高さに関心して、己にこれの再現が可能か考えたりと、進化の可能性を模索していた。

 

 そんな傍から見れば挙動不審な朱雨の背に、

 

「見ない顔ですね、そこの御仁。一体ここで、何をやっているのですか?」

 

 凜、と。鈴が転がるような透き通った声がかけられる。

 

 無言のまま振り返った朱雨が見たものは、黒絹のように美しい長い髪をおしげもなく風にそよがせる、見目麗しい極上の笑みをたたえた女性が立っていた。

 

 絶世の美女。擦れ違えばほとんどの男性が振り返るであろう美貌をたたえる女性を前に、朱雨はなんら感情を抱かない。ただ、自らが少しばかり拙い状況に陥っている事を認識した。

 

「……私は、朱雨と言うモノだ。八意永琳によってこの国に招待された。今は、この国を観光している」

 

 朱雨は永琳にあらかじめ教えられていた、他人に不審がられたら場合の言い訳を目の前のいっそ神秘的ともいえる美貌の女性に言う。

 

 朱雨がいくら怪しくても、永琳の名を出せば大抵の事は解決する――そう聞いていた朱雨だったが、永琳の名を途端に女性の美しい笑顔は驚きに変わったのを見て、あの女は本当に有力者のようだと再認識した。

 

「まあ! 永琳様がお戻りになられていたのですか! これは大変、急いで挨拶に向かわなくては!」

 

 その言葉の内容から、おそらくは永琳の知り合いなのだろうと朱雨はあたりをつける。

 

「申し訳ございませんが、これにて失礼させていただきます」

 

 女性は優雅に頭を下げ、上品な仕草で背を向ける。が、やり残した事を思い出したように半回転して、可憐な笑みを浮かべて朱雨に告げた。

 

「――私は月夜見と申します。以後、お見知りおきを」

 

 そして、今度こそ去っていく月夜見。

 

「…………月夜見、か。永琳がそのような呼称を言っていた記憶があるが……」

 

 気にする程の事ではないか、と朱雨は遠ざかっていく後ろ姿をじっと見ながら得るモノはないと判断し、観察を続行する事にした。

 


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