東方血界神 ~Creatures Paradise~   作:閼伽

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砂漠を超え、朱雨は国へと辿り着く。

 

 

 

 

 知るという事。それは所詮、己の概念を押し付けるだけに過ぎない。

 

 

 

 

 風に舞い踊る白亜の砂、天に輝く(まばゆ)い太陽。視界を天地に二分する、白い大地と青い空。

 

 一片の緑もないそこは、果てしなく続く砂の海だ。荒涼とした風が吹き、白い波が流れている。

 

 不思議と、熱くはない。

 

 蒼穹に映える太陽はその身から一心に光を放っているが、この地に限って言えばその光にぬくもりはなかった。

 

 ただ視界を明瞭にするだけの無垢で冷たい光。月明かりにも似たソレは、おおよそ命と言うモノを感じない。

 

 寂寥とした色の無い砂漠。生死の境界が曖昧で、何もかもが同一の世界。

 

 ここでは、あらゆるモノが生きながらにして死に絶えている。

 

 

 あるいはそれこそが、永遠と言うのかも知れない――

 

 

 その砂漠の一角に彼らはいた。

 

 星座の描かれた青と赤の服を身に纏う銀の三つ編みの女性、八意永琳。

 

 棺桶のような深紅の箱を肩に担ぎ、憮然とした表情で歩いている四人の男達。

 

 そして黒みがかった紅い髪を風に靡かせて歩いている男、朱雨。

 

 何故彼らが砂漠を歩いているのか。それを知るには、少し時間を遡らねばならない。

 

 八戯莉が永琳と朱雨の前から姿を消した後、永琳は朱雨に頼み、対妖怪部隊の四人を八戯莉の森の外へと運び出してもらった。

 

 一人で四人の男を運ぶ事は単純に考えれば不可能なので、永琳は朱雨に二人を担いでもらい、もう二人は永琳自身で運ぶつもりだった。

 

 が、永琳がその旨を伝える前に朱雨は自身の両方の脇腹を爪で斬ったかと思うと、そこから血液で出来た腕が生えてきて、彼らを一人で担ぎ上げてしまったのである。

 

 永琳は朱雨の血液を用いる正体不明の力に非常に興味をそそられたが、何よりも優先すべきは八戯莉ノ森からの脱出と、対妖怪部隊の面々への朱雨の説明を考える事。永琳は泣く泣く好奇心を抑えるしかなかった。

 

 ふさがる筈だった両手が空いた永琳は、朱雨が破壊して粉々になってしまった武装を霊術で集める。これらは貴重な品だ。一度壊れてしまっては修復しても壊れる前より性能は落ちるが、それでも十分に使える。

 

 だが集めた後、それらを収納する入れ物がない事に永琳は気づく。

 

 仕方ない、術を使い続けて持っていくか。そう思ってため息を吐いたが、朱雨が本当に興味があるのか分からない顔で「何をしている」と聞いてきたので答えたら、なんと朱雨が血液で棺桶のような形をした深紅の箱を作ってしまった。

 

 思わず出来上がった箱に近づき、叩いたり中身を見たりして永琳は解析してしまう。

 

 血液を用いて腕を形成したり箱を作ってしまう能力。後者の事実から朱雨の身体に接触していなくても操作が可能で、血液そのものも箱に変化した後かなりの硬度を持っている。傷を負うプロセスを必要とするがかなり汎用性が高い能力と推測。血液の成分やどの位まで物質の形成が可能なのか、使っている血液量が明らかに人体が保有している血液量を超えている事や、霊力や妖力等の既存の力に頼らない正体不明の力で操っている事等に関しては検証の必要がある――、とそこまで永琳は考え、ハッと自分のしている事を自覚した。

 

 今はこんな事を考えている場合ではない。

 

 永琳は後ろ髪をひかれる思いで思考を打ち消し、朱雨が用意した箱に武装の残骸を入れる。そして永琳は対妖怪部隊への説明を考えながら。朱雨は無表情に兵士達と箱を担ぎ上げ、八戯莉ノ森から脱出した。

 

 八戯莉ノ森を脱出した後、永琳と朱雨は夜明けまでの短い時間を休息に当てる事にした。

 

 そして夜が明けた頃。寝入っている永琳を兵長の怒鳴り声と一瞬後の断末魔が襲い、永琳は最悪な目覚めを味わう事となる。

 

 頭痛を抱えつつ永琳が帳から出てきてみれば、全くの無表情で帳から出てきた永琳に視線をよこす朱雨と、朱雨に殴られて地面に這いつくばり、痙攣している対妖怪部隊の面々がいた。

 

 朝から厄介事を引き起こす彼らを永琳は「いっその事殺してしまおうか」と物騒な事を考えるが、当然実際に殺りはしないので、兵長に事情を説明する事にする。

 

 怒鳴り散らすばかりの兵長を朱雨を使って威圧したり、壊してしまった国宝級の武装を修復するかいなか、役に立たなかった事を上層部に伝えてやろうかと脅迫したりして、永琳は無理やり彼らを納得させた。

 

 そして壊れた武装が入った箱を彼らに持たせ、砂漠を超えた先にある永琳達の国――天照国(あまてらすのくに)へと向かうのだった。

 

 

 

 

「――以上が、私達の国での常識よ。言葉遣いは気にしなくていいけど、今言った事は最低限守ってちょうだい」

 

「承知した」

 

 天照国は砂漠を半日程歩いた先にある。その間に永琳は、朱雨に国の常識や禁止事項・事前に知ってほしい事等を朱雨に伝えていた。

 

 ちなみに朱雨の格好は腰に毛皮を巻いただけの格好ではない。永琳にちゃんとした服を着なければならないと言われたので、黒づくめの服の上にこれまた黒い外套を羽織った姿をしている。

 

 あの鉄の強度を持つ毛皮は朱雨が血液を使って作った物らしく、この黒づくめの服も同じように血液で作った物である。それに永琳の好奇心がまた刺激されたりもした。

 

「次に、天照国の概要について話すわね。周りを砂漠に囲まれた地にあって、人口は百万人位。基本的に狩りはせず、樹木の栽培や家畜を育てる事で食料を賄っているわ。砂漠に囲まれている場所にわざわざ国を建てた理由はいくつかあって、外敵がやってこない事、砂漠とは思えない程地下の資源や水が豊富な事、あとこの砂漠で暮らしていれば寿命が数千年程になるのが大きな理由ね」

 

「寿命が数千年だと? 私が今まで観察してきた人間は、みな百年程度の寿命しかなかったが」

 

 永琳の最後の言葉に朱雨は驚いた様子も見せずに疑問を投げかける。その様に苦笑を浮かべながら、永琳は答えた。

 

「残念ながら原因は分かっていないのよ。ただ、私の親族に月夜見っていう子がいて、その子がこの謎を解明しつつあるわ」

 

「ほう。分かるのならば是非とも聞いてみたいものだ。永く生きる事も、生命としては重要な課題だからな」

 

「許可が出れば構わないわ。でも、たぶん大丈夫でしょう。月夜見に限った事ではないけど、基本的に天照国の住人はみんな明るくて優しい人たちばかりだから。最もそのせいで、兵隊の数が少ないし頼りないって部分もありはするのだけれど」

 

「……聞き捨てならんな。我等が頼りないだと?」

 

 そこでずっと黙っていた兵長が怒りを滲ませた言葉を発する。他の三人も発言はしないものの、怒りを宿した目で永琳を睨みつけた。

 

「あら、本当の事でしょう? 実際、今回も役に立たなかったじゃない」

 

 しかしそれに怯える様子も堪えた様子を永琳は全く見せず、逆に綺麗な笑みを浮かべて毒を吐く。それに兵長は顔を真っ赤にし、口角泡を飛ばす勢いで怒鳴りつけた。

 

「き、貴様! たかが百年程度生きた小娘の分際で、我等を侮辱するか!!」

 

「事実を言ったまでよ。それに階級で言えば貴方達の方が私より下よ」

 

「貴様ァ! そこになおれい! 叩っ斬ってくれる!!」

 

「そんな事をしてただで済むと思っているの? 大体、国宝を持っていた貴方達ならともかく、今の貴方達が私を斬る事なんて出来るのかしら」

 

「グッ……」

 

 しかし、戦うだけしかとりえのない脳筋男が賢者と謳われる永琳にかなうはずもなく、明らかな侮蔑を交えた弁舌に兵長は言葉を詰まらせる。

 

 永琳と対妖怪部隊の戦闘力は紛れもなく対妖怪部隊の方が高い。しかしそれは対妖怪部隊が国宝級の武装を所持している場合にのみ適応される図式だ。

 

 永琳は天照国で最高峰の術師であり、なおかつ肉弾戦でも上位に入る程の弓の名手だ。離れれば術が飛び、接近すれば矢が飛び、肉薄すれば拳が飛んでくるという、遠中近の全てに対応が可能なオールラウンダーである。それは対妖怪部隊のチームワークや技量を持ってしても打ち破る事は出来ない。

 

 これに対抗する事を可能とするのが、国宝級の武器と称される古来より伝わる武装である。

 

 永い年月を重ねたモノは、ただそれだけでも強力な存在と化すものだ。それが物であれば意志が宿ったり、特殊な力を持ったりする。

 

 彼らが持っていた武装は文字通り国宝級の武器であり、持ち主に強大な身体能力を与え、大抵の術を無効化し、更に幸運を呼び込む程の代物であった。

 

 永琳も彼らよりも更に永い時を経た武装である弓を持っているが、これは戦闘用というより儀礼用に近いものであるし、術者に直接的な付加を与える効果はないのである。

 

 結果として双方が戦った場合、永琳は敗北してしまうのだ。

 

 しかし彼らの武装は朱雨が破壊してしまった。

 

 故に現在の彼らでは、永琳に勝つどころか対抗する事さえ難しいのだ。それが兵長には分かるので、返す言葉が見つからなかったのである。

 

「……チッ」

 

 兵長は舌打ちをした後、部下に目配せをして永琳達を置いて先に行ってしまった。それを永琳は呆れた顔で見て、ため息をつく。

 

「ごめんなさい、不愉快だったでしょう?」

 

「……いいや、私にそのようなモノはない。それよりも、話の続きを聞きたい」

 

「え? ……そう、分かったわ。ええと、何処まで話したかしら――」

 

 永琳は朱雨に向かって頭を下げるが、朱雨は意味深な事を言って話しの続きを促した。永琳はそれに少しだけ疑問を感じたが、朱雨の不可思議な言動は今に始まった事ではないと納得したように頷いて話を再開した。

 

 

 

 

「――ふう。話す事はこれぐらいね。他に何か質問はある?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「そう、良かった。……見えてきたわね。あれが、天照国よ」

 

 時折休憩を交えながら永琳は懇切丁寧に朱雨に説明し、それが終わった頃にはもう天照国は目前だった。

 

「――ほう、あれが」

 

 朱雨は目を細めて遠くにある天照国を見る。

 

「ふむ、あれがヒトの巣か。お前が言っていた通り、蟻や蜂の巣などとは根本的に違うな。あの在り方は海狸(うみだぬき)に近い――いや、それを遥かに凌駕している」

 

「え? 見えるの、朱雨?」

 

「ああ、はっきりとな」

 

 朱雨はまるで目の前に在るかのように話しているが、永琳が目を凝らして見てもまだ地面が少し盛り上がっているようにしか見えない。霊力で視力強化を行っても、おぼろげに外壁が見えるだけだ。

 

 人間としてはそれなりに上位に入る永琳でさえも見えない程の遠くに在るものを、朱雨は易々(やすやす)と細部まで遠望している。元から身体能力がそこまで高いのか、あるいは正体不明の力は肉体強化が可能なのか――永琳の科学者魂がうずく。

 

「そうなの。……今度、貴方の事も調べてみたいわ」

 

 それに気を取られてしまったせいか、永琳はつい無意識に自分の本音を口走ってしまい、次の瞬間にはしまったと一瞬前の己を(なじ)る。いくらなんでも調べてみたいなんて言われたら、誰だって気を悪くしてしまう。

 

 永琳はただでさえ油が切れているのに錆びついてしまった上関節に砂をかんでしまった人形のような動作で朱雨を見るが、朱雨は相変わらず天照国の方を向いたままだった。

 

(……気づいて、ない?)

 

 10秒から20秒ほど永琳は朱雨を注視していたが、どうやら気づいた様子はない。それに、永琳はホッと胸を撫で下ろす。

 

 が。

 

「――私を、調べたい、だと?」

 

「――――!?」

 

(やっぱり聞かれていた!?)

 

 ビックウッ! とあからさまに体をこわばらせた永琳に、重圧を擬音で示したような文字列をバックグラウンドに背負い、朱雨はゆっくりと振り返る。その圧倒的威圧感に心の底から危機を感じた永琳は、あたふたと弁明を始めた。

 

「あ、あのね、朱雨! これは言葉のあやっていうか、その――」

 

「別に構わんぞ」

 

 だが、振り向いた朱雨の顔は最初に出会った時と全く変わってないんじゃないかと思えるくらい何の変化もない無表情で、いとも簡単に許可を出した。

 

「――食べてみたいを噛んじゃったっていうかって、え?」

 

 かなり予想外だったのか、慌てて弁明しようとしていた永琳は気の抜けた声を発して拍子抜けする。

 

「……いいの?」

 

 おそるおそる、というように確認する永琳。それに朱雨は抑揚しかない声で答える。

 

「ああ、こちらも観察するのだからな。見返りも必要だろう」

 

「……実験とかも?」

 

「やってもいい」

 

「……か、解剖とやっちゃっても?」

 

「死なないのならな」

 

 ――じゃあまずは何から始めようかしらやっぱり解剖からいいえまずは朱雨自身から説明を聞くのが先ねああでも待ってそこまで私待ちきれないわそうだ血液検査からしましょうそれから朱雨の血液でどれだけの事が可能なのか実験してみるのもいいわねそもそも朱雨は人間なのかしらもしかしたら人間以外の何かかも知れないわそういえば朱雨は自分の傷から血液を吸収していたわね朱雨の操る血液は体へ出したり入れたり自在に出来るのかしらいいえ待つのよ永琳解剖して良いって事はなんでもして良いってことよつまり朱雨は貴重な実験体私の薬を試してみるのもいいかもしれないわ人間じゃなかったら薬の効果も違うだろうけれどそれはそれでかまわないわね体の一部を抜き取ってそれに様々な耐久実験をしてみるのもいいわね朱雨は一体どんな力を用いているのかしらとても気になるわそれを知るためにも薬を打ち込んででもあらいざらい喋ってもらわないと――ハッ!?

 

 この間、僅か0.1秒の早業である。

 

 朱雨への並々ならぬ好奇心を抑え続けていた永琳にとって、その答えは望んでやまない物だった。

 

 やろうとしてる事は誰がどうみても明らかに危険でマッドでクレイジーで、泣く子も解剖されて黙るレベルだったが。

 

 そんな風な事を考えて、恍惚とした表情をしている自分を冷たい目でじっと見ている朱雨に気づいた永琳は、いつの間にか出てきた涎を拭き、気恥ずかしそうに咳払いをする。

 

 そして誤魔化すように精一杯の笑顔を浮かべて朱雨に笑いかけた。

 

「ま、まあ、協力してくれるのなら嬉しいわ。国に着いたら今後のスケジュールを決めましょう」

 

「……ん?」

 

 その笑顔に何やら違和感を覚えたが、気のせいだろうと朱雨は無視をする。

 

 何とかごまかせた、というよりは朱雨が鈍感だったという方が正しいが、修羅場を抜けた永琳は猛る妄想を必死に抑えながら、それでも少しだけにやけていた。

 

 そして、ようやく二人が天照国の門前に着いた頃。門の前には、ある人物が立っていた。

 

 恰幅の良い体をした、厳格を絵にかいたような男である。かなり身分が高いのだろう、堅苦しいが上質な服を纏っている。

 

 その男を見た瞬間、永琳は(はやぶさ)もかくやという勢いで走り出す。その男も永琳を見るやいなや威厳のある笑みを浮かべ、喜びを表すように両手を広げた。

 

 だが、俯きながら走る永琳の表情を男が見ていれば、決してそのような動作はしなかっただろう。

 

 霊力で脚力を強化してまで助走をつけた状態から右腕を振りかぶり、最も力を溜められる位置まで腰をひねる。そして、体を一つの螺子のように勢いよく回し――

 

「――よくぞ帰ってきた、八意永琳。此度の件、真にご苦労であったガファ!!」

 

 ――男の顔面に、見事なコークスクリューブローが決まった。

 

 そう、何を隠そうこの男、永琳を八戯莉との交渉役なんていう死亡確率九割九分の死地に送り込んだ張本人、永琳の上司である。

 

 永琳は固く決意していた。

 

 生きて帰ってきたら絶対、こんな任務に就かせた上司を殴ってやると。

 

 男は口と鼻から血を撒き散らしながら吹っ飛んで行き、国を覆う外壁にぶつかった後、起き上がって来る事はなかった。

 

 飛び散った男の血液は永琳の顔にも数滴かかっていたが、永琳は別に気にした様子もなく、憑き物がとれたような満面の笑みを浮かべて朱雨へと振り返り、両手を広げて叫んだ。

 

「ようこそ、天照国へ! 私は心から貴方を歓迎します!」

 

「……………………」

 

 その、頬に着いた血さえなければ。

 

 完璧だったんだろうなと、朱雨は知らず知らずのうちに思ったという。

 

 

 

 

   आयुस्

 

 

 

 

 天照国の一角、八意亭と呼ばれる広大な屋敷の一室。

 

 二十畳はあろうかという部屋に、永琳と朱雨はいた。

 

 あの後、永琳は自分の上司をほったらかしにして、事前に伝えていた八戯莉についての報告と朱雨の滞在許可を貰いに上層部へと向かった。上司を殴った上に治療もしなくて大丈夫なのかと言う突込みは、残念ながら発達した文明下の人間社会に精通していない朱雨には出来ず、仮に出来たとしても「大丈夫、ちゃんと記憶が飛ぶように殴ったから☆」と満面の笑顔で言われてしまうのがオチだろう。

 

 結果としては滞る事もなく二つ返事で了承され、朱雨はさっそく天照国の住人の生態観察を始めた。

 

 いや、始めようとした、が正しい。

 

 それを止めたのは、他ならぬ永琳である。

 

 永琳は、もう限界だった。

 

 溢れんばかりの好奇心を押さえつけるのは、もう限界だった。

 

 そして、国の案内をしてくれるのだろうと考えていた朱雨は永琳に八意亭まで連れてこられ、こうして二人で向き合っているのである。

 

 ちなみに永琳は現在眼鏡を装着し、白衣を纏っている。その手にはクリップボードと万年筆が握られていた。

 

「じゃあ、質問を始めていくけど、よろしいかしら?」

 

「…………いや、待ってくれ。状況が掴めない」

 

 キリッ、と生き生きした顔でそう聞いてくる永琳に、流されるままに連れてこられた朱雨はこの状況を何とか把握しようとする。

 

「……まず、お前は何をしようとしているんだ?」

 

「何って、貴方の事を調べるのに決まっているじゃない」

 

 何を当たり前の事を、と言いたげに永琳は朱雨を見る。朱雨は額に掌をあててゆっくりとため息をついた。

 

「……今でなければならないのか?」

 

「そうよ。私、ずっと貴方の事だけを考えているもの。今だって頭の中は貴方でいっぱいだわ。この想いをどうにかしなければ今すぐ死んでしまいそうなくらい」

 

 頬を薄く染め、胸に手を当てて視線を逸らす永琳。悩ましげにため息をつくその様子は、恋する乙女にも見えなくもない。

 

 だが勘違いしてはいけない。彼女は朱雨を解剖した時を想像して頬を染めているのである。

 

「ねえ、お願い。貴方に迷惑はかけないわ。ほんの少しだけでいいから貴方の事を聞かせて欲しいの」

 

「…………」

 

 既に迷惑をこうむっていると朱雨は思った。

 

「本当にお願いよ! 一言、一言だけでいいから! 聞いたらきっと満足するから! お願い!」

 

「……………………」

 

 黙っている朱雨に瞳に涙まで溜めて切実そうに願う永琳。ここまでされたら大抵の人間は罪悪感で引き受けてしまうだろうが、そこは無感動な朱雨。全く動じない。

 

「本当に……グス……お願いよぉ……ヒック……」

 

 ついには朱雨に縋り付き、泣き出してしまう永琳。朱雨の胸に顔を埋め、掠れた声で懇願する。

 

 そこまでされては流石に鬱陶しいので朱雨も折れるしかなかった。

 

「……………………分かった、良いだろう」

 

「本当!? ありがとう!!」

 

 途端、花が咲いたように満面の笑みを浮かべる永琳。素早く涙を拭いて最初と同じ姿勢になる。

 

 何故か、釈然としない思いに駆られた朱雨だった。

 

「じゃあ、質問を始めるわね。途中で何か分からない事があったら言ってちょうだい」

 

「……………………ああ」

 

 永琳はさっきまで泣いていたのが嘘のように生き生きと喋る。

 

「じゃあ、まずは貴方の『血液を操る程度の能力』から質問させて貰うわ」

 

「ん? なんだ、その『血液を操る程度の能力』と言うのは」

 

「え? ああ、ごめんなさい。まだ伝えていなかったわね。人間や妖怪には特殊な能力を持つ存在がいるわ。そういった能力を示す場合、『程度の能力』と私達は呼んでいるの」

 

 もともとは妖怪がそう呼んでいたのを流用しただけなんだけどね、と永琳は付け加える。

 

「『程度の能力』はその存在が出来る事をそのまま表す場合が多いわ。例えば私なら『あらゆる薬を作る程度の能力』よ。他にも、貴方が会った大妖・八戯莉は『八戯莉ノ森を守る程度の能力』を持っているわ。貴方は血液を操っていたから、そのまま『血液を操る程度の能力』になるということよ」

 

「ふむ、了解した。すまないな、質問を続けてくれ」

 

「ええ。朱雨、貴方は血液を操っていたけれど、そもそもあの血液はどういった力を用いて動かしているのかしら?」

 

 永琳は朱雨の能力を見た瞬間から抱いていた疑問を口にする。

 

 霊力でも妖力でも魔力でも神力でもない、感知出来ない正体不明の力。それは、一体何なのだろうか。

 

 もしかしたらこの世界に存在する四種の力を揺るがす程の新たな力なのかも知れない。永琳はそう思いつつ、朱雨が答えるのを待つ。

 

 が、永琳のそんな考えをよそに、朱雨はあっさりと答えた。

 

「ああ、あれか? 私もなんと言っていいか分からないのだが……あれは、万物に変化をもたらす力だ」

 

「万物に変化をもたらす、力……?」

 

「そうだ。この表現法が最も伝わりやすいだろう」

 

 万物に変化をもたらす力。そんなモノ、永琳は聞いた事もない。

 

 永琳は様々な憶測を立ててみるが、結局永琳の知識だけでは答えを出す事は叶わなかった。ならば百聞は一見にしかず、である。

 

「後で実際に使ってもらっていい? 色々と調べてみたいわ」

 

「了承した」

 

「ありがとう。この件は検証の必要あり、という事で保留しましょう」

 

 クリップボートの紙にサラサラと書き、じゃあ次の質問ね、と永琳は眼鏡の位置を直す。

 

「血液で貴方は一体どの位の事が可能なの?」

 

「さてな。試したことがないから分からない」

 

「どの程度の血液量が使えるの?」

 

「生命活動に支障がない程度の量だ」

 

「でも、貴方が使っていた血液量は明らかに人体が保有できる量を超えていたわ」

 

「ああ……それは、私の体内が外見と一致していない事が原因で発生している誤認だろうな」

 

「外見と一致しない? それって、貴方の体内は見た目以上の大きさがあるって事?」

 

「そうだ」

 

「それって、どのくらい?」

 

「そうだな――大体、日輪ぐらいだ」

 

「成程、日輪っと――日輪ですって!?」

 

 質問と回答を紙に記入していた永琳は、朱雨のその一言に驚愕を超えた驚きを抱き、衝動的に立ち上がる。

 

 日輪。それはすなわち、大陽の事だ。

 

 天照国ではこの世界が地球という球形の惑星であることを既に解明している。無論、太陽系や宇宙空間の存在も理解している。

 

 永琳は天文学が専門ではないが、基礎知識として太陽がどれ程の大きさを有しているかは知っていた。

 

 直径だけで地球の約百十倍。

 

 体積に至っては、地球の約一三〇万倍である。

 

 そんな馬鹿けた広さの体内を持つ生物なんて、地球上に存在する、訳が――

 

「――まさ、か」

 

 永琳は目の前の男、いや、人間の男のカタチをした何かを見る。

 

 考えてみれば、人間にしては奇妙な行動や言動が多かった。

 

 一部を除き、あまりに感情が無い表情や言動。

 

 事ある毎に生命と言って行動する、ある種の機械的な行動。

 

 永琳は自身の打ち立てている朱雨に対しての仮説に恐怖する。そんな筈はない。そんな奇跡のような存在は、この星以外にはありえない筈だ、と。

 

 だが、それと同時に永琳は喜んでいた。もし、この仮説が正しければ、永琳はこの星では決して会う事の出来ない存在と対話しているからだ。

 

「……質問を変えるわ、朱雨。貴方は、貴方は――」

 

 震える声で、永琳は質問する。いや、それは質問ではない。

 

「――貴方は、この星の生命体じゃないのね」

 

 それは、恐怖と歓喜に満ちた、断言。

 

「――その通りだ」

 

 朱雨が、この世界の、この地球の存在(せいぶつ)ではなく。

 

「私は、この無限の宇宙(そら)よりやってきた、たった一つの生命だよ」

 

 宇宙生命体である事という、断言だった。

 


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