東方血界神 ~Creatures Paradise~   作:閼伽

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誰もいない世界で。

 

 迷い道は苦ではない。生きる事とよく似ていて、誰もが迷って生きている。

 

 

 

 

 思えば、これまでの生活はとても充実していたのだな、と。朱雨は、自分は得難いものを得ていたいのだとつくづく痛感していた。

 

 血をまぶした墨のように黒と赤が入り混じった長髪が暴れている。胸元では永琳から貰ったペンダントが紅く輝き、振り子のように揺れていた。風は強いが、ペンダントが振れているのは風のせいではなく、朱雨がゆっくり歩いているためだ。

 

 吹き荒れる風はもはや嵐に近いが、そんな事は朱雨にとっていささかの障害にもならない。例え周りが氷点下の極寒であり、空気中に大量の猛毒素が溢れていたとしても。彼にとって、それは歩行の妨げにすらならないのだ。

 

 しばらくの間、朱雨は黙々と歩き続けていたが、不意に立ち止まり、無機質な紅い眼球で辺りを見回した。何もない。

 

 ある程度時間をかけて周囲の確認をした後、朱雨は再び歩きだす。そしてまたある程度の距離を歩けば立ち止まり、周囲を探る事を繰り返していた。

 

 何の目的もなく歩いているわけではない。朱雨はあるものを探すために世界中を歩き続けてきた。

 

 もう、目に見えている結果を。数千万年もの永い間。

 

 だからなのかもしれない。何かを探すように懸命に目を凝らす彼の姿が、どことなく疲れているように見えるのは。

 

 その、途方に暮れているとさえ見える彼の周りには、何もない。比喩や冗談ではなく、文字通り何もないのだ。朱雨の周りにあったもの、朱雨が手に入れていた生命の観察が出来る場所は、もうどこにもなかった。

 

 地上に降り注いだ大量の隕石は、驚くほど簡単に世界を崩壊させた。

 

 落下地点は言うまでもない。大気との摩擦によって生じた莫大な熱量と途方もない運動エネルギーを伴った隕石群は、たった一つで山々を突き崩し大地を破壊しつくした。当然その最中で生き残れるものがいる筈もなく、落下圏内で原型を留めているものは一切なかった。

 

 一部の海に落下した隕石は巨大な津波を作り上げ、圧倒的な水の壁になすすべなく多くの命が飲み込まれた。その中には、ほぼ枯れ果てた八戯莉の森の姿もあった。

 

 また隕石衝突の衝撃によって多くの火山が触発され、各地で一斉に大噴火が発生した。噴火地点から高速の溶岩流が溢れ出し、それによって失われた命もあれば、成層圏まで届くほどの大爆発で消えていった命も少なくない。

 

 このように、隕石のもたらした災害は多くの命を奪っていったが、これだけでは滅びの要因とはならない。これほどまでに災害が重なろうともしぶとく生き残る事が命には出来る。

 

 だが、それでも世界は滅亡した。それは、万象全てが必要とするモノが消えてしまったからだ。全ての生き物の揺り籠となる光――太陽が失われてしまったからである。

 

 地表に落ちた隕石によって大量の砂が巻き上げられ、それらは地球を巡る気流に乗り世界中の空を覆った。それらは茶色のぶあつい雲のようなものになり、それのせいで太陽光が遮られてしまった。

 

 日光が遮られてしまうと、まず植物が死んでいく。いくら栄養素を自前で作れるといっても、所詮限定された環境下での事。日の光という重要なファクターなしには生きられない。

 

 植物が死に絶えてしまえば、その次には植物を食糧とする草食動物達だ。彼らは終わりを迎えた世界の中で、疲労しきった足を動かしエサを求める猛獣に狩られながら死に物狂いで生きようとし、そして皆、死んでいった。

 

 一番悲惨だったのは肉食動物達だろう。エサとなる動物達が次々と死んでいく中で互いが互いを食らい合い、最後には同胞さえもその牙にかけ、最後にはなにも食べる物がなくなり、ガリガリに痩せ細って死んでいった。

 

 その他にも、住処を失った虫や菌類など、ありとあらゆる生命が死んでいった。

 

 ……そう。神亡朱雨、そう呼ばれたたった一人の命を残し。また、皆死んでいったのだ。

 

 

 

 

 哀しくはないと思う。もとより、そのような感情(もの)など持ち合わせてはいないし、誰にどう指摘されようがそんな心を抱く筈がないと断言出来るが、それでもあえて、朱雨は哀しくはないと意識した。

 

 それは、この状況が二度目である事が関係していたのかもしれない。朱雨の原典、広い宇宙の片隅で生まれた無双の生物は、またしても自分以外の全ての生き物を失ってしまったのだ。

 

 別に哀しくはない。二度、それを自分に言い聞かし、千里先までとはいかずとも、十里くらい先は分かる望遠鏡じみた目で周囲の探索を終えると、朱雨はまた歩き出す。

 

 彼が探しているもの。彼自身にとってもはや必要不可欠なものであり、既に存在しない事が分かっているもの。もう死に絶えたであろう、生命の姿だ。

 

 己以外の生物がとても弱い事を、朱雨は知っている。

 

 あの程度の隕石群ならかつてこの星よりも大きかった頃に何度か体に落ちてきたものであるし、気候や環境の変化が起こっても、そんなもので死ぬほど朱雨は弱くはない。自然災害など細い針で体をさす程度のものだ。しかし、他の生き物が朱雨程強いのかと言われれば、ほぼ確実にそうではないのだ。

 

 命は脆い。

 

 血を流し過ぎただけで死ぬ。過剰に栄養素を摂取するだけでも死ぬ。動かなければ死ぬ。眠らなければ死ぬ。炎に巻かれれば死ぬ。氷に閉ざされれば死ぬ。圧死や轢死(れきし)縊死(いし)中毒死に転落死。

 

 たかだかこの程度の事で生きているモノは死ぬのだ。例えばそう、胸にボールを当てるような弱い衝撃を与えるだけでも、下手をすれば大きな不整脈が発生して死に至る。

 

 生命は脆い。命は、儚い。それでも懸命に生きているなにかの姿を探すのは、そのしぶとさに一縷(いちる)の望みをかけているから、と言えるかもしれない。

 

「……望み、か。いつから私は、そんな希望的観測をするようになったのだろうな」

 

 長い間喋らなかったために乾燥しきった喉から掠れた声が出る。そうしてふと、人類も妖怪も消え去ったこの地球上で、未だに人間に擬態している自分に気づいた。

 

 この地球上が生物の住めない状態になって数千万年。氷点下二百度を下回る極寒の地獄や灼熱の煉獄が絶え間なく繰り返した。その間、僅かながら生物の誕生に適した環境になった事もあったが、一度滅びた生命が再び現れるという奇跡が何度も起こりうるはずもなく、未だ世界は死に絶えたままだ。

 

 今、世界は氷河に(とざ)されている。大陸や海を含めた地球上の全てが凍りついた雪玉地球(スノーボールアース)であり、生命が生きられない死の世界。そんな中で人間に擬態し続けるメリットなどないのに、何故自分は人間のままなのだろう。能力で全身を守ったりするよりも、この極寒に適応した形態をとった方が効率がいいだろうに。

 

「やれやれ、知らぬ間に私は愚かになっていたという事なのか? または考える事を止めていた? 随分とまあ無駄な時を過ごしていたのだな」

 

 クハハ、と小さく笑い、朱雨は自分が本当に莫迦になってしまったのではないだろうかとうつろげに思う。言葉を解す生命がいない中で一人だけ喋っているのは、まるで人間のようじゃないか。

 

 理解出来ない。自分の行動が、自分の思考が。自分のやっている人間のような生態が理解出来ない。

 

 朱雨は考える。考えて、考えて、考えて、ふと、小さな疑問が頭をよぎる。

 

 私は、寂しがっているのか?

 

「……………………ッ、莫迦らしい」

 

 本当に、少し愚かになってしまったようだ。と自分に対する認識を更新して、朱雨は創り上げた人間性を思考回路から取り外し、記憶野に追いやった。

 

 くだらない。そう思って胸元のペンダントを強く握る。心はいらない。心は不要だ。永琳と、八戯莉と、この星で心を持つ不可思議な生命達と出会った時から幾度となく思い続けてきた言葉を、朱雨は今一度強く思う。

 

 ――迷う事はない。私は既に知っているだろう? 心を持つ者達の末路を。ついに理解する事の出来なかった、あの素晴らしい文明を築き上げた者達の成れの果てを。

 

 彼らのような進化を、私は望まない。私が目指すものは、ただ生命としての極限のみ。

 

 朱雨は己の目的を再確認して、いつの間にか閉じていた目を見開き、これからどうするかを考え始めた。

 

(この地球に再び生命が芽生える可能性はゼロではない。いつになるかは分からないが、今一度の奇跡さえあれば、この星は生命の楽園として復活する。問題はそれがいつになるか分からないという事だ。時間尺度でいえば滅亡から既に4367万6045年3ヶ月13日20時間48分31秒が経過しているが、生命が生まれる兆候は無し。その間を擬似人格に流されて在りもしないモノを探し続ける事に費やしていたのは大変な無駄だ)

 

 思えば本当に無駄過ぎた、と朱雨は悔やむ。これだけの時間があれば、一つぐらいは自分の分に合わないモノを造り出せた筈だ。

 

(それに気づくのが遅かった事も今後の反省点にするとして、これからの時間をいかに有効に使うべきか……能力の追究……血界における地球の完成度向上……他系統の生命体への擬態研究……駄目だな、どれも今一つ益がない。やはり自分の思考を超越、あるいは脱却した他者が必要だな……しかし、そんな存在は私の知る限りには……)

 

「……八意永琳をおいて他にいない。だが、彼女に助力を乞う事が出来るだろうか……」

 

 八意永琳。朱雨が初めて遭遇した人類であり、おそらくは二度とこの世にあらわれないであろう偉大なる頭脳の持ち主。現在は月に住まう彼女の元に行く事は容易だが、朱雨の能力は穢れを操る事も出来る。問題にならない筈がない。下手をすれば敵として攻撃されてしまう危険もある。

 

 それに、月に逃れた人類は朱雨の感知しうる範囲では探しきれなかった。多分朱雨の知らないなんらかの術式を使用して巧妙に隠れているだろうから、まずはそれを解く方法を見出さなければならない。

 

 彼らがかつてのような待遇で朱雨を迎え入れてくれる保証もないし、永琳に運良く会えたとして、自分が永琳の利益になる行動をとれるかどうかも分からない。

 

「……駄目だな、諸々の問題を解決する術が思いつかん。永琳を頼るのは諦める他ないのか……だが、永琳なしにこれ以上思考を広げる事が出来ないのも事実。どうしたものか……」

 

 永い間脳を使わずずっと彷徨っていたので、朱雨の神経細胞は大分鈍っているようだった。満足に動かない脳髄をフルに回転させるべく、必要最低限の感覚を残してそれ以外を全て遮断(シャットダウン)し、普段使わない神経細胞まで揺り起こして考えを深めようと試みたが、それでもいつものように思考する事が出来なかった。

 

「……なんて事だ、私はこれほどまでに暗愚になっていたのか……まずいな、これでは何も出来ん。何かを考える前に、まずは自身がどのような状態なのか確認する方が先か」

 

 断ち切った感覚を再起動する。再接続された触覚から肌を削る吹雪の痛みを再び感じ、凍った空気が喉を満たしているのが分かるようになる。五感の全てがよみがえった事を朱雨は確認して、自分の身体を検分する。

 

 実時間にして数秒。その短い間に検分を終えた朱雨は、眉間に数本の細かな線を並べ、自分の蒙昧さを強く悔やんだ。

 

「よくもまあ……ここまで体が消耗しているにもかかわらず気づけなかったものだな、私。あまりに愚かな失態だぞ」

 

 肉体の状態は良好とは言い難い。満足に日の光を浴びていないものだから、エネルギーが全く足りていない。そのせいで体の半分近くが冬眠しているような有様だ。それなのに無理に動かしていたせいで細胞が死んでしまっている個所もある。

 

 能力使用に関しても問題あり。肉体の性能が著しく低下している現状では、せいぜい血液の随意操作や血中成分から単原子の物質を抽出する程度が限界。生物の生成は出来ず、『血界』への出入りは不可能だ。当然ながらそれに付随する穢れを操る能力も使用不可能。

 

 少なくともこの状況があと258年続けば生命維持にさえ支障が出る。とかく、まずは日光を最低876万年浴び続けなければ十分なエネルギーを確保できない。

 

 朱雨は雪崩のように地上を白に染める雪を際限なく生み出す灰色の空を、薄い雲衣を纏った朧月のような紅い炯眼で見上げる。そして、山々の山頂を飲み込んでいる視界いっぱいの乱層雲の厚さを測定し、乱層雲内を突破するために必要な肉体強化レベルを検出し、地表から成層圏へ行くまでの運動エネルギーを算定した。

 

 思い立ったら行動あるのみ、満足に頭の回らない現状ではそれが最善だと判断し、朱雨は喉と手首足首を切り裂いた。そこから溢れ出る大量の血液を体を覆う装甲に変換、あるいは外付けの筋肉のように全身に這わせ、飛び立つ際、地面が壊れないように血液を染み込ませる。

 

 腰を深く落とし、視線は真っ直ぐ上空へ。さながら獲物を刈り取る為に構える豹のように全身を縮こませ。

 

 暗灰の雲を貫く、深紅の鎗が天へ昇った。

 

 

 

 

   आयुस्

 

 

 

 

 丁度、繭のように雲に包まれた地球の一角で、血の獣が空を突き破ろうとしていた頃。

 

 自室でくつろいでいた永琳は、ふと昔の事を思い出していた。

 

「――――……そういえば、彼、今どうしているのかしら」

 

 黒曜色の瞳は憂いに濡れている。烏の濡れ羽のような艶を放つ瞳は手にしている白磁の陶器を映し出し、その内に立った茶柱をぼおっと眺めていた。

 

 ここに来てからというもの、永琳は変化というものを感じなくなった。穢れのない月では何もかもが朽ちず壊れず、その美しい姿を永遠に保っている。

 

 それは形のない心にも言える事で、もう数千万年が立つというのに、永琳の心は死を恐れる必要がなくなった喜びを、未だに強く抱いていた。

 

 思いが色褪せないのなら、思い出もまた同じ。肉体に寿命を宿していた頃には過去の全てを記憶するなんてできなかったのに、ここでは今同じ事をやっているかのように鮮明に思い出せる。

 

 過去に抱いた嘆きや叫び。自分が名付けた神亡朱雨という地球外生命への憐憫と、別れ際に交わした会話の中で見た、彼が流した涙まで、鮮烈な記憶として残っている。

 

 でも、所詮それは記憶なのだ。海馬という白紙に書き続けている日々の物語は、読み返さなければ思い起こす事はない。

 

 昨日が今日で、今日が明日で。過去と現在と未来が全く変わらないここでは、数千年前も一秒前も等しいのだから、わざわざ思い出す必要もないのだ。

 

 だから、数千万年前と変わらない今日を生きていた永琳にとって、「思い出す」という事はとても稀だったのである。

 

「変ね……今日に限って彼の事を思い出すなんて。まるで、地上に隕石が落ちてきたあの日みたい」

 

 香りのいい緑茶を一口含み、お茶請けの横に茶碗をおいた永琳は、文机の奥にちょこんと置かれた小さな鏡に目を向ける。すると憂いを湛えた色香を放つ女を映していた鏡は、石を投げいれた水面のように波立ち、全く別の風景を映し出した。

 

 その鏡は月の技術を用いて作られた一品で、使用者の意志を汲み取り見たい風景を自動的に投射する、いわゆる遠見の鏡である。

 

 映し出されたのは、白い雲に覆われた地球の姿だった。普通に見るだけならそうなのだが、今の永琳には別の物も視えている。

 

「相変わらず穢れに満ちているのね……見ているだけで目が腐ってしまいそう」

 

 永琳は汚物を見るように眉間を寄せ、生理的嫌悪からか掌で顔を覆う。

 

 穢れ。それは月夜見が発見した死を招く理であり、永琳達が月へ移住する事を決意した最大の要因。そして、朱雨が血液を操作する際に付随する、全てに変化を与える物だ。

 

 現在、穢れのない月へと渡り、その身に纏わりついていた穢れを全て拭い去った永琳達、月人は穢れなき無垢である故に、穢れをその眼で視る事が出来るようになっている。ただ、視る事が出来るようになったからといって、祓えるようになったわけではない。

 

 実際、永琳のような穢れのない月人にとって、穢れに満ちた物は見るだけでも自分が穢れる要因となってしまうので、進んで地上などを見る月人はほとんどいない。

 

 それでもなぜ永琳が地上の様子を見ているのかというと、そこには先程思い出した神亡朱雨を探そうと思ったからだ。

 

 だが、月から地上を見るだけでは到底見つかりっこない。それでも探そうと思ったのは、確認のようなもの。彼がまだ地上にいる事を、自分の目の届く範囲に居る事を、永琳は確認したかったからだ。

 

 神亡朱雨は、永琳にとって特別な存在である。

 

 とは言っても、それは色恋沙汰や家族のような親愛の情を抱いている、という事ではない。言ってみればそう、滅多に手に入らない物に向けるありがたさと言うか、珍しい物を見た時に感じる好奇心的なものと言うか――とにかく、他の人間や物に向ける感情よりも数段、特別な思いを持っているのだ。

 

 だからこそ、永琳は地上を離れた後でもいつでも朱雨と連絡が取れるようにと、以前採取した朱雨の血液を使って、例え一億光年離れていても、どんな凶悪な環境下でも通信が可能な高機能個人携帯端末を渡しておいたのだ。そう、渡しておいたのだが……

 

「渡した時に、携帯端末(それ)がどうゆう物でどんな使い方をするのか、言い忘れちゃったのよねえ、私……」

 

 はあ、と永琳の肩が落ち、眉根が下がる。伏せた睫毛が向く先には、鏡の横に飾られている、朱雨が持つ物と同じ形をしたペンダントがあった。

 

 そのペンダントはただのペンダントではない。そこに鎮座している一見何の変哲もないペンダントこそ、永琳が朱雨の血液から作り上げた高機能個人携帯端末なのだ。

 

 朱雨に渡した携帯端末(デバイス)は、それはもう完璧な出来だったと永琳は自負している。あれから数千万年たった現在の月の技術と比べてみても、決して劣りはしないと断言できるくらいには。

 

 ただ、悪かったのはその端末の形だ。あの頃(というより今でもそうなのだが)、論理的な思考を好む癖に、妙にロマンチックと言うか白馬の王子様を信じる少女のような、夢見がちな事を思い描く永琳は、その、デバイスの形に拘ってみたりしちゃったりしちゃったのだ。

 

 機能を損なわないように、なおかつ見た目にも美しい物を。稀代の科学者がそう、常人には理解しがたい感覚(センス)で拘ってしまった結果、派手ではないが男が持つには、いや、そもそもデバイスと呼ぶ事自体が到底ふさわしくないデバイスが完成したのである。

 

 大きな深紅の宝石型にした機能中枢を中心に、宝石を縁取るセンサーや自動認識機能などを組み込んだ細やかな銀の装飾や、手動操作をするための装置類を内部に仕込んだ煌びやかな金色のチェーン。あらゆる状況下で正常に動作するように頑丈にするのは当たり前、必要であれば持ち手が自由に機能を追加できるようにいくつかの機能的空白を残す事もした。それだけではあきたらず、簡単なAIを搭載し自立させる、自己再生が出来るようにする、結界を張れる、ビームが出せるなどなど。あまつさえペンダントの裏側に「八意永琳」とハートマークまでつけて彫り込む常軌の逸しぶり。もうやりたい放題であった。

 

 そんな鬼の霍乱的暴走で作り上げられてしまった永琳渾身の迷作の、唯一の誤算。それは、朱雨にそれが「携帯端末」であると理解されなかった事だ。

 

 もはや神様が暇過ぎて魔改造したレベルのデバイスは隠遁機能も完璧で、朱雨の観察眼すらもあざむいてしまい(朱雨自身が満足に観察しなかった事もあいまって)、本当にただのペンダントとして使用されてしまったのである。

 

 そのため、永琳がドキドキしながら初めて連絡を取ろうとして、悩み悶えながら送った発信(コール)は百年たっても朱雨が受信に気づく事なく、業を煮やしてこっそり仕込んだ諜報(ストーカー)機能を使ってようやくその事に気が付いたのである。

 

 渡した時にちゃんと説明すれば良かったと後悔しようが後の祭り。基本的に所有者がきちんと使用する事を前提に作っているので音や振動で伝える事すらままならなく、唯一の方法は遠隔操作でデバイスを自爆させるしかないという訳の分からない機能しか組み込まなかった永琳は、結局朱雨が気づくのを待ち続けるしかなく、そのまま数千万年が経過したのであった。

 

「あれはそもそも朱雨が悪いのよ……私は爽やかに「また会いましょう」と約束するつもりだったのに、あんな風に涙なんか流されたら、とてもそんな事言えないじゃない……ええそう、そうだわ、彼が悪いの。だから、別に矢の一本くらい彼に放っても文句は言えないわよね――――」

 

 朱雨の持つ端末と対になるペンダントに目を向けて、ふふふふふ、と危なげな笑みを漏らす永琳。眼が据わっている。マジだ。

 

 だけど、それは出来ない。私達月人は、地上と関わる事を禁じられているから。そう、彼女が決めたから。

 

 地上と関わろうとする月人なんてほとんどいないのにね、と永琳は思っている。ただ、彼女は永琳のような一握りの酔狂な月人のために、そんな法を制定したのだ。それが分かるから、永琳は少し寂しそうに笑う。

 

 彼女は、誰よりも優しい子。彼女は永遠を奪う穢れを誰よりも恐れていて、誰かがいなくなるのを誰よりも悲しむ子。だからこそ、彼女は私に月移住の計画を持ちかけたのだ。もう、何も失いたくなかっただろうから。

 

 ううん、と永琳は小さく首を横に振る。とにかく、どうせ彼が気づくまでは連絡を取る事が出来ないのは変わらない。いつか気づいてくれるまでは、気長に待つとしよう。矢はその時にぶち込めばいいし。

 

 そろそろ仕事に戻ろうかな、と思ったその時。

 

「……え?」

 

 飾ってあったペンダントが突如振動し、永琳にしか聞こえないように空気を震わせた音が伝わってきた。

 

「うそ、この反応って――!」

 

 慌てて永琳は立ち上がってペンダントを手に取り、手慣れた手つきで操作する。ペンダントから放射された光が永琳の網膜に直接画面を表示し、それが目まぐるしく映り変わり、永琳は目当ての物を探し出した。

 

 それは永琳がこっそり仕込んだ諜報機能の一つで、端末を持つ者の座標位置やリアルタイム映像を表示するソフトウェアだ。

 

 それを開いた時、永琳の網膜に投射されたのは地球の一角から紅い閃光が出てくる映像と、朱雨が地球圏外へと移動した事を意味する座標情報だった。

 

「そんな、どうして!? 例え地上の命が全部滅び去ったとしても、もう一度生命が誕生する可能性がないわけじゃないって事を、彼が知らないわけじゃない筈なのに! なんで地上から出ていこうとしているの!?」

 

 永琳は額を抑えて焦るように眼頭を歪め、歯を食い縛る。何故、どうして? そんな疑問に対する憶測、推論を出来うる限り並べ、その中で最も信憑性が高いであろう結論をたたき出した。

 

「そうか、日光! 地上には長い間日の光が届いていないはず! だから彼は地球圏外(そと)に出たんだわ、足りなくなったエネルギーを補給する為に!」

 

 それならば納得がいく。実際、今も網膜に流れ込んでくる映像では、人型だった朱雨の身体が茸のかさのように広がり、効率よく太陽光を吸収するための形へ変化していくのが見えた。

 

 良かったー、と安堵のため息をついて、永琳は座椅子に腰を下ろす。そしてペンダントを文机に置いた後、朱雨の事で変な気分になったりあたふたしたりした自分が急に恥ずかしくなってしまった。

 

「やだ、私ったら、彼の事でこんなに慌てちゃうなんて……誰かに見られていたらどうしましょう……」

 

 永琳の頬が少し赤く染まり、羞恥からか瞳が潤んでいる。それを自覚して右手で頬を抑えて、いつの間にか取り出した注射器を左手に添えてキョロキョロとあたりを見回した。

 

 朱が差した頬を抑えて瞳を濡らす姿は男女問わず胸の高鳴りを覚えるほど美しかったが、その下で輝く注射針が雄弁に物語っていた。仮にお目通り願ったとしても、次の瞬間には地獄を見る事になると。

 

 念入りに人がいないか確認した永琳は、注射器をしまい、胸を押さえて軽く深呼吸をする。とにかく落ち着こう。朱雨の事になるととたんに冷静さをなくしてしまう自分にそう言い聞かせ、はたと気づいた。

 

「そういえば、彼、今地上にいないのよね……エネルギー補給のために重力にとらわれないギリギリのところで静止しているみたいだし、それならどうにか連絡がつきそうだわ」

 

 禁止されているのはあくまで「地上」との接触。朱雨自身が地上から出てきた今、個人的に連絡をとっても法的には大丈夫なはず。

 

 まあ、屁理屈である事は分かっているので、極力ばれないようにするが、その辺は永琳の事だ、上手くやるだろう。

 

「じゃあ、まずは結界と偽装工作の準備でも始めようかしらね。それから地上を見張っている奴らにも、彼が出てきたのばれてるはずだから、それに対する説明もしなきゃ」

 

 ん~、と永琳は目を軽く閉じて可愛らしく背を伸ばす。とにかく他の人にばれたら大変だ、特に彼女の目は何としてでも誤魔化さなくてはならない。そのために必要な物を考えつつ、立ち上がった永琳は部屋の一角に鎮座していた古い弓を手に取った。

 

「とりあえずはあれとあれと……ああ、あれも必要ね。んー……連絡手段で矢文を使うのはリスキーね。でも……やっぱり彼には一度、私がどれだけ待っていたか思い知って貰いましょう」

 

 心なしか声が弾んでいる。顔がほころぶのを止められないし、どうも私は、彼ともう一度会う事を心待ちにしていたようだ。それに気づいた永琳は、そんな自分がおかしくて更に笑顔を深くする。そして、今朱雨がいるであろう方角へ指鉄砲を向けて片目を閉じた。

 

 さあ、朱雨。私の思い、受け取らないとは言わせないわよ?

 

 

 

 

 見慣れた景色が視界を埋める。

 

 黒、黒、黒、黒、果ての見えない昏い深淵。その内に無数に散らばる光の欠片は、一つ一つが強く輝いているが、その暗黒を照らすには到底及ばない。

 

 百億年も見つめ続けた。百億年も彷徨い続けた。新たな発見は何一つない。少なくともあと数億年は、出る必要はないと思っていたのに。

 

 まあ、それは致し方ない。思考を巡らせるべきは未来のみ、過去の仮定に意味はない。そんな事よりも、さっさとエネルギーを補給しよう――脳髄の隙間に空いた余分でそうぼんやりと思い、朱雨は肉体を変質させる事に専念する。

 

 形は茸のかさのように、あるいは樹木のように枝葉を伸ばし、地球環境に影響を与えないギリギリの所まで。その辺りを見極めつつ、朱雨は十分足らずでその作業を完了させた。

 

 その姿は千年物の大きな木が根っこごと空に浮いているようだった。ただし、同じなのは形だけで、色は内臓をぶちまけたようなグロテスクな色合いで、感触も堅い樹皮のそれではなくぶよぶよとした肉の質感であり、到底木とは呼べないような気味の悪い姿をしていたが。

 

 その気味の悪い木のような何かの内側、大量の血潮がごった返す異界の中心で、人間の形をとって朱雨は一息つく。別に人間の姿をとる必要はなかったが、何千万年も同じ姿をしていたのでつい癖になってしまっているようだった。

 

 さて、どうしたものか。ゴボゴボとその辺りから取り込んだ空気を吐き出し、朱雨はとりあえず、これからの事を考えてみる。

 

(まずは千年。その間は必要最低限の生命維持と防衛本能の運営以外の全ての活動を停止して、とにかくエネルギーを蓄える事が重要になってくる。その後どうするかは――まあ、その時に考えればいいか)

 

 とにかく眠い。抑えきれないあくびを何とか噛み殺して、朱雨は睡眠をとろうと目を閉じる。

 

(…………? 何だ……?)

 

 そうして十分後。死んだように眠りについた朱雨の外部感覚が何かを察知し、朱雨はすぐさま目を覚ました。

 

(敵意……ではないな。殺意でもない。不可思議な意思を向けられている。場所は――月。月のある方角か)

 

 意識を外へ。血界内から意志を伝達して外壁の肉を造り替える。

 

 宇宙空間で静止していた肉の樹林はそれに反応し、幹に当たる部分の表面が膨れ上がる。ボコボコと泡立つ肉は、やがて限界を迎えて弾け、ズルリと肉から這い出る嫌な音とともに掌ほどもある眼球が一つ現れた。

 

 上へ下へ左右へななめへ。高速でギョロギョロと目まぐるしく眼球は蠢き、急に一点へ視線を向けて停止する。

 

 接続(リンク)した視界からのぞけるのは、昔と変わらない魔性を放つ満開の月。変わらない、変わりない。だがそこから何かを感じる。

 

 一体何だ。朱雨は眼球の水晶体を焦点距離の長い望遠性に変質させ表面を注意深く視索するが、やはり変わった部分は見当たらない。

 

 こうなれば遠隔式の偵察眼でも飛ばすか、とそれの準備をしようとしたその瞬間。朱雨の眼前百キロの地点に突如光速で飛来する正体不明の物質が現れた。

 

(――――!?)

 

 思考している暇はない。秒速三十万メートルという視認する事さえ論外なスピードでやってくる何かは血界内さえ容易に横断する力を秘めている。

 

 通常ならば避けるどころか弾く事さえ不可能。何一つなす術なく貫かれるしかない絶対の一撃を、あろうことか朱雨は受け止める事を本能で選択した。

 

 涅槃寂静。一秒のおおよそ1000000000000000000000000分の1にまで自身の保有時間を圧縮、その間に出来る全ての防御体勢を完了させる――!

 

 爆発という事すら生温い。外壁の肉樹は例え凝視していたとしても目に写らない速度で全体が三倍にも膨れ上がり、増殖した部分を全て扱えうる最高硬度の物質へと構築させる。

 

 更に迫ってくる何かに向けて千層からなる衝撃吸収性の高い樹皮を射出、出来る限り迫る何かのスピードを落とす。その上でまるで長く伸びた角のように十キロに渡る緩衝材の棒を突出し、何とか受け止めようと試みる。

 

 急激に増殖させた細胞群が悲鳴を上げる。膨張した筋肉が肉樹断面との摩擦で焼ける。表面の脂分に火がつき一瞬だけ炎が噴き出て、その苦痛が全て朱雨に集中する。

 

 瞬間に受けるにはあまりに許容しがたい苦痛の量。だが、朱雨にはそれらを遮断する暇はない。甘んじてそれを受け止めて、朱雨は迫り来るそれを全力で受け止めた。

 

 射出した樹皮が軽々と打ち破られる。突き出された緩衝材の角は飛来するそれに触れた瞬間から壊れ、まるで細い棒に斧を叩き落とすように芯から外へと爆散する。

 

 十キロに及ぶ角の内部を突き進み、衰えながらもそれは止まらない。ついに硬質化された樹壁にぶつかったそれは、朱雨の持つ最高硬度である物質すらも打ち砕き、貫き始めた。

 

 だが、貫かれる事は観測した瞬間から朱雨には分かっていた。表面が削られ、それの全体の中ほどが樹壁に埋まった瞬間、朱雨は樹壁全体をそれ一点に向けて一気に圧縮する。

 

 正面から止められないなら側面から。圧縮による側面からの摩擦力を利用して止めるつもりでいた朱雨は、更に進行方向に強力な摩擦材を造り出す。

 

 これが今の状態で出来る最大限の抵抗。これでも止まらなければ朱雨の敗北で、それはすなわち死に直結する可能性もある。

 

 だが、それでも朱雨は神に祈るまねはしない。不確かな助力などに頼ろうとは思わないし、そもそも朱雨は神が嫌いだ。

 

 はたして、それは止まった。高硬度物質の途切れ目、肉樹との境界面の寸前で。

 

(――……間一髪、と言ったところか。非常に危ういところだった……しかし、一体何者がこのような事を)

 

 止めた何かを危険がないか確かめ、血界内に引き入れる。眼と鼻の先まで来たところで、朱雨はようやくそれが何なのか理解した。

 

(これは――矢、か? 随分久しぶりに見る物だが……ふむ、(へら)に結ばれた紙……これは矢文か。あれほどの速度で飛ばしたなら、確かにいかなる障害も押しのけて相手に届くだろうが……)

 

 変なところで朱雨は感心している。まあ、防げたのだし、結果が良ければよいだろうという結論に至り、とりあえずこの矢文が自身にあてられたものと仮定して、朱雨は文を解く。広げてみると、見た目の厚さからは考えられない量の紙が延々と引き出てきて、それに少し辟易しつつも最後まで目を通す事にした。

 

(…………………………………………永琳だな、これを私に放ったのは)

 

 十分後。読了して、朱雨は断定的に呟き首を静かに横に振った。冒頭にも文末にも内容にも差出人の名は書かれていなかったが、文章を読んだだけで分かる。これは永琳が私に向けて放った――いや、射抜いた物に違いない。

 

 内容は九割九分が要件に全く関係のない事で、五割が何故連絡をよこさなかったかとつらつらと書き綴った愚痴の嵐。残り四割九分が解剖したい実験したいとうっとりした永琳の笑顔が幻視出来るぐらい情熱的に書かれた欲求の波。残り一分に要件が簡潔に書かれていた。

 

(……どう考えても後ろの十行のみで充分だろう、これ。手紙の書き方を永琳が知らない筈はないのだが……あえてこう書いたのだとしたら私にはどうにも出来ん)

 

 人格を被っていない素の朱雨に「救えない」と思わせる程の手紙を書き上げるとは、永琳恐るべし。数千万年たって頭がぼけたのではないかと心配になりつつ、朱雨は保管してあったペンダントを呼び寄せ、辺りを血液の海から空気へと変える。

 

(この手紙に書かれている事が事実なら、これは首にかける装飾品ではなく距離のあいた誰かとの連絡手段らしい。よくよく見れば私の血液を弄繰り回した形跡があるし、気づかなかったとは不覚)

 

 朱雨はもう何度目かも分からない反省をする。まあ、それは後回しとして、と朱雨は書かれている通りにペンダント型の端末を操作した。本人認証から始まり基本設定の登録、メニュー画面を選択、端末設定から優先権移行――……。

 

(……何だろう、この言いようのない不安。というかこれ、良く分からないが端末の権限を譲渡する作業ではないのか?)

 

 もやもやとした嫌な予感が朱雨の頭上に浮かぶ。この作業を終わらせると何かひどい目に遭いそうな気がしていたが、そうこうしているうちに朱雨は最後の工程を終わらせてしまった。

 

『おっそ―――――――――――――――いいっ!!!』

 

 その瞬間、端末から響く爆音のような怒声。空気どころか肌がビリビリと震えるぐらいの声量に朱雨は思わず耳を塞ぐ。

 

『朱雨っ!! 私がどれだけ待ったと思っているの!? こっちから電話をいれてもとらないしメールしても開きもしないしそもそも気づかなかったってどうゆう事なの!! 昔っから思っていたけれど、貴方って本当に馬鹿よね、馬鹿!! もう二度と会えないって言って別れた女からの贈り物なのよ、何かあるって思うでしょ普通!! それを首にかけて使ってくれたのはう、嬉しいけど……自分の血から造られたって事ぐらいは分かってたでしょう、もっと真剣に調べなさいよこの馬鹿!!!』

 

 が、朱雨の骨を直接揺らして響いてくる永琳の声は全く衰えない。むしろ手で塞いだ事で耳の中で声が反響して鼓膜が破れそうになる。というか三半規管が揺らされてすごく気持ち悪い。

 

 やばい吐きそう、と口を押えて嘔吐感と朱雨は戦う。その間も聞こえてくる永琳の怒声もあいまって、まるで地獄のようだ、と半ば他人事のように朱雨は思った。

 

 それからみっちり三時間、朱雨は怒り心頭の永琳にそれはもう鬼のような説教を受ける事になる。その中で朱雨は、正座を強要されて延々と謝らせられ続け。悪乗りしてつけただろう変な機能を使われ。肉体的にも精神的にもダメージを負った。勿論吐いた。そして更に怒られた。

 

 そして、そろそろ永琳も気が済んで冷静さを取り戻した頃。慌てて端末の先に居る朱雨を確認すると、なんかもういっぱいいっぱいになって今にも消えてしまいそうな真っ白になった朱雨が。

 

 それには流石にやばいと永琳は思うも「やっちゃった☆」と自分の頭をこづいて舌を出すのみ。それも聞こえている朱雨は理不尽だと感じ、端末から射出された強制覚醒剤を防ぐ間もなくぶち込まれ、眠りたいのに冴え渡った頭でその思いを更に深めるほかなかった。

 

『…………ふう、すっきりした。あ、そう言えばまだ再会の挨拶がまだだったわね。久しぶり、朱雨。元気してた?』

 

「……………………ああ、おかげさまですっかり元気だよ。元気すぎてあと百年は眠れそうにないほどにな。ところで、もう電話切っていいか?」

 

『だーめ♪』

 

「ですよねー」

 

 ――と、まあこんな風に。

 

 永琳と朱雨の再びの邂逅は、朱雨にとってあまり歓迎できないものとなり。永琳にとってはそれはもう素晴らしいストレス発げふんげふん、素晴らしい再会となったのであった。

 

「この世の理不尽を噛み締めた」

 

 のちに朱雨はこの時を思い出し、そう漏らしたという。

 


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