東方血界神 ~Creatures Paradise~   作:閼伽

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朱雨は行く、懐かしき蛇の元へ。

 

 

 

 明日世界が終わるとしても、人は未練を残して生きる。それを、誰が無様と言えるのか。

 

 

 

 

 ヒトの欲望には限りがない。あらゆる生命の頂点に立とうとも、あらゆる場所を己の棲息域としようとも。涸れる事を知らない泉のように、尽きる事無く湧き出てくる。

 

 それは例え、この世の全てを手に入れたとしても止まる事はないのだろう。環境の一部であるという前提から離れ、人間という種族である事すら拒絶し、欲望を満たす為なら世界さえも犠牲にする。

 

 生きると云う最も根幹的な本能さえいとも容易く()ててしまえる、人間という名の怪物。生きながらにして欲望の亡者でしかない、獣のカタチをした異形の群れ。

 

 そんな生き物だったからこそ、妖怪は生まれたのだ。生物としてあまりに多くの無駄を抱えていたからこそ、無意味で、無価値で、欠陥だらけの妖怪を産みだしてしまったのだ。

 

 妖怪とは、何も見えず理解出来ない暗闇を恐れた人間が、せめて形を持たせて無理やりにでも理解しようとして創り出した空想だ。そこに更に自らの悪意を押し付ける事で人間は安堵を得た。

 

 それが実体を伴って具現化したのは皮肉な話だろう。分からずとも近づかなければ危害を加えなかった闇は、悪意の籠った空想でカタチを描いた結果意志を持ち、人間を襲う災厄となってしまった。

 

 だから妖怪に意味などなく、価値はない。多くの命は偶然によって生まれるモノで、妖怪もまた例外ではないが、通常は他種族とあらゆる相関図が成立する。喰い喰われの食物連鎖、共生寄生の異種同盟――少なくともそれらは、常に流転し変化していき、確実に進化を遂げていく。

 

 だが、妖怪は違う。同じように偶然によって生まれはすれど、彼らは始めから関わり合う生命を決定されている。自身の由来と関係する命としか彼らは関われず、また自らの意志で進化する事さえ出来ない。

 

 何故なら、妖怪は人間によって創りだされた架空生命だからだ。心に従い気ままに生きる事は出来ても、その在り方、能力、思考、目的、死に様さえも、人間に支配されている。

 

 当然だろう。妖怪は人間によって顕現化した夢想でしかないのだから、人間がその認識を変えない限り、変わる事などありえはしない。

 

 そんな生命に、一体何の意味があろう。そんな生命に、一体何の価値があろう。

 

 進化でもなく、種の存続でもなく、ただ人間に仇なし、人間に敵対し続ける生命の、何処に意味があるというのだ。闘争を以て他の生命を研ぎ澄まさず、他の生命の役に立たない生命の、何処に価値があるというのだ。

 

 妖怪は生命として根本的な部分が欠けている。彼らは命の戦争によって成り立つ自然界を形成せぬ、人間が産み出した異物なのだから。

 

 そうであるからこそ、これは当然の帰結なのだ――と、朱雨は眼前の光景を覗き見た。

 

 四肢の半ばを失った人間が最後の力を振り絞って捨て身の突進をしている。無差別に周囲の生き物を肉片にしていた妖怪が多くの霊弾の前に倒れる。何の力も持たない人間が次々と喰われ、有象無象の妖怪がその身を塵へと帰していく。

 

 それは戦争だった。この地球上を覆いつくし、あらゆる生命を巻き込んだ戦争だった。何処にも逃げ場のないその戦いは、元を辿ればたった二つの争いだった。

 

 すなわち、人間と妖怪。命の円環の内に誕生した、異形の怪物と。一つの生命から零れ落ちた、欠陥だらけの幻想との。自らの結末を賭けた、永い永い戦争の坩堝。

 

 ――――世界はそれを、人妖大戦と称した。

 

「…………何ともまあ、実りのない闘争(こうけい)だ」

 

 断末魔と破壊音が響き渡る戦場の影で、朱雨はポツリと言葉を漏らす。それを耳聡く聞きつけた数多の妖怪が一斉に発生源を凝視するが、そこには倒れた人間(てき)妖怪(みかた)の残骸以外に何もない。

 

 狂気を帯びた血走った眼でギョロギョロと声の主を探していたが、やがて他の妖怪を援護する為にその場を離れた。

 

 そして、周囲に動くモノがいなくなり、積み重ねられた血河のみが残った戦場跡。その一角に、空間を裂くように紅い線が奔る。朱雨はそこに手を差し込み、自身の周りを覆っていた肉塊をどけて血と肉片の海に立った。

 

「……擬装はほぼ完成したといっていいな。探査性能の高い妖怪の目を誤魔化せたのだから、今のままでも充分だろう。無論、これからも研鑽は怠らんが」

 

 朱雨の外殻を覆っていた肉塊はグズリと腐るように溶け、血液へと変貌する。それは朱雨がかつて天照国に居た頃、永琳と共に開発した自身の能力を応用した代物だ。

 

 完全ステルス。永琳がそう名付けたそれは、文字通り完全に世界から己を隠し通す代物だ。朱雨の周囲を包み込み、視覚で認識できないようにするのは勿論、生命活動によって生じる呼吸音などの生命音を消し去り、さらに触覚さえをも騙し通す。触れようとも空を切る感覚しか感じ取れない。

 

 声を漏らしたのはわざとだ。この完全ステルスの性能を確かめる為に彼はあえて音を出した。結果としてはご覧の通りだ。百に届くほどの妖怪に睨まれまったく気づかれないのだから破格の性能だろう。

 

「――それにしても、本当に実りのない。この闘争は生命の戦争として失格だ。自身の生きる世界を破壊する程に戦禍を広げてしまっては、その先に未来がない事など理解しているだろうに――全く、実に愚かしい」

 

 融けた血液を体内に戻しながら、朱雨は機械じみた動作で辺りを見渡す。散らばっているのは人間の肉片、流れているのは妖怪の血だ。

 

 しかし、あるのは血肉の山河だけではない。不毛と化した大地、意味もなく根こそがれた木々の破片、もはや戻らないであろう死に満ちた大気。この戦争で死んだのは人間と妖怪だけじゃない。ありとあらゆる生命が巻き込まれ、その命を無に帰している。

 

 それらが示すのは世界の終焉だ。人妖大戦の果てにあるのは、どうしようもない滅びの運命であると、この戦場痕は物語っている。それを人間も妖怪も理解している。それでもなお、彼らは戦争を続けている。

 

 そこには最早本能はない。憤怒、憎悪、狂悦といった負の感情だけが彼らの戦争を加速させ、そして際限なく全てを破壊し尽していくのだ。

 

 全くもって愚かしい。この世界で最も知能が低い生物でも、自らの住まう世界を破壊しようとはしない。それを霊長と名乗る者がやろうとしているのだから――それを蒙昧と言わずして、何を愚劣と言うのだろう。

 

「やはり、心など持つべきではないな。心などと云う混沌(カオス)を自らの知性に混濁させるなどすれば、機能が狂ってしまうのはあまりに当然すぎる。その結末が滅びならば、なおさら忌避すべきだ。私は間違っていない――いや、この言葉は不要だな」

 

 壊れ果てた世界を前に、朱雨は坦々と感想を語る。その中に自らを肯定する言葉があったのは、永琳に指摘された事を未だに引きずっていたからなのかもしれない。

 

 さて、と朱雨は首を鳴らし、一度だけ空を見上げて屍の海を歩き出す。目指すは北東、風水において鬼門と呼ばれる災厄の地。おそらくは人妖大戦の中において唯一戦前と変わらぬ威容を誇るだろう――古き蛇の大妖が君臨する闇の深淵、八戯莉ノ森へと。

 

 いずれ降り注ぐ終末が、何を(もたら)すか見定める為に。

 

 

 

 

    आयुस्

 

 

 

 

 浅く、不愉快な眠りから目を覚ます。大地を伝い、空を辿ってくる戦禍の音は、僅かでも休息をとろうとする事さえ許さないというように絶え間なく響いてくる。

 

 その(しゃく)に障る事実に小さなため息を吐いて、八戯莉は横になっている体を起こした。そんな動作にさえ悲鳴を上げる肉体を自嘲するように笑い、寝床から立ち上がって近場の窓まで歩いて行き、森を見下ろした。

 

 眼下に広がっているのは鬱蒼と茂った森林だ。日の光を受けてなお(くら)い幽玄の森は、しかし傷一つない珠の無垢さを感じさせる。それはどれ程の闇に包まれていようとも、この森が八戯莉によって守られているからだろう。

 

「――随分と草臥(くたび)れたものよ。この世の片側を占めていた儂の森も彼奴等(きゃつら)(いくさ)のせいでここまで食い潰されてしもうた。それに憤懣積もりはせんが……やるせないのう。儂の守りたかったモノが、斯様に容易く朽ちていく様を眺めるのは」

 

 だが、それも八戯莉の眼に写る範囲での事。眼の届かぬ遥か彼方を垣間見れば、八戯莉ノ森だったモノのなれの果てが墓標のように建ち並んでいる。そこにはかつて見る事が出来た生命の宴の面影さえない。ただ、死に没したモノ達がその身を晒しているだけだ。

 

 その姿は見えない筈だが、八戯莉は侘しげに目を細めて、遠く荒れ果てた大地を望んでいる。彼女の眼に何が写っているのかは分からないが、錆びた日光に眩むその陰には、守れなかった事を悔やむような想いが滲んでいた。

 

 八戯莉ノ森とは、八戯莉とともに生まれたモノではない。そもそも八戯莉という名でさえ、初めは持ち得なかったものだ。この世にその身を現した始まりでは、彼女はただの蛇でしかなかったのだから。

 

 それが大妖と畏れられるようにまでなったのは、単なる偶然と大いなる奇跡が重なったからに過ぎない。幾度の危機がその身に降りかかり、数え切れない程の戦いで何度も体を死に追いやった。

 

 それでも生きて、生きていたくて。絶え間ない生死の狭間で死に物狂いで生を掴み続けてきた結果、いつしか蛇は、八戯莉と呼ばれる蛇の大妖となっていた。あらゆる生き物の上に立つ、捕食者の頂点に。

 

 けれど。それで八戯莉が満たされたかと言われれば、そうではなかった。

 

 それもそうだろう、八戯莉は今まで生きる為に生き抜いてきたのだ。自分自身の全能力をかけ、全てを生を勝ち取る事に捧げてきた。そうして何物をも恐れぬ天敵無き存在へと成り果てた時、彼女の心は空洞だったのだ。生きる以外の事をする余裕(つよさ)を、どうしていいのか分からなくて。

 

 元より考える知能も感情も持ち合わせぬ獣でしかなかった彼女にとって、妖怪化して得た心を持て余すは必然だったのだろう。本能のままに生きる彼女が自らを認識した時、真っ先に思い浮かんだのが「退屈」という感情だった。

 

 生き抜く以外の術を知らず、かといって手に入れてしまった心を棄て去る事も出来ず、生命活動に必要な事を終えればあとは何もすることがないと感じてしまうあくる日の事。変わらぬ日常に飽いた戯れに、弱い者を助けてやった。

 

 そいつは弱く、あらゆる生命から捕食される運命にあった。何物とも共生せず、日を追うごとに減っていく同胞を少しでも増やそうと努力し、その努力ごと胃に収められる。そんな不運な奴を助けてやるのも一興、と一度だけ守ってやった。

 

 八戯莉としては、そのたった一度だけ。本当に気紛れにやった事で、また襲われようと知らん顔をするつもりだった遊び。でも、そいつは何を思ったのか八戯莉の後をついてきた。

 

 最初は気にしなかった。そのうち喰われていなくなるだろうと、ひょこひょこついてくるそいつを無視し続けた。しかし、そいつは一向にいなくなる様子をみせない。ちょっと考えれば分かる事だ、八戯莉のような強大な存在の後を付き従うようなものに、一体何が手を出すというのだろう。

 

 それに気づいたのはしばらくたってもいなくならない事を不審に思った頃で、これ以上ついて回られるのも面倒だと感じた八戯莉はそいつに向かって「これ以上儂の後を付け回すなら喰ろうてやるぞ」と一喝した。

 

 するとそいつは極度に怯え、そのあたりの草木の中へと一直線に逃げ出していった。ああ、清々した、と思い、また退屈な毎日に戻るのかと考えた矢先、そいつは怯えながら、八戯莉の足元に擦り寄っていた。

 

 何故、と八戯莉は驚いた。体を震わせる程の恐怖に駆られてなお、自分から離れようとしないのか。喰われるという事を理解出来ない程の低能? いや、言葉はきちんと理解していた。恐怖を感じ取れていない? ここまではっきりと恐怖を感じているのが見て取れるのでありえない。ならば、何故――――

 

 そうやって思い悩んでいた八戯莉を知ってか知らずか、庇護を求めるような瞳で八戯莉を見つめるそいつ。それに気づいた彼女は、どうしてこんな簡単な事に気づかなかったんだろうと自信を詰る。付け回すなら喰うと言ったのだ、ならば、実際にそうすればいいだけの話ではないか。

 

 他愛のない事で何を悩んでいたんだろう、と八戯莉は嗤ってそいつに手を伸ばす。こんな脆い命だ、息をつく間もなく殺して食べられる。そして、無造作にそいつの頭を掴み――その手を、握りしめる事が出来なかった。

 

 ――どうして、出来ない。

 

 そんな疑念が八戯莉を駆け抜ける。ならばと腕を振り上げそいつの頭を潰そうとして、やはり、拳を振り下ろす事が出来なかった。

 

 八戯莉は驚愕した。そいつの不可解な行動以上に、そいつを殺せない自分自身に。今まで何千、何万と繰り返してきた命を絶つ挙動が、どうしてそいつには出来ないのか、と。

 

 思えば、初めからおかしかったのだ。いくら退屈を持て余していたとはいえ、もとはただの動物でしかなかった自分が捕食対象に情けをかけるなど。

 

 あまつさえ自分の背後をとる行為を許容していたのは考えてみれば信じがたい事だ。背中を刺されても文句は言えない愚行である。

 

 何故それを許容していたのか、と自問していたその時。思念に没頭していた八戯莉に、物陰から妖怪が襲いかかった。

 

 それは僅かな思考の溝に付け入った完璧な奇襲だった。恐怖を具現したような化生の強襲。疑念と驚愕の空白に差し込まれた一振りの凶爪。眼を見開き気づいた時は既に遅く――八戯莉の端正な顔が血飛沫で彩られる。

 

 飛び散る血肉、粉雪のように舞い踊る断末魔と命の破片。だが、痛みもなく己の喉から悲鳴は漏れていない。ならば、死の一撃を受けたのは自分ではなく、刹那の中で庇うように自分の前に飛び出した、気紛れで守ったか弱いモノ。

 

 生暖かい鮮血を浴びた一秒後、形を失い大地へ還るその命が己のモノでない事を八戯莉は認識し――血液が氾濫しそうな激憤を、一瞬で狂気に染まった視界(いしき)の中で爆発させた。

 

 そうして、自らを殺そうとした妖怪を塵へ変えた後。血塗れの惨劇場の中で呆然と立っていた八戯莉は、ふと頬についている冷めてしまった血潮に触れる。それは自分を守ろうとして死んだ、弱者の底に居たそいつのものだ。

 

 愚かな奴だ、と八戯莉は思う。あの程度の妖怪なんぞの爪、大妖である己からすれば霧雨よりも生温い。実際はともかくとして、少なくとも八戯莉はその程度のものであり、わざわざ命を賭して守ってもらう必要はなかった。

 

 しかし、強さを見極めきれないそいつにはそれが分からなかったのだろう。それで庇護を求めたモノを守ろうとして、自らの命を捨てた。

 

 愚かな事だ。守られて貰う筈が、守って死ぬなど。痛まし過ぎて笑ってしまうくらいに。

 

 ……だけど。そうやってそいつを嘲る八戯莉の顔に笑みはなく。頬の血潮に再び温かみを与えるように、透明な涙が流れていた。

 

 その涙の意味を八戯莉が知ったのはずっと後の事。二度とやるまいと考えていた弱者の救済をまたも試み、そのモノの生涯を守り通して満足げな死を看取った時。己は生きるのみには過ぎた力を、誰かを守る為に使いたかったのだと知ったのだった――――

 

 そして月日は流れ、八戯莉が弱者を守り続けていくうちに、いつしか八戯莉と弱きモノ達が集う場所は「八戯莉ノ森」と呼ばれるようになった。それと共に、指向性を持たなかった八戯莉の力も「八戯莉ノ森を守る程度の能力」となったのである。

 

 それからの数千年は愉しいと思えるものであった、と八戯莉は懐かしむように空を仰ぐ。果てがないと感じられた碧空は今や薄汚れた不透明なものとなってしまっているが、八戯莉の眼にはかつての憧憬が写っているのだろう。口元に、母性を感じさせる柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「……さて、過去に耽るのもこれくらいにしておくとしようかの。そこな隠れておる血種(けっしゅ)よ、出てくるがよい。森の仔らの眼は誤魔化せようと、儂の眼にはお主ははっきりと写っておるわ」

 

 惜しむように。それを消した八戯莉は、一転して君臨者の眼光を輝かせて背後を睥睨する。しかし、そこには誰もいない……いや、誰もいない筈の空間に、罅割れた一筋の紅い線が奔る。

 

「……やはり、お前には隠し通せないか。まあいい、別段難儀もない」

 

 赤々と脈打つ肉が二つに裂け、その間からズルリと朱雨が這い出る。だが、いつもの仮面のような表情はなく、代わりに険しい顔がそこにはあった。

 

「久しいな、八戯莉。歳月に換算すれば数千年ぶりの再会ではあるが――殊の外、衰えたものだな。かつてのお前ならもっと命の脈動が感じられたものだが……今や見る影もない」

 

 朱雨の言葉には哀切が滲んでいる。その視線の先に立つ八戯莉は一見して昔となんら変わりない。しかし、朱雨の眼は外見から内部を見通す観察眼を以て、恐ろしいほどに消耗し切った八戯莉の姿を幻視していた。

 

 八戯莉はそんな事は分かっていると言いたげに鼻をならし、朱雨と向き合う。そして懐から煙管を取り出そうとして――それを止めた。

 

「お主は相も変わらんの。人間共の国で何をしていたのかは知らんが、数千年前と何も変わっておらん。どれ、積もる話もあろう。それも含めて儂の退屈凌ぎにしばし相伴するがよい」

 

 そう笑って八戯莉は部屋の中央にある豪奢な玉案と腰掛けを顎で指す。どうやらそこに座れという意味のようだ。

 

「…………」

 

 それに無言で従う朱雨。遠慮はないが無礼もなく座る朱雨に八戯莉は満足げに頷き、そこから動く事なく会話を切り出した。

 

「では早速、お主が人間共と何をしていたか洗いざらい吐いて貰おうぞ。酒の肴には丁度良い、下世話で下らん話が聞けそうじゃからな」

 

 ふふん、と興味津々といった態で八戯莉は笑みを浮かべる。だが、そのように快活に笑う八戯莉を見る朱雨の顔は険しいままだった。

 

「構いはせんが……いいのか、八戯莉」

 

 眉間に皺を刻み重苦しい口調で朱雨は八戯莉に問う。本当にいいのか、と。

 

 朱雨が見るに、八戯莉は既に摩耗し切っている。懐から煙管を取り出す動作や窓枠から玉案への移動さえ困難な程に。ただ立っている今でさえその身には久遠の痛みが駆け巡っているだろうに、談話なんてすれば寿命を削りかねない。

 

八戯莉は「ん?」と首を傾げ朱雨の云わんとする事を思索する。そしてそれに思い至ったのだろう、カラカラと呵呵大笑して事もなげに言った。

 

「善い善い。この世のモノは全て滅び去る運命にある。その鎖された因果が儂にも廻って来ただけの事よ。お主が気に病む事柄ではない」

 

 実にあっけらかんと。八戯莉は自身の寿命を削る事を是とした。生存よりも快楽を。実に妖怪らしい、己の身さえ省みない自由気ままな宣言に、朱雨はただ一度だけ哀しげに首を振った。

 

「……お前がそう云うのならいいさ。酒と杯は私が用意しよう。酒に好悪はあるまい、銘柄はこちらで適当に決めさせて貰う」

 

 ため息を一つ零して、朱雨は腕を切り裂き自身の能力を発動させる。傷口から流れ出た血液は重力落下せずに滞空し、ある形状をとっていく。八戯莉が「おお!」と驚いているものの数秒でそれは立派な酒樽となった。

 

「ほほう! 何じゃそれは、すごいのう! 儂とて大概のモノを目にした自負はあるが、己の血肉から酒を出す奴は未だ出逢わなんだ!」

 

 まるで新しい玩具を見つけた子供のように八戯莉は眼を輝かせる。その視線を一身に受ける朱雨はどうとでもないと言うような平然とした面持ちで、更にグラスと氷を生成する。

 

「私の血液から酒造したわけではないよ。可能ではあるが好まれないのでね。これは単に、私の体内で保存していた酒を取り出しただけだ」

 

「私の体内? 何ぞ心踊る響きじゃな、どうゆう意味かえ?」

 

「そのままの意味だ。私の体内は外見と内積量が合致しないからな。無意味に広い空間をどう使おうかと考えた末、物質の収納を思いついたわけだ。最も、本当に物理的な手段で収蔵しているから腐敗もするし老朽もするがね」

 

 朱雨はグラスに酒を注ぎ、ついでにここに来る前に食料として保存していた干し魚をつまみとして玉案におく。そして席を立ち、「うん?」とまたも疑問符を浮かべる八戯莉の所まで行くと――その細い身体を両手で抱き上げた。俗に言うお姫様だっこである。

 

「な、ななな何をするんじゃこの戯け!!」

 

 いきなりお姫様だっこをされた事に面食らったのだろう、八戯莉はカアッと赤面して羞恥交じりに朱雨を怒鳴った。しかし朱雨はどこ吹く風、恥ずかしげもなく八戯莉を腰掛けまで運ぶ。

 

「何を、と言われてもな。古今東西、病躯の者を運ぶなら横抱きと相場が決まっているらしいからな。それに女性であれば、なおさらこうやって運ぶべきだと言われたのでね」

 

 とても真剣な表情で朱雨はのたまう。キリリと引き締まった瞳は何処までも真剣な色合いだ。使い所がひどく間違っているが。

 

「お主にそれを教えたのは一体どこのおおうつけじゃ! というかお主も真に受けるでない! す、好いた雄ならいざ知らず、お、お主のような初対面で首を捥ぐような男に斯様に抱かれて嬉しい筈がないじゃろう!?」

 

 耳まで真っ赤にして八戯莉は朱雨を睨みつけ、このような事をこの男に吹き込んだ奴にちょっとした不幸、日常のささやかな不運を願う程度の地味に嫌な呪詛を送りつけた。

 

 その頃、地球を回る衛星の裏側で飲み物を書類にこぼし、あたふたと慌てる女性の姿があったとかなかったとか。

 

「ふむ……そういうものなのか」

 

「そういうものじゃ! 分かったらとっとと降ろせい!」

 

「やれやれ、理解したよ――永琳め、話が違う。わざわざ実演までさせたあれは一体何だったのだ」

 

 さらりととんでもない事を口走り、朱雨はようやく八戯莉を腰掛けに降ろした。その抱き方のため自然と寝そべる形になり、それも相まって八戯莉は未だ頬を染めていた。

 

 恨めし気な視線を送る八戯莉を無視し、朱雨は着々とグラスに酒を注ぎ醤油と箸を八戯莉の前に置く。そして自分の分も用意して、準備は万端と席についた。

 

「ではどこから話したものかな……何か要望はあるか?」

 

「……丁度良いわ、お主に先の事を指南したうつけの失態が聞きとうて仕方がない。とっとと話せ、閻魔羅闍(えんまらじゃ)が誤って善人の舌を引き抜いたという与太話以上に盛大に笑ってやるわ」

 

 余程癇に障ったのだろう、八戯莉はピクピクと口元をひきつらせながら青筋を浮かべている。怒りを燃やす瞳は蛇のそれだ。

 

「永琳の失敗談か……他人の遣り損じはおいそれと吹聴すべきでないと指導されたのだが……」

 

 朱雨は苦い顔をしてぶつぶつと呟く。指導、という言葉を使っているあたり無意識に永琳を上に置いているのが分かる。

 

「……まあいいか。他人の不幸は蜜の味らしいし、永琳はこの場にいないのだから」

 

 が、そのあたりは勝手な折り合いがついたようで、朱雨はこくりとひとつ頷き、永琳が聞いたら顔から火が出るほどの失敗談を赤裸々に話し始めた。その間、八戯莉は終始笑いっぱなしだったという。

 

 ――――四刻後。

 

「……――とまあ、失敗薬を飲んで心身ともに幼児化した永琳を月夜見がそれはもう鬼のように可愛がってな。永琳(幼)が拒まないのを良い事に様々な格好をさせて写真まで取って、元に戻ってからそれを見た永琳の顔ときたら――どうした、八戯莉?」

 

「――……ッ……くうっふは……! ま、待て、こ、こ、これ、以上、は―――ふ、腹筋が、持たん……っふはは!!」

 

 ダンダンダン、と連続的に鳴る音は八戯莉が玉案を叩く音だ。身をよじらせて必至に笑い声を抑える八戯莉の目には涙が溜まっている。それに至極冷静な視線を向けつつ、朱雨はため息を一つはく。

 

「だからいいのかと聞いたんだ。そんな様になってまで人の不幸を味わってみたかったのか?」

 

「あ、当たり前、じゃろう……くはっ!  こ、この儂にあれだけの醜態を、さ、さらさせた元凶、なの、じゃから、なっくふ、くふは!」

 

 永琳の失敗談はどうやら八戯莉の押してはいけないツボを押してしまったらしい。ちなみに八戯莉に醜態をさらさせた当人は、既に話したくなかった逸話を強制的に吐かされて微妙に意気消沈中だ。

 

「……そういうものなのか、私には理解しかねる」

 

 八戯莉への気遣いと失態を暴露してしまった羞恥から何度目かも分からないため息をつく。まあ、八戯莉が楽しげならば良いか、なんて苦味交じりに朱雨は微笑んで。

 

 ゴボリ、と。八戯莉の口から漏れ出た朱色に、一瞬で形相を変えた。

 

「ごぼっっ! が、げぁ、かはははっぶばっ!」

 

 血を吐き散らしながら八戯莉は腰掛けの上でのた打ち回る。苦しげに腹を押さえ、喉にたてられた爪は剥がれそうな程に軋んでいる。

 

「八戯莉ッ!」

 

 突然の事態に血相を変えつつ、朱雨は冷静な思考で八戯莉に診断を下す。症状は呼吸器官の損傷による喀血(かっけつ)、状況は呼吸困難と喀血による精神錯乱、対症療法は肺への血液逆流の阻止及び簡易薬による精神安定、原因療法は出血箇所の早急な治癒――!

 

 ほんの数秒で容態を見切った朱雨は急いで治療に取り掛かる。喀血で暴れる八戯莉を抑えつつ切り裂いた掌から注射器を生成し精神安定剤を打ち込む。そして、血に濡れてなお艶やかな口腔から自身の血液を流し込み、破れた血管を瞬時に塞いでいった。

 

「ごほっごほっ! く、くは、はは、がぼっ!」

 

 喉に絡みつく朱雨の血液を噛み千切るように、血を吐いてさえ八戯莉は嗤い続ける。治療など不要だとも取れるその行動を朱雨は意図して無視し、数十秒で諸々の療治を完了させた。

 

「っ、……はあはあ、はは……」

 

 這い出てきた朱雨の血液を最後に喀血は止み、相当な速さで回った薬が高揚していた八戯莉を落ち着ける。それでも笑いを止めない八戯莉の荒い呼吸が続く中、安堵からか深く長いため息を吐いた朱雨は八戯莉を睨みつけた。

 

「全く……私の忠告に頓着しないからそのような様になるのだ。もっと己を大事にしろ」

 

「はあ、はあ……かはは、無理じゃのう……枯れようと朽ちようと儂は妖怪、己が愉しみの為ならば、己さえも捧ぐのは当然じゃ……」

 

 いっそ怒っているように見える朱雨の苦渋を霞んだ眼で見て、それでも愉快そうに八戯莉は嗤う。この世の全てを嘲笑うように。自身の死さえも、笑って受け入れるように。

 

 それを。

 

 死を受け入れる、その様を。

 

 あまりに、生物らしからぬ、と。

 

 激情に駆られたように振る舞い、朱雨は激昂した。

 

「何故だ八戯莉! 何故お前は己の生命を第一に考えない! この世に生を受け、生き抜く事を定められたのなら! 何よりも己を生かす事に尽力するのが当然だろう……!?」

 

 喉を涸らす程声を震わせ朱雨は嘆く。怒り、そして多大な悲しみを含んだその叫びに、八戯莉は塵芥(ちりあくた)を見るように蔑み、口元を歪めた。

 

「お主には、分かるまい……その心さえも虚構でしかないお主にはの……」

 

 嗤う蛇から漏れ出たその言葉に朱雨は目を見開き、やがて、その顔は能面のように筋が石化した(うろ)となった。丁寧に彫り上げた石像然となった朱雨は、底の見えない眼で八戯莉を見る。

 

「……いつから気づいていた」

 

(たわ)け。儂らが会いまみえた時から薄々勘付いておったわ。そもそもが姿形を自在に変える異界の化生、玉虫の如き色数(いろかず)の血肉を持ちうるお主が、儂らのような魂が在ると誰が断定出来る?」

 

 ま、気づいたのはついさっきじゃがな、と。笑う事に飽きたのか天井を仰ぎながら八戯莉は嘆息する。そう言われてしばし無言だった朱雨は、放出した血液を体内に戻すと観察者の目となった。

 

「では、何を以て私の心が偽りだと見抜いたのだ。そのような素振りを見せた覚えはない」

 

 自分自身では相応なレベルに達していたと考えていた擬態。何故それを見抜かれたのかを聞き、朱雨は今後の改善点としようとする。先程までの感情の豊かさを何処かへ投げ捨ててしまったような朱雨の変貌ぶりに目もくれず、八戯莉は「ハッ!」と鼻で笑った。

 

「大体のう、お主の行動は無防備過ぎたのじゃ。考えてみよ、世界は今や地獄と変わらん戦乱の世、人間も妖怪も動植物も等しく殺気立っておる。その中でお主はあまりにも平常であったが故に目立っていたんじゃよ。薄暗く広き森の中で炎の柱が猛るようにな。お主が異界の(ともがら)である事を差し引いても、息をする事さえ恐怖を感じなければならない張りつめた空気の中で恐れを抱かぬお主を見れば、阿呆でもその異質さを理解出来るわ」

 

 くだらない事を言わせるなと言外に八戯莉は吐き捨て、土くれのように脆い身体をゆする。どうやら無理矢理体を起こそうとしているのだと理解した朱雨は、腫物を触るような柔い手つきで八戯莉を腰掛けに押し戻した。優しさではなく、また問いかけたい事があったから。

 

「成程、参考になる。では次の質問だ、先も言ったがな、八戯莉。お前はどうして己の命を最優先に考えない? なぜわざわざ己以外の命を優先するのだ。この森を棄ててしまえば、お前がそこまで摩耗する事はないだろうに」

 

 ただ言語であるというだけの音に、怒りと悲しみは存在しない。目の前にある今にも枯れようとしている八戯莉に対して何の憐れみもなく、朱雨はただただ観察する。

 

 それに汚物を見るかのように見下し、八戯莉は苛立ちながらも答えた。

 

「つまらんな、実につまらない問い掛けじゃ。森を棄ててしまえば儂は生き残る? そうやって儂一人が助かって一体何になるというのじゃ」

 

 八戯莉はあえて問い掛けに問い掛けを返す。今までの会話から己を介抱しているこの男がどれ程のくそったれであるかは十二分に分かってしまっているが、それでも一応確かめたかったのだ。神亡朱雨という異形が真に『心』を持つか否かを。

 

 そんな事、確かめるまでもないだろうに。

 

「己が残るさ、それ以上に何か必要か?」

 

 案の定、朱雨は淡々と回答を返した。自分自身が生き残る以上に為すべき事はないと。

 

「ああ、お主はそう答えると思うとうたよ、このおおうつけめ!! だからお主には儂の心なぞ分からんのじゃよ、そもそも、心を持たぬお主にはこの世の生き物の事なぞ何一つ理解出来はせん!!」

 

 己を見つめるあまりにも他者を省みない硝子の双眸に向かい、八戯莉はいっそ怨念さえ籠った眼で射貫く。そして、己を抑える手を乱暴に振り払い、朱雨の襟元を掴み上げた。

 

「いいか化外の呆け者よ! 儂らはのう、利害や理論のみで生きとりはせん! 確かに己が生きる為に他種を利用する事もあろう、滅ぼす事もあろう! それでも、それでも儂らは誰かを想って生きる事が出来る! 心で解り合い、共に生きる事が出来るのじゃ!」

 

 怒りに染まった形相から血の涙が流れる。枯れ木よりも脆くなった手は襟元を掴み続けるだけでミシミシと悲鳴を上げている。憎悪渦巻く心についていかない肉体を八戯莉は置いて行き、それ程の思念を浴びてなおも動じず観察をし続ける目の前の異形に咆えた。

 

「だからこそこの森はここに在る! 強きも弱きも混じり合い、種族の垣根を越えたこの地上の楽園は在る事を許されておるのじゃ! 心を無為だと断じるお主には理解出来んだろうがの……ぐうっ!」

 

 無理がたたったのだろう、苦しそうな呻き声を八戯莉はあげ、襟元を掴んでいた手が力無く抜け落ちる。腰掛けに崩れ落ち咳き込む八戯莉を冷酷に無視し、朱雨は八戯莉の言葉を整理し黙考していた。

 

(……他種族との和解。戦争による淘汰の否定。進化に裏付けされた理論ではなく感情に流された共存。成程、生き抜くという点において戦わずに共栄する事が出来るのなら、それは確かに利益になる、か。認めよう、それは確かに心の持つ利点だ。だが――)

 

「闘争の否定は進化の否定。殺し合いを許容しない平和は不変であり、変わらないという事は穏やかな死でしかない。それを差し引いてしまえば、やはり心は害だ。生き抜く過程で不要だな」

 

 結論は出た。詰まる所、心に対する評価は多少上方修正されたものの、これまでと変わらないという事だ。

 

 ここに来たのはあまり益がなかったな、と朱雨は結論付け、八戯莉に背を向ける。完全ステルスを展開する為に二の腕を切りつけると、傷口から溢れ出た血潮が赤黒い血肉となり朱雨を覆っていく。

 

 足元からズルズルと這い登っていく脈動する肉塊は、周囲の風景と同化し即座に見えなくなる。それが腰まで来たあたりで、朱雨は前触れなく口を開いた。

 

「ああ、そうだ。一つ聞き忘れていたな。八戯莉、最後の質問だ。後一月もすれば世界は滅びる。その時、お前はどうするんだ?」

 

 半ば振り返り、意志の籠らない瞳で朱雨は八戯莉を流し見る。それを掠れた眼で睨みつけ、苛立ちを噛み殺すように歯を食いしばった。

 

「……愚問じゃな、わざわざ分かり切った事を聞くな、このおおうつけめ」

 

「……それもそうだな」

 

 最後まで、八戯莉の怨念を意に介す事無く。朱雨は肉塊に包まれ、八戯莉の視界から消失した。

 

 残ったのは死にかけた蛇が一匹。その八戯莉もそのまま動かず、ただ無為な時間が過ぎていく。音のない室内に血と腐臭が混じった風が吹き込んできて、後味の悪い空気と混じり合う。

 

 ……そうして、空に昇っていた日が地表にかかり、血のように朱い光が森を真っ赤に染める中。夕日に照らされ、より影が濃くなった室内で、八戯莉はようやく声を上げた。苛立ちと、どこか憐憫を含んだ響きで。

 

「……不愉快じゃの。あ奴が儂の森を、仔らを無意味とほざきおった事も。愛や絆を無駄としかとれない奴を憐れむ儂の心も。とても不愉快じゃ……」

 

 赤く輝く夕日が沈む。森の細いざわめきが消えていく。闇に染まった八戯莉の森。(ひな)びた風が、静かに凪いだ。

 

 

 

 

 最初に気づいたのは、戦意を失い仲間の死体に隠れて恐怖に震えていた人間だった。

 

 地上の大戦禍に触発され、本来は闇を振り払う筈の太陽光に狂気が混じり始めたのはいつだったか分からない。しかしそれでも地表を照らす生温い光が不意に翳り、震えていた人間は敵が来た、もう駄目だと絶望した。

 

 だが、いくら呼吸を繰り返しても痛みはこない。不審に思って恐る恐る死体をどけて上を見上げて、呆然と目を見開いた。

 

 次に気づいたのは、敵陣の真っただ中を駆け抜けていた妖怪だった。

 

 目の前の人間を殺して殺して殺して殺して、狂気と喜悦に全身の神経という神経を麻薬につけたような快楽を味わっていた妖怪は、全身をしならせ狂った耳障りな嗤い声を振りまいていた。しかし、しなって上を向いた目に写った物に、感じていた快楽全てを忘れ去ってしまう程の純粋な疑問を抱いて、周りの人間から無数の刃を浴びて死んだ。

 

 そうやって一人、また一人と空の異変に気づいて上を見上げる。大半の者は呆け、一部の者はそれがなんなのか気づいて慌てて逃げ出し、ずっと前から気づいていた者は逃げ場などないと絶望した。

 

 いつしか、地上の戦乱は停滞し。誰かが、一言呟く。

 

「何だ、あれ」

 

 太陽光が翳った地上。空を覆う、あまりに巨大な無数の隕石。

 

 そして、人妖大戦による終焉を待つことなく。

 

 あまりにあっけなく、世界は滅んだ。

 


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