東方血界神 ~Creatures Paradise~   作:閼伽

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 本作は「上海アリス幻樂団」様の作品「東方project」の二次創作です。
 筆者は金銭の都合上、東方作品を全てプレイしているわけではありません。よって東方のwikiや台詞集などを参考に執筆しています。二次創作のイメージも混じり込んでいます。
 本作はオリジナル主人公を使用しております。
 本作の主人公は無敵です。純粋な戦闘なら決して負けません。
 本作にはオリジナル主人公以外のオリキャラが登場します。
 本作には独自設定・独自解釈が多々あります。
 キングクリムゾンは仕様です。
 原作よりもはるか太古から開始します。



始まりの一夜、開幕す。

 ――いつか、この空の果てへ行こう。己が己で在る為に。

 

 

 

 

 薄く、薄く、霧のように。白くかかる雲に揺られて、夜空に月が浮かんでいる。無数の(きら)めきが光彩陸離を描く中、僅かな(きず)もない満月は一層美しくその身を淡く輝かせた。

 

 柔らかな月光は大地を覆う森林へと降り注ぎ、木の葉に遮られ光と影の幻想を浮かび上がらせている。それは満月の夜にしか見る事ができない光景だった。

 

 その幻想めいた森の中を、木影を縫うように一人の男が歩いている。

 

 血を浴びたかのように紅く、黒みがかった長髪を揺らめかせる、ひどく感情の抜け落ちた(かお)の男である。鮮血を思わせる三白眼は、月光を浴びてなお鬼火のように輝いていた。

 

 彼は一切物を持たず、腰に巻いた獣の毛皮以外は何も着けていない有様だった。己の外見に注意を払っていないだろうその恰好は、原始的な生活を送る人間と大して変わらない風貌に見える。

 

 この辺り一帯の人間を除いて、ではあるが。

 

 その人間達を探して、彼はこの森を彷徨っていた。

 

 何処にいるかなんて分からない。しかし、着実に近づいていると彼は確信する。

 

 ゆっくりと歩を進める彼の周りでは、大小の虫が鳴き声を上げている。夜の森は虫の楽園だ。様々な虫の鳴き声は繊細に絡み合い、まるで一つの旋律のように森に溶けていく。

 

その蟲羽(むしばね)の音楽が、何の前触れもなく不意に途切れた。それに呼応するかのように、木々で羽を休めていた鳥達は、何かから逃れるように一斉に空へと羽ばたいていった。

 

 しかし、彼はそんな周囲の変化に一片の警戒もせず、ただ飛び交う鳥達の奥を見据える。

 

 

「――風流よの。これほどまでに幽玄に輝かれては、さしもの儂も見惚れてしまう」

 

 

 そこには、天高く昇る月を背に、淡い羽衣を纏った女が大木の枝に腰かけていた。

 

 (かんざし)で縫い止められた深緑の髪。紫陽花(あじさい)があしらわれた瑠璃色の振袖を身に纏い、片手に煙管(キセル)を持っている。振袖の上からでも分かる妖艶な体つきをしており、溢れんばかりの美貌を蛇のような眼光が更に引き立てていた。

 

 だが、魔性を感じさせるその気配は、人が放てるモノではない。

 

(――この女、妖怪か)

 

 放たれる魔性の気に、彼は目の前の女が妖怪であると断定する。

 

 女は優雅な動作で煙管を口に運び、紫煙を吸い上げる。そして冷たい夜風に白い煙を吐き出しながら、ひどく淫靡な眼差しを男に投げかけた。

 

「さて、人間よ。この儂の、蛇の女王たる八戯莉(やぎり)ノ森に堂々と踏み入るとは、恐れを知らぬ所業よな。当然――覚悟は出来ておろう?」

 

 言い終えた瞬間、女――八戯莉の体から妖気が(ほとばし)った。小さな竜巻程の風が巻き起こり、辺りの木々が悲鳴を上げる程の強力な妖気だ。常人ならば運が良ければ気絶し、悪ければ死を幻視するほどの恐怖を味わうだろう。

 

 しかし男は全く表情を変えず、妖気の風を平然と受け止めた。その胸の内も、凪のように静まり返っている。

 

 八戯莉はその様子に僅かに驚き、ほう、と声を漏らした。

 

 己の妖気をまともに浴びて、平然と立っている人間は今までいなかった。それを、この男は平然と受け止めている。

 

 ――面白い。

 

 その事実に八戯莉は知らず、口元に笑みを浮かべていた。

 

 そして、妖気の風が止んだ頃。彼は静かに口を開いた。

 

「…………これは失敬。お前の森を避けたつもりだったのだがな。どうやら(さかい)を見誤ったらしい」

 

 抑揚がないわけではなかったが、それは感情のこもらない声だ。そう、まるでヒトガタが喋っているような、声というよりは音に近い、意志を感じさせない音声。

 

 それが何処か可笑しかったのだろう、「クハッ」と扇子の内で噴き出すように八戯莉は笑い、面白そうに目を光らせた。

 

「ほう、儂の支配域を見抜いておったか。人間にしては良い勘を有しておる」

 

「当然だろう。強大な主が支配する地を侵せば、それだけで殺意を向けられてしまう。ヒトであろうがなんだろうが、生命である以上、死を忌避するのは自然だ」

 

「その野生を鈍らせておるのが人間だがの。なに、お主の見立ては間違ってはおらん。確かにお主は儂の森を避けて動いておった。ただ、この地はたった今儂の支配下に置いたばかりでな。そこにお主がいた、ただそれだけの事よ」

 

「……成程、な。生命は常に流動する。今回はそれに飲まれたか」

 

 そうゆう事じゃ。と八戯莉はうなずき、彼の前へ降り立つ。そして、唇に指を当て彼を観察し始めた。

 

 八戯莉は名も知らぬ彼に興味を持っていた。

 

 初めはただの人間かと思っていたが、妖怪を前にして恐怖を感じぬその胆力、霊力を毛程にも持っていないのに妖気の風を耐え抜いた精神。どれもこれも、人間では有り得ない事だ。かといって、彼からは妖気や魔力も感じない。一時は神の類かと思ったが、当然のように神力は持っていなかった。

 

 おおよそ特異な力を持たない癖に、死を前にして凪のように静かな彼。

 

 それに、八戯莉は興味を持った。

 

 彼の顔は一見して鬼のように恐ろしいものだ。しかし、よくよく見れば顔立ちは整っているし、美形と呼ばれる程度には美しい。しかし、仮面のように動かない表情が人形めいた印象を与えている。

 

 露出している上半身は痩躯ではあるが非常に筋肉質で、脂肪などの無駄が一切ない。腰に巻いている毛皮もよくよく見れば変わった代物だ。鉄に匹敵する硬度を持つしなやかな毛と皮など見たことがない。

 

 八戯莉は彼の胸を叩いたり皮膚をつねったりしていたが、彼は一切の抵抗をする事なくその行為を受け入れていた。

 

 別に恐怖にのまれたとかそういった理由ではない。行動せずに動かない方が、あるいは生を拾えるかもしれないと判断しただけだ。それと、単に戦闘を好まないというのもあった。

 

 そうして八戯莉は彼を観察していたが、ふと、妙な事に気づく。

 

 軽いのだ。

 

 彼の身体は、異様な程に軽かった。

 

 皮膚をよく見ようと腕を持ち上げてみたところ、まるで枯れ木を持っているかのように軽かったのである。

 

 試しに首に手をかけ持ち上げてみたが、おおよそ六尺三寸程ある身長からは考えられないほどに軽い。

 

「なるほど、なるほど。そうゆう事かえ」

 

 八戯莉は何かに納得したかのように妖しく笑い、彼を下ろす。そして、彼の頬に手を当て、体を密着させた。豊満な胸が彼の胸板で潰れ、艶やかな脚がなまめかしく彼に絡みつく。

 

 しかし、彼は一切動くこともせず、動揺する事さえなく、ただ瞳を動かして八戯莉を見るだけだった。

 

 その様を面白そうに見ながら、八戯莉は断言した。

 

「――お主、人間ではあるまい」

 

「…………」

 

「かと言って(あやかし)やの類や神の眷属でもない。であれば――――」

 

 八戯莉は彼の耳に唇を近づけ、甘い吐息を交えながら呟いた。

 

 ――永い、長い沈黙が流れる。

 

 彼は一片も表情を動かさず、蝋人形のように身じろぎ一つする事なく立っていたが、やがて、静かにため息をついた。

 

「……擬態はそれなりのつもりだったのだがな、まだまだ改良の余地があるか。その通りだ、八戯莉。私はお前の言うとおりの存在だよ」

 

「やはりそうか! 儂の(まなこ)も鈍ってはおらんな!」

 

 八戯莉は満足げにうなずいて、優美に彼から離れる。

 

「しかし弱ったのう。お主がそのようなモノでは喰うに喰えん。一体どうしたものか」

 

「……出来る事なら、見逃してくれると助かるのだがね」

 

 困ったようなそぶりをする八戯莉に、彼は黙認を促す。だが、それを聞いた途端、八戯莉は狂ったように嗤い、蛇の如き獰猛な笑みを顔に刻んだ。

 

「――いいや、喰う。お主のようなモノは珍しいのでな。たまには珍味を味わうのも一興。そう思わんかえ?」

 

「……やれやれ、獲物にそれを問うかね。まあ、仕方あるまい――どうしても喰うと言うなら、抗わせてもらおう」

 

「そうでなくては興が乗らん! いざ、死合おうか――!」

 

 八戯莉の周りに膨大な妖気が渦巻き、袖の中から現れた無数の蛇が一斉に彼に飛び掛かる。

 

 対して彼は、目を閉じ、ため息を吐きながら右腕を振り上げ――

 

 

 森に、紅い極光が(はし)った。

 

 

 

 

   आयुस्

 

 

 

 

 八意永琳(やごころえいりん)は非常に憂鬱な気分だった。

 

 何故憂鬱かと問われれば、明日が己の命日になるだろうと踏んでいたからだ。

 

 永琳は深いため息をつき、己がこうなった経緯を振り返る。

 

 そもそもの発端は、とある妖怪が目撃された事だ。

 

 蛇の大妖、八戯莉。

 

 かつては妖力も持たないただの蛇であったが、永い時を経て知能を持ち、強大な妖怪へと変貌した存在である。普段は人間に化けているが、本体は全長三十四尺に及ぶ程の巨大な蛇だ。

 

 八戯莉は広大な森を縄張りとし、踏み入ってくる人間を容赦なく喰らい続けてきた。それで永琳が住んでいる国でも「八戯莉ノ森には踏み入ってはならない」とし、森に近づく事さえ禁忌とした。

 

 八戯莉は妖怪でありながらも人間を積極的に襲うわけではなく、基本的に森の動物を喰らって生きているので、人間の被害も数年に一人、森で迷って襲われるぐらいに減少していた。

 

 しかし、先日、八戯莉が近郊の森で目撃されたとの情報が入ったのだ。

 

 これに国の上層部は周章狼狽し、八戯莉をどうするか議論が重ねられた。

 

 八戯莉は強大な妖怪だ。今はおとなしくしていても、その気になればこの国を滅ぼすことが出来る。しかし、国を捨てて逃げる事は出来ない。人口からみて、国民全員を全て移動させる事など不可能であるし、そもそも遊牧の民ではない彼らは移動する術を持たなかった。また、資源や立地条件を考えてみてもこれ以上の場所は存在しない。

 

 結果、八戯莉との交渉、もしくは討伐をするしかないという結論に至った。

 

 そのために派遣されたのが交渉役の賢者・八意永琳と護衛兼討伐部隊の兵士達である。

 

 永琳は当初、交渉役に選ばれたと聞いて、

 

「私に死ねと言っているのかしら」

 

 と半ば諦めたように憤った。

 

 八戯莉は強大な妖怪だ。古い文献によれば数百年前から既に人化が可能であったようであるし、先人達は幾度か八戯莉を討伐しようと試みるも、全て失敗している。

 

 例えこの国が他の人間達より優れた技術を有していようとも、八戯莉を倒すには至らないと永琳は考えていた。

 

 しかし、永琳を選んだのは上司にあたる人であるし、もとより国の存亡がかかっているのである。永琳に断れるはずもなかった。

 

 そして永琳は何一つ文句を言わず、兵士達と一緒に八戯莉ノ森へ向かったのである。しかし、事案を一刻も早く解決すべきだと慌てていた上層部に、蹴飛ばされるように出立した結果、八戯莉ノ森に到着した頃にはすでに夜半は過ぎていた。

 

 妖の支配する夜の刻に行動するのは無謀に過ぎる。そのため今日は八戯莉ノ森の目前の小高い丘で野宿をする事となり、明日、八戯莉との接触をはかる事となった。

 

 以上が永琳の憂鬱の原因である。

 

 正直に言って、永琳は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 

 なにせ八戯莉ノ森から感じる妖力が在り得ない程に強いのだ。ぶっちゃけ、永琳が持つ霊力の数十倍はある。

 

 それだけならばまだいい。失敗したら死ぬ、と己を引き締める事が出来る。しかしそれ以上に厄介なのが、頭痛を感じるくらいに能天気な兵士達である。こいつらは妖怪退治専門のチームであり、常勝無敗を誇るそうだ。

 

 それだけ聞けば頼りがいがありそうだが、現実は戦闘経験のない永琳を見下し、八戯莉を所詮は蛇と慢心する連中だった。あまつさえ永琳に夜這いを仕掛けようとするものだから、いっその事国も上司も見捨てて逃げてしまおうかとさえ、永琳は考えていた。

 

 まあ、そんな事は出来ないので、逃亡の誘惑を振り払い、床につこうとする。

 

 ――それが起こったのは、その時だった。

 

 突如として轟音と共に大地が揺れ、天幕が吹き飛ばされると思う程の突風が巻き起こったのだ。

 

(――まさか、八戯莉が現れたのか!?)

 

 永琳は最悪の事態を想定して、天幕の中から飛び出る。

 

 そこで見たものを初め、永琳は信じる事が出来なかった。いや、何であるか認識しきれなかったというのが正しい。

 

 眼前の八戯莉ノ森を横一文字に切り裂くように、紅い極光が輝いているのである。それもかなり遠くであるはずなのに、視界の端から端まで埋め尽くさんとばかりに。

 まるで巨大な壁が現れたと錯覚してしまいそうな程の光の奔流は、呆然とそれを眺めている永琳をよそに、おおよそ十秒程で掻き消えた。最初から、そんなものはなかったと言うように。

 

「一体どうしたというのだ!」

 

 腐っても兵士というべきか、四人いる討伐部隊の面々は手早く装備を整えやって来た。見るからに粗野な容姿の三人とその統率役である兵長は、目を皿にして固まっている永琳に向かって粗暴な声をあげる。我を取り戻したそれに頭痛を覚えるも、永琳は手早く状況を説明する。

 

「八戯莉ノ森で正体不明の光が発生したわ。おそらくではあるけど、八戯莉に何かあったのかも知れない」

 

「なんだと!? それは八戯莉を討つ絶好の機会ではないか! 皆の者、ゆくぞ! 蛇の怪を討ち取るのだ!!」

 

「あっ、ちょっと! 待ちなさいっ!! 八戯莉が傷ついているかなんて保証は……ああもう!」

 

 永琳の静止の声も聞かず兵長は意気揚々と部下を引き連れて、雄たけびをあげながら八戯莉ノ森へと突っ込んでいった。

 

「いくら対妖怪の経験を持っていたって、八戯莉はそこらの妖怪とは次元が違うっていうのに! もし負けたら八戯莉が報復に来るかもしれない、それを分かっているのかしらあの野蛮な猿達は!」

 

 永琳は兵士達への不満を言いながら、ズキズキと頭の中で暴れる痛みを何とか抑え、自身も戦う為の霊装を準備する。

 

 簡素な布を取り払って手にしたのは、遥か太古から存在する銘のない弓と、永琳が数カ月もの間、毎日霊力を籠めて作った矢だ。

 

 妖怪は頭を潰したり四肢を捥いだ程度では死なない。肉体よりも精神に比重がおかれている生命体だからである。だから妖怪を退治するときには意味のある攻撃をしなければ効果がないのだ。

 

 彼らも由来のある武装をしているが、永琳のそれよりは意味の籠っていない代物でしかない。それで八戯莉を討てるかどうかは分からないが、永琳は十中八九、討つことは不可能だろうと考えていた。使い手が慢心しているのならなおさらである。

 

 霊装と秘薬、それからありったけの破魔符を持って永琳も先行した兵士達を追いかける。が、いかんせん永琳では日々鍛錬を重ねている兵士よりは体力もないし、走る速度も違うので、随分と離されてしまっていた。

 

 そうして、息も絶え絶えに永琳が走っていると、突然木々が途切れ、視界が開く。

 

 そこで、永琳は一瞬呆けてしまった。

 

 

 砕かれた大地と、辺りに散らばっている生命の残骸。

 

 

 視界に飛び込んでくる、それらを覆う鮮やかな紅い液体。

 

 

 重ねてきた年月を失った武装と、地に倒れ伏す兵士達。

 

 

 ――そして、両手で八戯莉の首を抱えている、紅い、朱い男。

 

 

 それが、八意永琳と。名も無き彼との出会いだった。


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