お久しぶりです。
相変わらず更新が遅れて申し訳ない。
さっさと進めると言いながら今回でブレイバーンまで持っていけませんでした。
では、どうぞ。
Side Out
見渡す限り真っ黒に染まった大地と日の光が遮られた鈍い灰色の空。
所々に存在して今も活性化している火口からは時折噴火が起こり、流れ出た溶岩や火山弾が黒い大地を真っ赤に染める。
そんな間違い無く人が生きるには適さない環境である活火山の大地、その中でも一際過酷な火山島中心に聳え立つ最も巨大で赤黒い岩山。
内部では真っ赤に溢れ出る溶岩流が常に流動を続け、所々に転がる火砕流と共に凄まじい熱気を放っている。
そんな場所を、3人の人影が静かに歩いていた。
こんな場所にいるだけでも充分に異常だが、その外見もかなり不審だ。
全身を真っ黒に染まった分厚いローブで覆い、顔すらも目深く被ったフードで見えない。徹底的に素肌の露出を避けることを優先している。
先頭を歩く1人は周囲を何度も見渡しながら手に持った大きな紙に何かを書き込んでいる。
他の2人も同じように周囲を見渡しているが、こちらは観察ではなく何かを警戒するように視線を張り巡せている感じだ。
「…………(スッ)」
やがて、先頭を歩いていた者が作業を終えたのか無言で右手を上げて、腕の肘から先を渦巻きを描くように振るった。
すると、サインを見た他の2人は短く頷いて踵を返し、周囲を警戒したまま火山を下り始める。
先頭を歩いていた者もそれに続こうと歩を進めるが、小さな噴火音が耳に届いて足が止まる。
音の聞こえてきた方向に視線を向けると、火山の一角が小規模の噴火を起こして真っ赤な溶岩と火山弾を勢い良く吐き出した。
幸い距離が離れた場所だったので火山弾や石飛礫が当たることはない。
「…………」
目深く被ったフードの内側に隠された瞳が噴き出した溶岩を数秒だけ見詰めるが、すぐに視線を外して先に歩いた2人を追い掛けた。
3人が立ち去った数分後、再び鳴った噴火音が虚空を震わせた。
* * * * * * * * * * * * *
ローブを着た3人組はその後もトラブルに遭遇することなく順調に火山を下り、やがて麓部分に広がる砂浜に辿り着いた。
そこには数十に及ぶ大型のテントが設置されており、様々な作業を担当する者達が忙しそうに砂浜を走り回っていた。
ほぼ絶え間無く火山灰が降り注ぐためテントの上部を大きな布で繋げて屋根代わりにし、入り口には風で火山灰が入らないように布のカーテンが付けられている。
特に異常が起きていないことを確認し、3人組は肩の力を抜くと共に目深く被ったフードを勢い良く捲った。
首から上だけが外気に晒され、息を吐くと共に内側に隠されていた素顔が露になる。
「ふぃ~……暑かったぁ~」
「砂漠の時とは違った辛さね」
「身を守る為とはいえ、これは何度やっても慣れないね」
フードを脱いだ3人……ラナ、アルティナ、レオが浜辺に吹く風を心地良さそうに浴びながら首を振り、顔や髪に着いた汗を飛ばす。
全員が背中に届く程の長髪なので完全には汗を飛ばせずべったりとした不快感は完全には消えないが、数分前よりは遥かにマシだった。
凄まじい熱気が充満する溶岩地帯を分厚い布地のローブを着て歩くのは、未体験の者が聞いただけでも地獄のような辛さだと分かるだろう。
ならば何故そんな恰好をしているのかとなるのだが、単純に必要だからだ。
山頂へ向かうルートを調査する上で、火山という場所は様々な形で解放戦に牙を剥いた。
砂漠に劣らぬ暑さに加えて突発的な噴火、そこから周囲に飛び散る溶岩や火山弾……大小問わず他にも例を挙げればキリがない。
そんな過酷な地を進む上で、悲しいことに普段着のまま行動すれば冗談抜きで命を落としかねない者が解放戦線には多数いた。
……具体的に言えば、前線に立つ女性陣が殆どなのだが。
だが、今さら普段着の肌の露出に問題を指摘しても遅過ぎるし解決もしない。
そんな経緯で考え付いた解決策がこのローブというわけである。
生地と見た目は凡庸な物だが、魔法使い勢が様々な手を加えたことで火や熱に対してだけ高い抵抗力を持つ特殊な装具だ。
これを着ていれば、万が一飛び散った溶岩が付着しても軽い火傷を負う程度で体が溶けることはないそうだ。
しかし、安全確保に力を入れた代償として内側に籠った熱はどうにもならず、分厚い布地のローブを着た単純な暑さに苦しめられることになった。
溶岩地帯で一定の安全が確保されるなら安い代償なのだが、それでも辛いものは辛い。
「うぅ~……頭に被ってるフードだけでも外しちゃだめかしら」
「やめておいた方が良いですよ。
探索初日のレイジみたいに髪も顔も真っ黒になりたくないでしょう」
「……そうね」
ローブが有れば溶岩を浴びて怪我をする心配が無いと安心したレイジがフードを被らずに探索に出て顔も髪も真っ黒になってしまったのは今ではちょっとした笑い話だ。
まあ、人間形態のリンリンに大爆笑された本人にとっては全く笑えず、不機嫌そうな顔で頭から海水に浸かって火山灰を洗い流していたのだが。
その時のレイジの姿を思い出したのか、ラナは特に反論もせず素直に頷く。
「でも、この探索にも終わりが見えてきたわね」
元から真面目な性格のアルティナは特に文句も言わず、風を浴びながら背中に届く銀髪をファサリとかきあげて汗を払う。
その視線はレオの手に握られている大きな紙に向けられており、今回の探索における“作業”の進捗を確認する。
「そうだね。
探索を始めて2週間……最初は火山を目指して荒野を歩くだけでも苦労したけど、ようやくここまで来れたよ」
広げられた紙に描かれていたのは、火山島各所の地形と中心に聳え立つ岩山までの安全な道を詳細に記した地図だった。
幾度にも及ぶ探索を繰り返し、その中で起きた様々な危険を乗り越えた成果だ。
火山島の山頂に着くことが目的なので流石に島全体とはいかないが、未開の地を1から此処まで調べたのは紛れも無い偉業である。
「サクヤさんへの報告は僕がやっておきますから、2人は水浴びでも行って来てください」
「他人任せなのは少し嫌だけど……ありがとう、今はお言葉に甘えるわ」
「汗でベタベタだからねぇ~……レオ、悪いけどお願いね~」
そう言って、ラナとアルティナは水浴び場へと歩いていった。
やはり大量の汗を掻いたままというのは女性としては辛いんだろうな、と考えながらその背中を見送り、レオも作戦会議を行う一際大きなテントへと歩き出す。
歩きながら火山灰で薄汚れたローブを脱いで脇に抱えると、その下からは普段着ている黒のロングコートが姿を現す
これはこれで暑さに苦しめられそうな恰好だが、アイラを背負って砂漠を渡るデスマーチを経験したレオには耐えられない程ではない。
そもそも、ほぼ毎日鍛錬を欠かさず行っているレオからすれば汗だくになるなど文字通り“よく有ること”なのだ。
「失礼します。
調査と帰還の報告に来ました」
本部のテントに入ると、ちょうどサクヤとフェンリルが大きな机の上に広げられた大本の火山島の地図を見ながら話し合いをしていた。
テントに入ってきたのがレオ1人なのを見てラナとアルティナがいない理由を察したのか、振り返った2人は特に何も言わず微笑を浮かべる。
「あら、戻ったのね。
お疲れ様、レオ」
「ご苦労だったな。
進捗状況はどうだ」
「ただいま戻りました。
今回の調査で火山までの安全なルートは大体判明しました。
今大本の方にも書き写しますね」
調査結果を報告しながら、レオは今回の探索で調べた地形や道を机の上に広げられた大本の地図に書き足していく。
それを終えた後に改めて火山までのルートを全体的に見直し、移動中に敵の奇襲や災害に注意すべき場所などを順番に確認していく。
そうして最後まで確認を終え、サクヤは満足そうに頷く。
「うん、バッチリね。
皆よくやってくれたわ」
「後は火山島を調べ回ってる帝国の戦力と山頂に棲むブレイバーンだけか。
此処まで来たら、後はやるだけだな」
流石に火山の内部を外と同じように調査することは危険なので出来ない。
結果的に火山の中に入ってからは半ばぶっつけ本番のようになってしまう。
作戦としてはかなり問題だが、これ以上探索を繰り返して時間を掛けてしまうと帝国軍に先を越される可能性が有る。
「じゃあ、準備が出来たらすぐにでも火山に出発ですね。
僕達は山頂を目指す準備をして、拠点に残る兵達には撤収と船の出港準備をさせます」
今まで2度も精霊王を守る竜と戦ったが、あのような相手と戦う際に大人数で挑むのは大して効果が無いというのが解放戦線全体の共通意見だ。
故に、無駄な犠牲を出さない為にブレイバーンの棲む山頂に向かうのは解放戦線の中でも一際強さが飛び出たレイジやサクヤ達のみで、他の全ての兵達は拠点や船を守ることになる。
「そうだな。
詳細は後で詰めるとして、一先ずはその段取りで良いだろう。
だがレオ、それは俺達の方でやっておく」
「探索に出ていたんだし、今は休んで。
ラナとアルティナは先に水浴びに行ったんでしょう?
いつまでも汗を掻いたままじゃ風邪を引くし、貴方も行ってきなさい」
「……わかりました。
それじゃあ、お言葉に甘えて後はお願いします」
組織のトップ2人から休めと言われ、レオは素直に了承してテントを出る。
見上げた空は明るさを失い始めており、もう少しで夕方に差し掛かる頃だった。
気温が下がる前に早く水浴びを済ませようと考え、レオは早足で水浴び場へと向かった。
* * * * * * * * * * * * *
Side レオ
「ふぅ~……スッキリした~」
水浴びを終えて外に出ると、すっかりと空は夕方を過ぎて夜になろうとしていた。
この辺りの海水は火山島の影響を受けておらず、夜になっても水温は大して変わらないが気温は下がるので夜の水浴びは少々肌寒い。
「それにしても……魔法って本当にすごいよなぁ」
休憩や仮眠に使われるテントの中に座った視線の先、『男性用』と『女性用』の2つに区切られた水浴び用の浴場
火山島に長期間滞在する上で重要問題だった水源と食料の確保。
食料は動物を狩ればどうにかなったが、火山島という過酷な環境下に都合良く湧き水などが有るわけなかった。
海水を浴びれば潮が体に付着してベタベタになるし、そのまま飲めばただの自殺行為だ。
そこで出された提案が“魔法で海水を真水に変える”というものだった。
やり方を聞いた最初は、いや無理だろう、と考えたが実際に出来てしまった。
エルデの科学技術でやろうとすれば莫大なコストと手間が掛かることだが、たまげたことにエンディアスの魔法はソレを実現させた。
方法を大雑把に纏めると、汲み上げた大量の海水の塩分を火炎魔法で蒸発させてから氷結魔法で冷却することで真水を作り、浄化魔法で残った不純物を取り除くという半分以上がオカルトに足を突っ込んだやり方である。
浄化魔法で水の浄水など出来るのだろうかと最初は疑問に思ったが、竜那さんが言うには毒や瘴気に汚染された水を浄化するのと似たようなものらしい。
この場合の不純物は“人体に有害なモノ”というカテゴリーで一括され、火山灰の他に大腸菌類やヒ素などの有害物質を“無害”と言えるレベルまで調整・滅菌する。
現代科学で言うところの多段フラッシュ方式……つまりは蒸留を繰り返して海水から塩分を分離させるという方法が近いが、そのやり方は技術者が卒倒しかねないものだ。
術者のイメージというあやふやなモノで成り立っている“技術”なので科学とはどうやっても折り合いが付かないが、エルデ出身の僕からすれば“もはや何でもアリだな”と思えてくる。
問題としては熱効率が非常に悪い方法なので魔法を使ったものではどうしても術者の人数と技量に依存してしまうが、幸い解放戦線には魔法のエキスパートが揃っていた。
ともあれこうして、海水の品質に関係無く大量の淡水を生成することが出来るようになり、今ではこうして水浴びも出来るようになったのだ。
「同じやり方で洗濯と乾燥の手間まで短縮出来たし、魔法の使い方次第で大抵の場所では生きていけるんじゃないのかな僕達」
「素直に喜べない成長だな」
呟いた独り言に返ってきた声の方向を見ると、そこには上着とマフラーを脱いで普段よりもラフな格好になったリックがいた。
火山島を調査する為に前線メンバーは現在3つの班に分かれており、探索・拠点防衛・炊事全般の役割をローテーションで行っている。
今のリックはアミル、エアリィと共に炊事班を担当しており、時間的には明日の朝食の下準備を終えてきたところだろう。
「お疲れ様、リック。
今日の探索で火山までのルートが見付かったから、近い内に召集が掛かると思うよ」
「そうか……となれば、残る問題は山頂のブレイバーンと……」
「帝国の連中だね」
途切れた言葉を引き継ぐと、リックは何も言わずに顔を顰めて火山の山頂を見上げた。
その視線と佇まいを見て、僕は直感的に思い至った質問を投げてみる。
「アルベリッヒが気になるのかい?」
そう訊くと、ピクリと反応したリックが溜め息を吐きながら振り返る。
僕を見るその目に有ったのは怒りや憎しみではなく、図星を付かれた気まずさだった。
「……よく分かったな」
「何となくだけどね……けど、気になるのは仕方ないと思うよ」
「此処に奴は来ていない。
調べた結果それは間違いないことで、頭では分かっているんだがな……」
火山島の探索を開始してすぐ、僕と刃九朗さんは帝国の戦力調査を行った。
具体的な兵の規模の把握は勿論だが、最も大事だったのは“アルベリッヒがこの地に出向いているかどうか”を確認することだった。
そして入念に調べた結果、間違い無く敵軍の中にアルベリッヒの姿は無かった。
収容所地下で体験したあの強さを思い出せばアルベリッヒが此処にいないことは有難いことだが、リックにとっては仇と戦えないことが不満なのかもしれない。
「心配するな。
アイツが来ていなくても、やるべきことはキチンとやるさ。
お前も、今日はゆっくり休んでおけよ」
そう言いながら僕の肩を叩き、リックは炊事用のテントへと歩いて行った。
その後ろ姿を見送りながら僕はこの後どうしようかと考えていると、髪が完全に乾いていなかったのか少し強めに吹いた風の冷たさに背筋がぶるりと震えた。
「風邪を引くぞ」
すると、視線との反対方向から気を遣う声と共に僕の頭に乾いたタオルが掛けられる。
振り返ると、普段羽織っているマントを脱いでドレスだけを着たアイラさんが立っていた。
アイラさんの役割は探索・防衛・炊事のどれでもなく、ほぼ毎日エルミナと龍那さんの3人でチームを組んで水を作る作業に集中してもらっている。
水が確保出来ないことは冗談でもなく死活問題になるのでこのチームは解放戦線の生命線と言っても過言ではない。
「サクヤに聞いたぞ。
火山までの安全なルートが見付かったそうだな」
「比較的、という言葉が付きますけどね。
自然は気まぐれなものですから」
「ならば、後は覚悟を決めるだけだろう。
そもそも、私達の目的は最初から安全などとは無縁のものだ」
頭に掛けられたタオルで髪の毛を拭きながら答えると、アイラさんは臆することなく自信に満ちた様子で微笑みを浮かべた。
ベスティアに着いてからずっと暑さにやられて前線に立てなかったが、自力で問題を解決させた今となっては火山に向かうことも脅威ではないらしい。
「そういえば……火山島に着いてから忙しくて訊けなかったんですけど、ソレって結局どういうカラクリだったんですか?」
「ふむ……そうだな。
エルミナと龍那には作業中に説明したし、お前にも話しておこう」
そう言うと、アイラさんは右手を伸ばして広げた手の平から小さな冷気の渦を作る。
この場所の気温は砂漠やローランに比べればかなり低いが、それでも火山島の麓なので水や氷の精霊は決して多くない。
そんな場所でも、アイラさんは顔色を一切歪めずに氷魔法を維持している。
「なあレオ、そもそも氷というのはどうやって作られると思う?」
「え? それは……水が0度を下回ることで水の分子が結合するから……簡単に言えば、温度がマイナスに届くまで冷たくなるから、ですかね」
深く考えずに常識と呼べる情報を答えると、アイラさんはクスリと微笑を浮かべる。
「その通りだ。
しかし、それはあくまで物理法則に則った場合の話だ。
エルデから来たお前にはその考えの方が自然なのだろうが、この世界の魔法という概念を思考材料に加えれば選択肢はさらに増える」
そう言われ、氷を生み出す手段に魔法を組み込んで考えてみる。
頭を働かせて考えた結果……僕の口からはすぐに言葉が出てこなかった。
理由は思い付かないのではなくその逆……選択肢が有り過ぎてコレという答えが出ないのだ。
僕が言葉に詰まるのを予想していたのか、アイラさんは気にせず話を続ける。
「そうだ。
ありふれた自然現象を魔法で行おうとすれば幾らでも選択肢が出てくる。
だから私は、一度頭を真っ白にして多角的な視点で考えてみた。
そうして……辿り着いた答えが、コレだ」
アイラさんの右手が握られて冷気の渦が静かに消滅する。
そして再び手の平を広げると、その手の中に有ったのは冷気とは真逆の“熱気”だった。
「……炎、ですか?」
「いや、正しくは“熱”だ。
思い出してみろ、本来は温暖な気候のルーンベールが大寒波に覆われた理由を」
そう言われて、クレリアに着いた時に龍那さんが言っていたことを思い出す。
ルーンベールの異常気象は先代の氷の精霊王が消滅したことで精霊力が低下したから。
それを思い出せと言ったアイラさんの言葉を通して、僕の頭に1つの仮説が浮かぶ。
「まさか……周囲の火の精霊に干渉してるんですか?」
「半分正解だな。
このエンディアスでは、四季よりも精霊の存在が一番環境に影響を与える。精霊の変化はそのまま世界に変化を及ぼすと言っても過言ではない。
そこで私は、魔法を発動させる際のプロセスを少々変えた。
以前の私は魔法を使う際に氷の精霊に干渉してその力を活性化させ、そこに自身の魔力を合わせて術を行使していた。
しかし、今やっていることはその逆、魔法を使う際に火の精霊に干渉してその力を“沈静化”させ、魔力を合わせて術を行使している」
普通の魔法の使い方は、魔法を発動する→使う魔法に適した属性の精霊に干渉する→干渉した精霊を活性化させる→自身の魔力を加えて術として放つ、というものだ。
しかしアイラさんの取った方法は、魔法を発動する→精霊に干渉する→干渉した精霊を沈静化させる→自身の魔力を加えて術を放つ、というもの。
急速に沈静化された火の精霊はその属性がもたらす力を弱め、精霊力が低下したルーンベールのように低温の環境を作り上げる。
精霊=自然……魔法という神秘が存在するエンディアスだからこそ成り立つ変化だ。
恐らくコレが、アイラさんがベスティアの環境で氷魔法を使えるようになった仕掛け。
精霊の力を借りる、という点では同じだが、その力をプラスではなくマイナスに働き掛けるという普通の魔法とは全く異なるやり方だ。
成程、確かにこのやり方を利用すれば氷とは無縁の火山島の気候も障害にはならない。
例え氷の精霊が存在していなくても、有り余るほど存在する火の精霊に干渉して沈静化させれば氷結魔法を使うことが出来るのだから。
「……仕組みは分かりましたけど、それって何か制限は無いんですか?」
「勿論有るとも。
まず、魔力の消費量が体感だが通常よりも1.5倍近く大きい。
次に、精霊の力を真逆に発揮しているせいか本来のモノより威力が2割程落ちる」
「燃費の劣化に威力の減衰。
普通に見れば無視出来ないデメリットですけど……それって裏を返せば
「その通りだ。
既に戦ったことのあるお前なら、その脅威は身に染みているだろう」
アイラさんのその言葉は、遠回しにだがアルベリッヒも同じ方法で魔法を使っていることを示していた。
確かに、『破魔の加護』を体得したレイジがいるとはいえ、あの呪術を帯びた氷結魔法はそれ以外の者にとっては変わらず脅威だ。
前回の戦闘で自分の天敵となる者がいると分かった以上、あの性格からしてもう真正面からやり合うことはしないはずだ。
「何か対策を考えないと……」
俯くように視線を落として呟くと、水気を拭き取った頭の上に小さな感触が伝わる。
グルグルと回り出した思考が強制的に中断され、視線が上へと持ち上がる。
上を見ると、まだ僅かな熱気を宿していたアイラさんの右手が僕の頭に載せられて少し乱れた髪を優しく撫でられている。
「今は一人で考え込まずに休むことだ。
確かにヤツの対策は考えねばならないが、この場にいない敵のことよりもこれから戦う敵のことに目を向けろ」
「……そうします」
「よろしい」
そのアドバイスに素直に従うことにした僕の返事を聞き、満足そうに頷いたアイラさんは最後に僕の頭をポンポンと撫でて去っていった。
確かに、今はこの場にいないアルベリッヒよりもブレイバーンの方に集中すべきだ。
現状を再確認して冷静になると、何かの栓が外れたように体が疲労感と眠気を訴えてきた。
(確かに昼間は探索に出てたけど、此処まで疲れてたのか……)
蓄積した疲労が自分の想像以上であることに気付き、そういえば何度も皆に休めと言われてたことを思い出して内心苦笑しながら立ち上がる。
「皆に言われた通り、今日はもう休もう……」
そう言って歩き出した僕は大勢の就寝用に設置された大型テントに辿り着く。
テント内には既に何人か眠っている者もいるので、物音や話し声は殆ど無い。
ベッドは基本的に怪我人用として使われるので就寝道具は安物シーツと毛布、もしくは簡素な寝袋のどちらかだ。
寝心地はハッキリ言って良くないが、観光に来たわけではないと解放戦線の皆は分かっているので最初の頃から文句を口にする者はいない。
眠る時間が確保出来るだけ有難い。
この世界に来て多くの遠征を経験した僕は心の底からそう思った。
普段よりも手早く自分用の寝袋を床に広げ、滑り込むように体を入れて横になる。
すると、体に圧し掛かっていた眠気がさらに大きくなり瞼が重くなっていく。
(明日は……頑張ろう……)
自分に言い聞かせるように心の中で呟き、僕の意識は暗闇に包まれていった。
ご覧いただきありがとうございます。
火山島のサバイバル面での問題は殆ど魔法というインチキ技術で何とかしてもらいました。
いや技術的に無理だろ、とかの意見は有る人は勿論いるとは思いますが、どうかご勘弁ください。
もっと現実的なサバイバル技術とかで解説してたら、割とどうでも良い場所でいつまで経っても話しが進まないので。
それと、言うまでもないでしょうがアイラの新技術はオリジナル設定です。
ルーンベールがあそこまで真逆の環境に変わったんだから精霊に干渉すればこのくらい出来るのでは? と考えました。
本編の説明で分かりにくい、などいう意見が有れば後で文の編集も考えます。
次回こそはブレイバーンまで行きます。
では、また次回。