シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回からようやく火山島の攻略に入ります。

では、どうぞ。



第53話 試練への船出

  Side Out

 

 その日は、雲1つ無い快晴の空。

 

急速に復興作業を進めるベスティアの港には多くの船が停泊しており、物資を運ぶ輸送船の他にも一際大きな軍船の姿が有った。

 

多くの兵士が必要な荷物を運びながら軍船に乗り込み、手の空いた者は甲板の上を走り回って出航の準備を進めている。

 

マストに登って帆を張るロープを引く者や運び込んだ荷物を船倉に運ぶ前に整理する者。

 

その作業状況を指揮するディランの元に、港に残る部隊との話し合いを終えたサクヤとフェンリルが急ぎ足で船に乗り込んできて声を掛ける。

 

「お疲れ様、ディラン。

 どう? 出航の準備は順調かしら」

 

「荷物の積み込みにもうちょい掛かるが、それさえ終わればすぐに出られるぜ」

 

「だが、間に合うかはギリギリになるか」

 

そう言って現状を確認する3人の表情には少なからず焦りの色が見える。

 

原因は、ほんの数時間前に飛び込んできた哨戒船からの報告。

 

 

『帝国の戦力と思わしき軍船が数隻で火山島に進行中』

 

 

その一報が届けられてすぐに解放戦線は動き出した。

 

港にいたサクヤとフェンリル、ローランにいたレオとアイラは即座に近くの幹部メンバーを集合させて出撃準備を整えた。

 

幸いなことに火山島へ向かう物資の準備は完了していてディランの船も港に停泊していたので残る作業は船への積み込みだけだった。

 

なので今はその積み込みと出航準備を急ピッチで進めている。

 

しかし、既に帝国軍との間に数時間の差が出てしまっているのもまた事実。

 

仕方が無いと分かっていても、拭い切れない不安がサクヤ達の心を乱す。

 

そこへ、港の文官達と事務仕事の引き継ぎを済ませて乗船したレオが合流した。

 

「ディランさん、イサリさんの方からもうすぐに積み込みが終わるから伝えてくれって」

 

「おう、ご苦労さんだレオ。

 空は快晴、波は穏やか、加えて心地の良い風も吹いていやがる。

 あっという間に火山島へ連れてってやるぜ!」

 

「この辺りの海はお前達の庭だと聞いている。

 心強いぞ、ディラン」

 

そう言ってディランの肩を叩き、フェンリルはサクヤと共に甲板に降りていく。

 

レオも甲板に降りて積み込みを手伝おうとするが、何かを思い出したように声を上げたディランに呼び止められる。

 

「そう言えばレオ、海に出たら『セイレーン』に気を付けろよ」

 

「セイレーンって……船乗りを歌声で惑わせて難破させる怪物ですよね」

 この辺の海に出るんですか?」

 

鳥の翼を持ち、半身が女性で半身が魚の海の魔物。

 

ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』などのギリシャ神話で読んだ特徴をそのまま尋ねると、ディランは苦笑を浮かべがら手を振って否定する。

 

「オレの言ってるセイレーンってのは火山島を本拠地にしてる女海賊のあだ名だ。

 同業者の間じゃ有名でな。噂じゃ帝国の船を何度も返り討ちしたらしい」

 

「それはまた凄まじいですね。

 けど、気を付けろって言われても何に気を付ければ?」

 

「ハハハハハッ! なあに、その女海賊はとんでもねぇ美人らしいからな。

 レイジもだが、お前さんも女にはからっきし弱ぇんじゃねかと思ってよ」

 

豪快な笑い声を上げたディランの言葉にレオは無言で視線を逸らす。

 

強く否定出来ないと言うのも有るが、下手なことを口走れば何かの地雷が盛大に爆発する。

 

普段はあまり働かないレオの第六感が何故かこの時だけは強く警笛を鳴らしていた。

 

そこへ、手摺りを伝って上の甲板に登ってきた猫形態のリンリンがレオの肩へと飛び乗り、呆れたような声で話し掛ける。

 

「はいはい、お喋りはその辺にしておきなさい。

 ディラン、荷物の積み込みが終わったわ。

 此処からはあなたの船乗りとして腕の見せ所よ」

 

「了解だ。火山島までの快適な航海を約束するぜ!

 さあ、野郎どもォ!! 出航だぁ!!」

 

『オオオオォォ!!!』

 

舵を握ったディランが獰猛な笑みと共に声を張り上げると、甲板にいたアークバッカニアの船員達も揃って歓喜の声を張り上げる。

 

一度は屈辱と共に船を失いながらも、解放戦線と共に新たな船を手にした海賊騎士団は再び大海原に向かって舵を取った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 心地良い風が吹くと共に仄かな潮の香りが鼻孔をくすぐる。

 

海上を船に乗って移動するなんて経験は今まで無かったので、五感を揺さぶる刺激の1つ1つがとても新鮮に感じる。

 

「結構な速さが出てるのに、思ったよりも揺れないのね」

 

僕の頭の上に場所を移したリンリンが周囲の景色を見渡しながら意外そうに呟く。

 

確かに、今海上を走っているこの船は体感だけでもかなりの速度が出ている。

 

10ノット以上は確実に出ているだろうし、下手したら20ノット……時速に換算すれば40キロ近く出ていることになる。

 

エルデの一般的なクルーズ船でも同程度の速度は出せるが、あっちはディーゼルやガスタービンを始めとしたエンジンを積んでいるのに対してこの船の動力は帆が受ける風力のみ。

 

それでこの速度を出しているのは、船に関して素人の僕でもスゴイと思う。

 

「多分、帆に受ける風を上手く捕まえてるから速度が出てるんだろうね。

 揺れの方は、多分ディランさんの腕じゃないかな」

 

チラリと舵を握り締めるディランさんを見ると、口元に笑みを浮かべたまま船首前方の海面を見詰め続けている。

 

その堂に入った様子と操船の技術から船長と言う肩書は伊達ではないのが分かる。

 

「言っていた通り快適な航海になってなによりね。

 そういえば……彼女、どうにか間に合ったのね」

 

ポンポンと肉球で叩かれた方向へ首を動かしてリンリンと一緒に視線をそちらへ向ける。

 

「あの、アイラ様……お加減の方は大丈夫なんですか?」

 

「心配してくれてありがとう、エルミナ。

 でも大丈夫、もう砂漠の時のような無様を晒すことは無いわ」

 

視線の先には甲板の端で話をしているアイラさんとエルミナの姿が有った。

 

ローランで合流して港に着いた時は他の幹部メンバー全員も驚愕で固まってしまった。

 

今まではベスティアの外気に晒されただけで倒れ伏した動けなかったアイラさんが、瘦せ我慢をしているわけでもなく平然とした様子で動き回っている。

 

ソレが意味するのは、3日前に話していたアルベリッヒの魔法の謎を解いたということ。

 

帝国の船が火山島に向かったという一報を受けて急ぎ足で他のメンバーを集めて港に向かったので僕も詳しいカラクリは聞いていない。

 

だが、何か行動を制限しているようには見えないし制御は安定しているようだ。

 

「大火力担当のアイラさんが戦力として復帰出来たのは有難いけど、火山島の方は今どうなってるのかな」

 

「ディラン達も島の中を探索したことは無いらしいから私達にとっては完全に未開の地ね。

 帝国もその点に関しては同じ筈だけど……」

 

「アッチは兵力が吐いて捨てる程有るからね。

 国家組織そのものは最低だけど、その点だけは毎度羨ましいと思うよ」

 

そう言って溜め息を零した僕の頭をリンリンは労うように猫形態の手で撫でてくれる。

 

ここ最近やっていた書類仕事のおかげで解放戦線という組織の全体図を見直すことが出来たのだが、様々な部隊で人手不足の問題が発生していた。

 

ルーンベールに続いてフォンティーナを奪還することに成功したが、その両国を守る為の解放戦線の戦力が明らかに足りていないという現状なのだ。

 

「ルーンベールやフォンティーナの兵を解放戦線の戦力に加えれば解決じゃないの?」

 

「残念だけど、あくまでゲリラ屋の僕等が正規兵を戦力として使うのは二国の面子を潰すことになりかねないから得策じゃないね」

 

「……分かっていても面倒ね、国って」

 

溜め息を吐くリンリンの言葉にホントにね、と短く返答する。

 

例えその国の王族が賛成したとしても、歴史有る立派な大国のルーンベールとフォンティーナがゲリラ屋の集まりである解放戦線の配下に加わるのは外聞がよろしくない。

 

アイラさんやラナさんはそんなこと言ってる場合じゃないから構わないと言ったが、それでもサクヤさんはダメだと首を振った。

 

 

『今直面している危機を乗り超えることは大事だけど、平和を取り戻した後の世界を生きる人達のことも同じくらい大事に考えなきゃいけない』

 

 

そう言われてしまえば、王族である2人は黙るしかなかった。

 

国の評価に傷が付けば国力は下がり、国力が下がれば一番苦しむのは無辜の民だ。

 

自国を愛する優しい心を持ったアイラさんとラナさんがそれを許せるわけはない。

 

だが、それで現状の問題が解決するわけではないので、解決策を考えなければならない。

 

(いっそのことベスティアを取り戻して三大国の同盟軍でも作ってくれないかなぁ……)

 

「お前らぁ!! 火山島が見えてきたぞぉ!!!」

 

完全に思いつきの案を心中で呟くと、ディランさんの大声が甲板に響いた。

 

リンリンを頭の上に乗せたまま船首の方へ足を運び、懐から取り出した望遠鏡を覗く。

 

まずレンズの中に見えたのは、石炭のように黒い岩山。

 

その中央には巨大な活火山が聳え立っており、所々から溶岩流が吹き出ている。

 

「アレが火山島か……」

 

「そう……ブレイバーンの棲むアグニル火山島よ」

 

長い道のりを経て、僕達はついに3つ目の試練の地へと辿り着いた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 予想していた通り、火山島には既に帝国の軍船が3隻到着していた。

 

既に部隊を火山島へ上陸させたようだが、まだかなりの戦力が船を守る為に残されている。

 

勝てないことはではないが楽には勝てない。

 

何とも曖昧なことだが、ソレが一番正しい戦力比だった。

 

帝国軍の退路を潰す為に今戦うか、それとも他の浜辺や海岸を探して上陸するか。

 

その2択の内どちらを選ぶかサクヤとフェンリル、そして船の操舵を担当するディランを加えて話し合った結果、別の上陸地を探すことに決定した。

 

敵の退路を潰すことは重要だが、本命であるブレイバーンの元へ辿り着く前に消耗するのは避けるべきだと判断したのだ。

 

幸い帝国は解放戦線の船に気付いておらず、上陸可能な砂浜はすぐに見付かった。

 

そこに船を上陸してからすぐ積み荷を降ろし、臨時の拠点を設営したレイジ達は火山島調査についての軍議を行うことにした。

 

「まず最初に確認しておくけど、ブレイバーンの元に辿り着くには今までと違って時間と手間が掛かることになる想うわ」

 

「え、何でですか? 龍那の話じゃブレイバーンは火山の火口付近にいるそうですけど……」

 

「それは間違い無いでしょうけど、ルーンベールやフォンティーナの時と違って今回は誰もこの島の地理に詳しくないわ。

 未開の地……しかも敵が徘徊してる火山を闇雲に動き回ったら冗談抜きで全滅よ」

 

首を傾げたレイジの質問にサクヤは重い口調で説明する。

 

当然のことだが、活火山が存在する場所というのは危険な場所だ。

 

噴火が起こった際の溶岩流は勿論、噴石や火砕流の他に火山灰や有毒ガス……目に見えるモノだけでもかなりの危険が存在する。

 

そんな場所を闇雲に歩いて帝国軍との遭遇戦にでもなれば無事では済まないだろう。

 

「一応言っておくが、船に積んである水と食料は保存の問題も有って1週間が限界だ。

 どれだけ滞在するか分からないとしても、飲み水と食料の確保は必須だぜ」

 

真っ先にディランが重要情報を報告し、現状でやるべきことを決めたサクヤとフェンリルが数秒の沈黙を挟んで指示を出した。

 

「ひとまず、メンバー全員を均等な戦力で3つの班に編成する。

 詳しい役割は後で説明するが、この3班でローテーションを組んで火山島の調査を進めることになるだろう」

 

「今までよりもさらに危険で困難な試練になると思うわ。

 だけど皆、今回も頑張って乗り越えましょう」

 

『はい!!!』

 

フェンリルとサクヤの言葉にその場にいた全員が迷い無く力強い声で頷く。

 

例え今までより困難な試練であろうとも、今さら迷いなど有りはしない。

 

自分達の進む道を心に刻んだ勇者たちは、焦土の大地を強く踏みしめた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回は火山島に到着したところで切りました。

最初に言っておくと、火山島の探索パートは長くやりません。さっさとブレイバーンの所までもっていきます。

アイラの問題改善については、多分次回やります。

では、また次回。

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