シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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既に10日以上経過しておりますが、明けましておめでとう。

相変わらずの更新速度ですが、今年もエタることなく頑張って行こうと思います。

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はVSアルベリッヒの続きです。

では、どうぞ。


第46話 破魔の覚醒

  Side Out

 

 収容施設から少し離れた廃墟の街並みに設置・隠蔽された解放戦線の拠点。

 

幾つか張られた大きなテントの中には、地図を広げた机を中心にして話し合うサクヤ、フェンリル、刃九朗の姿があった。

 

つい先程、単体での機動力が一番優れている刃九朗が戻り、アルベリッヒが率いる大部隊が収容施設に接近している情報と増援の要請を伝えた。

 

よって今話し合っているのは、この拠点に存在する戦力を何処に派遣するべきかということである。

 

確かにレオは増援を要請したが、それは馬鹿正直に全ての戦力を正面入り口から突撃させろという意味ではない。

 

前線で戦う者が増援を要請した。

 

ならば、そこから先をどうするべきか考えるのは指揮官であるサクヤとフェンリルの仕事である。

 

「敵の数はおよそ1個中隊規模。それ以上の増援は確認出来なかったが、恐らく既にアルベリッヒの部隊はレイジ達と戦闘を始めている」

 

「分かったわ。ありがとう、刃九朗」

 

「数の差が有っても、あの4人なら並みの兵士に遅れは取らないでしょう。それに、あの施設は構造上待ち伏せに向いています」

 

「あの3人なら上手くやるわ。レオもフォンティーナのエルフ達からも罠の作り方が上手いって褒められてたしね」

 

「となると、問題はやはり……」

 

沈黙する3人の脳裏に、同じ名前が同時に浮かび上がる。

 

妖魔将アルベリッヒ。

 

単純な軍事力ではヴァレリア最強と言えるベスティアを事実上崩壊させ、その領土の8割以上を奪って取り込んだダークエルフ。

 

戦果と言う視点で見ても恐ろしいが、この男の本当に恐ろしい所はスルトやスレイプニルと違い、前線に全く姿を見せずにベスティアを陥落させたことだ。

 

真に恐るべきは武勇よりもその戦略と狡猾さ。

 

現在のベスティアの勢力図がどうしようもなくソレを証明している。

 

ならば、今のサクヤ達が味方を救う為に取れる最もベストな選択は何か。

 

地図に写された周囲の地形と現状を形成しているあらゆる情報を思い浮かべながら、サクヤは自分の取るべき選択を心の中で手繰り寄せていく。

 

それが今も戦っている仲間の為になると信じて。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 突如室内を満たした白い光は一瞬の間を置いて周囲に拡散し、数秒で霧散した。

 

その中心には変わらず無傷で立つアルベリッヒの姿がある。杖を片手に口元を三日月に歪める姿は、変わらず余裕そのもの。

 

対して、アルベリッヒをあと一歩まで追い詰めたはずの3人は……揃って地面に膝を付いて苦悶に顔を歪ませていた。

 

「分からんな。何故こうまで上手くいくのか」

 

嘲笑を浮かべながら、アルベリッヒは心底おかしそうな声を上げる。

 

その視線の先には、ユキヒメを握る両腕の肘から先が丸ごと氷に覆われたレイジの姿があった。

 

無論、異常に襲われているのはレイジだけではない。リックは右半身が凍り付き、レオも右腕の肘の先が氷に覆われている。

 

その全てがアルベリッヒの魔法によるものである。凍結の規模に違いが有るのは、直前の回避を可能にした反応速度の差だろう。

 

「私の魔法が自分を中心に発動するモノばかりだということに疑問を持たなかったのか? 私にとって視界外の相手を凍らせることなど容易い」

 

そう。よく考えれば思い至ることだろう。

 

ドラゴニア帝国の将軍の地位に就く男が、遠距離・広範囲の魔法を使えないわけがない。その程度の力も無いなら、他の将軍にすぐさま喰い殺されている。

 

つまるところ、レイジ達はまんまとアルベリッヒの策略に乗せられてしまったのだ。

 

ワザと氷結魔法の規模を抑えて近接攻撃には弱いという思い込みを抱かせ、回避がほぼ不可能な距離まで誘導して3人を氷漬けにした。

 

持ち前の直感で全身を氷結されるのは避けられたが、ピンチには変わりない。

 

「クソッ! こんな氷なんて……!」

 

痛みと寒さを堪えながら立ち上がり、レイジはフォースを活性化させてユキヒメの刀身に炎を灯す。そのまま炎の熱はレイジの肌を焼くことなく体を駆け巡る。

 

だが、炎が両腕を覆う氷を溶かすより先に……

 

「ぐぅっ……がぁ!」

 

……体内から内臓を掻き乱すような痛みが襲い掛かる。

 

不調はそれだけでなく、熱病にうなされるように体がダルくなり、視界もぼやけ出して足にも上手く力が入らない。

 

どうにか視線を動かしてみると、リックも同じように氷を砕こうとフォースを高めたところで謎の不調に襲われ、苦しそうに膝を着いている。

 

「バカめ、ソレがただの氷だとでも思っていたのか」

 

膝を着くレイジとリックを見下ろしながらアルベリッヒが杖を突き付ける。

 

すると、体を覆う氷からドス黒い瘴気のような霧が浮かび上がった。

 

「私が本当に得意とするのは氷結魔法ではない。ソレを媒介にした呪術だ」

 

呪術。

 

エルデ……すなわち地球の日本出身であるレイジにとってもその言葉には覚えがある。

 

物理的な手段ではなく、精神的あるいは霊的な手段で対象に不幸や災厄を齎す術だ。

 

種類は転倒や腹下しなどの小さなものから高熱病や死に至る恐ろしいものも有る。

 

つまりそれが、今レイジ達の体を襲っている異変の正体。氷結魔法を通して、体が呪いに侵されているのだ。

 

そんな術がよりにもよってこの人格破綻者の得意分野とは、最悪にも程がある。

 

「苦しかろう。だがその程度はまだ序の口……呪いは徐々に強さを増し、氷結魔法の冷気と痛みが貴様等を勝手に弱らせていく。私の手を煩わせたのだ、簡単には殺さぬぞ?」

 

アルベリッヒが嗜虐的な笑みを浮かべると共に、呪いによる苦痛が再び襲い掛かる。

 

レイジは歯を食いしばって痛みを堪え、せめてもの抵抗としてアルベリッヒを睨み付ける。

 

しかしリックは、同じように呪術の痛みに襲われながらも左半身だけで体を起き上がらせてアルベリッヒの元へと歩を進めようとする。

 

その原動力は瞳の中に宿る強烈な殺意と憎悪だろう。怨敵を滅しようとする意志が呪いに侵されている肉体を動かしているのだ。

 

『ダメだよリック! そんな状態で動いたら……!』

 

「ほう……」

 

エアリィが悲痛な声を上げるが、リックはその言葉を意に介さず歩を進める。

 

その抵抗が逆に愉快なのか、アルベリッヒは左手を翳して眼前に20センチ程度の氷の砲弾を形成し、リックに目掛けて射ち出す。

 

「く、そっ……!」

 

苦痛に顔を歪めながらリックは左手に持つ盾を構え、腹部目掛けて飛んできた氷の砲弾をどうにか防御し、受け止めた。

 

しかし、右半身が凍り付いているせいでマトモな踏ん張りも効かず、気力だけで支えられていたリックの体は背中から地面に倒れ伏してしまった。

 

「ぐっ……!」

 

『リック!』

 

「無力だな……」

 

その姿を鼻で笑いながら、アルベリッヒは追撃もせずリックを見下ろす。

 

「その程度の力で帝国に抗おうなどと何故考えられた。此処の囚人共の方がまだ賢かったのではないか? 奴等は実に素直だったぞ。殺されたくないからと一切抵抗せず、その日連れていかれる者に自分が選ばれぬよう震えながら祈っていた」

 

思い出しながら心底愉快そうな声を上げ、アルベリッヒは天井を見上げながら笑う。

 

「てめぇ……!」

 

抑え切れぬ怒りを滲ませながらレイジはアルベリッヒを睨み付ける。

 

だが、アルベリッヒはつまらなそうな顔で呪いを強めるのではなく杖を高く振り上げた。

 

その杖がレイジの頭目掛けて振り下ろされる寸前で……

 

 

ガアァァァァン!!!!!!!

 

 

……突如部屋の中に盛大な破砕音が響き渡り、全員の視線を一角に集めた。

 

その先に見えたのは、腕を覆う氷を壁に叩き付けて砕いたレオの姿だった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 腕の氷が砕けたことを確認し、レオは立ち上がって手の具合を確かめる。

 

血流が元に戻ったせいか僅かに痺れるような痛みが走るが、どうやら普通に武器を振るう分には問題無さそうだ。

 

「貴様……何故動ける」

 

未だ地面に膝を着いて動けないレイジ達と違い、何事も無かったかのように起き上がったレオにアルベリッヒが警戒しながら問う。

 

対するレオは苦痛を感じるような気配を一切見せずに歩き出し、自由になった右手を静かにシナツヒコの柄に添える。

 

「知らないよ……試したことが無いから分からないけど、ひょっとしたら僕って呪いに耐性でも持ってるのかもしれないね」

 

その立ち姿、口調、表情を見て、アルベリッヒは冷静にレオを観察して理解する。

 

まず、レオは嘘を言っていない。

 

目の前の男は呪いによる痛みを感じていない。いや、そもそも最初から呪いの影響を受けていないようにすら思える。

 

同時に、本当にそんなことがあり得るのかとアルベリッヒの中で疑問が膨れ上がる。

 

確かに、先天的な体質として何らかの術に耐性を持った者も時には存在する。だが、術者として超一流のアルベリッヒの呪術を完璧に無効化するなど、もはや体質の域を超えている。

 

巫女のような存在ならばまだ分かるが、目の前の男は見る限り腕が立つだけのただの人間だ。

 

考えれば考える程に謎が深まっていく中、アルベリッヒの視線が1つ……レオの全身の中で1ヶ所だけ不審に思える部分を見付けた。

 

眼だ。深い赤色の眼が僅かにだが光を放っている。

 

(コイツ……普通の人間ではないのか? しかし、本人が自覚している様子は無い。だとすれば……少し試してみるか)

 

幾つかの可能性を考えながら、アルベリッヒは杖を構えてレオを警戒する。

 

「元から期待しちゃいなかったけど、今の話を聞いて改めて確信したよ」

 

腰を僅かに沈めて両足に力を溜めるレオの周囲にゆっくりと風が渦巻き、感覚が広げられていく。

 

アルベリッヒを見るレオの眼には、刃の如く研ぎ澄まされた殺意が有った。

 

 

「あなた達を殺すのに、理解や理由は不要みたいだ」

 

 

アルベリッヒの杖の先端が床を小突き、空中に形成された4本の氷槍の矛先がレオに向けられる。

 

呪いが効かなかった理由は不明だが、凍結魔法は効果が有ると分かっている。ならば全身氷漬けにするか串刺しにでもすれば良い。

 

「少々細身だが、中に流れる血の量は全部でどれほどかな」

 

「そのミイラみたいな体よりも多いと思うよ」

 

軽口を叩き合った直後、射出された氷槍がレオ目掛けて一斉に打ち出される。

 

対するレオは一歩も引かずに歩を進め、飛んできた氷槍を鞘に納めたままのシナツヒコを振るって砕き、すかさずシルヴァルスの発揮する速度を以て距離を詰める。

 

その速度によってレオの姿が掻き消えた瞬間、アルベリッヒは即座に戦術を攻撃から防御に転換。自身の眼前にレイジの衝撃波を防いだ時と同じような氷壁を展開する。

 

直後、その氷壁のおよそ中央部分に横一文字の線が走り、綺麗に断ち切られる。

 

シナツヒコの風を纏った刃の前では分厚い氷の壁など大した障害にはならず、その切れ味を目にしたアルベリッヒは少なからず驚愕する。

 

切断された氷壁の断面を通してアルベリッヒとレオの視線が一瞬交差するが、即座に視線が逸れて両者は動き出す。

 

切断された氷壁が突如として崩壊音を立てながら形が変わり、レオが立つ方向の壁から無数の鋭い棘が飛び出してくる。

 

その攻撃の気配を察知していたレオは氷の棘が飛び出すよりも早くその場から飛び退いて攻撃の射程範囲から逃れ、風を纏った高速移動によって姿を掻き消す。

 

アルベリッヒはその移動先を目で追えず、姿が消えたレオは移動先……天井を蹴り抜いて真っ直ぐアルベリッヒの元へと落ちていく。

 

蹴り抜いた天井が砕ける音を聴いてアルベリッヒの視線が頭上を向くが、ソレが追いつくよりも先に落下の力を加えた唐竹の斬撃が背中に打ち込まれる。

 

だが……

 

(浅い……いや、軽い)

 

……刃を通してレオが感じたのは肉を斬るよりも軽い手応え。

 

見ると、斬撃の軌道が辿った中空に氷の塊が出現しており、表面には1本の筋が走っている。

 

「惜しかったな」

 

声が聞こえた同時に、レオは即座にその場から飛び退いた。

 

次の瞬間、レオの立っていた空間が白色の爆発を起こして氷塊が形成される。

 

それも一度だけではない。高速移動を続けるレオを追い回すように何度も室内で白色の爆発が起こり、氷塊が形成されては地面に転がる。

 

レオの足とアルベリッヒの魔法による追いかけっこが10秒ほど続くが、意を決したようにレオは霜が所々に付着したロングコートを翻して反撃に出る。

 

足に力を溜めて地面に転がる氷塊の破片をサッカーボールのように蹴り飛ばし、蹴った場所から吹き荒れた風が氷の破片をアルベリッヒの顔面目掛けて真っ直ぐ飛ばす。

 

顔と同じ大きさの破片が迫るが、ソレは地面から飛び出した氷壁に衝突して阻まれる。

 

しかし、破片を防ぐために展開した氷壁によってアルベリッヒの視界が一時的にレオを見失う。その瞬間を逃がさず、風を纏ったレオの肉体が再び掻き消えるように加速する。

 

瞬間移動にすら思える速度で背後を取ったレオは首を跳ねるようにシナツヒコを抜刀するが、その寸前でアルベリッヒを囲むように地面から巨大な氷の棘が飛び出す。

 

攻撃を放とうとしたレオの姿をアルベリッヒは認識出来ていない。だが、全方位に放たれた攻撃に対してレオは距離を取るしかなく、後方へと飛び退く。

 

だが、ただ距離を取るだけではない。

 

レオがシナツヒコを鞘に納め、握り締める左手を通して風が集まる。

 

対するアルベリッヒはレオの姿を捉えると共に精神を集中させ、杖を頭上に掲げる。

 

「無影斬花!」

 

「ヘルフリーズ!」

 

発動のタイミングはほぼ同時。レオの抜刀と共に爆散したカマイタチの刃による暴風とアルベリッヒの杖から放たれた瘴気を孕んだ冷気の嵐が激突する。

 

オークの群れを一瞬でミンチに斬り刻んだ斬風を押し止めるように吹雪が激突し、相殺の爆発と共に広がった風が部屋の中の気温を急激に下降させていく。

 

その中でレオとアルベリッヒは無言で睨み合い、幾ばくかの静寂を挟んで再び激突した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 (なんてザマだ……!)

 

体の外側を氷の冷気に、内側を熱病のような呪いに侵されながらレイジは心中で毒づく。

 

ぐらつく視界の先では緑色のロングコートを翻しながら刀を振るうレオがアルベリッヒの氷結魔法を凄まじい速度で避けながら戦っている。

 

氷槍の弾幕を潜り抜け、地面から飛び出す氷の柱を斬り刻み、様々な方向から斬撃を叩き込んでアルベリッヒの防御を崩そうとしている。

 

だが、アルベリッヒも守りに徹しているだけではない。

 

氷槍の弾幕を横だけでなく天井から雨のように降らせたり、回避された氷の柱を内部から炸裂されて鋭い氷の破片をばら撒いたりと術の制圧力を上げていく。

 

気が付けば両者は膠着状態になってしまっているが、現状で不利なのはレオだということをレイジは理解している。

 

アルベリッヒに勘付かれてはいないようだが、シルヴァルスは本来消耗が激しく短期決戦を前提にした形態なのだ。

 

フォンティーナの時から修練を続けたことで持続時間は伸びているが、未だに10分の使用が限界である。

 

既にアルベリッヒとの交戦を開始してからおよそ7分。表情に出してはいないが、レオの疲労も決して軽くはないはずだ。

 

だというのに、仲間が1人で戦っている時に動けずただ見ているだけの自分の現状にレイジは激しい怒りを抱く。

 

何が勇者だ。何が伝説の霊刀の使い手だ。

 

これではあの頃と、クラントールが陥落した時と何も変わっていないではないか。

 

もうあんな思いはしたくないから。今度こそ守りたいと願ったから強くなると決めたのに。

 

『……ジ! ……レイジ! しっかりせんか馬鹿者!!』

 

気が消沈しかけていたレイジを叱責した声は、彼の握る大太刀から聞こえてきた。

 

「ユキヒメ……」

 

今までずっと戦場を共にしてきた相棒が、レイジの心をギリギリの所で引き戻した。

 

だが、それでもレイジの心から暗い感情は消えない。普段から自分への小言が絶えない彼女のことだ。この無様さを見て、ユキヒメもきっと失望しているに違いない。

 

『聞け、レイジ! 己の失態を悔いるのは後だ! 今は戦っている仲間を救うことを考えろ!』

 

「分かってる!……だけど、体が……」

 

憎らし気に視線を落とすと、両腕を丸ごと飲み込む氷の塊が見える。

 

ただの氷ならばすぐさま蒸発させられる。だが、氷に付与された呪術が染み渡っているせいで体に力が入らず、時間と共に苦痛が増していく。

 

『良いかレイジ、私の言葉をよく聞くのだ。このままではすぐにレオも限界を迎えて全員死ぬ。それを覆せるのはお前しかいない』

 

「だけど、どうやって……」

 

『まず心を静めろ。呪術の痛みを意に介さず、凪のように落ち着けるのだ。大丈夫だ、お前なら出来る』

 

お前なら出来る。

 

思ってもみなかった言葉を聞き、一瞬呆然としてから不謹慎ながらも嬉しくなる。

 

まだ、この相棒は自分を信じてくれている。

 

ならば、未熟でもそれに応えるのが自分なりの誠意というものだろう

 

ユキヒメの言葉を聞き、自身の心にそう言い聞かせながらレイジは瞳を閉じて深呼吸を行う。体内から呪いによる苦痛が襲い掛かるが、眉一つ動かさず精神を集中させる。

 

少しずつ意識が沈み、やがて呪いの痛みも認識外へと追い出されて気にならなくなる。

 

もはやレイジの意識が感じられるのは両腕に握るユキヒメの感触のみである。

 

『そうだ……そのまま意識を私の中に向けろ。使い手であるお前ならば可能なはずだ』

 

頭ではなく意識の中に声が響き、レイジは声を返さずさらに意識を沈める。

 

具体的なやり方など全く分からない。だが、レイジは一分の不安も疑問も抱かずに意識を深く沈めていく。

 

すると、暗闇に包まれたレイジの視界の中で淡い青色の光が見えた。

 

不浄を焼き尽くす炎のような力強さと行き先を失った迷い子を導くような優しさを感じさせる不思議な雰囲気を纏った光だ。

 

それが、今己の両腕に握られているユキヒメの心……魂のようなものだとレイジはすぐに理解することが出来た。

 

戦場で何度も自分を守ってくれた青い光にレイジは微笑を浮かべ、ゆっくりと手を伸ばす。

 

その指先が青い光に触れた瞬間、暗闇に包まれた世界の中に光が弾けた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 どうしたものか、と僕はシナツヒコを鞘に納めて思案する。

 

攻めと回避を繰り返すような膠着状態となった瞬間から、自分が追い詰められている側になったことを理解していた。

 

アルベリッヒも魔法を連発させてはいるが、僕には時間制限が有って既に限界も近い。残された時間はおよそ2分程だろう。

 

ならばその前に相手を倒せば良い、と言いたいが、それですぐに倒せるような相手ならギリギリになるまで戦闘が続いているわけがない。

 

だが、このまま時間切れを迎えて皆殺しにされるつもりもない。

 

ならば……

 

(正直不安だけど……『神速』を使うか……)

 

……勝負に出なければなるまい、と僕はシナツヒコの柄に手を添える。

 

僕の切り札とも言える『神速』。この戦いで今までソレを使っていないのには当然理由がある。

 

ただでさえ制御が難しい風属性のフォースを操るのに加えて、数秒間だけでも極限の集中力を必要する『神速』は負担が大き過ぎるのだ。

 

故に実戦で使うのは難しいと判断したのだが、この状況ではそうも言っていられない。

 

だが、覚悟を決めて踏み込もうとした瞬間……室内に強い光が放たれた。

 

不意打ちに近い形で発生した一瞬の閃光に驚き、僕とアルベリッヒは自然と動きを止めて光の発生源に視線を向けた。

 

そこには、両腕を覆っていた氷塊を蒸発させながらゆっくりと立ち上がるレイジの姿があった。

 

呪術の痛みを耐えて強引に氷結魔法を解除したのかと思ったが、その表情に苦痛を耐えているような気配は微塵も無い。

 

レイジはそのまま自然と歩き出し、少し離れた場所で氷結魔法に苦しむリックの傍に立って左手を肩に置いた。

 

すると、大太刀の刀身から青色の光が溢れ出してレイジの全身を包み込み、左腕を通してリックへと行き渡る。

 

その光に包まれるとリックの右半身を覆っていた氷が蒸発を始め、氷から漂っていた呪いの瘴気が一瞬で消滅した。

 

アルベリッヒの術が一瞬で無力化されたことにリックは驚愕しながら立ち上がろうとするが、長い間右半身を魔法で凍らされていたせいで上手く立ち上がれない。

 

「レオ、リックを頼む」

 

察したレイジの言葉に、僕は数秒だけ考えてから無言で頷き、シルヴァルスを解除してリックに肩を貸した。

 

「貴様……何をした?」

 

今の今までどうにも出来なかった呪いを一瞬で解除して見せたレイジの技に、黙っていたアルベリッヒは驚愕と疑問を混ぜたような口調で問う。

 

『何を驚く妖魔将。仮にもダークドラゴンに忠を尽くす者ならば、私がどのような存在かは知っていよう』

 

だが、その問いに答えたのはレイジではなく、その手に握られながら光を放つ大太刀……ユキヒメさんだった。

 

その言葉の通り、アルベリッヒは青い光を放つユキヒメさんを数秒見てから忌々しいと言うように仮面越しで露骨に顔を歪めた。

 

「なるほど……ソレがかつてダークドラゴン様を封印した『シャイニング・ブレイド』か。解放戦線に身を寄せたのは知っていたが…… 無能司祭(バルドル)め、クラントールで仕留めていれば此処まで厄介になることも無かったろうに」

 

先程まで嘲笑を浮かべて見下していたレイジを、アルベリッヒは一切誤魔化すことなく厄介だと口にした。

 

確かに、味方の僕とリックから見ても、今のレイジは先程までと何処か雰囲気が違う。放たれる威圧感が力の増大を無言で示している。

 

変化の詳細も理由も分からないが、レイジが強くなったことは間違いない。

 

それは良いことに違いないはずだ。

 

だというのに何故か……

 

(アレ? どうして僕……)

 

……僕の手は、まるでレイジを包む光を恐れるように震えていた。

 

まるで、()()()()()()()()()()……理屈では考えられない本能的な恐怖が僕の体を襲っていた。

 

「凍てつけ」

 

自分の身に起きた異変に戸惑う中、アルベリッヒの言葉で意識が現実に引き戻される。

 

アルベリッヒが杖を振るい、眼前に現れた魔法陣から先程よりも小規模だがドス黒い瘴気を孕ませた吹雪が放たれる。

 

受け止めるように前に出たレイジが大太刀を強く握ると青色の光が刀身を包み込み、唐竹に一閃すると共に衝撃波となって吹雪を完全に相殺した。

 

だが、そこから拡散する呪術の影響をレイジは微塵も受けていない。

 

平然と佇むその姿を目に映し、アルベリッヒは冷静に敵を分析する。

 

「闇……いや、魔を祓う退魔の力か。聖剣にも似たような力を持つ物は存在するが、貴様のソレは格が違うな。耐性どころか無力化の領域だな」

 

『然り。これが封印の解放とレイジの成長により発現した『破魔の加護』だ』

 

『霊刀・雪姫』とはただ超一流の業物というわけはでなく、その内部に上位精霊の化身を宿したエンディアスでも最上位に位置する退魔刀である。

 

この時の僕には知り得なかったことだが、レイジはユキヒメさんの心に触れたことでその武器の使い手としての『格』を引き上げた。

 

それにより、ユキヒメはさんは本来持つ魔を祓う力をさらに強く発揮出来るようになり、その力を精霊の加護と同様にレイジに纏わせたのだ。

 

今のレイジは妖魔や悪霊はもちろんのこと、呪術などを含んだ魔的なモノに対して絶対的なアドバンテージを得たに等しい。

 

そして、もはやこの戦闘においてアルベリッヒの優位は失われ、戦況は不利に傾いた。

 

呪術が効かないとなれば、残るは単純な魔法の出力勝負。解放戦線の中でもトップクラスの火力を発揮する上に余力を充分に残しているレイジが相手では、かなり分が悪い。

 

その事実を冷静に理解しているアルベリッヒは再び杖を振るい、今度は自分の足元に魔法陣を展開する。

 

すると、その魔法陣から巨大な氷の棘が飛び出し……室内に設置された天井まで伸びる柱を全て貫いて粉砕した。

 

それを見た僕達は内心で首を傾げるが、すぐにその行為の意味を理解した。

 

足元が、いや視界に映る室内の全てが凄まじい勢いでグラグラと揺れ出したのだ。

 

「お前、まさか……!」

 

「建物の支柱を全て崩した。元々不要になれば破壊する予定の施設だったが、お前達を生き埋めに出来るのならば儲けものだ」

 

涼し気にそう言ったアルベリッヒが杖で地面を突き、先程とは別の魔法陣が現れて沈み込むように体が消えていく。

 

フォンティーナで同じような現象を見た僕はそれが転移魔法によるものだと理解出来た。

 

同様に、アルベリッヒの逃げようとする雰囲気を察したリックは肩を支えていた僕を突き飛ばすように押し退けて走り出す。

 

「待て! 逃げるな、アルベリッヒィィ!!!!」

 

フラフラの足取りで必死に体を前に進めるが、リックの剣は絶望的なまでに届かない。

 

碧色の剣は何も無い虚空を裂き、魔法陣の消えた地面に突き刺さる。

 

「クソ…………クソォォォォォ!!!!!!」

 

肩を震わせながら、天井を見上げながらリックは絶叫を発する。

 

怨敵を前にして何も出来ず、むざむざ取り逃がした無力感とやり場の無い怒りがこみ上げる。

 

その背中を見たレイジの目には、ルーンベールの時の自分もこうだったのだろうかと言うような共感が籠っていた。

 

だからこそ、今の自分がリックに対して何をすべきなのかをレイジはすぐに理解する。

 

「リック、悔しいのは分かるが今は切り替えろ。此処で生き埋めにされたら次の機会も無くなくなるぞ」

 

「……分かってる!」

 

どうしようもない苛立ちを必死で抑えるように怒鳴り声を返し、リックは踵を返して地下室の奥へと進んでいく。

 

ひとまず気持ちを切り替えることが出来たのを確認した僕とレイジは無言で一度頷き、リックの後を追って走り出した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はアルベリッヒの厄介さの紹介とレイジのちょっとした覚醒回でした。リックの無双や死闘を期待していた方はごめんなさい。

原作のゲームにはありませんでしたが、ハイテンションモードとは別の能力になります。

簡単に纏めれば呪いや毒などの殆どのデバフを無効化、さらには魔物・妖怪・悪魔等と言った魔的な存在に対して常に特攻が付くような感じです。

ひとまず戦闘は終了しましたが、不利だと判断してトンズラこいたアルベリッヒのせいで建物が崩壊中です。

此処も原作とは違いますが、あのダークエルフなら施設奪われるよりはぶっ壊すだろうということでお願いします。

次回は多分脱出パートです。

では、また次回。

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