半年空けての更新ってどういうことなのか……仕事忙しいんよぉ~。
では、どうぞ。
Side Out
ベスティア領内に建てられている収容所。
レイジ達が内部に潜入してから数十分が経過した頃、一個中隊規模の兵士が収容所を囲むように砂漠の上を歩いていた。
その黒塗りの鎧を纏ったドラゴニア帝国の兵士達の中に、1人だけ異様な存在感を放つ者がいた。
艶を失くした長い銀髪と死人にさえ見える程に病的なまでに白い肌。何より、顔の目元を隠す仮面が不気味さを後押ししている。
魔法使いが使用する杖を片手に細身のダークエルフ、ドラゴニア帝国四魔将の1人である妖魔将アルベリッヒは口元を歪めながら収容所を見詰めている。
そこへ1人の兵士が駆け寄り、片膝を着いて報告を述べる。
「報告します。施設周辺の確認致しましたが、配置していた見張りは全員死亡しておりました。外より声を飛ばしましたが内部からは何の反応も無く……恐らくは……」
「内部もやられたか。砂漠に足跡が殆ど残っていないのを見ると、敵はかなり少数……ルーンベールとフォンティーナを奪還した解放戦線とやらか」
「いかがなさいますか」
「どうするも何も有るまい。捕まえた者達を逃がすわけにはいかん。奴等にはまだまだ苦しんでもらわねばならんのだ。兵を突入させろ」
下された命令に了解の意を返し、兵士は周辺を囲む部隊に指示を出した。
それに従って兵士達は正門の前に横1列10人の隊形を5つ作りって計50人が突入準備を整えた。
残りの半数はアルベリッヒの傍に控え、第2陣として待機している。
「突撃ィィ!!!!!」
『オオオオォォ!!!!!』
そして、突入命令と共についに第1陣が雄叫びを上げて正門へ突撃する。
豊富な兵力を利用した物量作戦。
単純だが、ドラゴニア帝国の兵力を駆使した場合の脅威は凄まじいものとなる。
盾と共に槍や剣を構える兵士が一斉に門へと激突し、ゴォン!! と重い金属音を鳴らしながら正門が開け放たれる。
その直後、正門周辺に巨大な爆炎が吹き荒れた。
一瞬にして正門が炎に包まれ、兵士達はその大火力に為す術も無く飲み込まれた。
50人近い兵士を焼き殺した炎は勢いを殺さず、そのまま後方に控えたアルベリッヒ達をも飲み込まんと迫る。
近付いてくる炎から逃れようと何人かの兵士が悲鳴を上げながら走り出すが、津波のような勢いで迫る炎からはとても逃げられない。
だが、先頭に立つアルベリッヒは迫る炎を目にしても全く動揺せず、ただ静かに右手に持つ杖の石突きで足元の砂地を小突いた。
すると、アルベリッヒの立つ位置を中心に周辺の気温が一瞬で低下し、短い地鳴りが響き渡る。
直後、熱を帯びた砂地を突き破って巨大な氷壁が出現した。
直径5メートル近い氷の壁と炎が激突し、その間に立ち込めた水蒸気が周囲に霧散する。
だが、起こったのはそれだけで炎の熱は氷壁に完全に相殺され、静かに力を失った。
それにつられて氷壁が崩れ去ると、その先に見えた景色に兵士達は息を呑んだ。
突然炎が発生した正門の周辺は膨大な熱量によって真っ黒な焦げ目が付着し、地面には鎧と体が炭化を起こすまで燃え尽きた兵士の死体が転がっている。
「あ、アルベリッヒ様……これは……」
「魔力を感じなかったということは少なくとも魔法ではないな。となれば、トラップの類か。てっきり正義の味方を絵に描いたようなお人好しの集まりかと思ったが、中々どうして……」
面白い、とアルベリッヒは心の中で呟きながら不気味な笑みを強める。
だが、周囲の兵士達は半数近い味方が一瞬でやられた恐怖に怯えている。
まるで自分達が今までやってきた行いを見せつけられているようで、砂漠の熱さによるものとは違う汗が流れ始める。
「何をしている? さっさと進軍を再開しろ。時間を掛けるな」
「し、しかしアルベリッヒ様、内部にもまだトラップがある可能性が……」
言っていることは正論だが、尻込みする兵士の顔には明らかな恐怖が浮かんでいる。
しかし、その恐怖を理解しているアルベリッヒは口調を一切変えず……
「それがどうした」
……一言、それだけを口にして後ろへと歩を進めた。
「……は?」
「罠が有るから何だというのだ。幾ら死のうと構わん。貴様等はただ進めば良い」
淡々と、空の天気模様を教えるように口にした命令に兵士達は絶句する。
捨て駒のように死んでこいと、アルベリッヒはつまりそう命じたのだ。
その時になって、兵士達は目の前のダークエルフの心中は僅かに理解する。
味方への被害を考えない、などの次元ではない。
この男は、自分達を
ただ道中に仕掛けられている罠を取り除く為の道具にしか見えていないのだ。
「理解したか愚図共。ならばさっさと行け。それとも……この場で私に殺されるか?」
そう言った直後、周囲の気温が急速に低下すると共に兵士達の足元に冷気が漂う。
本能で理解出来る。もし逃げようとすればこの男は本気でやる。
「……総員……突入、準備……っ!」
もはや兵士達に、選択肢は存在していなかった。
* * * * * * * * * * * * *
Side レオ
「……動き出したか」
呟きながら、僕は収容所の地下で床に当てていた耳を放す。
この世界には監視カメラなんてものは無いので、『心』の感覚強化を利用して建物に走る振動と音を頼りに帝国兵士の動きを察知していたのだ。
結果、敵は正門の仕掛けに引っ掛かった後に数分で進撃を再開。
現在は上層から下層を目指し、最終的にはこの地下を目指すつもりだろう。
(正門の爆破トラップから立ち直りが速過ぎる気がするけど、現状は概ね予定通り。援軍の到着まで持ち堪えれるなんて最初から思ってない。重要なのは、地下に敵が来るまでどれだけ敵の数を減らせるか……)
「今の揺れって、最初のトラップか?」
天上から僅かに降り注ぐ埃を払いながらレイジが尋ねる。
その隣に立つリックはただ黙って天井を睨み付けている。
「そう。地下の倉庫に大量に有ったアレを使ったトラップだよ」
懐から取り出した煙草に火を点けながら答えた僕の視線の先に有ったのは、樽の中に積み込まれた大量の細かい炭だった。
恐らく明かりに利用するために地下に溜めておいたんだろう。
そんな僕の言葉に、天井を睨み付けていたリックが少し不思議そうな顔で僕を見た。
「気になったんだが……あの大量の炭を細かく砕いて袋に詰めただけでどうしてさっきのような大爆発が出来るんだ? 魔法は一切使ってないんだろう」
「そう。あのトラップはもっと単純な物理現象だよ」
そう言いながら僕は炭の山に右手を向けて風のフォースを使い、少量の炭を風で作った球体に浮かせる。
当然細かく砕かれた炭は霧のように漂っている。そこへ左手に持ったライターの火を点けて近付けると……
ボオォッ!!!
……一瞬の内に大きな音を立てて炭が燃え盛り、風の球体が炎に包まれた。
その光景にリックが目を見開き、僕は炎の熱が僅かに残る右手を振りながら紫煙を吐き出す。
「粉塵爆発って言ってね。加熱性の粉塵……埃ゴミとか小麦粉でも起きるんだけど、そういうものが大気中に浮遊している状態で炎が引火すると今みたいな現象が起きるんだよ」
正門に仕掛けたトラップはこの現象を利用したものだ。
仕掛け自体は別段難しいことはやっていない。
粉々に細かく砕いた炭を皮袋に詰め込んで正門の扉が開けると中身が天井から降り注ぐようにセットし、一緒に落ちてきた照明用のランプが油をぶちまけておいた床に激突。
油に引火した炎が周囲に浮遊する炭を起爆剤にして大爆発を起こしたというわけだ。
ちなみに、そこまで多くはなかったが油もこの収容所に置かれていた。恐らくこっちも地下の明かりに使う為だろう。
他にも、地下に辿り着くまでの道のりに幾つかの罠を仕掛けておいた。
と言っても、一番破壊力が有って手間を掛けた正門のトラップと違って他のものはかなり地味なものだ。
勿論、フォンティーナのエルフ族直伝のトラップなので殺傷力はバッチリである。
ワイヤーを使ったトラップって意外にもそこら辺のモノを使って作れるものなんだなぁ、と習った時は驚いたものだ。まあ、その威力に同じくらいの恐怖も覚えたのだが。
他に設置したのは、頭上から余った炭を砕かずに詰め込んだ皮袋が落ちてくる罠、登り坂から大量の空樽が転がってくる罠などである。
「ともかく、敵は動き出した。味方の被害を考えずに進んだとしても地下に辿り着くまで10分は掛かる。段取り通りやろう」
僕の言葉に頷きを返し、レイジとリックもその手に武器を握って動き出した。
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Side Out
地下の収容施設まであと少しの場所。
地下に続く階段を下る兵士達の人数は、既に突入時の4分の1を下回っていた。
不意打ちで襲い掛かるトラップによって次々と味方が命を落とし、道を1つ曲がるごとに高まる警戒心が凄まじいストレスとなって心を削り取っていく。
だが、何よりも兵士達の心に負担を掛けているのは、自分達の背後から常に突き刺さる冷気の如き殺気。
それが敵によるものではなく味方であるはずの自分達の将軍から向けられているモノというのは、一体どういうことなのだろうか。
そして、ソレが脅しではなく本気のものだということも既に理解している。
故に、兵士達に残された選択肢は前進の1つしか存在しない。
そうして辿り着いた地下収容施設の入り口。試しに兵士の1人が扉を押してみるが、内側から補強されているのか動かない。
それを確認した兵士達は無言で視線を合わせて頷き、横一列に並んで盾を構える。
「前えェ!!」
声を合図にして兵士達が突っ込み、激突と共に木製の扉が軋みを上げて僅かに壊れる。
そのまま何度か突撃を繰り返し、数回の衝突で扉はもはや大破も同然の状態となった。
あと一度、あと一度で扉は完全に壊れる。
これでようやく、この地獄のような苦しみの時間から解放される。
「突撃ィ!!」
最後の突撃によってついに扉が砕け散り、ついに地下施設への道が開ける。
その直後、彼等の目に映ったのは、視界を埋め尽くすように迫る巨大な炎だった。
* * * * * * * * * * * * *
帝国の兵士達が一瞬で炎に飲み込まれ、爆発によって拡散した熱が空間を走る。
その熱を肌に感じながら、レイジは『零式刀技・飛焔』を放った大太刀を振り降ろした態勢から軽く息を吐いて立ち上がる。
視線の先には、未だ爆発の炎が燃え盛る入り口がある。
『直撃のようだが……仕留めたか?』
「いや、手応えが軽かった……」
ユキヒメの問いにレイジが冷静に答えてすぐ、変化は起こった。
爆炎によって室内に生じた熱が時を刻むごとに明らかに低下し、10秒経つ頃には今まで微塵も存在していなかった
そして、急速に勢いが弱まる炎の中から姿を現したのは、人間1人を覆う程の大きさをした氷の球体だった。
帝国の兵士が扉を開けてからレイジがフォースを放つまで、間違いなくあんなものは存在していなかった。
つまり、あの氷の球体はレイジの技が命中してからのほんの数秒間で作り上げたということになる。
「技量だけならアイラさんと同等かそれ以上かもね、アレ……」
己の武器をその手に携え、レオとリックが横に並ぶようにレイジの左右に立つ。
リックの口から呟かれる言葉は無いが、その瞳の中からは凄まじい怒りと殺意が感じ取れる。
そして追撃がもう来ないと判断したのか、展開されていた氷の球体が一瞬で霧散化して消滅し、その中からアルベリッヒが姿を現す。
仮面越しの視線がレイジ達を1人ずつ捉え、口元に笑みが浮かぶ。
「全滅か……大して期待していたわけではないが、道中の罠の身代わり程度には役に立ったと喜ぶべきか、私の手を煩わせる無能を嘆くべきか……」
直後、アルベリッヒの足元が凍り付くと共に氷で作られた無数の剣山が飛び出す。
「まあ良い……少々遊んでやろう。精々楽しませよ」
そう言うと、氷の剣山が波のように一直線に加速してレイジ達に迫る。
「っと……!」
不意打ちに近い形で放たれた初撃に軽い驚きの声を上げたレイジと共にレオとリックもその場から飛び退いて氷の剣山を避ける。
そこから素早く態勢を立て直して最初にアルベリッヒの元へ斬り込んだのは、やはりというかリックだった。
碧色の剣と盾を構えて真っ直ぐ距離を詰めるその後ろ姿は、何度も戦場で共に戦っているレイジとレオには明らかに違って見えた。
だが、それも無理はないことだろう。
自分の故郷と幼馴染を滅茶苦茶にした仇が単身で目の前にいるのだ。普段と同じように戦うことの方が難しい話だ。
しかし、それを許さんと再び氷の剣山が加速して迫る。
その速度を見て、ただ避けるだけでは埒が明かないと判断したリックは迫る氷の剣山を見詰めながら腰を沈め、自分に命中する直前のタイミングで横へと飛び退いた。
ギリギリまで引き寄せた氷の剣山はリックの真横を通過し、後方へと過ぎ去っていく。
この隙に距離を詰めようとリックは即座に足に力を入れて前へと走り出す。
だが、持ち上げられたリックの視線に映ったのは変わらず口元に不気味な笑みを浮かべたアルベリッヒとその周囲に浮遊する氷で作られた槍だった。
「なっ……!?」
原理は恐らくエールブランの氷の棘と同じ。大気の冷気を収束して槍のような形状にしたのだろう。
エールブランが作った1メートル近い氷の棘に比べて半分ほどの大きさだが、人間1人を殺すには充分過ぎる凶器である。
「そら、受ければ串刺しだぞ」
言うと共に浮遊していた氷槍がリック目掛けて発射される。
走り出した直後の態勢で回避が間に合わないと判断し、リックは左手の盾を前方に構えて氷の槍を防御する。
ガガガンッ!! という音と共にリックの体が盾を通して凄まじい衝撃に襲われる。
「ぐっ……!」
直撃こそしていないが、腕の骨が折れそうな程の衝撃と痛み、加えて咄嗟の防御だったこともあってリックは完全に態勢を崩してしまう。
そして、その隙をアルベリッヒが見逃すわけがない。
杖が床を小突き、飛び出した氷の剣山が一直線にリックへと迫る。
直撃すればリックの体は無残に斬り裂かれ、氷の冷気が自由を奪うだろう。
だが、今戦っているのはリック1人ではない。
「あらよっと……!」
態勢を崩したリックの背後から躍り出たレイジが間に割り込み、その手に握ったユキヒメを迫る氷の剣山に一閃する。
直後、放たれた衝撃波が氷の剣山を正面から“粉砕”し、直線状に立つアルベリッヒの元へと迫る。
「ほう……」
自分の魔法を正面から打ち砕いた威力に僅かな感心の声を漏らしながらアルベリッヒは即座に自分の正面に厚さ30センチ近い氷の壁を形成して衝撃波を完全に受け止める。
攻撃が失敗したことに態勢を整えたリックは舌打ちを零すが、隣に立つレイジは口元に僅かな笑みを浮かべていた。
何故ならレイジが放った攻撃の本当の狙いは、アルベリッヒの正面の視界を潰すことなのだから。
「任せた」
レイジがそう呟くと、今まで微塵も気配を感じさせなかったレオが素早く駆け抜け、二刀の小太刀を握り締めて氷壁に突っ込む。
『御神流奥義之肆・雷徹』
両手の小太刀の柄尻が叩き付けられ、二重に徹された衝撃が氷壁に亀裂を走らせて瞬く間に粉砕する。
砕かれた氷の先には仮面越しに僅かな驚きを表すアルベリッヒの姿があったが、その姿を視界に納めると同時にレオの研ぎ澄まされた感覚が自分の足元に集まる冷気を捉える。
「シルヴァルス」
短い呟きの直後、レオの足元から爆発にも似た勢いで噴き出した冷気が一瞬で凍結して氷の棺桶を形作る。
飲み込まれれば恐らく自分が氷のオブジェになったことを自覚すら出来ないまま絶命することだろうが、氷の棺桶の中にレオの姿は……無かった。
「なに?」
予想外の結果にアルベリッヒの口から疑問の声が漏れる。
だがその疑問は、背後で薄緑色のロングコートを靡かせながら鞘に納めた太刀を構えるレオによって強制的に中断される。
「っ……!」
仮面越しに目を見開くアルベリッヒの首元目掛けて鉄の鎧を紙屑のように両断するシナツヒコの刀身が振るわれる。
同時に……
「1人だけじゃねぇぞ」
「オレ達もいる」
……レオに注意が向いている隙に距離を詰めたレイジとリックの刃が三方向から囲むように振り降ろされる。
風、炎、光を纏った三振りの刃がアルベリッヒの首、背中、腹部に迫る。
どれか1つでも命中すればその痩せ細い体は瞬く間に鮮血に染め尽くされるだろう。
しかし絶体絶命の危機を前にしてアルベリッヒは……静かに口元を三日月に歪めた。
その次の瞬間、レオ達3人の視界が……白に埋め尽くされた。
ご覧いただきありがとうございます。
書き終わって最初から最後まで見直してふと思った……
もうコレどっちが悪役か分からんね。
まあ、レオ達の腸も煮えくり返っているんだと考えてください。
アルベリッヒの強さに関しては私なりに改造してみました。原作じゃ凍らせるだけですし。
戦闘はもうちょい続きます。
では、また次回。