シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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つっちーのこ様、スペル様、Life様、ランサー様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はレオVSスレイプニルの勝負のみです。

では、どうぞ。


第41話 刹那の決断

  Side Out

 

 互いに武器を握るだけで構えず、レオとスレイプニルは5メートルほどの距離を置いた状況で睨み合っていた。

 

いざ同時に動き出せば1歩か2歩で詰められそうな距離。武器を構えずとも、両者の目は不意打ちを許すさぬというように相手の動きを見ている。

 

「……なるほど、西門が開いたのは貴様の仕業か。しかし、いつ……いや、どうやって門の内部に侵入した? 秘密の抜け道でも使ったか」

 

「そんな都合の良いモノは無いよ。真実は至って単純、戦場全体の目がレイジに向けられている間に湖に飛び込んで、泳いで城壁に近付いた」

 

その発言に、スレイプニルは一瞬自分の耳を疑った。

 

エレンシアを天然の要塞と思わせている要素の1つ、それは周辺の巨大な湖だ。レオは今、その湖に飛び込んで首都を囲む城壁まで泳いだと言った。

 

確かに、スレイプニルの知る限りあの湖は危険なモンスターが出ることも、強い波が起こるようなこともない。

 

だが、湖というだけあって広さはもちろん、水の深さも相当なものだ。少なくとも沈んでしまえば、死体の回収は出来ない程には広くて深い。

 

帝国と解放戦線が南門で戦闘を開始した場所は橋の中間よりも奥ではあったが、大雑把に見積もっても城壁までは500メートル近い距離があった

 

泳げない距離ではないかもしれないが、戦闘に使う装備一式を担いでとなると凄まじい負担になるのは目に見えている。

 

しかし、そこまで考えてスレイプニルの頭の中に新たな疑問が浮かんだ。

 

「近付けたとして、どうやって城壁を登った。数人だが見張りもいた上に、あの高さだ。まさか木登りと同じ要領で上ったわけではなかろう」

 

「見張りはサポートとして一緒に来てくれたケルベロスさんが片付けた。他にも見張りはいたけど、エルフの人達が作ってくれたソレを使えば楽に仕留められたよ」

 

そう言ってレオが視線を向けた先には、絶命した兵士の脳天に突き刺さったダガーがあった。見た所、刀身による切断ではなく、矛先による刺突や貫通を重視した作りになっている。

 

エレンシア奪還の作戦を考えた当初はレオに弓矢を使ってもらう予定だったが、レオの弓の腕は伊吹の家の習い事で弓道を覚えた程度だ。

 

故に、熟考の末に考え付いた代替案としてエルフ達がレオの為に特注の暗器……近くにいた兵士を即死させたダガーを作り、狙撃の担当としてケルベロスを助手に付けることになった。

 

ちなみに、そのケルベロスは事前に考えた作戦通り、東門の内側から奇襲を仕掛けて外の解放戦線と合流しようと動いている。

 

「それと、城壁の方は自力で登ったよ。フリークライミングって言葉知ってる? ケンタウロスのあなたには分からないだろうけど、人間が道具を使わずに壁や岩を登る時は腕の力だけじゃなくて手足のバランス感覚や柔軟性も重要なんだよ」

 

「それだけであの城壁を登ったと……?」

 

「この場で嘘をついて何の得があるのさ。それに、あの城壁は帝国軍が首都を占領してからは碌な整備もされていないってエルフの議長さんから教えてもらった。おかげで垂直でも凹凸がたくさんあったから予想よりも楽に登れたよ」

 

道具を使用しない壁上り、フリークライミングにおいて手足を置くポイントは非常に重要となってくる。掴める場所、足を固定出来る場所を上手く確保しなければ即座に落ちてしまうからだ

 

だが、今のエレンシアの城壁はマトモな整備がされていないせいで壁面にはブロックの盛り上がりや凹みがあらゆる箇所に出ていた。

 

おかげでレオとケルベロスはポイントの確保には大して困らず、適度に手足を休めながら楽々と城壁を登ることが出来た。

 

そして、そこまで聞いたスレイプニルは数秒間言葉を失った。

 

つまり纏めると、レオはエレンシア周辺の湖を泳いで渡り、道具無しの自力で外壁を登って見張りを排除。そのまま西門の兵に奇襲を仕掛けて門を開けた。

 

その後はこの場に辿り着いて今に至るのだろうが、これは明らかに個人がこなす仕事量を逸脱している。鍛えているにしても、消費される体力は想像を絶する。

 

結局はこの戦闘が始まった時から、何もかもが解放戦線の掌の上だった。同時に、今この時も解放戦線の作戦に嵌められている。

 

レオがこの場でスレイプニルと対することで帝国軍の指揮系統を一時的にでも停止させ、東門への援軍を出せないようにするという作戦に。

 

そして、東門が陥落すればその後の展開は容易に想像できる。西門を陥落したエルフが首都内部から、東門を陥落した解放戦線が外部から北門の兵を挟み撃ちにするだろう。

 

スレイプニルがすぐにこの場から動けない以上、北門の兵に指示を飛ばすことは出来ない。加えて、レオの奇襲で伝令兵も兵士も全員息絶えている。

 

もはや、帝国の敗北は時間の問題と言っても過言ではない。

 

いつの間にか喉元に突き付けられていた見えない刃を自覚し、スレイプニルの心が精神的な重圧によって折れそうなる。

 

構えたランスの矛先が無意識の内に地面へ垂れ下がり、張り詰めていた戦意が徐々にだが目に見えて薄れていく。

 

だが、消えそうになったその闘気を……

 

「まだ……まだだぁぁぁ!!!」

 

……腹の底から響くような咆哮が繋ぎ止めた。

 

スレイプニルは荒く息を吐きながら右手に持つランスを地面に突き刺し、すぐ近くに倒れている兵士の死体からレオの投げたダガーを強引に抜き取った。

 

それを見たレオは攻撃を警戒して両手の小太刀を構えるが、スレイプニルはレオに視線を向けずに右手に握るダガーを思いっきり振り上げ……自分の左腕に突き刺した。

 

甲冑を着込んでいるので腕を貫通するほどではないが、ダガーを突き刺した場所からドクドクと流れ出した血が黒塗りの手甲を赤色に染め上げていく。

 

当然、傷口から激痛が走るが、スレイプニルはむしろソレを望むかのように再びダガーを突き刺し、手甲を自分の血でさらに広く塗り潰す。

 

レオがその光景を半ば呆然としながら見ていると、スレイプニルは深く息を吐いてダガーを引き抜き、放り投げてから再びレオと向かい合う。

 

すると、どういうわけか先程まで心が折れそうだったスレイプニルの様子が以前と同じ……いや、むしろレオの目にはそれ以上の闘志に満ちているように見えた。

 

「待たせたな……」

 

突き刺したランスを引き抜いて一振りするスレイプニルの姿を見て、レオの脳裏に1つ心当たりが浮かんだ。

 

(スウィッチングインバック……自傷による痛みをトリガーにしたのか)

 

自分なりの儀式を行うことで頭の中のスイッチを切り替え、闘志だけを引き出す精神回復法。そこに具体的な方法の指定は無いが、流石にこれはレオも驚いた。

 

某奇妙な冒険に登場する『柱の男』の1人ほどではないが、こんなやり方で精神を落ち着かせる奴が本当にいるとは思わなかった。

 

「確かに我等帝国は窮地に陥っている。だが、今この場で貴様を殺し、そのまま我が北門に向かえばまだ逆転の可能性は有る」

 

そう言いながら、スレイプニルは馬の下半身で地面を蹴って力を溜める。

 

それを見たレオも両手の小太刀を握り直し、深呼吸をしてから腰を沈めて全身に力を張り巡らせる。

 

「やってみなよ。その槍が、僕の心臓を貫けるならね」

 

再び睨み合う空気となるが、その中で先に動きを見せたのはレオだった。力を溜めた両脚が地面を蹴り、鋭い踏み込みで接近する。

 

右薙ぎに振るわれた麒麟がスレイプニルの胴に迫るが、それよりも早く間に割り込ませたランスに阻まれ、逆に力尽くで押し返される。

 

だが、レオは重心を崩さずに押し返された力を利用してそのまま体を左に回転。遠心力を加えた二度目の踏み込みで龍鱗を右に斬り上げて胸部を狙う。

 

防御が間に合わないと判断したスレイプニルは咄嗟に体を仰け反らせることで直撃を避けるが、甲冑の表面が斬り裂かれて一筋の傷が刻まれる。

 

「くっ……!」

 

「遅い」

 

スレイプニルが反撃しようとランスを引いて力を溜めるが、それよりも早くレオは麒麟を一振りすると共に両足で地面を蹴る。

 

飛び上がった空中で体と一緒に両腕を風車のように回転させ、右手に握った麒麟の刀身をスレイプニルの脳天に振り下ろす。

 

だが、スレイプニルの血に染め上がった手甲が斬撃を阻み、そのまま腕を振り抜いて押し返された。空中で身動きが取れないレオに狙いを定め、力を溜めたランスの突きが放たれる。

 

「ふっ……!」

 

しかし、レオは空中で龍鱗を振るって矛先を弾き、ランスはレオの左腕を僅かに掠めるだけで済んだ。そこからレオはスレイプニルの胸部……水月の辺りを狙って『徹』を込めた蹴りを打ち込んで反動で距離を取る。

 

鎧を素通りした蹴りの衝撃がスレイプニルの横隔膜を震わせ、一時的な呼吸困難を引き起こす。だが、スレイプニルは苦悶の表情を浮かべながらもランスの矛先をレオに向ける。

 

レオがその矛先を目にした瞬間に素早く右へ飛ぶと、立っていた場所に闇色の棘、デッドリードライブが突き刺って連続の小規模爆発が起こる。

 

レオは動きを止めずにステップ移動で棘の連射を避けながら、左手の龍鱗だけを鞘に納める。そして、最初の奇襲で仕留めた兵士の死体からダガーを引き抜き、手首のスナップを効かせてダガーを投げる。

 

短い風切り音を鳴らしたダガーはスレイプニルのランスに直撃し、甲高い音を鳴らして矛先を横へと大きく弾いた。

 

「ぬっ……!」

 

突然の衝撃にスレイプニルが驚くが、すぐにランスを構え直してデッドリードライブの照準を再びレオに向けようとする。

 

しかし、スレイプニルがランスを構え直すまでの間にレオは移動を止めて麒麟を構え、一瞬の溜めを置いて集中力を極限まで跳ね上げる。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止める。

 

その世界の中でレオは地面を踏み抜き、一直線に加速する。

 

 

『御神流奥義之参・射抜』

 

 

『神速』による接近から刺突が放たれ、ランスを構え直した瞬間にスレイプニルの左肩を麒麟の刀身が甲冑の防御力を殆ど無視して貫く。

 

苦悶と驚愕が同時に押し寄せるが、スレイプニルは痛みを訴えるよりも先に右手に握るランスをレオの頭上から振り下ろす。

 

だが、即座に『神速』を解いたレオは振り下ろされるランスに目を向けずに左手で龍鱗を抜刀して矛先を弾き、ランスの腹に刀身を押し当てて抑え付ける。

 

(なんだ……!? この男、何処か前とは違う……!)

 

左肩から走る激痛に耐えながら、スレイプニルは今戦っているレオの強さに何処か違和感を覚えた。既に戦闘を始めてそれなりに打ち合ったが、レオには大した怪我も無い。

 

間違い無く、今のレオは以前戦ったときよりも強い。だが、スレイプニルにはその強さの正体がまったく分からなかった。

 

攻撃が受け止められなくなるほど重くなったわけでも、姿を見失うほど速くなったわけでもない。それは確かだ。戦っていて断言出来る。

 

だが、ならば何が違うのか、と問われてもスレイプニルは具体的な答えを導き出すことが出来なかった。それでも、何処か違うと思えるのだ。

 

「おのれっ……!」

 

声を上げることで痛みを意識の外に追い出し、スレイプニルは左手を伸ばしてレオの右手を掴み、右腕の力をさらに強くして徐々に小太刀を押し返そうとする。

 

右腕を掴まれ、左腕は力比べをしている状態となってレオはその場から動けなくなる。だが、レオの表情に焦りや動揺の色は微塵も浮かんでいなかった。

 

自分の両腕を一瞥し、レオは短く息を吸ってから吐き出し、自分の体に流れる力を感じ取りながらソレを高めていく。

 

そして、深呼吸によって溜めた力を軽い脱力状態から一瞬で解放し、レオの両足が地面を力強く蹴り抜く。

 

両腕を固定された状態で素早いバック転を行い、サマーソルトでスレイプニルの顎を勢い良く蹴り抜いた。

 

鉄板を仕込んだブーツの蹴りを顎に叩き込まれ、流石のスレイプニルも激しい脳震盪に襲われて意識を飛びそうになる。気合でギリギリ意識を繋げるが、レオの動きを止めていた両腕の力が緩む。

 

「がはっ……!」

 

「よっと……」

 

両腕が自由になったレオは綺麗に着地し、間髪入れずに再び踏み込む。

 

当然スレイプニルは迎え撃とうとするが、未だ脳震盪で意識がぐらついているせいで意思に反して体が思うように動かない。

 

だが、レオは一切の容赦無く両手の小太刀を振り上げ、力強い踏み込みと共にスレイプニルの腹部に柄尻を叩き込んだ。

 

「砕けろ……!」

 

 

『御神流奥義之肆・雷徹』

 

 

衝撃。次の瞬間胸部に受けた衝撃が背後まで貫通し、スレイプニルの甲冑の背中部分が盛大な粉砕音を立てて砕け散ってケンタウロスの巨体を吹っ飛ばした。

 

壁に激突したスレイプニルは体内の空気と一緒に勢い良く血を吐き出す。雷徹によって体内に打ち込まれた衝撃が臓器を傷付けたのかもしれない。

 

そのまま倒れ伏すかと思われたが、スレイプニルは壁に手をつきながら体を起こそうとしている。その間、咳き込む度にその口元からは血が吐き出される。

 

動くどころか呼吸するだけでも激痛が走っているというのに、スレイプニルはマトモに焦点が定まっていない瞳でレオを睨み付けている。

 

それを見たレオは無言で小太刀を握り直し、真っ直ぐ走り出す。

 

スレイプニルも血反吐を吐きながら再び走り出し、歯を食い縛りながら構えたランスを真っ直ぐ突き出した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side レオ

 

 不思議な気分だった。

 

殺気と共に叩き付けられるランスを小太刀で弾きながら、僕は自分の心の中に今まで感じたことの無い感覚を覚えていた。

 

いや、よく考えればこの勝負が始まった時から、僕の心は今までとは違った感覚を感じ取っていた。その感覚が悪いモノではないと思ったから、大して気にならなかった。

 

だが、勝負が始まってからその変化は目に見えて分かるようになった。

 

別に、全身に凄まじい力を感じるわけじゃない。だが、何と言えば良いのか、頭の中が随分と落ち着いている。

 

今まで戦っている時は、暴れ回ろうとする呼吸の乱れを狂い無く整え、感覚の全てが僕に向けられた殺意を瞬時に察知して武器や肉体を動かしている。

 

言い方を変えれば、とにかく思考が加速して余裕が無い状態とも言える。

 

だけど、今は違う。張り巡らせられた意識が適度な状態で安定し。感じ取れる情報が……いや、周りの世界がハッキリと感じ取れる。

 

(よく見える……)

 

薙ぎ払うように振るわれるスレイプニルの左腕の裏拳をバックステップで避け、追撃で放たれた何十もの刺突を『虎乱』の連撃で弾き、ケンタウロスの巨体を生かした突進を左手だけの側転で逃れる。

 

着地してすぐに態勢を整えて後ろを見ると、30メートルほど離れた位置に立つスレイプニルもこちらへ振り返りながら息を荒げてランスを構えている。

 

さっき打ち込んだ『雷徹』の手応えからみて、全力で動ける時間はもう長くない。

 

何より、先程から突き刺さるようだった殺気がさらに強くなっている。スレイプニルも、このタイミングで決着を付けるつもりだ。

 

大きく深呼吸をして頭の中をもう一度クリアにする。そして、両手に握る小太刀を手元でクルクルと回して握り直す。

 

スレイプニルも深呼吸で痛みに乱れる意識を整え、ランスを天に掲げて高めたフォースの光を集めていく。どうやら、迎え撃つつもりのようだ。

 

恐らく、僕が『神速』を使うと確信しているのだろう。既にあの技を何度か見ているなら、下手に突っ込んで先手を打とうとしても逆にカウンターを受けるだけだと理解しているのだ。

 

ならば、僕が取るべき選択は…………正面から打ち破るのみだ。

 

「っ……!」

 

覚悟を決めると同時に地を蹴り、真っ直ぐ走り出す。

 

僕のその行動を見ても、スレイプニルの表情は一切の揺らぎを見せない。多分だが、僕がこうすることを予想していたのだろう。

 

それでも、足は止めない。ただ、お互いに取る選択が同じだっただけだ。

 

「受けろ!」

 

ランスの矛先が向けられ、放たれた闇色の棘が弾幕の壁を作るように迫る。

 

走る速度を緩めず、僕の目は闇色の棘の弾道を予測して捉える。その中で、僕の体を直撃するモノだけを割り出し、両手の小太刀で正面から斬り裂く。

 

斬り裂いたことで霧散した紫色の光を通り抜けると、その奥に見えたのは右手に握るランスを高く振り上げるスレイプニルの姿。

 

「砕け散るがいい……黒き波動よ!!」

 

声と共にスレイプニルが振り上げたランスを足元の大地に突き刺した。

 

直後、ランスを突き刺した地面が短い振動を起こし、まるで爆発したような速さで盛り上がる。念力の類なのか術の仕組みは分からないが、岩まで一緒に盛り上がった地面は岩塊ような形状で周囲に()()する。

 

それはまるで、指揮官の号令を今か今かと待つ弓兵のように見える。

 

そして次の瞬間、浮遊する無数の岩塊が空中から射ち出されたように僕へと迫る。それ等1つ1つの威力は、闇色の棘とは比較にならない。

 

このまま突っ込めば、僕の体は迫る無数の岩塊の直撃を受けて文字通り砕け散ることだろう。岩塊の大きさからして小太刀を使っても一太刀で両断するのは難しい。

 

 

なのに、僕の足は速度を緩めず真っ直ぐ走り続けている。

 

 

頭の中も落ち着いている。目の前の現状を冷静に受け止めている。

 

なのに、僕の心には一切の不安も焦りも起こりはしなかった。

 

この状況でどうすれば良いのか。僕の頭の中には、既にその答えが自然と導き出されていたからだ。当然、迷いも無い。

 

真っ直ぐ前へと駆け抜けながら、僕は力強い踏み込みと共に頭の中に撃鉄を下ろす。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止めた。

 

宙を舞う草木や石飛礫も、迫り来る無数の岩塊も、全てがスローモーションで流れているようにゆっくりと……時間に置き去りにされたように動いている。

 

その中で、色を失った僕の目は、そこに存在する確かな“道”を見付けた。

 

全身に重い空気が纏わり付くような感覚の中、両足で地を蹴って飛ぶ。

 

普段と大して変わりない高さを飛び、僕は()()()()()()()()

 

「……っと」

 

ソレを蹴ってさらに跳躍。その先にあった岩塊を三角跳びの要領で蹴り抜く。

 

大きさによって進める距離は違うが、似たような大きさの岩塊はまだたくさんある。体重が掛かり切る前に別の岩塊へ次々と移動し、その度に前へと進む。

 

「っ……!」

 

そして最後に、目の前に僕と同じ位の大きさの岩塊が立ちはだかる。

 

岩塊の大きさと『神速』の持続時間から考えて、回避は出来ない。ならば、やるべきことは1つしかない。

 

両手の小太刀を鞘に納め、足場の岩塊を強く蹴ると共に抜刀する。

 

 

『御神流奥義之陸・薙旋』

 

 

一の太刀で両断出来ないのなら、四の太刀を以って斬り裂く。空間を走った4連の斬撃は、スルトの鎧を斬り裂いた時と同等、またはそれ以上の手応えを感じさせた。

 

そして僕の両腕が振り抜かれ、岩塊が大きく割れた。

 

同時に、世界に色が戻り、全身に纏わり付いていた重い空気が無くなる。吹き荒れる突風が髪を靡かせ、思い出したような疲労感が体を襲う。

 

今の『神速』によって使用した時間は約4秒。

 

回数制限付きだが『神速』の安全ラインである2秒を倍近く超えたせいで、頭の中に突き刺さるような鋭い痛みが走る。

 

そして斬り裂いた岩塊の先に見えたのは、驚愕を露にしたスレイプニルの姿。

 

「バカ、なっ……!」

 

「辿り、着いたぞ……スレイプニル!」

 

斬り裂いた岩塊を最後の足場に、スレイプニルに向かって接近する。

 

スレイプニルもまた、驚愕を感じながらもランスを引き抜き、その矛先に黒いフォースの光と紫電を迸らせる。

 

「ハァァ!」

 

抜き打ちのように放たれた刺突が僕の体を貫こうと迫る。

 

しかし、光を放つランスの矛先はかろうじて僕の心臓から外れ、左肩を斬り裂くだけで済んだ。それを理解した僕は、痛みを感じるよりも速く着地と同時に動き出す。

 

再び前へと走り出し、手に握る小太刀を両方とも“逆手”に持ち替える。

 

 

そして、頭の中に響いた『神速』の撃鉄音と共に再び世界が停止する。

 

 

槍を握った右腕を突き出しているスレイプニルの懐へ入り込み、短い跳躍と共に体を右へと回転させる。

 

(以前の僕では、精々“もどき”が限界だった……だけど、今なら……!)

 

跳躍に続く回転と共に逆手に握った両手の小太刀が振るわれ、まず3つの斬線が空間を走り、斬り裂く。

 

「回転剣舞……」

 

だが、僕の攻撃はそこで止まらず、一瞬の回転と共に左右の小太刀を振るった“六連の斬撃”がスレイプニルの鎧を斬り裂く。

 

「……()()

 

そして、色を取り戻した世界が動き出す。

 

背中合わせのような状況の中、ほんの2、3秒だけ沈黙が落ちる。

 

その沈黙を破ることになったのは…………吐血と一緒に至る所から鮮血を噴き出し、崩れ落ちたスレイプニルだった。

 

 

その音と両手に残る手応えが……確かな勝敗を僕に教えてくれた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

とりあえず、2人の勝負は1話で決着しました。

というわけで、レオがスレイプニルの元へ辿り着く前の行動の詳細は、こんな感じでした。


レイジが派手に暴れて戦場の注目が集まる―→レオがケルベロスと一緒に湖に飛び込んで500メートル近く泳ぐ―→見張りを排除して外壁を装備無しでよじ登る―→首都内部を突っ走って西門の敵をエルフと協力して内側から始末する―→西門を開門して敵の本陣に殴り込む


……はい、オーバーワークってレベルを通り越してます。

いくらちょくちょく休憩を挟んでいるとはいえ、身体能力が他の奴よりもぶっ飛んでるレオでなければ無理です。

ちなみに、この内容を作戦会議で説明されたレオの目はハイライトの光が消えかけていました。

それと、やってやりました回転剣舞・六連。

流水の動きは出来ませんが、今のレオならば『神速』を使用すればこの技を再現できます。威力も負けてません。

では、また次回。


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