気が付けば3か月も間が空いているという失態。
今回は前回言ったようにエルフ達との話し合いに入っていきます。
では、どうぞ。
Side Out
エルフの議長から直々に命じられ、休む為の一日を充分に堪能した翌日。
解放戦線の主力メンバー全員は早朝からアルティナの召集に応え、会議室に集まっていた。
やがて全員が会議室に集まり、話し合いの中心となるアルティナ、ラナ、サクヤの3人が視線を集めて要件を告げた。
「この隠れ里に着いてから何度か帝国と戦闘を行い、皆も薄々気付いてると思うけど……」
「正直に言って、既に帝国の目は銀の森全体を掌握しつつあるわ。
まだ、の部分を強調するように、ラナがサクヤの言葉を引き継いだ。
解放戦線がこのエドラスに到着してから既に帝国の偵察部隊と何度か戦闘を行い、ついこの間は暗黒騎士団の総司令であるスレイプニルとまで戦った。
幸い全ての戦闘で勝利を収めてはいるが、この場にいる者達は今ラナが口にしたことを心の片隅で確かに懸念していた。
隠れ里から外に出て数十分もすれば敵に遭遇するような現状は、どれだけ前向きな思考をしていてもマズイと思うだろう。
ちゃんと確認したわけではないが、現状でこの隠れ里は見つかっていないだけで半ば包囲されているような状態に近い。
「このままじゃ、森も里も確実に滅んでしまう。だから、私と姉さんの2人でもう一度長老議会の皆と話してみようと思うの。悔しいけど、私達の力だけでは首都を取り返せない」
噛み締めるようなアルティナの言葉に会議室にいる何人かがピクリと反応し、目付きが少しばかり険しくなった。
そう。解放戦線は前回の戦いで、自分達が如何に不利な対局に立っているのかを充分その身に思い知った。
サクヤが言ったように、あの時は負けなかっただけだ。
複雑過ぎる土地と地形。それを容易く踏破する能力を持ったケンタウロスの精鋭部隊を相手に正面からぶつかれば、前回と状況が違っても確実に苦戦を強いられる。
加えて敵の主力が陣を構えているエルフの首都、エレンシアは銀の森の中でも守りに適した地形に位置しているらしく、ただ攻めるだけでは陥落は難しいそうだ。
そこで、辿り着く解決策がアルティナの言う話し合いなのだろう。
「……アルティナ、お前の決意に異論は無い。それで、オレ達はどうすりゃいいんだ?」
「見届けて欲しいの。最初は拒絶されたけど、あなた達の言葉や行動で変わったものがきっとあるって信じたいから」
そう言って微笑んだアルティナの言葉に、会議室にいる全員は不安無く無言で頷いた。
話し合いを終えて長老議会の会議場に向かう中、歩いていく彼等の中に迷いのある者は1人としていなかった。
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アルティナの突然の会談の申し出は、思った以上にすんなりと承認された。
大した時間を待たされることなく、解放戦線のメンバーは長老議会の会議場に通され、この地を訪れた時と同じような状況となった。
しかし、会議場に座すエルフ達の顔には濃い疲労が浮かんでおり、何処か活力を欠いている。
その中で唯一、皆の代表の立場にある議長だけは疲労を必死に押し隠し、普段通りに振る舞おうと努力している。
その疲れ果てたエルフ達の様子について、レイジ達は何も言わない。
避難民の受け入れなどで解放戦線のメンバーが必死に働いていたように、エルフ達も同じように働き詰めだったのだ。
しかも彼等は内政を担当する側。単純に肉体を動かすよりも凄まじい気苦労があるはずだ。
「……長老議会の皆様、突然の申し出に応じてくださったこと感謝します。率直に用件を申し上げます。フォンティーナのエルフ族とヴァレリア解放戦線の共同戦線の結成を承認していただきたいのです」
迷い無く口にしたアルティナの言葉に、エルフ達の反応は薄かった。
驚くわけでも、呆れるわけでも、ざわつきを立てるわけでもなく沈黙している。予想外の反応に、アルティナも流石に戸惑う。
だが、エルフ達の反応を待たず、今度はラナが進み出た。
「その椅子に座ることを許された者なら分かる筈よ。このまま隠れ里に籠って身を守ってるだけじゃ埒が明かないわ。近い内に此処も見付かる」
フォンティーナのエルフを束ねる長老議会。それに選ばれる程のメンバーが今の状況を正しく理解していないはずはない。
ラナから言わせれば、頭は固いけどちゃんと優秀、という感じらしいが。本人には聞かせられない評価である。
「……我等は過去の戦乱で地獄を見せられ、此度の戦乱でも多くのものを失った」
しばしの沈黙を挟み、議長がゆっくりと口を開いた。周りのエルフ達は相変わらず沈黙しているが、その様子はまるで自分達の言葉を議長に託したかのようだった。
恐らく、この中には議長以外にも過去の戦乱を体験したエルフがいるのだろう。何も言わなくとも、議長の言葉を聞いて全員の表情に影が差す。
「あのような悲劇を二度と味わいたくないと願って外界の者達を拒絶し、過去の伝統を信じて戦うことに一片の迷いも無かった」
そこまで言って、議長は額に手を当てて深いため息を吐いた。
「だが、いざ蓋を開ければこの体たらくだ。汚染された同胞を躊躇い無く処断しようとしながら、自分の孫娘の危機には決断の1つも出来なかった。伝統を重んじると言っておきながら、私はただ自分の答えを放棄していただけだ」
議長が椅子から立ち上がり、他のエルフ達も続いてその場で立ち上がる。
それを見たサクヤは微笑を浮かべてレオとレイジの背中を軽く押した。恐らく、前に出ろということなのだろうが、心当たりが無い2人は揃って首を傾げた。
だが、戸惑いながらも前に出た2人の前に、議長は歩み寄った。
そして……
「あなた方のおかげで、一生拭えぬ後悔をせずに済んだ。フォンティーナのエルフを代表する者として、1人の祖父として、心から感謝する」
……右手をレイジに、左手をレオに、ゆっくりと差し出した。
その行為に2人は一瞬ポカンとするが、すぐに意味を理解して議長の手を握った。
左右の手で2人の手を握りながら、議長は言葉を続ける。
「そして、過去に習うのではなく、我等の意思によって決めた答えを言おう」
議長の視線が僅かに動き、目の前のレオとレイジだけでなく、ラナとアルティナ、そしてサクヤを先頭にした解放戦線のメンバーを見る。
「力を貸してほしい。大切なものを守る為に、失われたものを取り戻す為に。我らフォンティナーのエルフも、その為に力を貸そう」
迷いの無い強い瞳で、議長はその言葉を口にした。
それを聞いて、最初に喜びの笑顔を浮かべたのは他ならぬラナとアルティナだった。
「やった!」
「ありがとうございます!」
ラナが両手を上げて喜び、アルティナが大きく頭を下げて感謝を伝える。
その対照的な反応にレオとレイジは苦笑するが、議長は静かな笑みを浮かべてラナたち姉妹を見ていた。
「では、早速首都奪還の軍議に移りたい。サクヤ隊長、フェンリル副隊長、それとラナとアルティナも。別室の方へ参りましょう」
壁際に立つエルフが扉を開き、議長に続いて数人のエルフ、サクヤ、フェンリル、ラナ、アルティナがそちらへ歩を進めた。
その途中、チラリと振り向いたラナが笑顔の後にレオにウインクを飛ばしていた。
当然、この中で周囲の視線や気配に一番敏感なレオはそれに気付いた。だが何故だろう。その笑顔にどうしようもない不安を覚えたのは。
この後、自分が感じた不安の正体を確かめなかったことをレオが心の底から後悔するのはまた別の話である。
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Side Out
「ふぅ~……これでようやく一段落ってところか?」
「というより、準備完了っていう方が近いかもね……この森一体の土地勘を知り尽くしたエルフの情報が入ったんだし、サクヤさんならすぐにエレンシア奪還の作戦を考えるよ」
会議場の外に出て、レイジは巨大な木の幹に体を寝かせて空を見上げながら息を吐いた。
傍に立つレオも、木製の手すりに背中を預けながら火を点けたタバコを咥え、首の骨を鳴らして虚空を見詰めている。
軍議が終わるまでの時間、解放戦線の他のメンバーは特にやることもないので、それぞれ会議場の外で時間を潰していた。
リックはアミルとエアリィの2人と話し、その一方では、ユキヒメ、アイラ、エルミナ、龍那、剛龍鬼が何かの話に華を咲かせ、別の場所ではケルベロスと話しているリンリンが楽しそうな声を上げている。
レオとしては無表情を貫き通すケルベロスを相手に楽しそうに話すリンリンの話題が気になったが、流石に移動する気にはなれず、黙って紫煙を吐き出す。
「……次の戦い、スレイプニルのヤツも出てくるよな?」
「ほぼ間違い無く、ね。帝国にも治癒術を使える術師くらいはいるはずだし、この前の戦闘での怪我も完治してると見るべきだろうね」
そもそもとして、暗黒騎士スレイプニルは一度『死んでいる』。故に幽騎士、故に外道。
そんな存在が相手となれば、人間のように怪我の治りに苦悩するのは少し想像し難い。
加えて、向こうは黒魔法や呪いなどといった外法のスペシャリストの集まり。方法などそれこそ腐るほど知っていることだろう。
「根拠は無いけど、アイツはお前とサシでやり合う気満々だぜ」
「僕もそんな気がするよ。流石にスルトみたいに進んで前線に出てくるとは思えないけど、やる時は多分そうなるだろうね」
既に戦闘の傷も治り、レオの体調は万全の状態である。
前回は大きく疲労していたことから短期決戦を狙った一騎打ちとなったが、今回は違う。拠点攻略を目的とした反攻作戦だ。
もしスレイプニルと戦うことになるとしても、万全の状態で挑める可能性は低いだろう。
「正直、どうなんだ? アイツを相手にして、勝てそうか?」
「負けるつもりは無いよ。それに……切っ掛けは見付かった」
そう言って紫煙を吐き出すレオに、レイジはそうか、と笑顔で肩を叩いた。
レオの言ったことについては深く訊かず、ただ信頼して任せる。そうした方が良いと思わせるような安心感が、今のレオからは感じられた。
「でもさ、実際今回の作戦ってやっぱり難しい状況なのか?」
「首都に陣を構える敵戦力を丸ごと相手にするわけだし、城攻めと似たようなもんだね。聞いた話だと、正面からの城攻めには3倍の戦力が必要らしいけど」
「逆立ちしても戦力が足りてないオレ達は何か策を考えなきゃいけないってことか」
そう。現実は非情なことに、首都に陣を構える帝国の方が3倍に近い戦力を有している。
この戦力差を覆すにはレイジ達の力を持ってしても容易ではない。
それも並の策ではダメだ。指揮官のスレイプニルは冗談でも誠実と言える人格をしていないが、頭がイカれているわけではない。
余程上手い策を考えて出し抜かなければ逆手に取られて全滅もあり得る。
そういう意味では、会議室で行われている軍議はレイジ達の生命線にも等しいものとなる。
「みんな~! お待たせ~!!」
すると、会議室の方から陽気な大声が聞こえてきた。
見ると、アルティナを傍に連れたラナが笑顔で手を振っていた。
その少し後ろにはサクヤとフェンリル、議長を含めた数人のエルフが立っている。どうやら、話は上手く纏まったようだ。
「行くか」
「そうだね」
レイジは体のバネを生かして木の幹の上から跳ね起き、レオは最後の紫煙を吐き出して吸い終えたタバコを携帯灰皿に放り込んだ。
ラナの元へと歩いていく2人の様子に、迷いは無い。
当然だ。レイジもレオも、こんなところで終わるつもりは無い。まだまだやらなければいけないことがある。取り戻さなければものがある。
今回も勝って、進み続ける。
2人の決意はもはやこのような佳境で怯むほど脆弱なものではないのだから。
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「みんな、お待たせ」
「どうにか作戦が纏まった。近い内に、エレンシア奪還を目的とした大規模な作戦が展開されることになるだろう」
戦線メンバーに報告するサクヤとフェンリルの顔は明るい。
どうやら、エルフ達の協力を得られたおかげで良い策が思いついたようだ。
「作戦開始まで、此処にいるメンバーには色々とやってもらうことがある。隠れ里が発見されるまでに首都を奪還出来るかが勝負だ。しばらく忙しくなるぞ」
「やってもらうこと、っていうのは後でちゃんと説明するわ。だけどその前に……」
そこまで言って、サクヤとフェンリルの視線がレオに向けられた。いや、よく見るとラナとアルティナ、議長達までレオを見ている。
再び、レオの第六感が凄まじい不安を訴えてくる。
「レオ、あなたって遠泳の経験はある?」
「それと、ロッククライミングもな。装備無しで何メートル登れる?」
「弓はどうだろうか。何メートルは確実な狙いが出来る」
上からサクヤ、フェンリル、議長の順番に飛んでくる質問。
それを聞いて何故か、その場に居る全員のレオを見る視線が、同情のソレに変わった。
それを察したレオは、遠い目で空を見上げていた。
ご覧いただきありがとうございます。
仲直りと和解にはやっぱ握手が大事ですね。人間2人の手は剣を握ってるんですっごいゴツゴツしてますけど。
区切りの良い所で考えたら、首都奪還までは行けませんでした。
多分、次からです。レオも活躍(白目)します。
では、また次回。