シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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スペル様、風翠緑様から感想をいただきました。ありがとうございます。

お久しぶりです。

すんごい間が空いてしまいました。

ついにシャイニング・レゾナンスが発売しましたね。久々のアクションですが、とても面白いですね。

そういえば、こっちではレスティ(中村悠一)とキリカ(早見沙織)の間で「さすおに」な展開はありませんでしたねww

どっちかと言うと逆かな?

では、どうぞ。


第38話 切っ掛け

  Side Out

 

 「休まれよ」

 

エドラスの里の中に与えられた解放戦線の会議室兼事務室の中において、部屋に入ってきたエルフの議長の第一声がそれだった。

 

その視線の先にいるのは、無数の報告書や資料、情報収集のために利用した何十冊の本などに囲まれたレオとサクヤがいた。

 

正確には、起きているのはレオだけで、サクヤは机の上に腕を組んでスヤスヤと静かに眠っている。その肩には既に完璧な修繕が施されたレオのロングコートが掛けられている。

 

「えっと……突然、どうしたんですか?」

 

「どうした、ではないだろう……先日の戦闘から帰還して既に3日、何故あなた達は殆ど休息を取らずに働き続けているのだ」

 

首の骨を鳴らしながら不思議そうな顔で首を傾げるレオとは対照的に、議長は呆れたような溜め息を吐いて額に手を当てる。

 

「レオ殿とサクヤ殿に限った話ではない。他の解放戦線の方々も働き詰めの一方で、ここ最近は休んでいる姿をまったく見ていない」

 

レイジ、リック、フェンリル、剛龍鬼のレオを除く男組は主に物資の運搬とその護衛。その全体的な流れを統率・管理する形でケルベロスが控えている。

 

ラナとリンリンは里のエルフと連携して里の周辺の警備。加えて避難民の住居の確保なども掛け持ちで請け負っている。

 

アイラとエルミナは卓越した魔法をフル活用して生活に必要な水や火などのライフラインを隠れ里全体の規模で広げている。

 

アルティナと龍那は負傷者を集めた診療所にこもり、エルフ達と交代でひたすら負傷者の治療に専念している。アミルとエアリィもその手伝いだ。

 

そして、それら全体の管理を担っているのがレオとサクヤの2人というわけだ。

 

こんな状況だからこそ、新たにメスを入れて無駄を失くせる箇所が多いとサクヤは前向きに取り込んでいたのだが、おかげで今は報告書の山に埋もれ、眠気に屈してしまったわけだ。

 

そんなわけで、今はレオが作業を纏めて引き継いでいたのだが、そこに議長が現れたというわけだ。

 

「聞けばレオ殿、昨日は避難民の皆に料理を振る舞ってくれたそうだが、あなたは怪我人の自覚が無いのか?」

 

「いやぁ~傷はもう殆ど治ったし、何もしないというのも心苦しいんですよ。左腕も出血は止まっているし、こっち(頭)に巻いてる包帯は保険みたいなものです」

 

袖の下から白い包帯が見える左手が指差す先には、黒髪の内側に白い包帯を巻いたレオの頭部があった。割れた額と左側の頭部の傷を覆っているのだ。

 

やせ我慢などではなく、もう殆ど傷の痛みが消えているのでレオにとっては料理することに苦はない。

 

ちなみに、レオが避難民に振る舞った料理は大きな鍋を使っての豚汁だった。エルフ達の狩りや菜園のおかげで肉や野菜は充実していたし、味付けも問題なく再現できた。

 

本当ならレオとしてはシチューでも作りたかったのだが、流石にそれでは手間が掛かり過ぎてしまう。

 

大人数用の大きな鍋を使っての料理はレオも初めてで苦労したが、その分楽しくもあった。避難民のお礼や笑顔を見れば、充分やる価値があっただろう。

 

「とにかく、今日は皆休まれよ。そちらが引き受けてくれていた仕事は我らで引き継ぐ。他の解放戦線の方々にも話は通してある。サクヤ殿には目が覚め次第、私からも話しておこう」

 

「はぁ……わかり、ました」

 

「よろしく頼む。誤解の無いように言っておくが、別にそちらを邪険にしているわけではない。助けてもらった身の上で、恩人を過労死させるのが許容出来ないだけだ」

 

そう言って議長は静かに部屋を出ていった。

 

残されたレオは、手に持っていた資料の束を机に置き、椅子に背を預けて天井ぼんやりと仰ぎ見た。

 

まさか隠れ里の議長から直々に休めと言われるとは思わなかったが、現状のフォンティーナのトップに言われたからには素直に休むことにしよう。

 

「とりあえず……」

 

椅子から立ち上がり、レオは隣でスヤスヤと眠るサクヤの肩からロングコートを外す。

 

起こさないようにサクヤの体を横抱き、つまりはお姫様抱っこで持ち上げ、仮眠用のベッドに寝かせて毛布を掛けておく。

 

しかし、いくら眠っているとはいえレオが運んでもまったく反応しないとは、よっぽど疲れていたのだろう。

 

「外に行くか……」

 

静かに1人呟き、ロングコートに袖を通したレオは身を翻して部屋を後にした。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side レオ

 

 会議室を出ると、木々の間から射す日差しが目を細めさせた。

 

けど、やはりこの里で感じる日差しと風は素晴らしい。ただ立っているだけで心に安らぎを感じる。

 

「にしても、これからどうしようかな……」

 

宿に向かって歩を進めながら、僕は1人呟いた。

 

以前のように腕を折っているわけではないので、部屋で編み物や裁縫でもするか、この前休みを貰った時のように里の中をブラつくか。

 

どちらも悪くは無いのだが、他にも何か無いだろうかと自分の部屋の中に視線を巡らせる。すると、僕の視線が部屋に置かれていたスケッチブックに止まった。

 

誰の物というわけでもなく、ただ部屋に置いてあっただけだろう。

 

大き過ぎず、小さ過ぎず、僕が腕に抱えるにはちょうど良いくらいのサイズだ。表面に付いた埃を軽く払って中を見てみると、1ページも書かれていない。

 

「絵か……」

 

伊吹家の習い事で基礎的な技術は叩き込まれているので並よりは上手く描ける自信があるけど、ここ数年はまったく絵などは描いていない。

 

学校の美術の授業ではクラスの皆が僕を怖がって青褪めた顔になりながら授業を受けるので、基本的に速度を優先して課題を片付け、後は単位だけ取ってサボっていた。

 

「まあ、たまにはいいか……」

 

せっかくの休みだし、普段やっていないことに手を付けるのは面白そうだ。それに、子供の頃から習ってきた技術なんだし、腐らせるのは損だろう。

 

そう考えてすぐにスケッチブックを脇に抱え、自分の荷物の中から何本か鉛筆を取り出して宿屋の外へと出る。

 

すると、宿を出てすぐのところでケルベロスさんに話しかけられた。

 

「失礼ながら、マスターが何処にいるかご存知ですか?」

 

「疲れていたようなんで会議室の仮眠用のベッドに眠ってますよ。目が覚めたら議長の方から話をしておくそうです」

 

「了解しました。では、睡眠中のマスターの護衛に向かいます」

 

踵を返してまったくブレの無い歩幅でケルベロスさんは会議室へと歩いていった。

 

ケルベロスさんも休んだらどうですか? と声を掛けても良かったけど、サクヤさんが言うにはオルガロイドは何よりもマスターと設定した人間のことを第一に考えるので断られる可能性が大きいそうだ。

 

まあ見方を変えれば、自分の主であるサクヤさんと一緒に居られることがケルベロスさんにとっては一番の安らぎなのだろう。

 

僕も再び歩き出し、周りを見渡しながらスケッチの対象を探していく。

 

その中で、里の上方から流れる大きな滝が目に入った。霊樹の加護のおかげで身が汚れることがなく、エドラスの貴重な水源の1つとなっている。

 

「よし……」

 

スケッチの対象を決めた僕は小さく頷き、歩く速度を上げて里の上方へ向かった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

「おぉ~……」

 

辿り着いてみると、そこに広がる光景はちょっとした観光スポットのようだった。

 

上方から絶え間無く降り注ぐ水が音を鳴らし、その付近には水分を多量に含んだ白い霧が大きく広がっている。

 

学校の教科書で見たナイアガラの滝などには流石に劣るが、日本にある滝よりは確実に大きいだろう。

 

これに加えてエドラスは地下水脈も豊富なのだ。水に困る事態はそう無いだろう。

 

続いて絵を描く場所を探すと、水辺の近くに意外な人の姿を見つけた。

 

「ユキヒメさん……?」

 

「む? おお、レオか。随分と変わった場所で会うな」

 

陣羽織のような上着を靡かせて振り向いたユキヒメさんは、少し意外そうな顔をするが、微笑を浮かべて返答してくれた。

 

僕が何しに来たのか、というのは手に持った荷物を見てすぐに分かったのだろう。

 

「ユキヒメさんはどうして此処に? レイジは一緒じゃないんですか?」

 

「レイジの奴は“昼寝する”だそうだ。私は特にやりたいことも無いのでな、精霊故か分からぬが、こういう場所が一番落ち着くのだ」

 

そう言ったユキヒメさんは静かに目を閉じて両手を広げ、全身で風を感じるように体の力を抜いた。

 

僕もそれ以上声を掛けることはせず、近くの木に背中を預けてスケッチブックを広げた。

 

目の前に広がる光景を数秒だけ目に映し、視線を落としてその光景をスケッチブックに投射しながら鉛筆を走らせる。

 

後で色を染めることも考えて薄く描き、何度か視線と顔を持ち上げながらスケッチブックに風景を描き込んでいく。

 

そして、そんなことを繰り返していると、気が付けば滝のスケッチが7割がた終了していた。一筆入魂とまでいかないが、下絵だけでも中々によく出来たと思う。

 

だけど、1つだけ問題というか、不満があった。

 

描いてみて思ったのだが、この風景画は少し寂しいというか……ショボイ。

 

自由な物作りには時として作った人間の心が現れる、という言葉を習い事を教わった先生が口にしたのを覚えているが、アレはあながち間違いじゃないかもしれない。

 

まあ、僕の寂しい人間性はこの際置いておいて、何か描き加えることは出来ないだろうか。だけど、滝にマッチするものなんてそう簡単に出てくるとは思えない。

 

「あ……」

 

ふと、水辺の近くに立つユキヒメさんが目に止まった。

 

短い黒髪と上着を靡かせながら変わらずそこに立つ姿はただ美しく、景色に溶け込むように違和感を感じさせない。

 

(スケッチするのにちょうど良い人、いるじゃん)

 

再びスケッチブックに視線を落とし、残った白紙の部分に鉛筆を走らせていく。

 

やはり、風景よりは人物の方が描きやすいようで、鉛筆の走る速度は先程よりも早くなっていく。

 

十分ほどで下絵が完成し、その上から色鉛筆を使ってゆっくりと色を塗り込んでいく。

 

まあ、描いてる絵はそこまで多色なわけではないので、使う色は少なくて済む。気を付けるのは所々の色の濃さだろう。

 

そして、力加減と色のはみ出しに注意しながら色鉛筆を走らせて数分後、ついい絵が完成した。

 

「よし、出来た……」

 

鉛筆を置いてスケッチブックを全体的に眺め、出来栄えを確認して頷く。すると、僕の声を聞いたユキヒメさんが僕の方へと歩み寄って来た。

 

「出来たのか、レオ……」

 

「はい……こんな感じで」

 

完成した絵をユキヒメさんに見せると、ユキヒメさんは少なからず驚き、何度か瞬きをした後に息を漏らした。

 

「これは……私、か……?」

 

「アレ? この絵ってそんなに似てませんか?」

 

「い、いや、そうではない! 単に、私を絵に描いてくれたことに驚いただけだ」

 

スケッチブックを裏返してもう一回絵を見直そうとしたが、慌てて手を振るったユキヒメさんに止められる。

 

「先代がご存命の頃から、私はクラントール王家に伝わる霊刀として名と存在を知られてきた。中には私を崇める者さえいたのを覚えているが、こうして私の姿を絵に描いてくれるような者は1人としていなかった」

 

過去を懐かしむように遠い目で空を見上げるユキヒメさん。

 

その姿を視た時、ふと思った。

 

遠い昔、先代の使い手と共にあったユキヒメさんにとって、今のこの世界はその目にどうように映っているのだろう。

 

力の大部分と一緒に記憶の一部を封印しているとはいえ、日常を過ごした記憶は残っているはずだ。

 

ダークドラゴンを封印して一度は守り抜いた世界が、今また戦火に焼かれている。

 

僕には何とも言えないが、見ていて気分の良いことではないだろう。おまけに、今や故国のクラントールは帝国の占領下なのだから。

 

「こんな絵で良ければまた描きますよ」

 

「ありがとう。だが、レオよ……お前は大丈夫なのか?」

 

「え?」

 

突然声量が下がったユキヒメさんの言葉に視線が持ち上がる。

 

その先には、悲しさと不安が混じったような目で僕を見ているユキヒメさんがいた。

 

「私はこれでもお前の何十倍もの時を生きている身だ。だが、お前は今まで見たことがある人間たちとは何処か違って見える」

 

「他者の為に自ら危機へと飛び込む自己犠牲でもなく、自分がやらねばならぬと己に命じる使命感でもない。だが、お前はどのどちらでもない」

 

ユキヒメさんの言う通りだ。元々僕には立派な戦う為の理由などはない。

 

エールブランに答えたように、僕の戦う理由は簡単に言ってしまえば“自己満足”という言葉で解決してしまうものだ。

 

そのことは、すでに戦線メンバーの殆どが知っていることであり、当然ユキヒメさんも知っている。

 

だけど……

 

「ルーンベールでスルトと戦った時も思った。レオよ……私には、時折お前の姿が酷く危うく見えるのだ」

 

その言葉に、何故か僕の体は小さく震え、動けなくなった。

 

視線がユキヒメさんから逸らされるように俯き、喉が渇き、流れる汗が頬を伝う。

 

その言葉は、僕自身でさえ認識していない無意識の部分を探り当てたかのように、僕の心を大きく揺るがせた。

 

「お前は必死に戦いながらも、時折心の奥底で何かに怯えている。ソレが何であるかは今は訊かぬ。だが、これだけは覚えておいてくれ……」

 

視線を俯かせた僕の頭を、ユキヒメさんがそっと抱き寄せた。

 

そのまま僕の頭を優しく撫でるユキヒメさんの手は、とても優しく感じられた。

 

「力が足りなくとも、手が届かなくとも、決して己だけを責めないでくれ。お前が自分のことを考えずに傷付けば、私達はとても辛い」

 

その言葉は、夢の中で会った女性から言われた言葉によく似ていた。

 

だからだろうか、その言葉は僕の心の中に深く沈み込んでいくように思うのは。

 

「はい……」

 

自分の頭を抱きしめてくれている腕に手を添えながら、僕は短く答えた。

 

いや、それぐらいしか答えられなかったのかもしれない。それだけ僕の心は、ユキヒメさんの言葉に揺れていた。

 

だが、恐らくこの言葉は夢の中の女性が言っていた“良い切っ掛け”になったのだと、確かな自信が僕の心の中にはあった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はレオとユキヒメの2人だけの話し合いでした。やっぱり並の人より……下手をすればエルフよりも長く生きているユキヒメなら人間に対する理解はかなり深いんじゃないかと思いました。

次回はエルフとの話し合いに入ると思います。首都奪還まで行くかは、少し怪しいですね……


では、また次回。

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