シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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お久しぶりです。

玄武Σ様、つっちーのこ様、通りすがり様、風翠緑様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はスレイプニルVSレオ(体調ガタガタ)の回です。

では、どうぞ。


第36話 意思の力

  Side Out

 

 数分前まで激しい戦闘の音が鳴り響いていた戦場が、今はとても静かだった。

 

解放戦線と暗黒騎士団が向かい合う中で、その中心には殺気を飛ばし合っているレオとスレイプニルがいた。

 

心臓を狙って突き出されたレオの小太刀を鎧に覆われた左腕で受け止めているスレイプニルは苦悶の声をまったく漏らさず、内心では笑みを浮かべている。

 

対するレオは、右手の小太刀を握り締めながらも顔には疲労の気配が色濃く漂っており、顔には隠し切れぬほどの汗が流れている。

 

だが、それも当然と言えば当然だ。

 

シルヴァルスを使用した戦闘に続き、エルフの子供達を里に送り届けてからすぐにこの場へ走って辿り着いたレオの体力の消耗は既にレイジやリックを超えている。

 

だからこそ、レオは『神速』を使った奇襲によって一撃でスレイプニルを仕留めるつもりだった。長期戦に持ち込んでも不利になるのは目に見えているのだ。

 

そして、結果はこの通りである。

 

スレイプニルの片腕を封じるだけで、仕留めるには届かなかった。それに、『神速』を使用したことで体には痛みと疲労感が重く圧し掛かっている。

 

だが、そんなことを気にするような敵ではない。

 

それが分かっているレオは、覚悟を決めて思考をスレイプニルとの一騎打ちに切り替える。

 

スレイプニルの腕に突き刺さったままの麒麟を引き抜こうと少し力を込めてみるが、刃先が何かに固定されたように動かない。

 

恐らく、スレイプニルが腕の筋肉で挟み込んでいるのだろう。もはや荒技を通り越して奇行の域だ。これでは痛みや出血が増すだけでなく、下手をすれば腕の筋肉が使い物にならなくなる

 

だが、そのせいでレオも小太刀がすぐに使えず、槍を鋼糸と龍鱗に固定されたスレイプニルと五分の条件だ。

 

この状態で先手を取る為に重要な力は、一瞬で攻撃へと移る俊敏さ。あるいはその攻撃を予測し裏を掻く見切り。

 

両者は互いに僅かな挙動も見逃さぬように目を光らせ、即座に動けるように体に力を溜める。

 

 

そして、ついに戦場が動き出した。

 

 

スレイプニルの右手に握られた槍の先端に光が迸り、フォースによって生み出される闇色の棘、デッドランサーが地面を撃つ。

 

連続する爆発が土を盛り上がらせ、固定用の杭の役割をしていた龍鱗が引き抜かれる。それによって鋼糸の拘束力が緩み、自由となったランスが後ろへ引き絞られる。

 

その姿は地面を攻撃した爆煙によってレオには見えない。

 

しかし、視界を遮ったところでレオの感知能力の前では然したる障害にならない。レオは既に攻撃の気配とその姿を察知している。

 

レオの左手に装備されたホルスターが伸ばされた鋼糸を巻き取り、1秒の間を置いて先端に巻き付いていた龍鱗と一緒にレオの左手に収まる。

 

 

『御神流奥義之参・射抜』

 

 

スレイプニルの槍と龍鱗の刀身が爆煙を突っ切って鏡合わせのように激突し、数秒間の鍔迫り合いが起こった。

 

その状態からレオは前に踏み出し、スレイプニルの懐に入り込んで『徹』を込めたハイキックを叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

鎧と肉体を素通りした衝撃に流石のスレイプニルも怯む。レオはその瞬間を狙って右手に握る麒麟を引き抜き、ただの蹴りを打ち込んで反動で距離を取る。

 

これで一先ず元通り…と思った瞬間、距離を取ろうとするレオの前方の視界を大きな影が覆った。

 

何と、スレイプニルが地面を蹴ってその巨体で真っ直ぐ突進して来たのだ。

 

レオが反射的に腕を交差させた次の瞬間、凄まじい衝撃が両腕から全身を突き抜けた。

 

「がぁっ……!」

 

肺から空気が絞り出され、短い呻き声が漏れ出た。

 

まるで車がぶつかって来たような衝撃でレオの両足は踏ん張る間も無く宙へ浮き、何度か地面を派手にバウンドして転がる。

 

「く、そっ……!」

 

ベイルグランとの戦いで折られた右腕の骨がまた折れたのではないかと思ったが、小太刀を杖にして立ち上がっても痛みは無いので折れてはいないようだ。

 

というか、地面を転がった際に石にでもぶつけたのか、頭部の左側から血が流れている。

 

何て間抜けだ。と、レオはまだぐらつく意識の中で己を恥じる。

 

相手は肉体の作りからして人間や獣人のそれとは大きく違う。エルデの草食動物にも体格を生かすだけで容易く人を殺せる生き物はたくさんいる。

 

そして、このエンディアスではそんな生き物と似ているようで遠い存在が人間並みの知性と殺意を持っているのだ。ただの体当たりでも充分な凶器である。

 

「っ……!」

 

膝に力を入れ直した瞬間に鋭い殺気を感じ、レオはぐらつく意識を気合で調整して走り出す。すると、先程まで立っていた場所をスレイプニルのデッドリードライブが貫く。

 

攻撃を連射し続けるスレイプニルに向かってジグザグの軌道を混ぜながら右に走り、スレイプニルの左側……腕が使えない方向へと回り込む。

 

当然それを阻止しようとスレイプニルの攻撃が追い掛けてくるが、追い着くよりも先にレオは 遠距離から(・・・・・)攻撃に移る。

 

右足をブレーキにして減速し、龍鱗の柄尻に7番鋼糸を巻き付けて眼前に軽く放る。そして右手の麒麟だけで『射抜』の構えを作る。

 

「……射抜・ 穿(うがち)!!」

 

腕と一緒に突き出した麒麟の矛先が龍麟の柄尻を押し出し、弾丸のような音を立てて空中を真っ直ぐ飛んでいく。

 

予想外の攻撃に一瞬反応が遅れたスレイプニルは動くことは出来ても避け切れず、龍鱗の刀身は左脇腹に突き刺さった。

 

しかし、足を止めてしまったレオも左腕にスレイプニルの攻撃を受ける。幸い貫通はしなかったが、少々派手に血が流れる。

 

(マズイ……これ以上は……っ!)

 

左腕から走る激痛を無言で堪えながら、レオは内心で焦りを覚える。

 

戦線メンバーの中でも人一倍に鍛え上げた体力はシルヴァルスの消耗、休まずの長距離移動と連戦で既に限界間近。

 

そんな状態に加え、これ以上血を流すと意識を失いかねない。戦闘が長引いても同じ結果だろう。気絶数歩手前のレオが勝てるわけがない。

 

(次で決めなきゃ……負ける……!)

 

痛む体と揺らぐ意識に鞭を打ち、レオは鋼糸を巻き戻しながら左腕を引いて龍鱗を再び手元に引き寄せる。

 

そしてすぐさま構えを作るのだが、その構えはこの場にいる誰もが見たことのない構えだった。

 

両手の小太刀を顔の左隣まで引き寄せ、麒麟の柄尻に龍鱗の矛先をピッタリとくっつけている。レオはそのまま両腕を後ろに引く。

 

そこで何人かが気付いた。あの構えは突きでも防御でもなく、“投擲”の構えだと。

 

 

『小太刀二刀流・ 陰陽撥止(おんみょうはっし)

 

 

両手の小太刀がレオの手元を離れ、スレイプニルの顔面目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。

 

だが、いかに早かろうとスレイプニル相手に真正面からの攻撃が簡単に通るわけがない。

 

「嘗めるな!」

 

右薙ぎに振るわれたランスが麒麟を弾き飛ばし、軽く宙を舞う。しかし、次の瞬間スレイプニルの視界に映ったのは、麒麟とまったく同じ軌道を辿って迫る龍鱗の矛先。

 

「なに……!?」

 

スレイプニルは驚愕に目を見開きながら体と首を捻り、龍鱗の刀身は兜の側面を強く叩くだけで顔面を貫くことは出来なかった。

 

(今……何がっ……!)

 

側頭部に強い衝撃を受けて脳を揺さぶられながら、スレイプニルの思考は先程の光景に強い疑問を浮かべていた。

 

何故、飛ばされた小太刀のすぐ後ろにもう1本の小太刀があったのか。これは2本目の小太刀の切っ先で1本目を突いて押し飛ばす技ではないのかと。

 

だが、その予想では半分までしか正解に届いていない。

 

レオの使った技、陰陽撥止は確かに1本目の小太刀の柄尻を2本目の小太刀の切っ先で突いて押し飛ばす飛刀術と呼ばれる技だ。

 

だが、 それと同時に(・・・・・・)……1本目の小太刀の後ろに2本目の小太刀を完全に隠して飛ばす技でもある。

 

そして、この結果を予想の上で叩き出したレオは、勝利への最後の一手を詰めようと足を踏み出す。

 

(ここだ……!)

 

瞬間、レオの意識に撃鉄が下ろされ、高められた集中力が一気に極限まで跳ね上がる。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止める。

 

常人とは異なる時間間隔の中でロングコートを靡かせたレオが真っ直ぐに駆け抜け、弾かれ宙を舞った麒麟を再び掴み取る。

 

数歩の踏み込みで30メートル近く離れていた距離を縮め、スレイプニルの巨体が眼前に立ちはだかる。

 

ブレの無い視線は真っ直ぐに心臓を捉え、引き絞られた小太刀の矛先が殺意を代弁するかのように冷たく煌めいた。

 

しかし……

 

「っ……!」

 

疲労した精神と肉体の痛みが雑念をもたらし、『神速』を維持する集中力が大きく揺らぐ。弾き出されるように世界が色を取り戻し、肉体に襲い掛かる疲労感がさらに増す。

 

(あと少しで……!)

 

すぐさま気絶してもおかしくない状態でありながら、内心で歯を食いしばるレオは気合で意識を繋げ、倒れ伏す寸前の肉体を動かした。

 

「うっ、おおおあああぁぁっ!!!」

 

咆哮を上げる意思の力はレオの肉体を動かし、麒麟を握る右腕が真っ直ぐ突き出される。

 

 

その時、レオの頭の中で短い溜め息が聞こえたような気がしたが、気付くことは出来なかった。

 

 

心臓から外れたが、麒麟の矛先はスレイプニルの腹部に深く突き刺さった。

 

「ぐっ……がはっ……ぁ!」

 

レオ同様に歯を食いしばるが、スレイプニルの口から堪え切れぬ吐血が溢れた。

 

腹部に2か所の刺し傷だ。如何に人間より優れていようと、構造上の限界は覆せない。もはや、スレイプニルは戦闘を続けられる状態ではなくなった。

 

だが、気力だけで限界を踏み越えてしまう存在は決して1人ではなかった。

 

この戦闘ではもはや使えぬと誰もが思っていたスレイプニルの左手が小刻みに震えだし、一瞬の溜めを置いて拳を作った。

 

脳内に溢れるアドレナリンでも相殺しきれない激痛を感じているのに、スレイプニルはソレを気合だけで押し留めている。

 

そこに見えるのは、レオのような引き下がることを許容しない“意地”とは異なる、狂気すら感じる程の強い“執念”。

 

「ぬぅんっ!!」

 

重い気合の声が放たれ、左の拳がボディーブローのような軌道で振り抜かれる。

 

渾身の一撃を放ったレオに避けることは出来ない。本人もそれは理解出来ている。

 

だから……

 

「ふんっ!!」

 

……迫る拳に向かって、上半身のバネを最大限に活かしたヘッドバットを叩き込んだ。

 

手甲を付けた拳によってぶつけた額が割れ、血が流れる。

 

しかし、衝撃が脳を揺らして意識を刈り取る寸前に、レオはぶつけた額を通してゴキッ!! という音を確かに聞き取った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 スレイプニルの拳とレオのヘッドバットが激突し、2人の勝負を見ていた全員の耳に派手な骨折音が聞こえた。

 

その音源は、意識を失ったレオの体を後ろへ殴り飛ばしたスレイプニルの左腕。

 

「その、深手で……まさか、頭突きとは、な……」

 

腹部に突き刺さった麒麟を引き抜いて地面に放り、スレイプニルは途切れ途切れに言葉を繋げる。その声には殺気が感じられず、不思議と笑っているようにすら思えた。

 

殴り飛ばされたレオの体をアルティナとリンリンが受け止め、レイジ、リック、フェンリルが盾となるように前へ立ちはだかる。

 

「げほっ!……その男に、伝えろ……首都で待つ、とな……」

 

「何だと……?」

 

血を吐きながら身を翻してそう言ったスレイプニルの言葉に、リックが疑問の声を上げる。

 

此処まで戦い、敵を追い詰めておいて、何故退くのだろうか。

 

「このような決着は……気に入らん……それだけだ……」

 

それだけ言って、駆け出したスレイプニルはすぐさま森の中へと溶け込み、後ろで控えていた暗黒騎士団のケンタウロス達もそれに続く。

 

気が付けば戦場には静寂が訪れ、解放戦線のメンバー達も自然と肩の力が抜ける。

 

そして、全員の視線がまず集まったのは、アルティナの治癒術に照らされながら目を閉じて横になるレオだった。

 

誰の目から見ても傷だらけの姿は、解放戦線のメンバーを自然と暗い顔にしてしまう。

 

「今回は……負けなかっただけよ……」

 

グリューネの姿から漆黒のドレス、ノワールへと姿を変えたサクヤが悔しさを堪えるようにそう言った。

 

そうだ。今回は相手が引いたおかげで引き分けとなった。負けなかった“だけ”、という結果は、この場にいる全員にとってこの上無い屈辱だった。

 

「戦場でこんなことを言うのは、隊長失格かもしれないけど……みんな、勝ちましょう。次こそは、必ずね」

 

その言葉に返答は無かった。否、必要無かった。

 

その場にいる全員の目は、無論だ、と言うように強い覚悟を放っていたのだから。

 

2つの勢力は互いに小手調べを終了した。

 

決戦の地はフォンティーナの首都、エレンシアに定められた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

1回戦で決着を付けず、痛み分けで終わらそうと考えた結果がこれでした。四魔将の力をけっこう強めに表現しようとしたら、やっぱりレオがボロボロに。

あ、ちなみに体力の万全のレオならもっと軽傷でした(言い訳)

次は首都での決戦になるのですが、その間に1、2話挟もうと思います。

では、また次回。

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