いや~、仕事が忙しいのと、マジ恋シリーズにはまって全作やってたら一ヶ月が経過してました。申し訳ない。
スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。
今回から四章、妖精たちのアルペジオに入ります。
では、どうぞ。
Side Out
ルーンベールを後にした解放戦線は、木の精霊王の安否を確かめるために、ヴァレリア南部に位置するエルフの国、フォンティーナの銀の森を目指す。
だが、未だフォンティーナはスレイプニル率いる暗黒騎士団の制圧下にあり、戦況はレオ達が旅立った時よりも悪化していた。
そこでアルティナは、エルフ族以外に誰も知らない秘密の抜け道を利用し、エルフの避難民たちが暮らす[隠れ里]に一行を導くことにした。
だが、それは同時に、彼女が何より重んじるエルフ族の掟に相反する行動だった。
* * * * * * * * * * * * *
「……久しぶりにこの森歩いたけど、やっぱりこの森って深いな~」
「私も前よりは体力が付きましたけど、やっぱり辛いです」
アルティナを先頭に銀の森の歩く中、以前にも森を歩いたレイジとエルミナが声を上げた。
現在解放戦線のメンバーが歩いているのは、銀の森の中に上手く隠されていた隠れ里への街道。
以前森を出る際には帝国に見付からないよう獣道を使ったので、体力の消耗は格段に違う。だが、それでも領土のほぼ全域を占めている森だ。どうやっても歩けば疲れる。
「森に入ってからもうすぐ1時間近く経つけど、敵の気配は一切無し。これなら、エルフの隠れ里が敵に発見されてる可能性は無さそうね」
「はい。もう少しで里に着くはずですから、到着したらすぐに長老会議のエルフ達と会談を掛け合ってみます」
先頭を歩くサクヤとアルティナが敵の有無と里へと距離を再確認する中、その少し後ろを歩くレオは無言で周りにチラチラと視線を向けていた。
怪我も完治していつも通りの姿なのだが、フォンティーナに来る少し前、レオはサクヤとアイラの2人に説教でこってりと絞られた。
ただ、大きな黒猫と皇帝ペンギンのぬいぐるみを抱き締めながら説教してくるサクヤとアイラの姿は、どうしようもなくシュールな光景だった。
「レオ、どうかしたのか?」
「先程から何度も森を見渡しておられますが……」
説教中のサクヤとアイラの姿を思い浮かべていると、その後ろを歩いていた龍那と剛竜鬼がレオに声を掛けた。
「いや、なんだか……前より森が寂しいっていうか、元気が無い感じがするんだ。気のせいかな?」
『心』を習得したことで、レオの感覚は視覚以外の面でも他者より優れている。だからこそだろうか、森の中に以前とは違う僅かな相違を感じる。
「いえ、それは恐らく気のせいではありません。ルーンベールの時と同様に、この森の精霊力は極端に低下しています。実際、何本かの木々が枯れ始めていますし」
「エルフの住む森で精霊の力が弱まるなど前代未聞だ。この土地の精霊王も、ルーンベールと同じ状況に陥っているのかもしれん」
ルーンベールと同じ状況。
つまりは精霊王が役目を果たせていない、または存在していないのどちらかということだ。ある意味ではレオ達の予想通りの結果だが、喜べたことではない。
そして同時に、レオ達に気付けた森の変化が、この地で育ったアルティナに分からないはずは無い。冷静にしているが、内心では気が気でないだろう。
だがそうなると、これからレオ達がやるべきことも自然と見えてくる。
「やっぱり、ドラゴンと戦わなきゃならないのかな……」
そう。ハッキリと分かっている試練は、精霊王を守る古代種のドラゴンとの戦いだ。
必要とあれば全力をもって戦うが、エールブランとの戦いで氷槍を撃たれたり、尻尾でぶっ飛ばされたり、サクヤの影道閃で殺されかけたレオの本音としては、出来れば戦いたくない。
そんな悩みを纏めたようにレオは溜め息を吐き、竜那と剛竜鬼は苦笑を浮かべる。
「…………ん?」
その時、レオの意識に僅かな違和感が走った。恐らくレオの感知範囲内に先程までいなかった気配が入り込んできたのだ。
レオは平然を装い、歩きながら目を閉じて精神を研ぎ澄ませる。すると、たちまちにレオの感知範囲が跳ね上がり、範囲内の気配を残さず捕捉する。
(僕達以外の気配が木の上に3つ…………いや、少し離れた所に上手く隠れた気配がもう1つ。明らかに僕達を見張るように囲みながらついて来てる)
異常な探知能力を持つレオはともかく、人間よりも機能面で優れたケルベロスがまったく反応していないのだ。よっぽど上手く隠れているのだろう。
しかし、こちらを見張る気配からは僅かな殺気も感じられる。まだ敵だと決め付けるのは早いが、包囲されている現状から見て味方の可能性も薄い。
見張っているのは帝国の偵察かエルフのどちらかだろうが、このままで里に入るのはマズイと考えたレオはサクヤとアルティナに報告しようと近付く。
だが、レオがサクヤに話しかけようとした瞬間、森の中に弾かれた弦の音が響いた。
『っ……!?』
その音に対し、即座に反応して臨戦態勢を取った戦線メンバーは流石と言えるだろう。
だが、その中でも殺意の向かう先を理解したレオの動きは一番素早かった。
地を蹴ると同時に左手を伸ばして“射線上にいた”サクヤの肩を抱き寄せ、右手で抜刀した麒麟で虚空を斬り裂く。
すると、カァン! と甲高い金属音が響き、右手に何かを弾いた手応えが走る。
弾かれ地面に落ちた物を一瞥すると、それは1本の矢だった。
そして、その弾道は確かに、先頭を歩くサクヤを捉えていた。
(良い度胸だ……)
「あ、あの……レオ?」
胸元に抱き寄せられたサクヤが頬を少し赤くしながら声を掛けた。だが、レオは目つきを鋭くしたまま森の一角を睨んでいる。
矢が飛んできた方向には何の人影も見当たらないが、射手の気配を完全に捉えているレオからは逃げられない。
「ケルベロスさん、援護とサクヤさんの護衛をお願いします」
「了解しました」
返答したケルベロスにサクヤを預け、レオは左手で龍麟を抜刀する。
そして、一歩足を踏み出すと同時にレオの意識の中でスイッチが切り替わる。
『御神流奥義之歩法・神速』
視界に映る世界が色を失い、動きを止めた。
その世界の中で、周囲より早く動けるのはレオのみだ。
踏み出した足で地を蹴り、レオはほんの2、3歩で木の根元に辿り着く。続いて震脚で地面を強く踏み抜き、その反動を利用してレオは真上に高く跳躍、あっという間に4メートル近い木を上って枝に着地する。
(見つけた……!)
顔を上げると、目の前には片手に弓を携えた男のエルフが1人いた。だが、エルフは自分のすぐ近くにまで接近したレオの存在に気付きもしない。
それもそのはず、レオが今の場所に辿り着くまでに掛かった時間は、レオ以外の全員にとって2秒ほどの出来事でしかないのだから。
そこでレオは再び意識を集中し、己の中で切り替えたスイッチを元に戻す。
すると、視界に映る世界に色が戻り、全身に纏わり付いていた重い空気が無くなる。同時に『神速』の反動によって体が疲労感と共に痛みを訴え、頭の中を鋭い頭痛が走る。
だが、レオは構わず歩を進め、両手の小太刀を逆手に持ち替えて斬り掛かる。
そこで初めて目の前のエルフがレオの存在に気付き、驚愕しながらも弓を構える。だが、レオの斬撃が首を飛ばす方が明らかに早い。
突き出される右腕と共に麒麟の刃が水平に走る。それは悲鳴を上げる間すら与えることなく目の前のエルフの首を……
「待ってぇ!!!」
……刎ね飛ばす寸前にピタリと静止し、レオは声が聞こえた方向に目を向ける。
そこには、こちらを見上げながら肩で息をしたアルティナがいた。視線の中に込められた願いを理解し、レオはゆっくりと麒麟の刃を引く。
だが、刃を引いた瞬間、レオは真後ろから別の気配が迫るのを感じた。
振り向くと、そこに見えたのは隠れていた1人のエルフが弓を引いている姿。しかも矢の先端にはアルティナの技と同じフォースの光が見える。
「くっ……!」
レオは咄嗟に目の前のエルフの胸板を蹴って仰向けに倒れさせ、自分も体を捻って回避運動を行う。
避けるだけなら難しくはなかったが、レオが避ければ放たれた矢は目の前のエルフに命中してしまうのだ。
直後、放たれた矢は先端に風の螺旋を纏いながらレオの顔面があった位置を通過した。幸い直撃することは無かったが、吹き荒れた風の刃はレオの右肩を少々深く斬り裂く。
「ぐっ!……うおっ!」
そのせいでバランスを崩し、レオは木の上から足を踏み外して落ちる。
それだけならまだレオも対処できたのだが、最悪なことに隠れていた他のエルフが落下中のレオに狙いを定めて弓を構えていたのだ。
空中では移動が出来ず、レオにはせいぜい矢を叩き落すくらいしか出来ない。両手の小太刀を構え、飛んでくる矢を警戒する。
そして、レオに狙いを定めた全ての矢は……
「やめなさい!!!」
……森の中に響いたアルティナの怒りの声に怯まされ、放たれることはなかった。
直後、レオの落下地点の地面が突然盛り上がり、周りの土が一箇所に集まって即席のクッションを作り上げた。
エルミナがアースの魔法の応用で落下地点の地面を操ったのだ。アイラの特訓を受けて、魔法の錬度を向上させた成長の1つである。
レオは空中で体を縦に一回転させ、柔らかい土のクッションに足から着地した。
「エルミナ、ありがとう!」
レオが手を上げて離れた場所にいるエルミナに礼を言うと、エルミナは笑顔で手を振る。
「あ、あなたはアルティナ王女! お戻りになられたのですか!?」
「貴方達、警告の1つも無く攻撃するなんて一体どういうつもりですか! この者達は私の協力者です!」
「え? 今何て言った? 王女? アルティナが?」
レイジの声を流し、アルティナに怒りの声で追求され、エルフは戦線メンバーを一通り見回して片手を上げた。恐らく、木々の中に隠れたエルフに警戒を解かせたのだろう。
「お言葉ですが、今は森の状況が状況です。そんな中で、外部の者を里に入れるわけにはいきません」
自分達には一部も非は無いと言うように、エルフは断言した。
その様子にアルティナはまた怒りの声を上げそうになるが、このままでは埒が明かないと判断し、深く息を吐いて意識を落ち着ける。
「……もういいです。とにかく、この者達は敵ではありません。通してもらいます」
「いえ、申し訳ありませんがこのままお通しするわけには参りません。我々は長老会議より、あなたが戻られた際にはすぐ議長の下にお連れしろと命令を受けております」
「議長が? ……いえ、この際ちょうどいいわね。わかりました。そういうことなら参りましょう、案内をお願いします」
アルティナの同意を受け、エルフは一礼して歩き出した。
その後を戦線メンバーがついていき、レオもそれに続こうとするが、歩き出した途端に右肩が鋭い痛みを訴えてきた。
サクヤ特性のロングコートを着ていてこの程度なのだ。もし無ければ、肩を抉られていた可能性もありえる。そう考えると、少々背筋が寒くなった。
「レオ、大丈夫か? ほれ、肩貸すぜ」
「レイジさんはそのままレオさんと歩いてください。移動しながら治療します」
レオはレイジに肩を貸してもらい、駆け寄ってきた竜那が傷付いた右肩の傷に治癒術をかける。
そのまま移動しようとしたが、近くにいたエルフの1人がこちらを見ているのに気付く。よく見ると、最初にサクヤを狙撃したエルフだ。
「……なんだよ。まだ何か用があんのか?」
警戒と怒りを含んだ声でレイジが尋ね、レオ達を守るようにユキヒメと剛龍鬼が前に立つ。流石に武器は構えていないが、妙な動きを見ればすぐに動くつもりだ。
「っ……!」
だが、エルフは何も言わず、怯えるように身を翻して他のエルフ達と合流し、森の中に消えた。
「なんだ? 謝るのは期待してなかったけど、言葉の1つも無しかよ」
肩透かしをくらったような気分になり、レイジ達は今度こそ移動を開始する。
先頭では案内を務めるエルフとアルティナが話し合い、ケルベロスとリンリンを傍に控えさせたサクヤがその後ろを歩いている。
リックはアミルとエアリィのすぐ近くを歩き、傍にはフェンリルもいる。
先程奇襲をくらったのを警戒して、全員がそれぞれ固まって行動している。違う言い方をすれば、戦線メンバー全員のエルフに対する第一印象は、すでに最悪となっている。
「しっかし、すげぇなレオ。あの『神速』って技、もう使いこなせるようになったのか。たった1日で大したもんだ」
「自力で発動と解除はどうにかね。でも、精度はまだまだ雑だし、1回の使用で発動時間は2秒が限界、1日で使える回数は5回まで。それを超えればルーンベールの時の二の舞だね」
フォンティーナに出発するまでの1日の間に、レオはどうにかして『神速』の発動と解除を身に付けた。
スルトとの戦いで掴んだ感覚を思い出し、アルティナとケルベロスにも特訓に協力してもらったおかげで、無意識に発動することは絶対に無い。まあ、特訓でちょっとしたトラウマが刻まれたが。
具体的な訓練法は、アルティナとケルベロスの弾幕射撃に正面から突っ込み、『神速』を発動させて攻撃を潜り抜けて2人にタッチするというものだ。
当然、極限の集中力を必要とする『神速』が都合良く使えるはずも無く、レオはしばらくゴム弾と先端を潰した矢に蜂の巣にされた。
そんな地獄のような訓練によって、『神速』を使いこなせるようになった時にはレオもボロボロだった。そのせいで、訓練を思い出すと顔が青ざめて体が震える。
「雑って……アレでもか? オレも目で追えなかったぞ」
「うん、アレでも。僕が目標にしてる人なら、同じ状況でもさっきの2秒で3人は仕留められたはずだよ」
そう。まだレオの実力は、目標とする強さに遠く及ばない。
『神速』の精度は、使用者の集中力の深度によって大きく左右される。集中力の乱れが少ないほど、引き伸ばされる時間間隔が長くなるのだ。
御神流の師範代から見れば、今のレオの『神速』はただの高速移動くらいにしか思われないだろう。
「なるほど、まだまだ道は遠い、か」
「そういうことだね。こんな有様じゃ、道のりはとことん険しそうだ」
そんな会話をしながら、一行はエルフの隠れ里、エドラスに足を踏み入れる。
ご覧いただきありがとうございます。
エルフの森に入る際、インターホンを鳴らさない場合はこうなります。ご注意ください。
ちょっとゲームでのエルフの態度が手の平返したようにあっさりしてたんで、この作品ではそこら辺の溝を少し深くします。
次回は議会と新キャラの登場、だと思います。
では、また次回。