今回で3章は終わりです。
では、どうぞ。
Side レオ
気が付けば、僕は真っ黒な空間に1人立っていた。
意識が無い状態から目覚めたわけでもなく、本当に気が付けばここに立っていた。
周りは何処までも黒色の景色が続いているけど、その中で僕は確かに自分の“色”を宿していた。見下ろしてみると、何故か黒色の和服を着ている。
明らかに異常事態だけど、不思議とこの場所に危機感は感じられず、何も無い空間が心に落ち着きをくれる。
もう少しだけこうしていたいと思う中、ふと黒色の世界の中で、視界に僕以外の“色”を宿した物が横切った。
ヒラヒラと空中を漂うそれを、右手を広げて手のひらに乗せる。
「桜……?」
手の平に乗っていた物の正体は、小さな桜の花びらだった。
もう一度周りを見渡してみると、他にも数枚の花びらが黒色の空間を漂っている。しかも、流れ方から見て、微量ながら風を受けてるみたいだ。
気が付けば、出口を探すという目的ではなく、単純な好奇心によって体が動いていた。確かな足場も無く、歩いてるという感覚も曖昧だけど、構わず歩を進める。
やがて、進んだ先に見えてきたのは、淡い光を放つ1本の大きな桜の木。その花びらが何処からか吹く風を受けて舞っているようだ。
その木の下に、人影が見えた。背は僕より低くて、輪郭からすぐに女性だとわかった。
周りとは対極の真っ白の和服を着ており、それよりも濃い色をした白髪は癖1つ無く腰辺りまで流れている。
その時、向こうも僕に気付いたのか、ゆっくりと振り返った。
「あら……」
そう呟いた女性の顔を見て、綺麗な人だな、と素直に思った。
スタイルは見るからに抜群で、色白の肌をした素顔も美人揃いの戦線メンバーと比較しても頭1つ飛び抜けて整っているし、こちらを見る目付きも何処か優しさを感じさせる。
だけど、それよりも僕の目を引いたのは、深い赤色を宿した瞳だった。
気のせいか、アレと同じ色の瞳を、僕は何処かで見ている気がする。
我ながら臭い台詞だと思うけど、目の前の女性は美し過ぎる姿のせいで、この空間の中でも更に異質な存在感を放っている。
「困った子ね。思念だけで私を起こした上に、こんな『奥』にまで来るなんて……」
言葉とは裏腹に怒った様子を見せず、微笑んだ女性は白い右手を伸ばして僕の頬を撫でた。不思議と嫌な感じはせず、まるで母親と話しているような気分になった。
「私がしたことは、体が“あの技”の反動で壊れないように補強しただけ。あの領域に辿り着けたのは、アナタの確かな力よ。誇って良いわ」
「あなたは……誰なんですか……?」
「今は知らなくていい。でも、覚えておいて。どんなにこの世界が残酷でも、どんなに辛くても、アナタは決して1人じゃない。私が1人にさせない」
その時、ほんの数瞬だけ、女性の瞳がとても悲しそうに揺らいだ気がした。だけど、それを確かめるより先に女性の手が僕の頭を優しく撫でた。
すると、突然足から力が抜け始め、視界がぐらりと歪み始める。続いて風が吹き、周囲に舞う桜の花びらが僕を囲んだ。
無意識に手を伸ばすけど、女性は僕に優しげな笑みを返した。
「大丈夫よ。ここまで来れたアナタなら、きっとまた会えるわ」
目の前の女性と面識は無い。
無いはずなのに、その言葉には妙な安心感に力が抜け、伸ばした手が下がる。
「良い子ね。おやすみなさい、黎嗚」
呼ばれたのは僕の名前。
しかし、聞こえた発音は、もう誰にも呼ばれるはずの無い懐かしい響きだった。
* * * * * * * * * * * * *
「…………夢、か」
我ながら目覚めて最初の一言としてどうかと思うけど、それが心からの言葉だった。
視界に移ったのは、クレリアの宿屋よりも高く、高級そうな作りになっている洋風の天井だった。視界の端にはシャンデリアまで見える。
「目が覚めたか……」
すぐ近くから聞こえてきた声に振り向くと、そこには立派な椅子に座って預けて座るリックがいた。いつも首に巻いているマフラーが外れていて、かなり楽な姿勢だ。
少し視線を落とすと、椅子の傍には僕がクレリアの宿屋に置いてきた大きめのボストンバッグが置かれてる。
「運が良い奴だな。もう数日長く寝ていれば、しばらくルーンベールに置き去りにされていたところだったぞ」
「それ、どういう意味?」
「お前が倒れた後に帝国がルーンベールから撤退し、現在で3日経ってる。次の目的地はすぐに決まったが、ギリギリ5日まで待ってお前が目覚めなかったら此処に置いていく予定になっていた」
リックの言葉を聞き、僕はそっかと返して天井を見上げた。
前に倒れた時は一日半ほどだったが、今回はその倍以上の時間寝ていたらしい。まあ、自分でもかなり無茶したと思ってるから驚きは無い。
体を起こしてみても、体は悲鳴を上げないし、痛みも特に無い。どうやら、内外問わずに傷は殆ど治ったみたいだ。
「アルティナと龍那が交代で治癒術を掛けていたが、お前自身の治りが早いおかげで左肩と脇腹の外傷は一日で完治した。他にも師匠が診た限り、全身の筋肉と脳にかなりの負担があったらしい、死んだように眠っていた原因はそっちだろう」
眠っていた日数が日数なので何も言い返せず、僕はジト目でリックを一睨みしてベッドから起き上がる。
高級そうな絨毯の上を裸足で歩き、カーテンを開けて外を見てみると、昼の日差しが差す街並みが高く見下ろせた。
「もしかして……ここって王城の中?」
「ああ、幸い城の中はあまり荒らされていなかったからな。重傷のお前はもちろん、少なからず負傷していたオレ達にも拠点として都合が良かった」
「まあ、クレリアまでの距離も近いわけじゃないしね。他には誰がこの街に残ってるの? 首都なんだし、リック1人ってわけじゃないでしょ」
「オレの他にアミルとエアリィ、師匠とアイラ姫が残ってる。オレ達はお前の看病と見張りの為だが、師匠達は内政整理の為に来てる」
思ったより少ない人数だけど、何だかアイラさんとサクヤさんに会うのは気まずい感覚がある。特にアイラさんには戦闘中に忠告されたのを覚えてる。
あくまで予想だけど、あの人達に説教されたらかなりキツイ気がする。
「心配を掛けたのは事実だろう。せいぜい絞られるんだな。姿が見えなくなるほどの無茶な身体強化をやって後遺症1つ無かったことだけでも奇跡だぞ」
「え?…………ああ、違うよリック。アレはフォースの身体強化じゃなくて、僕が使う流派の奥義の1つだよ」
「…………なに?」
僕の言葉にリックの体が一瞬カチンと固まり、信じられない者を見るような目でこちらを見た。まあ、その反応は正しい。普通に考えればリックの言ったことの方が信憑性がある。
『御神流奥義之歩法・神速(しんそく)』
これが僕の使った奥義の名前であり、御神の剣士が一人前を名乗る登竜門の1つであり境地だ。
僕はこの技を夢の中の人がやっていたのを見たことがあったけど、今の今まで使うことが出来なかった。ただ体を鍛えるだけじゃ、この技は使えないからだ。
人間は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五感で周囲の状況を判断・認識している。
だけど、視覚が凄まじい集中力を発揮した場合は、脳が他の感覚を遮断し、視覚だけに全ての能力を注ぎ込む状態が起こる。ようは、脳内のリミッターが外れるのだ。
この時は通常では考えられないような視覚能力が発揮され、時間間隔が引き伸ばされたことで本来見えるはずのないスピードでもハッキリと認識できるようになるらしい。
マンガなどで見る剣が止まって見えるという現象も、こういう形で視覚が極限まで研ぎ澄まされることによって起こるのだ。
あの時、僕の目に映る世界の全てがスローモーションに映ったのはこれと同じ現象。色が無くなって白黒に見えたのは、脳がその場面で不要な情報と判断して分析をカットしたからだ。
本来、そういった感覚は通常は発揮されることがない。だけど、自分の意識を極度の集中状態にすることで、その感覚を強制的に発揮させるのがこの『神速』だ。
当然、そんな感覚を発揮できても身体が追いつくことはないけど、『神速』を使用した御神の剣士は人間が無意識に掛けているリミッターを一時的に解除して戦闘を可能にしてる。
スルトを『薙旋』で斬った後に体中が悲鳴を上げたのは、これの反動だ。ほんの十数秒でも、無意識で掛けられたリミッターを外せば肉体への負担は軽くない。
この『神速』があるために、完成された御神の剣士は反則じみた強さを持つ。それを倒す為なら、銃火器を装備した人間がざっと100人は必要らしい。
「なるほどな……極限の集中力を引き金に発動する技か。それならあの移動速度も、今まで使えなかったのも納得できる。だが、そんな技を使いこなすことが出来るのか?」
僕の説明を聞いて、呆れながらも何とか納得したという感じのリックは、そんな疑問をぶつけてきた。
またもリックは正しい。
この『神速』を発動させる最低条件は、普段人間が発揮できないほどの集中力を自分の意思で引き出すことなのだから。
だけど……
「大丈夫。まだまだ完璧とは行かないけど、きっと使える」
何故か僕の中では自信……いや、確信があった。
あの時、アイラさんとエルミナの死を目前にした時の感覚。あの感覚を掴むことが出来れば、『神速』を使いこなせる。
「そうか……なら、せいぜい頑張ることだな。無意識に『神速』とやらを発動させて、戦場のど真ん中で倒れられたら良い迷惑だ。だが、今日は鍛錬をさせんぞ? 他の奴等からも念を押されてるんだからな」
「わかってるよ。僕も流石に3日寝た体ですぐに鍛錬はしないよ。でもさ、ただ寝てるのも退屈だし、ちょっと協力してくんない?」
そう言って僕がボストンバッグの中から取り出したのは、ぬいぐるみを収録した一冊の雑誌。それをリックに渡す。
「……なんだ、コレは?」
「掻い摘んで言うと、エルデの可愛い物品が書いてある本。これを女性陣の誰かに見せて、一番好きなものを1つ選んでもらって」
「それで、どうなるんだ?」
「僕の長年に渡って磨き続けられてきた家事スキルが火を吹く」
拳を握って断言したけど、何故かリックに引かれた。
ちなみに今の領域まで磨き続けるのに必要な代償は数年に渡るぼっちライフ。あ、やばい。思い出したら何か沈みそう。
「…………わかった。予想は付くから詳細は聞かないでおいてやる。選んでもらうから、お前は絶対に部屋を出たり鍛錬をするなよ」
そんな風に釘を差されて数分後、リックはアミルとエアリィの2人を連れて戻ってきた。どうやら、2人は食事を運んできてくれたらしい。
「良かった。目が覚めたんだね、レオ」
「何日も眠ってたから、心配したんだよ?」
「あぁ~、うん……その点に関してはホントにごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど、2人が選んだのを最初に作るから」
そう言ってリック達3人と会話をしながら食事を終え、僕はリックから雑誌を受け取ってページをめくる。見ると、所々に丸印の付いたぬいぐるみが……アレ?
「リック、何で丸印の付いたぬいぐるみが5つあるの? この街にいる女性陣って4人じゃなかったっけ」
「最後のやつの下に文字が書いてあるからそれを読め。それで分かる」
言われたとおり5つ目のぬいぐるみを見てみると、確かにエルデの文字で何か書かれている。アミルとエアリィを見てみると、2人とも首を振った。
内容は………エルミナが好きそうだから必ず作ってくれ、と。
うん、すぐさま誰だか分かるよコレ。ていうか、時々思うんだけどあの人僕に対して遠慮無さ過ぎじゃない? こんな形で物を頼む文なんて初めて見たよ。
よろしい。ならば、作成だ。
此処まで来れば分かると思うけど、今から僕がやろうとしてるのは、雑誌に書いてあるぬいぐるみを毛糸で編んでみる、というやつだ。
もちろん、雑誌に書いてあるような品物を完璧に復元は出来ない。これを復元するには道具や材料も足りないし、立体の姿が見えないので細かな形が分からない。
でも編み物をしていると精神統一にもなるし、女性陣の為にもなって一石二鳥だ。
バッグの中から服屋で買った毛糸の玉を次々に取り出す。マフラーを編んだ前回よりも色の種類を増やしたので、ベッドの上には色とりどりの毛玉が並ぶ。
「ね、ねぇレオ、邪魔はしないからさ。私達も作るところ見て良いかな?」
おそるおそるといった感じで訊いて来たアミルに続き、隣のエアリィもコクコクと同意を示すように頷く。
「うん。減るもんじゃないし、別にいいよ。今回は無理だけど、機会があったらやり方教えてあげようか?」
「い、いいの? 私達、あんまり上手く出来ないかも……」
「僕だって最初はマフラー編んだつもりが細長い網になったりで、ヒドイもんだったよ。大丈夫、パン作りしてる2人なら僕より上達早いよきっと」
むしろ、僕が長年磨き続けてきたスキルを誰かに教えられるんだから、アミルとエアリィへの指導はむしろ大歓迎だ。いっそ、今度編み物教室でも開こうかな。
そんな流れで、アミルとエアリィに編み物を教えることになり、ついでにリックにも誘いを掛けてみたんだけど、正気か? という言葉と一緒に冷めた視線を返された。
まあ、会話をしながらも僕の両手に持つかぎ針は休まず動き、編み目の一つ一つを確認しながらまずは胴体を組み上げる。
う~ん、なんかリアリティが無いな。よし、後で裁縫を加えて目や口を改良しよう。
んで、今度は服を編む番だ。ここは注意しないといけない。拾いながら増やし目すると服がまるでアフロのように膨らんでしまう。
えっと、これが1目分だから、ここを一辺にすくって……こまめに拾うと。2目拾って1目、2目で1目、2目で1目、と。
そんな感じで自分の世界に入った僕は、順調にぬいぐるみの作成を進めていった。
* * * * * * * * * * * * *
Side Out
ベッドに座りながらぬいぐるみを編むレオの姿を、リックは少し離れた位置から見ていた。
レオの表情は普段の温厚そうなものでなく、まるで戦闘中のように引き締まっている。
その手元をアミルとエアリィが感動しながら見ているのだが、レオはそれを気にも留めていないのだろう。あの集中力にはリックも素直に白旗を揚げた。
(あいつ……実は自分も気付かないうちに『神速』使えてたんじゃないのか?)
だとしたら、何と間抜けな話だ。そう思いながらリックは身を翻し、部屋にあるソファーにゆっくりと座り込んだ。
アミルとエアリィがレオが見ているなら大丈夫だろと思い、眠ろうとソファーに身を預ける。
だが、その時、編み物に集中していたレオが何かを思い出したように顔を上げ、視線をリックの方に向けた。その際、事前に編み目をチェックするのも忘れない。
「そういえばリック、聞きそびれてたんだけど、次の目的地って何処なの?」
その質問に対し、そういえば言ってなかったな、と気付いたリックはソファーに座ったまま質問に答えた。
「お前も一度は行ったことがある場所だ」
そう言ってリックは、壁に飾られているヴァレリア地方全土が描かれた地図を指差した。目が良いレオは、その指が差す場所を的確に捉える。
「オレ達の次の行き先は、エルフの国、フォンティーナだ」
そこは、ヴァレリアの南方に広がる広大な森の土地であり、レオがエンディアスに初めて足を踏み入れた場所だった。
ご覧いただきありがとうございます。
レオが徐々にチートの領域に足を踏み入れていきます。まあ、道のりが遠い上にボロボロになるのは必須ですけど。
今回はあんまり出番が無かったリックとその嫁2人をメインに出しました。リックだって主人公ですからね。うん。
あと、言うまでもなく前半で登場した女性はオリキャラです。
次回から4章に入ります。改めて思うと、進行遅いな私。
では、また次回。