シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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カラミティ様、スペル様、つっちーのこ様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はルーンベール首都でドンパチやらかします。アイラ姫がちょっと主人公で無双です。

では、どうぞ。


第22話 聖王国の決戦

  Side Out

 

 レオの予期せぬ活躍(?)によって食事のメニューの幅が広がった翌日。クレリアに在住する解放戦線のメンバー全員が、サクヤの指示によって酒場に集められていた。

 

「みんな、お待たせ。さっそく会議を始めましょう。まずは、現状についてだけど……」

 

全員の視線がサクヤに集り、聞こえてくる声に耳を傾ける。

 

「精霊王の解放から、霊峰グレイシアを含めてクレリア周辺の敵はほぼ掃討完了。今のところ戦況は落ち着いてるけど、残っているのは……」

 

「……首都を制圧した主力部隊とスルト、ですか。俺もヤツを前線に引きずり出そうと色々やってはいますが……中々乗ってきませんね」

 

サクヤの報告に乗っかる形でフェンリルが重々しく口を開いた。

 

周辺にいた帝国の戦力は確かに掃討されたが、それでもまだルーンベールの王城を制圧した主力部隊とスルトが残っている。

 

しかも、スルトは前に補給部隊を襲った時からまったく前線に現われていない。

 

「あの獣人の性格からして怖気付いたっていうのはありえませんし、帝国側も攻めあぐねてるんだと思います。こっちの情報を探ろうにも、周辺の敵は掃討しましたから」

 

「生き残った味方から情報を聞くことも、こっちに斥侯を出すことも出来ないってわけか。くそ、なんか良い方法はねぇのかな……」

 

腕を組んで考えるレオの言葉に、隣に座るレイジが苛立ち気味な声を出す。

 

そこで酒場の中が沈黙に包まれ、全員が頭を捻って打開策を探す。

 

やがて、一番最初にアルティナが声を上げる。

 

「動かない敵を引きずり出すなら、やっぱり囮かしら」

 

「私もそれは考えたんだけど、あの獣人が食いつくような餌が思い浮かばないのよ」

 

囮というのはサクヤも一度は考えた。

 

だが、流石に将軍1人と主力部隊が動き出すには陽動部隊の1つや2つでは足りなかった。下手に陽動に人数を割いて拠点の守りを手薄にするわけにもいかないのだ。

 

「餌ねぇ~、デカイ骨付き肉でも置いてみるか? スルトが食い付いた瞬間に最大出力の飛焔ぶちこんで肉もろとも消し炭にしてやる」

 

「あの野郎に食わせてやる肉なら腐ってるくらいがちょうど良いだろう」

 

「肉切るの面倒だし、腐った動物の死体で充分じゃないですか?」

 

上から順にレイジ、フェンリル、レオの口からお構い無しの毒が吐かれる。

 

どうやら、この3人のスルトへの嫌悪感は戦線でもトップクラスらしい。普段は温厚な人格の持ち主であるレオが何の遠慮も加えないのだから相当だろう。

 

3人が漂わせる暗黒オーラに他の全員が引き気味になる中、アイラが何処か自信を持ったような雰囲気で歩を踏み出してきた。

 

「その案も捨てがたいが、精霊王の卵を持ったルーンベールの王女、というのはどうかな?」

 

その言葉に、一瞬全員が言葉を失った。

 

今アイラが言ったことはつまり、自分自身を囮にして敵の主力部隊を誘き寄せる、ということだ。確かに、今のルーンベールの情勢下ではこの上ないくらいの餌だろう。

 

「た、確かにそれなら敵が動くかもしれないけど……私達が到着するまでの間、あなた1人で敵陣に孤立する形になるのよ!?」

 

「心配無用だ。これでも“氷刃の魔女”の2つ名をもらっている身なのでな。実力はあなたも知っているだろう? 追い込まれるどころか、逆に殲滅してくれる」

 

サクヤの危惧に答えたアイラの言葉に驕りの気配は無く、絶対の自信と闘志が感じられた。

 

この中でアイラの実力をよく知っているエルミナと竜那が否定の声を上げないということは、少なくとも易々と倒せる実力ではないのだろう。

 

「で、でもアイラ様! たった1人で囮なんて、そんな……」

 

だが、実力を知っていても囮の役割を担うことには不安がある。

 

この中でアイラと最も付き合いが長いエルミナは、言葉にせずとも賛成の様子ではない。

 

「心配しないで、エルミナ。たとえ危機に陥っても、あなた達が影から守ってくれているんだもの。それに、私は王女。この国を守るためには当然よ」

 

「で、でも……」

 

エルミナは言葉に詰まるが、数秒だけ視線を俯かせて考えた。

 

そして、顔を上げたエルミナは決意の宿した表情でアイラに一歩近付いた。

 

「わかりました。アイラ様が囮になるというのでしたら、私も一緒に参ります!」

 

「え、エルミナ!?」

 

予想も出来なかった案を出され、アイラは少なからず動揺するが、拒否の声が上がるよりも先にエルミナは言葉を続けていく。

 

「私もルーンベールの皇族の1人です。私が加われば、囮としての効果はもっと上がると思います。それに、今までずっと皆さんと戦ってきたんです! 決してアイラ様の邪魔はいたしませんから……!」

 

次第にエルミナは懇願すような視線で語りかけるが、虚を突かれたアイラはすぐに断る事が出来ず、深く考え込んでしまう。

 

だが、アイラがエルミナの願いに答えるよりも早く、レイジが2人に歩み寄った。

 

「こうなっちまったら止めても無駄だと思うぜ。それにエルミナだって充分強いし、傍にはアイラ姫もついてるんだ。心配は無用、だろ?」

 

そう尋ねたレイジの問いにアイラさんは数秒呆然となり、微笑を浮かべた。

 

「やれやれ、簡単に言ってくれるなクラントールの勇者殿は。いいさ、やってやろう。エルミナと私の2人が、お前達の活路を開こう」

 

「では、作戦は決まりだな。生き残ったルーンベールの皇族の生存情報なら、スルトは必ず動きます。隊長」

 

「そうね。それじゃあ、さっそく準備にとりかかりましょう! 作戦の詳しい段取りが決まり次第、首都の王城を目指して出発よ!」

 

フェンリルの決定にサクヤが号令を飛ばし、戦線メンバーが一斉に動き出した。

 

その中、身を翻して酒場を出ようとしたレオの肩をアイラが後ろから優しく掴んだ。

 

「レオ、今回の戦闘はルーンベール国内の帝国の戦力を排除する重要な一戦だ。“アレ”を使う機会は必ず来るだろう。準備はしておけ」

 

アイラはそれだけ言ってレオの肩を軽く叩き、隣を通り過ぎていった。

 

レオはその背中に何も言わず、懐から取り出したエールブランに貰ったグラマコアのカードを指先で軽く弾いて打ち上げる。

 

実を言うと、レオはすでにアイラからフォースの使い方を習っている。

 

レオ本人としては、まだ心の中に思うところがあったのだが、アイラはそんなレオの迷いを知ったことではないと言うように押し切った。

 

もうちょっと弟子の苦悩を尊重しても良いんじゃないの? とも思ったのだが、今となってレオの口に浮かぶのは、文句ではなく苦笑くらいだった。

 

何せ急に鍛錬を始めると推し進めてきた理由が、エルミナの修行メニューが思いついたから最初にお前で試す、である。

 

もう本当に、レオとしては笑うしかないのだった。

 

「……いよいよ、か」

 

落ちてきたカードを右手でキャッチし、今度こそレオは酒場を後にした。

 

それから数時間後、準備を整えた解放戦線はクレリアを出発した。

 

そこからアイラとエルミナは2人だけで移動して王城へ進行。その知らせを聞いたスルトは首都近辺に駐留した帝国の主力部隊を連れて出撃した。

 

 

 

 

   *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   

 

 

 

 時間が経ち、ルーンベールの首都全体には夕日の光が差し始めていた。

 

街中に聳え立つ王城に、黒狼の獣人を先頭にしたドラゴニア帝国の部隊が足を踏み入れた。その軍勢を迎えたのは、大きな正門の前に立つアイラとエルミナの2人。

 

「お前がスルトか……なるほど、あの3人が嫌悪感を隠そうとしなかったのも頷けるな」

 

片手に氷の結晶を埋め込んだロッドを持ち、アイラは先頭を歩いてきたスルトと対峙した。軽く全身を見てみると、鎧にレオが刻み付けた3つの傷跡が修復されている。

 

スルトは周辺を軽く見回し、アイラ達以外に人が見当たらないことを確認した。

 

「なんだ、囮はお前等だけか。てっきりフェンリルの野郎も来てるかと思ったんだがな」

 

「囮だと、わかってたんですか……?」

 

「この戦況でルーンベール皇族の生き残りが単身で城に戻る。頭のネジがとことん緩んでねぇ限り、どう考えても罠としか思えねぇだろ」

 

エルミナが驚愕の呟きに溜め息を吐いたスルトが言葉を返す。隣に立つアイラは何も言わないが、他から聞いていたスルトの破綻性からこの展開は予測はしていた。

 

この血に飢えた獣人は、罠だと分かっていてこの場に出向いたのだ。それもご丁寧に主力部隊の殆どを引き連れて。

 

「ならば何故この場に現れた? お前の言葉を借りるなら、頭のネジがとことん緩んでいない限り、この場に策も無しで部隊を引き連れて来るのは異常だと思うが」

 

「ハッ! ……俺にとっちゃ、あの能無し司祭の言う国取りなんざ興味ねぇんだよ。俺はただ、この手で1人でも多くの敵をぶっ殺せれば満足なんだよ」

 

手に握る斧の刀身を舌で舐めながら、スルトは瞳の中に渦巻く狂気を放つ。

 

その様子にエルミナが僅かに怯むが、庇うように前に立ったアイラは変わらず冷静な表情でスルトの視線を受け止める。

 

「あくまでお前が望むのは殺戮であり、国取りはその行動の果てに存在する結果でしかないと言うわけか。なるほど、聞いていた以上の人格破綻者だな」

 

「単身で囮になりに来たお前等も良い勝負だと思うぜ。てなわけで…………死ねや」

 

スルトの言葉に続いて、側に控えていた何体もの帝国兵士やブリザードウルフが一斉に動き出し、アイラとエルミナに襲い掛かる。

 

その者達が手に持つ剣や爪が振るわれれば、アイラとエルミナの華奢な体など数分で血まみれの肉塊へと姿を変えるだろう。

 

だが、その刃と爪は1つも到達することなく、地面を突き破って出現した氷の壁に全て阻まれた。

 

「今のルーンベールの自然環境がどういう状態かは知っているだろう? 何せ、他でもないお前達が招いてくれた事態なのだからな」

 

夕日の光を反射させて輝く氷壁が徐々に崩れる中、その奥からアイラの声が聞こえた。

 

「本来、ルーンベールは温暖な気候の国だが、今は国土の7割が雪と氷に包まれた真逆の世界だ。しかし、天変地異も時としては人の力となる」

 

帝国兵士やブリザードウルフが警戒する視線の先で、アイラの手の平に凄まじい速度で白色の風が集まっていく。その正体は、大気中に無尽蔵に漂う冷気。

 

すると、崩れていく氷壁の欠片が宙に浮遊し、質量を増大させていくと共に形を変えていく。やがてソレは、アイラを囲む形で全長5センチ程の無数の氷の棘となった。

 

「皮肉なことにな……お前達の目の前にいるルーンベールの王女の力は、本来の状態よりも異常気象に晒された今の方が圧倒的に強力なのだよ」

 

直後、空中に浮遊した無数の氷の棘が四方八方に銃弾のような速度で放たれ、クレイモア地雷を炸裂させたような破壊の嵐を撒き散らした。

 

面制圧で放たれた無数の氷棘は近い順から敵を蜂の巣に変え、絶命させると共に後方へ大きく吹き飛ばした。

 

「なるほどな……有り余るくらいに周りに溢れてる冷気のおかげで、術の力が普段の何倍も引き上げられてるわけか」

 

一瞬で王城近くまで連れてきた戦力の2、3割がやられたが、スルトは動揺しない。

 

フォースは術者の技術次第で様々な力を生み出せる。

 

だが、今のルーンベールには大寒波によって雪や氷、占めては冷気が吐いて捨てるほどに存在する。ならば、それを掻き集めて術の効果を増幅にしてしまえば良い。

 

結果、アイラが最も得意とする氷結魔法の威力は、1の力で10や20にも届く程の違いをもたらしていた。

 

「いいねぇ~……思ってたよりずっと楽しめそうじゃねぇか」

 

だというのに、撒き散らされた氷棘は1つたりともスルトに届かなかった。

 

それもそのはず、スルトは氷棘が放たれた瞬間、自分のすぐ傍にいた兵士の体を盾に使ってダメージを無くしたのだ。

 

自分の手の中で死んだ兵士をゴミのように放り投げ、スルトは笑みを浮かべる。

 

そんな時、王城の外から幾つもの爆発や打ち合う金属音が聞こえてきた。

 

「お前に……いや、お前等にずっと言っておきたいことがあった」

 

アイラの静かな声と共に、手の平に集まった冷気はさらにその勢いを増していく。集束した冷気はやがてアイラの手を離れ、巨大な白い竜巻へと姿を変えた。

 

「この国は、今は亡き我が兄と弟が眠りし大地だ。その聖域を此処まで荒らしたからには、地獄も生温いと感じる苦しみを覚悟しろ。その腐りに腐った魂、1つ残らず粉々にしてくれる」

 

怒りの熱すら吹雪に捧げ、枯れることない激情は無慈悲なる断罪となって具現する。

 

逃れようとする敵を飲み込み、肉体の全てを凍結させ、軽く横に手を払うだけで出来上がった氷像が一斉に砕け散る。

 

そんな時、城門の近くを固めていた兵士達が、爆風と共に纏めて吹き飛んだ。

 

その場にいる全員の視線が集まると、そこには青い光を噴き出す大太刀を手にした者を先頭に、5人の影があった。

 

 

「生きようと願う者達の……我等の結束と怒りを嘗めるなよ、化け者共が」

 

 

吐き捨てるように、されど刻み付けるように、アイラ・ブランネージュ・ガルディニアスは闇の軍勢に宣言した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 レイジとユキヒメの一撃で城門前の敵を薙ぎ払い、続いてレオ、サクヤ、リック、フェンリルの4人も数歩遅れて入城する。

 

そこから見えたのは、城の庭園の面積を半分以上埋め尽くす程の敵の群れ。だが、その光景に圧倒されるメンバーはこの中の誰にもいない。

 

皆がそれぞれ武器を構える中、レオは両手の小太刀を鞘に納めてグラマコアのカードを取り出す。

 

「……お願い」

 

それだけ言うと、青色のカードはガラス細工のように砕け散り、飛び散った無数の光がレオの体に付着して輝きを放つ。

 

まず最初に変化するのは身に付ける衣服。

 

一番上に羽織っていたロングコートと一緒に小太刀が鞘と共に消え、黒色のズボンは薄い青色に、真っ白のYシャツは水色に変わる。

 

そして、Yシャツの上に左手だけ暗器を仕込んだホルスターが装備され、それを隠すように真っ白の丈が太もも近くまであるトレンチコートを着る。

 

最後に2本の小太刀、麒麟と龍麟の光が左右の手に近付き、グラマコアがこの力を使う際、レオに最適と判断した武器に姿を変える。

 

左手にはコートの上から装備された白銀のガントレット、クリュスタルス。だが、普通の物とは違い、後部から氷で出来た剣が冷気を漂わせながら飛び出している。

 

右手には2メートルに届く長い棍棒、ミヅハノメ。いや、片方の先端にサファイヤのような青い宝石が埋め込まれているので、実際には杖なのかもしれない。

 

外見だけを見るなら、先程までとは別人にすら思える真逆の色を宿した姿。

 

これが、エールブランから貰った力、グラマコアを使用したレオの姿だった。

 

「さて……行こうか、グラマコア」

 

右手に持った棍棒で肩を叩きながら呟き、レオは自身の周囲に満ちた精霊たちの輝きを背中に真っ直ぐ突っ込んでいった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 少数対多数のせいか、戦場はすぐさま大乱戦の戦場と化し、僕達の位置とアイラさん達の位置から見て互いに真ん中にいるスルトは黙って戦場を見ている。

 

片方ではアイラさんの起こす猛吹雪とエルミナの爆炎の嵐が吹き荒れ、もう片方ではレイジの斬撃によって発生した衝撃波が暴風を生む。

 

派手さなら場外よりも格段に大きい城内で戦闘が開始され、レイジを先頭に突っ込んでいった僕達は、すぐにそれぞれで多数の敵を相手にしていた。

 

もちろん、それは僕も同じだ。

 

剣を振り上げながら迫る兵士に向かってこっちから近付き、そのすぐ左隣を通過する瞬間に棍棒を兵士の両足に引っ掛け、腰の捻りと共に右薙ぎに振り抜く。

 

すると、兵士の体は両足い続いて後ろに引っ張られ、空中に浮かんで見事な一回転を決める。その後に、何をされたのか気付かない内に頭から地面に落下する。

 

続いて左手を棍棒から離し、左側から斬りかかって来た兵士の手首を手刀で叩いて斬撃の軌道を大きく逸らす。

 

目の前を兵士の腕が通り過ぎ、僕は震脚と共に突き出した左肘で兵士の腹部を鎧越しに叩き、『徹』によって防具を素通りさせた衝撃で骨を砕く。

 

そのまま左腕を振り抜き、棍棒を両手で握りながら横へ動く勢いを利用して回転。一斉に飛び掛かってきた数匹のブリザードウルフの顎をへし折って後退させる。

 

もうすでに10体以上は戦闘不能にしたけど、周りにはまだまだ敵がいる。

 

だから、ここは1つアイラさんに教えてもらった魔法の成果を披露するとしよう。

 

左手を頭上に掲げ、少し目を見開きながら精神を集中する。

 

 

『今ここにあるものを見ず、今ここにあるものではないものを見ろ』

 

 

鍛錬を受ける前にアイラさんが、まずこれだけを覚えておけ、と念を押した言葉。

 

とんちのようなその言葉を聞いた時には意味も分からなかったし、正直今もハッキリとは分かっていない。だけど、不思議とその言葉は魔法を使用するたびに頭に浮かぶ。

 

すると、棍棒の先端に埋め込まれた宝石が輝き、ガントレットの後部から飛び出している氷の剣から凄まじい勢いで冷気が噴き出す。その冷気は僕の周囲に漂う精霊達の光と一緒に手の平に集まっていく。

 

だけど、僕の魔法はアイラさんのとは違い、すぐに質量を宿して膨れ上がっていく。

 

これがグラマコアの武装の1つ、クリュスタルスが与えてくれる能力。

 

後部の氷剣から常に大気中の冷気を吸収して内部で圧縮、僕の自由なタイミングでそれを解放して術の威力を上昇、または発動速度を短縮出来る。

 

やがて僕の手の平に生まれたのは、3メートルにも届く巨大な氷の球体だった。

 

「アイスシェル」

 

呟いて、氷の砲弾をボーリングよろしく回転の遠心力とアンダースローのような型で投擲。轟音を立てて地面を抉り、直線状の敵を派手に吹っ飛ばす。

 

帝国側から様々な悲鳴が響く中、僕はチラリとスルトに視線を向けてみる。

 

すると、まだ動いていないスルトとちょうど目が合った。だけど、スルトは僕に向かって相変わらず虫唾が走る笑みを浮かべるだけだった。

 

(へぇ……)

 

予想から外れた反応に少しカチンと来た僕は少し目を細め、棍棒で肩を軽く叩く。

 

その時、背後から4人の兵士が剣を構えて近付いてきた。

 

僕は後ろを振り返らず、左手だけで棍棒を右脇腹から腰の後ろに通して上半身だけ抜刀術を放つような構えを作る。

 

そのまま後ろに大きくバックステップし、兵士の懐へと逆に飛び込む。突然の行動に距離感を狂わせられた兵士は動きを固め、隙が生まれる。

 

得物と構えはそのままに、バックステップで足が地面に着地した瞬間、重い震脚が地面を踏み鳴らす衝撃音が響く。それと同時に全身の重心を左へ傾け、上半身と腰を瞬発力を生かして思いっきり右に捻る。

 

そこから左腕を振り抜くと、僕の背中と兵士の鎧の間にあった棍棒の打撃面に全ての運動エネルギーが集束する。

 

横に並んだ4人の兵士全員がばぁんっ、という軽い破裂音と共に砲弾のような速度で来た道を真っ直ぐ吹き飛んでいった。

 

その際、3人の兵士は直線状のボーンファイターやブリザードウルフを巻き込んで薙ぎ払い、仲良く道ずれを連れて庭園の端に激突。

 

残りの1人も同じく道ずれを作りながら吹き飛ぶけど、その最終的な行き先は庭園の端ではなく、スルトの目の前だった。

 

以前の僕なら到底実現出来なかった芸当だけど、レイジ達と同じくフォースによる身体強化が出来るようになった今ならばこのくらいは難しくない。

 

しかも、グラマコアの武装、ミヅハノメとクリュスタルスは僕が身に付けた体術とすこぶる相性が良い。今の攻撃も、八極拳の『寸勁』と伊吹の本家で中学卒業まで習った棒術の合わせ技だ。

 

だけど、今まで僕がフォースの身体強化を使っていないと言ったら、皆から揃って信じられないと言う感じの視線をぶつけられたのはまだ記憶に新しい。

 

その場から少し歩き、僕は何も言わずグラマコアの力を解除。光が弾けると共に黒いロングコートを羽織り、両手に小太刀を握る。

 

そして、その先にいた4人の仲間と横並びになる形で合流する。

 

「いつまで慣れねぇことしてやがんだよ」

 

「さっさと降りて来い。お前はこの場で仕留めてやる」

 

「ちなみに、恐怖を感じたとかの下らない冗談は挑発でもいらないので」

 

レイジが大太刀を突き出し、フェンリルさんが鉤爪を展開した両手を握り締め、僕が両手の小太刀を構えてスルトを睨む。

 

周りにはまだまだ敵が残っているけど、問題無い。スルトと一緒に纏めて相手をすればいい。僕達3人はもちろん、サクヤさんとリックもそのつもりだ。

 

そして、この状況で何の反応を示さない程、僕達の前にいる獣人の思考はマトモじゃない。

 

「ははっ……ひゃはははっ! ……いいぜ! いいぜお前等! ルーンベールの王女といい、お前等といい、前以上に俺の刃を疼かせるじゃねぇか!!」

 

天に向かって吼えたスルトは笑みを浮かべたまま瞳の中で殺意と狂気を沸騰させて高く跳躍。牙を剥き出しにした黒狼が僕達の頭上から襲い掛かってきた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はアイラ姫の活躍とグラマコアのお披露目でした。とりあえず、兄と弟が死んでケイロンまで殺された状況でアイラ姫が怒りを覚えないはずがない。

グラマコアの武装、長棍棒のミヅハノメの見た目は『DOG DAYS』のエクスマキナの両先端にサファイアを埋め込んだ感じ。

ガントレットのクリュスタルスは『鋼殻のレギオス』のサヴァリスの天剣の後ろ部分を氷の剣にした感じです。

では、また次回。

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