シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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めだか194様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は戦闘後のレオのお話です。

では、どうぞ。


第17話 夢が見せる傷

  Side Out

 

 夢というのは1つの世界である。

 

だが、そこへ踏み入った時に見えるモノはその度に違う。

 

時に幸せ。時に不幸。時に未来。時に過去。類を出せばキリが無い。

 

ただ1つ、誰もが納得する共通点を出すならば、必ず終わりが来る、ということ。

 

その終わりを惜しいと思う者もいれば、悪夢の出口を見つけて安心する者もいる。

 

だとすれば…………

 

今新たに夢の世界へと足を踏み入れたレオの終わりは果たしてどちらだろう?

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 今の年から2、3年前、つまりは中学生だった頃の冬休み。その時の僕はまだ生きている姉さんと一緒に屋敷の中に居ることが多かった。

 

本当は僕も姉さんも街に出かけたいのだが、年末が近い冬休みの期間は伊吹家の人間としての仕事がたくさん入っており、親とかいう次元じゃなくて、“一族”が外出許可をくれない。

 

仕事というのは、具体的には日本のあちこちから集まってくる伊吹家の人間への挨拶と顔合わせ、伊吹本家に産まれた子供として一族を代表して受ける清めや祈り、お経などだ。

 

幾ら僕や姉さんの持つ“異能”などを捨て去りたいと言っても、伊吹家は代々続いてきた家系は、日本の“寺”だ。だから、このような行事には僕達の両親も嫌な顔1つしない。

 

そんなわけで、家に缶詰となった僕は胴着に着替えて中庭で木刀の素振りをしており、和服姿の姉さんは縁側に座ってそれを見ている。

 

「熱心ね、黎嗚。でも、体を壊さないように気を付けてね」

 

「大丈夫だよ。体も充分に暖まってるし、もうすぐ切り上げるから。でも姉さん、僕の稽古なんて見てても面白くないでしょう」

 

「屋敷を歩いても知らない人の長話に付き合わされるだけだもの。それならあなたの頑張っている姿を見ている方がずっと良いわ」

 

姉さんの言葉にそっか、と返答し、僕は再び木刀を振り上げる。

 

夢で見た憧れの人の太刀筋を思い描き、それをなぞるのではなく参考にする形で木刀を振り下ろす。続いて左手の木刀を振り、間髪入れずに右手へと切り替える。

 

「っ! ハァッ!」

 

最後の締めにと気合の声を上げ、両手の小太刀を全力で振り抜く。

 

風切り音が周囲に広がり、深く息を吐いて肩の力を抜いた。

 

「……ねえ、黎嗚。前から訊いてみようと思ったんだけど、強くなってどうするの? もしかして、大おばあ様が言ってた“あやかし狩り”になるの?」

 

あやかし狩り。

 

それは過去の時代に強力な異能の力を宿した陰陽師や僧、他にも様々な術者が行っていたと言われる行為。いや、ある意味では仕事と言った方が良いかもしれない。

 

やることは単純で、人に害なす妖怪や悪霊を殺す、それだけだ。例え無関係な人間が憑依されていたりしてもお構いなしに殺す。影では人間よりも冷酷な殺し屋とまで言われた。

 

大おばあ様が言うには、この仕事は明治の頃から存在が確認されており、今でも人知れずにその道の達人がやっているらしい。最も、昔のような冷酷思考な人はいない殆どいないだろうけど。

 

「……いや、そんなつもりはないよ。僕はただ、自分が守りたいって思った何かを自分の手で守れるようになりたいだけ。それに、今の僕の腕じゃ妖怪の相手なんて無理だよ」

 

腕、というのは御神流はもちろん、霊能力に関しても言えること。

 

どちらも才能が平凡、あるいは低い方になる僕は悲しいことにまだまだ未熟者だ。

 

「そう。昔から変わらず、黎嗚は優しいわね」

 

微笑みながらそう言った姉さんは細い手を伸ばして僕の頬を優しく撫でる。

 

「でもね。それならどうして…………姉さんを止めてくれなかったの?」

 

その声が聞こえた直後、腹部から走った衝撃が僕の体を打ち抜いた。

 

「…………え?」

 

視線を真下に落とすと、そこに見えたのは胴着越しに僕の腹部を貫く一本の小太刀。柄と鍔が共に黒いその小太刀に、僕は見覚えがあった。

 

麒麟。それが今姉さんの手に握られている小太刀の名前だ。

 

だけど、何故それが僕の体を貫いているのか、理解する事が出来ない。

 

そして、混乱する思考に更なる追い討ちを掛けるように、再び衝撃が僕の体を穿つ。

 

「あ……え……?」

 

体を貫いたのは、またしても一本の小太刀だった。雪のように白い刀身を持つそれの名は、龍麟。だが、今度の衝撃は背後から襲ったものだった。

 

「そうだよ……どうして、私を助けてくれなかったの?」

 

聞こえてきたのは、知らない声だった。

 

視線だけ振り返り、そこにいたのは龍麟を握る1人の少女。

 

虚ろな瞳で僕を見上げるその表情に宿る感情はよく分からない。

 

「あなたがあのクリスマスの夜に私を止めてくれれば……」

 

声を聞いて前に振り返ると、姉さんの頭部から血が流れ顔面や和服が血まみれになる。

 

「あなたがあの獣人に負けないくらいもっと強かったら……」

 

後ろに立つ少女の小さな体に大きな傷が刻まれ、傷口と口元から血が溢れ出す。

 

「「どうして……?」」

 

血まみれになった真っ赤な手が前後から僕の顔を力無く掴んだ。

 

とっくに思考が理解出来る許容限界を超えていた僕は唇が震えるだけで言葉が出せず、まともに動かなくなった視界の中で目を見開く。

 

「「……どうして、私達を見殺しにしたの?」」

 

その言葉を引き金に、僕の意識は絶叫と共に断絶した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「…………ッ!!」

 

僕は覚醒と同時に跳ね起きた。未だハッキリしない意識の中、視線が周囲を彷徨う。

 

だけど、起きた途端に腹部から激痛が襲い掛かり、幸か不幸か意識が平常に戻される。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!!」

 

荒い呼吸をしながら体を見下ろすと、僕の体は大量の寝汗を流しており、上半身と頭部に巻かれた包帯は汗を吸い取ってべったりと体に張り付いている。

 

(夢……うなされてたのか……)

 

続いて周りを見回すと、暗い室内に月の光が差す窓を見つけた。雪の降る景色を見る限り、どうやら此処はクレリアの宿屋みたいだ。

 

多分、あの戦闘で気絶した後、皆が街に運んでくれたんだろう。

 

「熱い……」

 

僕は肋骨の痛みを堪えながら熱が走る体を起こし、ベッドの傍に掛けられていた黒いロングコートを羽織って部屋を出る。

 

幸い、屈んだり激しく動いたりしなければ肋骨は痛まないみたいだった。

 

宿屋を出ると低温の空気が肌を刺激するが、熱が走る今の体には心地良かった。そのまま雪が降る中で足を動かし、クレリアの街を一望出来る高台に向かう。

 

「綺麗だな……」

 

高台から見える光景は、零した言葉の通りのものだった。

 

月光の光を含んだ白い雪が降る中で無数の街灯が輝いている光景は、とても幻想的だ。

 

僕はコートのポケットからにタバコと銀色のジッポライターを取り出し、手馴れた動作で咥えたタバコに火を付ける。軽い吐息と一緒に紫煙を吐き出すと、心が幾らか落ち着く。

 

思えば、エンディアスに来てからタバコを吸ったのはこれが最初だ。別にヘビースモーカーというわけじゃないけど、この世界に来てから吸うことが殆ど無かった。

 

「あまり感心しないわね。未成年の喫煙は」

 

言葉のわりに怒りの気配が感じられない優しい声が聞こえ、首だけを動かして振り向く。そこには、白い雪景色の中で神秘的な美しさを放つ黒いドレスを着たサクヤさんがいた。

 

「こっちに来る一年前には吸ってたんです。お酒とかも同じくらいの頃から飲んでましたけど、今も昔も変わらず健康な体ですよ」

 

「そうなの? とても真面目そうに見えたけど、あなたって意外にやんちゃなのね」

 

サクヤさんの言葉に苦笑をこぼし、再び紫煙を吐き出す。

 

夜の暗闇に溶ける紫煙をぼんやりと見つめ、その場に少しの間だけ沈黙が落ちる。

 

「……僕、どのくらい寝てました?」

 

「あと数時間で丸2日になるところだったわね」

 

つまり、少なくとも1日半は寝ていたというわけだ。

 

無茶したのはわかってるけど、随分長い時間だ。

 

「……レオ、大丈夫?」

 

短い問いに僕は一瞬呆然となり、サクヤさんの方を見る。

 

「……僕、そんな酷い顔してます?」

 

「違うの。顔色が悪いわけじゃなくて……目が、とっても悲しそうなの」

 

そう言ったサクヤさんは心配そうな表情で僕の顔を見上げた。

 

悲しそうな目。そう言われたことを誤魔化すように僕は視線を横に逸らした。無意識にそんな目をしてたんだから、意識して直せる自信は無かった。

 

「少し、嫌な夢を見たので……多分、そのせいだと思います……」

 

「そう……あのね、あなたが眠ってる間、あの時生き残った男の子から伝言を預ったの」

 

ビクッ! と反射的に自分の肩が震えたのが分かる。この時ばかりは、自分の顔が青ざめていると確かに自覚出来た。

 

多分、僕は怖いんだ。話した事もないあの子に、罵られることを。

 

でも、逃げてはいけない。そんな権利は僕に無いし、僕自身が認められない。

 

サクヤさんの言葉を待つ今の時間が、とても長く感じる。まだ十秒も経ってないだろうけど、僕の意識の中ではそれが何倍にも引き伸ばされている気がする。

 

「ありがとう」

 

「…………え?」

 

一瞬、聞こえてきた言葉が理解出来ず、思考が停止した。

 

錯覚じゃないかと疑うように小さな呟きがこぼれ、咥えたタバコが雪の上に落ちる。

 

「命を助けてくれて、何も出来なかった自分達を必死に助けようとしてくれて、お姉ちゃんの為にあんなに怒ってくれて、ありがとう」

 

そう言いながら、サクヤさんが僕と視線を合わせる。

 

「……今はとても悲しいけど、いつかお礼が言いたいって」

 

言葉を聞き終えると共に地面に膝を付き、僕は高台の手すりに両手の拳を叩き付けた。

 

視線が沈み、拳を握る両手が震え、どうにか動く口から言葉にならない低い叫びが漏れる。

 

「くそぉ……ちくしょう…………!」

 

心に満ちる悔しさの感情を抑えられなかった。

 

改めて、どうして間に合わなかった。どうして助けられなかったと自分に訴える。

 

そんな時、伏せていた顔が持ち上げられ、優しい手つきで抱き締められた。

 

「あなたは誰よりも頑張った。そのことは私が絶対に忘れない」

 

そう言ってくれながら、サクヤさんは僕の頭を抱き寄せてくれた。精神的な限界が近くなっていた僕は力無く頷き、自分を包んでくれる温もりに身を委ねた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「……もう、大丈夫です。ありがとうございました」

 

「そう。それじゃあ、宿に戻りましょう。体が冷えてしまうわ」

 

気持ちの落ち着きを取り戻したレオはサクヤの言葉に頷き、一緒に歩を進めた。

 

先程の自分に対する気恥ずかしさを隠しながら歩くレオの様子に子供のような可愛らしさを感じ、サクヤは微笑を浮かべながらも隣を歩く。

 

そんな雰囲気のせいで自然と歩くペースが速くなったのか、いつの間にか宿屋に辿り着いていた。

 

「……サクヤさん」

 

「ん?」

 

雪の降る空を見上げながら、レオはサクヤの名を呼んだ。

 

小さく首を傾げながらサクヤが見上げた先にあったのは、サクヤが良く知っているいつも通りのレオの目だった。優しさが宿り、強い意志を持つ目だ。

 

(ああ、良かった。いつものレオだ……)

 

「僕、強くなります」

 

その言葉を聞いて、サクヤは気付かれないほどに小さな安堵の息を吐き、レオの肩を少し強めに叩いて笑顔を見せた。

 

「頑張りなさい、レオ」

 

その声援に対し、レオも微笑を浮かべて答えるのだった。

 

 

 

 

 余談だが、勝手に部屋を抜け出したレオはこの後アルティナに大目玉をくらい、リンリン(猫形態)の監視の元、怪我が治るまで部屋からの無断外出を禁じられたのだった。

 

その時の本人の感想は……

 

「悪いことした自覚はあるんだけど、ベッドに縛り付けるのはやり過ぎじゃない?」

 

……だそうだ。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回、サクヤ先生のおかげで精神的にもボロボロだったレオは何とか立ち直りました。

まあ、普通なら男の子から送られる言葉って罵倒とかですよね。子供なんですから遠慮なんて無く。ですが、レオが潰れるのでここでは感謝の言葉です。

次回は多分、猛吹雪の中でレッツ登山です。

では、また次回。

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