シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士   作:月光花

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今回は少し長い会話パートです。

では、どうぞ。


第13話 それぞれの目指す道

  Side Out

 

「皆さんに助けに来ていただけて、本当に助かりました。

白竜教団の本殿が破壊され、封印されていたダークドラゴンの一部も奪われて。こちらの別殿に避難していたのですが、結界も破られ、私と剛龍鬼だけでは防ぎきれませんでした」

 

負傷者を含めた戦線のメンバーを全員運び終え、サクヤ達は龍那と剛龍鬼に案内されて神殿の奥の院へと足を運んでいた。

 

壁にびっしりと並んだステンドガラスが陽の光を浴びて輝き、神殿の中じゃなくて聖堂の中にいるみたいだ、と壁に背中を預けるレオは心中で呟く。

 

だが、ダークドラゴンという今まで聞かない単語に首を傾げ、傍にいたリンリンに訊ねてみる。少し驚いたような顔をされたが、納得したようですぐに教えてもらえた。

 

ダークドラゴンとは、ドラゴニア帝国の信仰の象徴であり、同時にこの世界にとって災厄レベルの脅威となりえる化け物(モンスター)のことだった。

 

つまりは、ヴァレリア解放戦線の最終討伐目標だ。

 

「間に合って良かったわ。レオが遠くの戦闘音を聞いたおかげね」

 

「そうだったのですか……ところで、サクヤさん? 私たちを助けに来てくれたということは……今回は、私たちの側についてくれる、ということでよろしいのでしょうか?」

 

「……ええ、そう考えてもらっていいわ。というより、今回はそうせざるを得ないわね。そうしないと、私も納得出来ないと思うし」

 

その意味深な会話の音量は決して高くなかった。だが、『心』の練度において感覚向上の達人であるレオの聴覚は、その会話をしっかりと聞き取っていた。

 

だが、疑問を顔に出さず、腕を組んだまま視線を少し下げる。

 

(何かあるのは明白みたいだけど……味方の事情だ。探らない方がいいか)

 

レオも、自分のことについて他人に探られたくない所がある。それも、恐らく他と比べてたくさん。

 

故に、レオは2人の会話への関心をすぐに捨てた。

 

「わかりました。では、私たちも皆様に出来る限りご協力させていただきます。あなたもいいでしょう? 剛龍鬼」

 

「もちろんだ。龍那がそれを望むなら、俺もそうする」

 

サクヤの返答に満足した笑みを浮かべる龍那と、その隣に剛龍鬼が並ぶ。

 

「ありがとう。あなたたち2人が力を貸してくれるなら、私たちも心強いわ」

 

「……ああ、その、実はもう1人、戦力となる者がいなくもないのですが、いえ、そもそも1人と数えていいものかどうか……」

 

突然言葉を濁した龍那の様子に戦線の全員が首を傾げ、代表してサクヤが問う。

 

「なに? なんのこと?」

 

「見ていただいた方が早いかもしれませんね……剛龍鬼、例のものを」

 

「わかった。すぐに運んでくる」

 

そう答えた剛龍鬼は一端部屋を出て、数分後に戻ってきた。

 

傍には縦に長くて細い、ちょうど人間が1人入れそうな大きさの機械的なデザインをした生体ポッドのようなものがある。

 

全員がそれに近付いて中を見ると、その中には1人の女性が眠っていた。

 

長い黒髪がポッドの中に広がっており、その身にはラインをハッキリと表す黒いフィットスーツ、その上には機械的なアーマーを装備している。

 

「これは……もしかして、かつて失われた戦闘用オルガロイド? どうしてここに?」

 

「何故かはわからないのですが、この別殿の奥に眠っていたのを、先日剛龍鬼が偶然見つけまして……色々やってみたのですが、目覚めさせる方法がわからず……失われた技術に詳しい貴女なら……」

 

戦闘用オルガロイド、という聞いた事も無い単語に他のメンバーは首を傾げるが、失われた技術、そして単語から察するに、どうやらこの女性は未知の技術で作られたヒューマノイドのようだ。

 

「そうね。確かに、戦力としては大いに期待できるわ。だけど、とにかくこれが敵の手に渡らなくて良かったわ」

 

本気で安堵の息を吐くサクヤの様子から、どうやら相当にヤバイものらしい。

 

しかし、安堵の息を吐きながらサクヤが女性の肩をポンポンと優しく叩いた途端、変化が起こった。

 

ピクリとも動かなかったオルガノイドの女性が、目を開いたのだ。

 

「覚醒キー、入力を確認。DNAパターン照合、完了。X型ガーディアン[ケルベロス]、これより、起動シークエンスに入ります」

 

『…………っ!?』

 

全員が反射的に後ろへ飛び退き、自分の武器へ手を伸ばす。

 

レオはアルティナとエルミナを背中に庇うように立ち、右手を麒麟に添える。

 

他のメンバーも似たような様子だったが、オルガロイドが目を開くと同時に生体ポッドも開き、ゆっくりと起き上がり、地面に立った。

 

改めて全身を見ると、確かに目の前のオルガロイドの女性は、戦闘用ヒューマノイドという言葉がしっくり来る外見をしていた。

 

全身の各部に装備されている黒塗りのアーマー各部からは緑色のフォトン光が淡く光り、開かれた瞳の色も機械的な同じ色だった。

 

頭部にはヘアバンドだろうか、巨大なサバイバルナイフのような形をしたアクセサリーが腰辺りまで伸びている。

 

「アクセス可能範囲内に、適格者1名を確認。以後、マスターとして登録……完了。こんにちはマスター。私は、ケルベロスです」

 

機械的な口調で話す女性、ケルベロスの視線の先にいるのは、呆然とするサクヤ。

 

どうやら、先程軽く肩を叩いたのが起動シークエンスに移るトリガーとなったらしい。サクヤにとってはかなり性質の悪い不意打ちだった。

 

「こ、こんにちは。私は、サクヤよ……その、よろしく……」

 

「さすが、というべきなのでしょうか……もしかしたら、その子は貴女が来るのを此処でずっと待っていたのかもしれませんね」

 

「……また、サクヤさんの謎が増えたな……」

 

レオの傍にやってきたレイジが呟く。

 

それは苦笑するレオも同感であり、先程の会話に無くしたはずの興味が戻るのは若干仕方の無いことなのかもしれない。

 

「普段から謎多き方ですからね……ところで、あなた達はもしかして、クラントールから来られたという勇者ですか……?」

 

「ああ……それはこっちのレイジです。僕は半月くらい前にこっちに来ました」

 

「……えっと、どうも」

 

やって来た龍那の問いにレイジは控えめな礼で応じる。

 

レオの言葉に納得したように頷いた龍那はレイジが手に持つユキヒメに視線を移す。

 

「やはり……ではあなたの持つその刀が、かつてダークドラゴンを封印したという伝説の[シャイニング・ブレイド]なのですね……」

 

「シャイニング……ブレイド……?」

 

「え? ええぇ!? ゆ、ユキヒメ! お前、そんなにすごい刀だったのか!?」

 

『な、なに!? 知らん! 私は知らんぞ! そのような事は!』

 

龍那の言葉にレオの呟きに続いてレイジが驚き、さらにはユキヒメも動揺する。

 

今のヴァレリア地方をここまで崩壊させたそもそもの元凶、ダークドラゴンをかつて封印したということは、それに勝利したということだ。

 

だが、ユキヒメ本人も覚えが無いようで、本気で戸惑っている。

 

「落ち着いてください。貴女は知らないのではありません。自ら、記憶を封印しているのです。その身に秘められた力があまりにも強大なために」

 

「強大……?」

 

「はい。貴女はかつて、後にクラントール建国王となる勇者の手の内にあり、彼や、その仲間たちと共に、ダークドラゴンと戦いました。

貴女のその一撃は、巨大な山を崩し、大地を割り、その力の前にはダークドラゴンも対抗できず、その魂は異界へと追放されました……」

 

聞くだけでその力の凄さがよく分かる。

 

大地を割り、山を崩す。それを一本の刀が実現するなど、何の冗談だと思う。

 

つまり、ここ最近レイジとユキヒメが可能にしたハイブレードモードの力でさえ、本来の力の何千分の一レベル、お零れに過ぎないということだった。

 

「そして、ユキヒメさん自身も、その力が誰かに悪用されることを恐れ、自らその霊力と記憶を、封印した……私は、そのように伝え聞いております」

 

『わ、私に、そこまでの力が……!?』

 

「す、すごいですユキヒメさん……!」

 

「ああ、全くだ。……けどさ、それってどうやったら取り戻せるんだ? 今その力が使えれば……」

 

「……確かにな。その封印とやらが解ければ、我々にとっても大きな戦力になるが…」

 

フェンリルの言うことはこの場にいる殆どの者が思って当然のことだろう。

 

龍那が話した通り、[シャイニング・ブレイド]の力が解放されれば、すぐにでもヴァレリア地方のドラゴニア帝国を一掃出来る。

 

実際、過去に総大将のダークドラゴンに勝ったという実績があるのだ。ダークドラゴンがまだ復活していない帝国を相手に勝てない道理は無い。

 

だが、その場の中でただ1人、レオだけは顔を曇らせた。

 

確かに[シャイニング・ブレイド]の力を取り戻せれば、すぐにでも勝つことが出来るだろう。しかし同時に、それほどの力が有れば、世界を取ることも出来る。

 

だが、レオは過去のユキヒメが力と記憶を封印した理由をよく理解出来た。

 

 

“大き過ぎる力は人の心さえも変える”

 

 

レオはその言葉が本当であり、その怖さを身を持って知っている。

 

かつて自分の姉が異能の力と悪霊によって変わってしまったように、[シャイニング・ブレイド]の力が誰かの心を変えてしまうのではないか。

 

レオはそれが一番恐ろしかった。

 

「……よければ今の話、砦に来てもう一度詳しく聞かせてもらえないだろうか」

 

「承知しました。では、剛龍鬼と一緒に、砦にお邪魔させていただきます」

 

だが、1人だけ顔を曇らせるレオの心境を他所に、フェンリルの提案に頷いた龍那と剛龍鬼に続いて戦線メンバーも移動を始めた。

 

列の最後にレオが続いて歩き出すが、ふと、自分に向けられている視線を感じた。

 

そちらを見ると、そこには無表情で見つめるケルベロスがいた。

 

「あの……なにか……?」

 

「いえ、お気になさらず……」

 

おそるおそる尋ねるレオに対し、ケルベロスは変わらず無表情で即答し、そのまま真っ直ぐ出口へと歩を進めた。

 

余計に疑問が増し、レオは首を傾げたが、すぐに後を追った。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 「……以上が、[シャイニング・ブレイド]の伝説。すなわち、ダークドラゴン率いる闇の勢力と光の勢力の戦い。そして、四つの国の成り立ちの物語です」

 

「その際、ユキヒメさんはクラントールに伝わる伝説の剣となった……だけど、それだけ強大な力を持つ[シャイニング・ブレイド]でも、ダークドラゴンを殺し切れなかった」

 

神殿からアルゴ砦に移動し、今は酒場で話し合いを行っていた。

 

龍那にかつての[シャイニング・ブレイド]の伝説を聞き、レオは今まで色々と不思議だったユキヒメのことについて幾つか納得がいった。

 

「ユキヒメさんたちが魂を冥界に追放した後、ダークドラゴンの体は4つの国がバラバラに封印していたのですが……今回の戦乱で……」

 

「全部奪われたってことか……それって、まずいよな?」

 

「はい。集められた体はドラゴニア帝国の本拠に安置され、今は復活の時をじっと待っているはずです。それだけは阻止しなければなりません。ですが……」

 

「復活までの時間が分からない以上、最悪の状況になった時の為、それ相応の準備をしておかなくちゃいけない」

 

レオが言葉を引き継ぎ、龍那は力強く頷いて同意する。

 

「そのために、雪姫の封印を解き、すぐにでも[シャイニング・ブレイド]として、覚醒していただかなければなりません」

 

「それで、その封印を解くためには、どのようにすれば……」

 

エルミナの問いに、龍那は覚醒の為の条件を順に述べた。

 

まず、このヴァレリア地方の自然を司る精霊王たちの内、氷、木、炎、月の4人と、アストラル界に棲むもう1人、合わせて5人の精霊王による承認が必要らしい。

 

精霊王とは、呼んで字の如く、その属性を司る精霊の王のこと。

 

そしてアストラル界というのは、今いるエンディアスと、レオやレイジがいた世界、エルデの中間に位置する世界の名前だ。

 

精霊王の承認を得るには、何処かに隠されている[鍵]が必要なのだが、それがどこに隠されているかは龍那も知らない。つまり、現状わからないのだ。

 

だが、5人の内の1人、氷の精霊王の居場所だけはハッキリしており、行方の分からない鍵はひとまず保留にして、まずは精霊王に会うことになった。

 

その場所は、此処シルディアの東に位置する大国ルーンベールの北、フィラルド山脈にある、霊峰グレイシア、だそうだ。

 

だが、その霊峰グレイシアという名前を聞いた途端、エルミナが反応し、頭の上に見えない『?』のマークをポコポコと浮かべた。

 

「霊峰グレイシア……? グレイシア、ですか?……あ、ああああああぁっ!!」

 

突然何かを思い出したように大声を上げたエルミナ。

 

地図を広げて場所やルートを確認していたサクヤ達はもちろん、酒場の中にいた全員の視線がそちらに向いた。

 

「どうしたの? エルミナ」

 

「どうしましょう……私、間違えていました! 私の目的地は、シルディアではありませんでした!」

 

「え? そうなの?」

 

近くにいたレオが問いに対し、エルミナは両手をバタバタと振り回しながら答える。

 

「グレイシアと言われて思い出しました。

私がアイラ様から受けた命令は……シルディアの様子を見て、出来ることがあればお手伝いして情報を集め、霊刀を持った勇者を探し出して、現在グレイシアにいるアイラ様の元へお連れすることだったんです!」

 

その場にいた一同が沈黙し、やがて、代表してレイジが口を開く。

 

「それって、つまり……最初の目的からかなり外れたってことか!?」

 

「す、すみません……シルディアに行こうとして、何故か道を間違えてフォンティーナに着いてしまったり、何故かそこで敵と間違われたりして、すっかり混乱して……」

 

「そういえば……そうだったねぇ~」

 

思い出すと、確かに色々と衝撃的な出来事に遭遇している。

 

途中から加わったレオとしても、異世界にやって来て、ケンタウロスの騎士と戦って、戦線に入って……こうして見ると、目的なんてすぐに霞みそうな経験ばかりだ。

 

「今にして思えば、フォンティーナからまっすぐルーンベールにお連れすれば、それで任務は完了だったのです……ああ、アイラ様……申し訳ありません」

 

視線を下げて俯いたエルミナを見て、ああ、前にもこんなことあったな、とレイジとレオが思い出し、この先の展開を予想した。

 

「ああもう……これだから人間は! そのアイラって人はグレイシアにいるのね!?」

 

泣き出しそうだったエルミナに渇を入れるように、アルティナが声を上げた。

 

意外と効果があったようで、エルミナは涙を流さず、ハッとなって顔を上げ、慌てて言葉を続けた。

 

「あ、はい! アイラ様は、私の出発した直後から、山中に入っておられるはずです。

ルーンベール一帯で、精霊力が極端に低下してしまったらしく、国中が激しい寒波に襲われて……アイラ様は、少しでも被害を抑えようと、まだ精霊力が残ってるグレイシアで頑張っておられます」

 

「やれやれ、だな……エルミナ、そういう事はもっと早く思い出せよ。ていうか、そもそも忘れちゃダメだろ……」

 

「そう言わないであげなよ。

レイジだって、銀の森で戦線の情報を知った後にルーンベールのことを聞いても、多分戦線の方に行ったでしょ?それに……これで目的地と目標がハッキリと決まったしね」

 

「そうね……精霊王の件だけじゃなく、ルーンベールでの敵の動きも気になるし。行ってみましょう、ルーンベールへ! エルミナ、案内をお願い!」

 

「はい! わかりました! 必ず皆さんを、アイラ様の元へお連れいたします!」

 

呆れたような様子のレイジにフォローを入れたレオの言葉に続き、サクヤが戦線の次の目的地をハッキリと決めた。

 

そんな時、エルミナの言う激しい寒波という単語を思い出し、レオは考えを巡らせた。

 

(リンリンの話じゃ、ルーンベールは温暖な気候下で知られる農業国らしいけど……どう聞いても、今の国内は寒そうだね……あ、そうだ。出発までは数日有るだろうし、アレを全員分作ってみようかな)

 

何かを思い付いたレオは会議が終わると共に酒場を出て、店に向かった。

 

向かったその店は…………服屋だった。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 同時刻。

 

クラントール王国の領内に存在するグランデル大聖堂内部。

 

 

 

……バルドルよ。まだか……まだ復活の準備は整わぬのか……

 

 

 

聖堂内部には見るからにおぞましい邪気が漂っており、空間そのものが震えるような声の主こそ、ドラゴニア帝国の信仰の象徴であり、かつて[シャイニング・ブレイド]によって封印されたモンスター、ダークドラゴンだった。

 

「は、はは! ダークドラゴン様! もうしばらくお待ちを! もう間もなく! 間もなくで復活への準備は整いますゆえ!」

 

その声に答えたのは怯えるような声の1人の男。

 

激しく動くことには邪魔にしかなりそうにない真っ黒の鎧、その上には神官が着るような袖の長い緑色のローブ、顔面をまったく分からなくする程に大きな黒竜の兜。

 

「ええい、お前たち! いつまでダークドラゴン様をお待たせすれば気が済むのだ!

崩れかけた国の二つや三つ、落とすのにどれだけ時をかけるつもりだ!」

 

振り返りながら苛立ちの声を上げたこの男の名は、暗黒司祭バルドル。

 

その声の向かう先には、大中小それぞれの人影があった。

 

「うるせぇ、無能が! ルーンベールはもう陥落寸前だ。これ以上急げってんなら、てめぇが自分で兵を率いて落としてみろ!」

 

バルドルの言葉に真っ先に怒鳴り返したのは、少し黒みを吸ったような金色の鎧を装備した黒狼の獣人、魔獣将スルト。

 

その身に纏う雰囲気は、何処かフェンリルに似ている。

 

「陥落寸前……? それにしては、ずいぶんと悠長に構えているようだが……?」

 

スルトの発言に疑問の声を上げたのは、かつて銀の森でレイジ、アルティナ、レオの3人が戦った髑髏のような兜を付けたケンタウロス、暗黒騎将スレイプニル。

 

「もし貴公1人で手に余るようなら、すぐにフォンティーナの後始末を終えて、手を貸してやってもよいが?」

 

「うるせぇってんだよ! 俺には俺のやり方があんだ! てめぇなんぞが口を挟むんじゃあねぇっ!!」

 

スレイプニルの小馬鹿にしたような口調にスルトは再び怒鳴り声を上げるが、すぐに楽しそうに顔を歪め、目の前にいない別の誰かを視線の先に浮かべる。

 

「……俺は待ってんだよ。どうしてもこの手で殺らなきゃならねぇヤツが、罠に飛び込んでくるのをよぉ……てめぇの方こそ、最近エルフ狩りの手が緩んだそうじゃねぇか」

 

「ふん。癪な話だが、貴様と似たようなものだ……最近、解放戦線の中にどうしても用がある奴が出来たのでな……おびき寄せる為の最低限の餌だ」

 

その返答に正直、スルトは驚いた。

 

スレイプニルが任務の進行にこうした個人的な事情を持ち込むのは珍しい。いや、もしかしたら初めてかもしれない。

 

「ほぉ~……なら、戦線の連中は潰さずに手を抜いて追い返してやろうか?」

 

「無用だ。貴公に潰されるのなら、所詮はその程度だったということだ………」

 

「ちっ、そうかよ………」

 

「何をしておる! ダークドラゴン様の御前で、無様な言い争いをするとは何事か!」

 

言い争う2人にバルドルは声を上げるが、スルトとスレイプニルは表情に不快感を隠そうともせず、吐き捨てるように答えた。

 

「……大聖堂に陣取り、ただ報告を待っているだけの貴公に言われたくはないな」

 

「へっ……てめぇ1人じゃ何もできねぇ役立たずのクセによ」

 

「な、なんだと……!?」

 

真正面からの反撃をくらったバルドルは屈辱を感じるが、すぐに言い返す。

 

「私はここで、遊んでいるわけではない! 私にはダークドラゴン様のお声を伝え、復活の為の儀式を準備するという大事な役目がある! それを忘れるな!」

 

そう。それこそ、バルドルが司祭の地位にいる最大の理由だった。

 

この地で復活の時を待つダークドラゴンの声は、バルドルにしか聞えない。ダークドラゴンが自分でバルドルを選んだらしいが、その理由はわからない。

 

「ふん。そんなもの、ダークドラゴン様の気が変われば誰でも務まるではないか……あまり図に乗るな。ダークドラゴン様の威を借る雑魚め」

 

バルドルを鼻で笑ったのは、病的なまでに白い肌と長い銀髪、顔の目元を仮面で隠した細身のダークエルフ、妖魔将アルベリッヒ。

 

「お、おぬしら……! なんという……!?」

 

どうやらこの連中の仲はお世辞にも良いものではないらしく、今まで殺し合い沙汰になっていないのは正直、奇跡としか言えない。

 

 

 

……何を下らぬ事で言い争っておるのだ……

 

 

 

「ひっ!! だ、ダークドラゴン様!」

 

突如聞えてきたダークドラゴンの声がバルドルの怒りを殺し、その声に秘められた威圧感に負けて怯えるような声が出た。

 

 

 

……よもやお主、我らドラゴニア帝国の使命を、忘れたわけではあるまいな?

 

 

 

「い、いえ! 決してそのような事は! 再びエンディアスにダークドラゴン様をお迎えし、この世を闇の支配する理想の世界へと作り変える。それこそが我らの使命! このバルドル、黒竜教団の司祭を務める者として、一時たりともその使命を忘れた事はございません!」

 

 

 

…よいか? お主は下らぬ事に目を向けず、心してその務めに励め。まず復活に備え、我が体を再構成するに充分な量の糧を捧ぐのだ。今のままでは到底、地上への再臨など叶わぬ……

 

 

 

「は、ははぁっ!! 早急にそのように取り計らいまする!!」

 

 

 

…よいか、急ぐのだぞ……

 

 

 

その言葉を最後に、ダークドラゴンは完全に沈黙した。

 

「……むぅ、これはいかん。計画を急がねば! アルベリッヒ!それと伯爵はいるか! 例の計画はどうなっておるのだ!」

 

「今、本当にダークドラゴン様と話していたのか? 貴様の一人芝居ではないのか……?」

 

「あ、アルベリッヒィ……! いい加減に……!!」

 

「まぁまぁ。お二人共冷静に。では、計画のご報告は私の方から……」

 

アルベリッヒの返答にバルドルの怒りがついに爆発しそうになった時、新しく割って入った声がその怒りを抑え、言い争いを中断した。

 

その声の主はどこぞの貴族のような服を着た長身の男で、腰まである白髪と赤い瞳、顔には右目とその周りを隠す眼帯をしている。この男がアルベリッヒの副官、伯爵だ。

 

「ここ最近、ベスティアで例の[装置]の稼動実験に成功いたしました。ダークドラゴン様に充分な量のソウルを安定してお送りできるようになるのも、もう間もなくかと」

 

「そうかそうか……! ならば、実用機の方もいけるのだろうな?」

 

「ええ、設計はすでに完了しています。

改良により、実験機よりも吸収効率を二割ほど上げられる見込みです。ベスティアの収集装置が本格的に稼動し、こちらも軌道も乗れば、二ヶ月ほどで復活に必要なソウルを確保できる計算になります」

 

「恐怖や憎しみ、悲しみ……負の感情をたっぷり含有した、良質のソウルが」

 

そこで終えた伯爵の報告にバルドルはまるで自分の功績だと言うように胸を張って笑い声を上げた。その様子に伯爵以外の将全員が不愉快そうな顔をするが、バルドルは気付かない。

 

「よくやった! であれば………ファフナー! ファフナーはおるか!」

 

バルドルの声に応じ、暗闇の中から漆黒の鎧を着た1人の竜騎士が姿を現す。

 

機動性と防御力を両立させたような漆黒色の鎧の各部には黒紫色の水晶が薄く輝き、その顔はバルドルとは違った形の黒竜を模したデザインの兜に包まれている。

 

「ファフナー、お前にあの娘を預けて、すでに数週間になる。例の計画の準備は進んでいるのか?」

 

「ご心配なく、バルドル様。歌姫(ローレライ)の魂はすでに我らドラゴニア帝国のモノ。その声が歌う歌は、すべてダークドラゴン様を讃える歌にございます……」

 

漆黒の騎士、ファフナーに続いて、新しい人影が姿を現した。

 

その人影の正体は1人の女性であり、ファフナーを漆黒の騎士と呼ぶなら、その女性は紅(くれない)の騎士だろう。

 

真紅の中に所々黒を入れたその鎧は何処か神聖さと気高さを感じさせる。

 

だが、その鎧を着る本人の顔は人形のように無表情で、その銀髪の前髪の奥にある美しいであろう金色の瞳には感情の光が一切宿っていなかった。

 

「闇の乙女の戦支度、全て整っております……」

 

そして、ファフナーが闇の巫女と呼びしこの女性こそ、レイジが絶対に助け出すと心に誓った、このエンディアスで出来た最初の友達、ローゼリンデだった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

黒竜と愉快な仲間達の会話を終えて、やっと今の章の終わりです。

次回から次の章に移ります。

では、また次回。

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