では、どうぞ。
Side Out
「どうだ? レオ。やっぱり、まだ視えないか?」
「……うん。やっぱりダメだ……周りの気配がまったくわからない」
レイジの問いに、レオは僅かに顔を上げて目を閉じる。
研ぎ澄まされた神経が感覚範囲を広げていくが、『心』を使っても生き物の気配がわからない。すぐ傍にいるレイジ達の気配でさえもあやふやだ。
その原因は、恐らく周りに漂う薄い霧。これがレオの『心』に対してジャマーのような働きをしているのだ。おかげで霧の全てから気配を感じる。
「不思議な感覚だ……まるで、空間そのものが生きてるみたい」
「この霧は白竜教団の神殿、星龍殿の結界なのよ……強力ではないけど、モンスターを寄せ付けないようにするには充分なものよ。帝国には突破されてしまったけどね……」
霧は視界に影響を与えるレベルではないので、街道を歩けば神殿には辿り着ける。だが、これではモンスターは寄り付けない。
サクヤの言葉を聞いてレオは納得し、再度目を閉じて意識を集中する。だが、今度は気配ではなく、耳から聞こえる音だけに感覚を集中させる。
すると、レオの聴覚が様々な音を拾い、閉じた瞼の中で反響する。聞えてきたのは打ち合うような金属音と無数の足音。
瞼を開いて音の聞える方向を見ると、そこは街道を辿って山を登った先にある神殿。
「マズイ……もう戦闘が始まってる」
「っ!?……皆、急ぎましょう!」
レオの呟きを聞き取ったサクヤが声を上げ、全員が気を引き締めて走り出す。
レイジ達は神殿内部へ、他は周辺の敵の掃討だ。
* * * * * * * * * *
神殿の内部では、レオの言うとおり既に戦闘が始まっていた。
ショートソードを携えた骸骨、ボーンファイターを中心にした帝国の戦力が寺院の奥を目指す中、その侵攻を阻んでいるのはたったの2人。
1人は白色を基調にした巫女服を着て、腰に届く黒髪に黒目の美女。
もう1人は女性の背丈を遥かに上回るほどの長身で、白いフルプレートの奥にある緑色の鱗を張り巡らせたその体は獣人ではなく、竜人のもの。
女性はその手に持つ白い翼と黒い翼が交差したような杖、カドゥケゥスの杖から放つ白色の光球で敵の動きを牽制、または攻撃して敵を寄せ付けない。
それでも侵攻が止まらない敵に対しては竜人が立ちはだかり、右手に持つ両刃の巨大な戦斧が烈風と共に振るわれて粉々に打ち砕かれる。
「サクヤさん! 見てください! 女の子とでっかい……トカゲ男? が、モンスターと戦っていますよ!どうしますか?」
「二人とも、まだ無事のようです。間に合って良かった……」
安堵の息をこぼすエルミナ。
だが、帝国の進撃を食い止める2人は決して有利ではない。確実に押されているし、今は敵の攻撃を竜人が左手に持つローマ軍の兵が使う大型の盾、スクトゥムのような盾で全て凌いでいる。
もちろん、ただの盾ではない。フォースによって強化されたことで、その防御力はまさに鉄壁。次々と襲い掛かるボーンファイターの攻撃を全て弾き返している。
「あれが白竜教団の巫女と護衛の竜人よ……竜那(りゅうな)! 剛龍鬼(ごうりゅうき)! もう少しだけ頑張って!今助けに行くから!」
サクヤの声が聞こえたようで、竜那と呼ばれた女性が反応し、剛龍鬼と呼ばれた竜人と共に守りへの力が戻り始める。だが、敵の猛攻は止まっていない。
「皆、突撃よ! まずモンスターを倒し、敵陣を突破して龍那たちと合流するわよ!」
「レイジ、リック! 先行して敵をかく乱しろ! レオとリンリンは隊長の護衛に付け! 他は俺と一緒にレイジとリックのサポートだ!」
フェンリルの指示に従い、大太刀と大剣を構えたレイジとリックが先行して突撃し、先に放たれたアルティナの矢とエルミナのブレイズが敵を牽制する。
その崩れた陣形の間を『虎切』で突っ込んだレオと薙ぎ払うような蹴りを放つリンリンが道を作り、その後ろに長刀、霊刀砕刃を携えたサクヤが続く。
崩れたボーンファイターの陣形はすぐに塞がれるが、これでいい。分断されても3人の増援が加われば竜那達は持ち堪えられるし、外側はレイジ達だけで充分に倒せる。
戦いは、ここからだ。
先行するレオとリンリンの視線の先では、竜那を守る剛龍鬼が4体のボーンファイターから攻撃を受けていた。
左右から1体ずつショートソードで斬り掛かられ、正面に位置する残りの2体が炎のような光球を放ち続けて動きを縫い付けている。
背後に控える竜那が白色の光球や神聖魔法、ルミナンスで迎撃するが、流石に全ての敵の攻撃に対応できるほどの余裕など無い。
「アタシが右ね」
「左、了解」
ならばと…………
短いやり取りの後にレオとリンリンは走る速度を上げて左右に分散し、ショートソードで斬り掛かろうとしている2体の元へ向かう。
その2体は接近する2人に炎の光球を放つが、レオは麒麟で斬り裂き、リンリンはジグザグに走って避ける。弾丸よりも遅いなら、この2人にとって避けるのは難しくない。
距離を詰めたレオは左薙ぎに振るった龍麟でボーンファイターのショートソードを大きく弾き、右袈裟に振り下ろした麒麟の斬撃 ≪スラント≫ で胴体を深く斬り裂いた。
リンリンは左足の蹴りでボーンファイターの腕を蹴り上げ、二撃目の蹴りで胴体を蹴る。続いて右手の掌底が顎を打ち上げ、左手のストレートが体を後方へ吹っ飛ばした。
深く斬り裂かれ、壁に激突し、それぞれ粉々になったボーンファイターに背中を向けながらレオは龍麟を納刀し、7番鋼糸を光球を放ち続ける2体の内1体の首に巻き付けて腕を引き、転倒させる。
それによって放たれていた放火が緩み、剛龍鬼が盾を構えながら重い足音を鳴らして前進する。後ろにいた龍那はもう一体のボーンファイターに光球を放ち、動きを牽制する。
「うおおおぉ!!」
気合を込めた叫びと共に剛龍鬼の持つ巨大な両刃のアックスが右薙ぎに振るわれ、龍那に動きを止められていた1体が、続く振り下ろしで転倒したもう1体が粉々になった。
「怪我はありませんか? 巫女様」
一通りの敵が片付き、レオはリンリンとハイタッチをして竜那と剛龍鬼の元に駆け寄る。
だが、助けてもらったとはいえ知らない顔だ。竜那の表情には戸惑いと不安がある。
「心配はいらないわ、龍那。彼等は私たちの仲間よ」
「サクヤさん……! ですが、このお方は……」
「それも大丈夫。よく見たけど、彼は違うわ……」
2人が行う意味深な会話の視線の先にいたのは、レオ。だが、その本人は剛龍鬼と握手をして話をしているので会話を聞いていない。その方が2人にはありがたいが。
「わかりました……剛龍鬼! 皆様と協力を!」
「わかった! レオ、よろしく頼むぞ!」
「こちらこそ、よろしく……!」
2人は軽く武器を打ち合わせ、リンリン、サクヤ、竜那も合流して敵と向き合う。
やってくる敵は殆どが同じボーンファイターだったが、その中に1人だけ、黒色の鎧を着た兵士が他のモンスター達を従えるように混ざっていた。
「あれって……もしかして人間?」
「そう。ドラゴニア帝国に仕える人間よ。多分、指揮官ね……あの敵がいたからモンスター達がこんなにも早く霧の結界を突破出来たんだわ」
ドラゴニア帝国に仕える。
破壊と蹂躙を無差別に撒き散らすような国に仕える人間ということにレオの目が細められ、小太刀を握り締めながら前に踏み出すが、肩に優しく触れた手がそれを止める。
振り向くと、そこには微笑を浮かべるサクヤがいた。
「敵の指揮官が出向いたんだもの、こちらも応えないとね……でも、外野に水を差されたくないわね。レオ、護衛を頼めるかしら?」
「え?……あ、はい……わかりました」
「ありがとう……リンリンは竜那達のフォローに回ってちょうだい。もうすぐレイジ達も来るだろうから」
「了解! まっかされたぁ~!」
笑顔で答えるリンリンに背中を向け、右手に長刀を持ったサクヤにレオが続く。
すると、帝国側の指揮官も右手に他と同じショートソードを持ってボーンファイター達の前へと歩み出し、サクヤと相対するように立つ。
近くにいたボーンファイターは3体がレオの元へ、他の4体は竜那達のところへ向かう。どうやら、帝国側の指揮官も一騎打ちがお望みのようだ。
「護衛っていうのはこういうことか……」
レオは苦笑しながら納得し、向かってくる3体へと歩を進める。
最初に斬り掛かって来た一体の斬撃を左足を後ろに引いてかわし、通り過ぎ様に敵の右足を麒麟で垂直に斬り裂く。
『御神流体術・掛弾き(かびき) 』
本来の形は相手の足を抱え際に刃を立て、垂直に斬り裂きつつ転ばせるものだが、これはレオの思いついた型であり、よく使っているものだ。
派手に転倒した1体を背後に、レオは残りの2体へと進む。
続いて左から斬り掛かって来た1体の右袈裟の斬撃を龍麟で受け止め、即座に麒麟を構えるが、右から迫ったもう1体の斬撃を防ぐ為に軌道を変える。
両手で二方向からの斬撃と拮抗する形になるが、レオの腕力なら苦ではない。
しかし、後ろから近付く気配に気付いて振り向くと、そこには先程派手に転倒した一体が右足をズルズルと引きずりながら迫っていた。
「やばっ…………!」
流石にまずいと思ったレオは前方の2体を押し返そうとするが、そうはさせまいと2体のボーンファイターはショートソードを両手で握り、レオをその場に抑えつける。
「このっ…………!」
ならばとレオは『徹』を込めた右足のローキックで左のボーンファイターの左膝を砕き、そのままもう1体の胴体に突き刺すような蹴りを放ち、『猿(ましら)おとし』で地面に叩き付ける。
レオは慌てて振り返るが、背後から迫った1体はすでに武器を振り上げていた。咄嗟に右へ跳ぶが、斬撃を避けきれず左肩に傷を負う。
構わず麒麟で『虎切』を放ってその1体を仕留め、続いてポタポタと血が垂れる左手で龍麟を構えようとするが、何かの予感を感じて踏み止まる。
「レオ、避けろ!」
そのレイジの声が聞えたと同時にレオは後ろへ跳ぶ。すると、地面を真っ直ぐ突き抜けて迫った無色の衝撃波が倒れたボーンファイターの一体を飲み込み、粉砕した。
そしてもう1体の背後からはリックが迫り、振るわれる度に爆炎を巻き起こす斬撃によって粉々に打ち砕かれ、焼け焦げた骨が転がった。
「助かったよ、レイジ、リック」
「おう。神殿の中の敵は、もうあらかた片付いたみたいだぜ。外の方は今フェンリルさんとアルティナが見に行ってるよ」
「あれ? サクヤさんは?……さっき指揮官と戦ってたはずなんだけど……」
「そっちもすぐに済む……見てみろ」
リックが顎で差した方向を見ると、そこには指揮官の振るうショートソードを踊るようにかわし、長刀で捌くサクヤの姿があった。どう見ても余裕の様子だ。
顔面を狙った刺突を首を傾けてかわし、サクヤは長刀で刀身を弾いて通り過ぎ様に指揮官の胴体を右薙ぎに斬り裂く。
だが、それは肉を斬るまでには至らず、斬られたのは鎧だけに留まった。それでも、次は無い、という意味にも繋がるのだが。
振り返り様にサクヤの長刀が右袈裟に振るわれ、返す刃で右逆袈裟、そこから軽いステップで右に回転し、右薙ぎの斬撃が打ち込まれる。
今度は鎧ごと肉体を斬り裂き、指揮官はその場に膝を付き、すぐに倒れた。
「流石は2人の師匠……なんというか、優雅だね」
「だろ? あんな流れるような動きは真似できねぇよ……ところで、レオ、敵はあの指揮官で最後か?」
「う~ん……ここにも結界が働いてて気配はよくわからないけど、敵も見えないし、戦闘音も聞こえない……多分、片付いたんだと思うよ……痛っ」
小太刀を納刀して耳を澄ませていると、先程怪我した左肩が思い出したように痛みを訴えてきた。改めて見てみると、地面に垂れた血が軽い水溜まりを作っている。
だが、アルティナは今いないため、傷口を押さえて出血を緩めるしかない。
そう思っていたところに、血が滲んでいるレオの左肩に竜那が触れた。
すると、触れた手から温かい光が放たれ、左肩に刻まれていた傷が痛みの消失と共にみるみると塞がっていった。
「神聖魔法の治癒術です。まだ痛みますか?」
「いえ、まったく………ありがとございます。巫女様」
「いえ、私たちこそ、危ないところをありがとうございました。おかげで、私も剛龍鬼も助かりました……それと、申し遅れました。私、白竜教団で巫女を務めております、龍那と申します」
そう言った竜那はその場でぺこりと一礼し、後ろに控えている剛龍鬼も続く。
「皆さん、今の戦闘でお疲れでしょう。よろしければ、神殿で休んでいかれてはいかがでしょうか? よければ怪我人の治療もいたします」
「でも、ご迷惑なのでは……」
「いえいえ、助けていただいたのに、迷惑だなんてとんでもない。今後のこともご相談したいと思いますので、ぜひ神殿へ……」
休息に加えて負傷者の治療までとなると流石に遠慮が出るが、訊ねたエルミナに対して竜那は笑顔で答える。
それを聞いてサクヤはすぐに決断し、軽く頷く。
「わかったわ、そういう事なら、遠慮なくお邪魔させてもらうわね……レオ、外にいるフェンリルとアルティナにも知らせてくれる? 負傷者を優先して神殿の内部に運ぶようにしてちょうだい」
「わかりました……剛竜鬼、負傷者を運ぶのに手を貸してもらっていい?」
「わかった。任せろ」
その後、負傷者含め全員を神殿内部に収容し、サクヤたちヴァレリア解放戦線は、星龍殿へと足を踏み入れた。
ひとまず、闇の軍勢への最初の反撃は、勝利に終わったようだった。
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では、また次回。