では、どうぞ。
Side レオ
「すまんな。偵察の第一陣から帰った後だというのに、手伝わせてしまって」
「いえ、全員無事に帰って来られましたし、大丈夫ですよ」
日が落ち始め、夕暮れの外は徐々に暗くなり始めていた。
砦に帰還した僕達は、サクヤさんへの報告を済ませてすぐに解散することになった。
僕とレイジとユキヒメさんはすぐに夕食を取ったけど、リックとエアリィはすぐに何処かへ行ってしまった。たぶん、アミルのところに向かったんだと思うけど。
んで、レイジとユキヒメさんは夕食後に部屋に戻り、特にやることが無かった僕はフェンリルさんの手伝いをしていた。と言っても、荷物運びだけどね。
運んでいたのは武器や食料などの戦線に必要な物資で、獣人のフェンリルさんは人間よりも身体的スペックが優れているため、こういうことは進んで手伝うらしい。
実際に運んでみたけど、アレは確かに人間だけで運ぶにはそれなりに多くの人手が必要になると思う。木の箱に詰められていたけど、1箱で3、40キロはあった。
フェンリルさんは片手に1つずつ、僕は無理せず両腕で1つという計算だったけど、やはりひ弱にも見える外見の僕が汗1つ掻かずに荷物を運んでいるのは、周りにいた人達にとっては充分驚きだったみたいだ。
まあ、毎日自分でも異常だと思える鍛錬メニューをこなしてるし、これくらいのことが出来ないような鍛え方はしてない。
というか、実戦では暗器をたんまり仕込んだホルスターを両腕に装着したまま小太刀を振り回してるから、自然と腕力は必要になってくるんだよね。
「助かったぞ、レオ……もう少しで日も沈むし、散歩は程々にしておけよ。いつ襲撃があるのかわからんからな」
「はい。フェンリルさんも休んでくださいね……それじゃ、おやすみなさい」
フェンリルさんや他にも作業していた人達に軽く頭を下げ、僕は正門前の噴水広場に足を進めた。ちょうど宿屋までの通り道なのだ。
僕は噴水の綺麗な水で軽く顔を洗い、腰を下ろして夜空を見上げる。
「うわ~~……星がハッキリ見えるな~」
見上げた夜空には雲1つ無く、そこには無数に輝く星の光がハッキリと見えた。
すごいな~……こんな景色、向こうの世界じゃ滅多に見られないよ。
そう言えば、こっちの世界でも星座ってあるのかな? 逆に向こうの世界の星座は?
「ふふっ、夜空にそこまで感動する人も珍しいわね」
聞こえてきた優しげな声に視線を向けると、そこには微笑を浮かたサクヤさんがいた。その足元には黒猫姿のリンリンがいる。
リンリンは軽く走る速度を上げ、僕の膝の上に着地してそのまま丸くなる。サクヤさんは僕の隣に腰を下ろし、同じ様に空を見上げた。
「……こうして見ると綺麗なものね。普段は気付かないけど、日常の周りにも綺麗なものはたくさんあるって実感できるわ」
「世界の状況が状況だし、それも仕方ないと思いますよ。まあ、こんなに綺麗だとは僕も想像しませんでしたけど……」
膝の上で丸くなってるリンリンの毛並みを撫でながら話す僕の答えを最後に会話が途切れて短い沈黙が訪れる。
だけど、どうしても訊きたいことがある僕は再び言葉を放つ。
「サクヤさん……幾つか訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「別に構わないわ。でも、その前に質問の内容を当てましょうか?……あなたに与えた武器や服のこと、及びその詳細……そんなところかしら?」
「正解です。でも、もう1つ……アミルやエアリィのことを……」
そう言うと、サクヤさんは一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに悲しそうで何処か納得したような表情になった。膝の上にいるリンリンもピクリと反応したけど、何も言わない。
これは卑怯かもしれないけど、「どうして武器に姿を変えられるの?」などとリックやアミル達にストレートに尋ねられるほど僕は無遠慮じゃない。
「……いいわ。教えてあげる……まず、彼女達のことから話しましょう。その方が他の質問についても時間が掛からないから。今のあの娘達は“ソウルブレイド”と呼ばれる存在なの……」
「ソウルブレイド……名前からして思念武装ってやつですか?」
「大体合ってるわね。正確には霊的な存在が結晶化し、武器となったモノの総称なの。代表的な例を出すならユキヒメね……彼女は上位精霊が武器に変化した存在だから。
でも、アミルとエアリィは少し違うわ。彼女達の場合は人の魂そのものが武器となったものなの」
霊的な存在、人の魂……そこまで聞き、僕の頭の中で答えが導き出された。
霊的な存在なんて、望もうと望むまいとそう簡単になれるもんじゃない。それこそ、死んだりしなければ無理な話だ。
つまり、彼女達は、死んでもまだ残った魂が武器となった存在、というわけだ。
サクヤさんが言っていた“アミルと同じように” “それしか助ける方法がなかった”というのは、このことを指していたのだろう。
「辛いですね……リックも、アミルとエアリィも、サクヤさんも……」
「私はまだ大丈夫よ。本当に辛いのは、あの子達だと思う」
そう言うサクヤさんの表情は悲しそうで、そこには後悔の色もある。
彼女達を救うため、彼女達の望みのため、そうは言っても、彼女達をソウルブレイドにしたサクヤさん本人だって思うところがあるはずだ。
「……もしかして、サクヤさんがくれた小太刀も……」
「そう。あの小太刀もソウルブレイドなの。ただし、元々あれは私の使う武器と同じ要領で作ったから、誰かが武器に変わったわけではないの。でも、頑丈さは保証するわ。
服の方も私のドレスと同じ要領で作ったの。かなり動きやすいでしょ?」
成程。初めて扱う小太刀や衣服が異常に馴染んだのはそういうわけか。
でも、そうなるとあの小太刀は僕専用の武器、ということになるのかな?
「あなたも色々と思うところがあるかもしれないけど……出来る限りでいいの。リックやあの娘達のこと、色々気に掛けてあげてちょうだい」
そう言うとサクヤさんは立ち上がり、申し訳無さそうな微笑を浮かべて歩き出した。膝の上で丸くなっていたリンリンを見ると、撫でている内に寝てしまったのか、寝息を立てていた。
サクヤさんに視線で助けを求めると、サクヤさんは軽く噴き出して笑い、丸まったリンリンを優しく腕に抱きかかえて今度こそ立ち去っていった。
その場に残された僕は再び1人になり、また夜空を見上げる。だけど、今度はのんびりと星空を見ている暇は無さそうだ。
「……もう出て来ていいよ。アミル、エアリィ」
視線を動かさずにそう言うと、近くの物陰、積み重なった木の箱の後ろからガタッ! という音が聞こえ、そこから二つの人影がおそるおそるという感じで出てきた。
そちらに首を向けると、そこには気まずそうな顔で苦笑を浮かべるアミルとエアリィ。
2人の気配は『心』で探ってもボンヤリしてるけど、逆に言えばそのボンヤリした気配が2人を判別する特徴でもある。おかげで、今ではもう1発で発見できる。
「……あ、あはは……えっと……いつから気付いてたの?」
「サクヤさんがソウルブレイドについての話をした辺りかな……重要な話みたいだったから話す前に周りの気配を探ってみたらビンゴ、というわけ」
「ご、ごめんなさい……その、盗み聞きみたいな真似しちゃって」
「僕は別に構わないよ。むしろ、謝るのは僕の方かな……聞き難いことでも、2人のことを勝手にサクヤさんに訊いたんだから。ごめんね」
立ち上がって謝ると、2人は慌てたように手を振って僕の元へ走り寄ってきた。
「そ、そんな、謝らないで! むしろ、このことは私達の方から話そうと思ってたの」
「う、うん……さっき、レイジとユキヒメさんにも私達のことを話したの……昔の、明るいリックに戻るために手を貸してほしくて」
沈んだ顔で話す2人が言うには、リックは皆を守るために村の自警団に入ったが、結局誰も守れなかったことを後悔し、今でもそれを1人で背負いこんでいるらしい。
しかも、もう1人の幼馴染、ネリスという少女の行方もわからないそうだ。
ドラゴニア帝国が村を滅ぼす以前のリックはとても明るく、優しかったが、その悲劇によって歪められ、変わってしまったのが今のリックというわけだ。
それで、2人は似たような境遇にあるレイジに手を貸して欲しいと頼んだらしい。レイジが抱えている大きな後悔といえば、やっぱりクラントールのことかな。
人前では表情に出さないけど、時々レイジが辛そうな表情をしていたのを覚えている。
「……それで、レオにも力を貸しほしいの。リックが昔みたいに戻れるように」
「僕?……協力するのは全然構わないけど、僕に出来ることなんて多分無いと思うよ? 僕はリックとそんなに親しいわけじゃないし……」
「違うの……レイジと同じで、あなたも何処かリックに似てるの……自分の中でずっと、大きな悩みや後悔を抱え込んでる……そんな感じがするの」
エアリィの言葉を聞いた時、僕は不覚にも目を見開き、動揺を露にした。
同時に頭の中でフラッシュバックが起こり、僕の視界に鮮明な映像が映し出される。それが見せるのは、僕が心の中に一生抱える“後悔”そのもの。
薄暗い公園、暗闇の中でもハッキリ見える白い雪、沸騰するような熱のせいで歪んだ景色の中で必死に手を伸ばす僕………そして、ゴメンね、と涙を流して呟き、立ち去る1人の女性。
「……レオ? 顔色が悪いけど、大丈夫?」
おそるおそる声を掛けてきたアミルの声で我に返る。額を手で拭いてみると、そこには少量の汗が流れていた。体の方も、少しだけ汗を掻いている。
「……大丈夫。ちょっと昔のことを、2人が言った僕の後悔を思い出しただけ」
「何があったか……訊いてもいい? あ、もちろん!……言いたくなったらいいけど」
「そんな大したもんじゃないよ……もう一年以上前かな? 僕の姉さんが向こうの世界である事件を起こしたんだ。何百人って人が被害にあって、死者まで出たんだけど、その事件を起こす少し前に、僕は姉さんと会って、止められなかった」
もしあの時、もっと僕に力があって、あの手が姉さんに届いていれば、もしかしたら姉さんを死なせずに済んだかもしれない。死人なんて出なかったかもしれない。
「そのお姉さんは……どうなったの?」
「僕が目を覚ました時には、全てが終わってた。姉さんは死んで、遺言はもちろん、遺体や遺品すら残ってなかった……何も、残ってなかった」
多分、それが僕の……僕が一生抱え続ける“後悔”なんだと思う。
姉さんを止めることが出来なかった。たくさんの人を傷付けて死なせてしまった。
でも何よりは……誰よりも親しかった家族を、姉さんを助けられなかった。その家族の心の痛みに気付かず、結果的に死なせてしまった。
「それが……レオの抱える後悔なんだね」
「うん……でも、僕は大丈夫。アミルとエアリィのおかげで、そんな僕でもあの2人の為に出来ることがあるって気付けたから……」
なるほど。こうして見ると、確かにコレは後悔だ。お笑いだ……他人のことを言う以前に、自分のことにすら気が付かないなんて。
そうさ。僕に出来ることならあるじゃないか。
リックの幼馴染のネリスという少女を捜す手伝いができる。
レイジの友達のローゼリンデを、クラントールを取り戻す為に協力できる。
僕のように……二度と晴れることのない後悔を抱えないように……リックとレイジを助けることが出来るじゃないか。
「僕も出来ることをやってみるよ……ありがとう。アミル、エアリィ」
僕がそう言うと、2人は嬉しそうに、心からの笑顔を浮かべた。
僕も自然と口元が緩んで微笑みが零れる。やっぱり、女の子には暗い表情よりも明るい表情でいてもらいたいからね。
それから程なくして話は終わり、僕は2人を宿まで送って別れた。
後は自分が泊まる宿の部屋に向かうだけなんだけど、僕はふと足を止め、首を動かして視線だけを後ろに向ける。
「そういうわけです……僕も出来ることをやってみますよ。あの2人には黙っておきますから、これでお相子にしてくださいね。サクヤさん」
それだけ言って、僕は後ろから聞こえたガタッ!という音を背中に歩き出した。
間違いなく僕の昔話も聞かれただろうけど、べらべらと他人に話すような人じゃないだろうし、問題は無いでしょ。アミルとエアリィには明日にでも他言無用を頼もうかな。
「さてと……色々、頑張らないとね」
そう言って、もう一度見上げた夜空は、変わらず綺麗なままだった。