【完結】ラスボス詐欺【転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
ククク、知れた事よ
……まずは手始めに、
この麻帆良学園を絶望で染め上げてくれるわぁ!


麻帆良学園は私の支配下にあります(解答編・下)

 タカミチに裏切られた僕は、暗い気分で仕事を進める。元気を出す、なんて事は無理だった。いつもより多く溜め息を吐いたと思う。今日はカモ君が来る日だ。早くカモ君に会いたいけれど、それは魔法使いの従者となる相手を探さなければならない事を意味する。でも、この土地に魔法使いの友人はいなかった。エヴァンジェリンさんは魔法教師の存在を示したけれど、その魔法教師が誰なのかを僕は知らない……それに僕を裏切る恐れのある、麻帆良学園に属する魔法使いは信用ならなかった。

 また裏切られたくない。裏切られるくらいならエヴァンジェリンさんのように、最初から敵対されている方が良かった。最初から皆を敵と思っていれば、裏切られる事はない。他人に気を許して心を開けば、簡単に傷付けられる。でも、心を固く閉じていれば、傷付けられても痛みは少ない。僕に触れるな、僕を傷付けるな。僕に関わらないで欲しい。そうすれば安心できる。

 新学期の2日目は終わり、僕は仕事を終えて寝泊りしている学生寮へ帰った。すると明日菜さんに捕獲され、僕は大浴場へ連行される。水着を着た明日菜さんに風呂場へ放り込まれ、僕は強制的に体を洗われた……体に触れられる事を怖いと思うけれど、同時に嬉しいと感じる。心と体の反応が別々になって、僕は混乱した。どちらが僕の気持ちなのか、僕は分からない。

 

「昨日からウジウジして、うっとうしいったらありゃしない……ガキのくせに、なに悩んでんのよ。ちょっと言ってみなさい」

「えーと、あの……」

 

 明日菜さんは心配してくれている。その気持ちを感じて、僕は嬉しいと思った。僕を心配してくれる人もいるのだと気付かされる。でも僕は、明日菜さんに話す事を迷った。明日菜さんは魔法の事を知っている。でも、明日菜さんは魔法使いではない。僕のせいで魔法の事を知った一般人だ。吸血鬼もといエヴァンジェリンさんと僕の戦いに、明日菜さんを巻き込むのは危険だった。でも、きっと明日菜さんなら――、

 

「朝なんて嬉しそうに高畑先生に飛び付いちゃって、引き離したら暗くなるし……なに? あんたって高畑先生のこと好きなの? ダメよ! あんた男の子なんだから。私の高畑先生を怪しい道に引っ張り込んだら許さないんだからねっ!」

 

 ――そうだった。明日菜さんはタカミチの事を好きだった。もしもタカミチと僕の片方を選ぶとしたら、明日菜さんはタカミチを選ぶだろう。全てを話せば、きっと明日菜さんは僕に力を貸してくれる。でも、タカミチを信頼している明日菜さんを、僕は信用できない……なんだ、そうだったんだ。明日菜さんも僕の味方じゃなかったんだ。明日菜さんは悪くない。悪くないけれど――許せない。

 

~照れ隠しの一言で地雷を踏み抜いたアスナさん~

 

 生徒達の乱入した大浴場から出ると、オコジョ妖精のカモ君がいた。前触れもなかったけれど、白い女から聞いていたので僕は驚かない。カモ君の来訪によって、白い女の言った事は大方終わった。後は、僕とエヴァンジェリンさんの戦いだ。僕が負ければ、エヴァンジェリンさんは麻帆良を滅ぼす。勝てるとは思えない……でも、『一方的過ぎる』からカモ君を脱走させたと白い女は言った。そこに僕は希望を見い出す。未知だからこそ期待できた……でも、その前に確かめる事がある。

 

「ところでカモ君、下着二千枚を盗んだ罪で収監されてたって聞いたんだけど」

「ギクッ……へへへ、兄貴。そんなデマ、いったい誰から聞いたんですかい?」

 

「白い女の人だよ?」

「白い女ぁ? あぁ、兄貴の村を滅ぼしたって言う……いったい誰なんですかい? そんなホラを兄貴に吹き込んだ御仁は?」

 

「その人からカモ君を脱走させたって聞いたんだけど」

「脱走させた? バカ言っちゃいけねぇよ。俺っちは自力で間抜けな看守どもの目を掻り、こうやって一人寂しく日本へ旅立ったって言う兄貴の下へ……あ」

 

「知ってるの、カモ君?」

「ひでぇですぜ、兄貴! 俺っちに鎌かけたんすね!」

 

「え?」

「お?」

 

「カモ君、本当に白い女の人を知らないの?」

「白い女って言われてもなぁ。それだけじゃ、誰の事か分かりやせんぜ」

 

「白い髪の毛で、白い服を着ていて、大人の女の人で……あとは、うーん」

「髪は染色できるし、服も着替えられるし、大人の女なんて何所にでも居るっすよ。もっと顔とか名前とかも分かりやせんか? 写真があればハッキリしやすぜ」

 

「……顔?」

 

 思い出せない。僕は白い女の顔を思い出せなかった。僕の記憶に残った顔は白く染まって、その形は定まらない。名前も知らなければ、顔も思い出せない。こんな様では、白い女の正体なんて分かるはずがなかった。白い女に会ったのは、1度目は6年前で、2度目は2日前だ。合計しても白い女に会った時間は、1時間に満たない――そうとは思えないほど白い女は、僕に強い印象を刻み込んでいた。

 

「……で、その白い女は何者なんすか?」

「悪い魔法使いだよ。吸血鬼と僕を戦わせようとしているんだ」

 

「え? 吸血鬼ですかい?」

 

 ビクリと震えた後、何やら考え込んだカモ君は、ウヘヘと笑う。今のカモ君は見た感じ怪しい。でも、魔法学校にいた頃も似たような事はあったので、問題はないと思う。それよりも、さっきの反応から考えると、カモ君は白い女を知らない。カモ君は白い女に支配されていない。ちょっと悪い事を考えているけれど、僕の事を心配して来てくれた。そうと分かって安心した僕は、カモ君を両手で持ち上げる。カモ君と再会してから、やっと僕はカモ君の体に触れた。孤立感を覚えて寂しかった僕は、カモ君を撫で回す。

 

「兄貴そこは……いてっ」

「あ、ごめんカモ君」

 

 カモ君の足を見ると、少し赤くなって膨らんでいた。その場所へ不用意に触れたから、カモ君は痛みを感じたのだろう。硬いアスファルトで覆われた道路を、カモ君は通って来た。僕と会うために、たった一人でウェールズから遣ってきた。人である僕は他人と話せたけれど、オコジョ妖精であるカモ君は人に道を聞くことも出来なかった。どれほど苦労してカモ君は、僕の下へ辿り着いたのか分からない。そんなカモ君の痛みを、僕は魔法で癒した。そのまま僕は学生寮のホールで、カモ君と2人だけの時間を過ごす。この時間は誰にも邪魔されたくなかった。

 僕は現在、僕の生徒である明日菜さんと木乃香さんの部屋で寝泊りしている。明日菜さんはタカミチに好意を寄せているし、木乃香さんは学園長の孫だ。住む所が決まっていなかったから2人の部屋へお邪魔する事になったけれど……新年度になっても学園長から連絡はない。今考えると、2人の部屋へ寝泊まりするように勧められたのは、2人を通して僕の様子を探るためだったのだろう。

 

~×吸血鬼 ○吸血鬼の真祖~

 

 次の日、僕の生徒である宮崎のどかさんを、カモ君は「魔法使いの従者」にしようと試みた。仮契約を行って、魔法関係者にする方法だ。その企みは駆け付けた明日菜さんによって防がれたけれど、危うく宮崎のどかさんを魔法使いの争いに巻き込む所だった。カモ君は吸血鬼の話を聞いて、魔法使いの従者が必要だと思ったらしい。でも僕は、魔法を知らない生徒を巻き込みたくなかった。

 

「そんなこと言ったって、どーするんですかい兄貴。相手は吸血鬼と、その従者の2人ですぜ? ただでさえ相手は吸血鬼だってーのに……こっちも従者を揃えねーと負けちまいますぜ?」

「魔法学校の頃も、カモ君と2人でやってきたんだ――何とかしてみるよ」

 

 何とかしなければ麻帆良学園は終わる。僕の背負っている物は、僕自身の命だけではなかった。僕の血を吸われれば、封印を解いたエヴァンジェリンさんによって、麻帆良学園は死都となる。それを防ぐためには、絶対に負けてはならない、絶対に勝たなければならない。ならば、どうやって勝つのか、どういう状態ならば勝ったと言えるのか……勝つという事は、エヴァンジェリンさんを滅ぼすという事だ。僕は人を殺せるのだろうか。僕は生徒を……殺せないだろう。

 一つだけ、殺さないで済む方法がある。白い女を捕まえるために覚えた封印魔法だ。エヴァンジェリンさんを封印すれば、殺さないで済む。しかし、白い女のように棒立ちで迎え撃ってくれるとは思えない。封印するためには、相手の動きを止める必要があった。それと、この封印魔法は一人用だ。封印するのならば、従者の茶々丸さんの動きも止めなければならない。

 捕縛用の魔法陣はある。展開した捕縛結界に掛かった相手に、封印魔法を掛ける。単純に戦うだけならば其れだけで良い……でも僕は、麻帆良学園に住む人々の命を背負っている。捕縛用の魔法陣だけでは不安だった。もっと確実に封印できる方法を考える必要がある。カモ君と話してから、その事ばかりを僕は考え、一つの作戦を思い付いた。昼休みに麻帆良の地図をコピーすると、印を付けた場所を見て回る。

 水の量が多すぎる川はダメだ。プールは底が浅いし、発見されると大騒ぎになる。だから僕は池を見て回った。人目に付かず、住宅から離れた場所にあると良い。範囲が狭くて底の深い池を選び出し、決戦の地と決めた。そして一度学生寮へ戻り、深夜になると窓から杖で飛び立つ。選び出した池へ向かい、水の中に潜って補助魔法陣を設置した……事前に試すべきだと思うけれど、エヴァンジェリンさんに知られれば作戦は失敗するかも知れない。僕は悩んだものの、そもそも発動できなければ意味がないので、再び水の中へ入る事にした。

 水に対して僕は強い思い出がある。6年前に溺れかけた記憶だ。一度目は父さんと会うために湖へ飛び込み、溺れかけて白い女に助けられた。二度目は村を滅ぼした原因が僕にあると知って、湖へ飛び込んだ。でも、また白い女に助けられた……あの時、僕は死んでいれば良かったと思う。一度目に死んでいれば村を滅ぼされる事はなく、二度目に死んでいれば再び白い女が現れる事もなかった。

 そんな事を考えながら僕は念のため、水中で呼吸のできる魔法を自身に掛ける。プールよりも遥かに深い池の水面に、僕は足で触れた。水面に爪先で触れると、水の膜を感じ取れる。その膜を僕は突き破った。服を着たまま、静かに水の中へ入る。衣服と肌の間に水が入り込み、僕の体は水の圧力で撫でられた。その感覚を僕は、嫌だと思わない。むしろ気持ちいいと思う。水の中にいると僕は安心する。とても冷たくて、このまま眠りそうだった――僕は杖を握って、魔法を唱える。

 

「凍てつく氷棺」

 

 個体を凍らせる封印魔法を、池を対象として発動させる。補助魔方陣の主軸となる物は、池の底に設置した魔法陣だ。その魔法陣へ適切な魔力を送り込むために、僕は精神力を用いて魔力を絞った。ここで気を抜いて魔力を奪われると、100で済む所を200も奪われる。そうなれば池を凍らせるよりも早く魔力は尽きるだろう。ガリガリと精神力の削られる感覚を覚えながら、僕は適切な魔力を放出した。こんな様でも水を媒介にしているから、僕に掛かる負担は減っている。3日前に白い女を氷結させた時よりも、無駄に多く魔力を吸い取られるだけの事だ。

 あいかわらず氷結の速度は遅い。池の半分ほど凍った事を確認し、僕は発動を止めた。池の底にある魔法陣によって、水の底から凍っている事を確かめる。とりあえず、制御に失敗しなければ、池を凍らせる見通しは付いた。しかし、事前の戦闘で魔力を使い過ぎれば難しい……僕は池から上がり、魔法を使って濡れた服を乾燥させる。氷結魔法を発動させた結果を見て、僕は補助魔法陣に改良を加えた。これで更に、僕に掛かる負担を軽くできる。それを終えると僕は空を見上げた。都市から放たれる光で赤黒く染まった空だ。

 ――僕は覚悟を決めなければならない。ここで覚悟を決めよう。心を揺らしてはならない。どんな事があっても、どんな事をしても、作戦を完了させなければならない。この命は僕自身の物ではなく、平和に生きる人々のためにある。6年前の悪夢を繰り返してはならない。繰り返すことを僕は許さない。そのためならば僕は、一切の慈悲無く「敵」を排除する。

 

この僕に小さな勇気を――

 

 

~ブラック★ネギちゃん爆誕~

 

 カモ君が来た日の2日後、金曜日の放課後に作戦を開始した。困っている人を助けたり、川で流されていた猫を助けたりしていた茶々丸さんを誘拐する。他人や猫を助ける茶々丸さんの姿に思う所はあったけれど、すでに作戦は始まっていた。今日この日を逃せば、来週の金曜日を待たなければ成らない。土曜日曜の休日前でなければ、失踪発覚の早まる恐れがあった。

 作戦の第一段階を終えた僕は、決戦の地で待っている。父さんの杖を持ち、精神を集中させて、感覚を研ぎ澄ましていた。やがてエヴァンジェリンさんがやってくる。黒いコウモリが降り立ち、吸血鬼を形作った。彼女は手に持っていた紙クズを、僕に向かって投げ捨てる。その紙クズはカモ君に頼んで、彼女の家へ投げ込んでもらった物だ。その内容は僕の「果たし状」だった。カモ君がお使いに行ってくれたおかげで、心の準備は十分に整っている。

 

「こんばんは、エヴァンジェリンさん。こんな夜遅くに来てくれて嬉しいです」

「こんばんは、ネギ先生……なに、私の従者を預かってくれているそうじゃないか。ネギ先生に迷惑を掛けるのは心苦しいから迎えに来たんだよ。私の従者が乱暴をしていないか不安でね――あれは、ああ見えて、爪が長いんだ」

 

「ええ、茶々丸さんが空を飛んだ時は驚きました。茶々丸さんはロボットだったんですね。おかげで手加減をする必要がなくて助かりました」

「従者相手に仰々しいものだな。魔法使いとしての程度が知れるぞ……ああ、面倒だ。前置きは、もういい――おい坊主、茶々丸は何所だ?」

 

「池の底です」

 

「――リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」

 

 液体の入った試験管を持った彼女が『武装解除』の呪文を唱える。それに対して僕は魔法障壁を強化し、魔法障壁を二重に展開した。一層目の魔法障壁は凍り付いてパリパリと砕け、二層目も穴だらけになったけれど『武装解除』の魔法は止まる。魔法障壁を直す時間を稼ぐために『風の矢』を作って飛ばすと、彼女は『魔法の楯』を形成して防いだ。続けて僕に走り寄った彼女は拳を打ち出したけれど、それは再び展開した僕の魔法障壁に防がれる……そこで僕は違和感を覚えた。吸血鬼の真祖である彼女の力は、この程度なのだろうか? 元600万ドルの賞金首が、この程度とは思えない。

 彼女は試験管を持っている。あの中身は魔法薬で、魔力を補うための物だろう。僕が池を凍らせるために使った媒介の水と似たよう物だ。とは言っても、道に生えている草と万能薬を比べるほどの質の差がある。その魔法薬を用いて発現する魔法が、魔法学校レベルの初級魔法だ……正直に言うとショボイ。魔法薬でドーピングしている一般人と疑うほどだった。

 魔法薬を使わなければ、魔法を発動できないほど魔力の量が少ないのか。あるいは僕と同じように大技を放つために魔力を温存しているのか……そう考えた瞬間、彼女の動きは変化する。彼女から気を逸らした僕は、気付けば空中を舞っていた。魔力によって強化された彼女の腕は、僕の魔法障壁を打ち抜いている。その腕は僕の体を掴み、空へ投げ飛ばしていた。

 急に彼女は速くなった。急に彼女は強くなった。手加減をされていたのかと思うけれど、それは違うと僕は思う。さきほどまで見た目通りだった彼女の力は、まるで魔法を掛けたかのように跳ね上がった……おそらく、実際に魔法を掛けたのだろう。その存在だけは白い女から聞いて知っていた『戦いの歌』だ。おそらく彼女は「無詠唱」で、その魔法を発動させた。彼女の放つ魔法の威力を侮って、僕は彼女の技量を見誤った。今の彼女の攻撃は『楯』の魔法を展開しなければ防げない。おまけに、内側に入り込まれたために僕の魔法障壁は機能しなくなった。

 

~高位の魔物を無力化する学園結界は稼動しています~

 

 落ちてきた僕は殴られた。僕は呪文を唱えるものの殴られて、強制的に中断させられる。もしや彼女は、魔法攻撃よりも物理攻撃を得意としているのか? 僕を足で踏み潰す彼女の表情は、笑顔ではなく怒り顔だった。とても不機嫌そうだった。従者に手を出した事を怒っているのだろう。茶々丸さんはエヴァンジェリンさんにとって、使い捨ての存在ではなかった。ここへ来たのはプライドの問題ではなく、茶々丸さんのためなのだ――その優しさを如何して、平和に生きる人々へ向けられなかったのか。

 そう考えている間に僕は、彼女に殴って蹴られて、後ろにあった池へ落とされた……いいや、僕は自分の意思で落ちた。水中で呼吸のできる魔法を僕は唱える。この魔法を掛ければ水中でも詠唱できるからだ。杖に飛行魔法を掛けて、僕は水の底へ飛んだ。そこにある物は、氷に包まれた茶々丸さんだ。茶々丸さんは氷結魔法によって封印している。その横に浮かんで上を見上げると、彼女は追って来ていた。水中呼吸の魔法を掛けた僕と違って、彼女は魔法障壁で水を防いでいる。

 

( 吸血鬼と言えば、太陽の光に弱いと言い伝えられている。でも、エヴァンジェリンさんは平気で太陽の下を歩いていた。きっと魔法障壁で、原因となる物を防いでいるんだろう……まさか「真祖だから弱点は無い」なんて事はないはずだ。同じように、弱点となる物は対策を施されていると思う。流水の場合も、きっと障壁だ。エヴァンジェリンさんは魔法障壁で、水を防いでいる )

 

 彼女が追って来ない可能性もあった。その時は水の中からチクチクと針で刺すように攻撃しようと思っていたけれど、その心配は無くなった。罠と分かっていても飛び込むほど、茶々丸さんを大切に思っているのだろうか。でも、彼女は警戒しているため、水の底まで降りて来ない――それは彼女に水攻めが有効である事を、僕に確信させた。僕は水中で『風の矢』を放ち、彼女は『魔法の矢』で撃ち落とす。僕は杖に加速の魔法をかけて急発進させ、彼女の魔法障壁へ接触した。

 杖を左手で押さえ、魔法障壁に右手を叩き付ける。それと同時に、無詠唱で『光の矢』を一矢撃ち出した。今は捕獲ではなく、障壁の破壊を目的としている。だから一矢ならば無詠唱で発動できる上に、破壊力のある『光の矢』を選んだ。その『光の矢』によって、彼女の魔法障壁に穴が開く。その穴に右手を突っ込み、彼女の腕を掴んだ。突っ込んだ腕の周囲から水が噴き出し、障壁の内側に浸水する。

 

「遠隔補助、魔法陣稼動――第一から第十、目標捕捉――範囲固定。

 域内精霊圧、臨界まで加圧――持続制御」

 

 呪文を唱えて、父さんの杖から手から放す――杖の行く先は見なかった。杖が無ければ魔法は唱えられないけれど、予備の杖は腕に巻き付けてある。だから彼女の腕を掴んだまま、僕は凍結魔法を発動させた。氷に包まれた茶々丸さんの下、そこに設置した補助魔法陣から氷結が始まる。父さんの杖を放したために空いた手で、彼女の空いている腕を掴んだ。今は魔力を凍結魔法の発動に傾けているため、魔力による肉体強化は衰えている。でも、氷結が終わるまで絶対に放す訳には行かない。だから僕は非力な全身を使って、彼女を押さえ付ける。『戦いの歌』で強化されているであろう彼女の肉体を、必死で押さえ付けた。

 

「ずいぶんと情熱的じゃないか。このまま私と一緒に氷漬けになるつもりなのか?」

「そのつもりです! 平和に生きる人々を守るためにも、ここで貴方を封じます!」

 

 僕から逃れるために、彼女は身を捻る。付け根まで細い彼女の両脚に、僕は両脚を巻き付けた。握り潰せそうなほど細い彼女の両腕を、僕の両手は押さえ付けている。彼女の抵抗で引き剥がされそうになるけれど、僕は歯を食い縛って我慢した。彼女が少し力を入れただけで、両手は千切れそうなほど痛み、下半身は裂けそうだ。僕と彼女の下半身は密着し、上半身も互いに噛み付けるほどの位置にある。その格好は恥ずかしい物だけれど、そんな無駄な事を考える余裕はなかった。

 

「平和に生きる人々のため? そのために、お前は命を捨てるのか?」

「その通りです! 貴方に麻帆良学園を滅ぼさせはしません!」

 

 僕は正面から彼女を直視する。すると彼女は目を逸らし、「あー」と言い淀んでいるような声を出した。その姿を見ても僕は気を抜かず、彼女の体を押さえ続ける。さきほど油断して、タコ殴りにされた事は記憶に新しい。池の周囲に設置していた補助魔法陣の効果で、池も下層から凍りつつあった。すでに魔法障壁の周囲は凍り、障壁の内部に入り込んだ水も凍っている。

 このままでは僕が先に凍りそうだ。でも、凍る寸前で魔力を叩き込めばオーバーロードを起こし、補助魔法陣は少しだけ動き続ける。その頃になれば彼女も身動きできず、そのまま氷結できるだろう――氷結させなければ成らない。その時、急に大人しくなり遠い目をしていた彼女が、僕に視線を戻してキリッと表情を改めた。その態度を僕は警戒し、彼女と視線を交わす。

 

「下らんな。他人のために命を捨てるだと? 他人を理由にするなよ、坊や。たしかに私は逃げるなと脅したが、貴様は逃げられなかった訳じゃない。私のように学園に封じられている訳では無いし、その身体を縛られている訳でも無かった。言っただろう? 警告を聞くか聞かないかは選ばせてやると。貴様は生徒を見捨てて逃げる事もできた。それをやらなかったのは貴様の選択だ――貴様の自由意志だ」

「そうです! だから僕は生徒のために――」

 

「そうやって責任を、他人に被せるなと言っているんだ。貴様は自分の意思で、立ち向かう事を選んだ。他人を見捨てず、逃げない事を選んだ。逃げたくなかったから、逃げない事を選んだ。誰かのためじゃない、自分のためだ。誰かの責任じゃない、自分の責任だ。『平和に生きる人々のため』だなんて言って、その平和に生きる人々に責任を被せるんじゃない――平和のためだなんて言って、私を殺す責任を他人に被せるな! 私を殺す責任は貴様が背負え! 貴様の意志で私を殺せ! ネギ・スプリングフィールド!」

「僕は……貴方を殺しません」

 

 僕の下半身が凍る。彼女の下半身も凍った。下半身が繋がったまま、僕達は凍り付く。もはや彼女は逃げられない。魔法障壁の内部に冷気が満ちて、吐く息を白く変えていた。急激に冷えた肉体は筋肉の収縮を繰り返し、小刻みに震える。体温の低下で力が入らなかった。そんな僕と向き合う彼女も、似たような状態だ。それでも彼女は青白い顔で、口の端を吊り上げている。凍りつく世界の中で、彼女は笑みを浮かべていた。そんな状態だけれど……それでも彼女に伝えるべきだと僕は思った。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――僕の責任で、貴方を封じます。」

「いいだろう。5年か、10年か、あるいは100年か。どれほど封じられようと、私にとっては瞬く間に過ぎ去る。その程度の時間ならば、貴様の覚悟に免じて付き合ってやろう……だが、忘れるなよ。氷漬けになった貴様は、一人置いて行かれる。永い眠りから目覚めても、世界が元に戻る事はない。時間が違う、世界が違う。その重圧に苦しむ貴様を、私が特等席で見物してやる」

 

 今の僕は、どんな顔をしているのだろう。悲しんでいるのか、不安に思っているのか。目覚めた時、どうなっているのだろう。ネカネお姉ちゃんは、お婆ちゃんになっているのかも知れない。幼馴染のアーニャは、アーニャお姉さんになっているのかも知れない。僕の生徒達は、卒業しているのかも知れない。カモ君は僕の側に居てくれるのだろうか? 全てに置いて行かれて、僕は一人ぼっちになるのかも知れない。それでも僕は僕自身のために、僕の欲望を叶えるために、僕自身の我がままのために、彼女の時間を奪う。

 

 

――僕と共に眠れ




▼武装解除に関する文章を修正しました。
「液体の入った試験管を持った彼女が『武装解除』の呪文を唱える。それに対して僕は、魔法障壁を強化して防いだ。僕が『風の矢』を作って飛ばすと、彼女は魔法の楯を形成して防ぐ。彼女が拳を打ち出したけれど、それは僕の魔法障壁に防がれた」

「液体の入った試験管を持った彼女が『武装解除』の呪文を唱える。それに対して僕は魔法障壁を強化し、魔法障壁を二重に展開した。一層目の魔法障壁は凍り付いてパリパリと砕け、二層目も穴だらけになったけれど『武装解除』の魔法は止まる。魔法障壁を直す時間を稼ぐために『風の矢』を作って飛ばすと、彼女は『魔法の楯』を形成して防いだ。続けて僕に走り寄った彼女は拳を打ち出したけれど、それは再び展開した僕の魔法障壁に防がれる」

▼魔法障壁に関する文章を追加しました。
「今の彼女の攻撃は『楯』の魔法を展開しなければ防げない。おまけに、内側に入り込まれたために僕の魔法障壁は機能しなくなった」

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