【完結】ラスボス詐欺【転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
吸血鬼と戦わせるために、
麻帆良学園からタカミチを追い出した。
とラスボスは申しております。


麻帆良学園は私の支配下にあります(解答編・上)

 生徒の一人が桜通りで発見された事を、僕は吸血鬼と関連付けた。そうでなくても麻帆良学園に白い女が現れた事は、学園長に報告するべき大事だと僕は思う。朝早く起きて報告へ行けば良かったのだけれど……前日の準備で夜8時まで続いた仕事の影響や、白い女に対して上級魔法を連発した事や、白い女に関する不安で眠れなかった事が原因で、危うく始業式前の職員会議に遅れる所だった。そういう訳で、体調も良いと言えない。

 始業式の後に行われた、生徒達の身体測定は終わった。その後、担当する授業がない時間に、僕は学園長室へ走る。タカミチがいない今、僕の知っている魔法使いは学園長に限られていた。白い女の語った吸血鬼の真祖に対処できる人員は、僕と学園長くらいの者だろう。学園長室の前まで来た僕は、片手を上げ、扉を叩こうとした所で――その動きを止めた。

 

( もしも白い女の言う通り、学園長がタカミチを追い出したとしたら……学園長は僕の話を聞いてくれるのかな。もしかすると学園長は白い女の仲間……なのかも知れない。僕と吸血鬼を戦わせようとするかも知れない。そうなれば、この学園に僕の味方はいない。白い女の言った通り、僕は一人で吸血鬼と戦うことになる……元600万ドルの賞金首で、吸血鬼の真祖と……勝ち目は、ない )

 

 勝ち目のない戦いを想像して、緊張した僕の手は震える。血の気が引いて、顔も青白くなった。僕が負ければ、麻帆良学園は死都となる。封印を解いた吸血鬼の真祖に血を吸われれば、人々は吸血鬼となる。人並み外れた力を持つ吸血鬼は弱者に暴力を振るい、麻帆良学園は安全ではなくなる。僕の生徒達も無事では済まないだろう……それは6年前の再現だった。あの頃と違うのは、僕に戦う力があることだ。

 その力も真祖に通じるのか分からない。昨日までならば、自信を持って通じると言えた。でも昨日、僕の魔法は白い女に通じなかった。僕の魔法は、白い女に傷一つ付ける事もできなかった。誰よりも頑張って、魔法学校だって2年も早く卒業して、魔法学校で教えていない上級魔法も習得したけれど……白い女に届かなかった。6年前の事件から、ずっと磨き続けた僕の魔法は――僕の努力は「無駄」だった。

 

( この学園に僕が居なければ良いんだ。麻帆良という土地から吸血鬼は出られないと、白い女は言った。ならば僕が麻帆良から出れば、吸血鬼と戦う事も、吸血鬼が解放される恐れもない。魔法使いとしての試練は失敗するけれど、そんな事よりも大事なのは人の命だ。でも、それを学園長に告げれば、むりやり戦わせられるかも知れない……いいや、学園長が白い女の仲間という証拠は無い。でも…… )

 

 学園長室の扉を、開ける事ができなかった。この扉を開けると、何が起こるのか分からない。分からない事が恐ろしい。それならば分からないまま、放って置きたかった。信頼していた相手に裏切られるのは恐ろしい。そう考えた時、僕の思い浮かべる相手は白い女だ。「父親に会わせる」と約束した白い女は、村を悪魔に襲わせた。それは父さんを呼び出すためで、白い女の言った通りに父さんは来てくれたけれど……それは僕にとって裏切りだった。あんな形で願いを叶えるなんて、僕は思っていなかった。そうして学園長室の扉から手を離すと、僕の鼓動は落ち着いていく。それで良い、と言われている気がした。扉から手を離すほど、僕の心は穏やかになった。だから僕は、足音を消したまま学園長室を離れ――、

 

「なにをやっておるのじゃ、ネギ君」

 

 その声を聞いて、ズキリと心臓が痛んだ。その声を聞いて、反射的に呼吸を止めた。学園長室の扉が開いて、その隙間から学園長が顔を出している。足音を消すために爪先立ちしていた僕を……そんな怪しい体勢の僕を、学園長は見つめていた。あの妙に長い学園長の頭部が、今は恐ろしい物に思える。この人は人間なのだろうか、と僕は思ってしまった。もしや吸血鬼と同じ魔物、日本でいう妖怪なのではないのかと思う。

 

「いいえ、何でもありません」

「そうかの? なにか悩んでいる事があるのなら、いつでも相談は受け付けておるぞ」

 

 その言葉に僕の心は揺れた。学園長に全てを話し、僕は楽になりたかった。でも、その一歩を踏み出せない。目の前に奈落があるような感覚だった――結局、学園長から逃げるように僕は立ち去る。職員室へ戻ると僕は、麻帆良学園から出る事を決めた。その日の仕事を終えると僕は、寝泊りしていた学生寮へ「今日は帰りません」と連絡を入れる。そして電車に乗って、麻帆良の外へ向かった。教師としての仕事を放り出して行く事に、僕は罪悪感を覚える。そのせいか、誰かに見られているような気がした……そう感じた僕は電車の中で辺りを見回し、僕に向けられた幾つかの視線に気付く。

 見られている。僕は杖を握り締めた。まさか、監視されているのだろうか。そんなわけは無い、そんなはずは無い。しかし、間違いなく、電車の中にいる人々は僕を見ていた。何か変な所があるのかもしれないと思って、僕は自分の体を確かめる。顔に落書きをされているのかも知れないと思って、電車の窓に顔を映した。でも、何の異常も見当たらない。じゃあ、なんで見られていたのだろう……怖くなった僕は不安を消すために、お父さんから貰った杖を両手で強く握った

 

~ネギちゃん、杖! 杖ー!~

 

 人々の視線が怖くなって、僕は電車を降りた。でも、まだ麻帆良の外じゃない。麻帆良の外に出なければ、吸血鬼を振り切れない。駅にある時間表示を見ると、夕方の6時だった。後は杖で飛んで行こうと思ったけれど、僕は駅のベンチに座り込む……昨日と今日は色々あって、僕は疲れていた。少し休んでから行こうと思ったけれど、そのまま僕は目を閉じてしまう。気を抜いて眠ってしまった僕は――見覚えのある生徒に起こされた。

 

「こんばんは、ネギ先生」

「あれ? 茶々丸さん?」

 

「はい、3年A組、出席番号10番、絡繰茶々丸です」

 

 茶々丸さんの姿を認めた僕は、辺りを見回す。そこは眠る前と変わらない駅のベンチだった。駅にある時間表示を見ると、夜の7時となっている。そこで違和感を覚えるのは、僕の生徒である茶々丸さんの存在だ。この場所から学生寮まで、電車で15分ほど掛かる。たったの15分だけれど僕は、電車に乗って10キロほど移動した。それは適当に歩いて出会えるような距離ではない。

 

「茶々丸さんは、どうして此処に?」

「マスターと共に帰宅中です」

 

「マスター?」

「私の事だよ、ネギ先生」

 

 茶々丸さんの後ろから現れたのは、エヴァンジェリンさんだった。突然だったので僕は驚いたけれど、白い女と再会した時ほどではない。それに、エヴァンジェリンさんが吸血鬼と決まったわけじゃなかった。吸血鬼という疑いはあるものの、この駅は一般人も居るから僕は安心する。まさか、こんな場所で襲い掛かる事はないだろう。そんな僕の様子を見て、エヴァンジェリンさんは不機嫌になった。

 

「生徒を見捨てて逃げるとは、いい御身分だな、ネギ先生」

「見捨てる? そんなこと僕は……」

 

「昨日は佐々木まき絵、今日は宮崎のどか――先生が見捨てた生徒の名だよ」

「まさか……じゃあ、やっぱりエヴァンジェリンさんが……!」

 

「おいおい、今は吸血鬼に襲われた生徒の話をしているんだ。私は関係ないだろう?」

「関係無いなんて事はありません。貴方が吸血鬼の真祖なんですね……!」

 

「生徒を見捨てて逃げ出したくせに……私を責める権利があると思っているのか?」

「……見捨てていません。皆を巻き込まないために、僕は麻帆良から出ようと……!」

 

「それを見捨てたと言うんだよ。見なかった振りをして、聞かなかった振りをして、気付かなかった振りをして、考えもしなかったのだろう? 『自分が居なくなれば、その報復を生徒が受ける』と思いもしなかったのか?」

「そんなこと……分かるわけ無いじゃないですか」

 

「いいや、お利口な坊やなら『分かっていた』さ。誰から聞いたのかは知らないが、私が普通の人間ではなく、佐々木まき絵を襲った犯人だと、朝の時点で知っていたのだろう? だが、『分かりたくなかった』。自分が逃げれば他の誰かが犠牲になると、それを分かってしまったら『逃げ出せなくなる』からなぁ?」

「そんなこと思っていません。僕は……!」

 

「今となっては同じ事さ。先生は逃げ出して、残った生徒が犠牲になった。現実を見ろよ、ネギせんせー」

 

 言い返す言葉は、僕に無かった。エヴァンジェリンさんの言葉が、僕の胸に突き刺さる。6年前の村が滅ぼされた日も僕は逃げ出して、村の皆が犠牲になった。今回も僕は逃げ出して、2人の生徒が犠牲になった。その内1人は、僕が逃げなければ助かった。僕は6年前から何も変わっていない。何一つ成長していない、何一つ学んでいない。僕は無力で無知だった。

 

「私は親切だからな、お利口な坊やに警告してやる。

 一つ、私から逃げるな。お前が逃げた時、代わりに犠牲となるのはガキ共だ。

 一つ、私の事は秘密だ。魔法教師に言えば、その報復をガキ共に行う。 

 たったの2つだ、覚えるのは簡単だろう?」

「魔法教師、ですか?」

 

「ん? 知らんのか? 魔法を使える教師だ。まさか魔法使いが、ジジイとタカミチだけだなんて思っちゃいまい?」

「いえ……その……思ってました」

 

「そんな訳ないだろう……まあ、いい。その様子では本当に、他の魔法教師を知らないと見える。とにかく、お前の覚えるべき事は、私から逃げない事と、私の事を秘密にする事だ。分かったな?」

「嫌だと言ったら、生徒を襲うんでしょう?」

 

「私の話を聞かなくても構わないさ。これは警告だ。それを聞くか聞かないかは、お前の自由だよ。生徒の命か、自分の命か……そのくらいは選ばせてやるさ」

「エヴァンジェリンさんの目的は……何ですか?」

 

「お前の父親に掛けられた封印を解くことだよ」

「そうなんですか……」

 

「ふぅん、それも知っていたか……まったく、不粋な事をする奴がいたものだ。それを教えたのはジジイか? タカミチか? それとも――白髪の女か?」

「なっ……!? エヴァンジェリンさんは、あの女を知っているんですか!?」

 

「ほほぅ……あの女か。あの紳士なネギ先生が、ずいぶんと乱暴な言い方をするものだな。そんなに、「あの女」が嫌いなのか?」

「エヴァンジェリンさんは、あの女が何者か知っているんですか――!」

 

 まるで、あの女の事を知っているかのように僕は言う。事実を確かめるように僕は言う。あの女について、僕が知っている事は少ない。白い容姿と声、村を滅ぼした事と、学園長に影響を及ぼしている疑い、そして圧倒的な戦闘能力……いいや、今思うと戦闘能力というよりは防御能力を持っていた。しかし、それだけだ。なんて名前なのか、どんな魔法を使えるのか……あの女の事を僕は知らなさ過ぎる。だから少しでも、エヴァンジェリンさんから情報を引き出そうと思った。

 

「タダで情報を寄越せと言うのか? そうだな……お前が私に勝ったら教えてやるさ。ただし、お前が負けたら――その血をもらう」

 

 エヴァンジェリンさんはギロリと鋭い目を向ける。エヴァンジェリンさんは僕の血を使って、封印魔法を解くつもりだ。そうなれば、この麻帆良学園は吸血鬼の支配する死都となる――という話は白い女から聞いた事だ。よく考えると信用ならない。もしかすると白い女の言った事は、全てデタラメなのかも知れない。だから僕は今度こそ、一歩踏み出す勇気を出して、逃げずに立ち向かって、その事実を確かめる事にした。たとえ、その先に如何なる絶望が待っていようとも……!

 

「封印を解いたら、エヴァンジェリンさんは如何するつもり何ですか?」

「ククク、知れた事よ……まずは手始めに、この麻帆良学園を絶望で染め上げてくれるわぁ!」

 

 やっぱりダメだった。予想通りにダメだった。想像に違わず、ダメだった。振り絞った僕の勇気は粉々に砕け散る……そうして僕は絶望した。エヴァンジェリンさんの大声で周囲の人々が驚く。しかし、さっきから僕達は目立っていたので、「なんだ、またか」という一言で終わった。何も知らない人々は、言葉に偽りなくエヴァンジェリンさんは麻帆良学園を滅ぼそうと考えている、とは思わないだろう――『エヴァンジェリンさんが麻帆良学園を滅ぼそうとしている』という白い女の言葉は真実だった。それも当然の話だ。僕の人生よりも長い時間、エヴァンジェリンさんは麻帆良学園に封印されている。15年も封印されれば、その怨みは凄まじいものに違いない。

 

~キャーエヴァサーン!~

 

 茶々丸さんがエヴァンジェリンさんの従者……「魔法使いの従者」と言う説明を受け、僕も従者を見つけて置くように言われた。「従者が居ないから負けたんだ!」という言い訳を防ぐためらしい。オコジョのカモ君が白い女によって脱走させられたのは、僕に従者を用意させるためなのだろう。そのカモ君は、白い女の言葉通りならば明日くるはずだった。エヴァンジェリンさんや茶々丸さんと別れた後、僕は寝泊りしている学生寮へ戻る……様子の変な僕は明日菜さんに問い詰められたけれど、木乃香さんの協力で誤魔化すことに成功した。

 そして翌日、登校した僕はタカミチを見つける。吸血鬼と戦う事に納得しなかったから海外へ飛ばされたタカミチだ。僕の中で味方になってくれる事が確定しているタカミチだ。そう考える度に喜びの感情が湧き上がって、僕は嬉しくなる。まるで恋人に出会えたような気分だった。だから僕はタカミチに飛び付き、そんな僕にタカミチも、受け止める形で答えてくれる。

 

「タカミチ! タカミチ! タカミチ! タカミチ!」

「ハハハ、どうしたんだいネギ君。まるで子供みたいじゃないか」

 

「僕、タカミチに会えて嬉しいよ! ずっとタカミチが帰ってくるのを待ってたんだ!」

「僕もネギ君と会えて嬉しいよ。僕が居なくても、ちゃんと担任をやれていたのかい?」

 

「うん! タカミチが心配しないように僕は頑張ってるよ!」

「そうかい。それなら僕も安心できるね」

 

「あのね、タカミチ……」

 

 エヴァンジェリンさんが封印を破ろうとしている事は言えない。それを言えばエヴァンジェリンさんは手段を選ばなくなるだろう。白い女に関する事は言える。でも、白い女について言えば、エヴァンジェリンさんの事も言う必要がある……何よりも下手すると、またタカミチは『出張』させられる恐れがある。だから僕は代わりとして、タカミチから貰った生徒名簿を取り出し、エヴァンジェリンさんの顔写真を指差した。

 

「ねえ、タカミチ。ここに『困った時に相談しなさい』って書いてあるけど……」

 

 この困った時と言うのは、まさに今の事なのだろう。タカミチは学園長やエヴァンジェリンさんの思惑に気付き、このコメントを残したに違いない。これは『エヴァンジェリンに関する事で困っている時は、自分に相談しなさい』という意味だ。エヴァンジェリンさんの写真を指差して見せるだけで、きっとタカミチは察してくれる……少し前まで『困った時はエヴァンジェリンに相談しなさい』と勘違いしていたけれど、今ならば正しい意味を理解できる。

 

「ああ、エヴァは近寄り難い印象があるけどね……僕も昔はエヴァの同級生で、エヴァの世話になったんだ。ちゃんと話せば、きっとネギ君の力になってくれるよ」

 

 あれ? 世話になった? なんで吸血鬼と仲良さそうなの? エヴァって……なんで、そんなに馴れ馴れしい言い方するの? ちゃんと話せば、吸血鬼が僕の力になってくれる? ハハッ、タカミチ。ウソでしょ、タカミチ。ウソだよね? ウソだって言ってよ……タカミチだけは僕の味方だよね? 僕の味方で居てくれるはずだよね? だって白い女も、「タカミチは納得しなかった」って、だから海外へ出張させたって言ってたもん……こんなのウソだ、タカミチはウソつきだよ、ウソに決まってる、ウソじゃなくちゃ、ウソじゃなかったら……僕は一人になる。

 否定の言葉に思考を埋め尽くされ、僕は呆然とする。グルグルと気持ちが回って、何も分からなくなった――考えられなくなった。そんな僕は明日菜さんに捕獲され、タカミチから引き剥がされる。そうして僕の居た位置に、明日菜さんは割り込んだ。フットーしていた気持ちは瞬く間に冷却され、僕は心に冷たい物を感じる……これで白い女の言葉も、「初めて」全て正しい訳ではないと分かった。それは喜ぶべき事なのだけれど……それを僕は嬉しいと思えない。

 

 

――この麻帆良学園に、僕の味方はいなかった。


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