【完結】ラスボス詐欺【転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
ネギを父親と会わせるために、
悪魔を召喚して村を滅ぼした。
とラスボスは申しております。


麻帆良学園は私の支配下にあります (出題編)

 あの忌まわしい事件から6年後、ウェールズの魔法学校を卒業した僕は麻帆良学園にいた。立派な魔法使いになるための課題として、日本で教師をしている。新しい年度が始まって、僕の担当している学級の生徒達は、3年生へ進級した。正確に言うと明日、新学期が始まると共に、生徒たちは3ーAへ上がる。今までは教育実習生だったけれど、明日から僕も正式な教員として仕事をする事になった。

 そういう訳で僕は、明日に備えて準備を行う。他の教員と共に、始業式の準備を行ったり、会議に出席したり、配布物を用意したりした。そんな事をしている間に太陽は沈んで、夜になった後で仕事は終わる。2-Aの担任だったタカミチが居れば、もっと早くに終わったと思うけれど……僕が担任になった影響で、タカミチは海外へ出張していた。暗くなった夜8時を過ぎた頃に僕は学校を出て、寝泊りしている女子寮へ帰り始める。そうして夜道を歩いていると、6年前の事を思い出した。僕の住んでいた村が滅ぼされた6年前のことだ――あの日の悪夢は今でも、毎晩のように見る。

 

( あの女性は、まだ捕まっていない。それも当然だね……あの事件は魔法使いの間でも公表されていない。お父さんの子供である僕の存在を隠すためだって、おじいちゃん……魔法学校の校長は言っていた。僕が自分の身を守れるくらい……ううん、違う。お父さんのように強くならなくちゃ、あの事件を公(おおやけ)に曝すことすら出来ないんだ。そうしなければ、あの女性が再びやってきて……また全てを失ってしまう )

 

 3歳だった僕は、9歳になった。体は大きくなって、力も強くなって、魔法も使えるようになった。上級の攻撃魔法に手が届き、補助魔法陣を敷けば封印魔法も行使できる。魔法学校で僕が求めたのは、あの女性を捕らえるための力だった。魔法の紐で対象を捕らえる、単なる捕縛呪文ではない。相手の全身を氷で包み、長期間捕縛できる封印魔法だ。氷属性は僕の得意属性ではないため、発動は難しいけれど……。

 

~そろそろ出番です~

 

 僕は人気のない道を歩いていた。すると僕の進んでいる道の向こうから、人が歩いてくる。電灯の明かりに照らされた人は、白いワンピースを着て、白い帽子を被っていた。その白い女を見た僕は、気味の悪さを感じる。急に不安になって、呼吸も苦しくなった。喉に触れてみたけれど、僕の首に目立った異常はない。それなのに苦しくてたまらない。その時、白い女の姿が急に消えて……僕の背中に誰かが抱き付いた。

 

「ひっ」

「大きくなったものだね、少年。6年前の姿と見違えたよ。その大きな杖が無ければ、気付かぬまま通り過ぎる所だった……しかし結局、その杖は捨てなかったのだね。村人の命と引き替えた杖なのだから、善良な君は使わないと思っていた。それほど父親が恋しいという事なのかな……それにしても、魔法障壁に頼るのは考えものだね。だから、こうして――簡単に近付かれる」

 

 魔法障壁を擦り抜けて、女は僕の体に絡みつく。僕は杖を手放さないために強く握り、背後にいる女に対して魔法の呪文を唱えた。すると魔法が発動する前に女の体は離れ、僕の正面に出現する――転移魔法だとすれば恐ろしく早い。最初から正面にいて、後ろから触れられた事は気のせいだったと疑うほどだ。でも、女の生々しい感触と、耳へ吹き込まれた声は、僕の体に残っていた。

 

「貴方はっ、何者ですか!」

「何者だと? 今さら何を言っているのかね――私は君の協力者だよ。6年前の事を忘れた訳ではあるまい。父親に会いたいという君の願いを叶えるために、私は行動している。全ては君のためだ。この6年間、そのための準備を休む間もなく行ってきた。私は約束を守る方だからね。あの時、私は君と約束しただろう? 君の父親に会わせてあげると――」

 

「僕は他人を犠牲してまで、お父さんに会いたいなんて思っていません!」

「ああ、自分の心を偽ってはいけないよ。何を犠牲にしてでも父親に会いたいと、君は思っている。父親の杖を大切に持っているのが、その証だ。そんな事は思っていないと、口では何とでも言えるだろう。しかし君の本心は杖を、『他人を犠牲にしてでも手に入れた価値がある』と思っているのだよ。君にとって父親は最も価値のある物であり、それ以外の物は父親の代替に過ぎない」

 

「この杖は、僕の犯した罪の証として持っているんです。貴方に願ってしまった、愚かな僕の証として――この杖で貴方を捕らえます」

「君は杖を手放したくないだけだよ。私を捕らえたとしても、その杖を君が手放すことはない。君は罪の証として、一生持ち続けるつもりなのだろう? せいぜい使えないように封印する程度だ。何があっても、杖を二度と使えないように滅却する事はない。その杖は君にとって、父親と自身の繋がりを示すものだからね。だから君は、杖を手放さないで済むように――計算している」

 

「違う! 僕はっ! 貴方を捕らえた後で、この杖を折ってみせる!」

「それは気が早すぎるよ、少年。捕らえた後で逃げ出すかもしれない。牢屋から脱走するかも知れない。死刑になったと見せかけて、生き延びているかも知れない。この世には死刑になったと見せかけて、生きている人物など沢山いるのだ。君の母親も似たようなものだろう――そもそも私を捕らえなければ、永遠に杖を持っていられる。私を捕らえたいと、君は本当に思っているのかね?」

 

「思っています! これ以上ないほどに! ラス・テル・マ・スキル・マギステル……!」

「ふむ、魔法による実力行使か。君の思いを証明する手段として、それは正しい。しかし、ここで君と戦う予定はなかったのだがね……私を前にした君が、こういう行動を取るのも当然か。いいだろう、遠慮なく掛かって来るといい。人払いの魔法は私に任せたまえ、これも協力者としての務めだ。

 ――そして、もしも私を捕らえる事ができたのならば、君の思いを認めてあげよう。後で直してあげるから、周囲の被害も気にせず、全力で向かってくるといい。この6年の間に君が築き上げた力を以って 君の思いが何れほどのものか私に見せてくれ。私は一歩も動かず、攻撃を避けることもなく、魔法障壁を張ることもなく、君の思いの――全てを受け止める」

 

 ~ネギちゃんの実力を測る事にしました~

 

 僕は女の周囲を駆け回る。魔法の詠唱を終えると、僕の周囲に魔法の矢が出現した。風で形作られた矢は11本、それらを僕は女の背中に向けて撃つ。風の矢は真っ直ぐ進み、女の体に触れると弾け飛んだ。硬い壁へ当たったかのように、風の矢は砕ける。風の矢は女の体に届かず、白いワンピースに傷を付ける事すらできなかった。女の展開する魔法障壁に弾かれたのかと思った僕は、攻撃呪文の詠唱を始める。

 

「今の魔法は、捕縛効果のある風の矢だね。最初に捕縛を試みるとは君らしい。たとえ好ましく思えない相手であっても、最初から傷付ける呪文を使わない。その思考は私にとって好ましいよ。これからも、そうであって欲しいと思う。まあ、そんな事を言っていられない相手と、君は戦うことになるのだが……それらを用意した私としては、最初から攻撃呪文を使うことをオススメするよ」

 

 女は動かず、その場で喋り続ける。そんな女に僕は正面から駆け寄り、その腹部に手を押し当てた。それと同時に雷の呪文を発動させて、手から雷を放出させる。僕の目前でガァァァンと雷が鳴り、間違いなく女に命中した。しかし、魔法の発動を終えた僕が女から離れると、その腹部に傷跡はない。女の腹部に押し当てた柔らかい感触を、僕の手は憶えていた。間違いなく接触して発動させたけれど、魔法障壁の発動した感触もなかった――それなのに、何事もなかったかのように女は立っている。

 

「今の魔法は、中級攻撃魔法の『白き雷』だね。光線のような雷を発射する、中距離の攻撃に使える魔法だ。雷属性の魔法は相手を気絶させる事もできる――やはり殺害よりも捕縛を優先していると見える。しかし、破壊力に限って言えば、光属性の方が高い。その程度の魔法を使っても私には届かないよ――あるのだろう? 白き雷よりも威力の高い攻撃呪文を、君は習得しているはずだ」

 

 女は動かず、その場で喋り続ける。その周囲を駆け回っていた僕は足を止めて、呪文を詠唱した。手の中に雷が生まれ、槍のように変形する。これが僕の使える攻撃魔法の中で、最も威力の高い「雷の投擲」だ。それを女へ投げると――続けて別の魔法を発動させる。周囲を駆け回っている間に設置した補助魔法陣を起動させて、氷属性の封印魔法を発動させた。雷の槍を弾いた女の足元から氷結が始まり、全身を覆っていく。本来は一瞬で相手を氷結させる魔法だけれど、僕の場合は氷結の速度が遅い。その間、女は身動き一つしなかった。大した事ではないと言うように、その場に立ち続けている。

 

( ああ、きっとダメだ……このまま大人しく封印されてくれる訳がない。封印できる気がしない。でも、僕の攻撃を弾く原因が分からなければ、この人に攻撃は通らない。なぜ、通じないのだろう? 威力が足りない? いいや、さっき僕の手は、この人の腹部に押し当てる事ができた。攻撃のみを無効化できる何かがあるんだ……もしかして、この人は、マジックキャンセラー? )

 

 対象の体を石に変える石化魔法と違って、対象の周囲を凍らせる氷結魔法は、魔法抵抗力の影響を受け難い。石化魔法ではなく氷結魔法を習得した理由の一つは、対象の動きを封じれば封印できるからだ。その分、解呪作業の必要な石化魔法と違って、外側から氷を砕かれただけで氷結魔法は解ける。熟練度によって氷の強度は変わるけれど、僕の行使した封印魔法ならば、中級魔法を当てることで破壊できるだろう。

 僕の思っていた通り、女性は封印魔法を破る。魔法を使ったのではなく、女は指一つ動かす事なく、氷を砕け散らせた。その光景は、魔法抵抗力によって魔法をレジストされたかのようだ。女をマジックキャンセラーだとすれば、魔法攻撃は通じない。ならば、肉体を用いての攻撃を試すべきだ。しかし、恒常的に魔力で強化されていると言っても9歳の身体能力で、年上の魔法使いに勝てるとは思えなかった。肉体の強化に特化した術があれば良いのだけれど、その術を僕は知らない。

 そこで僕は一つの魔法を思い出した。魔法使いの従者の、身体能力を強化する魔法だ。その魔法を使えば、結果として自身の身体能力を強化できる。ただし、従者の強化を目的とした魔法のため、いくつかの起こるであろう不具合を予想できた。しかし他に手段はないため、『契約執行』という詠唱から始まる契約魔法を、自身を対象として発動させる。そして、魔力で強化された筋力を用いて、女の腹部に拳を打ち込んだ……それでも女の体は、揺れ動くことさえない。

 

「身体強化は『契約執行』かね? その方法は宜しくない。本来、自己強化に使う魔法ではないのだ。身体強化の魔法ならば、『戦いの歌』をオススメするよ――氷結による封印魔法も宜しくない。死んでも蘇る高位の悪魔を滅ぼすための魔法を、君は覚えるべきだった。村を滅ぼした悪魔よりも、私を捕らえたかったという気持ちは分かるけれどね――私に通用しないのならば覚えた意味がない。

 最大威力の魔法は『雷の投擲』だね? 雷属性の槍を放ち、刺さった後で炸裂させる事もできる魔法だ。槍を投げるという動作が必要になるものの、その威力はバスに衝突されたような物だろう。レーザー状な『雷の暴風』よりも命中率は低いものの、私のように動かない……もしくは捕縛した相手に使うのならば有効だ。これは魔法学校を卒業したばかりで、魔法の矢しか使えないはずの子供が使える魔法ではない――よく頑張った、少年。それほどの魔法が使えるのならば、これからの起こる様々なピンチと遭遇しても、生き残る事ができるだろう」

 

 女の体が視界から消える。正面にいたはずの女は、移動の瞬間さえ見えることなく消えた。それを認識した瞬間に、僕は口を塞がれる。僕の後ろから伸びた手が、僕の口を塞いでいた。僕の後頭部に柔らかい胸が押し当てられ、女によって僕は頭部を固定される。脱出しようと暴れる僕は魔力暴走を起こしたけれど、女の服を破る程度の事しかできなかった――服が破れた? 『雷の投擲』を受けても無傷だった服が破れた?

 

 ~そろそろ本題に移ります~

 

「さて、君の思いは十分に受け止めたよ。残念ながら、君の思いは私に届かなかった。あの日から6年間、己の魔法を磨き続けたのだろう。しかし、それでは足りなかったようだ。その程度では、まだ、私に届かない。もっと努力する事だよ、少年。君の力は、その程度ではない。まだ先がある、もっと先がある。それを引き出すために必要な物は時間ではなく危機感――つまり、ピンチだよ」

 

 嫌な予感がした。口を塞がれているため、呼吸が上手くできない。後ろにいる女を確認しようとしたものの、女に頭部を固定されているため首は回らなかった。杖は奪われていないけれど、呪文の詠唱はできない。このまま首を折られるのではないかと、僕は不安になった。6年前に悪魔を召喚して村を滅ぼした人物が、すぐ後ろにいる。それなのに僕は、何もできなかった。

 

「君の父親を呼び出すためのピンチだったが、君を育てる役にも立つだろう。父親にも会えるし、魔法使いとしての力も上がる。君が上手くやればの話だけれどね――何の話かというと、君にピンチを与えに来たのだよ。前回は敵と戦わずに済んだけれど、今回は君自身が戦わなければならない。相手は吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

 

 吸血鬼の真祖エヴァンジェリンと聞いて、僕は賞金首のリストを思い出す。村を滅ぼした女の正体を調べるために、賞金首のリストに目を通した事があった。15年前に賞金を外されたけれど600万ドルの元賞金首で、闇の福音と呼ばれた吸血鬼の真祖エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そんな相手と魔法学校を卒業したばかりの僕が、なぜ戦わなければならないのだろう。

 

「彼女は15年前に、君の父親によって封印魔法を掛けられた。この麻帆良という土地から彼女は外へ出れず、登校を義務付けられている。そんな状況に彼女も飽きて来たようでね。最近は封印魔法の解除を、彼女は試みているようだ。そんな彼女へ私は、君に関する情報を伝えた。「ナギ・スプリングフィールドの直系が来る」とね。すると彼女は一般人に対して密かに吸血を行い、力を溜め始めた」

 

 父さんに封印魔法を掛けられた? 15年前といえば、僕の生まれる6年も前だ。その吸血鬼は、麻帆良という土地に囚われているらしい。人気のない場所ならば兎も角、人の多く住む場所に吸血鬼を封印したのは如何いうことなのだろう。それは登校を義務付けられている事と関係あるに違いない……吸血鬼は毎日、どこかの学校へ登校しているという事だ。

 

「そろそろ十分に力が溜まり、君に接触してくる頃だろう。君の血を使って、君の父親が掛けた封印魔法を解くためにね。そうなれば、この麻帆良学園は、復活した吸血鬼の真祖によって死の都となる。真祖に血を吸われた人々は吸血鬼となり、麻帆良中を死者が練り歩く事だろう。君の大事な生徒達も、その毒牙に侵されてしまう。そのような危機が起こるとなれば、君の父親も駆け付けるに違いない」

 

 それは6年前の再現だった。この女は、あの惨劇を繰り返そうとしている。その恐怖に僕は体を震わせた。歯はカチカチと鳴り、体も冷たくなる。明日菜さんや木乃香さん、僕の担当する生徒達の顔が次々と頭に浮かんだ。明日から生徒達は3年生へなるのに、僕も正式な教師へなるのに、みんな死んでしまう。希望に溢れた未来が、絶望へ変わる。村の皆と同じように殺されてしまう――そんな事は許さない。

 

「ああ、その吸血鬼の真祖だがね。君の担当するクラスに在籍している出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。君の担当するクラスに吸血鬼がいるのは偶然ではない。君の担当するクラスに運悪く吸血鬼がいるのではなく、吸血鬼のいるクラスに君を放り込んだのだ。その際、学園長は大人しく従ってくれたのだがね、君の頼りにしている高畑・T・タカミチは納得してくれなかったから――海外へ出張させた」

 

 魔法学校の卒業式で受けた「日本で教師をやること」という課題を果たすために、僕は教師をやっている。日本の学校であれば何所でも条件は満たせるのだけれど、麻帆良学園に来たのは魔法学校の校長先生に紹介されたからだ。魔法学校の校長先生と、この麻帆良学園の学園長は、友人関係にあると聞いている……その学園長が吸血鬼と同じクラスに僕を放り込んだと女は言った。いいや、吸血鬼の存在を学園長は知らなかったのではないか――なんて考えたけれど、その可能性は低かった。

 

「君は一人で、吸血鬼と戦わなければならない。元600万ドルな吸血鬼の真祖で、600年以上の時を生き抜いた化け物だ。それでは一方的過ぎる。だから、下着二千枚を窃盗した罪で、ウェールズに収監されていた君のオコジョ妖精を脱走させた。2日後には来るはずだから、それまで逃げ延びることだ。どんな状況であっても、一人で戦おうと思ってはいけないよ――必ず負けるから」

 

 僕の耳元で女がささやく。女の胸で強引に固定された僕の頭部は、柔らかい物を強く押し付けられていた。その感触に、少しでも心地よさを感じる僕の心が、気持ち悪い。恐怖で震える体は冷たいけれど、頭は沸き上がりそうだった。女の持つ心臓の音がトクントクンと、密着している僕の頭に響く。その音を聞いて僕は、望んでいない安らぎと、吐き気を誘う嫌悪感を呼び起こされた。女の手で口を塞がれている僕は酸欠で苦しくなり、グチャグチャに潰れた感情の中へ埋もれて行く。

 

 ~有ること無いこと吹き込みました~

 

 僕は気絶していたらしい。目を覚ますと、女の姿はなかった。戦闘の跡は残っておらず、女に会った事は夢だったように思える。けれども僕の中で減っている魔力が、現実で魔法を使った事を証明していた。僕の魔法が女に通用しなかった事も、現実に起きたことだ。それを思い出して、僕は悔しくなる。僕の身に付けた魔法は女に届かなかった、傷一つ付ける事もできなかった。これまでの努力は無駄だったのかと思うと、女の圧倒的な力に対する絶望感と無力感が湧き上がる。

 

( こんな物なのか! 僕の力は、この程度の物なのか! 僕が魔法を撃っても、相手にされていなかった! 身動き一つされなかった! ……それどころか、あの女は敵意すらなかった。僕は敵と思われていなかったんだ。僕は相手を傷付けるつもりだったけれど、相手に僕を傷付けるつもりはなかった。そんな相手に、僕は杖を持っていない相手に……口を塞がれただけで負けた! )

 

「あの女性を捕らえようと、僕は頑張ってきたのに……! 一歩も動くことのない相手にっ、攻撃を避けることもない相手にっ、魔法障壁も張ることもない相手にっ、全てを受け止められたっ! 言い訳の仕様もなく、全力を出し切った! それでも僕は負けた……あの女を捕らえるチャンスだったのに……あの女を僕は止められなかった。そのせいで、僕の生徒達だけではなく、この町に住む人々の命が危険にさらされる……なんて僕は無力なんだ」

 

 僕に泣いている暇はなかった。あの女によると、すでに吸血鬼は動いているらしい。吸血鬼の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。女の言った通り、僕の担当するクラスの生徒だ。僕と同じ魔法使いであるタカミチから貰った名簿によると、「困った時に相談しなさい」と書かれていた。そのタカミチは出張しているため、麻帆良学園にいない……女の言った事が正しければ、僕と吸血鬼を戦わせることに納得しなかったから、タカミチは海外へ飛ばされたらしい。どういうつもりでタカミチが、このコメントを残したのか……僕は分からなかった。

 次の日、始業式が終わって、僕は3-Aの担任となる。最後尾の席に座っているエヴァンジェリンさんをチラチラと見ていたら、ギロリと鋭い視線を返された……けれども、あのエヴァンジェリンさんが、吸血鬼の真祖とは思えない。その後、身体測定が行われるという事で、僕は教室の外へ出ていた。すると、「欠席していた生徒が桜通りで保護された」と連絡がある。運び込まれたという保健室へ慌てて行ってみると、眠っている生徒から何者かの魔力を検出できた。これは魔法使いが何らかの魔法を、僕の生徒にかけた跡だ。

 

『彼女は一般人に対して密かに吸血を行い、力を溜め始めた――そろそろ十分に力が溜まり、君に接触してくる頃だろう』

 

 

――僕は事件の始まりを察して、絶望した。




▼魔法による肉体強化に関する文章を修正しました。
「9歳の身体能力で、年上の女に勝てるとは思えなかった。肉体を強化する術があれば良いのだけれど」
 ↓
「恒常的に魔力で強化されていると言っても9歳の身体能力で、年上の魔法使いに勝てるとは思えなかった。肉体の強化に特化した術があれば良いのだけれど」

▼卒業課題に関する文章を修正しました。
 魔法学校の卒業課題→立派な魔法使いになるための課題

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