【完結】ラスボス詐欺【転生】   作:器物転生

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今回は行間を多目に取りました。
文章を詰め過ぎると読み難いんだってさ。
そーなのかー。


私が諸悪の根源です

~転生しました~

 

 僕ことネギ・スプリングフィールドは、村外れの湖へ飛び込んだ。水面を突き破ると、下半身が水に沈む。そのまま勢いは衰えず、上半身も飲み込まれた。冬の冷たい空気に比べると、湖の水温は暖かく感じる。そう思ったのは一瞬で、すぐにキリキリと身を絞られるような痛みを感じた。肌を覆う水が熱を奪ったために、僕の体は引きつって硬くなる。寒さで震える体は思い通りに動かせなくなった。体の中に溜めていた空気を、僕の体は勝手に吐き出す。

 

「たすけ……」

 

 体が震えて言葉にならない。寒さを防ぐために着ていた厚い服が、水を吸って重くなった。水の染み込んだ重い服は、体の自由を奪う拘束服となる。体のバランスが崩れ、僕の顔は水面下へ沈んだ。僕の意思に関わらず、震える筋肉は水を吸い込む。反射的に吐き出したものの、吐き出した分の水を吸った。呼吸が出来ないために苦しくなり、水の中で僕は暴れる。でも、それで僕は余力を使い果たした。体温を奪われた事と、呼吸の出来ない事が原因で、僕は意識を保てなくなる。

 

( 息が苦しい……体が重い……冷たいよ。僕は死ぬの? こんなの嫌だ。こんな所で死にたくない。誰にも見られないまま死にたくないよ……いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ! 誰か助けて……助けに来てよ。僕を助けて、おとうさん )

 

 心の中で僕は父を呼ぶ。顔も覚えていない、僕の父さん。でも、村の人達が父さんの事を教えてくれた。立派な魔法使い、マギステル・マギ、千の呪文の男、サウザンド・マスター、そんな風に父さんは呼ばれる。困っている人がいると助けに来てくれる立派な魔法使い。だから僕は冬の湖へ身を投げた。そうすれば父さんは、僕を助けに来てくれると思ったから。でも、父さんは来てくれない。こんなに苦しいのに、僕を助けてくれない。

 

( 会いたいよ、お父さん。僕を見て欲しい。僕を抱き締めて欲しい。僕と一緒にいて欲しい。どうして助けに来てくれないの? こんなに苦しいのに……お父さんは、僕が嫌いなの? だから僕の側に居てくれないの? 僕は、いらない子なの? ねえ、お父さん )

 

 見たこともな無い光景が、僕の頭に浮かぶ。赤ん坊の僕を抱きかかえる金色の女性と、その側に立って僕の様子を眺める赤い男性がいた。金色の女性と赤い男性の顔に大きな穴が開いて、顔の向こうが見える。顔の部分に大きな穴を開けた2人は、ボワンボワンと音を鳴らしていた。大きな穴を空気が通る度に、不気味な音が鳴り響く……その有様は不気味で、気持ち悪かった。どこかで聞いた覚えのある音楽が聞こえて、元の音を聞き取れないほど大きく鳴り響く。その場所に僕は居たいと思えず、見えない手を空中に伸ばした――すると、誰かが僕の手を握り、どこかへ引っ張り上げた。

 

~ネギちゃんは救助されました~

 

 僕は意識を取り戻す。目覚めると、木の枝の間から差し込む、太陽の光が見えた。意識を失う直前の出来事は覚えておらず、どうして意識を失ったのかも憶えていない。でも、村から離れた場所にある湖へ向かっていた事は思い出した。そこで僕は暖かい感触に気付く。僕の後ろに誰かが座って、僕を抱き締めていた。体を捻って後ろを見ると、白い髪の女性が、僕を抱き締めたまま座っている。そのまま女の人は喋り始めた。

 

「ふむ……目が覚めたようだね。湖に飛び込んだ君を見た時は如何しようかと思ったものの、生きているのならば助けて良かったよ。あのまま永遠に目が覚めないのならば、助けた行動が無駄になった上に、後の気分も悪かっただろうからね。この非力な体で君を引き上げるのは、なかなか大変だった……いや、よかった。私の行動が無駄にならずに済んだ。私は君に礼を言わねばならない。生き延びてくれてアリガトウとね」

 

「ううん、そんな事ないよ。僕の方こそ助けてくれて、ありがとう」

「ありがとう……か。そう言うわりに、君は嬉しそうではない。礼を欠かなかった事は評価できるものの、その中身は空っぽだ。表面だけの謝意ならば言わぬ方がマシだよ……もしや自殺だったのかね? それならば悪い事をした。勇気を出して自殺したにも関わらず、その邪魔をしたとなれば心苦しい。その代わりとして君が望むのならば、私が君の命を絶ってあげよう」

 

「ええ!? 違うよ! 自殺なんかじゃないよ!」

「そうか……それならば、なぜ湖に飛び込んだのかね? 氷は張っていないものの、この寒い時期に湖へ飛び込むのは自殺行為だよ。体温を奪われて、瞬く間に動けなくなる。おそらく岸へ上がろうと思っても力は入らず、岸へ体を上げる事すらできないだろう。そのくらい……いや、まだ幼い君に、そこまで求めるのは酷か。湖の水温を知らず、服を脱ぎ忘れたまま飛び込んでも、不思議ではない……悪かったね。危うく、被せるべきではない責任を君に被せる所だった――そういう責任は、君の両親に被せるべき物なのだろう」

 

「そんなこと……ないよ。僕のお父さん……とお母さんは悪くないよ。お父さんに会いたくて、僕が勝手に無茶をしたんだから」

「……湖に飛び込む事が、両親と会う事に繋がるのかね? まさか両親は湖の精霊、と言う訳ではあるまい。いや、そうか……君の両親は、すでに亡くなっているのか。この湖で君の両親は亡くなったのだね。その両親と会うために飛び込んだだけで、死のうと思って飛びこんだ訳ではないと……しかし、君にとって辛い話になるが、死んだ者に生きたまま会うことなどできないのだよ。それは自殺と変わりない」

 

「違うよ! お母さんは分からないけれど……お父さんは生きてるよ! 僕はピンチになれば、お父さんが来てくれると思って……だから……湖に……飛び込んだの」

「ピンチになれば……か。しかし、溺れている君の下に、父親は現れなかった。あの身も凍るような水温に接し、水を吸って鉛のように重くなった服を着て溺れている状態は、とても危険だった。水から引き上げた時、君の呼吸は止まっていたのだよ? 私が君に人工呼吸を施して、呼吸を再開させなければ死んでいた……ああ、君の唇を断りもなく奪ったことは許してほしい。君の許しを得られるような状態ではなかった」

 

「ううん……そんな事いいよ」

「それは良かった。しかし、なぜ君の父親は来てくれなかったのだろうね。私が助けなければ、君は死んでいた。いいや……そうか。私が助けたから、君の父親は来てくれなかったのかも知れない。やはり私は、君にとって悪いことをした――すまないね。父親に会うために努力していた君を、私は邪魔したに違いない。命を賭けた行為だったにも関わらず、それを私は無駄にした。何度謝っても許されないことだ」

 

「そんな事ないよ! お父さんは、きっと、忙しくて、来れなかったんだ!」

「忙しかった……か。そうだね。きっと君の父親は、君よりも危険な状態の誰かを助けていたために来れなかったのだろう。君が本当に死ぬような事が起これば、父親は来てくれるに違いない。今回は私が助けたために、父親は来てくれなかったのだろうね。その事は言い訳の仕様がない。今となっては、後悔の念で胸が痛いよ。なにか私に出来ることはないのだろうか」

 

「気にしないで……貴方のせいじゃないから」

「君は優しいね。そう言ってもらえると嬉しいよ……そうだ、いい考えがある。君のピンチを台無しにした代わりとして、私がピンチを用意してあげよう。君の父親が駆け付けるほどのピンチを、君に与えてあげると――約束する。ふむ……しかし、今すぐという訳には行かないか。急げば明日には準備できるだろう。君の父親に会いたいのならば明日、もう一度、今と同じ時間に此処へ来るといい」

 

「えーと、そのピンチって……なに?」

「秘密だ。見てのお楽しみだよ。不安に思うのならば止めればいい。まあ、君が死ぬような危険は少ないよ。少なくとも、また湖に飛び込むよりも安全な方法だ――さて、そろそろ日が落ちる。この山の中には街灯も設置されていない。暗くなれば一歩毎に、足元を確かめながら帰ることになるだろう。そうなる前に早く、村へ帰った方が良いのではないのかね?」

 

「そうだね。じゃあ、僕は村へ帰るよ」

「焦らず、ゆっくり帰るのだよ。慌てたせいで怪我を負ったら、明日の予定に差し支えるからね。それと、ここは……またね、というべきなのかな。それとも……さようなら、となるのか。どちらを君が選んだとしても明日、君と私は再び会うことになるだろう。すでに運命の歯車は人の意思に関わらず回り始めているのだ。だから私は、またね、と君に告げる――また会おう、少年よ。また会えることを願っているよ」

 

~ネギちゃんと出会いました~

 

 白い髪の女性と出会った次の日、僕は再び湖へ向かった。女の人が言った、父さんと会えるという言葉を僕は信じていた。でも、そこに女の人は居なかった。父さんも現れなかった。朝早く起きて日の出を待ち、日の入りまで待っていたけれど誰も来なかった。最初は父さんに会えると思って湖の周りを歩き回っていたけれど、最後は風の冷たさに体を震わせて僕は地面に座り込む。

 

( 嘘だったのかな。一日中待っていたけれど、僕は父さんに会えなかった。父さんに会えると思っていたのに……会えると思ったから大人しく待っていたのに、結局だれも来なかった。父さんに会わせてあげるって女の人は言ったのに、約束するって言ってたのに、あの人は約束を破ったんだ……うそつき )

 

 地平線へ太陽が沈んだために、辺りは暗くなっていた。このまま此処に居れば昨日、女の人が言っていたように足元が見えなくなる。女の人の言葉に期待していた僕は、失望の思いを抱えながら下山した。すると、なぜか燃えている村の様子が見える。一つの家程度ではなく、村全体が燃えていた。火事だと思った僕は不安になって、父さんに会えなかった悲しみも忘れて走り出した。

 ガラガラという大きな音と共に、炎上する家が崩れ落ちる。家を包み込む大きな炎は、辺りを昼間のように明るく照らしていた。村を襲った悪魔の一体が、動かなくなった人を食べている。あちこちに人の石像があり、その多くは壊れてバラバラになっていた。お爺ちゃんとお姉ちゃんの名前を呼びながら、そんな場所を走っていた僕は、悪魔に発見される。その時、僕の前に誰かが現れ、悪魔を吹き飛ばした。

 その騒ぎに引かれて、無数の悪魔が集まる。見上げた空を埋め尽くすほどの数の悪魔だった。そんな数え切れないほどの悪魔を誰かは、巨大な光線で焼き払う。悪魔の巻き添えで村は破壊され、光線が消えると何も無くなっていた。悪魔に食べられていた人も、村人の石像も、何も残っていない。消し飛ばされて、殺され尽くした。怖くなった僕は、その場から逃げ出す。すると、その先で探していた人を見つけた。お爺ちゃんとお姉ちゃんだ。でも、お爺ちゃんは悪魔を封印したものの、悪魔の石化魔法によって石像と化した。

 その後、お姉ちゃんと僕は「誰か」によって救助される。その「誰か」の正体は、僕の父さんだった。僕は父さんから、僕の身長よりも長い杖を貰う。父さんが姿を消した後も、その杖を父さんの代わりと思って抱き締めていた。その場所から僕は、村のある方向を見る。燃える村の放つ明かりによって、夜の空は赤く染まっていた。村を悪魔に滅ぼされた悲しみはあるけれど、父さんに会えた喜びもあって、僕は悲しむべきか喜ぶべきか分からない。

 

~そろそろ出番です~

 

 パチ、パチ、パチと手を叩く音が聞こえた。体を震わせた僕は、父さんから貰った杖を握り締める。悪魔が居るのかも知れないと思って怖かったけれど、勇気を出して背後を振り向いた。すると、白い髪の女性が歩み寄ってきている。それは昨日会った女の人だ。だから僕は警戒を緩める。そこで僕は此の場所が、僕の溺れた場所であり、女の人に助けられた場所でもある、湖の近くである事に気付いた。

 

「おめでとう、少年。無事、君の父親に会えたようで何よりだ……いや、君の身は兎も角、君以外のものは無事と言えない状態か。しかし、君が無事であるのならば小さなことだ。あの村が滅んだ事は、君が生きたまま父親と会うために必要なピンチだった。あれほどの犠牲を掛けなければ、君の父親が駆け付ける事は無かっただろう」

 

「貴方は、なにを言っているんですか」

「ん? 父親に会えたのだろう? ならば、もっと喜んだ方が良いのではないのかね? そうでなければ、村人の死は無意味な物になってしまう。せっかく父親と会えたにも関わらず、それを君が喜んでいない有り様では、犠牲になった村人の死は無駄ではないか。私も苦労したのだよ。あれほどの悪魔を一日で召喚するのは、なかなかに骨が折れた。まあ、君の父親による一撃で、20時間ほど掛けて召喚した悪魔の大半は、一瞬で消し飛んだわけだが……」

 

「貴方が、あの悪魔を召喚したんですか!?」

「その通りだ。昨日の夕方に君の望みを聞いてから、夜も眠らず悪魔を召喚したのだよ。そして君が湖にいる間に、村を襲撃させたのだ。君がいる時に村を襲撃させると、父親が駆け付ける前に、君は死ぬかも知れないからね。父親が駆け付けるほどのピンチを君に被せれば、君は死ぬだろう。ならば君の周りにピンチを被せて、ピンチを分散させればいい。その結果、君の父親を呼び寄せる事に成功したわけだ」

 

「貴方が、お爺ちゃんや村の皆を……!」

「おや? 怒っているのかね? 父親に会えたというのに、機嫌は悪いようだ。そうか……1時間も経たない間に父親が居なくなった事を、君は不満に思っているのだね。たしかに、村一つと引き換えに父親が手に入るのならば兎も角、手に入った物は父親の杖一つだ。言葉も数回交わしただけで、君の父親は居なくなった。私が思っていたよりも、君の父親は薄情な人物だったようだね。それでは満足できない事を、私も理解できる」

 

「貴方なんかに理解されたくありません!」

「ずいぶんと嫌われたものだ……ああ、反省しよう。私の努力は足りなかった。物量で攻めた所で、君の望みを叶える事は出来ないようだ。君の父親を絡め取る手段を考える必要がある。最強の魔法使いを、身動きできない状況に追い込む必要がある……次は上手くやろう。されど今は、一時の別れだ。全ての準備が整った時、私は再び君の前に現れよう。次こそは君の望みを叶えてあげると――約束する」

 

~ネギちゃんと約束しました~

 

 一方的な約束を交わすと、白い髪の女性は去った。この場に残された人は、僕とお姉ちゃんだ。お姉ちゃんは気絶したまま目覚めない。その横で僕は体から力が抜けて、地面に崩れ落ちた。僕の手から離れた父さんの杖が、目の前の地面に転がる。父さんから貰った杖だけれど、今は手放したい。村の皆を犠牲にした代わりとして手に入った物だと思うと、僕は父さんの杖を持って居られなかった。

 

( 僕が父さんと会いたいなんて言ったから、村の皆は死んでしまった。僕の代わりに死んでしまった。父さんと会って杖を貰ったから喜んで……バカみたいだ。僕のせいで皆は死んだ。僕の不用意な発言が、悪魔を呼び寄せた。僕が余計な事を言わなければ、こんな事にならなかった。それなのに僕は、父さんと会えて喜んでいたんだ。村を滅ぼした原因のくせに……! )

 

「うああああああ! 僕はっ、僕はっ、僕のせいでっ! みんな死んだ! 僕のせいだ! 僕なんて死んでしまえばいいんだ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい」

 

 僕は地面に頭を打ち付ける。自分の拳で自分の頭を打った。父さんの杖を掴んで、自分の頭に振り下ろした。死んだ皆に謝りながら、自分の体を痛め付ける。こんな僕の姿を、お姉ちゃんに見られたくなかった。お姉ちゃんが目覚める前に、自分を殺さなければ……皆を殺した僕を、お姉ちゃんは、どんな目で見るのだろう。あんなに優しかったお姉ちゃんに嫌われるのかも知れない。お姉ちゃんは僕を……殺そうとするのかも知れない。そう思った僕は怖くなって、湖の方向へ走り出した。

 僕は湖へ飛び込む。全身を水で包まれ、急激に体温を奪われた。全身が震えると共に、体内の空気は吐き出される。苦しかったけれど、僕の姿は誰にも見られなくなかった。このまま水の底で死ねればいい。お姉ちゃんに嫌われるくらいならば死のう。そう思っていたけれど、すぐに僕は引き上げられた。誰かが水中で僕に抱き付き、そのまま水面へ浮上する。「ネギ!死なないで!」とお姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえた気がする。でも、僕は最後まで意識を保てず、気を失った。

 

~ネギちゃんは発狂しました~

 

 僕は意識を取り戻す。目覚めると、辺りは真っ暗だった。意識を失う直前の出来事は覚えておらず、どうして意識を失ったのかも憶えていない。でも、湖へ飛び込んだ事は思い出した。湖へ飛び込んだ僕だけれど、お姉ちゃんに助けられた。そこで僕は、僕の体を包み込む暖かい感触に気付く。僕の後ろに誰かが座って、僕を抱き締めていた。その暖かさを感じて、僕は安心する。

 助けてくれたという事は、僕は生きても良いという事だ。僕は死のうと思っていたけれど、他人に助けられたのならば生きる事を選んでも仕方ない。お姉ちゃんが生きて欲しいと願ったから、僕は仕方なく生きるんだ。お姉ちゃんのために生きてあげるんだ。助けられたのだから、生きなければならない。本当は死にたいけれど、お姉ちゃんが僕の死を悲しむのは心苦しいから……、

 

「ふむ……目が覚めたようだね。湖に飛び込んだ君を見た時は如何しようかと思ったものの、生きているのならば助けて良かったよ。あのまま永遠に目が覚めないのならば、助けた行動が無駄になった上に、後の気分も悪かっただろうからね。この非力な体で君を引き上げるのは、なかなか大変だった……いや、よかった。私の行動が無駄にならずに済んだ。私は君に礼を言わねばならない。生き延びてくれてアリガトウとね」

 

 僕の背後から聞き覚えのない声が聞こえる。体を捻って後ろを見ると、白い髪の女性が、僕を抱き締めたまま座っていた。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを、その女は僕に向ける。反射的に逃げようと試みても、その女が抱き締めているから、僕の体は動かなかった。痛いほどの力で抱き締められ、僕の体からミシミシと嫌な音が聞こえる。女は蛇のように絡み付き、僕の体を締め付けていた。

 必死に逃げようと僕は試みる。体は動かないけれど、魔力を暴走させて辺りの物を吹き飛ばした。それで女の服は破れたけれど、僕をホールドしたまま放さない。いつもならば心地良いと感じる柔らかい感触も、今は気持ちの悪いものに感じる。そんな生肌の感触に耐え切れず、僕は泣き叫んだ。そんな僕の耳元で、「アリガトウ」と女は優しく言う。「アリガトウ」「アリガトウ」「アリガトウ」と女は何度も、ささやいた。「生き残ってくれてアリガトウ」

 

 

「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


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