ちょっと長く空いてしまいました。
キリよく短めで。
諸君。
今日、私はもう一度歴史に名を刻む。
宇宙。
宇宙だ。
私は、幼い頃から夢見た、見続けて来た。
あの光る天井にどれだけ手を伸ばそうとも爪先がカスリもせず、飛行機はおろか、観測衛星ですら一歩踏み出すに留まる未踏の世界。
果てしなく続く、果てのない広大な海。あるいは、無限に広がる星の空。
物心ついたその時から、私は、今も、魅入られている。虜なのさ。
そこに行きたくて仕方なかった。
夜空が、満点の星が、流れ星も、惑星も、銀河も、デブリでさえ、ね。何より、写真で見るこの星がたまらなく美しいんだ。とんでもないね、罪だよ、罪。争いばかりの愚かな人類史には飽き飽きしてたんだが、あの写真だけは評価してやっても良い。
あんなものが広がってると思うと、どうだい?
ワクワクしないかい?
ドキドキしないかい?
胸が、心が弾むだろう?
思いを馳せる時はいつだって爆発寸前さ!
…。
諸君。
如何かな?
手を伸ばしてみたくならないか?
羽ばたきたいと、翼が疼いて仕方ないだろう?
こぉんな狭い空じゃああっという間に頭を打つ。ぶつかり合う。
それじゃあダメだ、腐るのを待つなんてあまりにも愚か。愚の骨頂。今すぐにダンクシュートかましてこい。
思い出せ。
その手に何がある?
私は何を与えた?
世界は、
宇宙は、
無限に広がる空だ。
小さくとも大きな一歩を、そのための一歩を、踏み出そうじゃないか。
ページを綴ろうじゃないか。
動機はちょっと納得行かないけどね。
さあ。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
シャトルの中にある宇宙船……正しくは、大気圏離脱の為に肉付けされた宇宙船。その一室に、今回乗り込んだ全員が集まっていた。
あと十五分後、この機会に宇宙船は地球を離れて月へと旅立つ。無事に打ち上げられれば。
その為にもまずは地球の重力を振り切る加速をしなければならない。この時、人間の所在を適当にしてしまうと確実に壁に叩きつけられてトマトになること間違いなしなので、専用のシートで身体を固定する事が決まっていた。ここはその為の一室である。資材や貨物は全てコンテナに詰め込んでベルトでがっちりと固定しているので、あとは人間のみ。
現役の宇宙飛行士が一人一人のベルトを入念にチェックしていく。自分の番を黙って待っていると、束さんがふと口を開いた。
「そーいえばさ、この船名前まだ決めてなかったんだよね」
「お前、大事な事をなぜ今になって言うんだ」
「えー。私だって忙しかったんだよ」
「まったく、締まらん…。今考えろ」
「ちーちゃん横暴だー」
「そうやって切り出したからには考えがあるんだろうが」
「まぁね」
篠ノ之束と織斑千冬。この二人が何気なく、親しく会話している場面に立ちあうことそのものがレアなのだと最近になって知った。
まず、どちらも普通に生活していてはお目にかかることすら難しい(らしい)。所在がはっきりと割れている織斑千冬はさておき、足取りの掴めない束さんはメタルキングもかくやと言わんばかりだし。
そして、会ったところで二人とも性格がドギツイ。金太郎も真っ青の
親友同士だと知っていても疑う気持ちの方が強かった俺はちっとも悪くない。
もう慣れた。
「でも、それでも民意ってものがあるからね」
「ほう? だ、そうだ。良い案があれば採用してくれるそうだぞ」
「? どういうこと?」
「自分より良い名前なら歴史に残るということだ」
デュノアの呟きに織斑千冬が返す。どうやら、自分で考えたけど聞くだけ聞いてあげる、と言っているらしい。特に何か貰えるわけじゃないけど、次の一年生の教科書には名前が載るだろう。
「Hope など如何でしょう? ISの目的は宇宙進出、大きな一歩に希望や祈りを込めて。ベターですが、こういうのはシンプルなモノの方が良くって?」
「祈りとか願いなら流れ星ってどうよ」
「賛成!」
「セシリアの案も良いなぁ」
「クラリッサ、宇宙船の名前は何が良いと思う? …ほうほう」
ついさっきまで真面目な空気だったのに、いつの間にかピクニック前のバスになって来たぞ。意図的なのか、故意なのやら…。
「兄さんは?」
「俺か? 簪様のアニメに付き合い過ぎてそれっぽいのしか浮かばない」
「あはは。一緒。そうなったらパクリだーって騒ぎになりそうだよね」
「真似るならもうちょっと理解を得られるものにした方が良さそうだ」
「確かに。簪は?」
「えっと……内緒。束さんが考えてる事分かるから」
「……あぁ、成程」
一緒に作業もすればそう言う話もするか。むしろ二人して考えていたのかもしれない。あの人の事だから、実はずっと昔から考えていた名前が幾つかありそうなもんだけど。
前の座席を見れば、紫の様な桃色の様な髪がふわふわ左右に揺れては、隣の黒髪にしばかれている。宇宙船の名前とは別の話題で盛り上がっているようだ。
そしてその後ろ、俺の手前ではああでもないこれがいいと更に発展していた。喧嘩にならないだけまだマシか。
「姉さんは?」
「え?」
「名前」
「……」
マドカとは反対側に座る姉さんに話題を振ってみた。こういうの結構好きそうだからな、面白い回答を期待してたんだが、意外にも驚いた表情でじっと見つめ返された。
「変わったね」
「え?」
「以前なら、あの二人が言いだした話題になんて乗らなかった」
「……うん」
確かに。自分でもそう思う。
名前を聞いただけで感情が抑えきれない時期があって、そうでなくとも織斑とはソリが合わなかった。文字通り殺してやりたい、と。
今だから分かる事だけれど、ISコアが次第に身体に馴染んでいくに連れてだんだんと普通の人間らしさと失くした記憶を取り戻して、決別することを選んでから、すこしスッキリしたような気がしている。自虐ばかりだったはずが、今では自信やプライドを持つに至った。
姉さんが言う様に、俺も変わっているようだ。良い方向に変わっていると信じたいな。
「で、どうなのさ?」
「…私は、私も、束と一緒のことを考えている」
「ふぅん。じゃあ―――」
「発射準備完了しました」
間の悪い事に、十五分が経過したようだ。慌ただしく動いていた本職達はいつの間にか室内を去っており、退艦して見上げている様子がモニターに映し出されていた。後の操作は束さんと乗り合わせた更識・亡国機業のスタッフ達が務める。
「問題は?」
「ありません。いつでも出航できます、“艦長”」
「は?」
フランクな更識のスタッフが当然と言わんばかりの表情と口調でそう返事する。あっけにとられた束さんの表情が見れないのはちょっと悔しい。
「はは、良いじゃないか。お似合いだぞ、艦長殿」
「ば、バカ言わないでよ! 私よりちーちゃんの方が五千倍お似合いでしょ!!」
「お前こそ馬鹿を言うな。十年以上前からずっと願っていた夢が一時とはいえ叶うんだぞ? 世界を変えてまで手に入れたかった物がもうすぐ手に入る、にもかかわらずお前が遠慮してどうする。誰よりも強く羨望して努力してきたお前がいの一番に味わわなければならないというのに、だ。それに、この船はお前が造り上げた、お前の物だろうが。造ったからには―――」
「だぁーもう分かったよ! やるよ! やればいいんでしょ!」
「なんだ思っていたより素直に受け入れたな。それに、文句を言いつつも喜んでいるじゃないか」
「うっさい!」
「名前も暖まっていることだしな」
「コラァ!!」
「……つまり、姉さんは子供の頃から宇宙船の名前を決めていた、と」
「はっきり口にされた!?」
いや、むしろ自然です。これだけやれる人なら最初からそれくらい考えてるんだろうなって思ってました。
「ま、まぁ確かに? もし実現するならアレコレ考えてたから? 名前の十や百くらい考えてあるけど?」
…なんか、この人のイメージどんどん変わる。と言うより世俗に毒されていってる気がする。
「でも、今回は止めとくよ。今回は害虫駆除だからね、暖まってるものは別の機会ってことで。周りに理解されつつ士気が上がりそーな感じのをつけさせてもらうよ」
艦内の照明が落ちる。余計な電力消費を控えるモードに切り替わり、光源は俺達の正面にそれぞれ展開された空間ディスプレイのみ。学園のシンボルと手書きのウサギマークを背景に、カウントダウンが始まった。
「あー、ごほん」
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
諸君。
今日、私はもう一度歴史に名を刻む。
宇宙。
宇宙だ。
私は、幼い頃から夢見た、見続けて来た。
あの光る天井にどれだけ手を伸ばそうとも爪先がカスリもせず、飛行機はおろか、観測衛星ですら一歩踏み出すに留まる未踏の世界。
果てしなく続く、果てのない広大な海。あるいは、無限に広がる星の空。
物心ついたその時から、私は、今も、魅入られている。虜なのさ。
そこに行きたくて仕方なかった。
夜空が、満点の星が、流れ星も、惑星も、銀河も、デブリでさえ、ね。何より、写真で見るこの星がたまらなく美しいんだ。とんでもないね、罪だよ、罪。争いばかりの愚かな人類史には飽き飽きしてたんだが、あの写真だけは評価してやっても良い。
あんなものが広がってると思うと、どうだい?
ワクワクしないかい?
ドキドキしないかい?
胸が、心が弾むだろう?
思いを馳せる時はいつだって爆発寸前さ!
…。
諸君。
如何かな?
手を伸ばしてみたくならないか?
羽ばたきたいと、翼が疼いて仕方ないだろう?
こぉんな狭い空じゃああっという間に頭を打つ。ぶつかり合う。
それじゃあダメだ、腐るのを待つなんてあまりにも愚か。愚の骨頂。今すぐにダンクシュートかましてこい。
思い出せ。
その手に何がある?
私は何を与えた?
世界は、
宇宙は、
無限に広がる空だ。
小さくとも大きな一歩を、そのための一歩を、踏み出そうじゃないか。
ページを綴ろうじゃないか。
動機はちょっと納得行かないけどね。
さあ。
今がその時だ。
これは一応世界を救う為の航海ってことになってる。
敵は、未知の技術と圧倒的な物量を誇る謎の組織だ。加えて本丸。
対して、我々はこの一隻に積めるだけのものを積んで進むしかない。
正直なところ、私も苦しい戦いになると思ってる。中にはプレッシャーを感じている人間も居るだろうね。期待は思っていたよりも大きかった。
何故か。
私達は、たった一つ許された起死回生の一手だからだ。
……知っているかい?
かつての第二次世界大戦の折、旧大日本帝国が造り上げた最後の希望の名を。
今の状況は、私に海底に眠るかの戦艦の名を思い出させた。最強と呼ぶに相応しい名を。
この船にはピッタリだよね。
何と言ってもこの私が、私達が乗っているんだから。
行こうか。
目標、月面のエイジェン。
“大和”、出航。
聞くだけ聞いておきながら、結局名前の採決を取らない篠ノ之流。
尚、不満は無い様子。