無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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試験という枷から放たれた私は無敵。

……遅くなってごめんなさい。


59話 「悩み?」

 楯無と視線が合う。

 

 あなた、知ってる?

 

 知らん。

 

 目の前の織斑千冬……と似ているようで違う女が篠ノ之束のそばに立っている。目はとろんと垂れ、泣きぼくろが溢れている。にこりと微笑む姿は母性を感じた。

 

 織斑千春。そう名乗った。そして篠ノ之束が言ったもう一人の世界最強という言葉を結びつければ、彼女が誰なのかを考えるのは容易だ。

 

「あなたは織斑先生の双子。そうですね?」

「ええ。私は千冬の姉です」

「あ、姉!?」

「織斑先生って妹なんだ……」

「ねぇ、秋介は千春さんのことを知ってたの?」

「いや……ていうか、上は姉さんだけだと……」

「それはそうよ。私は弟が生まれて間もなく家を離れたんだもの」

「そ、そうなの……そうなんですか」

「ほらほら、そんなに硬くならないで。家族なのよ?」

「えっ、あ、おおう」

 

 極々一部が違うとはいえ容姿は織斑千冬にそっくり……いや、織斑千冬が織斑千春とそっくりなのか。誰でも焦る。

 

 ……私と織斑秋介も双子なのだが。この違いっぷりはなんだ。

 

「ちっはちゃんは私の護衛役ってことで度々会うことになるからご挨拶ってことで。仮面つけてる時はハルって呼んでね」

「わ、わかりました……」

 

 ちっはちゃん……。

 

 何故とか言いたいところだが、それは許さないと無言の圧力を受けて口をつぐむ。あの織斑千冬の姉だ、弟を裏切るようなことはしないだろう。

 

「で、何の用かな? 私の話をしていたんでしょう?」

「え、えぇ。紅椿が奪われたことについてどう考えているのか、と」

「その事? うーん……」

 

 胸を寄せ上げるように、両手で両肘を支えて口を尖らせる。一部の視線に殺意が込められたのは最早お約束か……。簪の視線は日を重ねる毎に黒く染まっていくのでそろそろからかうのをやめてほしいんだが……。

 

「かなりヤバイよね。取り返したいしとにかく殺してやりたいから探りはしてるよ。それが?」

「私の方でも調べているので、もしよければと」

「いらない」

「そうですか」

 

 言葉の殴り合いに周囲はたじろぐ。しかしこんなものは挨拶程度に過ぎない。一度揉めた時は私も逃げたくなったな……あ、嫌なの思い出した。

 

「それではもう一つ、亡国機業の襲撃を知っていましたね?」

「うん」

 

 ……は?

 

「まてまて、どういう事だ」

 

 篠ノ之束の感性からして、大勢の市民が巻き添えになろうがどうでもいいが、妹や織斑が絡むと正反対の行動をとるはずだ。身の危険が迫っているのにそれを見過ごすとは考えられない。

 

 しかし、引っかかるのが銀の福音の時の事だ。兄さんと織斑秋介が大量の無人機に囲まれた時、たとえ兄さんがいたとしても危険には変わりなかった。その筈なのに篠ノ之束は行動を起こすことなく事はおわった。

 

 恐らくそれらは篠ノ之束が危険ではないと判断したからか、もしくはそれが必要である事柄だったからなのか。

 

 そうなら考えられなくも……いや、そうとしか考えられない。

 

 紅椿は強奪されなければならなかった? そうなのか?

 

「あなたは自分一人でも大抵の事は済ませられる。たとえ襲撃を受けたとしても逃げるのは容易よね。織斑先生までいたのだから。しかし危険を顧みず残った。そして待っていたかのように織斑千春……ハルさんを登場させた。護衛だから現れたんじゃない。ディアブロス・バウという機体を知らしめる為に丁度よかったのが護衛というポジションだっただけ。側に置きやすいし、学園生を助けた事で印象もいいしね」

 

 なるほど。いつぞやの焼き増しのようだ。花々しいデビューを飾るためだったと。いきなり雇ったと宣言するよりも、行動と実績で足場を固めた方が動きやすいし警戒も薄れる。

 

「それはいいです。私も同じような事をします。ですが一言だけ伝えて欲しかった。そうすればーー

「説教のつもり? 随分と偉そうだね」

「事実偉いので」

 

 篠ノ之束は筆者であり役者であり総監督だ。自らシナリオを描き、自分というピースを当てはめ、思い通りに事を進めるために動き、指示をする。

 

 奴からすれば、楯無は面白くないだろうな。

 

「束ちゃん」

「はいはい」

 

 楯無とにらみ合う最中、織斑千春の制止にうなづいて、目を瞑ってため息をついた。いきなりスカートのポケットをゴソゴソと漁り始め、取り出したシンプルな腕輪を篠ノ之箒へと手渡しする。

 

「はい、箒ちゃん」

「え?」

「まぁ受け取ってよ。もともとこれのために来たんだから」

「あ、ありがとう」

 

 左腕に通された腕輪がシュッと輪を狭めてピタリとフィットする。

 

「ISの変わりに守ってくれるよ。肌身離さず付けててね」

「わかりまし……わかった。ありがとう姉さん」

「んーイイコイイコ。行こうかちっはちゃん」

 

 目的を終えて満足げな篠ノ之束は織斑千春を連れて帰ろうとドアに手をかけた。慌てて楯無が制止する。

 

「はかーー

「君らが何しようか勝手だけど私の邪魔だけはしないでよね。まぁ、凡人風情の集まりに理解できっこないし出来るとは思えないけど」

 

 それだけを言い残して、篠ノ之束は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夕食を終えて就寝前の学習時間……という名の自由時間、織斑、篠ノ之、オルコットが何故か私とシャルロットの部屋に押しかけて来た。立たせたままにするわけにもいかないので中へ招いて鍵をかける。首を揃えてと言うことは聞かれたくない事だろう。

 

「あれ? みんなどうしたの?」

「いやぁ、二人に聞きたい事があってさ」

「?」

「今日の昼間、生徒会長達とお話しした事についてです」

 

 へぇ、とシャルロットが漏らす。

 

「鈴は?」

「誘ったがクラスメイトの悩み相談があると断られてしまった」

「む、奴はそんな事までしているのか。ウチのクラス代表とは違うな」

「うっせ」

 

 緑茶二杯とアールグレイを一杯用意して手渡す。私とシャルロットはココアだ。

 

「で? 大方、昼の会話が腑に落ちないとかだろう?」

 

 一年の専用機全員が集まった昼。CBFでの出来事や銀の福音とナイトメアについて聞かされ、途中現れた篠ノ之束と織斑千春が颯爽と去っていった後、楯無はその場で解散させた。私達だけでなく、簪やメイドの三年生までも。

 

「別におかしな事は無かっただろう?」

「まぁそうなんだけど。いつもと違うなって……。先輩は俺の事よく思ってないけど、分からない時とか困ってる時は教えてくれるんだよ。何時もなら今日もそうしてくれてたはずなのにそうじゃ無かった。だから気になったっていうか……」

「ふーん」

「ふーんって……おい」

「今のお前の悩みなど私にとってはその程度だ」

 

 膜の張ったココアをスプーンでかき混ぜて溶かし、一口啜る。夏も過ぎようとしている今の季節にちょうどいい暖かさだ。喉とお腹が温まる。

 

「オルコットもか?」

「いえ、私は別に……」

 

 織斑が来るから取り敢えず、か。驚く様子だと、織斑と篠ノ之がよく分かっていないようだ。仕方のない事かもしれない、二人は篠ノ之束の近くにいたのだから。

 

「お前達は篠ノ之束をどう思う? 織斑」

「そうだな……変な所ばっかりだけど根はいい人、かな。姉さん一番の友人だし」

「篠ノ之は?」

「私か? 妹ながら奇妙と思うが好きだ」

「ふむ……分からんわけだな」

「「?」」

 

 揃って首をかしげる二人。

 

「一般的に、篠ノ之束という人間を知らない奴はいない。ジャンヌダルク、ヒトラー、リンカーンのように語り継がれていく事だろう。ISに関わるものならさらに詳しく、搭乗者や整備士に研究者なら尚の事。尊敬と畏怖の念を抱くに違いない」

「確かに」

「では、世間一般における篠ノ之束という人間のナリはどうだ? お前達のように根は優しい人、なんて事を言う奴は一人もいないぞ。天災とはよく言ったものだ」

 

 望みもしないそれらは突然現れてはあらゆる物を破壊して去る。予知は難しく、対策を立てる事も同じ。全てが気まぐれ。

 

 まさに奴の為にあるような言葉だった。

 

「それがどう関係あるというのだ?」

「確かに楯無は直接そう言ったわけではない。むしろそんな事を伝えるつもりもなかったはずだ。そもそも伝えようとすらしていない。この学園の中ではある意味で一般常識に近い」

 

 現在、篠ノ之束は遠いようで身近な存在になりつつある。神出鬼没だったはずが、学園の敷地内に居を構えたからだ。しかし、不思議と学園生は住居へ近づくことはない。

 

 なぜか?

 

 近づきたくないからだ。

 

「篠ノ之束は恐怖すべき人間であり、決して友好的にはなれない。敵とも言える。味方などありえない」

 

 篠ノ之束は尊敬と同時に畏怖すべき名前である。織斑と篠ノ之が言うような、いわゆる親愛の情が浮かぶことなどないのだ。博士はいつだって世界が追う人間であり、世界から追われる危険な研究者なのだから。

 

「織斑秋介と篠ノ之箒個人がどう思おうと勝手だ。だが、周囲や世間がどのような認識をしているのかは知っておいた方がいい。私もそうだが、お前達以外の全員が篠ノ之束をそういう目で見ている。楯無もそうだ。弟子である簪もだろう。難しいだろうが、ヤツを信用しないことだな。話をそのまま信じるのなら、亡国機業ともつながっているかもしれないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 消灯時間をとっくに過ぎた真夜中。程よく雲の隙間から星が見える。そろそろ秋が深まるだけあって夏の制服では肌寒くなってきた。

 

 私がこっそり愛用している屋上のベンチに腰掛けてぼうっと景色を眺める。ベンチは学園の島の外……海や空が見えるように向けられているのが好みだったりする。

 

 私は集団のリーダーだ。更識、傘下の家、そして生徒の。支えてくれる仲間もいるけれど、どうしたって相談できない事は出てくる。そんな時によくここに来た。

 

 昼でも、夜でも。

 

 一人でじっくり考えて、悩んで、壁にぶつかる度にここで答えを出してきた。

 

 ……間違ったこともあるけれど。

 

「はぁ」

 

 今日の悩みは飛切だ、と思う。なにせ篠ノ之束が絡んでくるのだから。

 

 最近は妹がお世話になっていたから少し見方が変わってきていたけれど、ここに来てまた分からなくなってきた。

 

 信じるに足るか、否か。

 

 原則として味方と断言する事は不可能。ただ、敵と判断するには協力的過ぎる。

 

 凡人と呼ぶ人間の中から弟子を取り、CBFでは自身の護衛を外して襲撃の際に助けてくれた。あの、篠ノ之束が、である。だから余計にわからなくなる……。

 

 どちらなのか、どう取るべきなのか。

 

「楯無」

「蒼乃さん……」

 

 気配のする方向から私を呼ぶ声が聞こえた。

 

 一夏が死んでから……いや、行方をくらませてから私はこの人が分からなくなった。復讐に走る事なく引きこもったり、学校にも来ずにどこかに行ったかと思えばいきなり現れて。

 

「悩み?」

「そんなところです……はぁ」

「束さん?」

「ええ」

 

 それしかないしね。

 

「蒼乃さんから見た篠ノ之束はどんな人ですか?」

「……きもい」

「きも……」

「自由奔放で好き放題。得意なタイプじゃないわ」

「へぇ……」

 

 私は……違うはずよね。弄ったりするけど好き放題ってしてるわけじゃないし。やることしてるし!

 

「きっと、私とそっくりだから」

「そうですか?」

「似てるわ。身内以外はどうでもいいもの。それに、良くも悪くも浮いて天才だのと呼ばれていたから」

 

 成る程、と思う。篠ノ之束はまさしく天才と呼ばれる人間だ。人間というよりは天才という生き物の方がぴったりかもしれない。勿論、それはブリュンヒルデもそうだ。

 

 蒼乃さんは世界に知れ渡るほど何かを成した事はない。織斑千冬の後継として恥ることない実力を持ってはいるが、それまでだ。

 

 と、わざと負けたりして世界に対しそう思わせている。まぁ、公式戦で負けたのは一夏が絡んでいるんだろうけど……。

 

 実際、森宮蒼乃はあちら側の存在だ。だから似ているって事なんでしょう。

 

 私も持ち上げられる事は何度もあったけど、どちらかと言われればこちら側なのよね……。だから理解できないのかしら?

 

「蒼乃さんならどうします?」

「取り込むか、潰すか」

「……放っておく選択肢は無いわけね」

「? 放置という現状で悩んでいるのでしょう?」

「そうなんですけど……」

 

 更識と博士を繋ぐのは簪ちゃんと一夏という細い二本の糸だけ。取り込もうにも、更識の全てを使っても取り入ることすら難しいだろう。潰すなんて以ての外。

 

 悩む以前に、取れる手段なんて一つしか無いのだ。篠ノ之束とはそういう天才なのだから。

 

 故に、悩むというよりは頭を抱えているという方が正しいかもしれない。悩むでも間違いは無いんだけど。

 

(頭を抱えると言えば……)

 

 私はあなたも疑っているんですけどね、蒼乃さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「派手にやられたわねぇ……」

「まぁそんなもんだろ。ウデが拮抗してりゃ、機体性能でどうしても差が出ちまう。あまり言いたかないが、アラクネは第二世代でも前期に開発された機体だからな……第四世代なんてもんが出てきたとなりゃ、もう型落ちに近い。あたしは気に入ってるし、愛着もあるがいかんせんなぁ……」

「あはは、型落ち型落ち」

「うっせえぞ! てめぇなんざ第一世代でも捻り潰してやれんぞ!」

 

 某所。世界的に支店をもつ大手企業の工場区地下に彼女達は集まっていた。工場区と言っても実際は企業が島一つを買い取って工場を建設しており、区というよりは島と言ったほうが正しい。

 

 そんなわけで、誰に気をかける事なくアリの巣のように地下を掘り進めているわけだ。その一角をちょっと借りている。

 

 いや、借りているってのもおかしいか。大手企業もこの工場島も、従業員までもが亡国機業の傘下なのだから。

 

「もう少しの辛抱だ。二月も待てば専用のハイブリッドマシンが出来上がるだろ」

「わあってら。お前の夜叉こそ平気なのかよ」

「キッチリ直してやりたいところなんだが……生憎と無理だ。特殊な合金とパーツ使ってるからな」

「武器腕はどう?」

「ガトリングじゃなければ良し、だ。無いよりはと思って使っていたがやはり使いづらい」

「そう。別のを用意させるわ」

「いや、普通に腕を頼むよスコール」

 

 銀の福音事件で夜叉の左腕とシールド二枚、ヘッドギアを失った代わりにと色々あまりを借りていたがまぁ使いづらいのなんの。

 

 《人間にとっての義手のような感覚なんですかね、これ?》

 

 ああ、そういう例え方もあるな。確かにそうだ。人間がガトリングぶら下げて歩いていたら恐怖しかないが。

 

 《……おや、帰ってきたみたいですよ》

「ん、ああ」

「どうしたんです?」

「二人が帰ってきた」

 

 アリスへ返事すると同時に、エレベーターが上の階へ上がっていった。

 

「上手くやってくれるか心配だったんだけど……杞憂で済んだわね」

「お前が気にしてたのはナイトメアの方だろ?」

「福音も、ね。フランは戦闘なんて初めてって言ってたし、ナターシャは彼らと少し交友があったみたいだから」

「躊躇われるとこっちが困るんだが……まぁ」

「無事終えたんだ。文句はないさ」

 

 登りきったエレベーターが今度は下りてくる。

 

 そこには二機のIS。片方は銀に輝き、片方は暗く鎌を担いでいる。

 

 銀の福音とナイトメアだ。

 

 ガコン、と一際大きい音を立てて停止したエレベーターから数歩歩いて展開を解いた。福音からは金髪をなびかせた美女が。車椅子を呼び出して展開を解いた物静かな少女が現れる。

 

 新たに二人を加えた、新生スコールチームが揃い踏みだ。

 

「ご苦労様。紅椿は?」

「ちゃんと届けてきたわ。でも良かったの?」

「なにが?」

「データを抜かなくて、よ。機体とコアはともかく、稼働データや展開装甲の情報だけでも手に入れられれば……」

「いいのよ、あれもこれもしてると痛い目を見るもの」

 

 車椅子を押すナターシャはふふっと笑った。スコールらしいなーとか考えてるんだろう。

 

「お帰り、フラン」

「……ん」

 

 車椅子に揺られる少女へ声をかけるが、大して変化がなかった。しかし返事をくれるだけでも大きな進歩だと思うぞ。前はこっちを見る事すらなかったからな。

 

「で、次はどうすんだ?」

「まずはオータムの新型を待つわ。それの慣らしが終わったら……いよいよアレをやる」

「ほぉー、やっとか。待ちくたびれたぜ」

「それまでは……そうねえ、遊んでてもいいんじゃない? わたしは買い物でも行くから。そういうことで」

 

 ……今日も平和だった。

 

 

 


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