無能の烙印、森宮の使命(完結)   作:トマトしるこ

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 近いうちにサブタイふっていきます。ご期待?


39話 俺は………

 バシュン、と勢いよく機体各所から排出されるガスとウェイトパーツ。放物線を描いて落ちるそれを気に留めることも無く、視界ではプログラミングが書き換えられていく様を眺める。

 

 背を向ける先には満月が浮かび、視線の先には無数とは程遠いたかが百程度(・・・・・・)の敵。

 

 所詮量産機だ――などという事を言うつもりはない。数は力であり、過ぎたるそれは暴力へと変貌する。まだ歴史の浅く、絶対数の少ないISにとって物量戦など未知の領域だろう。

 

 ……いや、たったの一度だけだがある。黎明期と呼べるあの時代、ISの有用性を見せつけたあの数時間の出来事が。

 

 “白騎士事件”が。搭乗者の彼女は何を思っていたのだろうか。

 

 ISを見せつけるパフォーマンスなのか、迫るミサイルから国を護るという志か。

 

 俺に関係ない……と一言で切り捨てるには、違和感がある。まるで、俺は彼女が誰なのか知っているかのようだ。

 

 だから何だ? やはり俺には関係ない。

 

 すべきことは全てを斬り捨てること。旅館には一発の弾丸も破片も届かせはしない。あの場には、護るべきものがいるのだから。

 

 その為ならば何も惜しくはない。命すら擲ってでも完遂して見せる。それが心に傷をつける行為であっても、後悔は………無い。それが夜叉との誓いであり、俺に出来ること。

 

 ………本当に?

 

 それをはたして“護る”と言えるのか?

 

 夜叉にすら話せないほどに、今の俺は揺れていた。

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 開幕の花火代わりに強化型Gランチャーを一斉射する。次々と打ち出されるグレネードはゆったりと山なりに飛んでゆき、呆然と見上げていた無人機の群れに振って行った。そして装甲に触れたその瞬間、過剰とも言える爆薬が弾けた。

 

 一気にここら一帯を爆煙が囲む。高度が高いためにすぐにそれは晴れるだろう。この混乱を利用して、一気に削る。

 

 ヴルカンはダメだ、射線で位置がばれる。ブースターを吹かせば風で晴れてしまう。ならば、どちらも使わなければいいだけの話だ。

 

《ブースター停止、PICカットします》

 

 これで行く。電力が通っている状態ならばISを動かす事も苦にはならないし、PICによる慣性による移動制限も滞空も必要ない。

 

 今までこの鉄塊を浮かせていた動力が全て途絶え、浮力を失った夜叉は重力へ引かれて海へと落ちていく。そして煙の中へと突入した。

 

 すぐ近くに居た無人機をとりあえずの足場とする。ガッシリと肩を握りしめ、腕力だけで身体を持ちあげ背に乗る。振り払おうと身体を動かし、ブースターに火を入れる前にジリオスで動力部を突き刺して縦に斬り裂く。爆発する前に真横へ跳躍してダメージを免れる。

 

 飛んだ先には三機の無人機。ただし直線場にはおらず足場には使えそうにない。身体をひねって照準をつけさせず、両腕に握った武器を振るう。左手にいた一機の身体を動力部ごと斜めに切り裂き、右手に並んでいた二機を纏めてティアダウナーで真横に斬り離した。シールドを後ろへ回し、爆風の風だけを利用して足場を得るための推力へと変える。

 

 間を置かずに無人機発見。最初と同様に切り裂いてから跳躍。

 

 これを繰り返した。

 

 稼働率100%の夜叉に慣れるために敢えて面倒な手間をかけているが、連中がこちらを捉えることはなく、全て発見してから引き金を引く前に撃墜している。それだけこちらが速いと言えばそれまでだが、これを指揮している人物は何を考えているのだろうか。近接での反撃を見てみたかったんだが………。

 

 そう思っている所へロックオンアラート。方角は………全方位か。

 

 レーダーを見れば周囲はこちらを落とそうと飛んで来るミサイルを表す光点で囲まれていた。上下にも逃げ道はない。ここで思い出すのはタッグマッチトーナメントの簪様がとった戦法だ。あれは驚いた、何せ顔面に直撃だからな。

 

 今回は煙から出ずに対処する。出たところを狙われてはたまらない。

 

 シールドを等間隔に四方へ配置する。機体と直角になるまでシールドを上げ、角度を調整、四枚のシールドで□を作った。

 

 レーダーをじっと睨み、耳を澄ませる。だんだんと近づく事に対する焦りを排除し、ただタイミングを測った。そして現れるミサイルの檻。

 

《うまくいきますかねぇ……?》

「いくさ」

 

 全てのブースターを同時に点火、それぞれが進行方向へ進もうと全推力を吐きだした。するとどうなるのか?

 

「こ、これは……!?」

《独楽ってこんな気持ちなんでしょうかねっ!!》

 

 その場でグルグルと回り始める。

 

 簪様が以前から見ているアニメを参考にしてみたものだ。あれは架空を描くフィクションだが、発想自体はとても面白い。現実に叶うのかどうかは別にして試す価値があるものや、有効的な戦法や兵器も見られる。

 

 宇宙で戦艦が回頭するシーンがあった。戦艦の端を軸として回るのではなく、戦艦の中央部を軸として、両側からブースターを吹かす事で通常のおよそ二分の一の時間で回頭を終えるというものだ。

 残弾0の状態で、とあるマシンがミサイルを撃ち落としたシーンがあった。驚くことに、回し蹴りの要領で足を振り抜き、脚部のブースターを使ってミサイルを爆発させるというものだ。

 

 ぱっと思い出したので試してみたが……ISでなければ俺でも機分が悪くなる。控えることにしよう。

 

 まぁ効果はあったらしく、周囲に迫ったミサイルは全て爆発し、それらが誘爆を引き起こしてくれたので結果的に全てを落とした。

 

 再び煙で包まれる。が、これからは先の様な真似はできない。時間をかけ過ぎると、置き去りにしてきた五十近い数の群れがここへ来るだろう。楽に迎撃する為にも、ここにいる機体は一機でも多く倒しておきたい。

 

 結局のところ、自力で集めようとした敵の行動パターンや武器、強度などの諸々の情報は全て篠ノ之束から前料金として貰った情報に詰まっていた。依頼を終えたわけではないので、あまり使いたくはないが背に腹は代えられない。織斑だけが戻っても、俺が戻らなければ織斑千冬に勘づかれてしまう。ログを見られれば一発だ。

 

 タイムリミットまであるとは……いや、中々に厳しい。

 

 カットしたPICに電源を入れ、ブースターも起動させる。これからは小細工もなし、手探りもなしだ。

 

 瞬間加速。爆煙でできた雲を振りはらって飛び出し、正面にいた機体を文字通り轢く(・・)。加速が収まり後ろを見ると、自分が通ってきた空間が見事に出来ており、途中にいた無人機は全て撥ねられるか、無視できない損傷を負っていた。

 

 再び姿を現した俺へ一斉に銃口が向けられるが、またしても爆発が起きてそれを拒む。

 

 瞬間加速をかけた際に、上へと撃ちあげておいたグレネードが今になって降ってきたのだ。これには堪らず、直撃した機体は勿論周囲を大勢巻き込んでいく。

 

 混乱しているところをジリオスとティアダウナーで切り裂いて、ひたすら進む。前も後ろも無い。ただ敵がいるところへ進んで、剣を振るだけだ。

 

「ああくそ、数が多いな」

《まぁ、百はいますからね》

「『アグニ』を持ってくるべきだったか……」

《ここまでの集団を単騎で相手取ることなんて考えてませんでしたから、仕方ないでしょう》

 

 武装が豊富な夜叉には一つだけ積まれていないものがある。コレを言えばどんなISだってそうだと言えるだろうが……豊富さがウリな機体にそんな言い訳は通じないだろう。現にこうして手を焼いているのだ。

 

 大火力広範囲を攻撃できる武装。福音が使ってきたあれでもいいが、個人的には散発する物じゃなくて纏めて屠れるようなものが欲しい。

 

 現時点でそれを満たすのは『ブレイザーライフル・アグニ』というチャージ式のニュード狙撃銃。撃ちだしたニュードの直径はおよそ“1m”。それでいて狙撃銃としての射程を持ち、ヴェスパインと絶火を軽く上回る威力を秘めている。だが、容量をバカにならないほど喰う上に、扱いが難しく極限定的な状況でしか活躍が見込めないので普段は乗せない。

 

 ここにきて手痛いしっぺ返しだ。

 

 面制圧という面ではクラスターミサイルが非常に有効だ。だが、今日で既に八割ほど撃ち尽くしている。これから後、第二波が来ることを想定すると、乱戦に持ち込んでいる現状では使いづらい。

 

 グレネードを上手く使って、地道に数を減らすしかない、か。

 

「いいさ、近接は得意分野だ」

《遠くから撃つよりは爽快感がありますもの。私としても高揚します》

「付き合え」

《マスターの望むままに》

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 それは起こるべくして起きた事だ。注意深く動けば、或いは慎重に進退を繰り返せばそうはならなかっただろう。

だが、時間には限りがある。織斑千冬に勘づかれるわけにはいかず、篠ノ之束との依頼では夜明けまでに戻らなければならない。更に言うなら、簪様達を心配させないためにも早く部屋へ戻らなければならず、損傷も許されない。

 

 焦りだ。重なりに重なった悪状況がとうとうここにきて焦りを生み、引き金を引いた。

 

「ぐうっ……!」

《きゃあああああああっ!!》

 

 被弾した……!

 

「三番シールドか……Gランチャーに弾が当たったのか」

 

 外側からの攻撃でシールドそのものが破壊されるなどあり得ない。恐らく、アームに固定していた強化型Gランチャーに弾が当たり、中のグレネードが暴発したのだろう。おかげでシールドにより外へ爆風が逃げることなく、俺の方へとダメージが集中している。スーツのおかげで大分衝撃や熱が緩和されているが、人体に影響の出てもおかしくないレベルだった。本体の損傷により、夜叉にも痛みが走り悲痛な叫びが頭に響く。

 

くそ……左半身の装甲が今のでやられた。四番も危ない。

 

 夜叉の思わぬ落とし穴だったか。

 

 だが、飛べなくなったわけでもない。

 

「行けるか……?」

《っ……勿論です……!》

 

 推力バランスを敢えて崩し、右側のブースターを自重させず変則的な動きで迫り、斬る。既にエネルギーの切れたヴルカンは収納しており、代わりに次々と弾が切れるまでありとあらゆる銃を撃ち続けた。

 

「くっ……ここにきて更に手強くなってきた」

《学習AIでも搭載しているのでしょうかね……!》

「第二波も既に混じっている。残弾が怪しいところだが……」

《仰る通り、今のヴァイパーで最後です》

「そうか……」

 

 かなりのピンチだな。

 

 今も尚敵を斬り、撃ち抜いているが、あっと言う間に全ての弾が底を尽きるだろう。温存していたクラスターミサイルも、魚雷も、閃光弾とトリモチすら使い果たした。残されたのは絶えず切れ味を保っているジリオスとティアダウナー、腕部に格納している高振動ブレードと三つのシールド、そして全身にある大小の刃だけか。

 

 これだけあれば、エネルギーが尽きる前に倒しきれるかもしれない。だが、最悪の状況も同時に見える。

 

 強力な近接武器だが、これが無くても俺には身体がある。腕と足があればいい。だが、戦えるというだけで、そんな状況ではまともに戦うことすらできなくなっているだろう。本当に、腕と足があるだけだ。推力の大部分をシールドに依存している夜叉では、シールドを失うことはアドバンテージである速度を失う事と同義。もし全てのシールドを破壊されてしまえば、ただの無防備な的に成り下がる。

 

 そうなるとは思わない。だが、これだけの敵をいつまで破壊し続ければいいのだろうか。終わりの見えないことからくる不安は、どんな敵よりも恐怖を与え、死を呼ぶ。

 

 身体こそ人を越えているようなものだが、中身はただのバカだ。大人びているなんて言われることもあるが、実際は口下手なだけ。姉さんの前ではただの甘えん坊な弟だし、楯無様からすれば手のかかる従者だ。そしてマドカに叱られるダメな兄。

 

 精神的な疲れと恐怖が、時間を刻むほど俺に重くのしかかる。

 

 まだ戦える。だが、このままでは………

 

 そんな思考がよぎり、さらに焦りを生み恐怖を起こす。

 

 負け戦の典型的な悪循環に陥っているのを自覚しながらも、俺にはただ剣をふるうことで誤魔化すしかできない。

 

 人権なんて無かったあの頃を経て、ようやく力を得た。強くなれた。もう虐げられるだけの自分じゃない、自分も誰かも守れる。自分を認めてくれた人達のためにできることがあるのが嬉しくて、それだけが誇りであり支えだった。

 天狗になったつもりなんかない。鍛錬は欠かさないし、高みを目指す事は数少ない楽しみだ。何より、それだけ努力を重ねれば護れるんだと思えた。実際にそうだった。何度でも主を護ってきたんだ。

 

 それがとても嬉しくて、嬉しくて……こんな“無能”な俺でもできることがあるんだって、褒めてくれる人がいるんだって……。

 

 自信はある、自負もある。勝ち続けてきた、負けは許されないから。それでも折れそうになることなんてザラだ。そのたびに喝をいれて立ち直ってきた。森宮として、許されないのだから。悩むなんてただの甘えだ、そんな暇があるのなら強くなれと奮わせた。

 

 信じた。初めて自分を。自分が持つ力を。酔うことなく、間違えることなく、誤った使い方をしないように抑えて。

 

 今までの俺の全てをコレに掛けてきたんだ。

 

 それが……

 

 それを………

 

 こんな…………!

 

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 ただの鉄の群れが砕こうと? 冗談じゃない! ふざけるな!

 

 柄にもなく、ただ叫んでひたすらに敵を斬り捨てた。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 マスターにのしかかる感情が、ダイレクトに私の中へと流れ込む。いつもならここまではならない。どれだけ気持ちが昂ろうと、こんなことは今の今まで一度も無かった。

 

 全ての射撃武器を使いつくした今、できることと言えば姿勢制御とシールドによる防御、そして本来は搭乗者に委ねられる細かな操作を肩代わりする事しかできない。特に、今は三番シールドが破壊された為に推力のバランスが取れていない。今のマスターにはそこまでの余裕が無いため、私が調節を行っていた。

 

 操縦者の思考や次の行動をいち早く読み取り、そしてそれに最適化する。コアである私達の役割。

 

 それすらも、今はおぼつかない。

 

 私が実戦を経験したのは、実を言えばマスターと初めて戦ったあの時。プロトコアに名を連ねる私は、研究のために使いつくされ、抜き取られ初期されることなくガラクタのように廃棄された。

 

 正直に言えば、あの場所から出してくれるのならば誰でもよかった。男なら好都合だ、すぐに搭乗者登録を消してまた黙ってしまえばいい。そのまま研究所の連中に初期化してくれればこの辛さも消えるだろうと。

 

 だが現れたのは死に体の男。それも、まだ若い少年。センサーから読み取った情報を整理すれば、普通じゃないことぐらいすぐに分かる。明らかに異常な筋肉、そして反応のおかしな脳波、お腹に空いた風穴が急速に塞がるその治癒速度。

 身体を貫いた鉄骨をへし折り、這ってでも立ち上がり上を目指そうとする必死さは与し易しと考え声をかけた。

 

 普通なら届くことはない。搭乗者でもない、女でもない、ましてや外れた存在に届くのか……一か八かだった。

 

「誰、だ……?」

 

 それは届いた。それと同時に彼の左手が私の装甲に触れる。溢れた血がべたりと手形をつけた。

 

 その時に感じたのは、歓喜。

 

 声が届いたことじゃない、人が降ってきた事により抜けだせることでもない、数年ぶりに誰かと会話できた事でもない。

 

 息絶え絶えという状態でもはっきりと分かるほど、澄み渡るその声は全身を駆けめぐって、血濡れた手から伝わる温かさはまるで恋人から優しく抱きしめられたような安心感と温もりを感じさせた。

 

 直感する。彼こそが、私の主だと。飼い主だと。

 

 理解した。愛すべき人なのだと。

 

 数秒前まで頭を占めていた怠惰な思考は吹き飛び、私が取るべき最善の選択と行動を示す。

 

 “全ては彼のために”

 

 その時から私は彼の――マスター、森宮一夏の相棒(しもべ)へと変わった。

 

 毎日が至福の時だ。誰よりも傍にいて、誰よりも彼を理解し、誰よりも彼を護り力へと成れるのだから。

 

 私は知っている。

 記憶を遡り手に入れた過去も、今まさにマスターが恐れていることの正体も。

 

 それは………

 

《まだ、恐れているのですね。捨てられるのではないかと、一人になってしまうのではないかと、あの頃のように虐げられ、いいように弄ばれ、言われるがままに媚び諂わなければならないことを。自分の世界で怯えて………小鹿のように》

 

 確かに成長した。それでも、根付いた感情は一向に消えず、平和な暮らしは逆にその根を育ててしまった。所詮は夢だと、いつか現実が蘇りあの日々が戻ってくる。決して気付かないように、怯えながら過ごしている。

 

 強くなるのは誰のためでもなく、自分の為だと言う事を、誰が来ても負けないほどに。自分という存在を今度こそ護るために、自分という存在を世界へと認めさせるために、今度こそ穏やかな日々を送るために。あなたの自分でも知らない真実を、私は知っています。

 

 深く、深く、とても深いところで私と繋がっている為に、知ってしまった。

 

 それは誰もが当たり前のように享受できる当然の権利だと言うのに…………。

 

 今、心がもう歯止めのきかないところまで来てしまっている。騙し続けた気持ちが溢れて止まらないのだ。それが、感情となって私に襲いかかっている。

 

 とても痛い。苦しい。辛い。泣きたくなる。

 

 こんなものを抱えながら、毎日を怯えて暮らせばどうなるかなんて誰にでも分かること。でも誰も気付くことはできない。私だけだ。

 

 なんとしても、護る。マスターの心を。でなければ、今度こそマスターの全てが壊れてしまう。どう足掻こうと二度と戻れなくなる。

 

 避けなければならない。

 

 のしかかる感情の重さと、私自身の焦りが混ざり混ざる。それは手元を狂わせるには十分すぎた。

 

《しまっ………!》

 

 背後の敵に気付くのが遅れてしまった。慌ててシールドを動かして防ぐが、それ自体が罠であり敵の狙い。

 

《―――――――――――――!!!!》

 

 声にならない叫びを上げる。膝をついて、肩を抑えて、地べたに蹲った。

 

 四方から押し寄せた敵が身体を張って機体を抑えて、左の四番シールドを強引に剥ぎ取られた。まるで髪を根元から引き抜かれるような激痛に、声を上げず、マスターの邪魔にならないよう耐えることしかできない。

 

 痛い。

 

 でも、

 

《マスターはもっと苦しかった……!》

 

 私がこの程度で折れてはいけない。

 

 だから――――

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 右側のシールド二枚という不格好かつアンバランスな体勢を強いられても、止まることは許されない。やるかやられるかしか戦場には無いのだから。

 

 今の俺には、倒れることは許されない。前に進まなければきっと大切な何かを失ってしまう。それは取り返しのつかないものだ。

 

 どう考えても劣勢。満身創痍といった俺と夜叉の前には減りはしただろうが終わりが見えないほどの圧倒的物量が広がっている。ISの若さゆえに失念していた、量産機の怖さはローコストと物量、汎用性にあるというのに。

 

 圧倒的な力は、絶対的な実力は、それすらも容易く跳ね返しねじ伏せる。

 

 人間離れしたこの肉体と、その身体すら酷使する極限の相棒を得ていながらもそれがままならない。結局のところ、使いこなせていたという感覚は錯覚で、強くなんかなっていなかった。競り合う事で強いと思いこんで、格下を蹴散らして満足していただけに過ぎなかった……。

 

 悲しいな、そして恥ずかしい。

 

 俺は何もできない“無能”のままじゃないか。

 

 口ではそうだと何度も言ってきたが、頭の片隅でそうじゃないと思いこんでいたんだろ? もう違う、俺は無能じゃない。

 

笑えるな。俺はこんなにもどうしようもなく、何もできない。

 

「はは………」

《マスター?》

 

 口に出てしまったそれを、俺はもう止められない。

 

「ハハッ……ハハハハハハハハハッ!!」

 

《あ……》

 

 もうどうでもいい。狂わなきゃやってられない。恥も外聞もあったものか。

 

「アハッ! フフフッ………アハハハハハハハハ!!」

《う……あぁ………》

 

 負けるくらい(全てを失う)なら全部捨て去ってしまう方がまだいい。幸いなことに見てほしくない人は見てはいないだろう。

 それでも、切り抜けられるだろうか……?

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

《……ごめんなさい、マスター。ごめんなさい……!》

 

 俺の方こそすまない。いつも助けてくれているのに、結局俺の我儘に付き合わせて、お守まで。

 

 いいんだ。これで最後……。

 

 俺は、あの頃に戻りたくない。

 

《……ッ! マスター、後ろに!》

「くそ……」

 

 ジリオスを振りあげて下ろす。豆腐かなにかのように抵抗なく綺麗に二つに裂けたその向こう……二機目が影に隠れていた。

 ティアダウナーでなぎ払う。横に裂けた二機目は風圧にさらされひしゃげて海へ沈む。そして……三機目がその向こうから無手で突撃してきた。

 

 間に合わない……!

 

 そう判断して距離をとる。が、大きく左にそれてしまい自分でも制御が効かなくなった。夜叉のパフォーマンスがかなり落ちている。

 

 PICをマニュアルからセミオートへ。今までの様な機動を捨ててこれで補うしかない。視界に広がる様々な情報を整理し、設定の切り替えを行う。PIC切り替えと同時に、二番シールドを左側へ移動させバランスをとる。これでまだマシだろう。

 

 ……無様だ。夜叉を傷つけられ、武装を失い、心身ともに追い詰められている。

 

 これを主が見ていれば何と言うだろう? 姉さんは? マドカは? ラウラは? リーチェは?

 

 分からない。「大丈夫だよ」と言ってくれる未来を描けない、「失望した」と言われる未来を想像したくない。

 

俺は………

 

「何なんだ?」

《マスター、また後ろに……!》

「!?」

 

 呆然としていた視界がクリアになる。既に設定は終了しており、安定した飛行を取り戻していた。だが気付くのが遅すぎた。いつもの夜叉ならまだしも、損傷の激しい今の状態では避けられない。反撃も……届きはしない。

 

 背後からのタックル。背骨が折れるんじゃないかと言うほどの衝撃に耐えるも、慣性によって吹き飛ばされる。

 

その先には別の機体。

 

 そいつは夜叉のボディに手足を絡めてしがみつくと光りを発し始めた。

 

(やば………)

 

 自爆。

 

《あああああああああああああああああああああああああ!!》

 

 先よりも痛々しい声が響くと同時に、全身に感じる熱さと火傷の感触に俺もまた悶えていた。堪らず両手の武器をとり落として胸を抑える。

 

「ぐ………あ………!」

 

 それでも敵は待ってくれない。俺だって待たない。まだ残っているのだから。

 

 戦え。

 

 そして目を開いたその先には、ひときわ大きな銃を数機がかりで支え、構える姿。明らかに通常の銃器を凌駕する火力を秘めているだろうそれは、射線状に俺を捉え、スコープの先には青いアイカメラが覗いていた。

 

 ゆっくりと、引き金に掛けたマニピュレーターが曲がるその時すらくっきりと見える。

 

 俺は…………

 


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